説明

プラズマ重合糖類膜

【課題】グルコース等の糖類の薄膜化についてその具体化を実現し、糖類本来の機能としての親水性や生体適合性を損うことなしに、産業上実際に利用することのできる物理・化学的な特性を備えた新しい糖類薄膜を提供する。
【解決手段】 糖類のプラズマ励起により形成された薄膜であることを特徴とするプラズマ重合糖類膜とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、プラズマ重合糖類膜に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、生体適合性、親水性を有し、医療、化学工業、電気、電子産業等の各種の分野における表面処理、表面改質等のために有用な、新しいプラズマ重合糖類膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、各種の有機物質をプラズマ雰囲気下に励起させて、これら有機物質の重合、架橋による薄膜を形成することが様々に試みられており、また、これらのプラズマ重合膜についてはすでに実用化されているものもある。
【0003】
いずれの場合においても、プラズマ重合膜においては、通常の化学反応、あるいはポリマー溶液の塗布による薄膜、さらには、真空蒸着、CVD等による薄膜では得られないプラズマ励起によって高度に架橋された三次元構成を有する薄膜として、基板との優れた密着性、薄膜の高い密度と緻密性を有するピンホールのない超薄膜を実現し、しかも対象として使用する有機物質由来の特有の機能をも実現するという極めて特徴のある薄膜が構成されている(たとえば非特許文献1参照)。
【0004】
このような特徴のあるプラズマ重合膜の機能、用途も広く、たとえば、表面の保護膜、絶縁膜、反射防止膜、湿度センサー、バイオ化学センサー、分離膜、生体材料、VILI他の電子デバイス等の広範囲な領域に及んでいる。
【0005】
そして、プラズマ重合膜を形成するための有機物質についても広範囲の種類のものが対象とされてきており、エチレン、プロピレン、フルオロカーボン等の炭化水素やそのオリゴマー、あるいはポリマーをはじめ、シリコン化合物、ポリエーテル化合物等の各種の官能基を有する物質もその対象とされてきている。
【0006】
一方、グルコースをはじめとする糖類については、生体構成物質としてその重要性が注目されているが、これらの糖類の薄膜化はあまり試みられておらず、ましてプラズマ重合膜として展開することはほとんど想定されてもいない。
【0007】
グルコースをはじめとする糖類の薄膜については、糖類としての特徴である親水性や生体適合性を生かすことによって、たとえば人工臓器の表面の処理や改質等に大きな期待が寄せられる。しかしながら、実際には、通常の化学的方法による薄膜化では化学的な反応を行わなければならず、その場合に作成される薄膜は化学構造がかなり変化し、グルコース等の特徴である親水性や生体適合性が損なわれてしまう。また、物理的な塗布や気相での蒸着方法による薄膜化では、薄膜状に作成することが困難であり、薄膜状ではなく実体は粒状のグルコースが基板上に載っている状態であり、その薄膜状のグルコース等は水に容易に溶解してしまいさまざまな材料の表面処理・改質には不向きである。
【0008】
このような問題点の所在からも、従来では、グルコース等の糖類の薄膜をプラズマ重合により形成することはほとんど想定もされていなかった。
【非特許文献1】「化学大辞典」(東京化学同人)、第2028頁(1989.10.20)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、この出願の発明は、以上のような背景と問題点の所在を踏まえ、グルコース等の糖類の薄膜化についてその具体化を実現し、糖類本来の機能としての親水性や生体適合性を損うことなしに、産業上実際に利用することのできる物理・化学的な特性を備えた新しい薄膜を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、第1には、糖類のプラズマ励起により形成された糖類であることを特徴とするプラズマ重合糖類膜を提供し、第2には糖類が単糖類および多糖類のうちの1種以上であることを特徴とするプラズマ重合糖類膜を提供する。
【0011】
また、この出願の発明は、第3には、接触角が20°以下の親水性膜であることを特徴とする上記のプラズマ重合糖類膜を提供し、第4にはクロスカット密着性試験の値が10であることを特徴とするプラズマ重合糖類膜を提供する。
【発明の効果】
【0012】
上記のとおりのこの出願の発明によれば、グルコース等の糖類の親水性・生体適合性の機能を維持したままグルコースを薄膜化し、さらに水などの溶媒への溶解性が無く、材料表面の処理・改質による材料表面の親水化・生体適合性の付与を実現した薄膜が提供される。この薄膜は、これまでに見られない新しい薄膜である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
この出願の発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0014】
この出願の発明のプラズマ重合糖類膜については、その薄膜形成のための方法、装置としては従来より知られているものを基本とすることができる。プラズマ重合では、高周波励起プラズマとして糖類物質を励起して基板上に薄膜形成するが、この場合のプラズマの発生、導入についても、基板対向型方式、高周波アンテナ方式をはじめとして各種であってよく、いずれの場合にも、いわゆるグロー放電プラズマが生成され、このプラズマにより糖類が励起されて薄膜形成されればよい。そして、たとえば、減圧真空槽内での低温プラズマによる薄膜形成がその代表的な方法として考慮されるが、大気圧グロー放電プラズマの方法が採用されてもよい。
【0015】
薄膜形成のための形態については、たとえば低温プラズマ方法においては、好適には1×10−1Pa以下の圧力の真空下で、アルゴン(Ar)、ヘリウム(He)等の不活性ガスを導入してグロー放電プラズマを生成させ、蒸発させた、もしくはガス状で導入した糖類をこのプラズマにより励起させて基板上に成膜することができる。不活性ガスとともに、たとえば酸素、あるいは水素等を導入することも考慮されてよい。いずれの場合にも、プラズマ発生のための高周波パワーや導入ガスの組成や供給、あるいは基板の温度を制御することで、形成された糖類薄膜の物性をコントロールすることが可能とされる。
【0016】
糖類は、真空槽内において抵抗加熱や、誘導加熱、あるいは電子ビーム放射等の手段で蒸発させてもよいし、前記のとおりの気化されたガス状で真空槽内に導入してもよい。
【0017】
原料としての糖類は、次式
【0018】
【化1】



【0019】
で表わされる糖類としてのグルコース等の各種のものであってもよいし、二糖類、三糖類をはじめとする多糖類のうちの各種のものであってよい。もちろん、これらは併用してもよい。形成される薄膜の性質、機能に応じての選択がなされてよい。
【0020】
この出願の発明の薄膜として、接触角が20°以下の、親水性の良好な薄膜が提供される。しかも、水に不溶性の薄膜が実現される。
【0021】
さらにクロスカット密着性試験でも、「10」の値の極めて高い密着性の薄膜が得られる。また、成膜条件によっては、剥離するものも形成される。このものは、剥離した状態として応用も可能になる。
【0022】
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0023】
薄膜形成装置としては、図1に示した構成のものを用いた。図中の符号は次のものを示している。
【0024】
AFG:高周波電源
IM:マッチングボックス
S:基板
U:上部電極
M:モノマー
L:下部電極
Ar:アルゴンガス
RP:ロータリーポンプ
この装置において、基板(S)としてのガラス表面に、原料モノマー(M)としてのグルコースのプラズマ重合膜を形成した。装置内は、5×10−2Paとなるように排気し、アルゴン(Ar)を10ml/minで導入した。ガラス基板の温度は25℃とした。
【0025】
高周波電源の電力を変更して、形成されるグルコースプラズマ重合膜の特性を評価した。
【0026】
表1は、ESCA(XPS:X線光電子分光法)によるC(炭素)とO(酸素)の存在割合の変化を示したものであり、図2は、グルコースと10Wおよび50Wの場合の薄膜のIRスペクトルを示したものである。
【0027】
【表1】



【0028】
電力の増大とともにグルコース分子の重合、架橋度が高度化していることがわかる。
【0029】
表2は、形成された薄膜の接触角を示したものであって、50W未満においてプラズマ重合によるグルコース薄膜が良好な親水性を有していることがわかる。しかも、原料物質のグルコースそのものは水に易溶解性であるが、プラズマ重合薄膜においては、グルコース分子間の架橋により、水に不溶であることが確認された。
【0030】
そしてまた表3には、クロスカット密着性試験の結果を示したが、優れた密着性が得られていることがわかる。
【0031】
【表2】



【0032】
【表3】



【0033】
図3は、形成された薄膜における血小板の付着状況を示したものである。
【0034】
赤血球と薄膜とを接触させた結果を示しており、10Wでの薄膜は50Wで形成した薄膜よりも生体適合性に優れていることがわかる。また、50Wの薄膜でも、従来の材料に比べて生体適合性が良好であることが確認される。
【産業上の利用可能性】
【0035】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によれば、親水性で、しかも水に不溶な、生体適合性に優れ、かつ膜密着性にも優れた薄膜が提供されることになる。
【0036】
このような特徴から、この出願の発明のプラズマ重合糖類膜は、生体関連物質や細胞を使用するバイオテクノロジー材料の表面処理・改質に用いることが可能である。細胞によって材料表面の形状・性質により、細胞が破壊されることなどもあり、現在では細胞に影響を与えない材料が用いられているが、この出願の発明のプラズマ重合糖類膜は、どのような材料でも容易にその表面を親水化し、生体適合性に優れたものに改質することが可能であり、バイオテクノロジー研究に用いる材料選択の幅を広げることとなり、バイオテクノロジー分野の発展に寄与するものである。
【0037】
また、水との塗れ性がよく、親水性の薄膜であり、生体適合性にも優れていることから、移植などに用いる人工臓器・ペースメーカーの表面処理・改質に用いることが可能である。これまで利用されている人工臓器・ペースメーカ用の材料では、表面処理・改質を含めて生体との適合性を特段に配慮しなければならなかったが、この出願の発明のプラズマ重合糖類膜を用いることにより、材料の素材を気にせず開発することが可能となり、医療分野においての材料利用の選択の幅を広げることとなり、今までに失われていた人命を救うことが可能になると考えられる。
【0038】
そして、最近、化学反応は環境に対して負荷が高いことから化学反応をマイクロ領域で実施するマイクロリアクターの研究が盛んに行われている。しかし、そのマイクロリアクターに用いる材料は限られており、表面についての検討もほとんどなされていない。しかし、この出願の発明のプラズマ重合糖類膜は、マイクロオーダーの材料表面の処理・改質も容易に行うことができ、マイクロリアクター研究の幅を広げることに寄与するものである。
【0039】
さらに、さまざまな材料表面につき、親水化や撥水化などによる防曇化が望まれている。この出願の発明のプラズマ重合糖類膜は、非常に親水性であり、防曇化効果も高く、さまざまな材料表面上への防曇膜の作成が可能である。
【0040】
以上、取り上げたように、材料の素材・形状を問わず、その材料表面の親水化や生体適合性の付与が可能であり、バイオテクノロジー分野・医療分野・材料分野において、それらの研究・応用に十分寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施例での成膜装置の構成を示した概要図である。
【図2】IRスペクトルを示した図である。
【図3】血小板の付着について示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖類のプラズマ励起により形成された薄膜であることを特徴するプラズマ重合糖類膜。
【請求項2】
糖類が単糖類および多糖類のうちの1種以上であることを特徴とする請求項1のプラズマ重合糖類膜。
【請求項3】
接触角が20°以下の親水性膜であることを特徴とする請求項1または2のプラズマ重合糖類膜。
【請求項4】
クロスカット密着性試験の値が10であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかのプラズマ重合糖類膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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