説明

ブラスト加工方法

【課題】 ブラスト加工後の被加工面に残留する粒状物質やその破片等の異物を低減することができるブラスト加工方法を提供する。
【解決手段】 ブラスト加工される被加工物1の被加工面1aを予め固体潤滑剤2としてのステアリン酸で被覆することにより、吹き付けられる粒状物質と被加工面1aとの間に滑りを生じやすくさせて粒状物質の被加工面1aへの食い込み量を減らすとともに、食い込んだ粒状物質と被加工面1aとの界面に固体潤滑剤の層を形成して、粒状物質が被加工面1aから離脱しやすくし、ブラスト加工後の被加工面1aに残留する粒状物質やその破片等の異物を低減できるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒状物質を吹き付けて被加工面を加工するブラスト加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
粒状物質を高速で吹き付けて被加工面を加工するブラスト加工は、金属材料等の表面の前処理や仕上げ処理として幅広く採用されており、その目的に応じて吹き付ける粒状物質を選定して、被加工面を粗面化、清浄化、活性化さらには表面強化するようにしている。
【0003】
例えば、鋼材の表面に塗装やめっきを施す際の前処理として採用する場合は、粒状物質として丸い鋼球等のショットを用い、塗料やめっきの付着性を向上させるために、被加工面を粗面化するとともに、酸化物等の異物を除去して被加工面を清浄化するようにしている。また、各種金属材料に対する耐摩耗性付与、防食、環境遮断等の手段として汎用される溶射被覆を行う場合は、粒状物質として尖角をもった鋼やアルミナ等のグリットを用いて、被加工面を粗面化、清浄化するとともに、グリットの研削作用によって被加工面を活性化し、これらの金属材料への溶射金属の密着性を高めるようにしている。粒状物質には、切り口を有するカットコアを用いることもある。
【0004】
このようなブラスト加工に用いられる粒状物質は、被加工面の材料よりも硬くて脆いものが多いので、高速で吹き付けられる粒状物質やその破片が被加工面に食い込んで、一部のものが被加工面に残留することがある。このように被加工面に残留する粒状物質やその破片は、被加工面を形成する材料と異種材料であるので、塗料、めっき、溶射被覆等の後処理工程や製品に対して様々な不具合をもたらす問題がある。
【0005】
例えば、金属の粒状物質の場合は、異種金属の被加工面との電気化学特性の違いによって、被加工面の腐食の原因となることがある。また、アルミナ等のセラミックの粒状物質の場合は、めっきや溶射金属との密着性が金属の被加工面よりも劣り、めっきや溶射被覆の剥離を生じさせることがある。
【0006】
上述したブラスト加工後の被加工面に残留する粒状物質やその破片等の異物を除去する手段としては、被加工面に圧縮空気を吹き付けて異物を吹き飛ばす方法や、被加工面を超音波洗浄する方法が知られている(例えば、非特許文献1参照。)。また、粒状物質としてドライアイス粒を用い、粒状物質を自然に昇華消失させる方法も提案されている。
【0007】
【非特許文献1】長坂、石川、青木、「ブラスト技術」、コーテック社、1982年、p.180
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した被加工面に圧縮空気を吹き付ける方法は、簡便ではあるが、強固に食い込んだ粒状物質やその破片は除去できない問題がある。また、被加工面を超音波洗浄する方法は、大きな被加工物には適用が難しく、かつ、被加工物を水に浸漬する必要があるので、腐食しやすい鋼材等の被加工物には適していない。
【0009】
一方、粒状物質としてドライアイス粒を用いる方法は、ドライアイス粒はあまり硬くなく、かつ破砕しやすいので、被加工物が鋼等の硬い金属の場合は、被加工面を十分に粗面化したり活性化したりすることができず、ブラスト加工の効果が満足に得られない問題がある。
【0010】
そこで、本発明の課題は、ブラスト加工の効果が満足に得られることを前提として、ブラスト加工後の被加工面に残留する粒状物質やその破片等の異物を低減することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明は、粒状物質を吹き付けて被加工面を加工するブラスト加工方法において、前記加工される被加工面を予め固体潤滑剤で被覆する方法を採用した。
【0012】
また、本発明は、粒状物質を吹き付けて被加工面を加工するブラスト加工方法において、前記吹き付けられる粒状物質の表面を固体潤滑剤で被覆する方法も採用した。
【0013】
すなわち、加工される被加工面を予め固体潤滑剤で被覆するか、または、吹き付けられる粒状物質の表面を固体潤滑剤で被覆することにより、吹き付けられる粒状物質と被加工面との間に滑りを生じやすくさせて粒状物質の被加工面への食い込み量を減らすとともに、食い込んだ粒状物質と被加工面との界面に固体潤滑剤の層を形成して、粒状物質が被加工面から離脱しやすくし、ブラスト加工後の被加工面に残留する粒状物質やその破片等の異物を低減できるようにした。
【0014】
前記固体潤滑剤を500℃以下の低温で気化するものとすることにより、ブラスト加工後の被加工面を低温で加熱するのみで、被加工面に残る固体潤滑剤を気化させて除去することができる。溶射被覆のように被加工面が加熱されるような後続の処理を行う場合は、この後続の処理における加熱を利用することにより、余分の加熱処理を施すことなく固体潤滑剤を気化させることができる。
【0015】
前記固体潤滑剤は、ステアリン酸、ステアリン酸塩またはこれらの混合物とすることができる。ステアリン酸塩としては、ステアリン酸亜鉛やステアリン酸カルシウム等を用いることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のブラスト加工方法は、加工される被加工面を予め固体潤滑剤で被覆するか、または、吹き付けられる粒状物質の表面を固体潤滑剤で被覆することにより、吹き付けられる粒状物質と被加工面との間に滑りを生じやすくさせて粒状物質の被加工面への食い込み量を減らすとともに、食い込んだ粒状物質と被加工面との界面に固体潤滑剤の層を形成して、粒状物質が被加工面から離脱しやすくしたので、ブラスト加工後の被加工面に残留する粒状物質やその破片等の異物を低減することができる。
【0017】
前記固体潤滑剤を500℃以下の低温で気化するものとすることにより、ブラスト加工後の被加工面を低温で加熱するのみで、被加工面に残る固体潤滑剤を気化させて除去することができる。溶射被覆のように被加工面が加熱されるような後続の処理を行う場合は、この後続の処理における加熱を利用することにより、余分の加熱処理を施すことなく固体潤滑剤を気化させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を説明する。第1の実施形態では、図1に示すように、機械構造用炭素鋼S45Cの被加工物1の被加工面1aを、予め固形潤滑材2としてのステアリン酸で被覆し、粒状物質を空気圧による噴射で被加工面1aに吹き付けるブラスト加工を行った。
【0019】
前記ステアリン酸は、テトラヒドロフランを溶媒として濃度が15%の溶液としたものを、3回に分けて刷毛塗りすることにより、被加工面1aを被覆した。ステアリン酸の被加工面1aへの付着量は約20g/m2とした。なお、ステアリン酸の沸点は360℃であり、比較的低温の加熱で気化する。また、90〜110℃で徐々に揮発する特性もある。
【0020】
前記ブラスト加工に用いた粒状物質は白色アルミナのグリットとし、その平均粒径を328μmと700μmの2種類に変化させた。これらの粒状物質の噴射条件は以下の通りである。
・噴射空気圧:0.5MPa
・噴射距離 :150mm
・噴射角度 :90°
・噴射時間 :20秒
【実施例1】
【0021】
実施例1として、上述したブラスト加工をした後の被加工物を用意した。比較例1として、被加工面をステアリン酸で被覆せずに、上記と同じ条件でブラスト加工した被加工物も用意した。これらの実施例1と比較例1の被加工物を、それぞれテトラヒドロフランの液中で超音波洗浄したのち、塩酸3:硝酸3:水8の混合液に浸漬して、被加工面を溶解しながら、さらに40分間超音波洗浄し、前後2回の超音波洗浄で被加工面から分離したグリットの量を測定した。なお、測定した被加工物のサンプル数は、実施例1、比較例1とも3とした。
【0022】
図2は、上記分離グリット量の測定結果を示す。この測定結果より、実施例1のものは、分離グリット量、すなわち被加工面へのグリットまたはその破片の残留量が、従来のように被加工面を被覆しない比較例1のものよりも著しく低減されていることが分かる。
【0023】
第2の実施形態では、図3に示すように、粒状物質としての白色アルミナのグリット3の表面を固形潤滑材2としてのステアリン酸で被覆し、これを構造用炭素鋼S45Cの被加工物の被加工面に吹き付けるブラスト加工を行った。グリット3の噴射条件は第1の実施形態と同じである。
【0024】
前記グリット3の平均粒径は、328μm、700μm、1080μmの3種類に変化させ、これらを熱湯中で約90℃に温め、熱湯中にステアリン酸を投入して撹拌したのち冷却することにより、それぞれのグリット3の表面をステアリン酸で被覆した。各グリット3の被覆厚さは、平均粒径が328μmのもので約4μm、平均粒径が700μmのもので約8μm、平均粒径が1080μmのもので約12μmであった。
方法で行った。
【実施例2】
【0025】
実施例2として、上述したステアリン酸で被覆したグリットを用いてブラスト加工した後の被加工物を用意した。比較例2として、従来のように何も被覆しないグリットを用いてブラスト加工した後の被加工物も用意した。なお、平均粒径が328μmと700μmのグリットを用いるものについては、比較例1のものを流用した。これらの実施例2と比較例2の被加工物に、実施例1および比較例1のものと同じ方法で前後2回の超音波洗浄を施し、それぞれの被加工面から分離したグリットの量を測定した。測定した被加工物のサンプル数は、実施例2、比較例2とも3とした。
【0026】
図4は、上記分離グリット量の測定結果を示す。この場合も、実施例2のものは、分離グリット量、すなわち被加工面へのグリットまたはその破片の残留量が、従来のようにグリットを被覆しない比較例2のものよりも著しく低減されていることが分かる。
【実施例3】
【0027】
上述した被加工面をステアリン酸で被覆してブラスト加工した被加工物を、電気炉を用いて室温の20℃から250℃まで種々の温度に加熱し、加熱後の被加工面におけるステアリン酸の残留量を測定した。ステアリン酸の残留量の測定は、テトラヒドロフラン溶液に加熱後の被加工物を浸漬して、被加工面に残留するステアリン酸を溶液中に溶解させ、ステアリン酸の溶解度によって変化するテトラヒドロフラン溶液の色調を観察して、この色調の変化度合で溶液中のステアリン酸の溶解度を定量する方法で行なった。ステアリン酸の溶解度の定量は、予め、ステアリン酸の溶解度を変化させてテトラヒドロフラン溶液の色調を画像解析装置で解析し、この解析結果に基づいて作成したステアリン酸の溶解度と溶液の色調との相関図を用いることにより行なった。
【0028】
図5のグラフは、上記ステアリン酸の残留量の測定結果を示す。縦軸は、加熱をしない室温でのステアリン酸の残留量80mg/m2を100%とするステアリン酸残留率で表示した。被加工面におけるステアリン酸の残留量は、ブラスト加工によって加工前の付着量の約1/250に減少しており、加熱温度の上昇に伴って被加工面のステアリン酸残留率は急激に減少して、加熱温度が150℃以上ではステアリン酸残留率が0%となっている。ステアリン酸の沸点は360℃であるが、ブラスト加工後にける被加工面のステアリン酸の残留厚さは非常に薄いので、ステアリン酸は沸点よりもかなり低い150℃程度で完全に気化したものと思われる。この結果より、被加工面をステアリン酸で被覆しても、ブラスト加工後の被加工面を比較的低温で加熱すれば、ステアリン酸を気化によって容易に除去できることが分かる。また、グリットの表面をステアリン酸で被覆する場合も、同様に、被加工面を比較的低温で加熱すれば、ステアリン酸が容易に気化によって除去されることが推定できる。
【0029】
第3の実施形態では、一般構造用鋼SS400の曲げ試験片を被加工物とし、その片面の被加工面を予めステアリン酸で被覆して、白色アルミナのグリットを吹き付けるブラスト加工を行い、さらに、ブラスト加工された被加工面を溶射被覆した。ステアリン酸の被覆条件とグリットの噴射条件は第1の実施形態と同じであり、グリットの平均粒径は700μmとした。被加工面の溶射被覆は、ブラスト加工後の被加工物を約100℃で5分間保持したのち、サーメット粉末WC−12Coを大気プラズマ溶射法で被加工面に溶射する方法で行い、溶射被覆の厚さは300μmとした。
【実施例4】
【0030】
上述した被加工面を固形潤滑材であるステアリン酸で被覆してブラスト加工と溶射被覆を施した試験片(実施例4)と、被加工面を何も被覆せずにブラスト加工と溶射被覆を施した試験片(比較例4)とを用意した。参考例4として、固形潤滑材であり、500℃以下の低温では気化しない二硫化モリブデンで被加工面を被覆してブラスト加工と溶射被覆を施した試験片も用意した。各試験片の寸法は、長さ110mm、幅10mm、厚さ1.0mmである。これらの試験片について、曲げ半径を10mmとする曲げ試験(JIS Z 2248)を行い、溶射皮膜が脱落を開始する曲げ角度を求めた。各試験片のサンプル数は3とした。
【0031】
図6は、上記曲げ試験の結果を示す。溶射皮膜の脱落開始曲げ角度は、実施例4のものが40〜43°と最も大きく、溶射皮膜の密着性が非常に優れていることが分かる。これに対して、比較例4のものは、脱落開始曲げ角度が実施例4のものよりも約10°小さくてばらつきも大きく、溶射皮膜の密着性が劣り、かつ不安定である。また、参考例4のものは、脱落開始曲げ角度が比較例4のものよりも小さく、溶射皮膜の密着性が最も劣っている。
【0032】
上記比較例4と参考例4の曲げ試験片については、溶射皮膜の脱落部の表面を顕微鏡観察した。比較例4のものについては、脱落部に白色アルミナのグリットが残留しているのが観察され、参考例4のものについては、固形潤滑材とした二硫化モリブデンが残留しているのが観察された。したがって、グリットの残留が溶射皮膜の密着性を低下させることが確認されるとともに、被加工面を固形潤滑材で被覆してグリットの残留を防止しても、固形潤滑材が被加工面に残留すれば溶射皮膜の密着性を低下させることも確認された。
【0033】
上述した各実施形態では、ブラスト加工前の被加工面を被覆する固形潤滑材として、ステアリン酸を用いたが、ステアリン酸亜鉛やステアリン酸カルシウム等のステアリン酸塩やこれらの混合物を用いることもできる。また、ブラスト加工される被加工面の材料を鋼とし、これに吹き付ける粒状物質をアルミナのグリットとしたが、被加工面の材料は他の金属や合金としてもよく、粒状物質もアルミナのグリットに限定されることはない。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】第1の実施形態でブラスト加工される被加工物の被加工面を示す断面図
【図2】ブラスト加工後に図1の被加工面から分離させた分離グリット量の測定結果を示すグラフ
【図3】第2の実施形態のブラスト加工で用いたグリットを示す断面図
【図4】図3のグリットを用いたブラスト加工後の被加工面から分離させた分離グリット量の測定結果を示すグラフ
【図5】第1の実施形態のブラスト加工後に加熱した被加工面におけるステアリン酸の残留率の測定結果を示すグラフ
【図6】第3の実施形態のブラスト加工後に溶射被覆を施した試験片の曲げ試験における溶射被膜の脱落開始曲げ角度を示すグラフ
【符号の説明】
【0035】
1 被加工物
1a 被加工面
2 固形潤滑材
3 グリット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒状物質を吹き付けて被加工面を加工するブラスト加工方法において、前記加工される被加工面を予め固体潤滑剤で被覆するようにしたことを特徴とするブラスト加工方法。
【請求項2】
粒状物質を吹き付けて被加工面を加工するブラスト加工方法において、前記吹き付けられる粒状物質の表面を固体潤滑剤で被覆するようにしたことを特徴とするブラスト加工方法。
【請求項3】
前記固体潤滑剤を500℃以下の低温で気化するものとした請求項1または2に記載のブラスト加工方法。
【請求項4】
前記固体潤滑剤がステアリン酸、ステアリン酸塩またはこれらの混合物である請求項3に記載のブラスト加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−933(P2006−933A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−176459(P2004−176459)
【出願日】平成16年6月15日(2004.6.15)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)