説明

フグの性転換方法、フグの飼育方法、及び当該方法によって得られた性転換フグ

【課題】エストロゲンによって遺伝的雄を確実に機能的雌に性転換させることが可能なフグの性転換方法等を提供する。
【解決手段】エストロゲンが添加された飼育水に、フグ目に属し精巣を食すことが出来るフグを曝露する。これにより、性染色体がXYからなる遺伝的雄のフグを、性染色体がXYからなるが卵巣を有する機能的雌に性転換させられる。フグは、生殖線が性的可塑性を持つ期間に、エストロゲン濃度0.1〜100重量ppbで、1〜7回/週の頻度、0.5〜6時間/回の範囲で、定期的に暴露することが好ましい。エストロゲンとしては、エストラジオールが好ましい。このようにして得られた機能的雌から、最終的には雄のみを生産(得られるフグが全て雄)することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステロイドホルモンの一種であるエストロゲンをフグに投与して、人為的に遺伝的雄を機能的雌に性転換させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来からフグは好んで食されるが、生殖腺、内臓、皮膚などに、通称フグ毒と称される毒を有する。例えば、トラフグの体内にはテトロドトキシンがあることが広く知られており、他にハコフグ等が保有するパフトキシンもある。フグ毒が存在する場所はフグ種によっても異なり、皮膚や生殖腺にフグ毒があり身(肉)のみしか食せないもの、皮膚は食せないが生殖腺(雄の精巣)と肉は食せるもの、皮膚、生殖腺、及び肉のいずれも食用可能なものなどがある。1983年に厚生省局長から通達された「フグの衛生確保についての新しい措置基準」に基づけば、現在、食用が認められているフグは22種類ある。例えば、肉のみ食用可能なフグとしては、フグ科のクサフグ、コモンフグ、ヒガンフグ、サンサイフグが挙げられている。皮膚や精巣にフグ毒がない種であれば、精巣は白子として、皮膚はヒレ酒などとして食される。雄の精巣を食用可能なフグとして、最も代表的には高級食材としてのトラフグがある。
【0003】
一般的に、トラフグ雄の白子は珍味とされ、高価な値段で消費者に提供される。これに対し、トラフグ雌の卵巣は毒を有しているため廃棄が義務付けられている。安全性の面から見ても、有毒なトラフグ雌の卵巣よりも、無毒なトラフグ雄の精巣(白子)のほうが重要とされる。そのため、トラフグ雌に比してトラフグ雄の需要は高い。トラフグは、通常の環境条件下で成長した場合、一般的に雌と雄とは約1:1の割合となる。この雌雄比は養殖生産においても同様である。つまり、養殖生産されるトラフグのおよそ50%は雌であり、養殖生産されたトラフグの生殖腺の50%は廃棄されていることになる。しかも、トラフグの生殖腺は、魚体重に占める割合すなわちGSI(生殖腺指数)が大きく、繁殖期には魚体重の20〜30重量%前後まで発達する。トラフグ雌の場合はこれを全て廃棄するため、可食部の歩留まりが極端に低下することになる。
【0004】
トラフグは外観上で雌雄を判別することは困難であるため、現状では雌雄の区別なく同価格で売買される。繁殖期を中心に腹部触診にて雌雄の判別ができるという報告が一部にあるが、100%正確な判別ではない。しかも、出荷時には数百〜数万尾という大量のトラフグが取り扱われるため、腹部触診による判別は大変な労力を要する。種苗生産現場において仔稚魚期にDNA判定によって雌雄を判別することも考えられるが、数十万尾単位で取り扱われる仔稚魚全てでDNA判定をすることは、コストや労力などの点において現実的に不可能である。そのため、重宝されるトラフグ雄の白子の供給は不安定であり、計画的かつ安定的生産が求められる。そもそも、トラフグの雌雄比は約1:1であるため、単に雌雄を判別するだけでは結局雌も存在していることになり、根本的な解決には至らない。したがって、トラフグの雄のみを生産供給できることが理想である。これを受けて、トラフグの全雄化に向けた技術の確立が目指されている。なお、このような課題は、トラフグほど重要視はされていないが、卵巣が食用とならず雄の精巣が食用可能である限り、他の種のフグに関しても同様である。
【0005】
トラフグの全雄化に関する基本的技術としては、例えば非特許文献1に開示されている。当該非特許文献1によれば、先ず、性染色体がXYである遺伝的(本来的に)雄のトラフグに、女性ホルモンの一種であるエストロゲンを投与して、性染色体はXYのままであるが卵巣を有するように性転換させた偽雌を生産する。なお、遺伝的な(正常な)雌の性染色体はXXである。得られた偽雌が2〜3年かけて成熟したところで、当該偽雌から未受精卵を取り出して、性染色体がXYからなる正常な雄の精子と受精させる。すると、通常自然界では存在し得ない、性染色体がYYからなる超雄が得られる。次いで、当該二世代目の超雄と性染色体がXXからなる正常な雌とを交配させると、三世代目のフグは全て雄になる。これにより、トラフグの全雄化が可能となるとされている。したがって、このトラフグの全雄化方法を確立させるためには、性染色体がXYからなる遺伝的雄にエストロゲンを投与して性転換させた、性染色体がXYからなる機能的雌(偽雌)を生産することが必須となる。
【0006】
非特許文献1には、エストロゲンを100μg/g(100ppm)の割合で飼料に添加して経口投与した場合と、エストロゲンを0.1μg/g(100ppb)の割合で飼料に添加して経口投与した場合の試験結果も記載されている。エストロゲンを100ppm飼料に添加した場合、トラフグ雄の精巣の一部が卵巣化するが、その殆どは精細胞と卵母細胞とが混在する中性型の生殖腺である。しかも、一部卵巣化した稚魚でもそのまま正常な卵巣にまで発達するかは不明とされている。エストロゲンを100ppb飼料に添加した場合は、精巣の卵巣化は起こっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「全雄化は可能か?トラフグの性決定・性分化研究」 山口明彦 [つくる漁業の総合情報紙]養殖 No567 緑書房 2008.7 P22〜26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
トラフグの全雄化に関する基本的な理論は非特許文献1に開示されているものの、実際には、上記のようにこれの前提となる性染色体がXYからなる機能的雌を生産できるには至っていない。非特許文献1の試験では、100ppmものエストロゲンを飼料に添加しても、殆ど精細胞と卵母細胞とが混在する中性型の生殖腺しか得られていない。これは、飼料摂取率にバラツキがあること、摂餌量に限界があること、及び経口投与では消化・吸収系を介してエストロゲンが作用するため、その効果が減衰するためと推察される。しかも、一部の精原細胞が卵母細胞化してもそのまま正常な卵巣にまで発達することは確認されていない。
【0009】
そこで、本発明は上記課題を解決するものであって、エストロゲンによって確実に遺伝的雄を機能的雌に性転換させることが可能なフグの性転換方法と、これを利用したフグの飼育方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
先ず、エストロゲンが添加された飼育水に、フグ目に属するフグであって、精巣を食すことが出来るフグを曝露する、フグの性転換方法を提案できる。これにより、性染色体がXYからなる遺伝的雄のフグを、性染色体はXYであるが卵巣を持つ機能的雌(偽雌)に性転換できる。なお、本発明における卵巣とは、卵子を有する厳密な意味での卵巣を意味する。すなわち、体細胞由来の卵巣腔や薄板を有する構造としての卵巣は有するが生殖細胞由来の卵子は有しないものでも、広義の卵巣ということがあるが、本発明では、当該構造のみの卵巣は除外される。
【0011】
フグをエストロゲンが添加された飼育水に曝露する期間は、孵化後成熟するまで継続しても構わないが、性的可塑性を持つ期間とすることが好ましい。飼育水中のエストロゲン濃度は、0.1〜100重量ppbとすることが好ましい。
【0012】
フグをエストロゲンが添加された飼育水に曝露する頻度としては、1〜7回/週が好ましい。この場合、連続して又は不規則な間隔で曝露しても一定の効果は期待できるが、定期的に曝露することが好ましい。例えば、3回/週の頻度で曝露する場合、1日で3回曝露したり、1日で2回、別の日に1回曝露したり、3日間連続して曝露したり、例えば月曜・火曜・土曜に曝露するなど不定期としても一定の効果は期待できるが、例えば月曜・水曜・金曜など、定期的に曝露することが好ましい。
【0013】
エストロゲンが添加された飼育水にフグを曝露する1回当たりの時間は、0.5〜6時間/回が好ましい。エストロゲンとしては、エストラジオール、エストロン、及びエストリオールがあるが、これらを1種のみ使用してもよいし、2種以上を混合使用してもよい。
【0014】
上記手段は、性染色体がXYからなる遺伝的雄のフグを、性染色体がXYからなる機能的雌に性転換する基本的手段であって、基本的には、養殖生産現場と隔離した水槽などにおいて行われる。しかし、実際にはフグは養殖生産される。そこで、フグを養殖生産することに適した実用的な発明として、エストロゲンを飼育水へ定期的に添加してフグに投与する、フグの飼育方法も提案できる。もちろん、養殖生産現場と隔離した水槽などにおいてフグを飼育することもできる。安全性等を考慮すれば、水槽等の隔離した環境においてフグを飼育することが好ましい。
【0015】
この場合も、孵化後成熟するまで曝露を継続しても構わないが、性的可塑性を持つ期間のみ曝露することが好ましい。また、エストロゲンの添加量は0.1〜100重量ppbが好ましく、添加頻度は1〜7回/週が好ましい。また、エストロゲンの添加量によってはエストロゲンを添加した飼育水をそのまま使用することも可能であるが、エストロゲンを飼育水へ添加した0.5〜6時間経過後には、毎回エストロゲン添加飼育水をエストロゲンが添加されていない飼育水と入れ替えることが好ましい。
【0016】
エストロゲンは1種を単独使用してもよいし2種以上を混合使用してもよいが、少なくともエストラジオールを使用することが好ましい。本発明は、フグ目に属し且つ精巣を食用可能なフグ全般に適用できるが、中でも高級食材としてのトラフグや食用フグとして代表的なマフグの飼育に適用することが好ましい。
【0017】
さらに、上記フグの性転換方法やフグの飼育方法によって得られた、性染色体がXYからなる遺伝的雄が、性染色体はXYのままであるが卵巣を有する機能的雌に性転換されたフグも提案される。
【発明の効果】
【0018】
本発明では、エストロゲンを飼育水に添加してフグに投与する、すなわち、エストロゲンが添加された飼育水にフグが曝露されることによって、性染色体がXYからなる遺伝的(本来的に)雄のフグを、性染色体はXYのままで卵巣を有する機能的雌(偽雌)に的確に性転換させることができる。しかも、当該性転換されたフグの偽雌は、長期間機能的雌の状態で成長させることもできる。すなわち、通常の雌フグと同じ卵巣を有する偽雌の状態のままで成長させることができる。性的可塑性が無くなってからエストロゲンをフグに投与しても、性転換は起こらないのでコストの無駄となる。これに対し、曝露(添加)期間を性的可塑性を持つ期間のみに限っていれば、コストの無駄が生じることがないばかりか、フグ自身に生理的負荷をかけることもない。
【0019】
エストロゲンを飼育水に添加しこれにフグを曝露すると、エストロゲンは経口吸収のみならず、鰓や皮膚からも吸収されるので、効率良く且つ確実にエストロゲンがフグに投与されることになる。したがって、エストロゲンを飼料に添加して経口投与する場合は飼料摂取率などの影響を大きく受けることから、非特許文献1のように添加量をppmオーダーにまで多くせざるを得ないが、本発明によればエストロゲン添加量が少量で足り、飼育水中のエストロゲン濃度が0.1〜100重量ppbでも、的確にフグを性転換させることができる。また、飼料添加による経口投与では、飼料摂取量に基づくエストロゲン摂取量において個体差が大きいが、エストロゲンを飼育水に添加していれば、全てのフグに均一に投与できる。また、エストロゲンをフグに投与する方法としては、直接注射も考えられるが、直接注射ではフグに与えるストレスが多大であり、成長停滞などの悪影響が大きい。これに対し、飼育水へエストロゲンを添加する方法によれば、フグへ与えるストレスは殆ど無い。
【0020】
エストロゲンの摂取量が多すぎると、フグ生体への生理的負荷(副作用)が懸念される。したがって、常にエストロゲンが存在する環境下でフグが飼育されると、濃度によってはエストロゲン過剰摂取となり副作用の問題が生じる可能性が高くなる。そこで、飼育水へのエストロゲン添加量0.1〜100重量ppbの範囲で、曝露(添加)する頻度を1〜7回/週としていれば、エストロゲンの過剰摂取を避けながら的確に性転換させ、且つ偽雌の状態が保持されたまま成長させることができる。曝露する1回当たりの時間を0.5〜6時間/回とする効果も同様である。定期的に曝露(添加)していれば、飼育水中におけるエストロゲン濃度の調整を行い易い。
【0021】
養殖現場におけるエストロゲン投与回数や飼育水の入れ替えなどの手間を考えると、副作用の問題が無い程度の低濃度でエストロゲンが常に作用し続ける環境を維持することが望ましい。しかし、エストロゲン濃度の減少率は、フグへの摂取量のほか、天候や温度などの環境によっても異なり常に一律ではないため、飼育水中のエストロゲン濃度を常に一定に維持しておくことは極めて困難であり、現実的に不可能である。そこで、曝露する毎にエストロゲン添加飼育水をエストロゲンが添加されていない飼育水と入れ替えれば、エストロゲン濃度をリセットした状態から濃度を調整できるので、飼育水中のエストロゲン濃度の調整を確実に行うことができる。
【0022】
エストロゲンとして、少なくとも生理活性の高いエストラジオールを使用していれば、効率良く性転換を生じさせることができる。本発明を、食用フグとして代表的であり養殖が盛んなトラフグやマフグの飼育に適用すれば、その実益は大きい。また、本発明により得られた機能的雌のフグによれば、最終的にフグの全雄化技術を確立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】エストロゲン投与後の機能的雌雄比を示すグラフである。
【図2】対照区1の200日齢雄フグの生殖腺組織写真である。
【図3】対照区1の200日齢雌フグの生殖腺組織写真である。
【図4】試験区3の500日齢フグの生殖線組織写真である。
【図5】試験区4の500日齢フグの生殖線組織写真である。
【図6】試験区6の500日齢フグの生殖線組織写真である。
【図7】エストロゲン投与後の機能的雌雄比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、女性ホルモン(ステロイドホルモン)の一種であるエストロゲンを含む飼育水にフグを曝露することで、遺伝的雄を人為的に機能的雌(偽雌)に性転換させるものである。生産現場(養殖場)の飼育水に直接エストロゲンを添加して飼育することも可能ではあるが、安全性等の観点から、生産現場と隔離した水槽中において、飼育水にエストロゲンを添加して飼育することが好ましい。
【0025】
性転換対象となるフグは、フグ目に属し精巣を食用可能なフグ全般である。本発明で得られた偽雌を基点として、最終的には雄のみを養殖生産し、商品価値の高い白子の生産性を向上させるためである。したがって、精巣を食せないフグに適用しても性転換は起こり得るが、その実益は少ない。具体的には、1983年に厚生省局長から通達された「フグの衛生確保についての新しい措置基準」に挙げられたフグのうち、フグ目フグ科に属するトラフグ、マフグ、ショウサイフグ、ナシフグ、メフグ、アカメフグ、カラス、シマフグ、ゴマフグ、カナフグ、シロサバフグ、クロサバフグ、ヨリトフグや、フグ目ハリセンボン科に属するハリセンボン、イシガキフグ、ヒトズラハリセンボン、ネズミフグや、フグ目ハコフグ科に属するハコフグである。中でも、食用として代表的なトラフグやマフグが好ましく、高級食品であるトラフグが最も好ましい。
【0026】
エストロゲンとしては、エストロン(Estrone:E1、IUPAC名:3-hydroxyestra-1,3,5(10)-trien-17-one)、エストラジオール(Estradiol:E2、IUPAC名:estra-1,3,5(10)-triene-3,17β-diol)、エストリオール(Estriol:E3、IUPAC名:estra-1,3,5(10)-triene-3,16α,17β-triol)がある。これらのいずれを使用しても良く、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用しても良い。これらの生理活性は、エストラジオール、エストロン、エストリオールの順で高い。例えば、エストラジオールの生理活性は、エストロンの約5倍、エストリオールの約10倍ある。したがって、エストロゲンを1種のみ使用する場合は、エストラジオールが最も好ましく、次いでエストロンが好ましい。また、エストロゲンを2種以上混合使用する場合は、少なくともエストラジオールを使用することが好ましい。
【0027】
エストロゲンは、合成物、エストロゲンを含む天然原料から抽出した抽出物、又は抽出精製物のいずれを使用しても良く、1種のみを単独で、あるいは2種以上を混合して用いても良い。エストロゲンの形態は、有機溶剤にて溶解した液体状態で使用できる。有機溶剤としては、エタノール、メタノール、プロパノール、バタノール、アセトン、クロロホルム、エーテル、酢酸エチル、塩化メチレン、ベンゼン、四塩化炭素、石油エーテルなどを例示できる。中でも、溶解性が良好でかつ毒性が少ない点からエタノールが望ましい。
【0028】
エストロゲンの添加量、すなわち飼育水中のエストロゲン濃度は、0.1〜100重量ppb(0.1〜100ng/g)が好ましい。エストロゲン濃度が0.1重量ppbより少ないと、的確に性転換させることができなくなる。エストロゲン濃度は100重量ppbを超えても構わないが、副作用が生じる可能性が大きくなる。より好ましくは0.5〜40重量ppbであり、さらに好ましくは1.0〜20重量ppbである。エストロゲン濃度が1.0重量ppb以上あれば、100%の雄を偽雌へ性転換させられる。
【0029】
エストロゲンを飼育水へ添加する期間、すなわちフグをエストロゲン含有飼育水へ曝露する期間は、フグの生殖腺が性的可塑性を持つ期間とすることが好ましい。フグの生殖腺が性的可塑性を持つ期間を超えてエストロゲンを投与しても効果が無いからである。また、生殖腺が性的可塑性を持つ期間後に投与し始めても、既に生殖腺が性分化して性が決定されているので、その後性転換を行うことは難しい。具体的には、孵化後7〜100日齢程度が好ましい。孵化後7日齢より前に投与してもよいが、生殖腺が未発達でありエストロゲンの作用効果は低い。より好ましくは孵化後10〜100日齢程度であり、さらに好ましくは20〜100日齢程度である。
【0030】
エストロゲンを飼育水へ添加する頻度、すなわちフグをエストロゲン含有飼育水へ曝露する頻度は、1〜7回/週とすることが好ましい。エストロゲンの投与頻度は7回/週を超えても構わないが、エストロゲンの過剰摂取による副作用が懸念される。より好ましくは、3〜7回/週である。また、1週間当たり2〜7回投与する場合、曝露時間にもよるが、1日1回が好ましい。1日に複数回としてもよい。また、エストロゲンを飼育水へ添加する頻度、すなわちフグをエストロゲン含有飼育水へ曝露する頻度は定期的に行うことが好ましい。
【0031】
フグをエストロゲン含有飼育水へ曝露する1回あたりの時間は、0.5〜6時間/回とすることが好ましい。エストロゲンの曝露時間は6時間/回を超えても構わないが、エストロゲンの過剰摂取による副作用が懸念される。より好ましくは1〜4時間/回であり、さらに好ましくは2〜3時間/回である。
【0032】
また、フグをエストロゲン含有飼育水へ曝露する総曝露時間は、少なくとも7時間以上とし、15時間以上が好ましく、30時間以上がより好ましい。フグをエストロゲン含有飼育水へ曝露する総曝露時間が7時間未満では、的確な性転換が難しい。総曝露時間が30時間以上であれば、全ての個体を100%性転換できる。総曝露時間の上限は特に限定されないが、生理的負荷を考えると凡そ100時間程度が好ましい。
【0033】
なお、エストロゲンを飼育水に添加した後、上記曝露時間経過後は、毎回エストロゲン含有飼育水をエストロゲン非含有飼育水と入れ替えることが好ましい。必ずしも飼育水を入れ替える必要は無いが、この場合、濃度の高低はあるが常にエストロゲンが飼育環境に存在している場合も想定され、副作用や生殖細胞養成の点で好ましくない。一定時間曝露後、毎回飼育水を入れ替えれば、エストロゲンの濃度調整を安定させられる。飼育水の入れ替えは、総入れ替えが最も好ましいが、少なくとも50%以上入れ替えることが好ましい。より好ましくは80%以上である。飼育水の温度は、フグの摂餌が活発で良好な成長を示す16〜24℃が好ましい。
【0034】
なお、エストロゲンを飼育水に添加する間でも、通常の飼育方法に基づいて、飼料自体は一般的な公知の養魚用飼料や、モイストペレットなどの生餌を与えればよい。養魚用飼料の原料としては、魚粉、カゼイン、イカミール、オキアミミールなどの動物質原料、大豆油かす、コーングルテンミール、小麦粉、脱脂糠、澱粉などの植物質原料、タラ肝油、イカ肝油などの動物性油脂、大豆油、菜種油、パーム油、コーン油などの植物油、アルファ化澱粉、CMC(カルボキシメチルセルロース)、アルギン酸ナトリウム、グアガムなどの粘結剤、ビタミン、ミネラル類、アミノ酸、抗酸化剤などを例示できる。生餌の原料としては、マイワシ、カタクチイワシ、サバ、サンマ、ニシン、ホッケ、タラ、イカナゴ、オキアミ、イサザアミなどを例示できる。配合は、フグ種や成長段階などに応じて適宜調整すればよい。
【0035】
エストロゲンを飼育水へ添加し、当該エストロゲン含有飼育水へフグが曝露されると、エストロゲンは摂食や浸透圧調節のための海水呑み込時の経口摂取のみならず、鰓や皮膚からもフグの体内へ吸収もされる。本発明の場合、鰓や皮膚からの吸収が優先的である。そのため、重量ppb(ng/g)レベルの少ない添加量にも関わらず、的確にエストロゲンを作用させることができる。また、飼育水へ添加しているので、一度に多数尾のフグを養殖しても、全てのフグへ均一にエストロゲンを投与できる。
【0036】
生殖腺は体細胞と生殖細胞から成り立っている。通常、性染色体がXYの遺伝的雄フグは、体細胞からシストと呼ばれる構造が形成され、生殖細胞から精子が形成される。一方、性染色体がXXの正常な遺伝的雌フグは、体細胞から卵巣腔や薄板が形成され、生殖細胞から卵子が形成される。性転換が起こり得る時期、すなわち性的可塑性のある時期の生殖細胞は、雌では卵原細胞、雄では精原細胞である。しかし、エストロゲンを上記本発明の条件に従って遺伝的雄フグに投与すると、性染色体はXYのままであるが、エストロゲンの作用によって体細胞から卵巣腔や薄板が形成され、精原細胞は卵原細胞に変換する。このように、本来精巣となるはずの生殖腺が卵巣に変化した機能的雌(偽雌)となり、そのまま卵巣を有した状態で成長していく。
【0037】
得られた偽雌フグが2〜3年かけて成熟したところで、当該偽雌フグから未受精卵を取り出し、性染色体がXYからなる正常な雄フグの精子と受精させる。すると、通常自然界では存在し得ない、性染色体がYYからなる超雄フグが得られる。次いで、当該二世代目の超雄フグと性染色体がXXからなる正常な雌フグとを交配させると、三世代目では全て雄フグが得られる。これにより、フグの全雄化が確立される。而して、養殖により得られるフグの生殖腺は全て精巣であり、高値で売買される白子の生産量が従来の2倍となる。
【0038】
<フグ稚魚へのエストロゲン投与試験1>
生殖腺が性的可塑性を持つ期間中にフグにエストロゲンを投与した場合の生殖腺への影響を確認する。エストロゲンとして合成エストラジオールを使用し、フグはトラフグとした。エストラジオールは、エタノールに溶解させたエタノール溶液の状態で飼育水へ定期的に添加した。試験区画としては、エストロゲンの添加量を種々異ならせた複数の試験区を設定した。具体的には、飼育水中のエストロゲン濃度が、それぞれ1重量ppb(1ng/g)の試験区1、5重量ppb(5ng/g)の試験区2、10重量ppb(10ng/g)の試験区3、25重量ppb(25ng/g)の試験区4、50重量ppb(50ng/g)の試験区5、100重量ppb(100ng/g)の試験区6を設定し、さらに何も添加しない無処理の対照区1と、エタノールのみを添加した(エストラジオール濃度0重量ppb)対照区2との、合計8区を設定した。各区画におけるエタノール量は同じとした。
【0039】
中部飼料株式会社大井川試験場にて養成したトラフグ雌親魚および雄親魚を無作為に選出し、採卵および採精を行い、人工授精を行った。孵化した仔魚は、生物餌料であるワムシ、アルテミアおよび配合飼料を給餌し、20〜30日齢まで養成した後、500L円形水槽にそれぞれ500尾ずつ収容した。試験区1〜6及び対照区1、2における試験条件を表1に示す。
【0040】
【表1】



【0041】
エストロゲンを飼育水に添加してから2時間経過後は、飼育水中のエストロゲン濃度が0重量ppbとなるまで、毎回飼育水の全量換水を行った。このような曝露処理を20〜100日齢の期間にて行った。飼育期間中は、水温16〜24℃に設定し、給餌餌料、給餌飼料、給餌回数、給餌量や飼育水温、飼育密度などの飼育条件は、全ての区画で同じとした。試験終了後、雌雄の判別を容易にできるよう200日齢まで飼育し、各区画から無作為に50尾の稚魚をサンプリングし、開腹後生殖腺を取り出してブアン氏液で固定した。そして、パラフィン切片を作製し、生殖腺組織の観察により雌雄の判別を行った。判別の基準は、雌の特徴である卵母細胞を有する個体を雌とし、それ以外を雄とした。その結果を図1に示す。また、対照区1の正常な雄の生殖腺組織写真を図2に、対照区1の正常な雌の生殖腺組織写真を図3に示す。
【0042】
図1の結果から明らかなように、無処理の対照区1では雌雄比が約1:1であった。また、エタノールのみを添加した(エストロゲン濃度0重量ppb)の対照区2でも対照区1と同様に雌雄比が約1:1であり、エタノールがトラフグ雌雄比に影響を与えないことが確認できた。そのうえで、エストロゲンを添加した全試験区1〜6において、全ての個体にて図3のような卵母細胞を有する卵巣が確認できた。生残率については、各試験区にて大きな差はなかった。すなわち、全ての遺伝的雄を機能的雌(偽雌)に性転換させることに成功した。以上の結果より、エストロゲンを1.0重量ppb以上の濃度で飼育水に添加してフグを曝露すれば、全ての個体が雌の特徴である卵巣をもち、フグの全雌化が可能であることがわかった。
【0043】
<偽雌の長期飼育による生殖腺の動向試験>
上記試験によって、エストロゲンを飼育水へ添加すれば、遺伝的雄のフグを機能的雌に性転換させることが確認できたが、そのまま偽雌が卵巣を有する状態で成長していくかが問題となる。そこで、上記試験によって得られた稚魚の長期飼育を行い、偽雌および遺伝的雌の生殖腺(卵巣)の動向を調査し、偽雌が性染色体からの遺伝的影響によって、再度精巣を有する雄へ性転換するか否かを確認した。
【0044】
本試験では、上記試験における試験区3、試験区4、試験区6にて生産された偽雌と、対照区1及び対照区2にて生産された通常の雄フグとを使用した。これらの区画において生産されたトラフグを、5t円形水槽にそれぞれ300尾ずつ収容し、水温16〜24℃にて500日齢まで飼育を行った。飼育期間中は、給餌飼料、給餌回数、給餌量や飼育水温、飼育密度などの飼育条件および飼育方法は、すべての区画にて同様に行った。300日齢、400日齢、500日齢ごとに無作為に30尾をサンプリングし、開腹後、生殖腺を取り出し、ブアン氏液で固定した後、パラフィン切片を作製し、生殖腺組織の観察による機能的雌雄判別を行った。判別の基準は、雌の特徴である卵巣をもつ個体を雌とし、それ以外を雄とした。その結果を表2に示す。また、試験区3、4、6における500日齢フグの生殖腺組織写真を、それぞれ図4、5、6に示す。なお、表2中の数値は%である。
【0045】
【表2】

【0046】
表2の結果から、対照区1,2では、300日齢、400日齢、及び500日齢のいずれも雌雄比は約1:1であり、長期間一般的な飼育方法で飼育を行っても、機能的雌雄比は変化しないことが確認された。さらに、エストロゲンを添加した試験区3,4,6のフグは、300日齢、400日齢、及び500日齢のいずれにおいても、全ての個体が卵巣を保有していることが確認できた。つまり、性転換した個体の性が500日経過後でも維持されていた。特に、図4、5、6からも明らかなように、試験区3、4、6における500日齢フグの生殖腺は、全て図3に示す正常な雌の生殖腺と同様の生殖腺組織が維持されていた。以上の結果より、エストロゲンを飼育水に添加すれば、遺伝的雄のフグが機能的雌に性転換し、且つそのまま長期間一般的な飼育方法で飼育を行っても、性染色体による遺伝的な影響によって再度雄へ性転換することがなく、卵巣を有するまま成長することが確認された。
【0047】
<フグ稚魚へのエストロゲン投与試験2>
上記エストロゲン投与試験1では、エストロゲンを少なくとも1.0重量ppb以上の濃度で総曝露時間30時間以上フグを曝露すれば、全ての個体においてフグの全雌化が可能であり、エストロゲン濃度や総曝露時間を増やしても頭打ちとなることが確認され、これらの上限はあまり重要ではないことがわかる。一方、エストロゲン濃度や総曝露時間の下限は重要である。そこで、これらの下限を認定するため、上記エストロゲン投与試験1よりも希薄な条件でエストロゲン投与試験2を行った。
【0048】
具体的には、表3に示す条件以外は、上記エストロゲン投与試験1と全く同じ条件で試験を行った。
【表3】

【0049】
試験終了時後、同じくエストロゲン投与試験1と同様にして生殖腺組織の観察により雌雄の判別を行った。その結果を図7に示す。図7の結果から明らかなように、エストロゲン濃度0.05ppbの試験区7においては、例え総曝露時間が長くても、雌雄比はほぼ1:1であった。これに対し、エストロゲン濃度0.5ppbの試験区8では、エストロゲン無添加の対照区1,2よりもよりも雌の比率が20%以上高くなっていた。これにより、エストロゲン濃度は、少なくとも0.1ppb以上必要であることがわかった。
【0050】
一方、エストロゲン濃度10ppbの試験区9〜11でも、総曝露時間が比較的短いため、一部の個体にて卵母細胞が確認されなかった。しかし、試験区9では30%以上、試験区10では約40%、エストロゲン無添加の対照区1,2よりも雌の比率が高くなっていた。一方、試験区11では10%強に留まっていた。これにより、エストロゲンの総曝露時間は、少なくとも7時間以上とすることが好ましく、15時間以上とすることがより好ましいことがわかった。なお、生残率については、各試験区にて大差はなかった。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
エストロゲンが添加された飼育水に、フグ目に属するフグであって、精巣を食すことが出来るフグを曝露することにより、性染色体がXYからなる遺伝的雄のフグを、性染色体がXYからなるが卵巣を有する機能的雌に性転換させる、フグの性転換方法。
【請求項2】
生殖線が性的可塑性を持つ期間に、フグを前記エストロゲンが添加された飼育水に曝露する、請求項1に記載のフグの性転換方法。
【請求項3】
前記飼育水中のエストロゲン濃度が、0.1〜100重量ppbである、請求項1または請求項2に記載のフグの性転換方法。
【請求項4】
フグを、1〜7回/週の頻度で前記エストロゲンが添加された飼育水に曝露する、請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のフグの性転換方法。
【請求項5】
フグを、前記エストロゲンが添加された飼育水へ定期的に曝露する、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のフグの性転換方法。
【請求項6】
前記エストロゲンが添加された飼育水にフグを曝露する1回当たりの時間が0.5〜6時間/回である、請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のフグの性転換方法。
【請求項7】
前記エストロゲンが、エストラジオール、エストロン、及びエストリオールから選ばれる1種又は2種以上である、請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のフグの性転換方法。
【請求項8】
エストロゲンを飼育水へ定期的に添加してフグに投与する、フグの飼育方法。
【請求項9】
フグの生殖線が性的可塑性を持つ期間に前記エストロゲンを飼育水へ添加する、請求項8に記載のフグの飼育方法。
【請求項10】
前記飼育水へのエストロゲンの添加量が、0.1〜100重量ppbである、請求項8または請求項9に記載のフグの飼育方法。
【請求項11】
エストロゲンを1〜7回/週の頻度で前記飼育水へ添加する、請求項8ないし請求項10のいずれかに記載のフグの飼育方法。
【請求項12】
前記エストロゲンを飼育水へ添加し、0.5〜6時間経過後に、毎回エストロゲン添加飼育水をエストロゲンが添加されていない飼育水と入れ替える、請求項8ないし請求項11のいずれかに記載のフグの飼育方法。
【請求項13】
前記エストロゲンとして、少なくともエストラジオールを使用する、請求項8ないし請求項12のいずれかに記載のフグの飼育方法。
【請求項14】
前記フグが、トラフグ又はマフグである、請求項8ないし請求項13のいずれかに記載のフグの飼育方法。
【請求項15】
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載のフグの性転換方法、又は請求項8ないし請求項14のいずれかに記載のフグの飼育方法によって得られた、性染色体がXYからなる遺伝的雄が、性染色体はXYのままであるが卵巣を有する機能的雌に性転換されたフグ。


【図1】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−45365(P2011−45365A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−168028(P2010−168028)
【出願日】平成22年7月27日(2010.7.27)
【出願人】(391012095)中部飼料株式会社 (11)
【Fターム(参考)】