説明

ヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤

【課題】胃中に棲息するヘリコバクター・ピロリを有効に除菌し、ヘリコバクター・ピロリ感染、胃炎及び消化性潰瘍の予防治療に有効で、かつ長期に渡って摂取可能な安全性の高い医薬、飲食品、並びにヘリコバクター・ピロリ感染、胃炎及び消化性潰瘍の予防治療方法を提供すること。
【解決手段】胃内の尿素を低減する成分を有効成分とするヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤、胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤、並びに胃内の尿素を低減することを特徴とするヘリコバクター・ピロリ感染の予防治療方法、胃炎又は消化性潰瘍の予防治療方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胃内の尿素を低減する成分を有効成分とするヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤又は胃炎若しくは消化性潰瘍の予防治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)は、胃潰瘍患者の胃粘膜より分離されたグラム陰性桿菌(非特許文献1)で、これまでに慢性胃炎や消化性潰瘍の重要な病原因子であることが報告され(非特許文献2)、また胃がんやリンパ腫の発生に関与することも示唆されている。ヘリコバクター・ピロリは、自らの産生するウレアーゼによって胃内の尿素を分解し、その結果生じるアンモニアで胃酸を中和することを第一ステップとして、その病原性を発揮することが報告されている(非特許文献3)。
【0003】
かかるヘリコバクター・ピロリに起因する胃粘膜病変の治療法としては、抗生剤とプロトンポンプ阻害剤、あるいはH2−受容体拮抗剤を併用した除菌療法が臨床的に行われ、最近、欧米ではアモキシシリン、メトロニダゾール、プロトンポンプ阻害剤の3剤併用療法が、日本ではメトロニダゾールの代わりにクラリスロマイシンを用いる3剤併用療法が臨床において頻繁に行われている。しかし、これらの療法は時に人体に強い副作用を及ぼすことがあり、また抗生剤の耐性菌の出現が問題視されている。
【0004】
そこで近年、ヘリコバクター・ピロリの除菌作用を有する物質や除去方法の探索が精力的に行われており、これまでにL.アシドフィルス、L.カゼイ、L.ガッセリ等の各種乳酸菌(特許文献1、2)、アセトヒドロキサム酸若しくはフルロファミド又はそれらの塩(特許文献3)等の化学物質、ヘリコバクター・ピロリ由来ウレアーゼをワクチンとして用いる方法(特許文献4)等が報告されている。しかし、これらのいずれについても未だ十分な効果は得られていない。
【特許文献1】特開2001−258549号公報
【特許文献2】特開2001−143号公報
【特許文献3】特開2002−29966号公報
【特許文献4】特表平7−503255号公報
【非特許文献1】Lancet、Vol.1、p1273-1275 (1983)
【非特許文献2】Lancet、Vol.1、p1311-1314 (1984)
【非特許文献3】Lancet、Vol.2、p15-17 (1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の目的は、胃中に棲息するヘリコバクター・ピロリの除菌に有効であり、かつ長期に渡って摂取可能な安全性の高い医薬品製剤や飲食品等に用いるヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤又は胃炎若しくは消化性潰瘍の予防治療剤並びに予防治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討した結果、胃内の尿素を低減する成分によって胃内の尿素を低減するとヘリコバクター・ピロリの感染を抑制できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、胃内の尿素を低減する成分を有効成分とするヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤を提供するものである。
【0008】
また、本発明は、胃内の尿素を低減する成分を有効成分とする胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤を提供するものである。
【0009】
また、本発明は、胃内の尿素を低減することを特徴とするヘリコバクター・ピロリ感染の予防治療方法を提供するものである。
【0010】
さらに、本発明は、胃内の尿素を低減することを特徴とする胃炎又は消化性潰瘍の予防治療方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の胃内の尿素を低減する成分は、優れたヘリコバクター・ピロリの除菌作用を有し、ヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤又は胃炎若しくは消化性潰瘍の予防治療剤、これらの治療方法として有効である。
特に酸性領域で反応至適pHを示すウレアーゼは、優れたヘリコバクター・ピロリの除菌作用を有し、これらの成分は副作用や抗生剤耐性菌の出現の問題もなく安全性が高いことから、ヘリコバクター・ピロリ感染又は胃炎若しくは消化性潰瘍の予防治療の目的に有効かつ安全に利用することができる。
また、本発明の方法を用いることにより、有効かつ安全にヘリコバクター・ピロリ感染又は胃炎若しくは又は消化性潰瘍の予防治療を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に用いる胃内の尿素を低減する成分(以下、胃内尿素低減成分ともいう。)とは、胃内に存在する尿素を低減させる作用を有する物質であればよい。具体的には、尿素と特異的に結合する物質、尿素を分解する物質、尿素を他の物質に変換する物質等が挙げられる。
当該胃内尿素低減成分によって胃内の尿素を低減することができるため、胃内の尿素からアンモニアを産生し胃酸を中和して感染し、その病原性を発揮するヘリコバクター・ピロリの感染を抑制し、また胃内のヘリコバクター・ピロリを除菌することができる。
【0013】
尿素と特異的に結合する物質としては、例えば尿素吸着樹脂(特開昭62-33539号公報、特開昭63-59353号公報)が挙げられ、尿素を分解する物質としては、金属錯体尿素分解樹脂(特開昭63-61007号公報)、ウレアーゼ等が挙げられ、好ましくはウレアーゼである。
【0014】
本発明に用いるウレアーゼは、アルカリ性領域、中性領域又は酸性領域で反応至適pHを示すいずれのウレアーゼであってもよく、酵素のその他の一般的性質を示すpH安定性、基質特異性、Km値、分子量等については特に制限がない。
このうち、酸性領域で反応至適pHを示すウレアーゼ(以下、酸性ウレアーゼという。)が最も好ましく、当該酸性ウレアーゼはヒト胃内とほぼ同じ状態のpH1〜4の酸性領域で反応性が高いため、通常多く見られる中性〜微アルカリ性に反応至適pHを示すウレアーゼよりも良好にウレアーゼ活性を発揮することができ、ヘリコバクター・ピロリの除菌を良好にすることができる。なお、ヘリコバクター・ピロリ由来ウレアーゼの至適pHは7.5前後でありpH4.5以下では活性を示さない中性〜微アルカリ性に反応至適pHを示すウレアーゼである。
本発明に用いる酸性ウレアーゼとは、その活性の至適pHが1〜6の酸性領域にあるものを指し、特に至適pHが4以下にあるものが好ましい。
なお、本発明において酸性ウレアーゼ1単位(1U)は、pH4、37℃の条件で1分間に1μモルのアンモニアを尿素から遊離させる酵素量とする。
【0015】
本発明に用いる酸性ウレアーゼとして、例えば酵素製剤や天然由来抽出物等の市販品をそのまま、あるいは加熱、紫外線等の各種処理を加えたものを使用してもよく、酸性ウレアーゼを含有する微生物の生菌体、死菌体、菌体処理物や培養物等を使用してもよい。市販品の例としては、ナガプシン(ナガセケムテックス社)、タケメイト−AU(武田薬品工業社)等が挙げられる。
【0016】
酸性ウレアーゼは、天然物又は微生物等の由来によって特に限定されないが、微生物由来のものが好ましい。
微生物由来のウレアーゼとしては、例えば、ラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼ(特公平7−83705号公報)、エシエリヒア属又はスタフィロコッカス属細菌由来ウレアーゼ(特開昭64−51083号公報)、アルスロバクター属細菌由来ウレアーゼ(特公平8−8867号公報)、シュードモナス属細菌由来ウレアーゼ(特開平1−191684号公報)、ズーグレア属細菌由来ウレアーゼ(特開平1−222781号公報)、ラクトバチルス属又はストレプトコッカス属細菌由来ウレアーゼ(特開平1−240187号公報)、リゾプス属細菌由来ウレアーゼ(特開平3−27287号公報)、糸状菌由来ウレアーゼ(特開平3−43081号公報)、ビフィドバクテリウム属細菌由来ウレアーゼ(特公平7−83705号公報)等が挙げられ、安全性、および活性が高いことから、ラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼが好ましい。
【0017】
本発明に用いる酸性ウレアーゼは、酸性ウレアーゼを含有する天然物や産生する微生物等をそのまま用いることができ、また、公知の分離・精製手段により分離精製してもよい。
【0018】
酸性ウレアーゼを産生する微生物は、本願発明の所望の性質を持った酸性ウレアーゼを産生することができれば、菌の属名、種名や株名に特に限定されるものではなく、常套手段により変異したものを用いてもよい。
例えば、エシエリヒア属(Escherichia)細菌、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)細菌、アルスロバクター属(Arthrobacter)細菌、シュードモナス属(Pseudomonas)細菌、ズーグレア属(zoogloea)細菌、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、ストレプトコッカス属(Streptococcus)細菌、リゾプス属(Rhizopus)細菌、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)細菌、糸状菌等が挙げられ、ラクトバチルス属細菌のうちラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)がより好ましい。なお、当該ラクトバチルス・ファーメンタムの範囲には、16S rDNA塩基配列の解析によりラクトバチルス・ロイテリと分類されたラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)も包含される(Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 32, 266-268,1982)。
酸性ウレアーゼを産生するラクトバチルス・ファーメンタムとしては、TK1214(特公平7−83705号公報)、B-1112(特開平2−39886号公報)、JCM5867、JCM5868、JCM5869等が挙げられ、特にJCM5867株を好適に用いることができる。
【0019】
また、酸性ウレアーゼを産生するラクトバチルス・ファーメンタム等の微生物を用いて製造される発酵乳、乳酸菌飲料、発酵豆乳、発酵果汁、発酵植物液等の発酵飲食品は、官能性状がよく、長期的な摂取にも耐えうることから、好適に用いることができる。
【0020】
本発明の胃内の尿素を低減する成分のうち、酸性ウレアーゼ等の尿素を分解する物質を使用する場合は、尿素の分解産物として生じるアンモニアを除去又は低減する物質や微生物を併用することが、風味向上の理由から好ましい。かかるアンモニアを除去又は低減する物質や微生物としては、ビフィドバクテリム・ビフィダム(特開平4−166079号公報)を好適に用いることができる。
【0021】
本発明の胃内の尿素を低減する成分は、ヘリコバクター・ピロリの除菌作用を有することから、ヘリコバクター・ピロリの感染予防治療剤として利用でき、また、ヘリコバクター・ピロリを起炎菌とする胃炎や消化性潰瘍、特に胃・十二指腸潰瘍の予防治療剤として利用することができる。
【0022】
本発明のヘリコバクター・ピロリの感染予防治療剤、胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤は、経口投与又は非経口投与のいずれも使用できるが、経口投与が好ましい。投与に際しては、有効成分である胃内尿素の低減成分を投与方法に適した固体又は液体の医薬用無毒性担体と混合して、慣用の医薬品製剤の形態で投与することができる。
【0023】
当該製剤としては、例えば、錠剤、顆粒剤、散在、カプセル剤等の固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤等の液剤、凍結乾燥剤等が挙げられる。当該製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。
上記の医薬用無毒性担体としては、例えば、澱粉、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングリコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤、賦形剤等の慣用の添加剤を適宜添加することもできる。
さらに、有効成分である胃内尿素低減成分は単剤で投与するほか、当該胃内尿素低減成分と、抗生剤、シメチジン、ラニチジン、ファモチジン等のH2−受容体拮抗剤、オメプラゾール等のプロトンポンプ阻害剤、胃粘膜保護剤等の1種以上を同時に又は別々に投与してもよい。
【0024】
また、本発明のヘリコバクター・ピロリの感染予防治療剤、胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤は、上記のような医薬品製剤として用いるだけでなく、飲食品等として用いることもできる。飲食品として用いる場合は、そのまま、又は種々の栄養成分を加えて、飲食品中に含有せしめればよい。
この飲食品は、ヘリコバクター・ピロリ感染の予防や改善・治療若しくは胃炎や消化性潰瘍の予防や改善・治療に有用な保健用食品又は食品素材として利用でき、これらの飲食品又はその容器には、前記の効果を有する旨の表示を付してもよい。具体的に本発明のヘリコバクター・ピロリの感染予防治療剤、胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤を飲食品に配合する場合は、飲食品として使用可能な添加剤を適宜使用し、慣用の手段を用いて食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤、カプセル、ペースト等に成形してもよく、また種々の食品、例えば、ハム、ソーセージ等の食肉加工食品、かまぼこ、ちくわ等の水産加工食品、パン、菓子、バター、粉乳、発酵飲食品に添加して使用したり、水、果汁、牛乳、清涼飲料、茶飲料等の飲料に添加して使用してもよい。なお、飲食品には動物の飼料も含まれる。
【0025】
上記の飲食品の中でも、酸性ウレアーゼを産生するラクトバチルス・ファーメンタム等の微生物を用いて製造される発酵乳、乳酸菌飲料、発酵豆乳、発酵果汁、発酵植物液等の発酵飲食品は、官能性状がよく、長期的な摂取にも耐えうることから、好適に用いられる。これら発酵飲食品の製造は常法に従えばよく、例えば発酵乳は、殺菌した乳培地に酸性ウレアーゼを産生する微生物を単独又は他の微生物と同時に接種培養し、これを均質化処理して発酵乳ベースを得る。次いで別途調製したシロップ溶液を添加混合し、ホモゲナイザー等で均質化し、更にフレーバーを添加して最終製品とすることができる。このようにして得られる発酵乳は、プレーンタイプ、ソフトタイプ、フルーツフレーバータイプ、固形状、液状、凍結状等のいずれの形態の製品とすることもできる。
【0026】
本発明のヘリコバクター・ピロリの感染予防治療剤、胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤の有効成分である胃内尿素低減成分を使用する際の投与量に制限はないが、その好適な投与量は1日当たり10〜3000Uであり、特に20〜1200Uが好ましい。
また、酸性ウレアーゼの由来微生物としてラクトバチルス・ファーメンタムを利用する場合、生菌体、死菌体、菌体処理物、培養物等のいずれの形態でも利用可能であるが、各々の形態の好適な投与量は菌数として1日当たり106〜1014cfuであり、特に108〜1012cfuが好ましい。
【0027】
以下、試験例及び実施例を挙げて本発明の内容をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらにより何ら制約されるものではない。
【0028】
試験例1:酸性ウレアーゼ投与がヘリコバクター・ピロリ感染、胃炎発症に及ぼす影響
ヘリコバクター・ピロリ感染に対するラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼの感染抑制効果をMGS/Sea スナネズミで確認した。
ラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼは食品添加用ウレアーゼ製剤であるナガプシン(ナガセケムテック社製)を用いた。スナネズミ(MGS/Sea、6週齢 オス、約50g)を20匹購入し、CE-2固形飼料(日本クレア)で1週間予備飼育した。動物は表1に示すとおりに3群に分けた。コントロール群にはイオン交換水、投与群にはナガプシン50ppm溶液(酸性ウレアーゼ濃度2.5ppm、酸性ウレアーゼ活性0.1U/mL)を感染2日前から飲水投与した。
【0029】
【表1】

【0030】
感染にはヘリコバクター・ピロリ ATCC 43504 (American Type Culture Collection)を用いた。この菌株を10%非働化ウマ血清(日本バイオサプライ)を添加したブルセラ培地(Becton Dickinson)中で微好気下、37℃、24時間振とう培養した。培養菌液を未接種培地で100倍希釈し、ヘリコバクター・ピロリ菌液として動物感染に用いた。
上記調製したコントロール群及びナガプシン投与群を感染前日24時間の絶食させた後、これら群にそれぞれ当該菌液(3.5×106 CFU/mL)0.5mL/匹を強制経口投与し、さらに4時間の絶食、絶水を行った。
ヘリコバクター・ピロリ非感染(経口投与なし)群には非接種培地を投与した。
実験期間中、飼料、水は自由摂取とし、1ケージ4匹の群飼いを行った。
【0031】
動物はヘリコバクター・ピロリ経口投与6週間後にエーテル麻酔下、腹部大動脈全採血により屠殺し、胃を採取した。胃は大弯部より切開、生理的食塩水で2回洗浄後、重量測定してから、肉眼的に胃炎の判定を行った(浮腫、出血の有無)。その後、胃の右半分をスクレイプして3mLのPBSに浸漬し、氷中で保存して菌数測定用サンプルとした。PBS中の胃サンプルはホモジナイズし、PBSで段階希釈した。希釈液をヘリコバクター・ピロリ検出培地(日水)に100μL塗布し、微好気下37℃で5日間培養後、コロニーカウントを行って胃内菌数を測定した。
【0032】
感染率、および胃炎発症率の検定はFisher's exact testを用いて行った。
胃重量、胃内ヘリコバクター・ピロリ菌数は分散分析、胃重量はヘリコバクター・ピロリ感染コントロール群をコントロールとしてDunnettの多重検定を行った。
【0033】
ヘリコバクター・ピロリ経口投与6週後、ヘリコバクター・ピロリ感染(経口投与)のコントロール群の感染率は87.5%(7/8)、ナガプシン投与群では25%(2/8)であった(表2)。また、胃内ヘリコバクター・ピロリ菌数はヘリコバクター・ピロリ感染コントロール群と比較して投与群で有意(p<0.05)に低い値を示し、酸性ウレアーゼ投与による感染抑制効果が確認された(図1)。
また、胃炎発症率もヘリコバクター・ピロリ感染コントロール群87.5%、投与群25%であり、胃炎の指標となる胃重量はヘリコバクター・ピロリ感染コントロール群と比較して投与群で有意(p<0.05)に低い値を示した(図2)。
【0034】
【表2】

【0035】
試験例2:酸性ウレアーゼによるヘリコバクター・ピロリ除菌の作用機序の検証(1)
ラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼ投与による胃内尿素低減効果をマウスで確認した。すなわち、C57BL/6Jマウス(6週齢、雌、日本クレア)を購入し、AIN-93G飼料で1週間予備飼育した。マウス(各群のn=3)にナガプシン500ppm溶液(酸性ウレアーゼ濃度 25ppm、酸性ウレアーゼ活性 1U/mL)もしくは蒸留水を100μL胃ゾンデ投与し、投与30分後にエーテル麻酔で頚椎脱臼にてと殺し、胃を摘出した。摘出した胃を切開したあと、胃内を500μLの蒸留水で洗浄し、洗浄液中の尿素態窒素、およびアンモニア態窒素濃度をアンモニアテストワコー(和光純薬)及び尿素窒素B-テストワコー(和光純薬)を用いて測定し、胃内含量を計算した。その結果、胃内尿素態窒素量、および尿素態窒素比率(総窒素量に対する尿素態窒素量の比)が低下したことから(表3)、ラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼ投与により胃内尿素がアンモニアに分解され、尿素量が低減することが確認された。
【0036】
【表3】

【0037】
試験例3:酸性ウレアーゼによるヘリコバクター・ピロリ除菌の作用機序の検証(2)
in vitro実験において、ラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼのヘリコバクター・ピロリ殺菌作用を検討した。実験にはラクトバチルス・ファーメンタム由来ウレアーゼとしてナガプシンを使用した。この製品はウレアーゼとラクトースを5 : 95の比率で混合したものであるので、コントロールにはラクトースを用いた。すなわち、ヘリコバクター・ピロリATCC 43504を10%非働化ウマ血清(日本バイオサプライ)を添加したブルセラ培地(Becton Dickinson)中で微好気下、37℃、24時間振とう培養した。菌液(1.6x108CFU/mL)10mLにラクトース、もしくはウレアーゼ溶液を終濃度が50、もしくは500ppmになるように添加し、37℃、微好気下で6時間振とう(140rpm)した後、ヘリコバクター・ピロリ菌数をヘリコバクター・ピロリ検出培地(日水)で測定した。その結果、ラクトース添加菌液と比較して、ウレアーゼ添加菌液中のヘリコバクター・ピロリ菌数は低下しなかったことから(図3)、酸性ウレアーゼ、およびラクトースが直接的にヘリコバクター・ピロリに対する殺菌効果を示すことはなかった。
【0038】
以上より、試験例1で確認された酸性ウレアーゼであるナガプシン投与による効果は、ナガプシンにより胃内の尿素がアンモニアに良好に分解されて胃内の尿素濃度が減少した結果、胃内のヘリコバクター・ピロリが胃内の尿素を用いて胃酸を中和できなくなったことによるものであると考えられた。
【0039】
つまり、酸性ウレアーゼのような胃内の尿素を減少する成分を用いれば、ヘリコバクター・ピロリが胃酸を中和するために用いる胃内の尿素を減少させることができるので、ヘリコバクター・ピロリが胃内の尿素からアンモニアを産生し胃酸を中和することを第一ステップとして該菌が病原性を発揮することができず、ヘリコバクター・ピロリの感染を抑制し、又胃内の該菌を除菌できることを見出した。また、ヘリコバクター・ピロリを起炎菌とする胃炎発症率を低下させることができ、胃炎や消化性潰瘍を予防治療できることを見出した。
【0040】
実施例1 錠剤の製造
下記の処方で各種成分を混合して造粒・乾燥・整粒した後に、打錠して錠剤を製造した。
(処方) (mg)
ナガプシン 100
微結晶セルロース 100
乳糖 80
ステアリン酸マグネシウム 0.5
メチルセルロース 12
【0041】
実施例2 清涼飲料の製造
下記の処方で調合したものを加熱殺菌後、褐色瓶にホットパック充填を行い、清涼飲料水を得た。
(処方) (g)
ラクトバチルス・ファーメンタム 0.8
JCM5867の細菌菌体の乾燥物1)
香料 0.8
クエン酸 0.2
果糖 4
スクラロース 0.001
水 94.199
(総量で100となるようにする)
1):ラクトバチルス・ファーメンタムJCM5867の生菌体を凍結乾燥して得た。細菌菌体乾燥物の菌数は1x1012cfu/gであった。
【0042】
実施例3 発酵乳製品の製造
15%脱脂乳に3%グルコースを添加し、120℃で3秒間殺菌した後、ラクトバチルス・ファーメンタムJCM5867の種菌を1%接種し、37℃でpH3.6まで培養してヨーグルトベース210gを得た。一方、砂糖97g、クエン酸鉄0.2gを水に溶解し、水を加え全量を790gとし、この溶液を110℃で3秒間殺菌し、シロップを得た。上記のようにして得られたヨーグルトベースとシロップを混合し、香料を1g添加した後、15Mpaで均質化して容器に充填して発酵乳製品を得た。この発酵乳製品中のラクトバチルス・ファーメンタムJCM5867の初発菌数は2.1x108cfu/mLであった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】酸性ウレアーゼ投与がスナネズミ胃内のヘリコバクター・ピロリ菌数に及ぼす影響を示すグラフである。
【図2】酸性ウレアーゼ投与がスナネズミの胃重量に及ぼす影響を示すグラフである。
【図3】ラクトース、およびナガプシン添加がヘリコバクター・ピロリの生菌数に及ぼす影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
胃内の尿素を低減する成分を有効成分とするヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤。
【請求項2】
胃内の尿素を低減する成分が酸性領域で反応至適pHを示すウレアーゼである請求項1記載のヘリコバクター・ピロリ感染予防治療剤。
【請求項3】
胃内の尿素を低減する成分を有効成分とする胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤。
【請求項4】
胃内の尿素を低減する成分が酸性領域で反応至適pHを示すウレアーゼである請求項3記載の胃炎又は消化性潰瘍の予防治療剤。
【請求項5】
胃内の尿素を低減することを特徴とするヘリコバクター・ピロリ感染の予防治療方法。
【請求項6】
胃内の尿素を低減することを特徴とする胃炎又は消化性潰瘍の予防治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−156293(P2008−156293A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−347660(P2006−347660)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】