説明

フェライト系耐熱鋳鋼および排気系部品

【課題】安価で且つ常温における靭性、熱疲労性を大きく改善して信頼性を向上させ得るフェライト系耐熱鋳鋼および排気系部品を提供する。
【解決手段】フェライト系耐熱鋳鋼は、質量%で、炭素0.10〜0.40%、シリコン0.5〜2.0%、マンガン0.2〜1.2%、リン0.3%以下、イオウ0.01〜0.4%、クロム14.0〜21.0%、ニオブ0.05〜0.6%、アルミニウム0.01〜0.8%、ニッケル0.15〜2.3%、残部鉄および不可避の不純物からなり、フェライト系の組織をもつ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェライト系耐熱鋳鋼およびそれからなる排気系部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や産業機器等に用いられる部品の使用温度がますます高くなり、より高い耐熱性をもつ鋳鋼が使用されている。殊に、排ガス規制の強化に伴い自動車や産業機器等においては排ガス温度がますます高くなり、排気ガス温度が900℃以上の雰囲気に使用されるエンジン用エキゾーストマニホルド等の排気系部品には、高い耐熱性をもつ鋳鋼が使用されている。
【0003】
高い耐熱性をもつ鋳鋼として、オーステナイト系の耐熱鋳鋼と、フェライト系の耐熱鋳鋼とがある。オーステナイト系の耐熱鋳鋼については、耐熱性が良いが、高価なニッケルなどが多く含有されて材料費が大変高い上に、切削性も良くない。一方、フェライト系の耐熱鋳鋼はオーステナイト系の耐熱鋳鋼に比べて安価であるが、近年の要請を考慮すると、耐熱性が必ずしも充分ではない。更に、常温における靭性が必ずしも良くないので、高い信頼性を得るためには、まだ課題が残っている。
【0004】
特許文献1には、フェライト系の耐熱鋳鋼の切削性を改善させるため、イオウを0.06〜0.2%含有させたフェライト系の耐熱鋳鋼が開示されているが、必ずしも充分ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−34204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、高い強度を得つつ伸びを確保でき、靭性を大きく改善でき、ひいては熱疲労性を改善でき、信頼性を向上させ得、且つ、安価なフェライト系の組織をもつフェライト系耐熱鋳鋼および排気系部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼は、質量%で、炭素0.10〜0.40%、シリコン0.5〜2.0%、マンガン0.2〜1.2%、リン0.3%以下、イオウ0.01〜0.4%、クロム14.0〜21.0%、ニオブ0.05〜0.6%、アルミニウム0.01〜0.8%、ニッケル0.15〜2.3%、残部鉄および不可避の不純物からなり、フェライト系の組織をもつ。
【0008】
第2発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼は、質量%で、炭素0.10〜0.40%、シリコン0.5〜2.0%、マンガン0.2〜1.2%、リン0.3%以下、イオウ0.01〜0.4%、クロム14.0〜21.0%、バナジウム0.01〜0.5%、ニオブ0.05〜0.6%、アルミニウム0.01〜0.8%、ニッケル0.15〜2.3%、残部鉄および不可避の不純物からなり、フェライト系の組織をもつ。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、常温における強度および伸びを確保しつつ、靭性を大きく改善して信頼性を向上させ得るフェライト系耐熱鋳鋼および排気系部品を提供することができる。更に、オーステナイト系の耐熱鋳鋼に比べてニッケル含有量が低減されるため、コストが低減される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】ニッケル含有量を変化させたときにおける光学顕微鏡で観察した組織を示す図である。
【図2】電子顕微鏡(SEM)で観察した組織を示す図である。
【図3】電子顕微鏡(SEM)で倍率を変えて観察した組織を示す図である。
【図4】電子顕微鏡(SEM)で倍率を更に変えて観察した組織を示す図である。
【図5】ニッケル含有量と、伸び、第2相の面積率、硬さとの関係を示すグラフである。
【図6】引張強度と伸びのデータを示すグラフである。
【図7】熱疲労サイクル試験の結果を示すグラフである。
【図8】耐久寿命係数を示すグラフである。
【図9】熱疲労サイクル試験において試験片に作用する応力状態の一例を示すグラフである。
【図10】従来材において凝固形態を模式化して示す図である。
【図11】発明材において凝固形態を模式化して示す図である。
【図12】エキゾーストマニホルドを示す写真図である。
【図13】タービンハウジングを示す写真図である。
【図14】タービンハウジング一体エキゾーストマニホルドを示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
組成の限定理由について説明する。
【0012】
炭素0.10〜0.40%
炭素は鋳造性(流動性)を改善し高温強度を向上させ、耐熱性を高める。排気系部品等のように薄肉製品では、鋳造性(流動性)が特に要請される。但し、炭素が過剰になると、炭化物が過剰になり、脆くなる。炭素の上限値としては要請される性質に応じて、0.39%、0.38%、0.37%が例示される。この上限値と組み合わせ得る炭素の下限値としては、要請される性質に応じて、0.12%、0.14%、0.16%が例示される。また、0.15〜0.40%、0.17〜0.35%、0.20〜0.30%が例示される。
【0013】
シリコン0.5〜2.0%
シリコンは耐酸化性を向上させる。過少であると、耐酸化性が低下する。過剰であると、靭性が悪化する。シリコンの上限値としては、要請される性質に応じて、1.9%、1.8%、1.7%、1.6%が例示される。この上限値と組み合わせ得るシリコンの下限値としては、要請される性質に応じて、0.55%、0.60%、0.70%が例示される。また、0.70〜1.80%、0.90〜1.50%、1.00〜1.30%が例示される。
【0014】
マンガン0.2〜1.2%
マンガンは製造過程において脱酸効果を発揮させる元素である。マンガンの上限値としては、要請される性質に応じて、1.10%、1.00%、0.90%、0.80%、0.70%が例示される。この上限値と組み合わせ得るマンガンの下限値としては、要請される性質に応じて、0.25%、0.30%、0.40%が例示される。また、0.30〜1.00%、0.40〜0.90%、0.50〜0.80%が例示される。
【0015】
リン0.3%以下
リンは切削性に影響する元素である。リンの上限値としては、要請される性質に応じて、0.25%、0.20%、0.15%、0.10%が例示される。この上限値と組み合わせ得るリンの下限値としては、要請される性質に応じて、0.002%、0.005%、0.01%、0.02%が例示される。
【0016】
イオウ0.001〜0.4%
イオウは切削性を向上させる元素である。イオウが過剰であると、切削性が改善されるものの、耐熱性が低下するおそれがある。イオウの上限値としては、要請される性質に応じて、0.38%、0.35%、0.30%、0.28%、0.25%、0.20%が例示される。この上限値と組み合わせ得るイオウの下限値としては、要請される性質に応じて、0.02%、0.03%、0.04%、0.05%が例示される。また、0.03〜0.25%、0.05〜0.20%、0.06〜0.18%が例示される。
【0017】
クロム14.0〜21.0%
クロムはフェライト系耐熱鋳鋼の主要元素であり、組織をフェライト組織にすると共に、フェライトに固溶する。過少であると、高い耐熱性をもつ基地であるフェライト組織を充分確保できなくなる。過剰であると、脆くなる。クロムの上限値としては、要請される性質に応じて、20.0%、19.0%、18.0%、17.0%が例示される。この上限値と組み合わせ得るクロムの下限値としては、要請される性質に応じて、14.5%、15.0%、15.5%が例示される。また、14.5〜20.5%、15.0〜20.0%、15.5〜18.0%が例示される。
【0018】
ニオブ0.05〜0.6%
ニオブは安定的なニオブ炭化物を形成する元素であり、高温強度を向上させる。ニオブの上限値としては要請される性質に応じて、0.55%、0.50%、0.45%が例示される。この上限値と組み合わせ得るニオブの下限値としては、要請される性質に応じて、0.07%、0.08%が例示される。また、0.07〜0.55%、0.10〜0.50%、0.12〜0.45%が例示される。
【0019】
アルミニウム0.01〜0.8%
アルミニウムは製造過程において脱酸および脱ガス用に添加される元素である。アルミニウムの上限値としては、要請される性質に応じて、0.70%、0.60%、0.50%が例示される。この上限値と組み合わせ得るアルミニウムの下限値としては、要請される性質に応じて、0.02%、0.04%、0.06%が例示される。また、0.01〜0.55%、0.02〜0.45%、0.03〜0.35%が例示される。
【0020】
ニッケル0.15〜2.3%
過少であると、室温伸びが低下するし、強度および硬さも低下する。過剰であれば、基地の全部またはほとんどが、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する相となり、硬さが高くなるものの、室温伸びが低下する。これを考慮して、要請される性質に応じて、ニッケルの上限値としては2.2%、2.1%、2.0%、1.9%、1.8%、1.7%が例示され、更に1.6%、1.5%が例示される。この上限値と組み合わせ得るニッケルの下限値としては、要請される性質に応じて、0.2%、0.3%、0.4%、0.5%が例示され、さらには、0.6%、0.7%が例示される。また、0.20〜2.10%、0.30〜2.10%、0.25〜1.90%、0.30〜1.80%が例示される。
【0021】
バナジウム0.01〜0.5%
バナジウムは高温強度を向上させる役割を有する。バナジウムは炭化物を形成させる。過剰であると、粗大な炭化物が生成され、常温における伸びが低下すると共に熱疲労性が低下するおそれがある。更にコストが高くなる。バナジウムの上限値としては要請される性質に応じて、0.45%、0.40%、0.30%、0.20%、0.15%、0.10%が例示される。この上限値と組み合わせ得るバナジウムの下限値としては、要請される性質に応じて、0.015%、0.020%、0.025%が例示される。また、0.01〜0.50%、0.02〜0.45%、0.03〜0.35%が例示される。本発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼においては、伸びおよび熱疲労性を向上させること、コスト低減等を考慮すると、バナジウムは含有されていなくも良い。
【0022】
本発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼の組織については、フェライトで形成された第1相と、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する第2相とが共存することが好ましい。第2相の面積率が50%を越えた領域では、第2相の面積率が増加するにつれて硬さおよび強度が伸びと共に増加するものの、第2相の面積率が更に増加すると、硬さおよび強度が増加するものの伸びが低下する傾向がある(図5における特性線A2参照)。このため、顕微鏡の全視野を100%とするとき、第2相の面積率は50%以上、60%以上が好ましい。殊に50〜80%が好ましい。第2相の面積率は55〜75%が好ましい。
【0023】
本発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼については、引張強度を高めつつ伸びを大きくできる。ここで、伸びが4%以上で、引張強度が400MPa以上であることが好ましい。伸びが6%以上で、引張強度が500MPa以上であることが好ましい。伸びが7%以上で、引張強度が700MPa以上であることが好ましい。一般的な鋼材では、引張強度および伸びの双方を高めるには限界がある。
【0024】
本発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼については、800〜970℃で加熱保持された後に、700℃以下まで冷却する熱処理が実施されることが好ましい。加熱保持する理由は、切削性向上のための硬度低減と鋳造残留応力の除去のためである。加熱保持する時間としては、合金元素の種類、合金元素の含有量、鋳鋼のサイズなどによっても相違するが、例えば1〜10時間、2〜7時間、3〜5時間が挙げられる。700℃以下まで冷却するにあたり、炉冷または空冷が好ましい。上記したフェライト系耐熱鋳鋼は、車両や産業機器等に使用される耐熱部品に適用できる。殊に、車両や産業機器等に使用される排気系部品に適用できる。
【0025】
(実施例1)
実施例1では、鋼材および合金材を高周波溶解炉(重量:500kg)で大気雰囲気において溶解した。溶解温度を1700℃とした。そして、溶湯をYブロックの砂型鋳型(生砂)に注入し(注湯温度:1600℃)、凝固させて凝固体とした。その後、熱処理として、凝固体を930℃で大気雰囲気において3.5時間加熱保持した。その後、700℃以下(具体的に500℃)まで大気雰囲気において炉冷させた。熱処理により切削性が改善される。その後、凝固体から引張試験片(JIS4号試験片)を切削加工で形成した。このように本発明材に係るフェライト系耐熱鋳鋼の試験片を形成した。炉冷に代えて空冷としても良い。
【0026】
本発明材は、表1のNo.1〜No.8に示すような組成(分析値)を有しており、残部は実質的に鉄である。No.1〜No.3はバナジウムを0.05%以下と微量で含有するシリーズである。No.4〜No.8はバナジウムを含有していないシリーズである。
【0027】
本発明材であるNo.1〜No.3は、フェライト系耐熱鋳鉄においてニッケルが含有されており、バナジウムが含有されている。No.1では、ニッケル%/バナジウム%の比率は0.45/0.04≒11.3である。No.2では、ニッケル%/バナジウム%の比率は0.74/0.029≒25.5である。No.3では、ニッケル%/バナジウム%の比率は1.01/0.028≒36.1である。バナジウムが含有されている場合には、ニッケル%/バナジウム%の比率として、1.2〜100の範囲内、2〜80の範囲内、4〜50の範囲内、4〜30の範囲内が例示される。
【0028】
本発明材であるNo.4〜No.8は、フェライト系耐熱鋳鉄においてニッケルが含有されており、バナジウムが含有されていない。従って、No.4〜No.8では、バナジウムが0%であるため、ニッケル%/バナジウム%の比率は数値上∞である。
【0029】
【表1】

【0030】
図1は光学顕微鏡で撮影した組織(ナイタール腐食)の写真を示す、図1に示すように、ニッケルが0.1%未満の試験片、ニッケルが0.74%の試験片(No.2)、ニッケルが1.01%の試験片(No.3)、ニッケルが1.20%の試験片(No.4)、ニッケルが1.49%の試験片(No.5)、ニッケルが1.97%の試験片(No.7)について組織を撮影した。
【0031】
ニッケルが0.1%未満の試験片では、フェライトで形成された第1相が海状となって粗大化しており、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する第2相(フェライトおよび炭化物の相)が島状となっていた。島状の第2相が占める面積率は、50%未満であり少なかった。
ニッケルが0.74%の試験片(No.2)では、フェライトで形成された海状の第1相の面積率が低下しており、且つ、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する島状の第2相(フェライトおよび炭化物の相)が占める面積率が増加しており、60%以上と考えられる。更に、ニッケルが1.20%に増加した試験片(No.4)では、海と島との面積率が完全に逆転しており、フェライトで形成された第1相の面積率がかなり低下しており、且つ、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する第2相(フェライトおよび炭化物の相)が占める面積率がかなり増加しており、70%以上と考えられる。更にまた、ニッケルが1.97%に増加した試験片(No.7)では、フェライトで形成された第1相の面積率が更に低下しており、且つ、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する第2相(フェライトおよび炭化物の相)が占める面積率が更に増加しており、90%以上と考えられる。
【0032】
図2〜図4は、電子顕微鏡(SEM)で撮影した組織を表す倍率を変えて表す写真を示す。この場合、試験片は、ニッケルが1.01%のNo.3である。図2〜図4に示すように、フェライトで形成された第1相(炭化物を有していないフェライト相)が存在していた。更に、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する第2相(フェライトの結晶内に炭化物が分散していた相、微細フェライト相)が存在している。第1相と第2相との境界には、微小粒子状をなす炭化物が生成されていた。境界に存在する複数の炭化物は、間隔を隔てて存在していた。第1相と第2相との境界に存在する微小粒子状をなす炭化物のサイズ、第2相を構成するフェライトの結晶内に存在する炭化物サイズは1マイクロメートル未満であり、かなり微小であった。このように微小な炭化物は亀裂の起点になりにくく、引張強度、伸び、熱疲労強度等の向上に貢献できると考えられる。
【0033】
なお、フェライトで形成されている第1相のマイクロビッカース硬さは、MHV(0.1N)254であった。フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する第2相(フェライトの結晶内に炭化物が分散していた相)のマイクロビッカース硬さは、MHV(0.1N)240であった。このように第1相はクロムを多量に含むため、硬さが第2相よりも硬かった。
【0034】
上記した表1に示す発明材に相当する各試験片(No.1〜No.8)について、硬さ(Hv)および伸びとニッケル量との関係を測定した。更に、フェライトと炭化物との相が全視野に占める面積率とニッケル量との関係を測定した。図5は試験結果を示す。図5の横軸はニッケル量を示す。図5の左側の縦軸は引張試験における伸び(常温における伸び)を示す。図5の右側の縦軸の下部は第2相(フェライト+炭化物)の面積率を示し、図5の右側の縦軸の上部は硬さ(常温における硬さ)を示す。
【0035】
図5における特性線A1に示すように、ニッケル量が増加するにつれて、硬さが次第に増加する特性が得られた。硬さは引張強度に対応する。また特性線A2に示すように、ニッケル量が増加するにつれて伸びが次第に増加する特性が得られ、その後、ニッケル量が増加するにつれて伸びが次第に低下する特性が得られた。このように特性線A2に示すように、ニッケル量と伸びとの関係においては、山形の臨界的意義が得られた。
【0036】
請求項1,2に係る組成を前提とするとき、図5に示す特性線A2によれば、伸びを2.5%以上とするためには、ニッケルは0.1〜2.0%の範囲が好ましい。伸びを3.0%以上とするためには、ニッケルは0.13〜1.9%の範囲が好ましい。伸びを3.5%以上とするためには、ニッケルは0.18〜1.83%の範囲が好ましい。
【0037】
図5に示す特性線A2によれば、伸びを4.0%以上とするためには、ニッケルは0.21〜1.80%の範囲が好ましい。伸びを4.5%以上とするためには、ニッケルは0.28〜1.72%の範囲が好ましい。さらには、伸びを5.0%以上とするためには、ニッケルは0.38〜1.65%の範囲が好ましい。伸びを5.5%以上とするためには、ニッケルは0.41〜1.60%の範囲が好ましい。伸びを6.0%以上とするためには、ニッケルは0.50〜1.50%の範囲が好ましい。伸びを6.5%以上とするためには、ニッケルは0.62〜1.40%の範囲が好ましい。
【0038】
ここで、伸びの向上を多少低下させたとして、引張強度(硬さ)の増加を図る用途の場合には、特性線A2の頂上付近(ニッケル量:0.90〜1.10%)よりも、ニッケル量を増加させることもできる。この場合、ニッケル量を1.10〜2.00%の範囲内、1.20〜2.00%の範囲内、1.30〜2.00%の範囲内、1.4〜2.00%の範囲内にできる。
【0039】
また伸びの向上を多少低下させたとして、硬さの低下を図り、切削性を高める用途の場合には、特性線A2の頂上付近(ニッケル量:0.90〜1.10%)よりも、ニッケル量を減少させることもできる。この場合、ニッケル量を0.20〜0.90%の範囲内、0.20〜0.80%の範囲内、0.20〜0.70%の範囲内にできる。
【0040】
【表2】

【0041】
表2は、従来材に係る試験片No.1A〜No.15Aの組成および引張強度および伸びを示す。この従来材はフェライト系耐熱鋳鋼である。従来材に係る試験片No.1A〜No.15Aにおいては、ニッケルが含有されていない。更にバナジウム含有量は0.54%以上であり、高い。表2から理解できるように、従来材に係る試験片No.1A〜No.15Aにおいては、引張強度が高くなると、伸びが低下する傾向にある。
【0042】
(実施例2)
実施例1と同様の手順で本発明材に相当する実施例2に係るフェライト系耐熱鋳鋼の試験片を形成した。その試験片について常温において引張試験を実施した。組成を表3に示す。比較例1〜4についても基本的には同様な手順で試験片を形成し、同様に試験した。比較例1では、炭素が1.18%であり本発明材の組成に比較して過剰であり、クロムが25%であり本発明材の組成に比較して過剰であり、ニオブが5.80%であり本発明材の組成に比較して過剰であり、更に、タングステンも4.28%と多量に含有されている。
【0043】
【表3】

【0044】
比較例2では、炭素が0.42%であり本発明材の組成に比較して過剰であり、ニオブが2.35%であり本発明材の組成に比較して過剰である。比較例3では、バナジウムが0.63%であり、本発明材の組成に比較して過剰である。比較例4では、バナジウムが0.60%であり、本発明材の組成に比較して過剰である。比較例3,4では、バナジウムの含有量が高く、バナジウムの炭化物が過剰に形成される。
【0045】
図6は試験結果(引張強度および伸び)を示す。図6に示すように、比較例1では引張強度は440MPa程度であるにもかかわらず、伸びが3%程度と低かった。比較例2では引張強度は320MPa程度であるにもかかわらず、伸びが3%程度と低かった。比較例3では引張強度は380MPa程度であるにもかかわらず、伸びが1.6%程度とかなり低かった。バナジウムを除いて本発明材の組成に近似する比較例4では、引張強度は660MPa程度とかなり高いにもかかわらず、伸びが12.2%程度であり、高かった。
【0046】
これに対して本発明材である実施例2では、図6に示すように、高価なバナジウムの含有量が比較例4に対して1/6であり、バナジウムの含有量が低減されているものの、引張強度および伸びの双方が良好であった。殊に、引張強度は680MPaと高いにもかかわらず、伸びが8.2%程度と高かった。このようにフェライト系の本発明材では、オーステナイト系の組織にせずとも、引張強度を高めつつ伸びを大きくできる。
【0047】
(実施例3)
実施例1と同様な手順で、本発明材に係るフェライト系耐熱鋳鋼で熱疲労試験用の試験片を形成した。試験片は丸棒状をなしており、試験片の平行部の直径を10ミリメートルとし、平行部の長さを25ミリメートとした。平行部の表面を機械加工で仕上げた。その試験片について熱疲労サイクル試験を実施した。試験では、試験片の拘束率を50%とした状態で、200℃から850℃に4.5分間で昇温させ、850℃から200℃に4.5分間で降温させ、これを1サイクルとし、試験片の軸長方向において圧縮応力および引張応力を作用させた。
【0048】
この試験において用いられた本発明に係るフェライト系耐熱鋳鋼に係る試験片の組成は、質量%で、炭素0.19%、シリコン1.11%、マンガン0.52%、リン0.030%、イオウ0.100%、クロム17.0%、ニオブ0.20%、アルミニウム0.11%、ニッケル0.94%、残部鉄および不可避の不純物からなり、常温領域においてフェライト系の組織をもつ。
【0049】
比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼、従来材についても同様に試験した。比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼に係る試験片の組成は、質量%で、炭素0.31%、シリコン2.24%.マンガン1.12%、リン0.032%、イオウ0.070%、クロム17.2%、ニオブ0.52%、モリブデン2.41%、ニッケル14.8%、残部鉄および不可避の不純物からなり、常温領域においてオーステナイト系の組織をもつ。また、従来材に係る試験片の組成は、質量%で、炭素0.20%、シリコン1.22%.マンガン0.59%、リン0.030%、イオウ0.110%、クロム17.0%、ニッケル0.10%、バナジウム0.63%、残部鉄および不可避の不純物からなり、常温領域においてフェライト系の組織をもつ。従来材に係る試験片は、本発明材と近似する組成を有するものの、バナジウムを0.63%と多量に含有しており、且つ、ニオブを含有していない。
【0050】
図7は熱疲労サイクル試験の試験結果を示す。図7に示すように、比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼では、割れの発生したサイクル数は1250回程度であり、優れていた。従来材では、割れの発生したサイクル数は800回程度であり、悪かった。これに対して発明材では、オーステナイト系の耐熱鋳鋼に比較してニッケル含有量が低いにもかかわらず、割れの発生したサイクル数は1300回程度であり、比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼に匹敵するように優れていた。
【0051】
図8は後述するタービンハウジング一体エキゾーストマニホルド(図14参照)の耐久寿命係数を示す。耐久寿命係数は次のように求めた。
【0052】
すなわち、タービンハウジング一体エキゾーストマニホルド(図14参照)について熱疲労サイクル試験を実施すると共に、従来材にて割れの発生したサイクル数を耐久寿命係数1と設定し、オーステナイト系の耐熱鋳鋼および発明材にて、割れの発生したサイクル数からそれぞれの耐久寿命係数を求めた。なお、試験では、タービンハウジング一体エキゾーストマニホルド(図14参照)を固定した状態で、150℃から850℃にバーナーを用いて5分間で昇温させ、850℃から150℃に強制冷却によって7分間で降温させ、これを1サイクルとし、昇温および降温のサイクルを繰り返して行った。
【0053】
図8に示すように、比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼では、耐久寿命係数は2.1程度であり、優れていた。従来材では、耐久寿命係数は1.0であり、悪かった。これに対して発明材では、耐久寿命係数は2.1程度であり、比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼に匹敵するように優れていた。
【0054】
ここで、比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼では、熱疲労性が優れているものの、コストが高いニッケルの含有量が14.8%、モリブデンの含有量が2.41%であり、ニッケルおよびモリブデンが多量に含有されており、コスト高となる。これに対して本発明材では、熱疲労性および耐久寿命が優れており、クロムの含有量は17.0%でありオーステナイト系の耐熱鋳鋼と同程度であるものの、ニッケルの含有量が0.94%と少量であり、比較例に係るオーステナイト系の耐熱鋳鋼に比較してかなり少量であり、更に、モリブデンが含有されておらず、しかもバナジウムも含有されておらず、コストにおいて有利である。このように本発明材では、コストが低廉化されつつ、熱疲労性および耐久寿命が優れている。また、従来材に係る試験片は、本発明材と近似する組成を有するものの、バナジウムの含有量が0.63%と高いため、バナジウムを含む炭化物が過剰に生成しており、且つ、炭化物のサイズも大きく、熱疲労性および耐久寿命が充分ではない。
【0055】
図9は、上記した熱疲労サイクル試験を従来材について実施した場合における特性変化を示す。図9に示すように、試験片の拘束率を50%とした状態で、200℃から850℃に4.5分間で試験片を昇温させ、850℃から200℃に4.5分間で試験片を降温させ、これを1サイクルとし、試験片の軸長方向において圧縮応力および引張応力を作用させた。図9の横軸は時間を示す。図9において縦軸の左側は試験片の温度を示し、縦軸の右側は試験片に発生する応力を示す。応力が0MPa未満の領域では試験片に圧縮応力が作用している。応力が0MPaを正方向に越える領域では試験片に引張応力が作用している。図9から理解できるように、試験片が冷却されて試験片の温度が降温するとき、大きな引張応力が試験片に作用する。このため伸びが小さな材料は、耐熱疲労性が低いといえる。
【0056】
図10は従来材の凝固過程を模式化して示す凝固イメージを表す。図11は本発明材の凝固過程を模式化して示す凝固イメージを表す。図10および図11の縦軸は温度を示し、横軸は組成を示す。図10に示すフェライト系の従来材では、ニッケルが少ないか含有されていないため、オーステナイト相(γ)は狭い領域とされている。溶湯(L,Liquid)が矢印K1方向に冷却するとき、オーステナイト相(γ)に変態することなく、溶湯(L,Liquid)からフェライト(α)が生成される。これに対して図11に示す本発明材では、ニッケル含有量が従来材よりも多いため、オーステナイト相(γ)は広い領域とされている。溶湯(L,Liquid)が矢印K2方向に冷却するとき、ポイントP1でフェライト(α)がオーステナイト相(γ)にいったん変態する。その後、冷却に伴い、オーステナイト相(γ)はポイントP2においてフェライト(α)として再び変態すると共に、オーステナイトに固溶されている合金元素が炭化物として析出され、第2相が形成される。
【0057】
(実施例4)
表4および表5は、本発明者が実施した数々の試験に基づいて、本発明材と同等の特性を確保できると考えられる例を示す。これらは、安価で且つ常温における靭性、熱疲労性を大きく改善して信頼性を向上させ得るフェライト系耐熱鋳鋼を形成できる。表4に示す試験片No.1B〜試験片No.8Bは、本発明材と同等の特性を確保できると考えられる例である。試験片No.1B〜試験片No.8Bは、バナジウムを含んでいない。表5に示す試験片No.1C〜試験片No.8Cは、本発明材と同等の特性を確保できると考えられる例であり、バナジウムを0.48%以下、0.30%以下、0.20%以下含んでいる。
【0058】
【表4】

【0059】
【表5】

【0060】
(用途)
本発明材の用途としては耐熱部品が例示される。耐熱部品としては車両用または産業機器用の排気系部品が例示される。排気系部品としては、エキゾーストマニホルド(図12参照)、タービンハウジング(図13参照)、タービンハウジング一体エキゾーストマニホルド(図14)が例示される。近年、車両用または産業機器用の排気系部品の分野においては、排ガス規制の強化に伴い、排ガス温度がますます高くなり、雰囲気温度が850℃以上、900℃以上、950℃以上となりつつある。このような排気系部品においては、要請される熱疲労性は益々高いものが要請されている。このような排気系部品に使用される材料として本発明材は適する。
【0061】
(その他)本発明は上記し且つ図面に示した実施形態のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、炭素0.10〜0.40%、シリコン0.5〜2.0%、マンガン0.2〜1.2%、リン0.3%以下、イオウ0.01〜0.4%、クロム14.0〜21.0%、ニオブ0.05〜0.6%、アルミニウム0.01〜0.8%、ニッケル0.15〜2.3%、残部鉄および不可避の不純物からなり、フェライト系の組織をもつフェライト系耐熱鋳鋼。
【請求項2】
質量%で、炭素0.10〜0.40%、シリコン0.5〜2.0%、マンガン0.2〜1.2%、リン0.3%以下、イオウ0.01〜0.4%、クロム14.0〜21.0%、バナジウム0.01〜0.5%、ニオブ0.05〜0.6%、アルミニウム0.01〜0.8%、ニッケル0.15〜2.3%、残部鉄および不可避の不純物からなり、フェライト系の組織をもつフェライト系耐熱鋳鋼。
【請求項3】
請求項1または2において、フェライトで形成された第1相と、フェライトの結晶粒内に炭化物が混合する相で形成された第2相とが共存する組織を有するフェライト系耐熱鋳鋼。
【請求項4】
請求項1〜3のうちの一項において、伸びが4%以上で、引張強度が400MPa以上であるフェライト系耐熱鋳鋼。
【請求項5】
請求項1〜4のうちの一項において、800〜970℃で加熱保持された後に、700℃以下まで冷却される熱処理が実施されたフェライト系耐熱鋳鋼。
【請求項6】
請求項1〜5のうちのいずれか一項に係るフェライト系耐熱鋳鋼で形成された排気系部品。

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2010−255055(P2010−255055A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−107431(P2009−107431)
【出願日】平成21年4月27日(2009.4.27)
【特許番号】特許第4521470号(P4521470)
【特許公報発行日】平成22年8月11日(2010.8.11)
【出願人】(000100805)アイシン高丘株式会社 (202)