説明

ベクター、組換え植物、並びに、タンパク質の製造方法

【課題】目的タンパク質を安定かつ大量に発現し且つ精製も容易となる、葉緑体等の色素体を利用した一連の技術を提供する。
【解決手段】植物の色素体に目的遺伝子を導入して発現させるためのベクターであって、多角体遺伝子と、前記目的遺伝子を挿入可能なクローニング部位とを有するベクターが提供される。本発明のベクターを用いて葉緑体等の色素体に目的遺伝子を導入することにより、色素体内で、目的タンパク質が多角体に格納された形で発現される。色素体に多角体遺伝子と目的遺伝子とが導入され、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能である組換え植物、当該組換え植物を用いた目的タンパク質の製造方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベクター、組換え植物、並びに、タンパク質の製造方法に関し、さらに詳細には、葉緑体等の色素体内で目的タンパク質を多角体として発現可能なベクター、色素体に多角体遺伝子と目的遺伝子とが導入された組換え植物、並びに、当該組換え植物から目的タンパク質を多角体タンパク質の内部に格納された形で取得するタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコに感染するウイルスが作る多角体タンパク質を利用した遺伝子発現系が開発されている(非特許文献1)。そして、特定のペプチドを付加した任意の目的タンパク質と多角体タンパク質とを同時に発現させることにより、多角体タンパク質の結晶に目的タンパク質を固定化(多角体の内部に格納)できることが知られている(非特許文献2)。この技術を利用して細胞増殖因子などの有用タンパク質を固定化し、再生医療などに応用することが期待されている。
【0003】
一方、植物に目的タンパク質をコードする遺伝子を導入し、当該目的タンパク質を生産させる技術について、様々な基礎研究が行われている。一般に、植物によれば目的タンパク質を低コストで生産させることができる。例えば、経口ワクチンを米で生産する技術(非特許文献3)や、葉緑体遺伝子組換え技術を用いてワクチンを生産する技術(非特許文献4,5)が知られている。
【0004】
【非特許文献1】コウリバリー(Coulibaly)ら,ネイチャー(Nature),2007年3月1日,第446巻,p.97−101
【非特許文献2】モリ(Mori)ら,ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(Journal of Biological Chemistry),2007年,第282巻,p.17289−17296
【非特許文献3】ノチ(Nochi)ら,ザ・プロシーディング・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンシーズ・オブ・ザ・USA(The Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A.),2007年,第104巻,p.10986−10991
【非特許文献4】チェボル(Chebolu)ら,プラント・バイオテクノロジー・ジャーナル(Plant Biotechnology Journal),2007年,第5巻,p.230−239
【非特許文献5】ダニエル(Daniell)ら,ジャーナル・オブ・モレキュラー・バイオロジー(Journal of Molecular Biology),2001年,第311巻,p.1001−1009
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
多角体タンパク質の発現系としては、これまで、昆虫細胞を用いた系が主に採用されてきた。しかし、この系を利用して目的タンパク質を生産する場合には、(1)培養タンクなどの初期投資コストが高い、(2)培養に必要な原料費の変動の影響を受けやすい、(3)ウイルスを使用するため安全性に関するリスクを伴う、といった問題点がある。
【0006】
植物に目的タンパク質を生産させる場合で、核遺伝子組換え技術を利用する場合は、(1)タンパク質の発現量が低く、株によっても発現量が大きく変わる、(2)複数の遺伝子(例えば、多角体タンパク質と目的タンパク質の各遺伝子)を同時に発現する植物体の作製に長い年月を要する、(3)花粉を介した遺伝子汚染のリスクがある、といった問題点がある。
【0007】
一方、植物に目的タンパク質を生産させる場合で、葉緑体等の色素体の遺伝子組換え技術を利用する場合は、(1)タンパク質の発現量が非常に高く、安定している、(2)複数の遺伝子の同時発現が容易、(3)母性遺伝するため花粉を介した遺伝子汚染のリスクはほとんどない、といった利点を有する。これらの利点は上記した他の発現系の問題点をほぼ解消するものである。しかしながら、(4)目的タンパク質の種類によっては発現産物が安定して蓄積しない、(5)発現したタンパク質の精製が煩雑である、といった問題点があり、これらの課題を解決する技術開発が望まれている。
【0008】
上記現状に鑑み、本発明は、目的タンパク質を安定かつ大量に発現し且つ精製も容易となる、葉緑体等の色素体を利用した一連の技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した課題を解決するための請求項1に記載の発明は、植物の色素体に目的遺伝子を導入して発現させるためのベクターであって、多角体遺伝子と、前記目的遺伝子を挿入可能なクローニング部位とを有することを特徴とするベクターである。
【0010】
本発明は植物の色素体に目的遺伝子を導入して発現させるためのベクターに係るものであり、多角体遺伝子と、前記目的遺伝子を挿入可能なクローニング部位とを有する。本発明のベクターのクローニング部位に目的タンパク質をコードする遺伝子(目的遺伝子)を挿入して色素体に導入すると、色素体内で多角体遺伝子と目的遺伝子とが同時に発現可能となる。その結果、色素体内で、目的タンパク質を多角体タンパク質の内部に格納された状態(多角体タンパク質に固定化された状態)で発現させることができる。本発明のベクターによれば、色素体内で目的タンパク質が安定に蓄積できる組換え植物を作製することができ、目的タンパク質の単離・精製が極めて容易となる。
【0011】
請求項2に記載の発明は、前記色素体は、葉緑体であることを特徴とする請求項1に記載のベクターである。
【0012】
本発明のベクターは、葉緑体に目的遺伝子を導入して発現させるためのものである。葉緑体はそのゲノム配列の解明も進んでおり、発現系もよく研究されている。本発明のベクターによれば、目的タンパク質を安定に生産できる組換え植物をきわめて容易に作製することができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、前記色素体内で作用するプロモーターをさらに有し、当該プロモーターは前記多角体遺伝子を制御可能であることを特徴とする請求項1又は2に記載のベクターである。
【0014】
本発明のベクターは、色素体内で作用するプロモーターをさらに有するものであり、当該プロモーターが多角体遺伝子を制御可能である。本発明では、ベクター自身が有するプロモーターで多角体遺伝子を制御できるので、色素体内における多角体遺伝子の発現を容易かつ確実に制御することができる。
【0015】
請求項4に記載の発明は、前記クローニング部位は、前記プロモーターが制御可能な位置に設けられていることを特徴とする請求項3に記載のベクターである。
【0016】
本発明のベクターでは、クローニング部位がベクター上のプロモーターが制御可能な位置に設けられている。かかる構成により、多角体遺伝子と挿入された目的遺伝子とを同じプロモーターの制御下に置くことができ、色素体に導入する際のベクターの構成を簡略化することができる。
【0017】
前記プロモーターがpsbAプロモーターである構成が好ましい(請求項5)。
【0018】
前記多角体遺伝子がBombyx mori cypovirus由来のものである構成が好ましい(請求項6)。
【0019】
請求項7に記載の発明は、色素体に多角体遺伝子と目的遺伝子とが導入され、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能であることを特徴とする組換え植物である。
【0020】
また請求項8に記載の発明は、請求項1〜6のいずれかに記載のベクターによって目的遺伝子が色素体に導入されてなり、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能であることを特徴とする組換え植物である。
【0021】
本発明は組換え植物に係るものであり、色素体に多角体遺伝子と目的遺伝子とが導入されている。そして、本発明の組換え植物は、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能である。本発明の組換え植物によれば、目的タンパク質が多角体タンパク質の内部に格納された状態で色素体内で発現されるので、目的タンパク質を葉などの組織から容易に取得することができる。
【0022】
請求項9に記載の発明は、前記色素体は、葉緑体であることを特徴とする請求項7又は8に記載の組換え植物である。
【0023】
かかる構成により、葉などの組織から目的タンパク質を容易かつ大量に取得することができる。
【0024】
請求項10に記載の発明は、請求項7〜9のいずれかに記載の組換え植物の組織から、前記目的遺伝子がコードする目的タンパク質を多角体タンパク質の内部に格納された形で取得することを特徴とするタンパク質の製造方法である。
【0025】
本発明はタンパク質の製造方法に係るものであり、本発明の組換え植物から目的タンパク質を多角体タンパク質の内部に格納された形で取得する。本発明のタンパク質の製造方法によれば、目的タンパク質を多角体タンパク質に固定化された状態で回収することができるので、タンパク質の単離・精製が容易である。さらに、目的タンパク質の収量も高いものとなる。
【0026】
請求項11に記載の発明は、前記組織は、葉であることを特徴とする請求項10に記載のタンパク質の製造方法である。
【0027】
かかる構成により、葉緑体に蓄積された目的タンパク質(多角体タンパク質の内部に格納されている)を容易かつ効率的に取得することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明のベクターによれば、目的遺伝子を多角体遺伝子と同時発現可能な状態で葉緑体等の色素体内に導入することができる。その結果、目的タンパク質が安定に蓄積できる組換え植物を作製することができ、色素体からの目的タンパク質の単離・精製が極めて容易となる。
【0029】
本発明の組換え植物についても同様であり、葉緑体等の色素体内に目的タンパク質が安定に蓄積できるとともに、色素体からの目的タンパク質の単離・精製が極めて容易となる。
【0030】
本発明のタンパク質の製造方法によれば、目的タンパク質が高収量で得られるとともに、目的タンパク質の単離・精製が極めて容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明の1つの様相は、植物の色素体に目的遺伝子を導入して発現させるためのベクターであって、多角体遺伝子と、前記目的遺伝子を挿入可能なクローニング部位とを有することを特徴とするベクターである。本発明のベクターは「植物の色素体で目的遺伝子を発現させる」ためのものであり、色素体内で生物学的に活性なものである。具体的には、色素体ゲノムに組み込み可能であるか自己複製可能であること、多角体遺伝子と目的遺伝子が色素体内で適宜のプロモーターで制御されること、等の機能を有している。
【0032】
色素体の例としては、葉緑体、アミロプラスト、クロモプラスト等を挙げることができる。好ましい実施形態では、色素体が葉緑体である。
【0033】
本発明のベクターにおける多角体遺伝子と挿入される目的遺伝子を制御するプロモーターは、色素体内で作用するプロモーターであればよく、色素体ゲノム上に存在するプロモーターでもよいし、ベクター上のプロモーターでもよい。目的遺伝子と共にプロモーターを挿入してもよい。好ましい実施形態では、ベクターは、色素体内で作用するプロモーターをさらに有し、当該プロモーターは前記多角体遺伝子を制御可能である。本実施形態で採用されるベクター上のプロモーターは、色素体内で作用するプロモーターであれば特に限定はなく、各種のものが採用可能である。バクテリア等の他の生物由来のプロモーターであっても、色素体内で作用できるものであれば採用できる。プロモーターの具体例としては、psbAプロモーター、rbcLプロモーター、rrnプロモーター、accDプロモーター、psbDプロモーター、等が挙げられる。より好ましい実施形態では、プロモーターがpsbAプロモーターである。psbAプロモーターは高発現性のプロモーターであり、目的タンパク質の生産に有利である。
【0034】
本発明のベクターが有する多角体遺伝子の由来としては特に限定はないが、例えば、Bombyx mori cypovirus由来の多角体遺伝子(Arella, M. et al., J. Virol., 62:211, 1988 に記載)を採用することができる。
【0035】
本発明のベクターは、目的遺伝子が挿入可能なクローニング部位を有する。例えば、適宜の制限酵素サイトを配置することにより、クローニング部位とすることができる。クローニング部位の位置としては特に限定はないが、好ましい実施形態では、多角体遺伝子を制御するベクター上のプロモーターが制御可能な位置に設けられている。本実施形態では、多角体遺伝子と目的遺伝子の両方をベクター上のプロモーターで制御できるので、ベクターの構成を簡略化できる。クローニング部位は、多角体遺伝子の上流・下流のいずれに設けてもよい。
【0036】
上記のように、本発明のベクターは、少なくとも多角体遺伝子とクローニング部位を有するが、その他の要素をさらに有してもよい。他の要素としては、薬剤耐性遺伝子(スペクチノマイシン耐性遺伝子等)、各種の制御配列(プロモーター、ターミネーター等)、タンパク質の翻訳効率やmRNAの安定性に寄与するUTR(Untranslated Region)、リボゾーム結合部位(RBS)をコードする配列、シグナルペプチドをコードする配列、色素体ゲノムの一部と相同性を有する配列、などが挙げられる。
【0037】
本発明のベクターに挿入される目的遺伝子は、コード領域のみからなるものでもよいし、他の配列を伴ったものでもよい。他の配列としては、プロモーター、ターミネーター、UTR、RBSをコードする配列、シグナルペプチドをコードする配列、などが挙げられる。
【0038】
本発明の他の様相は、色素体に多角体遺伝子と目的遺伝子とが導入され、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能であることを特徴とする組換え植物である。さらに、上記した本発明のベクターによって目的遺伝子が色素体に導入されてなり、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能であることを特徴とする組換え植物も包含する。本発明の組換え植物における植物種としては特に限定はないが、色素体遺伝子組換えの系がよく研究されている植物種が好ましい。例えば、タバコ、レタス、キャベツ、ダイズ、ジャガイモ、トマト、トウモロコシ、イネ、ポプラ、クラミドモナス(藻類)、ユーグレナ(藻類)が挙げられる。
【0039】
本発明のベクターを使って葉緑体に目的遺伝子を導入する方法としては、例えば、パーティクルガンを用いる方法が挙げられる。すなわち、微細な金属粒子の表面に目的タンパク質遺伝子が挿入された本発明のベクターを付着させ、葉緑体等の色素体に直接打ち込む。すると、例えば、色素体内に導入されたベクターと色素体ゲノムとの間で相同組換えが起こり、多角体遺伝子と目的タンパク質遺伝子とが発現可能な状態で葉緑体ゲノムに組み込まれる。
【0040】
本発明のさらに他の様相は、本発明の組換え植物の組織から、前記目的遺伝子がコードする目的タンパク質を多角体タンパク質の内部に格納された形で取得することを特徴とするタンパク質の製造方法である。組織としては葉緑体等の色素体を含むものであれば特に限定はないが、好ましくは、葉である。葉は葉緑体を多く含むので、目的タンパク質を高収量で取得できる。なお、本発明においては色素体内に目的タンパク質が蓄積されるが、多角体タンパク質は熱、乾燥、プロテアーゼ、酸に強いので、採取原となる組織(葉など)は生の状態に限らず、乾燥した状態や、熱、プロテアーゼ、酸などで処理したものでもよい。
【0041】
組織から「多角体タンパク質内に格納された形の目的タンパク質」を単離する方法としては、例えば、組織を破砕・抽出して得たタンパク質溶液を洗い、可溶性タンパク質を除去し、その後、不溶性タンパク質を分散させた溶液から分子の大きさにより多角体を分画する手法(フィルター)などで単離する方法が挙げられる。なお、この際、プロテアーゼ処理など種々のタンパク質精製手法を用いても良い。
【0042】
本発明のタンパク質の製造方法で製造された目的タンパク質の用途について、以下に説明する。医療分野では、例えば、FGF2のようなサイトカインを格納した多角体は、再生医療に応用することができる。また、経口ワクチンを格納した多角体を生産すれば、多角体は酸に強い性質があるので、腸管免疫を引き起こす経口ワクチンのドラッグデリバリーシステムに応用することができる。いずれの場合も、昆虫細胞を用いる従来の方法よりも安全性の面で有利である。畜産分野では、例えば、フィターゼや消化酵素を格納した多角体を家畜飼料に混ぜて投与すれば、家畜生産管理の面で有用である。産業用酵素の分野では、洗剤に含まれるようなプロテアーゼ、あるいはアミノ酸や糖の生産に使用される産業用酵素を多角体に格納することで、これまで熱や乾燥に弱かった酵素を大量に生産・保存するのに有用である。さらなる分野として、プロテインバンクやプロテインライブラリーへの応用や、プロテインチップや感染症診断への応用が考えられる。またさらに、葉緑体が必要とするタンパク質を多角体に格納することで、環境変化に強い作物の生産に役立つ可能性がある。また多角体は分解されにくいため、カーボンストアとして二酸化炭素の減少に寄与する可能性もある。
【0043】
以下に、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
(1)ベクターの構築
pBluescript SK+プラスミド(インビトロジェン社)のマルチクローニングサイトに、タバコ葉緑体ゲノムの16SrDNAとtrnV遺伝子を含む領域と相同な1.8kbpのDNA断片A、及びrps7/12を含む領域と相同な1.2kbpのDNA断片Bを挿入した。当該マルチクローニングサイト上の未使用サイトを潰した後、DNA断片AとDNA断片Bの間に、スペクチノマイシン耐性を付与するaadAカセット(rrnプロモーター、aadA遺伝子(スペクチノマイシン耐性遺伝子)、psbAターミネーターを含む)及びマルチクローニングサイトを導入した。このマルチクローニングサイトに、多角体遺伝子を発現するカセット(psbAプロモーター及びその5’UTR、phd遺伝子(Bombyx mori cypovirus由来の多角体遺伝子)、rps16ターミネーターを含む)を導入し、葉緑体遺伝子組換えベクターpRV112A'_Phdを構築した。ベクターpRV112A'_Phdの構成を図1に示す。図1中、「TpsbA」はpsbAターミネーター、「Prrn」はrrn16プロモーター、「PpsbA」はpsbAプロモーター、「Trps16」はrps16ターミネーターを表す。すなわち、ベクターpRV112A'_Phdは、aadAカセットと多角体遺伝子を発現するカセットとが連結された基本構造を有し、その両端に葉緑体ゲノムとの相同組換えを可能にする1.8kbpと1.2kbpの領域を有している。そして、phd遺伝子とrps16ターミネーターとの間に想定されるクローニング部位に目的遺伝子を挿入することにより、葉緑体内で、多角体遺伝子と目的遺伝子がpsbAプロモーターの制御下で同時に発現可能なベクターとすることができる。
【0045】
(2)ベクターのタバコ葉への導入
タバコ葉緑体ゲノムのtrnV遺伝子とrps7/12遺伝子との間に多角体遺伝子を組み込むために、上記(1)で構築したpRV112A'_Phdをパーティクルガン(バイオラッド社製)にてタバコ葉の葉緑体に導入した。スペクチノマイシン選抜により得られた7個体のシュートより、全DNAを調製し、PCR法を用いて遺伝子導入の確認を行った。これにより、5個の候補クローンを選抜した。
【0046】
各々の候補の全DNA1.5μgに対して制限酵素SacIIで処理し、1%アガロースゲル電気泳動に供した。図2に示すDNA断片をプローブ(DIG標識)に用いてサザンブロット解析を行った。図3はサザンブロット解析の結果を表す写真である。図3中、「WT」は野生型タバコ(比較例)、「A,C,E,F,G」はいずれも選抜された候補クローン、「Posi」は陽性対照、「Ma」は分子量マーカーである。すなわち、候補クローンではいずれも4.0kbpのバンドが検出され、相同組換えによる目的位置への遺伝子の挿入が認められた。一方、比較例では1.5kbpのバンドのみが検出され、4.0kbpのバンドは検出されなかった。以上より、多角体遺伝子が葉緑体ゲノムに組み込まれた組換えタバコのクローンを選抜することができた。
【0047】
(3)組換えタバコの作出
上記(2)で選抜した組換えタバコのクローンを栽培し、組換えタバコを作出した。葉から全タンパク質を抽出した。12μgの全タンパク質を12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いたSDS−PAGEに供し、CBB染色を行った。さらに、同様のSDS−PAGEを行った後、多角体タンパク質に対する抗体を用いたウエスタンブロット解析を行った。図4は全タンパク質のSDS−PAGE/CBB染色の結果を表す写真、図5は全タンパク質のウエスタンブロット解析の結果を表す写真である。図4,5中、「WT」は野生型タバコ(比較例)、「A」は組換えタバコ(実施例)、「800〜80000」は800個から80000個の精製された多角体(コントロール)である。すなわち、実施例の組換えタバコにおいて、多角体タンパク質が高濃度に蓄積していた(図4,5の矢印)。
【0048】
作出した組換えタバコの葉を共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。図6は共焦点レーザー顕微鏡による観察結果を表す写真である。図6中、WTは野生型タバコ(比較例)、Aは組換えタバコ(実施例)を示し、上の3枚は明視野像、下の3枚は葉緑体自家蛍光の観察像である。図6に示すように、実施例のタバコ葉(A)では野生型(WT)には見られない四角い構造体が観察された。この四角い構造体が多角体タンパク質の結晶と考えられた。
【0049】
(4)多角体タンパク質の製造
上記(3)で作出した組換えタバコの葉を切り取り、60℃で2日間乾燥させた。乾燥させた葉を抽出バッファー(100mM リン酸バッファー(pH6.0),0.1% TritonX−100)中で破砕した。破砕液を、ペーパータオルに通して大きい不溶物を取り除いた後、遠心分離に供し沈殿を回収した(試料1)。試料1の沈殿を抽出バッファーで再懸濁し、保留粒子6μmのろ紙でろ過してろ液を回収し、遠心分離に供し沈殿を回収した(試料2)。試料1、2とは別の葉を用い、試料2と同様の手順で沈殿を回収した(試料3)。ただし、ろ過は吸引ろ過法で行った。さらに、再懸濁時のバッファーとしてTritonX−100を含まない抽出バッファーを用い、その他は試料3と同様の手順で沈殿を回収した(試料4)。比較例として、野生型のタバコを用いて同様にして各試料を調製した。各試料についてSDS−PAGEを行い、CBB染色を行った。結果を図7に示す。図7中、「W」は野生型(比較例)、「A」は組換えタバコ(実施例)、「1〜4」は試料の番号、「P」は多角体タンパク質(陽性対照)、「Ma」は分子量マーカーを示す。すなわち、実施例では試料1〜3に多角体タンパク質と同様の位置にバンドが検出された(図7の矢印)。なお、試料4では多角体タンパク質に相当するバンドは検出されず、界面活性剤(TritonX−100)を加えることでろ紙を通過しやすくなることが分かった。一方、野生型ではどの試料にも多角体に相当するバンドは検出されなかった。以上より、本実施例で作出した組換えタバコの葉が多角体タンパク質を発現していることが示された。さらに、乾燥した葉からも多角体タンパク質を簡易に調製することができることが示された。
【実施例2】
【0050】
実施例1で構築したpRV112A'_Phdのphd遺伝子とrps16ターミネーターとの間に、BglIIサイトとXhoIサイトを設けた。このサイトにリボゾーム結合部位(RBS)をコードする配列GGAGG、並びに、多角体に特異的に取り込むためのシグナルをコードする配列(配列番号1)を導入し、新たなベクターを構築した(図8)。本ベクターのシグナル配列の下流にGFP遺伝子あるいはFGF2遺伝子を挿入した2種類のベクターを作製した。
【実施例3】
【0051】
実施例2で構築したベクター(図8)のシグナル配列の下流に、Gateway(インビトロジェン社;登録商標)システム対応のベクターにするための配列である「attR1-[CmR-ccdB]-attR2」を導入し、デスティネーションベクターとした(図9)。目的遺伝子を導入する場合には、Gatewayシステムを用いて目的遺伝子をBP反応によりドナーベクターpDONR221(インビトロジェン社)へ導入し、次いで、LR反応により上記のデスティネーションベクターへ導入する。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】ベクターpRV112A'_Phdの構造を模式的に表す説明図である。
【図2】サザンブロット解析で用いたプローブの位置を説明する説明図である。
【図3】サザンブロット解析の結果を表す写真である。
【図4】全タンパク質のSDS−PAGE/CBB染色の結果を表す写真である。
【図5】全タンパク質のウエスタンブロット解析の結果を表す写真である。
【図6】共焦点レーザー顕微鏡による観察結果を表す写真である。
【図7】粗精製後のタンパク質のSDS−PAGE/CBB染色の結果を表す写真である。
【図8】実施例2で構築したベクターの構造を模式的に表す説明図である。
【図9】実施例3で構築したベクターの構造を模式的に表す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の色素体に目的遺伝子を導入して発現させるためのベクターであって、多角体遺伝子と、前記目的遺伝子を挿入可能なクローニング部位とを有することを特徴とするベクター。
【請求項2】
前記色素体は、葉緑体であることを特徴とする請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
前記色素体内で作用するプロモーターをさらに有し、当該プロモーターは前記多角体遺伝子を制御可能であることを特徴とする請求項1又は2に記載のベクター。
【請求項4】
前記クローニング部位は、前記プロモーターが制御可能な位置に設けられていることを特徴とする請求項3に記載のベクター。
【請求項5】
前記プロモーターは、psbAプロモーターであることを特徴とする請求項3又は4に記載のベクター。
【請求項6】
前記多角体遺伝子は、Bombyx mori cypovirus由来のものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のベクター。
【請求項7】
色素体に多角体遺伝子と目的遺伝子とが導入され、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能であることを特徴とする組換え植物。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載のベクターによって目的遺伝子が色素体に導入されてなり、多角体遺伝子と目的遺伝子とを色素体内で発現可能であることを特徴とする組換え植物。
【請求項9】
前記色素体は、葉緑体であることを特徴とする請求項7又は8に記載の組換え植物。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれかに記載の組換え植物の組織から、前記目的遺伝子がコードする目的タンパク質を多角体タンパク質の内部に格納された形で取得することを特徴とするタンパク質の製造方法。
【請求項11】
前記組織は、葉であることを特徴とする請求項10に記載のタンパク質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−29069(P2010−29069A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−192157(P2008−192157)
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(504322611)学校法人 京都産業大学 (27)
【出願人】(504255685)国立大学法人京都工芸繊維大学 (203)
【Fターム(参考)】