説明

ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
【0002】本発明は、半翅目ヘリカメムシ科に属するホソヘリカメムシ(学名Riptortus clavatus)及び膜翅目トビコバチ科に属するカメムシタマゴトビコバチ(学名Ooencyrtus nezarae)の誘引剤に関するものであり、詳細には、ホソヘリカメムシの他に、該ホソヘリカメムシの天敵であるカメムシタマゴトビコバチに対しても誘引効果を有し、特にホソヘリカメムシの防除に有効な誘引剤に関する。
【0003】
【従来の技術】
【0004】半翅目ヘリカメムシ科に属するホソヘリカメムシの成虫は、日本をはじめ東アジア一帯で発生して大豆その他豆類に大害を与えている。
【0005】このホソヘリカメムシによる被害を予防ないし防除することは、従来の殺虫剤によっては、非常に困難であり、このような現状から、この害虫を効果的に防除するために、その発生を的確に知るための予察手段や、従来の殺虫剤とは異なる新しいタイプの防除手段が強く望まれている。
【0006】一方、これまで、多くの害虫について、性フェロモンや集合フェロモンの化学構造が明らかにされた。
【0007】また、害虫の種類によっては、これらフェロモン剤を用いてその発生消長調査が効率的に行えるようになり、さらに、これらの誘引物質を用いて、大量の成虫を捕獲したり、雌雄の配偶行動を錯乱したりすることによって害虫を防除する方法も開発されつつある。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】しかしながら、ホソヘリカメムシに対して誘引効果を有する上に、該ホソヘリカメムシの天敵であるカメムシタマゴトビコバチに対しても誘引効果を有し、特にホソヘリカメムシの防除に有効な誘引剤は、知られていない。
【0010】従って、ホソヘリカメムシに対して誘引効果を有する上に、該ホソヘリカメムシの天敵であるカメムシタマゴトビコバチに対しても誘引効果を有し、特にホソヘリカメムシの防除効果に優れた誘引剤が望まれていた。
【0011】
【課題を解決するための手段】
【0012】本発明者らは、このような背景のもとに、ホソヘリカメムシの集合フェロモンの研究を行い、ホソヘリカメムシ雄成虫から、その雌雄成虫および二齢幼虫に対して誘引性を有する成分を取り出し、その活性成分物質の化学構造を解明し、その化学構造により合成した化合物が、ホソヘリカメムシ雌雄成虫および二齢幼虫に対して有効な誘引作用を示すこと、その上、同時にホソヘリカメムシの卵に産卵寄生することで知られ、ホソヘリカメムシの最大の天敵でもあるカメムシタマゴトビコバチに対しても有効な誘引作用を示すことを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0013】即ち、本発明の課題を解決するための手段は、下記のとおりである。
【0014】第1に、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを、活性成分として含有する、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【0015】第2に、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=0.5〜1.5:4.0〜6.0:0.5〜1.5となるように調製した化合物を含有する、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【0016】第3に、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを活性成分として含有する化合物を、デバイスで担持した、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【0017】第4に、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=0.5〜1.5:4.0〜6.0:0.5〜1.5となるように調製した化合物を、デバイスで担持した、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【0018】上記の第2および第4について、E2HZ3H,E2HE2H,MIの混合割合は、E2HZ3H:E2HE2H:MI=0.5〜1.5:4.0〜6.0:0.5〜1.5に、望ましくは、E2HZ3H:E2HE2H:MI=1:5:1となるようにする。
【0019】本発明にかかる誘引剤の活性成分である(E)−2−ヘキセニル[Hexenyl](Z)−3−ヘキセノエート[hexenoate],(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレート[Myristyl isobutyrate]は、ホソヘリカメムシの雌雄成虫および二齢幼虫に対して強い誘引作用と行動刺激作用を示す。
【0020】また、本発明にかかる誘引剤の活性成分である(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートは、カメムシタマゴトビコバチに対しても強い誘引作用と行動刺激作用を示す。
【0021】本発明にかかる誘引剤を調製するには、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを用いて、通常性誘引剤の調製に際して適用されている製剤化技術を利用して行うことができる。
【0022】例えば、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを、そのまま、またはジクロロメタン等の有機溶媒を用いて溶液とし、この溶液を適当なデバイス、例えば、ポリエチレン等のプラスチックやゴム等に吸着させるか、プラスチック製のカプセルや毛細態様に応じた適切な材料あるいは器具を用いて実用的な形態の誘引剤とすることができる。
【0023】
【実施例1】
【0024】以下に、本発明にかかる誘引剤の一実施例について説明する。
【0025】(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=1:5:1となるようにすることで、本発明に係る誘引剤1を調製した。
【0026】
【実施例2】
【0027】実施例1と同様に、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=1:5:1となるようにすることで、化合物を調製した。
【0028】この化合物100mgを、エチレン−酢酸ビニールの共重体から成るペレットのデバイスに含浸させることで、本発明にかかる誘引剤2を調製した。
【0029】
【実施例3】
【0030】実施例1と同様に、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=1:5:1となるように、化合物を調製した。
【0031】この化合物100mgを、ES繊維とポリエチレンフィルムから成るデバイスに含浸させることで、本発明にかかる誘引剤3を調製した。
【0032】
【試験例1】
【0033】誘引成分物質の同定を行うため、成分物質を、ガスクロマトグラフに直結した生物電気検出器を用い、触角が活性物質を受容した時に発生する神経電位の変化を検出する方法によって追跡した。
【0034】野外採集後、大豆の莢で飼育されたホソヘリカメムシの雄成虫をガラス製容器に収容し、清浄な空気を供給しつつ雄成虫の周囲の空気を、多孔性ポリマービーズ(テナックス,Tenax TA)を充填したカラムに、1日間通じた。
【0035】その直後、テナックスカラムにヘキサンを通じることによって抽出物を得た。
【0036】この抽出物をガスクロマト分析したところ、多数の成分が認められた。
【0037】そこで、ガスクロマトグラフィー・直結触角電位検出器法(GC−EAD)を用いて、活性のある成分を調べたところ、図1に示すように、4つのEAD活性なピークが認められた。
【0038】この4つの成分は、HP−1とDB−waxカラムを用いて、ガスクロマトグラフ直結質量分析計(GC−MS分析)に注入して分析したところ、図1に示すように、それぞれ、(E)−2−ヘキセニル ヘキセノエート:ピークI,(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート:ピークII,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート:ピークIII,ミリスチル イソブチレート:ピークIVと同定された。
【0039】このうちピークIは、ホソヘリカメムシの雌雄成虫から分泌される警報フェロモンで,残りの三成分(ピークII,III,IV)は、集合フェロモンであることが判明した。
【0040】別途合成された(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを比較したところ、活性天然物と一致した。
【0041】以上の結果から、半翅目ヘリカメムシ科に属するホソヘリカメムシに対してきわめて高い誘引作用を示す物質(天然物)は、(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートであることが決定された。
【0042】なお、化学合成により得られた(E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを、ガスクロマトグラフィー・直結触角電位検出器法(GC−EAD)に付したところ、明確にEADの応答が記録できた。
【0043】
【試験例2】
【0044】本発明区として、上記実施例2で得た誘引剤2を入れたプラスチック容器を10個用意した。
【0045】また、対照区1として、ホソヘリカメムシの雄成虫(10匹)を大豆や水と一緒に入れたプラスチック容器を、さらに、対照区2として、中に何も入れない空のプラスチック容器を、各10個用意した。
【0046】上記で用意した各区の10個のプラスチック容器を、それぞれ手製の水盤型捕虫器にセットして、各区について10個ずつのトラップを用意し、各トラップを、熊本県の大豆畑に放置し、同一の環境条件下で捕虫試験を行った。
【0047】試験の結果は、下記のとおりであった。
【0048】本発明区は、10個のトラップの合計で、ホソヘリカメムシの二齢幼虫を100匹、ホソヘリカメムシの雌成虫を90匹、ホソヘリカメムシの雄成虫を120匹捕虫できた。
【0049】対照区1は、10個のトラップの合計で、ホソヘリカメムシの二齢幼虫を70匹、ホソヘリカメムシの雌成虫を128匹、ホソヘリカメムシの雄成虫を110匹捕虫できた。
【0050】対照区2は、10個のトラップの合計で、ホソヘリカメムシの二齢幼虫を0匹、ホソヘリカメムシの雌成虫を0匹、ホソヘリカメムシの雄成虫を0匹、すなわち、1匹も捕虫できなかった。
【0051】上記結果に示すように、本発明区は、対照区1と同様に、ホソヘリカメムシに対して、強い誘引力を示した。
【0052】
【試験例3】
【0053】本発明区として、実施例1で得た誘引剤1(50mg)を装着した円筒型の粘着捕虫器を10個用意した。
【0054】該円筒型の粘着捕虫器は、ホソヘリカメムシを捕捉しない様に工夫したものである。
【0055】また、対照区1として、誘引剤を装着しない本発明区と同様の粘着捕虫器を10個用意し、さらに、対照区2として、誘引剤を装着しない東京A&S社製の粘着式吸引捕虫器を10個用意した。
【0056】各捕虫器を、熊本県の大豆畑に、1993年の9月21日から10月17日迄の28日間放置し、同一環境条件下で、カメムシタマゴトビコバチの捕虫試験を行い、捕虫器1個当たりの平均捕虫匹数を求めた。
【0057】試験の結果は、下記のとおりであった。
【0058】本発明区は、カメムシタマゴトビコバチの雌成虫を18匹、カメムシタマゴトビコバチの雄成虫を1匹捕虫できた。
【0059】対照区1は、カメムシタマゴトビコバチの雌成虫を1匹、カメムシタマゴトビコバチの雄成虫を0匹捕虫できた。
【0060】対照区2は、カメムシタマゴトビコバチの雌成虫を3匹、カメムシタマゴトビコバチの雄成虫を5匹捕虫できた。
【0061】上記結果に示すように、対照区2では、捕虫されたカメムシタマゴトビコバチについて、雌と雄の間に有意差は認められなかった。
【0062】これに対して、本発明区は、圧倒的に雌が多く捕捉された。
【0063】以上の試験例2及び試験例3の結果をまとめて考察すると、本発明に係る誘引剤は、半翅目ヘリカメムシ科に属するホソヘリカメムシに対して誘引効果を示すだけでなく、ホソヘリカメムシの天敵(卵に寄生する)である膜翅目トビコバチ科に属するカメムシタマゴトビコバチの特に雌に対しても極めて高い誘引効果を有することが確認された。
【0064】
【発明の効果】
【0065】本発明の誘引剤によると、ホソヘリカメムシに対して誘引効果を有する上に、該ホソヘリカメムシの天敵であるカメムシタマゴトビコバチに対しても誘引効果を有するため、特にホソヘリカメムシの防除効果に優れている。
【図面の簡単な説明】
【図1】ガスクロマトグラフィーによる分析結果を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】 (E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを、活性成分として含有する、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【請求項2】 (E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=0.5〜1.5:4.0〜6.0:0.5〜1.5となるように調製した化合物を含有する、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【請求項3】 (E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート,(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート,ミリスチル イソブチレートを活性成分として含有する化合物を、デバイスで担持した、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。
【請求項4】 (E)−2−ヘキセニル(Z)−3−ヘキセノエート(E2HZ3Hとする),(E)−2−ヘキセニル(E)−2−ヘキセノエート(E2HE2Hとする),ミリスチル イソブチレート(MIとする)を、E2HZ3H:E2HE2H:MI=0.5〜1.5:4.0〜6.0:0.5〜1.5となるように調製した化合物を、デバイスで担持した、ホソヘリカメムシ及びカメムシタマゴトビコバチの誘引剤。

【図1】
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【特許番号】第2520084号
【登録日】平成8年(1996)5月17日
【発行日】平成8年(1996)7月31日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−19834
【出願日】平成6年(1994)1月21日
【公開番号】特開平7−206606
【公開日】平成7年(1995)8月8日
【出願人】(391030284)農林水産省 蚕糸・昆虫農業技術研究所長 (2)
【出願人】(391020584)富士フレーバー株式会社 (16)