ペプチド輸送酵素遺伝子による酵母の形質転換法と当該遺伝子のプロモーター領域を用いたタンパク質の発現法
【課題】 短期間で簡易な酵母の形質転換系及び高発現ベクターの開発。
【解決手段】 Saccharomyces cerevisiaeのペブチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクターを用いて、ペブチド輸送能が喪失した酵母を宿主とする形質転換系が可能となる。Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子のプロモーターを利用した発現ベクターを用いて、YPD培地、清酒もろみ、麦汁、ブドウ果汁などでプロモーター下流の遺伝子を発現させることができる。その結果、酵母への遺伝子導入のためのマーカーが更に一つ加わることで、酵母の遺伝子操作がより容易となった。醸造環境下でも発現可能なプロモーターの入手により、酒類の研究開発がより容易になった。
【解決手段】 Saccharomyces cerevisiaeのペブチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクターを用いて、ペブチド輸送能が喪失した酵母を宿主とする形質転換系が可能となる。Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子のプロモーターを利用した発現ベクターを用いて、YPD培地、清酒もろみ、麦汁、ブドウ果汁などでプロモーター下流の遺伝子を発現させることができる。その結果、酵母への遺伝子導入のためのマーカーが更に一つ加わることで、酵母の遺伝子操作がより容易となった。醸造環境下でも発現可能なプロモーターの入手により、酒類の研究開発がより容易になった。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母のペプチド輸送酵素遺伝子の利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酵母は遺伝子解析が進んだ微生物であり、遺伝子操作によるタンパク質の発現系の宿主としても用いられている。
酵母に遺伝子導入するためのマーカーの付与に、フルオロオロチン酸耐性によるウラシル要求性、α−アミノアジピン酸耐性によるリジン要求性等が利用されている。また、マーカーを有さない醸造用酵母には、薬剤耐性遺伝子を利用した形質転換系が報告されている。
【0003】
しかしながら、酵母への遺伝子導入のためのマーカーの種類は多くないため、更に多くの手法が望まれるところである。
【0004】
また、酵母でのタンパク質発現系のプロモーターとしては、主に解糖系遺伝子のものが使用されている。しかし、従来のプロモーターを利用した場合、清酒醸造などの醸造環境下では発現量が少なくなる場合があるなどの問題点を有している。
【0005】
本発明は、酵母のペプチド輸送酵素遺伝子を利用してこれらの問題点を解決するのにはじめて成功したものであるが、先に本発明者らは、多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母の育種に成功したものの、育種された酵母はペプチド輸送能を欠如していること、ましてや、ペプチド輸送酵素遺伝子の作用の解明には至らなかった(特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3321597号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
酒類製造業、研究機関その他遺伝子組換え技術に関連する業界において、短期間で簡易な酵母の形質転換系の開発と醸造環境下等で高発現するプロモーターの取得は、従来より重要な課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、各方面から検討の結果、本発明者らが先に開発するのにはじめて成功した多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母(特許第3321597号公報)に着目し、その解析を進めたところ、その過程において、育種された酵母は、ペプチド輸送能を喪失していること、喪失したペプチド輸送能は、酵母のペプチド輸送酵素PTR2遺伝子の導入により回復することが判明した。
【0008】
また、PTR2遺伝子のプロモーター領域を醸造環境下において酵素の誘導・発現に用いたところ、一般的に用いられている解糖系遺伝子のものより効率的にタンパク質を発現させることが判明した。
【0009】
更に、通常のタンパク質発現系では、YPD培地を用いて30℃での振とう培養が一般的であることから、当該条件下における解糖系遺伝子とPTR2遺伝子のプロモーターについて検討を加えたところ、PTR2遺伝子のプロモーターは、解糖系のものと比較して遜色のない結果も得られた。
【0010】
本発明は、これらの有用新知見に基づいてなされたものであり、更にPTR2遺伝子の塩基配列の決定にも成功し、そしてプロモーター領域もつきとめ、各種ベクターの構築、PTR2遺伝子の発現も確認し、遂に本発明の完成に至ったものである。
【0011】
本発明は、PTR2遺伝子の利用に係り、その実施態様は以下に例示される。
【0012】
(態様1)
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクター及び/又はPTR2をプラスミドに導入することを特徴とする該ベクターの製造方法。
【0013】
(態様2)
ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)が配列番号1の塩基配列で示されるDNAからなるかあるいはそれを含むものであること、を特徴とする態様1に記載のベクター及び/又はその製造方法。
【0014】
(態様3)
プラスミドpRS316(その塩基配列を配列番号2に示す)にペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のDNAを導入してなること、を特徴とする態様1又は2に記載のベクター及び/又はその製造方法。
【0015】
(態様4)
態様1〜3のいずれか1項にしたがってベクターpRS316−Ptr2を製造する方法及び/又は得られた該ベクター。
【0016】
(態様5)
サッカロマイセス・セレビシエのPTR2遺伝子のプロモーターを導入すること、を特徴とする発現ベクターの製造方法及び/又は得られた発現ベクター。
【0017】
(態様6)
プロモーターが、配列番号1の塩基配列において、塩基番号51〜1499の領域からなるかあるいはそれを含むもの(例えば、塩基番号1〜1499の領域、また、その上流域及び/又は下流域を含む領域、更にPTR2遺伝子自体も使用可能であり、その場合は該遺伝子が有するプロモーターを利用することとなるし、ペプチド輸送酵素遺伝子としての作用も奏される。)であること、を特徴とする態様5に記載の発現ベクターの製造方法、及び/又は得られた発現ベクター。
【0018】
(態様7)
プラスミド(例えば、YEpFLAGといったYEp型プラスミド)にPTR2遺伝子のプロモーター領域を導入すること、を特徴とする態様5又は6に記載の発現ベクター及び/又はその製造方法。
【0019】
(態様8)
更にタンパク質をコードする遺伝子のDNAを導入してなること、を特徴とする態様5又は態様6に記載の発現ベクター及び/又はその製造方法。
【0020】
(態様9)
タンパク質をコードする遺伝子がキシラナーゼ遺伝子XynF3(その塩基配列を配列番号3に示す)であること、を特徴とする態様8に記載の発現ベクター及び/又はその製造方法。
【0021】
(態様10)
態様1〜4のいずれか1項に記載のベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)による酵母の形質転換方法。
【0022】
(態様11)
態様5〜9のいずれか1項に記載の発現ベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーター領域を利用するタンパク質の発現方法。
【0023】
(態様12)
態様9にしたがって発現ベクター(YEpPtr2Pro−XynF3)を構築し、この発現ベクターを用いて酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)を形質転換し、得られた形質転換体を清酒もろみ、麦汁、ブドウ果汁に添加し、キシラナーゼ遺伝子を発現させて、キシラナーゼを分泌せしめること、を特徴とするキシラナーゼの製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を微生物、特に酵母への遺伝子導入のためのマーカーとして利用することができ、短期間で簡易な酵母の新しい形質転換系を開発した点で本発明はきわめて卓越している。
【0025】
また、本発明は、PTR2のプロモーターが醸造環境下で高発現するプロモーターであることも新規に発見し、実際に各種醸造もろみ中でのキシラナーゼ遺伝子の発現も確認しており、PTR2のプロモーターを利用して高発現ベクターを構築し、醸造業界において、例えば、清酒、ビール、ブドウ酒等の効率的生産に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明者らは、先に、多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母の育種にはじめて成功したが(特許第3321597号)、その後の解析において、それにはペプチド輸送酵素をコードする遺伝子が関係することをはじめて見出した。そして更に研究の結果、ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2遺伝子)がマーカー遺伝子として利用できることをはじめて見出し、本発明の完成に至ったものである。
【0027】
ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)の塩基配列は、配列番号1(図1〜3)に示される。PTR2は、その塩基配列が明らかにされたので、先の特許公報(特許第321597号広報)にも記載されている清酒酵母協会9号、同協会7号、同協会10号等の各種市販されている実用酵母あるいは実験室酵母等の酵母の遺伝子から切り出してもよいし、酵母ゲノムDNAを鋳型にしてプライマーを用いてPCR法等によって合成してもよく、その入手に格別の困難性はない。
【0028】
本発明に係るPTR2含有ベクターを作成するには、遺伝子導入の常法によればよく、プラスミドの制限酵素切断部位にPTR2を挿入すればよい。使用するプラスミドに格別の制限はなく、市販品等公知のものも適宜使用可能である。好適なプラスミドの1例としては、pRS316が例示される。このプラスミドpRS316は、文献公知であるだけでなく、インターネット(http://seq.yeastgenome.org/vectordb/vector_descrip/COMPLETE/PRS316.SEQ.html)にて公開されており、入手に格別の困難性はない。プラスミドpRS316の塩基配列は配列番号2(図4〜6)に示される。
【0029】
本発明は、上記のほかに、発現ベクターも提供するものである。発現ベクターを作成するには、遺伝子導入の常法によればよく、プラスミドの制限酵素切断部位にプロモーター遺伝子のDNAを挿入すればよい。
【0030】
発現ベクターのプロモーターとしては、配列番号1の塩基配列の内、塩基番号51〜1499の領域(図中、下線を付し且つ太字にて示す領域)が使用される。この領域は、PTR2のプロモーター領域に包含されるものであって、本発明に係る発現ベクターは、そのプロモーターとしてPTR2のプロモーターをそのままあるいはその一部をあるいはそのプロモーターを含む領域を利用することができ、きわめて特徴的である。
【0031】
したがって、例えば、配列番号1の塩基配列の内、塩基番号1〜1499の領域(図中、下線を付した領域)もプロモーターとして使用することができ、また、PTR2全体をベクターに導入してもよく、その場合はPTR2の構造遺伝子の作用も同時に利用できる。プロモーターは、PTR2から切り出してもよいし、酵母のゲノムDNAを鋳型にしてプライマーを用いてPCR法等によって合成してもよく、その入手に格別の困難性はない。
【0032】
本発明に係る発現ベクターを作成するには、遺伝子導入の常法によればよく、プラスミドの制限酵素切断部位にプロモーター遺伝子のDNAを挿入すればよい。使用するプラスミドに格別の制限はなく、市販品等も適宜使用可能である。好適なプラスミドとしては、YEp型プラスミド、例えば、市販されているプラスミドYEpFLAG(シグマ社)を使用してもよい。
【0033】
このようにして作成した発現ベクターは、そのプロモーターの下流に分泌させたいタンパク質をコードする遺伝子を挿入することにより、目的とするタンパク質発現ベクターとすることができる。目的とするタンパク質をコードする遺伝子としては、例えばキシラナーゼ遺伝子を挙げることができる。その1例としてXynF3遺伝子(その塩基配列を配列番号3(図7)に示す)が例示されるが、本遺伝子は公知であり、入手に困難性はない。
【0034】
このようにして作成したベクター、発現ベクター、タンパク質発現ベクターは、それぞれ常法にしたがって酵母に形質転換し、形質転換体を作成し、それぞれの用途に使用する。
【0035】
本発明の実施にあたり、Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクターの宿主としては、先願の発明、特許第3321597号の多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母の育種において利用したBlasticidin Sに対して耐性となった酵母より、ペプチド輸送能を喪失していることを確認した株を宿主として利用できる。
【0036】
また、Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子の上流域約1500bpをプロモーターとするプラスミドの宿主としては、当該プラスミドにウラシル要求性等のマーカーを入れた場合には、ウラシル要求性を示す酵母株を用いることは当然である。
Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子の上流域約1500bpをプロモーターの利用としては、当該プロモーターの下流にマルチクローニング部位を導入することが一般的であるが、タンパク質分泌のためのシグナルペプチド領域のDNA配列を下流におき、更にその下流に酵母菌体外に分泌させたいタンパク質をコードする遺伝子を挿入するためのマルチクローニング部位を導入してもよい。
【0037】
本発明に係る形質転換体の内、キシラナーゼ遺伝子を挿入したタンパク発現ベクターを導入してなる形質転換酵母は、これを清酒もろみ、麦汁、ブドウ果汁等に添加して培養することにより、キシラナーゼ遺伝子を発現し、キシラナーゼを効率的に産生するため、原料の細胞壁が効率的に破壊され、その結果、清酒、ビール、ブドウ酒その他醸造製品の原料利用率を高めることができる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
(ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクターの作成)
pRS316(A system of shuttle vectors and yeast host strains designed for efficient manipulation of DNA in Saccharomyces cerevisiae,Robert S.Sikorski and Philip Hieter.Genetics.122,19−27,(1989):その塩基配列を配列番号2(図4〜6)に示す)の制限酵素XhoI及びXbal部位に、酵母X2180AのゲノムDNAよりプライマーA(配列番号4(図8):PTR2の上流域1500−1479に相当する配列を含む)とプライマーB(配列番号5(図9):PTR2の下流域377−346に相当する配列を含む)を用いたPCR反応により増幅したPTR2遺伝子を含むDNA断片を挿入し、プラスミドpRS316−Ptr2(図14)を作成した。
【0040】
(実施例2)
(pRS316−Ptr2による酵母の形質転換)
Blasticidin Sに対して耐性となった清酒酵母協会9号に、pRS316−Ptr2による形質転換を行った。形質転換処理した酵母はYNB−peptide plate(0.7% yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate,2% glucose,0.1% phe−ala peptide,2% agar)に塗布し、30℃でコロニーを生育させた。その結果、pRS316−Ptr2、1マイクログラム当たり20コロニーの形質転換株が得られた。
【0041】
ブラスチシジンS耐性協会9号清酒酵母は、次のようにして作成した。すなわち、協会9号清酒酵母を、YPD培地(イーストエキス1% ペプトン2% グルコース2%)に接種し、増殖させた後、無菌的に集菌洗浄し、その0.1mlをブラスチシジンS(0.05mg/ml)を含むYPD寒天培地に塗布し、30℃で培養し、生育したコロニーをブラスチシジンS(0.05mg/ml)を含むYPD寒天培地に更に植え次いで、作成した。
【0042】
(実施例3)
(ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーターを含むベクターの作成)
酵母S288CのゲノムDNAよりプライマーC(配列番号6(図10):PTR2の上流域1447−1428に相当する配列を含む)とプライマーD(配列番号7(図11):PTR2の上流域32−1に相当する配列を含む)を用いたPCR反応によりPTR2遺伝子のプロモーターDNA(配列番号1において、塩基番号51−1499の領域:図中、下線を付し且つ太字で示した領域)を調製した。
【0043】
麹菌アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)RIB40のcDNAよりプライマーE(配列番号8:図12)とプライマーF(配列番号9:図13)を用いたPCR反応により増幅したキシラナーゼ遺伝子(XynF3遺伝子のDNA断片を調製した(配列番号3:図7)
【0044】
市販のプラスミドYEpFLAG(シグマ社より販売)のADH2のプロモーター領域を調製したPTR2遺伝子のプロモーターDNAに置き換え、FLAG及びマルチクローニング領域を、調製したXynF3遺伝子のDNA断片をXynF3タンパク質が酵母の菌体外に分泌されるように置き換え、YEpPtr2Pro−XynF3(図15)を作成した。
【0045】
(実施例4)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母による培地中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF3(本ベクター)を酵母BJ3505株に形質転換し、形質転換株をYPD培地(1% yeast extract,2% peptone,2% glucose)に植菌し30℃で培養し、菌体外のキシラナーゼ活性を測定した。なお、対照としてYEpPtr2Pro−XynF3のプロモーター領域をADH1(アルコールデヒドロゲナーゼ1)若しくはADH2(アルコールデヒドロゲナーゼ2)のプロモーターに置き換えたもの(各々YEpAdh1Pro−XynF3(対照1)、YEpAdh2Pro−XynF3(対照2))を作成し、同様の実験を行った。培養液中のキシラナーゼ活性(U)測定結果を表1に示す。
【0046】
(表1)
――――――――――――――――――――――――――――――――
培養時間(時間) 本ベクター 対照1 対照2
――――――――――――――――――――――――――――――――
16 8.7 7.6 1.48
24 10.5 9.2 1.48
――――――――――――――――――――――――――――――――
但し、活性の表示は、(U/min/ml)
【0047】
この結果から、Ptr2のプロモーターは、高発現系によく用いられるADH1やADH2のプロモーターと遜色のないことが判明した。
【0048】
(実施例5)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母による清酒もろみ中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF1の2μ領域を除いたベクターを清酒酵母協会701号のトリプトファン要求性株T1に形質転換した株(T1−Ptr2Pro−XynF3)を造成した。また、YEpAdh2Pro−XynF3も同様に酵母T1株に形質転換し、株(T1−Adh2Pro−XynF3)を造成した。なお、宿主酵母T1株は、上記K7011号のトリプトファン、ウラシル要求性株UT1株のウラシル要求性を相補した株である。
【0049】
当該形質転換株を用いて清酒の仕込試験を行った。その結果、清酒もろみ中に、T1−Ptr2ProXynF3株の場合は、10日目以降にはキシラナーゼ活性が10Uを越え、もろみ末期まで高いレベルを維持したが、T1−Adh2ProXynF3株は全期間を通して活性が認められなかった。
【0050】
(実施例6)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母による麦汁中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF1を清酒酵母協会701号のトリプトファン要求性株T1に形質転換した株(T1−YEpPtr2Pro−XynF3)を造成した。また、YEpAdh2Pro−XynF3も同様に酵母T1株に形質転換し、株(T1−YEpAdh2Pro−XynF3)を造成した。
【0051】
二条大麦麦芽を用いて、糖度11の麦汁を調製し、当該形質転換株添加による仕込試験を行った。6日間15℃で培養した結果、麦汁発酵液中に、T1−YEpPtr2Pro−XynF3株の場合は、キシラナーゼ活性が3.6U/ml認められたが、T1−YEpAdh2Pro−XynF3株は活性が認められなかった。
【0052】
(実施例7)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母によるブドウ果汁中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF1を清酒酵母協会701号のトリプトファン要求性株T1に形質転換した株(T1−YEpPtr2Pro−XynF3)を造成した。また、YEpAdhPro−XynF3も同様に酵母T1株に形質転換し、株(T1−YEpAdh2Pro−XynF3)を造成した。
【0053】
甲州ブドウを用いて、糖度21のブドウ果汁を調製し、当該形質転換株添加によるブドウ果汁発酵試験を行った。6日間15℃で培養した結果、ブドウ果汁発酵液中に、T1−YEpPtr2Pro−XynF3株の場合は、キシラナーゼ活性が5U/ml認められたが、T1−YEpAdh2Pro−XynF3株は活性が認められなかった。
【0054】
なお、実施例5、6及び7いずれの場合も、発酵終了時の酵母数、アルコール濃度に顕著な差は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】配列番号1で示されるペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)の塩基配列を示す。
【図2】同上続きを示す。
【図3】同上続きを示す。
【図4】配列番号2で示されるプラスミドpRS316の塩基配列を示す。
【図5】同上続きを示す。
【図6】同上続きを示す。
【図7】配列番号3で示されるキシラナーゼ遺伝子(XynF3)の塩基配列を示す。
【図8】プライマーAを示す。
【図9】プライマーBを示す。
【図10】プライマーCを示す。
【図11】プライマーDを示す。
【図12】プライマーEを示す。
【図13】プライマーFを示す。
【図14】ベクターpRS316−Ptr2の構築図である。
【図15】発現ベクターYEpPtr2Pro−XynF3の構築図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母のペプチド輸送酵素遺伝子の利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酵母は遺伝子解析が進んだ微生物であり、遺伝子操作によるタンパク質の発現系の宿主としても用いられている。
酵母に遺伝子導入するためのマーカーの付与に、フルオロオロチン酸耐性によるウラシル要求性、α−アミノアジピン酸耐性によるリジン要求性等が利用されている。また、マーカーを有さない醸造用酵母には、薬剤耐性遺伝子を利用した形質転換系が報告されている。
【0003】
しかしながら、酵母への遺伝子導入のためのマーカーの種類は多くないため、更に多くの手法が望まれるところである。
【0004】
また、酵母でのタンパク質発現系のプロモーターとしては、主に解糖系遺伝子のものが使用されている。しかし、従来のプロモーターを利用した場合、清酒醸造などの醸造環境下では発現量が少なくなる場合があるなどの問題点を有している。
【0005】
本発明は、酵母のペプチド輸送酵素遺伝子を利用してこれらの問題点を解決するのにはじめて成功したものであるが、先に本発明者らは、多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母の育種に成功したものの、育種された酵母はペプチド輸送能を欠如していること、ましてや、ペプチド輸送酵素遺伝子の作用の解明には至らなかった(特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3321597号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
酒類製造業、研究機関その他遺伝子組換え技術に関連する業界において、短期間で簡易な酵母の形質転換系の開発と醸造環境下等で高発現するプロモーターの取得は、従来より重要な課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、各方面から検討の結果、本発明者らが先に開発するのにはじめて成功した多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母(特許第3321597号公報)に着目し、その解析を進めたところ、その過程において、育種された酵母は、ペプチド輸送能を喪失していること、喪失したペプチド輸送能は、酵母のペプチド輸送酵素PTR2遺伝子の導入により回復することが判明した。
【0008】
また、PTR2遺伝子のプロモーター領域を醸造環境下において酵素の誘導・発現に用いたところ、一般的に用いられている解糖系遺伝子のものより効率的にタンパク質を発現させることが判明した。
【0009】
更に、通常のタンパク質発現系では、YPD培地を用いて30℃での振とう培養が一般的であることから、当該条件下における解糖系遺伝子とPTR2遺伝子のプロモーターについて検討を加えたところ、PTR2遺伝子のプロモーターは、解糖系のものと比較して遜色のない結果も得られた。
【0010】
本発明は、これらの有用新知見に基づいてなされたものであり、更にPTR2遺伝子の塩基配列の決定にも成功し、そしてプロモーター領域もつきとめ、各種ベクターの構築、PTR2遺伝子の発現も確認し、遂に本発明の完成に至ったものである。
【0011】
本発明は、PTR2遺伝子の利用に係り、その実施態様は以下に例示される。
【0012】
(態様1)
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクター及び/又はPTR2をプラスミドに導入することを特徴とする該ベクターの製造方法。
【0013】
(態様2)
ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)が配列番号1の塩基配列で示されるDNAからなるかあるいはそれを含むものであること、を特徴とする態様1に記載のベクター及び/又はその製造方法。
【0014】
(態様3)
プラスミドpRS316(その塩基配列を配列番号2に示す)にペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のDNAを導入してなること、を特徴とする態様1又は2に記載のベクター及び/又はその製造方法。
【0015】
(態様4)
態様1〜3のいずれか1項にしたがってベクターpRS316−Ptr2を製造する方法及び/又は得られた該ベクター。
【0016】
(態様5)
サッカロマイセス・セレビシエのPTR2遺伝子のプロモーターを導入すること、を特徴とする発現ベクターの製造方法及び/又は得られた発現ベクター。
【0017】
(態様6)
プロモーターが、配列番号1の塩基配列において、塩基番号51〜1499の領域からなるかあるいはそれを含むもの(例えば、塩基番号1〜1499の領域、また、その上流域及び/又は下流域を含む領域、更にPTR2遺伝子自体も使用可能であり、その場合は該遺伝子が有するプロモーターを利用することとなるし、ペプチド輸送酵素遺伝子としての作用も奏される。)であること、を特徴とする態様5に記載の発現ベクターの製造方法、及び/又は得られた発現ベクター。
【0018】
(態様7)
プラスミド(例えば、YEpFLAGといったYEp型プラスミド)にPTR2遺伝子のプロモーター領域を導入すること、を特徴とする態様5又は6に記載の発現ベクター及び/又はその製造方法。
【0019】
(態様8)
更にタンパク質をコードする遺伝子のDNAを導入してなること、を特徴とする態様5又は態様6に記載の発現ベクター及び/又はその製造方法。
【0020】
(態様9)
タンパク質をコードする遺伝子がキシラナーゼ遺伝子XynF3(その塩基配列を配列番号3に示す)であること、を特徴とする態様8に記載の発現ベクター及び/又はその製造方法。
【0021】
(態様10)
態様1〜4のいずれか1項に記載のベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)による酵母の形質転換方法。
【0022】
(態様11)
態様5〜9のいずれか1項に記載の発現ベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーター領域を利用するタンパク質の発現方法。
【0023】
(態様12)
態様9にしたがって発現ベクター(YEpPtr2Pro−XynF3)を構築し、この発現ベクターを用いて酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)を形質転換し、得られた形質転換体を清酒もろみ、麦汁、ブドウ果汁に添加し、キシラナーゼ遺伝子を発現させて、キシラナーゼを分泌せしめること、を特徴とするキシラナーゼの製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を微生物、特に酵母への遺伝子導入のためのマーカーとして利用することができ、短期間で簡易な酵母の新しい形質転換系を開発した点で本発明はきわめて卓越している。
【0025】
また、本発明は、PTR2のプロモーターが醸造環境下で高発現するプロモーターであることも新規に発見し、実際に各種醸造もろみ中でのキシラナーゼ遺伝子の発現も確認しており、PTR2のプロモーターを利用して高発現ベクターを構築し、醸造業界において、例えば、清酒、ビール、ブドウ酒等の効率的生産に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明者らは、先に、多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母の育種にはじめて成功したが(特許第3321597号)、その後の解析において、それにはペプチド輸送酵素をコードする遺伝子が関係することをはじめて見出した。そして更に研究の結果、ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2遺伝子)がマーカー遺伝子として利用できることをはじめて見出し、本発明の完成に至ったものである。
【0027】
ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)の塩基配列は、配列番号1(図1〜3)に示される。PTR2は、その塩基配列が明らかにされたので、先の特許公報(特許第321597号広報)にも記載されている清酒酵母協会9号、同協会7号、同協会10号等の各種市販されている実用酵母あるいは実験室酵母等の酵母の遺伝子から切り出してもよいし、酵母ゲノムDNAを鋳型にしてプライマーを用いてPCR法等によって合成してもよく、その入手に格別の困難性はない。
【0028】
本発明に係るPTR2含有ベクターを作成するには、遺伝子導入の常法によればよく、プラスミドの制限酵素切断部位にPTR2を挿入すればよい。使用するプラスミドに格別の制限はなく、市販品等公知のものも適宜使用可能である。好適なプラスミドの1例としては、pRS316が例示される。このプラスミドpRS316は、文献公知であるだけでなく、インターネット(http://seq.yeastgenome.org/vectordb/vector_descrip/COMPLETE/PRS316.SEQ.html)にて公開されており、入手に格別の困難性はない。プラスミドpRS316の塩基配列は配列番号2(図4〜6)に示される。
【0029】
本発明は、上記のほかに、発現ベクターも提供するものである。発現ベクターを作成するには、遺伝子導入の常法によればよく、プラスミドの制限酵素切断部位にプロモーター遺伝子のDNAを挿入すればよい。
【0030】
発現ベクターのプロモーターとしては、配列番号1の塩基配列の内、塩基番号51〜1499の領域(図中、下線を付し且つ太字にて示す領域)が使用される。この領域は、PTR2のプロモーター領域に包含されるものであって、本発明に係る発現ベクターは、そのプロモーターとしてPTR2のプロモーターをそのままあるいはその一部をあるいはそのプロモーターを含む領域を利用することができ、きわめて特徴的である。
【0031】
したがって、例えば、配列番号1の塩基配列の内、塩基番号1〜1499の領域(図中、下線を付した領域)もプロモーターとして使用することができ、また、PTR2全体をベクターに導入してもよく、その場合はPTR2の構造遺伝子の作用も同時に利用できる。プロモーターは、PTR2から切り出してもよいし、酵母のゲノムDNAを鋳型にしてプライマーを用いてPCR法等によって合成してもよく、その入手に格別の困難性はない。
【0032】
本発明に係る発現ベクターを作成するには、遺伝子導入の常法によればよく、プラスミドの制限酵素切断部位にプロモーター遺伝子のDNAを挿入すればよい。使用するプラスミドに格別の制限はなく、市販品等も適宜使用可能である。好適なプラスミドとしては、YEp型プラスミド、例えば、市販されているプラスミドYEpFLAG(シグマ社)を使用してもよい。
【0033】
このようにして作成した発現ベクターは、そのプロモーターの下流に分泌させたいタンパク質をコードする遺伝子を挿入することにより、目的とするタンパク質発現ベクターとすることができる。目的とするタンパク質をコードする遺伝子としては、例えばキシラナーゼ遺伝子を挙げることができる。その1例としてXynF3遺伝子(その塩基配列を配列番号3(図7)に示す)が例示されるが、本遺伝子は公知であり、入手に困難性はない。
【0034】
このようにして作成したベクター、発現ベクター、タンパク質発現ベクターは、それぞれ常法にしたがって酵母に形質転換し、形質転換体を作成し、それぞれの用途に使用する。
【0035】
本発明の実施にあたり、Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクターの宿主としては、先願の発明、特許第3321597号の多酸・低アミノ酸酒類製造用酵母の育種において利用したBlasticidin Sに対して耐性となった酵母より、ペプチド輸送能を喪失していることを確認した株を宿主として利用できる。
【0036】
また、Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子の上流域約1500bpをプロモーターとするプラスミドの宿主としては、当該プラスミドにウラシル要求性等のマーカーを入れた場合には、ウラシル要求性を示す酵母株を用いることは当然である。
Saccharomyces cerevisiaeのペプチド輸送酵素遺伝子の上流域約1500bpをプロモーターの利用としては、当該プロモーターの下流にマルチクローニング部位を導入することが一般的であるが、タンパク質分泌のためのシグナルペプチド領域のDNA配列を下流におき、更にその下流に酵母菌体外に分泌させたいタンパク質をコードする遺伝子を挿入するためのマルチクローニング部位を導入してもよい。
【0037】
本発明に係る形質転換体の内、キシラナーゼ遺伝子を挿入したタンパク発現ベクターを導入してなる形質転換酵母は、これを清酒もろみ、麦汁、ブドウ果汁等に添加して培養することにより、キシラナーゼ遺伝子を発現し、キシラナーゼを効率的に産生するため、原料の細胞壁が効率的に破壊され、その結果、清酒、ビール、ブドウ酒その他醸造製品の原料利用率を高めることができる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
(ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクターの作成)
pRS316(A system of shuttle vectors and yeast host strains designed for efficient manipulation of DNA in Saccharomyces cerevisiae,Robert S.Sikorski and Philip Hieter.Genetics.122,19−27,(1989):その塩基配列を配列番号2(図4〜6)に示す)の制限酵素XhoI及びXbal部位に、酵母X2180AのゲノムDNAよりプライマーA(配列番号4(図8):PTR2の上流域1500−1479に相当する配列を含む)とプライマーB(配列番号5(図9):PTR2の下流域377−346に相当する配列を含む)を用いたPCR反応により増幅したPTR2遺伝子を含むDNA断片を挿入し、プラスミドpRS316−Ptr2(図14)を作成した。
【0040】
(実施例2)
(pRS316−Ptr2による酵母の形質転換)
Blasticidin Sに対して耐性となった清酒酵母協会9号に、pRS316−Ptr2による形質転換を行った。形質転換処理した酵母はYNB−peptide plate(0.7% yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate,2% glucose,0.1% phe−ala peptide,2% agar)に塗布し、30℃でコロニーを生育させた。その結果、pRS316−Ptr2、1マイクログラム当たり20コロニーの形質転換株が得られた。
【0041】
ブラスチシジンS耐性協会9号清酒酵母は、次のようにして作成した。すなわち、協会9号清酒酵母を、YPD培地(イーストエキス1% ペプトン2% グルコース2%)に接種し、増殖させた後、無菌的に集菌洗浄し、その0.1mlをブラスチシジンS(0.05mg/ml)を含むYPD寒天培地に塗布し、30℃で培養し、生育したコロニーをブラスチシジンS(0.05mg/ml)を含むYPD寒天培地に更に植え次いで、作成した。
【0042】
(実施例3)
(ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーターを含むベクターの作成)
酵母S288CのゲノムDNAよりプライマーC(配列番号6(図10):PTR2の上流域1447−1428に相当する配列を含む)とプライマーD(配列番号7(図11):PTR2の上流域32−1に相当する配列を含む)を用いたPCR反応によりPTR2遺伝子のプロモーターDNA(配列番号1において、塩基番号51−1499の領域:図中、下線を付し且つ太字で示した領域)を調製した。
【0043】
麹菌アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)RIB40のcDNAよりプライマーE(配列番号8:図12)とプライマーF(配列番号9:図13)を用いたPCR反応により増幅したキシラナーゼ遺伝子(XynF3遺伝子のDNA断片を調製した(配列番号3:図7)
【0044】
市販のプラスミドYEpFLAG(シグマ社より販売)のADH2のプロモーター領域を調製したPTR2遺伝子のプロモーターDNAに置き換え、FLAG及びマルチクローニング領域を、調製したXynF3遺伝子のDNA断片をXynF3タンパク質が酵母の菌体外に分泌されるように置き換え、YEpPtr2Pro−XynF3(図15)を作成した。
【0045】
(実施例4)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母による培地中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF3(本ベクター)を酵母BJ3505株に形質転換し、形質転換株をYPD培地(1% yeast extract,2% peptone,2% glucose)に植菌し30℃で培養し、菌体外のキシラナーゼ活性を測定した。なお、対照としてYEpPtr2Pro−XynF3のプロモーター領域をADH1(アルコールデヒドロゲナーゼ1)若しくはADH2(アルコールデヒドロゲナーゼ2)のプロモーターに置き換えたもの(各々YEpAdh1Pro−XynF3(対照1)、YEpAdh2Pro−XynF3(対照2))を作成し、同様の実験を行った。培養液中のキシラナーゼ活性(U)測定結果を表1に示す。
【0046】
(表1)
――――――――――――――――――――――――――――――――
培養時間(時間) 本ベクター 対照1 対照2
――――――――――――――――――――――――――――――――
16 8.7 7.6 1.48
24 10.5 9.2 1.48
――――――――――――――――――――――――――――――――
但し、活性の表示は、(U/min/ml)
【0047】
この結果から、Ptr2のプロモーターは、高発現系によく用いられるADH1やADH2のプロモーターと遜色のないことが判明した。
【0048】
(実施例5)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母による清酒もろみ中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF1の2μ領域を除いたベクターを清酒酵母協会701号のトリプトファン要求性株T1に形質転換した株(T1−Ptr2Pro−XynF3)を造成した。また、YEpAdh2Pro−XynF3も同様に酵母T1株に形質転換し、株(T1−Adh2Pro−XynF3)を造成した。なお、宿主酵母T1株は、上記K7011号のトリプトファン、ウラシル要求性株UT1株のウラシル要求性を相補した株である。
【0049】
当該形質転換株を用いて清酒の仕込試験を行った。その結果、清酒もろみ中に、T1−Ptr2ProXynF3株の場合は、10日目以降にはキシラナーゼ活性が10Uを越え、もろみ末期まで高いレベルを維持したが、T1−Adh2ProXynF3株は全期間を通して活性が認められなかった。
【0050】
(実施例6)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母による麦汁中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF1を清酒酵母協会701号のトリプトファン要求性株T1に形質転換した株(T1−YEpPtr2Pro−XynF3)を造成した。また、YEpAdh2Pro−XynF3も同様に酵母T1株に形質転換し、株(T1−YEpAdh2Pro−XynF3)を造成した。
【0051】
二条大麦麦芽を用いて、糖度11の麦汁を調製し、当該形質転換株添加による仕込試験を行った。6日間15℃で培養した結果、麦汁発酵液中に、T1−YEpPtr2Pro−XynF3株の場合は、キシラナーゼ活性が3.6U/ml認められたが、T1−YEpAdh2Pro−XynF3株は活性が認められなかった。
【0052】
(実施例7)
(YEpPtr2Pro−XynF3形質転換酵母によるブドウ果汁中へのキシラナーゼ分泌)
YEpPtr2Pro−XynF1を清酒酵母協会701号のトリプトファン要求性株T1に形質転換した株(T1−YEpPtr2Pro−XynF3)を造成した。また、YEpAdhPro−XynF3も同様に酵母T1株に形質転換し、株(T1−YEpAdh2Pro−XynF3)を造成した。
【0053】
甲州ブドウを用いて、糖度21のブドウ果汁を調製し、当該形質転換株添加によるブドウ果汁発酵試験を行った。6日間15℃で培養した結果、ブドウ果汁発酵液中に、T1−YEpPtr2Pro−XynF3株の場合は、キシラナーゼ活性が5U/ml認められたが、T1−YEpAdh2Pro−XynF3株は活性が認められなかった。
【0054】
なお、実施例5、6及び7いずれの場合も、発酵終了時の酵母数、アルコール濃度に顕著な差は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】配列番号1で示されるペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)の塩基配列を示す。
【図2】同上続きを示す。
【図3】同上続きを示す。
【図4】配列番号2で示されるプラスミドpRS316の塩基配列を示す。
【図5】同上続きを示す。
【図6】同上続きを示す。
【図7】配列番号3で示されるキシラナーゼ遺伝子(XynF3)の塩基配列を示す。
【図8】プライマーAを示す。
【図9】プライマーBを示す。
【図10】プライマーCを示す。
【図11】プライマーDを示す。
【図12】プライマーEを示す。
【図13】プライマーFを示す。
【図14】ベクターpRS316−Ptr2の構築図である。
【図15】発現ベクターYEpPtr2Pro−XynF3の構築図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクター。
【請求項2】
ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)が配列番号1に示す塩基配列からなるものであること、を特徴とする請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
プラスミドpRS316(その塩基配列を配列番号2に示す)にペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のDNAを導入してなること、を特徴とする請求項1又は2に記載のベクター。
【請求項4】
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーターを含有してなる発現ベクター。
【請求項5】
プロモーターが、配列番号1において、塩基番号51〜1499の領域からなるものであること、を特徴とする請求項4に記載の発現ベクター。
【請求項6】
YEp型プラスミドにペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーター領域を導入してなること、を特徴とする請求項4又は5に記載の発現ベクター。
【請求項7】
更にタンパク質をコードする遺伝子のDNAを導入してなること、を特徴とする請求項6に記載の発現ベクター。
【請求項8】
タンパク質をコードする遺伝子がキシラナーゼ遺伝子XynF3(その塩基配列を配列番号3に示す)であること、を特徴とする請求項7に記載の発現ベクター。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)による酵母の形質転換方法。
【請求項10】
請求項4〜8のいずれか1項に記載の発現ベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーター領域を利用するタンパク質の発現方法。
【請求項1】
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)を含むベクター。
【請求項2】
ペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)が配列番号1に示す塩基配列からなるものであること、を特徴とする請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
プラスミドpRS316(その塩基配列を配列番号2に示す)にペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のDNAを導入してなること、を特徴とする請求項1又は2に記載のベクター。
【請求項4】
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーターを含有してなる発現ベクター。
【請求項5】
プロモーターが、配列番号1において、塩基番号51〜1499の領域からなるものであること、を特徴とする請求項4に記載の発現ベクター。
【請求項6】
YEp型プラスミドにペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーター領域を導入してなること、を特徴とする請求項4又は5に記載の発現ベクター。
【請求項7】
更にタンパク質をコードする遺伝子のDNAを導入してなること、を特徴とする請求項6に記載の発現ベクター。
【請求項8】
タンパク質をコードする遺伝子がキシラナーゼ遺伝子XynF3(その塩基配列を配列番号3に示す)であること、を特徴とする請求項7に記載の発現ベクター。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)による酵母の形質転換方法。
【請求項10】
請求項4〜8のいずれか1項に記載の発現ベクターを用いること、を特徴とするペプチド輸送酵素遺伝子(PTR2)のプロモーター領域を利用するタンパク質の発現方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−238852(P2006−238852A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−62919(P2005−62919)
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月8日 日本醸造学会主催の「平成16年度 日本醸造学会大会」において文書をもって発表
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【出願人】(505084273)アサヒビール株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月8日 日本醸造学会主催の「平成16年度 日本醸造学会大会」において文書をもって発表
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【出願人】(505084273)アサヒビール株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
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