ホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法
【課題】ホルムアルデヒドの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の持続性が長いホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】そば殻炭を含むことを特徴とするホルムアルデヒド吸着材。
【解決手段】そば殻炭を含むことを特徴とするホルムアルデヒド吸着材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、住宅やビルなどで建材、家具、壁紙などの接着剤や溶剤に使用されているホルムアルデヒドやトルエン、キシレンなどの揮発性有機化合物などが原因となり、目や喉の痛み、頭痛などの症状が出るシックハウス症候群が発生し、社会問題となっている。
【0003】
最近では、食器棚や机などの特に輸入家具、防虫防塵処理されたカーペット・寝具・カーテン、さらには法規制以前の建材や壁紙などからホルムアルデヒドの放散が依然として認められている。さらに建築後5年になるある建物の会議室でも、夏季から初秋にかけて土曜日の朝一番のホルムアルデヒド濃度の測定値は0.1PPMから0.2PPMと、厚生労働省が定めているホルムアルデヒドの室内環境濃度指針値の0.08PPM(100μg/m3:25℃の場合)を超過しており、使用に際して換気などが依然として必要な状態となっている。
【0004】
このホルムアルデヒドは、尿素とホルムアルデヒドから製造された接着剤が乾燥する過程で大気中に放散され、また十分に乾燥した後も加水分解して再びホルムアルデヒドを生成して大気中に放散されるのがおもな原因と考えられる。
【0005】
本発明者らは、これまでに「そば殻」をふくむ自然素材によるホルムアルデヒドの吸着・削減に関する研究を行ってきた。自然素材を中心に研究を進めた理由は、人工の合成化学物質を使用してホルムアルデヒド対策が出来ても、合成化学物質そのものへの不安、また自然素材もあまり加工しすぎると経済性などが消失するからである。
【0006】
このような背景で、未加工のそば殻は、桧や杉(鋸屑を適用)、腐植土などの自然素材と比較してホルムアルデヒドの良好な吸着効果が認められることを、発明者らは研究の結果得ることができた(例えば「非特許文献1」参照)。
【0007】
しかしながら、そばの収穫からの時間(保管時間)の経過につれて、ホルムアルデヒド吸着機能の劣化が表れる傾向があった。
【0008】
一方、そば殻は枕や土壌改良剤としての利用もわずかに見られるようになっているが、そばアレルギーの問題もあり、ごく一部が利用されているにすぎず、国内のそばの生産地では、排出されるそば殻の廃棄処理に有効な方法もなく、廃棄処理コストの負担も大きくなってきて問題となっている。
また、そば殻を炭化したそば殻炭の土壌改良剤としての利用も最近では見られるようになっているが、未だわずかであり、そば殻の利用は不十分な状態であり、有効利用が望まれている。
【0009】
更に、一般的な炭や活性炭によるホルムアルデヒドの吸着に関する報告や研究が存在し、ある程度の吸着効果は認められるものの、未だ満足のいく状態ではなく、とくに効果の持続性の詳細については明らかでないといった問題点が残されていた。
【非特許文献1】第43回環境工学研究フォーラム講演集・2006、頁4−6
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、ホルムアルデヒトの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の持続性が長いホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法を提供することを課題とする。また本発明はそば殻の有効活用を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の特徴は、そば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材を要旨とする。
【0012】
本発明の第2の特徴は、側面に複数の小孔が穿られた容器内にそば殻を収容する工程と、容器を窯内に配置しそば殻を300〜400℃で40〜50時間加熱してそば殻炭を得る工程と、そば殻炭を7日〜10日かけて自然冷却する工程と、を有するホルムアルデヒド吸着材を要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ホルムアルデヒトの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の持続性が長いホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法が提供される。本発明によればそば殻の有効活用を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、実施形態を挙げて本発明の説明を行うが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。尚、図中同一の機能又は類似の機能を有するものについては、同一又は類似の符号を付して説明を省略する。
【0015】
[ホルムアルデヒド吸着材]
本発明者らは、ホルムアルデヒドの吸着によるシックハウス症候群の解消とそば殻の有効利用とを図るため、誠意研究を重ねた結果、木炭製造用の通常の炭焼き釜でそば殻を炭化してそば殻炭を製造し、ホルムアルデヒドの吸着効果を実験により計測したところ、極めて顕著な効果を得ることができた。即ち本実施形態によれば、そば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材が提供される。尚、そば殻炭によりホルムアルデヒドを吸着させようとする既往の報告や研究は見られない。
【0016】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材は、表面にホルムアルデヒドを吸着する官能基、例えばCOOH官能基を備えることが好ましい。そば殻炭の表面にCOOH官能基を付与するには、そば殻を炭化することに加え、その他の方法により付与しても構わない。
【0017】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材の形態としては、そば殻を炭化して得られたそば殻炭を粉砕等の加工を施すことなく、炭化処理後そのままの形態で使用することができる。
【0018】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒト吸着材の主な物性を挙げると以下の通りである。K2O及びCaOを全質量基準で80質量%以上含む。また、Fe2O3をさらに含んでもよい。またBET比表面積が137.3〜167.9m2/g、細孔容積が0.13〜0.15cc/g、吸着側細孔直径が3.21〜3.93nmである。
【0019】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒト吸着材及びそれを用いた吸着方法によれば、ホルムアルデヒトの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の劣化が少なく効果の持続性が長い。また、高濃度のホルムアルデヒトでも本実験で示されるように吸着効果が良好である。さらに、本発明に係るそば殻炭を使用したホルムアルデヒト吸着材及び吸着方法によれば、廃棄処理が問題となっていたそば殻の有効利用が可能となる。また、そば粉に含まれる「たんぱく」の中で、分子量1万6千のたんぱく質が重いアレルギーの原因物質である。そば殻には、このたんぱくは少なく、また炭化するとさらに減少していると考えられることから、そば殻炭によるアレルギー問題への不安はない。
【0020】
[ホルムアルデヒド吸着材(そば殻炭)の製造方法]
まず、ホルムアルデヒド吸着材の製造に用いられるそば殻や容器等について説明する。そば殻としては、特に制限はなく、日本の在来種のそば殻を用いることができる。例えば、熊本県南阿蘇村の休耕田で栽培された在来種を用いることができる。そば殻を収容する容器としては、特に制限はないが、側面に複数の小孔を穿ったトタン製の18L容器を用いることができる。窯としては、特に制限はないが、木炭製造用の炭窯を用いることができる。
【0021】
(イ)側面に複数の小孔が穿られた容器内にそば殻を収容する。
【0022】
(ロ)容器に蓋をした後に容器を窯内に配置する。図4に示すように容器2を取り囲むように木材3a〜3hを容器に立てかける。そば殻だけを炭化すると灰になる傾向があるが、容器の周囲に木材3a〜3hを配置することでそば殻が灰になることを防止できる。尚、木材3a〜3hに代えて竹材等であっても構わない。
【0023】
(ハ)そば殻を300〜400℃で40〜50時間加熱してそば殻炭を得る。容器に入れたそば殻の容積が、加熱後に60容量%程度まで減少するよう、加熱温度や加熱時間を調整することが好ましい。
【0024】
(ニ)そば殻炭を7日〜10日かけて自然冷却する。
【0025】
以上によりそば殻炭を得ることができる。
【0026】
[そば殻炭等の物理的特性]
活性炭などの吸着材は、通常2〜3回繰り返し使用すると、ホルムアルデヒドの吸着能が実用に耐えられない程度にまで低下する。ところが、実施形態に係るホルムアルデヒド吸着材は、後に実施例の欄で図1を用いて説明するように13回も繰り返し使用することができる。
【0027】
そば殻炭のホルムアルデヒドに対する優れた吸着能の要因は、炭化により生物的要素が失われたことより、物理的吸着もしくは化学的吸着が考えられる。物理的吸着は、炭化物の細孔内の小さなクラックに物質がうまく納まることで生じ、化学的吸着は、類似の構造を有する物質同士はなじみやすく集合(吸着)しやすい傾向があることで生じると考えられている。以下、実施形態にかかるホルムアルデヒド吸着材の吸着能について、活性炭等との比較において検討した。
【0028】
比表面積等:ホルムアルデヒドの物理的吸着を判断する観点から、そば殻炭、活性炭、高品位炭、参考として一般炭の「炭」としての特性である比表面積、細孔容積、吸着側細孔直径の分析を高速比表面積細孔分布測定装置により行なった。その結果を表1に示す。
【表1】
【0029】
表1から分かるように、そば殻炭は、高品位炭に近い特性を有しており、比表面積は一般炭の10倍程度、活性炭の1/10倍程度、吸着側細孔直径(平均値)は一般炭と活性炭の中間程度であった。しかし細孔容積は活性炭、一般炭についで最も小さかった。
【0030】
電子顕微鏡写真:走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の断面図、右側面図、左側面図をそれぞれ図5、図6、図7に示す。図5から分かるように、そば殻炭の表面は凸凹に富み、多くの襞や孔隙をもち、破断端にも導管のごとき孔隙を有していることが確認された。また、そば殻炭の表面と裏面の性状は大きく異なっていた。
【0031】
成分分析:実施形態に係るそば殻炭と、参考として活性炭について、蛍光X線分光分析によって分析した結果を全質量基準にて表2(測定対象とした全物質に対する割合:酸化物)に示す。
【表2】
【0032】
表2より、そば殻炭はカリウム(K)とカルシウム(Ca)の割合が高く、それぞれ45.3%、42.8%、次に鉄(Fe)の6.7%であった。活性炭はFeが最も多く49.8%、次に塩素(Cl)、Caの順であった。
【0033】
上記結果より、比表面積などの物理的特性において、そば殻炭は活性炭等よりも優位性が見られなかったことより、そば殻炭の優れた吸着能は表1に示されるような物理的特性に基づくものではないと考えられる。尚、ホルムアルデヒドは分子量が非常に小さく、揮発性が非常に高い等の性質からも物理的な作用による吸着保持は難しいと考えられる。
【0034】
成分分析の結果において、そば殻炭は活性炭に比してKとCaの割合が高いことから、理由は定かではないが、このような成分が吸着能の一因として考えられる。
【0035】
物質には一般的に似た構造を持つ物同士はなじみやすく集まりやすい傾向がある。例えば、揮発性有機化合物のように芳香環(ベンゼン環)を持つ物質が活性炭で良く吸着保持されるのは、(1)活性炭表面にも芳香環があるため上記の物質特性がうまく生かされるという考え方、(2)活性炭の細孔内に存在する小さなクラックに芳香環がうまく収まる(吸着側細孔直径の分布の把握が必要)という考え方があることが一般的に知られている。
【0036】
以上を総合判断すると、ホルムアルデヒドの吸着能が良好であった理由は、ある種の官能基、例えばCOOH官能基がそば殻炭の表面に存在したことによるものと考えられる。
【実施例】
【0037】
実施形態にかかるホルムアルデヒド吸着材(そば殻炭)の優れたホルムアルデヒド吸着能を調べるべく、他の吸着材と対比しつつ以下の条件で実験を行った。
【0038】
A、吸着材
(そば殻炭(実施例))
実施形態にかかるホルムアルデヒド吸着材の製造方法に準じて、そば殻として熊本県南阿蘇村の休耕田で栽培された在来種を用い、火入れ後2日間加熱し、その後7日かけて自然冷却するという条件で、図8に示すような炭化後未処理の形態のそば殻炭からなるホルムアルデヒド吸着材を製造した。図8中のシャーレの外法直径は100mmであった。その際、そば殻を収容したトタン製の容器としては、数回使用し表面が赤く錆びついたものを使用することにより、亜鉛の影響はないものとした。
【0039】
(活性炭(比較例))
比較例として図9に示す特級試薬の粒状(ペレット)の活性炭を使用した。図9中のシャーレの外法直径は100mmであった。その際、ホルムアルデヒドの吸着を目的とする活性炭には、物理的な吸着に加えて、薬液添着方式によりガス処理を行ない活性炭表面における添着薬液とホルムアルデヒドとの化学反応(化学吸着)を利用するものがあるが、本比較例ではこうした特殊な加工を施していない通常の活性炭を使用した。
【0040】
(高品位炭(比較例))
主として都市で発生した建築廃木材等のリサイクルチップを850℃以上の高温で炭化させた図10に示す高品位炭を用いた。図10中のシャーレの外法直径は100mmであった。
【0041】
B、実験法
ホルムアルデヒドの吸着効果を見るべく以下の条件で実験を行った。
【0042】
(1)実験装置
図11に示すような、上部に開口部を備える10L容のポリエチレン製のタンク4と、タンク4の上部に取り外し可能に取り付けられた蓋5と、タンク4の外部と内部とが連通するように蓋5に貫通して設けられ、タンク4の外部側一端に実験装置内のホルムアルデヒド濃度測定装置に連通可能なゴム管を備えるポリエチレン製の吸引用パイプ6と、タンク4の外部と内部とが連通するように蓋5に貫通して設けられ、タンク4側の一端に圧力調整用の容量2L程度の高密度ポリエチレン袋9が取り付けられたポリエチレン製の圧力調整パイプ8と、ホルムアルデヒド11を収容可能とするタンク4の底部に配置されたシャーレ10aと、吸着材12を収容可能とするタンク4の底部に配置されたシャーレ10bと、を有する実験装置1を用いた。
【0043】
本発明者によるこれまでの実験の結果から測定用のホルムアルデヒドの吸引位置による測定値の差異は認められないことから、実験装置1内のホルムアルデヒド濃度を測定する吸引用パイプ6の一端は実験装置1の内部の上部に設置した。尚、実験条件を一定に保つことのできる実験装置であれば、上記実験装置1に制限されることなく種々の実験装置を用いることができるが、実験装置からのホルムアルデヒドの漏れを防止でき、かつホルムアルデヒドの吸着の少ない材質の容器を用いることが望ましい。
【0044】
本発明者によるこれまでの実験において、タンク4と、蓋5と、タンク4と蓋5の間に配置されたパッキンと、吸引用パイプ6と、圧力調整パイプ8と、高密度ポリエチレン袋9と、シャーレ10a、10bと、によりホルムアルデヒドが吸着されたか否かを吸着実験後に確認したところ、ホルムアルデヒドの吸着はほとんど認められなかった。しかし、実験データの評価に際しては、吸着材12を用いなかったことを除きその他の条件は全て同一に設定された実験装置1内のホルムアルデヒド濃度(ブランク値)との比較を行い、吸着効果などを把握した。
【0045】
(2)ホルムアルデヒドの初期設定濃度及び分析法
ホルムアルデヒド濃度の厚生労働省の指針値は0.08PPMであるが、吸着材のホルムアルデヒド吸着能のばらつき、また吸着の優劣や特徴などを把握することが困難と考えられたことから、以下に説明するホルムアルデヒドの吸着実験1、2においては初期ホルムアルデヒドの設定濃度を10PPMとした。
【0046】
実験装置内のホルムアルデヒド濃度の分析は、簡単かつ迅速に比較的正確な測定ができる以下に示す「株式会社、ガステック製の検知管」を用いた。尚、定量下限値は0.1PPMである。
【0047】
No.91:2〜20PPM
1回の測定につき200mLの気体を吸引
No.91L:0.1〜5.0PPM
1回の測定につき500mLの気体を吸引
No.91M:20〜2000PPM
1回の測定につき100mLの気体を吸引
PPM=(μg/m2)×22.4/M×(273+T)/273×1013/P×1/1000
(式中、Mはホルムアルデヒドの分子量(=30.0)、Tは測定時の絶対温度(K)、Pは測定箇所の気圧(HPa)を表わす。)
(3)ホルムアルデヒドの吸着実験1(対比実験)
吸着材12として実施例にかかるそば殻炭、比較例にかかる活性炭、高品位炭、参考として竹炭を用いて、以下の(イ)〜(ト)の工程を行うことによりホルムアルデヒド吸着実験を行った。そして、各試料が何回繰り返し使用できるか確認した。
【0048】
(イ)図11の実験装置1を用意した。
【0049】
(ロ)実験装置1内のホルムアルデヒドの初期設定濃度が10PPMになるように、ホルムアルデヒド試薬瓶から必要量をマイクロシリンジで直接分取してシャーレ10aに垂らした。その後、シャーレ10aを実験装置1に入れた。
【0050】
(ハ)吸着材12(2g)を備えるシャーレ10bを実験装置1に入れ蓋5をした。その際、そば殻炭と粒状の活性炭については砕かずにそのまま、高品位炭と竹炭についてはそば殻炭ほどの大きさに砕いて実験を行った。
【0051】
(ニ)実験装置1を25℃の恒温室(暗室)に入れた。25℃に設定した理由は、室温が上昇すれば建材、家具、壁紙などからのホルムアルデヒドの放散量が増加することを考慮したものである。
【0052】
(ホ)24時間後に実験装置1内のホルムアルデヒド濃度を測定した。
【0053】
(ヘ)吸着材12の入ったシャーレ10bを実験装置1から取り出し、(ロ)工程と同様にホルムアルデヒドの初期濃度が設定された別の実験装置1bに入れた。
【0054】
(ト)以上の操作を繰り返した。
【0055】
そば殻炭、活性炭、高品位炭、竹炭のホルムアルデヒド吸着実験を繰り返した結果を表3に示す。
【表3】
【0056】
そば殻炭の測定値は連続して4回とも定量下限値の0.1PPM未満であり、ホルムアルデヒド吸着材として良好な結果が得られた。しかし、活性炭、高品位炭、竹炭の測定値は、初回から定量下限値の0.1PPMを超えており、実験回数を重ねるにつれて次第に増加して4回目にはそれぞれ0.7、0.9、1.7PPMという濃度であった。実験の結果、優れたホルムアルデヒド吸着効果を有するのはそば殻炭であることが分かった。
【0057】
一般に、吸着材の比表面積が大きく、ミクロ孔が存在すると、良好なホルムアルデヒド吸着能が得られることが期待できる。しかしながら、表1に示すように、そば殻炭の比表面積は活性炭の10分の1、吸着側細孔直径(平均値)は活性炭の1.86nmに対して3.57nmと2倍程度大きかった。このことから、物理的特性においてそば殻炭の活性炭に対する有利性は認められなかった。
【0058】
(4)ホルムアルデヒドの吸着実験2(継続実験)
そば殻炭が何回まで継続して使用できるかを確認するため、そば殻炭についてのみ上記(3)のホルムアルデヒド吸着実験を継続した。得られた結果を図1に示す。図1より、定量下限値未満が13回であった。このときの削減率は100%、その後ホルムアルデヒド濃度は次第に上昇し、20回目には0.5PPMに達し、削減率は91%であった。尚、吸着実験を一旦休止する際(長くても数日)は、実験中のそば殻炭の入ったシャーレ10bに蓋をして次の実験まで冷蔵庫で保管した。
【0059】
(5)ホルムアルデヒドの吸着速度実験
以下の手順に従いそば殻炭のホルムアルデヒドの吸着速度に関する実験を行った。
【0060】
(イ)未使用のそば殻炭を用いて、上記(3)の(イ)から(ハ)までの工程に従い実験を行った。
【0061】
(ロ)その後、実験開始から1時間、2時間、4時間、8時間、24時間後の実験装置1内のホルムアルデヒド濃度を測定し、ホルムアルデヒドの吸着速度を調べた。
【0062】
得られた実験結果を図2に示す。図2より、実験開始から2時間後のホルムアルデヒド濃度が1時間後と比較して高濃度であった。その理由は、実験開始から1時間程度では、実験装置1内のシャーレ10aに滴下されたホルムアルデヒド11が完全に気化しきれていなかったことが主な理由と考えられる。
【0063】
実験開始から4時間経過すると、ホルムアルデヒド11は1.8PPM、8時間を経過すると0.7PPM、24時間経過すると定量下限値未満であった。したがって、ホルムアルデヒドはそば殻炭により比較的速く吸着されたものと判断される。
【0064】
(6)ホルムアルデヒドの吸着特性実験
以下の手順に従いそば殻炭のホルムアルデヒドの吸着特性に関する実験を行なった。
【0065】
実験装置1内のホルムアルデヒドの初期設定濃度を、400PPM、190PPM、170PPM、40PPMにそれぞれ設定された4つの実験装置1を用いた点を除き、上記(3)の(イ)から(ホ)までの工程に準じてホルムアルデヒドの吸着特性を調べた。
【0066】
ホルムアルデヒドの吸着特性実験の結果を図3に示す。そば殻炭の吸着効果により、実験装置1内のホルムアルデヒド濃度は400PPMから15.5PPM、190PPMから6PPM、170PPMから3PPM、40PPMから0.5PPMにまで低下した。高濃度のホルムアルデヒドもそば殻炭の吸着効果の良好なことが認められた。
【0067】
(7)そば殻のホルムアルデヒド吸着実験(参考例)
上記(3)と同様にして、前年の秋に収穫されたそば殻を用いて、6月、7月、9月、10月にホルムアルデヒドの吸着について長期に渡り繰り返し実験を行った。そば殻のホルムアルデヒド吸着量の結果を図12に示す。図12より、そば殻の保管期間が長くなることによりホルムアルデヒドの吸着能が劣化することが分かった。また吸着能が比較的良好な6月に行なわれた実験結果であっても、吸着実験の繰り返し回数が4回を超えると、許容濃度の指標となる0.1ppmを越えた。
【0068】
以上より、図12及び表3から、そば殻に比してそば殻炭のほうが吸着能の持続性が優れることが分かった。理由は定かではないが、そば殻を炭化することによりそば殻炭の表面にホルムアルデヒドを吸着する官能基(例えばCOOH官能基)が付与されたことで、吸着能の持続性が飛躍的に向上したものと推認される。
【0069】
(その他の実施形態)
上記のように、本発明は実施形態及び実施例によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0070】
例えば、実施形態においては、そば殻炭を露出した状態で使用する旨が開示されているが、ホルムアルデヒト吸着材として実際に使用する際に、そば殻炭を布等の袋に収納して用いることができる。また、そば殻炭を容器の内部に収納して、そば殻炭を供える置物として使用することもできる。例えば図13の一部切欠き斜視図に示すように、外枠21と、外枠21の内側に配置された仕切り板22と、主面(上面及び下面)に設けられた透過性フィルム25と、を備える置物20の内部に形成された仕切り空間24a、24b、24cにそば殻炭23を収容して使用することができる。他にも壁紙や吸着シート等に錬り込んだりもしくは表面に塗布したりして使用しても構わない。さらに、そば殻炭だけをホルムアルデヒト吸着材として使用するだけではなく、他のホルムアルデヒト吸着材と組み合わせて使用することもできる。
【0071】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】実施例に係るそば殻炭のホルムアルデヒド吸着実験結果のグラフを示す。
【図2】実施例に係るそば殻炭のホルムアルデヒド吸着速度結果のグラフを示す。
【図3】実施例に係るそば殻炭のホルムアルデヒド吸着特性(高濃度)結果のグラフを示す。
【図4】そば殻炭の1製造工程を示す斜視図を示す。
【図5】走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の断面図を示す。
【図6】走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の右側面図を示す。
【図7】走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の左側面図を図7に示す。
【図8】実施例としてのそば殻炭からなるホルムアルデヒド吸着材の正面図を示す。
【図9】比較例としての特級試薬の粒状(ペレット)の活性炭の正面図を示す。
【図10】比較例としての高品位炭の正面図を示す。
【図11】実施例で使用した実験装置の斜視図を示す。
【図12】前年の秋に収穫されたそば殻を用いて、6月、7月、9月、10月に行なわれたそば殻のホルムアルデヒド吸着実験(参考例)の結果を示す。
【図13】使用形態の一例を示す一部切り欠き斜視図を示す。
【符号の説明】
【0073】
1:実験装置
4:タンク
5:蓋
6:吸引用パイプ
8:圧力調整パイプ
9:高密度ポリエチレン袋
10a、10b:シャーレ
12:吸着材
【技術分野】
【0001】
本発明はホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、住宅やビルなどで建材、家具、壁紙などの接着剤や溶剤に使用されているホルムアルデヒドやトルエン、キシレンなどの揮発性有機化合物などが原因となり、目や喉の痛み、頭痛などの症状が出るシックハウス症候群が発生し、社会問題となっている。
【0003】
最近では、食器棚や机などの特に輸入家具、防虫防塵処理されたカーペット・寝具・カーテン、さらには法規制以前の建材や壁紙などからホルムアルデヒドの放散が依然として認められている。さらに建築後5年になるある建物の会議室でも、夏季から初秋にかけて土曜日の朝一番のホルムアルデヒド濃度の測定値は0.1PPMから0.2PPMと、厚生労働省が定めているホルムアルデヒドの室内環境濃度指針値の0.08PPM(100μg/m3:25℃の場合)を超過しており、使用に際して換気などが依然として必要な状態となっている。
【0004】
このホルムアルデヒドは、尿素とホルムアルデヒドから製造された接着剤が乾燥する過程で大気中に放散され、また十分に乾燥した後も加水分解して再びホルムアルデヒドを生成して大気中に放散されるのがおもな原因と考えられる。
【0005】
本発明者らは、これまでに「そば殻」をふくむ自然素材によるホルムアルデヒドの吸着・削減に関する研究を行ってきた。自然素材を中心に研究を進めた理由は、人工の合成化学物質を使用してホルムアルデヒド対策が出来ても、合成化学物質そのものへの不安、また自然素材もあまり加工しすぎると経済性などが消失するからである。
【0006】
このような背景で、未加工のそば殻は、桧や杉(鋸屑を適用)、腐植土などの自然素材と比較してホルムアルデヒドの良好な吸着効果が認められることを、発明者らは研究の結果得ることができた(例えば「非特許文献1」参照)。
【0007】
しかしながら、そばの収穫からの時間(保管時間)の経過につれて、ホルムアルデヒド吸着機能の劣化が表れる傾向があった。
【0008】
一方、そば殻は枕や土壌改良剤としての利用もわずかに見られるようになっているが、そばアレルギーの問題もあり、ごく一部が利用されているにすぎず、国内のそばの生産地では、排出されるそば殻の廃棄処理に有効な方法もなく、廃棄処理コストの負担も大きくなってきて問題となっている。
また、そば殻を炭化したそば殻炭の土壌改良剤としての利用も最近では見られるようになっているが、未だわずかであり、そば殻の利用は不十分な状態であり、有効利用が望まれている。
【0009】
更に、一般的な炭や活性炭によるホルムアルデヒドの吸着に関する報告や研究が存在し、ある程度の吸着効果は認められるものの、未だ満足のいく状態ではなく、とくに効果の持続性の詳細については明らかでないといった問題点が残されていた。
【非特許文献1】第43回環境工学研究フォーラム講演集・2006、頁4−6
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、ホルムアルデヒトの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の持続性が長いホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法を提供することを課題とする。また本発明はそば殻の有効活用を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の特徴は、そば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材を要旨とする。
【0012】
本発明の第2の特徴は、側面に複数の小孔が穿られた容器内にそば殻を収容する工程と、容器を窯内に配置しそば殻を300〜400℃で40〜50時間加熱してそば殻炭を得る工程と、そば殻炭を7日〜10日かけて自然冷却する工程と、を有するホルムアルデヒド吸着材を要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ホルムアルデヒトの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の持続性が長いホルムアルデヒド吸着材及びその製造方法が提供される。本発明によればそば殻の有効活用を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、実施形態を挙げて本発明の説明を行うが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。尚、図中同一の機能又は類似の機能を有するものについては、同一又は類似の符号を付して説明を省略する。
【0015】
[ホルムアルデヒド吸着材]
本発明者らは、ホルムアルデヒドの吸着によるシックハウス症候群の解消とそば殻の有効利用とを図るため、誠意研究を重ねた結果、木炭製造用の通常の炭焼き釜でそば殻を炭化してそば殻炭を製造し、ホルムアルデヒドの吸着効果を実験により計測したところ、極めて顕著な効果を得ることができた。即ち本実施形態によれば、そば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材が提供される。尚、そば殻炭によりホルムアルデヒドを吸着させようとする既往の報告や研究は見られない。
【0016】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材は、表面にホルムアルデヒドを吸着する官能基、例えばCOOH官能基を備えることが好ましい。そば殻炭の表面にCOOH官能基を付与するには、そば殻を炭化することに加え、その他の方法により付与しても構わない。
【0017】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒド吸着材の形態としては、そば殻を炭化して得られたそば殻炭を粉砕等の加工を施すことなく、炭化処理後そのままの形態で使用することができる。
【0018】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒト吸着材の主な物性を挙げると以下の通りである。K2O及びCaOを全質量基準で80質量%以上含む。また、Fe2O3をさらに含んでもよい。またBET比表面積が137.3〜167.9m2/g、細孔容積が0.13〜0.15cc/g、吸着側細孔直径が3.21〜3.93nmである。
【0019】
実施形態にかかるそば殻炭を含むホルムアルデヒト吸着材及びそれを用いた吸着方法によれば、ホルムアルデヒトの吸着効果が良好で、かつ吸着効果の劣化が少なく効果の持続性が長い。また、高濃度のホルムアルデヒトでも本実験で示されるように吸着効果が良好である。さらに、本発明に係るそば殻炭を使用したホルムアルデヒト吸着材及び吸着方法によれば、廃棄処理が問題となっていたそば殻の有効利用が可能となる。また、そば粉に含まれる「たんぱく」の中で、分子量1万6千のたんぱく質が重いアレルギーの原因物質である。そば殻には、このたんぱくは少なく、また炭化するとさらに減少していると考えられることから、そば殻炭によるアレルギー問題への不安はない。
【0020】
[ホルムアルデヒド吸着材(そば殻炭)の製造方法]
まず、ホルムアルデヒド吸着材の製造に用いられるそば殻や容器等について説明する。そば殻としては、特に制限はなく、日本の在来種のそば殻を用いることができる。例えば、熊本県南阿蘇村の休耕田で栽培された在来種を用いることができる。そば殻を収容する容器としては、特に制限はないが、側面に複数の小孔を穿ったトタン製の18L容器を用いることができる。窯としては、特に制限はないが、木炭製造用の炭窯を用いることができる。
【0021】
(イ)側面に複数の小孔が穿られた容器内にそば殻を収容する。
【0022】
(ロ)容器に蓋をした後に容器を窯内に配置する。図4に示すように容器2を取り囲むように木材3a〜3hを容器に立てかける。そば殻だけを炭化すると灰になる傾向があるが、容器の周囲に木材3a〜3hを配置することでそば殻が灰になることを防止できる。尚、木材3a〜3hに代えて竹材等であっても構わない。
【0023】
(ハ)そば殻を300〜400℃で40〜50時間加熱してそば殻炭を得る。容器に入れたそば殻の容積が、加熱後に60容量%程度まで減少するよう、加熱温度や加熱時間を調整することが好ましい。
【0024】
(ニ)そば殻炭を7日〜10日かけて自然冷却する。
【0025】
以上によりそば殻炭を得ることができる。
【0026】
[そば殻炭等の物理的特性]
活性炭などの吸着材は、通常2〜3回繰り返し使用すると、ホルムアルデヒドの吸着能が実用に耐えられない程度にまで低下する。ところが、実施形態に係るホルムアルデヒド吸着材は、後に実施例の欄で図1を用いて説明するように13回も繰り返し使用することができる。
【0027】
そば殻炭のホルムアルデヒドに対する優れた吸着能の要因は、炭化により生物的要素が失われたことより、物理的吸着もしくは化学的吸着が考えられる。物理的吸着は、炭化物の細孔内の小さなクラックに物質がうまく納まることで生じ、化学的吸着は、類似の構造を有する物質同士はなじみやすく集合(吸着)しやすい傾向があることで生じると考えられている。以下、実施形態にかかるホルムアルデヒド吸着材の吸着能について、活性炭等との比較において検討した。
【0028】
比表面積等:ホルムアルデヒドの物理的吸着を判断する観点から、そば殻炭、活性炭、高品位炭、参考として一般炭の「炭」としての特性である比表面積、細孔容積、吸着側細孔直径の分析を高速比表面積細孔分布測定装置により行なった。その結果を表1に示す。
【表1】
【0029】
表1から分かるように、そば殻炭は、高品位炭に近い特性を有しており、比表面積は一般炭の10倍程度、活性炭の1/10倍程度、吸着側細孔直径(平均値)は一般炭と活性炭の中間程度であった。しかし細孔容積は活性炭、一般炭についで最も小さかった。
【0030】
電子顕微鏡写真:走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の断面図、右側面図、左側面図をそれぞれ図5、図6、図7に示す。図5から分かるように、そば殻炭の表面は凸凹に富み、多くの襞や孔隙をもち、破断端にも導管のごとき孔隙を有していることが確認された。また、そば殻炭の表面と裏面の性状は大きく異なっていた。
【0031】
成分分析:実施形態に係るそば殻炭と、参考として活性炭について、蛍光X線分光分析によって分析した結果を全質量基準にて表2(測定対象とした全物質に対する割合:酸化物)に示す。
【表2】
【0032】
表2より、そば殻炭はカリウム(K)とカルシウム(Ca)の割合が高く、それぞれ45.3%、42.8%、次に鉄(Fe)の6.7%であった。活性炭はFeが最も多く49.8%、次に塩素(Cl)、Caの順であった。
【0033】
上記結果より、比表面積などの物理的特性において、そば殻炭は活性炭等よりも優位性が見られなかったことより、そば殻炭の優れた吸着能は表1に示されるような物理的特性に基づくものではないと考えられる。尚、ホルムアルデヒドは分子量が非常に小さく、揮発性が非常に高い等の性質からも物理的な作用による吸着保持は難しいと考えられる。
【0034】
成分分析の結果において、そば殻炭は活性炭に比してKとCaの割合が高いことから、理由は定かではないが、このような成分が吸着能の一因として考えられる。
【0035】
物質には一般的に似た構造を持つ物同士はなじみやすく集まりやすい傾向がある。例えば、揮発性有機化合物のように芳香環(ベンゼン環)を持つ物質が活性炭で良く吸着保持されるのは、(1)活性炭表面にも芳香環があるため上記の物質特性がうまく生かされるという考え方、(2)活性炭の細孔内に存在する小さなクラックに芳香環がうまく収まる(吸着側細孔直径の分布の把握が必要)という考え方があることが一般的に知られている。
【0036】
以上を総合判断すると、ホルムアルデヒドの吸着能が良好であった理由は、ある種の官能基、例えばCOOH官能基がそば殻炭の表面に存在したことによるものと考えられる。
【実施例】
【0037】
実施形態にかかるホルムアルデヒド吸着材(そば殻炭)の優れたホルムアルデヒド吸着能を調べるべく、他の吸着材と対比しつつ以下の条件で実験を行った。
【0038】
A、吸着材
(そば殻炭(実施例))
実施形態にかかるホルムアルデヒド吸着材の製造方法に準じて、そば殻として熊本県南阿蘇村の休耕田で栽培された在来種を用い、火入れ後2日間加熱し、その後7日かけて自然冷却するという条件で、図8に示すような炭化後未処理の形態のそば殻炭からなるホルムアルデヒド吸着材を製造した。図8中のシャーレの外法直径は100mmであった。その際、そば殻を収容したトタン製の容器としては、数回使用し表面が赤く錆びついたものを使用することにより、亜鉛の影響はないものとした。
【0039】
(活性炭(比較例))
比較例として図9に示す特級試薬の粒状(ペレット)の活性炭を使用した。図9中のシャーレの外法直径は100mmであった。その際、ホルムアルデヒドの吸着を目的とする活性炭には、物理的な吸着に加えて、薬液添着方式によりガス処理を行ない活性炭表面における添着薬液とホルムアルデヒドとの化学反応(化学吸着)を利用するものがあるが、本比較例ではこうした特殊な加工を施していない通常の活性炭を使用した。
【0040】
(高品位炭(比較例))
主として都市で発生した建築廃木材等のリサイクルチップを850℃以上の高温で炭化させた図10に示す高品位炭を用いた。図10中のシャーレの外法直径は100mmであった。
【0041】
B、実験法
ホルムアルデヒドの吸着効果を見るべく以下の条件で実験を行った。
【0042】
(1)実験装置
図11に示すような、上部に開口部を備える10L容のポリエチレン製のタンク4と、タンク4の上部に取り外し可能に取り付けられた蓋5と、タンク4の外部と内部とが連通するように蓋5に貫通して設けられ、タンク4の外部側一端に実験装置内のホルムアルデヒド濃度測定装置に連通可能なゴム管を備えるポリエチレン製の吸引用パイプ6と、タンク4の外部と内部とが連通するように蓋5に貫通して設けられ、タンク4側の一端に圧力調整用の容量2L程度の高密度ポリエチレン袋9が取り付けられたポリエチレン製の圧力調整パイプ8と、ホルムアルデヒド11を収容可能とするタンク4の底部に配置されたシャーレ10aと、吸着材12を収容可能とするタンク4の底部に配置されたシャーレ10bと、を有する実験装置1を用いた。
【0043】
本発明者によるこれまでの実験の結果から測定用のホルムアルデヒドの吸引位置による測定値の差異は認められないことから、実験装置1内のホルムアルデヒド濃度を測定する吸引用パイプ6の一端は実験装置1の内部の上部に設置した。尚、実験条件を一定に保つことのできる実験装置であれば、上記実験装置1に制限されることなく種々の実験装置を用いることができるが、実験装置からのホルムアルデヒドの漏れを防止でき、かつホルムアルデヒドの吸着の少ない材質の容器を用いることが望ましい。
【0044】
本発明者によるこれまでの実験において、タンク4と、蓋5と、タンク4と蓋5の間に配置されたパッキンと、吸引用パイプ6と、圧力調整パイプ8と、高密度ポリエチレン袋9と、シャーレ10a、10bと、によりホルムアルデヒドが吸着されたか否かを吸着実験後に確認したところ、ホルムアルデヒドの吸着はほとんど認められなかった。しかし、実験データの評価に際しては、吸着材12を用いなかったことを除きその他の条件は全て同一に設定された実験装置1内のホルムアルデヒド濃度(ブランク値)との比較を行い、吸着効果などを把握した。
【0045】
(2)ホルムアルデヒドの初期設定濃度及び分析法
ホルムアルデヒド濃度の厚生労働省の指針値は0.08PPMであるが、吸着材のホルムアルデヒド吸着能のばらつき、また吸着の優劣や特徴などを把握することが困難と考えられたことから、以下に説明するホルムアルデヒドの吸着実験1、2においては初期ホルムアルデヒドの設定濃度を10PPMとした。
【0046】
実験装置内のホルムアルデヒド濃度の分析は、簡単かつ迅速に比較的正確な測定ができる以下に示す「株式会社、ガステック製の検知管」を用いた。尚、定量下限値は0.1PPMである。
【0047】
No.91:2〜20PPM
1回の測定につき200mLの気体を吸引
No.91L:0.1〜5.0PPM
1回の測定につき500mLの気体を吸引
No.91M:20〜2000PPM
1回の測定につき100mLの気体を吸引
PPM=(μg/m2)×22.4/M×(273+T)/273×1013/P×1/1000
(式中、Mはホルムアルデヒドの分子量(=30.0)、Tは測定時の絶対温度(K)、Pは測定箇所の気圧(HPa)を表わす。)
(3)ホルムアルデヒドの吸着実験1(対比実験)
吸着材12として実施例にかかるそば殻炭、比較例にかかる活性炭、高品位炭、参考として竹炭を用いて、以下の(イ)〜(ト)の工程を行うことによりホルムアルデヒド吸着実験を行った。そして、各試料が何回繰り返し使用できるか確認した。
【0048】
(イ)図11の実験装置1を用意した。
【0049】
(ロ)実験装置1内のホルムアルデヒドの初期設定濃度が10PPMになるように、ホルムアルデヒド試薬瓶から必要量をマイクロシリンジで直接分取してシャーレ10aに垂らした。その後、シャーレ10aを実験装置1に入れた。
【0050】
(ハ)吸着材12(2g)を備えるシャーレ10bを実験装置1に入れ蓋5をした。その際、そば殻炭と粒状の活性炭については砕かずにそのまま、高品位炭と竹炭についてはそば殻炭ほどの大きさに砕いて実験を行った。
【0051】
(ニ)実験装置1を25℃の恒温室(暗室)に入れた。25℃に設定した理由は、室温が上昇すれば建材、家具、壁紙などからのホルムアルデヒドの放散量が増加することを考慮したものである。
【0052】
(ホ)24時間後に実験装置1内のホルムアルデヒド濃度を測定した。
【0053】
(ヘ)吸着材12の入ったシャーレ10bを実験装置1から取り出し、(ロ)工程と同様にホルムアルデヒドの初期濃度が設定された別の実験装置1bに入れた。
【0054】
(ト)以上の操作を繰り返した。
【0055】
そば殻炭、活性炭、高品位炭、竹炭のホルムアルデヒド吸着実験を繰り返した結果を表3に示す。
【表3】
【0056】
そば殻炭の測定値は連続して4回とも定量下限値の0.1PPM未満であり、ホルムアルデヒド吸着材として良好な結果が得られた。しかし、活性炭、高品位炭、竹炭の測定値は、初回から定量下限値の0.1PPMを超えており、実験回数を重ねるにつれて次第に増加して4回目にはそれぞれ0.7、0.9、1.7PPMという濃度であった。実験の結果、優れたホルムアルデヒド吸着効果を有するのはそば殻炭であることが分かった。
【0057】
一般に、吸着材の比表面積が大きく、ミクロ孔が存在すると、良好なホルムアルデヒド吸着能が得られることが期待できる。しかしながら、表1に示すように、そば殻炭の比表面積は活性炭の10分の1、吸着側細孔直径(平均値)は活性炭の1.86nmに対して3.57nmと2倍程度大きかった。このことから、物理的特性においてそば殻炭の活性炭に対する有利性は認められなかった。
【0058】
(4)ホルムアルデヒドの吸着実験2(継続実験)
そば殻炭が何回まで継続して使用できるかを確認するため、そば殻炭についてのみ上記(3)のホルムアルデヒド吸着実験を継続した。得られた結果を図1に示す。図1より、定量下限値未満が13回であった。このときの削減率は100%、その後ホルムアルデヒド濃度は次第に上昇し、20回目には0.5PPMに達し、削減率は91%であった。尚、吸着実験を一旦休止する際(長くても数日)は、実験中のそば殻炭の入ったシャーレ10bに蓋をして次の実験まで冷蔵庫で保管した。
【0059】
(5)ホルムアルデヒドの吸着速度実験
以下の手順に従いそば殻炭のホルムアルデヒドの吸着速度に関する実験を行った。
【0060】
(イ)未使用のそば殻炭を用いて、上記(3)の(イ)から(ハ)までの工程に従い実験を行った。
【0061】
(ロ)その後、実験開始から1時間、2時間、4時間、8時間、24時間後の実験装置1内のホルムアルデヒド濃度を測定し、ホルムアルデヒドの吸着速度を調べた。
【0062】
得られた実験結果を図2に示す。図2より、実験開始から2時間後のホルムアルデヒド濃度が1時間後と比較して高濃度であった。その理由は、実験開始から1時間程度では、実験装置1内のシャーレ10aに滴下されたホルムアルデヒド11が完全に気化しきれていなかったことが主な理由と考えられる。
【0063】
実験開始から4時間経過すると、ホルムアルデヒド11は1.8PPM、8時間を経過すると0.7PPM、24時間経過すると定量下限値未満であった。したがって、ホルムアルデヒドはそば殻炭により比較的速く吸着されたものと判断される。
【0064】
(6)ホルムアルデヒドの吸着特性実験
以下の手順に従いそば殻炭のホルムアルデヒドの吸着特性に関する実験を行なった。
【0065】
実験装置1内のホルムアルデヒドの初期設定濃度を、400PPM、190PPM、170PPM、40PPMにそれぞれ設定された4つの実験装置1を用いた点を除き、上記(3)の(イ)から(ホ)までの工程に準じてホルムアルデヒドの吸着特性を調べた。
【0066】
ホルムアルデヒドの吸着特性実験の結果を図3に示す。そば殻炭の吸着効果により、実験装置1内のホルムアルデヒド濃度は400PPMから15.5PPM、190PPMから6PPM、170PPMから3PPM、40PPMから0.5PPMにまで低下した。高濃度のホルムアルデヒドもそば殻炭の吸着効果の良好なことが認められた。
【0067】
(7)そば殻のホルムアルデヒド吸着実験(参考例)
上記(3)と同様にして、前年の秋に収穫されたそば殻を用いて、6月、7月、9月、10月にホルムアルデヒドの吸着について長期に渡り繰り返し実験を行った。そば殻のホルムアルデヒド吸着量の結果を図12に示す。図12より、そば殻の保管期間が長くなることによりホルムアルデヒドの吸着能が劣化することが分かった。また吸着能が比較的良好な6月に行なわれた実験結果であっても、吸着実験の繰り返し回数が4回を超えると、許容濃度の指標となる0.1ppmを越えた。
【0068】
以上より、図12及び表3から、そば殻に比してそば殻炭のほうが吸着能の持続性が優れることが分かった。理由は定かではないが、そば殻を炭化することによりそば殻炭の表面にホルムアルデヒドを吸着する官能基(例えばCOOH官能基)が付与されたことで、吸着能の持続性が飛躍的に向上したものと推認される。
【0069】
(その他の実施形態)
上記のように、本発明は実施形態及び実施例によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0070】
例えば、実施形態においては、そば殻炭を露出した状態で使用する旨が開示されているが、ホルムアルデヒト吸着材として実際に使用する際に、そば殻炭を布等の袋に収納して用いることができる。また、そば殻炭を容器の内部に収納して、そば殻炭を供える置物として使用することもできる。例えば図13の一部切欠き斜視図に示すように、外枠21と、外枠21の内側に配置された仕切り板22と、主面(上面及び下面)に設けられた透過性フィルム25と、を備える置物20の内部に形成された仕切り空間24a、24b、24cにそば殻炭23を収容して使用することができる。他にも壁紙や吸着シート等に錬り込んだりもしくは表面に塗布したりして使用しても構わない。さらに、そば殻炭だけをホルムアルデヒト吸着材として使用するだけではなく、他のホルムアルデヒト吸着材と組み合わせて使用することもできる。
【0071】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】実施例に係るそば殻炭のホルムアルデヒド吸着実験結果のグラフを示す。
【図2】実施例に係るそば殻炭のホルムアルデヒド吸着速度結果のグラフを示す。
【図3】実施例に係るそば殻炭のホルムアルデヒド吸着特性(高濃度)結果のグラフを示す。
【図4】そば殻炭の1製造工程を示す斜視図を示す。
【図5】走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の断面図を示す。
【図6】走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の右側面図を示す。
【図7】走査型電子顕微鏡により撮影した実施形態に係るそば殻炭の左側面図を図7に示す。
【図8】実施例としてのそば殻炭からなるホルムアルデヒド吸着材の正面図を示す。
【図9】比較例としての特級試薬の粒状(ペレット)の活性炭の正面図を示す。
【図10】比較例としての高品位炭の正面図を示す。
【図11】実施例で使用した実験装置の斜視図を示す。
【図12】前年の秋に収穫されたそば殻を用いて、6月、7月、9月、10月に行なわれたそば殻のホルムアルデヒド吸着実験(参考例)の結果を示す。
【図13】使用形態の一例を示す一部切り欠き斜視図を示す。
【符号の説明】
【0073】
1:実験装置
4:タンク
5:蓋
6:吸引用パイプ
8:圧力調整パイプ
9:高密度ポリエチレン袋
10a、10b:シャーレ
12:吸着材
【特許請求の範囲】
【請求項1】
そば殻炭を含むことを特徴とするホルムアルデヒド吸着材。
【請求項2】
前記そば殻は表面にCOOH官能基を備えることを特徴とする請求項1記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項3】
K2O及びCaOが全質量基準で80質量%以上含まれることを特徴とする請求項1または2に記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項4】
Fe2O3がさらに含まれることを特徴とする請求項3記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項5】
BET比表面積が137.3〜167.9m2/g、細孔容積が0.13〜0.15cc/g、吸着側細孔直径が3.21〜3.93nmであるのうちのいずれか1つの物性を備えることを特徴とする請求項1記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のホルムアルデヒド吸着材を収容可能としたことを特徴とする置物。
【請求項7】
側面に複数の小孔が穿られた容器内にそば殻を収容する工程と、
前記容器を窯内に配置し前記そば殻を300〜400℃で40〜50時間加熱してそば殻炭を得る工程と、
前記そば殻炭を7日〜10日かけて自然冷却する工程と、
を有するホルムアルデヒド吸着材の製造方法。
【請求項1】
そば殻炭を含むことを特徴とするホルムアルデヒド吸着材。
【請求項2】
前記そば殻は表面にCOOH官能基を備えることを特徴とする請求項1記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項3】
K2O及びCaOが全質量基準で80質量%以上含まれることを特徴とする請求項1または2に記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項4】
Fe2O3がさらに含まれることを特徴とする請求項3記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項5】
BET比表面積が137.3〜167.9m2/g、細孔容積が0.13〜0.15cc/g、吸着側細孔直径が3.21〜3.93nmであるのうちのいずれか1つの物性を備えることを特徴とする請求項1記載のホルムアルデヒド吸着材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のホルムアルデヒド吸着材を収容可能としたことを特徴とする置物。
【請求項7】
側面に複数の小孔が穿られた容器内にそば殻を収容する工程と、
前記容器を窯内に配置し前記そば殻を300〜400℃で40〜50時間加熱してそば殻炭を得る工程と、
前記そば殻炭を7日〜10日かけて自然冷却する工程と、
を有するホルムアルデヒド吸着材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−46633(P2010−46633A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214650(P2008−214650)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【Fターム(参考)】
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