説明

フェライト系黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法

【課題】基地組織中に炭素量が極めて少ないフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面を簡便に硬化できる表面硬化処理方法を提供することである。
【解決手段】フェライト系片状黒鉛鋳鉄材の硬化したい表面部分にツールを押圧させて回転させながら移動することにより該鋳鉄材中に炭素を拡散させ、その後ツール通過領域を冷却させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェライト系黒鉛鋳鉄材、特に フェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基地組織がフェライトで黒鉛組織が片状黒鉛であるフェライト系片状黒鉛鋳鉄は、機械的性質が乏しい材料であるため、現状ではほとんど用途がないが、安価に製造できるため何らかの方法で機械的特性を向上させることができれば幅広い用途が考えられる。
【0003】
従来、鋳鉄材の表面硬化処理方法としては、フレーム・ハードニング(炎焼入れ)法、下記特許文献1で知られるような高周波焼入れ法、電子ビーム焼入れ法、固体浸炭法、液体浸炭法などの手法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
特開平11−12646号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらの方法には次のような問題がある。
【0006】
フレーム・ハードニング法は、人手による作業が多く、加熱温度の制御が正確にできないために、均一な硬化層を得るには熟練を要する。またプロセス中に材料が高温に曝されるために変形し易いという欠点もある。したがって、工作機械の摺動部のような単純な形状の被焼入れ材や肉薄部品の局所焼入れに対しては非効率で適さないとされている。
【0007】
高周波焼入れ法は、被焼入れ材に応じて条件を適切に組み合わせることによって焼入れ特性の調整を効率よく行うことができるが、形状に対する制限があるなど汎用性に乏しいという欠点がある。
【0008】
電子ビーム焼入れ法は、真空を用いる不便さはあるが、酸化や脱炭などがなく、良好な結果を得ることができ、レーザ焼入れ法は、短時間に小さい面積で局所焼入れができ、ひずみの発生も少ないという特徴があるが、一旦溶融してしまうとチル化が起こり、割れが発生する。
【0009】
また電子ビーム焼入れ法およびレーザ焼入れ法では自動化が可能であるという利点があるが、1億円を超える高価な設備を必要とし、中小企業による幅広い普及は困難である。
【0010】
以上に加えて、これらすべての表面硬化処理法では、前処理として1度パーライトにしない限り、フェライト系鋳鉄に焼入れをすることはできない。
本発明は上記の点にかんがみてなされたもので、フェライト系黒鉛鋳鉄材の表面を簡易に硬化できる表面硬化処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、フェライト系黒鉛鋳鉄材にツールを押圧させて回転させながら移動することにより鋳鉄材の基地組織中に炭素を拡散させ、その後ツール通過領域を急冷して材料に変態と組織の微細化を同時に引き起こさせるようにした。
【0012】
具体的には、ツールの移動速度をV (mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL (kg)としたとき、

1500×3000/100 < N×L/V <3500×3000/50
すなわち
45000 < N×L/V < 210000
を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lを選定するのが好ましい。
【0013】
ツールの加圧荷重を3000kg、前進角を3°としたとき、ツールの移動速度を50〜150mm/分、ツールの回転速度2400〜3300rpmとするのが好ましい。
【0014】
またツールの加圧荷重を3000kg、前進角を3°としたとき、ツールの移動速度を50〜100mm/分、ツールの回転速度を1500〜2400rpmとするのが好ましい。
【0015】
さらに、ツールの加圧荷重を3000kg、前進角を0°としたとき、ツールの移動速度を50〜150mm/分、ツールの回転速度を900〜1500rpmとするのが好ましい。
【0016】
上記条件にツールのもう1つの条件つまりツールの直径D(mm)を入れると、好ましい選定条件は次のようになる。
【0017】

1125000 < N×L×D/V < 5250000

【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、本来機械的性質に乏しいフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面を、高価な設備を使わずに、低コストで、熱変形の少ない状態で実用に供する程度に所望に高硬度化することができる。
【0019】
これにより本来的に製造コストの安いフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の機械的な性質を必要に応じて部分的に改善でき、これまで高価な鋳鉄材のみしか使用できなかった製品用途に変えて幅広く使えるので、フェライト系片状黒鉛鋳鉄材の利用価値を著しく向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本表面硬化処理法の実施状態を示す。
【図2】ツールを動作状態で示す。
【図3】実施例で使用する被処理材を製作する際の焼きなまし処理を示す。
【図4】実施例で使用する被処理材の光学顕微鏡組織の写真である。
【図5】(a)および(b)はツールの前進角を説明する図である。
【図6】(a)は本発明の実験番号1−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号1−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号1−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図7】(a)は本発明の実験番号2−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号2−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号2−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図8】(a)は実験番号3−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号3−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号3−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図9】(a)は実験番号4−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号4−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分硬度をビッカース硬度で示す布図、(c)は実験番号4−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図10】(a)は実験番号5−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号5−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号5−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図11】(a)は実験番号6−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号6−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号6−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図12】(a)は実験番号7−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号7−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号7−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図13】(a)は実験番号8−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号8−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号8−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図14】(a)は実験番号9−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号9−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号9−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図15】(a)は実験番号11−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号11−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号11−(3)で得られた被処理材の断面のカラー硬度分布図である。
【図16】(a)は実験番号12−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号12−(2)で得られた被処理材の断面のカ硬度をビッカース硬度で示すラー硬度分布図、(c)は実験番号12−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図17】(a)は実験番号13−(1)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(b)は実験番号13−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図、(c)は実験番号13−(3)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【図18】(a)は実験番号8−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図を示し、(b)はその被処理部表面近傍の微細組織の顕微鏡写真を示し、(c)はそれより深い部分の拡大組織写真を示す。
【図19】(a)は実験番号12−(2)で得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図を示し、(b)はその被処理部表面近傍の微細組織の顕微鏡写真を示し、(c)はそれより深い部分の拡大組織写真を示す。
【図20】被処理経過時間と処理面近傍の温度との関係を示す。
【図21】ツールの回転ピッチとばり量との関係を示す。
【図22】ツールの回転速度とばり量との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0022】
本発明の表面硬化処理方法は、ツールと呼ばれる工具を表面硬化処理しようとする材料に押し当てながら高速で回転させ、材料とツールとの間に生じる摩擦熱を利用して材料中の炭素を拡散させ、その後急冷して材料に変態と組織の微細化を同時に引き起こさせて表面硬化させるものである。
【0023】
図1は本発明による表面硬化処理方法を説明する図である。
【0024】
図において、1は表面硬化処理しようとするフェライト系片状黒鉛鋳鉄の被処理材(例えばFC150)、2は被処理材1に加圧状態で接触しながら回転し、移動するほぼ円柱状のツールで底面は平坦である。3はツール2に荷重を掛けながら回転、移動する工作機械などの駆動装置である。4はツール2が通過して硬化処理された処理部、5は処理部4が深さ方向に及んでいることを示す。被処理材2の底面に接触するツール2の底面は平坦である。実施例はすべて平坦だが、必ずしも平坦である必要はない。
図2はツール2を動作状態で示しており、ツール2は白矢印Dで示す方向に荷重を掛けられて被処理材1に押し付けられた状態で、図1に矢印Aで示すように回転されながら矢印Bの方向に移動される。その際ツール2は被処理材1の表面に対して移動方向後方に角度(前進角という)θ(°)だけ傾斜させる。
【0025】
以下に本発明の実施例を説明する。
【0026】
1.被処理材
被処理材であるフェライト系片状黒鉛鋳鉄材は、パーライト組織の片状黒鉛鋳鉄材を図3に示すような加熱変化させて焼きなまし処理をすることにより製造した。
【0027】
被処理材の化学分析値と寸法は次のとおりである。
【0028】

化学分析値(重量%)
C Si Mn P S
3.02 1.60 0.75 0.07 0.042

寸 法(mm)
長 さ 幅 厚 さ
100 300 5

被処理材の機械的性質は、ビッカース硬度130〜180HVであり、引張強さは100N/mm程度である。この被処理材であるフェライト系片状黒鉛鋳鉄を3%ナイタールによって腐食させた光学顕微鏡組織を図4に示す。
【0029】
2.ツール
材質は超硬合金(WC−6%Co)で、直径25mm、長さ30mmの円柱で、底面が平坦である。(ツールに関しては、超硬合金以外にも、PCBN、Si3N4等のセラミックス、W合金、Ir合金等の高融点金属でも可能である。)
3.プロセス条件
(1)プロセス条件1
ツールの回転速度と移動速度を下記のように選び、ツールに掛ける荷重を3トンとし、ツールの底面を図5(a)に示すように移動方向前方が水平面より3°上方に傾けて(前進角3°)下記10条件(実験番号1〜10)について実験した。
【0030】

実験番号 回転速度(rpm) 移動速度(mm/分)
1 900 (1)50 (2)100 (3)150
2 1200 (1)50 (2)100 (3)150
3 1500 (1)50 (2)100 (3)150
4 1800 (1)50 (2)100 (3)150
5 2100 (1)50 (2)100 (3)150
6 2400 (1)50 (2)100 (3)150
7 2700 (1)50 (2)100 (3)150
8 3000 (1)50 (2)100 (3)150
9 3300 (1)50 (2)100 (3)150
10 3500 (1)50
(2)プロセス条件2
ツールの回転速度と移動速度を下記のように選び、ツールに掛ける荷重を3トン、ツールの前進角を0°として以下の3条件(実験番号11〜13)について実験した。
【0031】

実験番号 回転速度(rpm) 移動速度(mm/分)
11 900 (1)50 (2)100 (3)150
12 1200 (1)50 (2)100 (3)150
13 1500 (1)50 (2)100 (3)150

まずプロセス条件1について実験した後の被処理材の断面のカラー硬度分布図を実験番号順に図6〜図14に示す。
【0032】
図6(a)、(b)、(c)は実験番号1−(1)、1−(2)、1−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0033】
図7(a)、(b)、(c)は実験番号2−(1)、2−(2)、2−(3)に対して得られた被処理材の断面硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0034】
図8(a)、(b)、(c)は実験番号3−(1)、3−(2)、3−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0035】
図9(a)、(b)、(c)は実験番号4−(1)、4−(2)、4−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0036】
図10(a)、(b)、(c)は実験番号5−(1)、5−(2)、5−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0037】
図11(a)、(b)、(c)は実験番号6−(1)、6−(2)、6−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0038】
図12(a)、(b)、(c)は実験番号7−(1)、7−(2)、7−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0039】
図13(a)、(b)、(c)は実験番号8−(1)、8−(2)、8−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0040】
図14(a)、(b)、(c)実験番号9−(1)、1−(2)、1−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0041】
各図には硬度の指標となるビッカース硬さHVのカラーバーをつけてあるが、このバーは右に行くほど黄色からオレンジ色、さらには赤に近いオレンジ色となり、バーの右端の硬度はビッカース硬さ約900である。各図において、被処理材の表面近くの色とその広がりをこのカラーバーを参照してご覧いただきたい。
【0042】
次にプロセス条件2について実験した後の被処理材の断面のカラー硬度分布図を実験番号順に図15〜図17に示す。
【0043】
図15(a)、(b)、(c)は実験番号11−(1)、11−(2)、11−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0044】
図16(a)、(b)、(c)は実験番号12−(1)、12−(2)、12−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
【0045】
図17(a)、(b)、(c)は実験番号13−(1)、13−(2)、13−(3)に対して得られた被処理材の断面の硬度をビッカース硬度で示すカラー硬度分布図である。
各図には硬度の指標となるビッカース硬さHVのカラーバーをつけてある。
1.硬化度の考察
プロセス条件1に関し、一例として、実験番号8−(2)(ツールの回転速度が3000rpm、移動速度が100mm/分、荷重が3トン、前進角が3°)の結果について考察すると、図18(b)、(c)に示す表面硬化処理後の被処理材断面の異なる部分の顕微鏡組織から分かるように、材料表面近傍ではマルテンサイトが生成され、フェライト基地組織が変態せずに残った部分は少量である。これは回転速度の上昇による入熱量の増加が炭素の拡散を促進させ、微細なマルテンサイトの生成に影響したと言えよう。因みに、処理後のビッカース硬さは882.0HVであり、十分な硬化が得られた。
【0046】
プロセス条件2に関し、一例として、実験番号12−(2)(ツールの回転速度が1200rpm、移動速度が100mm/分、荷重が3トン、前進角が0°)の結果について考察すると、図19(b)、(c)に示す表面硬化処理後の被処理材断面の異なる部分の顕微鏡組織から分かるように、材料表面の広範囲にマルテンサイトが生成され、フェライト基地組織が変態せずに残った部分は少量である。これは接触面積による摩擦熱の増加が炭素の拡散を促進させ、微細なマルテンサイトの生成に影響したと言えよう。因みに、処理後のビッカース硬さは919.7HVであり、十分な硬化が得られたことが分かる。
【0047】
以上の結果をまとめると、表1のようになる。表中○は、表面に深さ0.2mm以上の範囲で十分な硬度が得られた、△は、表面硬化はしたが範囲が部分的なもの、×は、表面硬化が十分でないものであることを示している。

表1
プロセス条件1
実験番号 回転速度(rpm) 移動速度(mm/分)
1 900 ×50 ×100 ×150
2 1200 ×50 ×100 ×150
3 1500 ○50 ○100 △150
4 1800 ○50 ○100 △150
5 2100 ○50 ○100 △150
6 2400 ○50 ○100 ○150
7 2700 ○50 ○100 ○150
8 3000 ○50 ○100 ○150
9 3300 ○50 ○100 ○150
10 3500 ×50(バリ発生、大きな穴が形成)

プロセス条件2
実験番号 回転速度(rpm) 移動速度(mm/分)
11 900 ○50 ○100 △150
12 1200 ○50 ○100 ○150
13 1500 △50 ○100 ○150
【0048】
すなわち摩擦攪拌プロセスによってフェライト系片状黒鉛鋳鉄中に微細なマルテンサイトを形成させ、1mm以上の深さで広範囲に800HV以上の硬度を得ることが可能であることが判明した。
【0049】
広範囲に硬化層を得るためには、炭素の拡散に必要な十分な温度とマルテンサイトへの変態に必要な冷却速度を同時に満たす必要があり、実験結果から見る限り、そのプロセス条件としては、前進角が3°の場合はツールの回転速度が1500rpm〜2400rpmで移動速度が50〜100mm/分、回転速度が2700rpm〜3300rpmで移動速度が100〜150mm/分であり、前進角が0°の場合はツールの回転速度が900rpmで移動速度が50〜100mm/分、回転速度が1200rpmで移動速度が50〜150mm/分、回転速度が1500rpmで移動速度が100〜150mm/分であることが分かる。
【0050】
また、本結果は、板厚5mmの鋳鉄に対する結果であり、板厚がこれより大きい場合には、より入熱量を増加させる(すなわち、回転数を増加させる、移動速度を減少させる、荷重を増加させる、ツール径を大きくする)のが望ましく、板厚がこれより小さい場合には、より入熱量を減少させる(すなわち、回転数を減少させる、移動速度を増加させる、荷重を減少させる、ツール径を小さくする)のが望ましい。
2.ツール前進角との関係
次にツール前進角による実験時の被処理材表面の温度について考察する。
【0051】
温度は、被処理材の底面に穴を開け、被処理材の表面から0.5mmの位置に熱電対を設置し、摩擦攪拌プロセスを実行した直後の温度を測定した。
【0052】
プロセス条件をツールの回転速度を1200rpm、移動速度を100mm/分、荷重を3トンに固定して、前進角を3°(実験番号2−(2))と0(実験番号12−(2))°について温度測定をした。つまり上記実験番号2−(2)と実験番号12−(2)に該当する。
【0053】
図20は経過時間に対する被処理材表面の温度変化を示す。最高到達温度は、前進角3°では570.6℃、前進角0°では870.0℃であった。マルテンサイトへのA1変態点(図中に水平な直線Aで示す)が723℃であるから、前進角3°に対する温度変化BはA1変態点には達しないが、前進角0°に対する温度変化CはA1変態点以上に上昇したことが分かる。A1変態点以上では変態が起こるため、被処理材表面の組織がマルテンサイトに変態したと考えられ、前進角0°が好ましいことが判明した。また、硬化部の表面も前進角が0°の方が平らで外観にすぐれたものになる。
3.ばりの発生
鋳鉄材に摩擦攪拌プロセスを行う際には、ばりの発生が問題となる。そこで上記プロセス条件1およびプロセス条件2の実験後にばり量を測定した。
【0054】
図21は回転ピッチ(ツール移動速度/ツール回転速度)とばり量との関係を示す。回転ピッチが増加するにつれてばり量は減少する。これは回転ピッチが増加することで入熱が小さくなり、軟化部が縮小するためである。前進角0°と3°を比較すると、前進角0°の方がばり量が多いことが分かる。それはツールが被処理材に触れる面積が前進角0°の方が大きくなるために温度が上昇した分ばり量の発生が増えると考えられる。
【0055】
図22はツールの回転速度とばり量との関係を示す。前進角3°では回転速度が速いほどばり量が増えることがわかる。前進角0°ではばり量が回転速度に依存していないことが分かる。
【0056】
以上の実験例では、被処理材に対するツールによる摩擦攪拌プロセスは1回であるが、2回以上繰り返すことにより幅広い領域を硬化することができる。
【0057】
またツールは底面が平坦なものを使用したが、本発明では、従来の摩擦攪拌プロセスで使用される底面中央に突起のあるツールを使用しても表面効果の効果があることが確認されている。
【0058】
さらに、被処理材に対して外部からカーボン粒子を供給して摩擦攪拌プロセスを実施する方法も考えられる。カーボン粒子の供給方法としては、被処理材上の硬化したい部分にカーボンシートを貼り付ける方法、ペースト状に塗布する方法、スプレーによって炭素粒子を供給する方法、ツールの中心に穴をあけ、その穴に予めカーボン粒子を充填しておき、ツールの回転、移動とともにそのカーボン粒子をツールの被処理材との接触摩擦面に供給する方法、あるいはツール材に炭素を含有させ、ツールを消耗させながら移動する際にカーボンを供給する方法などが考えられる。
【0059】
上記実験例では摩擦攪拌プロセスにおける被処理材の冷却は自然冷却によるものであるが、冷却に液体CO、水または液体窒素などの冷媒を用いると、冷却速度を増加させることができるため、ツールの動作条件の範囲を大きく変えることができる。
【0060】
また、広範囲にわたり硬化するためには、上記のプロセスを平行に多数回行えばよい。
【符号の説明】
【0061】
1 被処理材
2 ツール
3 加圧・回転・移動装置
4 処理部
5 深さ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系黒鉛鋳鉄材にツールを押圧させて回転させながら移動することにより鋳鉄材の基地組織中に炭素を拡散させ、その後ツール通過領域を冷却させることを特徴とするフェライト系黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。
【請求項2】
前記フェライト系黒鉛鋳鉄材がFC150以下のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材である請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項3】
ツールの移動速度をV (mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL (kg)としたとき、

45000 < N×L/V < 210000

を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lを選定することを特徴
とする請求項1または2に記載のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。
【請求項4】
ツールの移動速度をV (mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL (kg)、ツール直径をD(mm) としたとき、

1125000 < N×L×D/V < 5250000

を満足するように移動速度Vと、回転速度Nと、加圧荷重Lと、ツール直径Dを選定することを特徴とする請求項1または2に記載のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。
【請求項5】
ツールの加圧荷重を3000kg、前進角を3°としたとき、ツールの移動速度を50〜150mm/分、ツールの回転速度2400〜3300rpmとすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。
【請求項6】
ツールの加圧荷重を3000kg、前進角を3°としたとき、ツールの移動速度を50〜100mm/分、ツールの回転速度1500〜2400rpmとすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。
【請求項7】
ツールの加圧荷重を3000kg、前進角を0°としたとき、ツールの移動速度を50〜150mm/分、ツールの回転速度を900〜1500rpmとすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。
【請求項8】
ツールと被処理材との摩擦接触部にカーボン粒子を供給することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系片状黒鉛鋳鉄材の表面硬化処理方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2012−82480(P2012−82480A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−230499(P2010−230499)
【出願日】平成22年10月13日(2010.10.13)
【出願人】(510272252)
【出願人】(000155366)株式会社木村鋳造所 (23)