説明

ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量方法

【課題】ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量を目的として、品質管理において迅速に測定可能な、改良されたシアンメトヘモグロビン法を提供する。
【解決手段】ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に呈色試薬及び界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソームを破壊し、呈色試薬とヘモグロビンを反応させ、次に有機溶媒を添加し、測定液の濁りを解消した後、比色定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工酸素運搬体として用いられるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビンの定量方法に関する。前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液は出血ショック又は脳梗塞などにおいて酸素供給の為に用いられる。
【背景技術】
【0002】
前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、酸素供給を担う主役はヘモグロビンである。従って、前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の酸素運搬能を設定するうえで、前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度を測定する事は不可欠である。前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液におけるヘモグロビンはリポソーム膜内にカプセル化されて存在する。天然血液中のヘモグロビン濃度測定法としては、多くの方法が用いられてきたが、1996年に国際血液学会標準化委員会において、シアンメトヘモグロビン法が標準方法として制定されている(J.Haemat.,13(Suppl.):71,1967)。しかし、このシアンメトヘモグロビン法を前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度定量にそのまま採用しても、リポソーム膜が破壊されない為(後述)、リポソーム膜内のヘモグロビンと分析反応試剤が充分に反応せず、また、測定液に濁りが有り、正しい値が得られない。ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度の定量にシアンメトヘモグロビン法を適用する際に、リポソーム膜を破壊させる方法(人工血液Vol.3,No.4,96-101(1995)及び類似の方法である特許第2959689号)も検討されて来たが、リポソーム膜の安定性が高い場合は不充分であった(0003に詳述)。
【特許文献1】特許第2959686号
【非特許文献1】J.Haemat.,13(Suppl.)71:1987
【非特許文献2】人工血液 Vol.3,No.4,96-101(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度を測定する為に、天然血液中のヘモグロビン定量に、一般に採用されているシアンメトヘモグロビン法をそのまま採用しても、リポソーム膜が破壊されない為(後述)、リポソーム膜内のヘモグロビンと分析反応試薬が充分に反応せず、また、測定液に濁りが有るため、測定が不可能である。シアンメトヘモグロビン法の呈色試薬に界面活性剤を添加し、リポソーム膜を破壊する方法も、ある程度有効であるが、リポソーム膜脂質組成によっては、膜の安定性が高いため、膜が充分に破壊されず、また、測定液に濁りが残る為、正しい値が得られない。一例として、リポソーム膜構成脂質の一成分として、荷電物質として働く高級飽和脂肪酸であるステアリン酸等が用いられている場合、ステアリン酸組成比が低くなると、リポソーム膜の安定性が高くなり、膜が破壊されにくく、正しい値が得られない。一方、灰化で鉄を回収し、オルトフェナントロリン法で定量し、ヘモグロビン量に換算する方法が安定して正しい値が得られるが、測定に非常に時間が掛かり、研究目的としては使用出来るが、工程管理や製品試験においては実用的ではない。また、原子吸光法により鉄原子を直接に定量する方法なども考えられるが、装置が高価であり何処でも測定できるものではない。本発明は、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度の定量において、リポソーム膜の安定性が高い場合でも、ヘモグロビン濃度の測定値が、正しく得られる簡便なシアンメトヘモグロビン法を改良した分析方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量にシアンメトヘモグロビン法を改良した方法を適用する時の要点は、リポソーム膜を充分に破壊し、呈色試薬とヘモグロビンを充分に反応させ、且つ、測定液を濁りのない状態にし、比色定量に供する事であり、下記のごとく、上記課題を解決した。
【0005】
(1)ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に呈色試薬及び界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソームを破壊し、呈色試薬とヘモグロビンを反応させ、次に有機溶媒を添加し、測定液の濁りを解消した後、比色定量する事を特徴とするヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量方法。
【0006】
(2)前記界面活性剤がポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルであり、前記有機溶媒がジメチルスルホキシドである事を特徴とする請求項1に記載のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量方法。
【発明の効果】
【0007】
以上、詳述した様に、本発明はシアンメトヘモグロビン法における呈色試薬に界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソーム膜を破壊し、呈色試薬とヘモグロビンを充分に反応させ、次に有機溶媒を添加し、測定液の濁りを解消してから、比色定量をする為、結果として得られるヘモグロビン測定値がオルトフェナントロリン法(0003に前述)で測定した値と比較して、問題の無いばらつき範囲内に収める事が出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
1. ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の調製
本発明におけるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液は公知の方法により調製される。本発明に直接関係する、調製における主要な項目について以下に記載する。
【0009】
<リポソーム膜形成脂質>
本発明におけるリポソーム膜形成脂質は天然又は合成の脂質が使用可能であり、特にリン脂質が好適に使用され、これらを常法に従って水素添加したものがあげられる。更にリポソーム膜形成脂質には所望によりステロールなどの膜強化剤や荷電物質として高級飽和脂肪酸を添加しても良い。リン脂質として水素添加大豆リン脂質、膜強化剤としてコレステロール、荷電物質としてステアリン酸等が好適に使用される。
【0010】
<リポソーム内水相に含有されるヘモグロビン>
本発明のリポソーム内水相に含有されるヘモグロビンは、公知の方法により、ヒト期限切れ濃厚赤血球製剤より白血球、血小板、血漿等を除去した後、溶血、抽出後、濃縮したヒト由来濃厚ヘモグロビンが用いられる。
【0011】
2. ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量
本発明では、天然血液中のヘモグロビン定量に、一般に採用されているシアンメトヘモグロビン法を、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量の為に改良した方法が提供される。
【0012】
<シアンメトヘモグロビン法>
市販されているシアンメトヘモグロビン法を用いた血中ヘモグロビン測定キットでは、呈色試薬としてシアン化カリウムとフェリシアン化カリウムが用いられており、ヘモグロビンがシアンメトヘモグロビンに転化し、これを比色定量する。
【0013】
<シアンメトヘモグロビン法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量>
ヘモグロビン含有リポソームは天然赤血球に比較すると膜の安定性が高く、シアンメトヘモグロビン法をそのまま採用しても、リポソーム膜が破壊されず、リポソーム内水相のヘモグロビンが呈色試薬と反応しないので、測定は不可能である。
【0014】
<灰化・オルトフェナントロリン法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量>
ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を灰化して、ヘモグロビン鉄を回収し、オルトフェナントロリン法により鉄を定量する。オルトフェナントロリン法は鉄の定量法として一般に知られている方法である。灰化し鉄を回収する方法なので、リポソーム膜が破壊されない問題や、測定液の濁り(後述)に起因する問題もない。ただし、この方法は、測定に長時間を要するので、品質管理における迅速な適用には実用的ではない。
【0015】
<シアンメトヘモグロビン法に界面活性剤を添加する方法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量>
シアンメトヘモグロビン法における呈色試薬に適切な界面活性剤(リポソーム膜を破壊し、且つ、ヘモグロビンを変性させない)を添加する方法はある程度有効である。しかし、リポソーム膜形成脂質中の荷電物質としてのステアリン酸組成比を低下させるなどして、リポソーム膜の安定性を向上させた場合には、リポソーム膜の破壊が充分でなく、また、測定液の濁りも有り、正しい値が得られない。
【0016】
<本発明の改良シアンメトヘモグロビン法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量>
シアンメトヘモグロビン法における呈色試薬に適切な界面活性剤(リポソーム膜を破壊し、且つ、ヘモグロビンを変性させない)を添加した後、凍結融解を行なう事により、リポソーム膜の安定性を向上させた場合でも、リポソーム膜が充分に破壊される事を見出した。しかし、この場合でも測定液の濁りは解消しない。鋭意検討の結果、リポソーム膜形成脂質を溶解し、且つ、ヘモグロビンを変性させない有機溶媒を、凍結融解によるリポソーム膜破壊後に添加する事により、測定液の濁りが解消される事を見出した。界面活性剤としてはポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、有機溶媒としてはジメチルスルホキシドが好適に用いられる。
【実施例】
【0017】
次に本発明の実施例により、具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0018】
本発明における改良したシアンメトヘモグロビン法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量
<検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の調製>
公知の方法により、リポソーム膜形成脂質の仕込み組成比を水素添加大豆ホスファチジルコリン:コレステロール:ステアリン酸=7:7:5(モル比)として、ヘモグロビン濃度42.0w/v%の濃厚ヘモグロビン溶液を用いてヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を作成した。
【0019】
<前記検体中のヘモグロビン定量>
検体約0.2gをポリプロピレン製遠心管に精密に量り、重量(1)を測定し、記録する。発色試液※1)4mLを正確に加え、重量(1)と合わせた重量(2)を測定し、記録する。混合後、液体窒素中で2分間凍結させる。流水中で融解後、2mLを正確に量り、重量(3)を測定し、記録する。水10mLを加えて混合後、更にジメチルスルホキシド4mLを加えて混合し、室温付近まで冷却後、水を加えて正確に20mLとし、試料溶液とする。別に、シアンメトヘモグロビン標準液※2)5mLを正確に量り、発色試液※1)1mLを正確に加えて混合し、ジメチルスルホキシド2mLを加えて混合し、室温付近まで冷却後、水を加えて正確に10mLとし、標準溶液とする。
発色試液※1)1mLを正確に量り、水5mL、及びジメチルスルホキシド2mLを加えて混合し、室温付近まで冷却後、水を加えて正確に10mLとした液を対照とし、分光光度計により測定を行なう。試料溶液及び標準溶液につき、波長540nmにおける吸光度A T及び
A Sを測定し、重量(1)〜(3)から、単位検体当たりのヘモグロビン量を算出する。
【0020】
<試薬及び試液>
※1) 発色試液:ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム0.4g、シアン化カリウム0.1g及びリン酸二水素カリウム0.28gを量り、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル25gを加え、水を加えて500mLとし、発色試薬とする。
※2) シアンメトヘモグロビン標準液:アルフレッサファーマ製
【0021】
以上により求めた、検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は4.86w/v%であった。後述0022に記載の灰化・オルトフェナントロリン法による測定値と比較して±5%の範囲に収まっていた。
(比較例1)
【0022】
灰化・オルトフェナントロリン法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量
実施例と同じ検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液について、以下の様にヘモグロビン濃度を定量した。
検体約1.0gを石英るつぼに精密に量る。2-プロパノール2mLを加えて、直ちに混和する。薄めた硝酸(水で100倍希釈)4mLを加える。500℃で3時間加熱し、穏やかに炭化する。放冷後、分解試液2mLを加える。白煙が出なくなるまで加熱する。500℃で5時間加熱し、灰化する。残留物に塩酸2mL及び水1mLを加えて溶かす。水を加えて正確に100mLとし、試料原液とする。
別に、鉄標準液6mLを正確に量り、塩酸1mLを加えた後、水を加えて正確に50mLとし、鉄溶液とする。鉄溶液2mLを正確に量り、塩酸1mLを加えた後、水を加えて正確に50mLとし、標準原液-1とする。鉄溶液4mLを正確に量り、塩酸を1mLを加えた後、水を加えて正確に50mLとし、標準原液-2とする。鉄溶液6mLを正確に量り、塩酸1mLを加えた後、水を加えて正確に50mLとし、標準原液-3とする。鉄溶液8mLを正確に量り、塩酸1mLを加えた後、水を加えて正確に50mLとし、標準原液-5とする。塩酸1mLに水を加えて50mLとし、対照原液とする。
対照原液、標準原液及び試料原液4mLを正確に量る。塩化ヒドロキシアンモニウム溶液1mLを正確に加える。オルトフェナントロリン溶液2mLを正確に加える。酢酸緩衝溶液4mLを正確に加えた後、混和する。40℃で45分間加温する。水冷し、対照溶液、標準溶液及び試料溶液とする。水を対照とし、510nmにおける吸光度を測定する。標準溶液の吸光度から検量線を作成し、試料溶液中の鉄含量を算出し、ヘモグロビン量に換算する。
【0023】
以上により求めた、検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は4.63w/v%であった。
(比較例2)
【0024】
シアンメトヘモグロビン法に界面活性剤を添加する方法によるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量
実施例と同じ検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液について、以下の様にヘモグロビン濃度を定量した。
検体約0.1gを精密に量り、薄めた発色試液(発色試液※1)20mLに水を加えて100mLとする)10mLを正確に加え、水を加えて正確に20mLとし、試料溶液とする。別に、シアンメトヘモグロビン標準液※2)5mLを正確に量り、薄めた発色試液を加えて正確に10mLとし、標準溶液とする。水5mLを正確に量り、薄めた発色試液を加えて正確に10mLとした液を対照とし、分光光度計により測定を行なう。試料溶液及び標準溶液につき、波長540nmにおける吸光度A T及びASを測定する。
【0025】
以上により求めた、検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は8.32w/v%であった。前述0022に記載の灰化・オルトフェナントロリン法による測定値と比較して±5%の範囲から大きく外れていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に呈色試薬及び界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソームを破壊し、呈色試薬とヘモグロビンを反応させ、次に有機溶媒を添加し、測定液の濁りを解消した後、比色定量する事を特徴とするヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量方法
【請求項2】
前記界面活性剤がポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルであり、前記有機溶媒がジメチルスルホキシドである事を特徴とする請求項1に記載のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン定量方法