説明

フトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、フトモモ科植物であるユーカリ属の組織培養あるいは器官培養によって多芽体および不定苗条を効率よく誘導し、さらに誘導した苗条はアブシジン酸処理を行うことにより、効率よく増殖及び発根苗化せしめる方法に関するもので、広く生物学、農学、林学の分野で応用される。
【0002】
【従来の技術】近年、植物の組織培養や器官培養による種苗生産や大量発根などが洋ランをはじめとする草本性植物において盛んに行われている。このような組織培養等による大量増殖は、まずその生長点より人工培地で培養することにより多芽体(マルチプルシュート)や不定苗条(シュート)を誘導し、次いでそれらをそれぞれ発根・苗化し植物体を得る方法が通常行われる。しかし組織培養等による植物体の再生つまり発根は、既存の技術では対処できない植物種も多い。また林木においては生長が遅いことなどによって、器官からの植物体再生までの期間が長いこと、あるいは操作が煩雑なことで生産効率が低く、苗生産などといった実用化は困難なことが多い。例えば、特開昭62-55020号ではユーカリ属数種の苗条原基法による増殖が有効であると開示されているが、苗を生産するまでに半年以上を要するなど効率的ではなく、実用化には苗生産の短期化や簡便な方法の開発が望まれる。また、組織培養等によって形成された多芽体や不定苗条は、既存の技術による発根苗化処理を施しても健全なる植物体にはならず、多芽体や不定苗条を繰り返す現象が生ずる。つまり、個々の茎葉は、各々1本づつの植物体に再生できず、実用に供せない問題がある。他方、植物ホルモンの一種であるアブシジン酸には、ワタ(アオイ科)の器官脱離促進作用やハナミズキ(ミズキ科)等の樹木の休眠作用の他、落果・落葉促進作用を有することが知られており、植物の生長調節を考える上で阻害的作用を示すホルモンとされている。これまでに植物組織培養にアブシジン酸を供試した例としては、ハゲイトウを組織培養によりカルスを誘導し色素を生産させる工程にアブシジン酸を用いる方法(特開平 4-63599号)、サトイモの塊茎を培養する培地にアブシジン酸を添加することで塊茎増殖を行う方法(特開平2-286019号)、人工種子に適した組織を培養する際にアブシジン酸を培地に添加することにより人工種子の再生率を向上させる方法(特開平1-218519号、同1-218520号)等が知られているが、組織培養によって誘導した器官、即ち増殖組織から離脱する際にアブシジン酸を用いた例はない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】そこで、本発明者等は、上記欠点を解決すべく鋭意検討した結果、生長性に優れバイオマスとして有用なフトモモ科植物であるユーカリ属の生長点又は生長点を含む組織を、無機塩類、植物生長調節物質、炭素源及びビタミン含有人工培地上で、低光度下にて培養することにより不定芽、多芽体又は不定苗条を誘導し、得られた不定芽、多芽体又は不定苗条等をアブシジン酸処理後、人工培地で、低光度下にて培養することにより、短期間かつ簡便に効率良くフトモモ科植物であるユーカリ属の増殖及び発根苗化が可能であることを見いだし本発明を完成した。従って、本発明の目的は、短期間かつ簡便に効率良くフトモモ科植物であるユーカリ属の増殖及び発根苗化方法を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明の上記の目的は、生長性に優れバイオマスとして有用なフトモモ科植物であるユーカリ属の生長点又は生長点を含む組織を、無機塩類、植物生長調節物質、炭素源及びビタミン含有人工培地上で、低光度下にて培養することにより不定芽、多芽体又は不定苗条を誘導することにより得られた不定芽、多芽体又は不定苗条等をアブシジン酸処理後、さらに人工培地で、低光度下にて培養することにより達成された。以下に、本発明を詳細に説明する。
【0005】先ず、ユーカリ属植物の生長点または生長点を含む組織を、無機塩類、植物生長調節物質、炭素源及びビタミン含有人工培地上にて、低光度下にて培養することにより不定芽、多芽体又は不定苗条等を誘導する第一工程について以下に説明する。本発明の方法により植物の組織培養や器官培養等により大量増殖を行う場合、先ず、植物体から多芽体、不定苗条又は苗条原基等を誘導する。これらの多芽体、不定苗条又は苗条原基等の誘導は、フトモモ科植物であるユ−カリ属植物の成木若しくは幼苗又は芽生等を用い、これらの植物体より先ず、生長点又は生長点を含む組織を摘出する。この際、摘出に用いるユ- カリ属の品種としては、ユ−カリプタス・カマルドレンシス(E.camaldulensis )の他、ユ−カリプタス・シトリオドラ(E.citriodora)等が挙げられる。次いで、摘出された生長点又は生長点を含む組織を常法により、消毒用アルコ−ル、次亜塩素酸ナトリウム等により殺菌後、無機塩類、植物生長調節物質、炭素源及びビタミン等を含有する人工培地上に移植する。人工培地における無機塩類組成は、基本的にはガンボ−グB5等の培地組成を用いることができる。また、植物生長調節物質としては、ナフタレン酢酸(NAA)及びベンジルアミノプリン(BAP)又はカイネチン等が用いられる。これらの植物生長調節物質濃度としては、通常、ナフタレン酢酸0.01〜 0.5mg/l、ベンジルアミノプリン又はカイネチン濃度として0.01〜 2mg/lの範囲である。これらの植物生長調節物質濃度範囲を離脱すると不定苗条等の増殖組織が形成されず、カルスが形成されるか枯死するからである。また、これらの生長点等の培養時における培養温度としては、18〜28℃の範囲が最適であり、温度18℃以下では多芽体、不定苗条又は苗条原基等の分化が著しく遅延し、また28℃以上では組織は枯死するため好ましくない。また、培養時における光度条件としては、 200〜1000ルックスの範囲内の低光度が最適である。光度 200ルックス以下では、培養組織が水浸状となり分化能はなく、また1000ルックス以上では同様に分化能は低下し、形成される茎葉数は減少する。なお、培養期間としては、通常、2ないし4週間程度で生長点から不定芽、多芽体又は不定苗条等を誘導することが可能である。また、培養方法としては、静置培養の他、回転培養を行っても良い。次に、得られた不定芽、多芽体又は不定苗条等をアブシジン酸で処理後さらに人工培地で低光度下にて培養する第二工程について説明する。
【0006】以上の第一工程により誘導された不定芽、多芽体又は不定苗条等を苗化するためには、先ずアブシジン酸により得られた不定芽、多芽体又は不定苗条等を処理し発根苗化処理を行う。これらの不定芽、多芽体又は不定苗条等の発根苗化処理方法としては、誘導された不定芽、多芽体又は不定苗条等を、培養器官1本毎に切り分け、約50mm〜100 mm程度の長さに調整後、アブシジン酸溶液中に浸漬する。ここで使用するアブシジン酸濃度としては、 0.1〜10mg/l、処理時間としては5〜60分の範囲内が最適である。アブシジン酸の濃度が10mg/lを越える場合は植物組織に阻害的に作用し発根はみられず、また 濃度が 0.1mg/l未満では低濃度過ぎてその効果は認められない。発根苗化処理におけるアブシジン酸による処理時間については、 5分未満ないしは60分を越える場合はアブシジン酸濃度との相関はあるが、全く処理効果はみられない。次に、アブシジン酸処理を行った苗条をそれぞれゲランガム若しくは寒天を 0.2〜 1.0%を含むガンボーグB5培地に植え付け発根させる。なお、培養時における温度及び光度条件としては、前記した多芽体、不定苗条又は苗条原基等の誘導条件と同様の条件で十分である。これらの不定芽、多芽体又は不定苗条等からの発根は、約1週間後より見られ、また1本の苗条のみ伸長し、多芽体になることなく完全な植物個体に生長した。このようにして得られた植物体は、温度25± 1℃、湿度70%以上に保持した環境下で約2〜3週間かけて順化し、完全な再生植物体を作出することができる。
【0007】
【実施例】以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0008】(実施例1)ユ−カリプタス・カマルドレンシス(E. camaldulensis)の種子を消毒用70%アルコールにて数秒、続いて 1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で20〜30分間殺菌後、さらに滅菌水で3〜5回洗浄した。次いで、得られた滅菌種子をガンボーグB5培地(庶糖 2.0%、寒天 0.8%もしくはゲランガム0.25%含む)に置床し、約2週間後、発芽した芽生えの生長点を摘出し、さらにガンボーグB5基本培地に植物生長調節物質としてナフタレン酢酸 0.2mg/l、ベンジルアミノプリン 1mg/lを含んだpH 5.6の人工培地に置床し多芽体の形成を誘導した。
【0009】なお、培養条件としては、温度25±1 ℃、光度500 ルクスの照明下にて16時間照明・ 8時間暗黒条件の繰り返しで行ったところ約4週間で多芽体が形成された。次いで、誘導形成された多芽体を完全な1本の植物体に再生させるために、長さ50mmに調整後、濃度 5mg/lを有するアブシジン酸中に30分浸せきし発根処理を行った後、寒天 0.8%を含むガンボーグB5培地に植え付け、前記多芽体誘導条件と同様の温度・光度条件により培養を行い発根苗化させたところ約1週間で発根形成がみられた。得られた再生植物体は、温度25± 1℃・湿度80%以上に保持した環境下で約2〜3週間で順化し鉢出しが可能であった。
【0010】(実施例2)6年生ユ−カリプタス・シトリオドラ(E.citriodora)の茎頂を含む組織を、消毒用70%アルコールにて数秒間、続いて 1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で30分間殺菌後、さらに滅菌水で5回洗浄した。次いで、殺菌処理組織から茎頂を摘出して、ガンボーグB5基本培地に植物生長調節物質としてナフタレン酢酸 0.2mg/l、ベンジルアミノプリン 2mg/lを含んだpH 5.8の人工培地に置床し多芽体の形成を誘導した。なお、培養条件としては、温度25± 1℃、照度900 ルクスの照明下にて16時間照明・ 8時間暗黒条件の繰り返しで行ったところ約6週間で多芽体が形成された。次いで、誘導形成された多芽体を完全な1本の植物体に再生させるために、長さ100mm に調整後、濃度 1mg/lを有するアブシジン酸溶液中に50分浸せきし発根処理を行った後、ゲンランガム 0.2%を含むガンボーグB5培地に植え付け、前記多芽体誘導条件と同様の温度・光度条件により培養を行い、発根苗化させたところ約10日目頃より発根形成がみられ、完全な植物体に発根苗化した。得られた再生植物体は、温度25± 1℃・湿度80%以上に保持した環境下で2〜3週間で順化し鉢出しが可能であった。
【0011】
【発明の効果】本発明によれば、フトモモ科植物であるユーカリ属の組織培養や器官培養によって誘導された不定芽、多芽体又は不定苗条等の増殖及び発根苗化を短期間かつ簡便に効率よく行うことが可能となり、また、多芽体になることなく健全な植物体を作出できるため、従来大量増殖が困難であったユ−カリプタス・カマルドレンシス(E. camaldulensis)の他、ユ−カリプタス・シトリオドラ(E.citriodo-ra )等ユーカリ属植物の大量増殖が可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 フトモモ科植物の生長点または生長点を含む組織を、無機塩類、植物生長調節物質、炭素源及びビタミン含有人工培地上において低光度下にて培養することにより不定芽、多芽体又は不定苗条を誘導する第一工程、得られた不定芽、多芽体又は不定苗条をアブシジン酸で処理後さらに人工培地上において低光度下にて培養する第二工程からなることを特徴とするフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項2】 植物生長調節物質が、ナフタレン酢酸及びベンジルアミノプリン又はカイネチンから選択されるいずれかである請求項1記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項3】 ナフタレン酢酸の培地濃度が、0.01〜 0.5mg/l、ベンジルアミノプリンまたはカイネチンの培地濃度が、0.01〜 2mg/lである請求項1又は2記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項4】 培養温度が、18〜28℃の範囲である請求項1〜3のいずれか1項に記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項5】 光度が、 200〜1000ルクスの範囲である請求項1〜4のいずれか1項に記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項6】 アブシジン酸濃度が、 0.1〜10mg/lである請求項1〜5のいずれか1項に記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項7】 フトモモ科植物が、ユ−カリプタス・カマルドレンシス(E.camaldulensis )である請求項1〜6のいずれか1項に記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。
【請求項8】 フトモモ科植物が、ユ−カリプタス・シトリオドラ(E. cit-riodora)である請求項1〜6のいずれか1項に記載のフトモモ科植物の増殖及び発根苗化方法。

【特許番号】第2638768号
【登録日】平成9年(1997)4月25日
【発行日】平成9年(1997)8月6日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−178920
【出願日】平成5年(1993)7月20日
【公開番号】特開平7−31309
【公開日】平成7年(1995)2月3日
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)