説明

ヘムタンパク質分離法およびヘムタンパク質吸着剤

【課題】ヘムタンパク質を、このヘムタンパク質を含有する溶液中から、選択的に分離することができるヘムタンパク質分離法を提供すること。
【解決手段】本発明のヘムタンパク質分離法は、ヘムタンパク質を含有する溶液中から、当該ヘムタンパク質を分離するものであり、少なくとも表面付近が、主として下記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されている吸着剤3に、前記溶液を接触させることにより、前記ヘムタンパク質を優先的に吸着させて、前記溶液から分離するものである。
(Ca1−a10(PO((OH)1−b ・・・(I)
[ただし、組成式(I)中、Mは原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種を示し、Xはハロゲン元素のうちの少なくとも1種を示し、0<a≦1、0≦b≦1である。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘムタンパク質分離法およびヘムタンパク質吸着剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイドロキシアパタイトは、生体親和性に優れることから、従来から、液体クロマトグラフィー用カラム(吸着装置)に使用する吸着剤として広く利用され、この液体クロマトグラフィー用カラムにタンパク質等を含有する溶液を通液することにより、目的とするタンパク質を選択的に吸着・分離するタンパク質の分離法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
ところで、近年、例えば、糖尿病の診断をする際の指標として、ヘムタンパク質の1種であるヘモグロビンA1cが用いられ、このヘモグロビンA1cを効率良く分離し得るヘムタンパク質の分離法が求められている。しかしながら、現在のところ、ヘムタンパク質を効率良く分離し得るヘムタンパク質の分離法は認められていない。
【0004】
【特許文献1】特許第3435265号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ヘムタンパク質を、このヘムタンパク質を含有する溶液中から、選択的に分離することができるヘムタンパク質分離法およびヘムタンパク質吸着剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的は、下記の(1)〜(9)の本発明により達成される。
(1) ヘムタンパク質を含有する溶液中から、当該ヘムタンパク質を分離するヘムタンパク質分離法であって、
少なくとも表面付近が、主として下記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されている吸着剤に、前記溶液を接触させることにより、前記ヘムタンパク質を優先的に吸着させて、前記溶液から分離することを特徴とするヘムタンパク質分離法。
(Ca1−a10(PO((OH)1−b ・・・(I)
[ただし、組成式(I)中、Mは原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種を示し、Xはハロゲン元素のうちの少なくとも1種を示し、0<a≦1、0≦b≦1である。]
【0007】
これにより、Mに対して高い親和性(高い結合力)で結合し得る部分と推察されるプロトポルフィリン骨格を有するヘムタンパク質が、特異的に吸着剤に吸着するようになる。その結果、吸着剤は、ヘムタンパク質以外の化合物と比較して、ヘムタンパク質に対して高い選択性を示すようになる。その結果、ヘムタンパク質を含有する溶液中から、ヘムタンパク質を分離することができる。
【0008】
(2) 前記ヘムタンパク質は、ミオグロビンおよびシトクロム−cのうちの少なくとも1種である上記(1)に記載のヘムタンパク質分離法。
【0009】
これらのヘムタンパク質は、原子量173以上のランタノイド系の金属元素に対して、特に優れた親和性を有している。そのため、これらのヘムタンパク質をより優れた選択性をもって、吸着剤に吸着させることができ、試料に含まれるこれらのヘムタンパク質と、他のタンパク質とを、より確実に分離することができる。
【0010】
(3) 前記ランタノイド系の金属元素は、Luである上記(1)または(2)に記載のヘムタンパク質分離法。
【0011】
Luは、ヘムタンパク質に対して、特に優れた親和性を有していることから、ヘムタンパク質をより優れた選択性をもって、吸着剤に吸着させることができる。その結果、試料に含まれるヘムタンパク質を、他のタンパク質と確実に分離することができる。
【0012】
(4) 前記組成式(I)中の前記aは、0.5〜1である上記(1)ないし(3)のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【0013】
かかる範囲内に設定することにより、ヘムタンパク質の特異的吸着能を吸着剤に十分に付与することができる。
【0014】
(5) 前記組成式(I)中の前記Xは、Fを主とするハロゲン元素である上記(1)ないし(4)のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【0015】
これにより、アパタイトを構成する各元素(イオン)の間の結合力が増大し、アパタイトの耐久性および耐溶剤性(特に耐酸性)を向上させることができる。
【0016】
(6) 前記Xは、Fを含み、その割合が前記X全体に対し80%以上である上記(1)ないし(5)のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【0017】
これにより、Fの特性(性質)がより顕著に発揮され、アパタイト(吸着剤)の耐久性および耐溶剤性(特に耐酸性)をより向上させることができる。
【0018】
(7) 前記組成式(I)中の前記bは、0.3〜1である上記(1)ないし(6)のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【0019】
bが小さ過ぎると、Xの種類等によっては、アパタイト(吸着剤)の耐久性や耐溶剤性を十分に向上させることができないおそれがある。
【0020】
(8) 前記吸着剤は、粒状をなしている上記(1)ないし(7)のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【0021】
吸着剤を粒状とすることにより、その表面積を増大させることができ、ヘムタンパク質の吸着量をより増大させることができる。
【0022】
(9) 吸着剤充填空間を有するカラムと、前記吸着剤充填空間の少なくとも一部に充填された前記吸着剤とを有する吸着装置を用い、前記吸着剤充填空間に前記溶液を通液することにより、前記ヘムタンパク質を前記溶液から分離する上記(1)ないし(8)のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【0023】
かかる吸着装置を用い、前記溶液をこの吸着装置に通液することにより、ヘムタンパク質を確実に溶液中から分離することができる。
【0024】
(10) ヘムタンパク質を含有する溶液中から、当該ヘムタンパク質を分離するヘムタンパク質吸着剤であって、
少なくとも表面付近が、主として下記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されており、前記溶液を接触させることにより、前記ヘムタンパク質を優先的に吸着して、前記溶液から分離することを特徴とするヘムタンパク質吸着剤。
(Ca1−a10(PO((OH)1−b ・・・(I)
[ただし、組成式(I)中、Mは原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種を示し、Xはハロゲン元素のうちの少なくとも1種を示し、0<a≦1、0≦b≦1である。]
【0025】
これにより、Mに対して高い親和性(高い結合力)で結合し得る部分と推察されるプロトポルフィリン骨格を有するヘムタンパク質が、特異的に吸着剤に吸着するようになる。その結果、吸着剤は、ヘムタンパク質以外の化合物と比較して、ヘムタンパク質に対して高い選択性を示すようになる。その結果、ヘムタンパク質を含有する溶液中から、ヘムタンパク質を分離し得るヘムタンパク質吸着剤とすることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明のヘムタンパク質分離法によれば、目的物質であるヘムタンパク質を、高い選択性をもって吸着剤に吸着させることができるため、ヘムタンパク質を含有する溶液から、ヘムタンパク質を効率的に分離することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明のヘムタンパク質分離法およびヘムタンパク質吸着剤の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0028】
<吸着装置>
まず、本発明のヘムタンパク質分離法について説明するのに先立って、本発明のヘムタンパク質吸着剤を備える吸着装置の一例について説明する。
【0029】
図1は、本発明の吸着剤を備える吸着装置の実施形態を示す縦断面図である。なお、以下の説明では、図1中の上側を「流入側」、下側を「流出側」と言う。
【0030】
ここで、流入側とは、目的とするヘムタンパク質を分離(精製)する際に、例えば、試料(ヘムタンパク質を含有する溶液)、溶出液等の液体を、吸着装置に供給する側のことを言い、一方、流出側とは、前記流入側と反対側、すなわち、前記液体が吸着装置から流出する側のことを言う。
【0031】
図1に示す吸着装置1は、カラム2と、粒状の吸着剤3と、2枚のフィルタ部材4、5とを有している。
【0032】
カラム2は、カラム本体21と、このカラム本体21の流入側端部および流出側端部に、それぞれ装着されるキャップ(蓋体)22、23とで構成されている。
【0033】
カラム本体21は、例えば円筒状の部材で構成されている。カラム本体21を含めカラム2を構成する各部(各部材)の構成材料としては、例えば、各種ガラス材料、各種樹脂材料、各種金属材料、各種セラミックス材料等が挙げられる。
【0034】
カラム本体21には、その流入側開口および流出側開口を、それぞれ塞ぐようにフィルタ部材4、5を配置した状態で、その流入側端部および流出側端部に、それぞれキャップ22、23が螺合により装着される。
【0035】
このような構成のカラム2では、カラム本体21と各フィルタ部材4、5とにより、吸着剤充填空間20が画成されている。そして、この吸着剤充填空間20の少なくとも一部に(本実施形態では、ほぼ満量で)、吸着剤3が充填されている。
【0036】
また、カラム本体21に各キャップ22、23を装着した状態で、これらの間の液密性が確保されるように構成されている。
【0037】
各キャップ22、23のほぼ中央には、それぞれ、流入管24および流出管25が液密に固着(固定)されている。この流入管24およびフィルタ部材4を介して吸着剤3に、前記液体が供給される。また、吸着剤3に供給された液体は、吸着剤3同士の間(間隙)を通過して、フィルタ部材5および流出管25を介して、カラム2外へ流出する。このとき、試料に含まれるヘムタンパク質は、吸着剤3に対する吸着性の差異に基づいて、吸着剤3に優先的に吸着し、試料中に含まれる他のタンパク質と分離することができる。
【0038】
各フィルタ部材4、5は、それぞれ、吸着剤充填空間20から吸着剤3が流出するのを防止する機能を有するものである。これらのフィルタ部材4、5は、それぞれ、例えば、ポリウレタン、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン、ポリエーテルポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等の合成樹脂からなる不織布、発泡体(連通孔を有するスポンジ状多孔質体)、織布、メッシュ等で構成されている。
【0039】
吸着剤3は、主としてその少なくとも表面付近が、下記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されている。
【0040】
(Ca1−a10(PO((OH)1−b ・・・(I)
[ただし、組成式(I)中、Mは原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種を示し、Xはハロゲン元素のうちの少なくとも1種を示し、0<a≦1、0≦b≦1である。]
【0041】
このアパタイトは、Caの少なくとも一部がM、すなわち、原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種で置換されてなるものである。これにより、Mに対して高い親和性(高い結合力)で結合し得る部分と推察されるプロトポルフィリン骨格を有するヘムタンパク質が、特異的に吸着剤3に吸着するようになる。その結果、吸着剤3は、ヘムタンパク質以外の化合物と比較して、ヘムタンパク質に対して高い選択性を示すようになる。その結果、試料に含まれるヘムタンパク質を、他のタンパク質と効率良く分離することができる。
【0042】
そして、この吸着剤3では、特に、吸着サイトとなるMが、アパタイトの結晶構造中にCaに置換して導入されている。したがって、Mが吸着剤3に強固に保持され、吸着剤3からの離脱が防止される。その結果、カラム2(吸着装置1)から流出する液体中へのM(またはそのイオン)の混入が防止されるとともに、吸着剤3の吸着能が長期間に亘って維持される。
【0043】
原子量173以上のランタノイド系の金属元素としては、Yb(イッテルビウム)およびLu(ルテチウム)が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができるが、中でも、Luであるのが好ましい。原子量173以上のランタノイド系の金属元素は、アパタイトが有するCaと置換し易く、アパタイトの結晶格子内に効率よく導入される。さらに、Luは、ヘムタンパク質に対して、特に優れた親和性を有していることから、ヘムタンパク質をより優れた選択性をもって、吸着剤3に吸着させることができる。その結果、試料に含まれるヘムタンパク質を、他のタンパク質とより効率良く分離することができる。
【0044】
なお、Caを主にLuで置換する場合、その割合は、M全体に対し、70%以上であるのが好ましく、80%以上であるのがより好ましい。これにより、Luの特性(性質)がより顕著に発揮される。
【0045】
また、前記組成式(I)中のa、すなわち、Mの置換率は、できるだけ大きい方が好ましく、特に限定されるものではないが、0.5〜1程度であるのが好ましく、0.7〜1程度であるのがより好ましい。前記aが小さ過ぎると、Mの種類等によっては、吸着剤3に、前述したヘムタンパク質の特異的吸着能を十分に付与することができないおそれがある。
【0046】
さらに、前記組成式(I)に示すアパタイトは、水酸基が無置換のものであってもよいが、その少なくとも一部がハロゲン基(ハロゲン元素X)で置換されているのが好ましい。これにより、アパタイトを構成する各元素(イオン)の間の結合力が増大し、アパタイト(吸着剤3)の耐久性および耐溶剤性(特に耐酸性)を向上させることができる。
【0047】
Xとしては、F、Cl、Br、I、Atのうちの1種または2種以上を適宜選択することができるが、これらの中でも、特に、Fを主とするものが好ましい。フッ化物イオンは、他のハロゲン化物イオンと比較して、電気陰性度が高いため、水酸基の少なくとも一部をフルオロ基で置換することにより、前記効果をより向上させることができる。
【0048】
また、水酸基を主にFで置換する場合、その割合は、X全体に対し、80%以上であるのが好ましく、90%以上であるのがより好ましい。これにより、Fの特性(性質)がより顕著に発揮される。
【0049】
前記組成式(I)中のb、すなわち、Xの置換率も、できるだけ大きい方が好ましく、特に限定されるものではないが、0.3〜1程度であるのが好ましく、0.5〜1程度であるのがより好ましい。前記bが小さ過ぎると、Xの種類等によっては、吸着剤3の耐久性や耐溶剤性を十分に向上させることができないおそれがある。
【0050】
ここで、ヘムタンパク質としては、プロトポルフィリン骨格を有するものであればよく、特に限定されないが、例えば、ミオグロビン(myoglobin)、シトクロム−a、シトクロム−b、シトクロム−cのようなシトクロム(cytochrome)、ヘモグロビンA1cのようなヘモグロビン(hemoglobin)、カタラーゼ(catalase)およびペルオキシダーゼ(peroxidase)等が挙げられる。これらのヘムタンパク質は、Mとの間に配位結合を形成する。配位結合は、通常の吸着(電気的な結合)より強固なものとなるため、Caの少なくとも一部をMで置換したアパタイトで構成される吸着剤3を用いることにより、ヘムタンパク質を確実に吸着させ、他のタンパク質と相互に分離することができる。すなわち、ヘムタンパク質を含有する試料中から、ヘムタンパク質を精製すること(単離すること)ができる。
【0051】
また、ヘムタンパク質は、上記のものの中でも、特に、ミオグロビンおよびシトクロム−cのうちの少なくとも1種であるのが好ましい。これらのヘムタンパク質は、原子量173以上のランタノイド系の金属元素に対して、特に優れた親和性を有していることから、これらのヘムタンパク質をより優れた選択性をもって、吸着剤3に吸着させることができ、試料に含まれるこれらのヘムタンパク質と、他のタンパク質とを、より確実に分離することができる。
【0052】
以上のような吸着剤3の形態(形状)は、図1に示すように、粒状(顆粒状)のものであるのが好ましいが、その他、例えばペレット状(小塊状)、ブロック状(例えば、隣接する空孔同士が互いに連通する多孔質体、ハニカム形状)等とすることもできる。吸着剤3を粒状とすることにより、その表面積を増大させることができ、ヘムタンパク質の吸着量をより増大させることができる。
【0053】
粒状の吸着剤3の平均粒径は、特に限定されないが、0.5〜150μm程度であるのが好ましく、1〜40μm程度であるのがより好ましい。このような平均粒径の吸着剤3を用いることにより、前記フィルタ部材5の目詰まりを確実に防止しつつ、吸着剤3の表面積を十分に確保することができる。
【0054】
なお、吸着剤3は、その全体が前記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されたものであってもよく、その表面付近が前記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されたものであってもよい。
【0055】
また、本実施形態のように、吸着剤3を吸着剤充填空間20にほぼ満量充填する場合には、吸着剤3は、吸着剤充填空間20の各部において、ほぼ同一の組成をなしているのが好ましい。これにより、吸着装置1は、ヘムタンパク質の分離(精製)能が特に優れたものとなる。
【0056】
なお、吸着剤充填空間20の一部(例えば流入管24側の一部)に吸着剤3を充填し、その他の部分には他の吸着剤を充填するようにしてもよい。
【0057】
このような吸着装置1は、各種方法により製造することができるが、例えば、次のIまたはIIの方法を用いて製造することができる。
【0058】
I:カラム2の吸着剤充填空間20に、Ca10(PO((OH)1−b[ただし、0≦b≦1である。]で表されるアパタイト粉体を充填した状態で、吸着剤充填空間20に、原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種のイオンを含む溶液を通液する方法。
【0059】
II:カラム2の吸着剤充填空間20に、Ca10(PO(OH)で表されるアパタイト粉体(ハイドロキシアパタイト粉体)を充填した状態で、吸着剤充填空間20に、原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種のイオンを含む溶液(以下、「溶液A」という。)と、少なくとも1種のハロゲン元素のイオンを含む溶液(以下、「溶液B」という。)とを、順次またはほぼ同時に通液する方法。
【0060】
以上のIまたはIIの方法によれば、容易かつ短時間で、前記アパタイト粉体の少なくとも表面付近の一部(好ましくは表面付近のほぼ全て)を、前記組成式(I)で表されるアパタイトに転化させて、吸着剤3を得ることができる。つまり、IまたはIIの方法によれば、容易かつ短時間で、吸着装置1を製造することができる。
【0061】
また、前述したように、吸着装置1では、吸着剤3は吸着剤充填空間20にほぼ満量充填され、そのほぼ全てが同一の構成(好ましくは、吸着剤充填空間20の各部において、ほぼ同一の組成)とされているのが好ましいが、前記IまたはIIの方法を用いることにより、吸着剤3の構成(組成)にバラツキが生じるのを防止することができるという利点もある。
【0062】
このようなIおよびIIの方法によれば、溶液Aや溶液Bの条件(イオンの含有量、総通液量、通液速度)を適宜設定することにより、アパタイト粉体における原子量173以上のランタノイド系の金属元素での置換率やハロゲン基での置換率を、所望のものにコントロールすることができる。
【0063】
また、前記IおよびIIの方法において、各溶液A、Bの通液方向は、任意である。すなわち、例えば、Iの方法において、所定量の溶液Aを流入側から流出側に向かって吸着剤充填空間20に通液した後、通液方向を変更し、所定量の溶液Aを吸着剤充填空間20に通液することができる。また、例えば、IIの方法において、所定量の溶液Aを流入側から流出側に向かって吸着剤充填空間20に通液した後、通液方向を変更し、所定量の溶液Bを吸着剤充填空間20に通液することができる。さらに、このような通液操作を、複数回繰り返し行ってもよい。
【0064】
なお、IまたはIIの方法の他、例えば、溶液A中にCa10(PO((OH)1−b[ただし、0≦b≦1である。]で表されるアパタイト粉体を浸漬した状態で攪拌し、その後、このアパタイト粉体をカラム2の吸着剤充填空間20に充填する方法によっても吸着装置1を製造することができる。
【0065】
<ヘムタンパク質分離法>
次に、上述したような吸着装置を用いた場合の本発明のヘムタンパク質分離法について説明する。
【0066】
[1] まず、試料として、ヘムタンパク質を含む複数種のタンパク質を緩衝液に溶解した溶液を用意する。
【0067】
なお、試料(ヘムタンパク質を含有する溶液)としては、ヘムタンパク質を含有していればよく、例えば、上述したようなヘムタンパク質を緩衝液に溶解した溶液の他、例えば、血液、尿、リンパ液、髄液、細胞液等の体液等を緩衝液に溶解した溶液が挙げられる。
【0068】
また、緩衝液には、例えば、リン酸緩衝液、good buffer、イミダゾール緩衝液等を用いることができる。
【0069】
[2] 次に、この試料を、流入管24およびフィルタ部材4を介して吸着剤3に供給して、カラム2内を通過させて、吸着剤3に接触させる。
【0070】
これにより、ヘムタンパク質以外の吸着剤3に吸着しない成分、または吸着能の低い成分(ヘムタンパク質以外のタンパク質)は、フィルタ部材5および流出管25を介してカラム2内から流出する。そして、吸着剤3に対して吸着能が高いヘムタンパク質は、カラム2内に保持される。すなわち、吸着剤3にヘムタンパク質を優先的に吸着させることができる。
【0071】
なお、試料中に含まれる緩衝液の種類によっては、ヘムタンパク質以外のタンパク質、すなわち吸着能の低いタンパク質であっても、カラム2内から流出することなく、吸着剤3に吸着する場合がある。この場合、本工程[2]では、ヘムタンパク質と、ヘムタンパク質以外のタンパク質とが、吸着剤3に吸着していることとなる。
【0072】
[3] 次に、流入管24からカラム2内へ溶出液を供給し、カラム2の流出管25から流出する溶出液を採取する。
【0073】
ここで、ヘムタンパク質だけが吸着剤3に吸着している場合、吸着剤3に溶出液が接触すると、吸着剤3に吸着したヘムタンパク質は、吸着剤3から離脱して、溶出液中に混入し、流出管25から流出する溶出液中に回収される。これにより、試料(ヘムタンパク質を含有する溶液)中から、ヘムタンパク質を分離することができる。
【0074】
また、ヘムタンパク質と、ヘムタンパク質以外のタンパク質とが吸着剤3に吸着している場合、吸着剤3に溶出液が接触すると、吸着剤3に吸着しているタンパク質は、その吸着剤3に対する吸着能の差に基づいて、順次、吸着剤3から離脱する。
【0075】
すなわち、ヘムタンパク質と、ヘムタンパク質以外のタンパク質とでは、上記組成式(I)で表されるアパタイトに含まれる原子量173以上のランタノイド系の金属元素に対して高い親和性で結合するヘムタンパク質の方が、吸着剤3に対して高い吸着を有している。そのため、吸着剤3に溶出液が接触すると、まず、ヘムタンパク質以外のタンパク質が吸着剤3から離脱し、続いて、ヘムタンパク質が吸着剤3から離脱する。
【0076】
したがって、流出管25から流出する溶出液中にも、ヘムタンパク質以外のタンパク質と、ヘムタンパク質とが、この順で混入している。そのため、ヘムタンパク質以外のタンパク質が混入している溶出液が流出管25から流出した後に、流出管25から流出する溶出液を分注する。これにより、主としてヘムタンパク質が混入している溶出液を回収することができる。これにより、試料中から、ヘムタンパク質を分離することができる。
【0077】
ヘムタンパク質の溶出に用いる溶出液には、吸着剤3に吸着したタンパク質よりも吸着剤3に対する吸着能が高い物質(競合試薬)、キレート剤等を含有する緩衝液、リン酸緩衝液等の前記緩衝液より塩濃度の高い緩衝液、前記緩衝液よりpHの低い(pH4.5〜6程度)の緩衝液等を用いることができる。
【0078】
また、溶出液は、溶質の濃度を経時的に変化させつつカラム2内へ供給(吸着剤充填空間20に通液)するようにしてもよい。
【0079】
以上、本発明のヘムタンパク質分離法およびヘムタンパク質吸着剤について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0080】
例えば、前記実施形態では、ヘムタンパク質を分離する吸着装置として、カラム中に粒状の吸着剤を充填したものを用いる場合について説明したが、このような場合に限定されず、例えば、吸着剤をフィルタ状に形成し、この吸着剤に試料を透過させるような構成の吸着装置を用いることができる。
【実施例】
【0081】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.吸着装置の製造
(サンプルNo.1)
−1− まず、カルシウムハイドロキシアパタイトビーズ(Ca−HAP)(粒子径40μm、Type−II、ペンタックス社製)を用意し、50mLファルコンチューブ内に、このCa−HAP(4g)を入れた。その後、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液(50mL)を加えた。なお、カルシウムハイドロキシアパタイトビーズ(Ca−HAP)とは、Caが他の金属元素で置換されていない、通常のハイドロキシアパタイトビーズを表す。
【0082】
−2− 次に、ファルコンチューブの蓋を閉め、水溶液中にCa−HAPが均一に分散するように、手でファルコンチューブに振動を加えた後、ファルコンチューブをローテーター(「ROTATOR RT−50」、TAITEC社製)にセットし、毎秒半回転の速さで10分間転倒混和した。これにより、Ca−HAPが有するCaをYbで置換したイッテルビウムハイドロキシアパタイトビーズ(Yb−HAP)を得た。
【0083】
−3− 次に、ファルコンチューブを、ローテーターから取り外した後、垂直な状態を保つことにより、Yb−HAPをファルコンチューブの底に沈降させた。そして、上澄液をアスピレーターを用いて取り除いた。その後、ファルコンチューブに超純水50mLを加え、蓋を閉めた状態で、手でファルコンチューブに振動を加えた。
【0084】
以上のようにしてYb−HAPを洗浄したが、この洗浄工程−3−を合計3回繰返して行った。
【0085】
−4− 次に、ファルコンチューブに超純水50mLを加え、蓋を閉めた状態で、手でファルコンチューブに振動を加えた後、ファルコンチューブ内の水溶液を、200mLビーカー内に移し変えた。そして、Yb−HAPがビーカーの底に沈降した後、上澄液をアスピレーターを用いて取り除いた。
【0086】
−5− 次に、ビーカーの口をアルミニウム箔で被った状態で、ビーカーを乾燥機(「Hot Air Sterilizer Azisai」、ISUZU社製)内に入れて、200℃×1時間の条件で加熱し、その後、乾燥機内が30℃となるまで放置することにより、Yb−HAPを乾燥させた。
【0087】
−6− 次に、Yb−HAPを、10mMリン酸緩衝液に懸濁させ、得られた懸濁液をカラム(内径4mm×長さ100mm)の吸着剤充填空間に通液することにより、吸着剤充填空間に充填した。
【0088】
以上のような工程を経て、サンプルNo.1の吸着装置を製造した。
なお、吸着剤充填空間に充填されたYb−HAPの量は、1g(約1mmol)であった。
【0089】
また、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがYbで置換されていることが確認された。
【0090】
この元素分析法は、元素分析装置(島津製作所社製、「イオンクロマトHIC−SP」)を用いて行った。
【0091】
(サンプルNo.2)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの硝酸ルテチウムn水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ルテチウムハイドロキシアパタイトビーズ(Lu−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0092】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがLuで置換されていることが確認された。
【0093】
(サンプルNo.1’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの塩化ランタン七水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ランタンハイドロキシアパタイトビーズ(La−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0094】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがLaで置換されていることが確認された。
【0095】
(サンプルNo.2’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、10mMの硝酸セリウム(III)六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、セリウムハイドロキシアパタイトビーズ(Ce−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0096】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがCeで置換されていることが確認された。
【0097】
(サンプルNo.3’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの硝酸プラセオジム(III)n水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、プラセオジムハイドロキシアパタイトビーズ(Pr−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0098】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがPrで置換されていることが確認された。
【0099】
(サンプルNo.4’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの硝酸ネオジム六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ネオジムハイドロキシアパタイトビーズ(Nd−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0100】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがNdで置換されていることが確認された。
【0101】
(サンプルNo.5’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの塩化サマリウム六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、サマリウムハイドロキシアパタイトビーズ(Sm−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0102】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがSmで置換されていることが確認された。
【0103】
(サンプルNo.6’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの塩化ユウロピウム(III)六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ユウロピウムハイドロキシアパタイトビーズ(Eu−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0104】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがEuで置換されていることが確認された。
【0105】
(サンプルNo.7’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、10mMの硝酸ガドリニウム六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ガドリニウムハイドロキシアパタイトビーズ(Gd−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0106】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがGdで置換されていることが確認された。
【0107】
(サンプルNo.8’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、1mMの硝酸テルビウム(III)六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、テルビウムハイドロキシアパタイトビーズ(Tb−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0108】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがTbで置換されていることが確認された。
【0109】
(サンプルNo.9’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの塩化ジスプロシウム六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ジスプロシウムハイドロキシアパタイトビーズ(Dy−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0110】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがDyで置換されていることが確認された。
【0111】
(サンプルNo.10’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの硝酸ホルミウムn水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ホルミウムハイドロキシアパタイトビーズ(Ho−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0112】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがHoで置換されていることが確認された。
【0113】
(サンプルNo.11’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの硝酸エルビウム六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、エルビウムハイドロキシアパタイトビーズ(Er−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0114】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがErで置換されていることが確認された。
【0115】
(サンプルNo.12’)
前記工程−1−において、10mMの硝酸イッテルビウム水溶液に代えて、100mMの硝酸ツリウム(III)六水和物・水溶液(50mL)を、ファルコンチューブ内に加えた以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、ツリウムハイドロキシアパタイトビーズ(Tm−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0116】
なお、元素分析法により、吸着剤の表面のCa−HAPは、Caのほぼ全てがTmで置換されていることが確認された。
【0117】
(サンプルNo.13’)
前記工程−1−〜−5−を省略し、Caのランタノイド系の金属元素による置換を行うことなく、Ca−HAPを吸着剤充填空間に充填した以外は、前記サンプルNo.1と同様にして、カルシウムハイドロキシアパタイトビーズ(Ca−HAP)が吸着剤充填空間に充填された吸着装置を製造した。
【0118】
2.吸着装置によるヘムタンパク質の分離
(実施例1)
以下に示すようにして、サンプルNo.1の吸着装置を用いて、試料中に含まれるヘムタンパク質を分離した。
【0119】
まず、サンプルNo.1の吸着装置のカラム内における液体を、10mMリン酸緩衝液(pH6.8)に置換した。
【0120】
次に、ヘムタンパク質として、ミオグロビン(myoglobin:5mg/mL)およびシトクロム−c(cytochrome−c:5mg/mL)を、ヘムタンパク質以外のタンパク質として、α−キモトリプシノーゲンA(α−chymotrypsinogenA:5mg/mL)およびオバルブミン(obalbumin:10mg/mL)を含有し、それぞれの含有量が括弧内に示す濃度となるように、前記と同様のリン酸緩衝液に溶解した試料2mLをカラム内に供給して、カラム内を通過させた。
【0121】
次に、リン酸緩衝液(pH6.8)を流速1mL/minで25分間、カラム内に供給して、カラム内から流出するリン酸緩衝液の波長280nmにおける吸光度を測定するとともに、このリン酸緩衝液を回収することにより、試料中に含まれるヘムタンパク質を分離した。
【0122】
なお、この際、リン酸緩衝液(pH6.8)は、10mMリン酸緩衝液に対する400mMリン酸緩衝液の混合率が、0〜15分の間で0%〜75%まで増加するようにし、15分後からの10分間では、400mMリン酸緩衝液の混合率が100%となるように通液した。
【0123】
(実施例2)
サンプルNo.1の吸着装置に代えて、サンプルNo.2の吸着装置を用いた以外は、前記実施例1と同様にして、試料中に含まれるヘムタンパク質を分離した。
【0124】
(比較例1〜13)
サンプルNo.1の吸着装置に代えて、それぞれ、サンプルNo.1’〜13’の吸着装置を用いた以外は、前記実施例1と同様にして、試料中に含まれるヘムタンパク質を分離した。
【0125】
3.評価
各実施例および各比較例で測定された、カラム内から流出するリン酸緩衝液の波長280nmにおける吸光度曲線を図2〜図16に示す。
【0126】
ここで、図16に示した比較例13のように、Ca−HAPが吸着剤充填空間に充填された吸着装置を用いて試料中のヘムタンパク質を分離すると、波長280nmにおける吸光度曲線には、1.5分付近に第1のピーク、6.5分付近に第2のピーク、8.5分付近に第3のピーク、さらに12分付近に第4のピークが認められた。
【0127】
これに対して、Ca−HAPに含まれるCaをランタノイド系の金属元素で置換すると、図4〜図11に示した比較例1〜比較例8のように、ランタノイド系の金属元素の原子量が大きくなるにしたがって、第2のピークと第3のピークとが徐々に接近する傾向を示した。
【0128】
そして、さらに原子量が大きいランタノイド系の金属元素でCaを置換すると、図1、図2および図12〜図15に示した比較例9〜比較例12、実施例1および実施例2のように、第2のピークと第3のピークとにより1つのピークが形成され、特に、実施例1および実施例2では、この1つのピークが吸光度曲線の右側でブロードする傾向を示した。
【0129】
そこで、各ピークで溶出しているタンパク質の種類を同定することを目的に、ミオグロビン(5mg/mL)、シトクロム−c(5mg/mL)、α−キモトリプシノーゲンA(5mg/mL)およびオバルブミン(10mg/mL)を、それぞれ単独で、前記と同様のリン酸緩衝液に溶解した試料2mLを用意した。そして、前記実施例1で各タンパク質が混合している試料を通液したのと同様の条件で、サンプルNo.1、2および10’〜13’の吸着装置を代表として、各タンパク質が単独で溶解している試料を、それぞれ、各吸着装置内を通液させた。
【0130】
その結果を、図17〜図22に示す。
なお、図17〜図22に示すクロマトグラムは、各タンパク質を含有する試料を通液した際に測定された吸光度曲線を、各サンプルNo.の吸着装置毎に、重ね合わせたものである。
【0131】
ここで、図22に示す、サンプルNo.13’(Ca−HAP)の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線(クロマトグラム)から明らかなように、第1のピークはオバルブミンに由来するピークであり、第2のピークはミオグロビンに由来するピークであり、第3のピークはα−キモトリプシノーゲンAに由来するピークであり、さらに第4のピークはシトクロム−cに由来するピークであることが分った。
【0132】
また、図19に示すサンプルNo.10’(Ho−HAP)、図20に示すサンプルNo.11’(Er−HAP)、図21に示すサンプルNo.12’(Tm−HAP)の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線では、いずれも第2のピーク(ミオグロビン)と第3のピーク(α−キモトリプシノーゲンA)とが重なり合っている。
【0133】
ところが、図17に示すサンプルNo.1(Yb−HAP)、図18に示すサンプルNo.2(Lu−HAP)の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線では、第2のピーク(ミオグロビン)と第3のピーク(α−キモトリプシノーゲンA)とは完全には重なり合わず、第2のピークと第3のピークとが逆転して、第3のピーク(α−キモトリプシノーゲンA)が認められた後に、第2のピーク(ミオグロビン)が認められる傾向を示した。
【0134】
すなわち、Caが原子量173以上のランタノイド系の金属元素で置換されていることに起因して、ヘムタンパク質が吸着剤に優先的に吸着され、ヘムタンパク質の溶出が遅くなる傾向を示した。
【0135】
そのため、サンプルNo.1およびサンプルNo.2の吸着装置を用いて各タンパク質が混合した試料を分離した実施例1および実施例2では、第3のピークがほぼ消失した後に、各吸着装置から溶出するリン酸緩衝液を回収することにより、ヘムタンパク質(ミオグロビンおよびシトクロム−cの混合物)を分離し得ることが分った。
【0136】
より具体的には、実施例1では13分後から溶出するリン酸緩衝液を、実施例2では13.5分後から溶出するリン酸緩衝液を回収すれば、ヘムタンパク質を分離し得ることが分った。
【0137】
以上のことから、Caが原子量173以上のランタノイド系の金属元素で置換されているカルシウムハイドロキシアパタイトビーズ(吸着剤)を備える吸着装置を用いることにより、複数のタンパク質が混合している試料中から、ヘムタンパク質を選択的に分離し得ることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0138】
【図1】本発明の吸着装置の実施形態を示す縦断面図である。
【図2】実施例1でサンプルNo.1の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図3】実施例2でサンプルNo.2の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図4】比較例1でサンプルNo.1’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図5】比較例2でサンプルNo.2’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図6】比較例3でサンプルNo.3’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図7】比較例4でサンプルNo.4’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図8】比較例5でサンプルNo.5’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図9】比較例6でサンプルNo.6’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図10】比較例7でサンプルNo.7’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図11】比較例8でサンプルNo.8’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図12】比較例9でサンプルNo.9’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図13】比較例10でサンプルNo.10’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図14】比較例11でサンプルNo.11’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図15】比較例12でサンプルNo.12’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図16】比較例13でサンプルNo.13’の吸着装置を用いて測定された吸光度曲線である。
【図17】サンプルNo.1の吸着装置に、各タンパク質を含有する試料をそれぞれ単独で通液した際に測定された吸光度曲線を、重ね合わせたものである。
【図18】サンプルNo.2の吸着装置に、各タンパク質を含有する試料をそれぞれ単独で通液した際に測定された吸光度曲線を、重ね合わせたものである。
【図19】サンプルNo.10’の吸着装置に、各タンパク質を含有する試料をそれぞれ単独で通液した際に測定された吸光度曲線を、重ね合わせたものである。
【図20】サンプルNo.11’の吸着装置に、各タンパク質を含有する試料をそれぞれ単独で通液した際に測定された吸光度曲線を、重ね合わせたものである。
【図21】サンプルNo.12’の吸着装置に、各タンパク質を含有する試料をそれぞれ単独で通液した際に測定された吸光度曲線を、重ね合わせたものである。
【図22】サンプルNo.13’の吸着装置に、各タンパク質を含有する試料をそれぞれ単独で通液した際に測定された吸光度曲線を、重ね合わせたものである。
【符号の説明】
【0139】
1 吸着装置
2 カラム
20 吸着剤充填空間
21 カラム本体
22、23 キャップ
24 流入管
25 流出管
3 吸着剤
4、5 フィルタ部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘムタンパク質を含有する溶液中から、当該ヘムタンパク質を分離するヘムタンパク質分離法であって、
少なくとも表面付近が、主として下記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されている吸着剤に、前記溶液を接触させることにより、前記ヘムタンパク質を優先的に吸着させて、前記溶液から分離することを特徴とするヘムタンパク質分離法。
(Ca1−a10(PO((OH)1−b ・・・(I)
[ただし、組成式(I)中、Mは原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種を示し、Xはハロゲン元素のうちの少なくとも1種を示し、0<a≦1、0≦b≦1である。]
【請求項2】
前記ヘムタンパク質は、ミオグロビンおよびシトクロム−cのうちの少なくとも1種である請求項1に記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項3】
前記ランタノイド系の金属元素は、Luである請求項1または2に記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項4】
前記組成式(I)中の前記aは、0.5〜1である請求項1ないし3のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項5】
前記組成式(I)中の前記Xは、Fを主とするハロゲン元素である請求項1ないし4のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項6】
前記Xは、Fを含み、その割合が前記X全体に対し80%以上である請求項1ないし5のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項7】
前記組成式(I)中の前記bは、0.3〜1である請求項1ないし6のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項8】
前記吸着剤は、粒状をなしている請求項1ないし7のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項9】
吸着剤充填空間を有するカラムと、前記吸着剤充填空間の少なくとも一部に充填された前記吸着剤とを有する吸着装置を用い、前記吸着剤充填空間に前記溶液を通液することにより、前記ヘムタンパク質を前記溶液から分離する請求項1ないし8のいずれかに記載のヘムタンパク質分離法。
【請求項10】
ヘムタンパク質を含有する溶液中から、当該ヘムタンパク質を分離するヘムタンパク質吸着剤であって、
少なくとも表面付近が、主として下記組成式(I)で表されるアパタイトで構成されており、前記溶液を接触させることにより、前記ヘムタンパク質を優先的に吸着して、前記溶液から分離することを特徴とするヘムタンパク質吸着剤。
(Ca1−a10(PO((OH)1−b ・・・(I)
[ただし、組成式(I)中、Mは原子量173以上のランタノイド系の金属元素のうちの少なくとも1種を示し、Xはハロゲン元素のうちの少なくとも1種を示し、0<a≦1、0≦b≦1である。]

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2009−25154(P2009−25154A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−188485(P2007−188485)
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(503209445)
【Fターム(参考)】