説明

ポリアクリロニトリル系炭素繊維及びその製造方法

【課題】 本発明の課題は、電解処理により表面改質される炭素繊維の表層部における各官能基の存在比率を制御し、マトリックス樹脂との複合材料とした際に優れたコンポジット特性を示す炭素繊維を提供することにある。
【解決手段】 炭素繊維を電解処理して表面改質される炭素繊維を調製する過程において、炭素繊維の電解酸化処理後にアルカリ処理を施すことにより、炭素繊維表層部のカルボキシル基とヒドロキシル基との存在比率を制御することが出来る。炭素繊維表層部のカルボキシル基とヒドロキシル基との存在比率が所定の範囲内にある炭素繊維を用いてマトリックス樹脂との複合材料を調製すると、該複合材料が高い衝撃後圧縮強度、及び層間強度を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた機械的物性を有し、且つ、マトリックス樹脂との界面接着性等に優れたポリアクリロニトリル系炭素繊維(以下、単に炭素繊維ともいう。)及びこれの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素繊維を用いる複合材料は、軽く、高強度等の優れた機械的特性を有するので、航空機、自動車等の部材として多く用いられている。これらの複合材料は、例えば、炭素繊維にマトリックス樹脂が含浸されたものが挙げられる。
【0003】
炭素繊維とマトリックス樹脂との複合化において、高性能化を追求するためには、炭素繊維そのもの自体の強度や弾性率等の機械的物性の他、マトリックス樹脂との接着性に関与する炭素繊維の表面特性を向上させることが必要不可欠である。つまり、炭素繊維表面とマトリックス樹脂との接着性が高いもの同士を複合化し、マトリックス樹脂と炭素繊維をより均一に分散することで、より高性能のコンポジット特性(高強度、高弾性、高耐衝撃性等)を有する複合材料を得ることができると期待される。
【0004】
炭素繊維の表面状態と複合材料の強度との関係は、一般的に表面が平坦な炭素繊維ではマトリクス樹脂との接着性が低いため、複合材料としての強度が十分に発現されず、また表面の凹凸が大きな炭素繊維ではマトリックス樹脂との接着性は高いが、大きすぎる表面の凹凸が繊維欠陥となり、複合材料の強度低下につながるといわれている。従って、炭素繊維表層部に、表面処理によって適度な凹凸を適当な量、形成させることが重要であると考えられている。
【0005】
表面処理の方法・手段としては、強酸などの酸化薬液を用いる薬液酸化、電解質溶液中で炭素繊維を陽極として処理する電解酸化、及び気相状態でのプラズマ処理などによる気相酸化等がある。その中でも、工業的に効率性の高い電解酸化処理法が好適に採用される。電解酸化による表面処理によって、炭素繊維の形成過程で生じた表面の脆弱層が除去され、繊維の強度等の機械的物性が向上する。また、炭素繊維表層部のカルボキシル基、カルボニル基、水酸基等の官能基量が増加され、マトリックス樹脂との接着性を高めるのに寄与する。
【0006】
本発明者らは、炭素繊維の表面を電解処理する方法において、先ず、陽極槽と陰極槽の組合せからなる電解処理浴が複数連続して設置される多段電解処理浴を用いて、各段の電気量が20〜300C/gの範囲で、且つ総電気量が150〜500C/gの範囲で電解処理を行い、その後、陰極槽と陽極槽の組合せからなる電解処理浴を用いて電位を逆転させて、逆転した電位での電気量が20〜60C/gの範囲で電解処理を行うことを特徴とする炭素繊維の表面電解処理方法を開発し、先に特許出願を行った(特許文献1)。
【0007】
該発明によると、炭素繊維表層部の官能基量が増加され、炭素繊維の表面が改質される。また、得られる炭素繊維は、マトリックス樹脂との接着性が向上され、高いコンポジット特性を有する複合材料が製造される。該発明は炭素繊維表面の官能基の量を増加させることは出来る。しかし、該発明は炭素繊維表層部の各官能基の存在比率を制御するものではない。
【0008】
また、特許文献2には、炭素繊維の製造方法について記載されている。この方法においては、まず、凝固糸条を乾燥緻密化前に、空中で延伸倍率1〜3倍に、温水中で1〜3倍にそれぞれ延伸させる湿式紡糸法により得られるアクリル繊維を耐炎化後、最高温度1700℃以下の不活性雰囲気中で炭素化させて炭素繊維とする。次いで、この炭素繊維を電解質濃度0.1〜20質量%、電気量0.1〜200C/gで電解酸化する。その後、引き続き、水中で周波数0.01〜200kHz、処理時間0.1秒〜60分で超音波洗浄を行った後、500℃以下の温度で乾燥させる。この方法によっても、炭素繊維表層部の官能基の量は増加される。しかし、この方法は、炭素繊維表層部の各官能基の存在比率を制御するものではない。
【0009】
炭素繊維表層部における各官能基の存在比率を制御することが出来れば、様々なコンポジット特性を有する複合材料が得られる可能性がある。以上のような状況のもと、多様なコンポジット特性を有する複合材料を製造するために、炭素繊維の表面特性の、より高度な制御が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−248427
【特許文献2】特開2006−183173
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、電解処理により表面改質される炭素繊維の表層部における各官能基の存在比率を制御し、マトリックス樹脂と複合材料とした際に優れたコンポジット特性を示す炭素繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、炭素繊維を電解処理して表面改質される炭素繊維を調製する過程において、炭素繊維の電解酸化処理後にアルカリ性水溶液に接触させることにより、炭素繊維表層部のカルボキシル基とヒドロキシル基との存在比率を制御することが出来ることを見出した。そして、炭素繊維表層部のカルボキシル基とヒドロキシル基との存在比率が所定の範囲内にある炭素繊維を用いてマトリックス樹脂との複合材料を調製すると、該複合材料が高い衝撃後圧縮強度(以下、CAIとも表記する)を有する、並びに層間剥離亀裂進展抵抗を改善させることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0014】
〔1〕X線光電子分光器により測定される表面酸素濃度が8〜25%であるポリアクリロニトリル系炭素繊維であって、且つ、中和滴定法により測定される単位質量当りのヒドロキシル基量(A)(単位はeq/g)と、単位質量当りのカルボキシル基量(B)(単位はeq/g)とから算出されるA/Bの値が2.0〜5.0であることを特徴とするポリアクリロニトリル系炭素繊維。
【0015】
〔2〕ポリアクリロニトリル系炭素繊維に表面処理を施してポリアクリロニトリル系炭素繊維を製造する方法であって、
電解処理を施して炭素繊維表層部の官能基量を増加させたポリアクリロニトリル系炭素繊維にpH8〜13のアルカリ性水溶液を接触させることにより、
X線光電子分光器により測定される表面酸素濃度を8〜25%、中和滴定法により測定される単位質量当りのヒドロキシル基量(A)(単位はeq/g)と、単位質量当りのカルボキシル基量(B)(単位はeq/g)とから算出されるA/Bの値を2.0〜5.0に変化させる工程を有することを特徴とする〔1〕記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維の製造方法。
【0016】
〔3〕アルカリ性水溶液が、炭酸ナトリウム水溶液である〔2〕記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、炭素繊維の表面状態が改質され、マトリックス樹脂との接着性が向上する。従って、本発明の炭素繊維を用いると、従来のものよりも高性能(高強度、高弾性)な複合材料を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1、2、比較例1〜5の炭素繊維を用いて製造する複合材料の、面内剪断応力(IPSS)の荷重―伸び線図により求める層間剥離亀裂進展抵抗を示すグラフ(図2)の一部を拡大したグラフである。
【図2】実施例1、2、比較例1〜5の炭素繊維を用いて製造する複合材料の、面内剪断応力(IPSS)の荷重―伸び線図により求める層間剥離亀裂進展抵抗を示すグラフである。
【図3】炭素繊維を用いて製造する複合材料の面内剪断応力(IPSS)の上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
炭素繊維は、通常、前駆体繊維の耐炎化処理、炭素化処理を経て得られる。その後、マトリックス樹脂との接着性を高めることを目的として、炭素繊維に表面処理が施される。表面処理は電解処理による酸化処理(以下、電解酸化処理ともいう。)が広く行われている。電解酸化処理により、炭素繊維表層部の各官能基(ヒドロキシル基やカルボキシル基、カルボニル基等)の量は通常、数倍に増加する。これにより、炭素繊維表層部とマトリックス樹脂との接着性は向上する。しかし、通常、表面処理電気量が高いと、複合材料の脆弱性の原因となりうるカルボキシル基の存在比率が増加され、また、表面処理電気量が低いと、接着性を低下させる原因となる。
【0021】
本発明の炭素繊維は電解酸化処理がなされた後、アルカリ性水溶液に接触させる(以下、アルカリ処理ともいう。)。このアルカリ処理によって、炭素繊維表層部の各官能基のうち、複合材料の脆弱性の原因となりうるカルボキシル基の存在比率を選択的に低下させることが出来る。その後は、必要に応じてサイジング処理等がなされる。このようにして得られる炭素繊維はマトリックス樹脂との接着性が高く、複合材料とすると高い衝撃後圧縮強度(以下、CAIとも表記する。)を有する。また、面内剪断応力(IPSS)の荷重―伸び線図により求める層間剥離亀裂進展抵抗が改善される。
【0022】
図1及び図2は本発明の炭素繊維を用いる複合材料の層間剥離亀裂進展抵抗と、従来の炭素繊維を用いる複合材料の層間剥離亀裂進展抵抗を比較したグラフである。本発明及び従来の炭素繊維を用いる複合材料の層間剪断強度はほぼ同一である。しかし、従来の炭素繊維を用いる複合材料はストローク7mm近傍から荷重の低下が見られる。即ち、従来の炭素繊維を用いる複合材料の面内剪断応力(IPSS)の下降伏点荷重は上降伏点荷重よりも低い値を示している。一方、本発明の炭素繊維を用いる複合材料は係る低下は見られず、面内剪断応力(IPSS)の荷重―伸び線図により求める層間剥離亀裂進展抵抗において性能向上が見られる。図3は炭素繊維を用いて製造する複合材料の面内剪断応力(IPSS)の上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重を表す説明図である。図3中、1は上降伏点荷重、2は下降伏点荷重、3は最大点荷重を表す。
【0023】
<炭素繊維>
前駆体繊維の耐炎化処理、炭素化処理は従来公知の方法で行うことが出来る。例えば、次のように行うことが出来る。まず、PAN系前駆体繊維を空気中において、200〜300℃で加熱して耐炎化処理することにより、耐炎化繊維が得られる。この耐炎化繊維を窒素雰囲気下、温度1000〜1500℃で加熱して炭素化処理することにより、炭素繊維が得られる。
【0024】
〈電解処理〉
得られた炭素繊維の表面酸化処理は電解処理により行う。電解処理に用いられる電解液としては、硫酸や硝酸、塩酸等の無機酸、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等の無機水酸化物、硫酸アンモニウムや炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩類が挙げられる。電解酸化処理は、電解処理浴を用いて、電解電気量が5〜250C/gの範囲で行うことが好ましい。5C/g未満である場合は、電解酸化処理の効果が低く、炭素繊維表面とマトリックス樹脂との接着性が改善されにくいため好ましくない。250C/gを超える場合は、繊維表面が強く削られて粗さが増大し、削れ過ぎた部分が新たな欠陥となり、繊維強度の低下を招くため好ましくない。
【0025】
かかる電解酸化処理により、炭素繊維の焼成過程で生じる脆弱層が除去されると共に、酸化反応により、炭素繊維表層部のカルボキシル基やカルボニル基、ヒドロキシル基等の官能基が増加する。官能基の増加量は、X線光電子分光器により測定される表面酸素濃度が8〜25%となる程度である。
【0026】
本発明において電解処理は、特許文献1に記載されている様に、陽極酸化による表面電解処理と陰極還元による表面電解処理が交互に連続して行われることが好ましい。例えば、陽極槽と陰極槽とからなる一対の処理槽が連続して設置されている電解表面処理装置を用いて、炭素繊維のトウに対して、電解質溶液を介して間接給電して、陽極酸化による電解表面処理と陰極還元による電解表面処理が行われる。本発明において、電解処理浴とは、陽極と陰極が別々の槽に設置された陽極槽と陰極槽とからなる処理槽を意味し、かかる電解処理浴が連続して設置されているものが多段電解処理浴と定義される。本発明においては、前記一対の処理槽からなる電解処理浴、即ち、電解酸化と電解還元が行われる一対の陽極槽と陰極槽を、1ユニットと称するものとする。電位を逆転させる場合には、陰極槽と陽極槽の順序に配列されたものが1ユニットの電解処理浴と定義される。
【0027】
本発明において電解処理浴は、2ユニット以上設置されていることが好ましい。1ユニットで電解酸化処理した炭素繊維は、束の外側に位置する繊維の酸化状態に比較して内側に位置する繊維の酸化状態が不十分となり、表面の酸化状態にばらつきがある。2ユニット以上での電解酸化処理の場合は、炭素繊維の酸化処理がユニットごとで緩やかに行われ、炭素繊維の表面が均一に酸化処理されるためである。本発明においては、炭素繊維の表面を電解処理するに際し、先ず、陽極槽と陰極槽の組合せからなる電解処理浴が複数連続して設置された多段電解処理浴を用いて電解処理を行い、電解処理の最終の段階で、陰極槽と陽極槽の組合せを逆にした電解処理浴を用いて、電位を逆転させて電解処理を行う方法を採用することが好ましい。
【0028】
〈官能基の比率制御〉
炭素繊維表層部における各官能基の存在比率の制御は、アルカリ処理により行う。アルカリ性水溶液としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム等の各水溶液が挙げられ、その中でも安全性が高く、pHをコントロールしやすい炭酸ナトリウムが好ましい。アルカリ性水溶液はpHが8以上であることが必要で、8〜13が好ましい。8未満の場合は、炭素繊維表層部の各種官能基の存在比率を変えることが殆ど出来ない。13を超える場合は、カルボキシル基以外の官能基にも大きく作用をおよぼし、表面状態を制御することが困難である。アルカリ処理は、例えば、アルカリ性水溶液を貯留する槽に炭素繊維を通過させることにより行うことが出来る。アルカリ性水溶液の温度は、特に制限されないが、通常は10〜40℃が好ましく、20〜30℃がより好ましい。炭素繊維とアルカリ性水溶液とを接触させる時間は、用いるアルカリ水溶液の温度やpHによっても異なるため特に制限されないが、通常は1〜60秒が好ましく、5〜20秒がより好ましい。
【0029】
上記表面酸化処理後の繊維束には、必要に応じ、サイジング処理を施す。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができる。サイジング剤は、複合化するマトリックス樹脂に合わせ、適宜組成を変更して使用することが好ましい。例えば、エポキシ樹脂やポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂等が挙げられる。
【0030】
本発明の炭素繊維は、X線光電子分光器により測定される表面酸素濃度が8〜25%であり、11〜20%が好ましい。8%未満の場合は、炭素繊維表層部とマトリックス樹脂との接着性が劣り、得られる複合材料の物性低下の原因になる。25%を超える場合は、炭素繊維表層部とマトリクス樹脂との接着性が強すぎるため、かえって応力集中が生じ、耐衝撃性などのコンポジット特性が低下するため好ましくない。表面酸素濃度(以下、O/Cとも表記する。)とは、X線光電子分光器により測定される炭素繊維表面の炭素原子に対する酸素原子の存在比率を意味する。O/Cの値は電解処理の条件によってコントロールできる。一般には、電解処理の処理電気量や処理液濃度や処理時間を増すとO/Cの値は上昇する。
【0031】
本発明の炭素繊維は、中和滴定法により測定される単位質量当りのヒドロキシル基量(A)(単位はeq/g)と、単位質量当りのカルボキシル基量(B)(単位はeq/g)とから算出されるA/Bの値が2.0〜5.0であり、2.5〜4.0が好ましい。2.0未満の場合は、炭素繊維表層部のカルボキシル基の存在比率が多く、得られる複合材料の脆弱性の原因となる。5.0を超える場合は、炭素繊維表層部の官能基が少ない場合か、または、過剰に処理された状態であり、炭素繊維表層部とマトリックス樹脂との接着性が劣る。そのため、得られる複合材料の物性低下の原因になる。A/Bの値は電解処理の条件、アルカリ処理の条件によりコントロールできる。一般には、アルカリ処理の処理液濃度、処理時間を増すとA/Bの値は増加する。
【0032】
本発明の炭素繊維は公知の方法によりマトリックス樹脂と複合化することが出来る。例えば、炭素繊維束を一方向に引きそろえて並べ、得られる炭素繊維シートにエポキシ樹脂を含浸させた後、80〜100℃に加熱、0.3〜0.5MPaに加圧してエポキシ樹脂を予備含浸させ、一方向プリプレグを得た。得られたプリプレグを用いて、CFRP(繊維強化プラスチック板材)を製造することが出来る。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各評価は以下の方法により実施した。
【0034】
〔炭素繊維1g当たりのクーロン数(C/g)〕
下記式で計算される値である。
C/g=0.36×A/(E×S×Y×F)
ここで、A(電流値:A)、E(炭素繊維のストランド数)、S(速度:m/hr)、Y(繊度:dtex)、F(フィラメント数)である。
【0035】
〔比表面積〕
BET理論に従ってBETプロットの約0.1〜0.25の相対圧域を解析し算出した。ガス吸着に際しては、ユアサアイオニクス(株)社製全自動ガス吸着装置「AUTOSORB ― 1」を使用し、下記条件により行った。
吸着ガス:Kr(クリプトン)
死容積:He(ヘリウム)
吸着温度:77K(液体窒素温度)
測定範囲:相対圧(P/P)= 0.05−0.3
P:測定圧
:Kr(クリプトン)の飽和蒸気圧
Kr(クリプトン)吸着によるBET法での比表面積値とは、吸着占有面積の判明しているガス分子をサンプルに吸着させ、その際の単分子層吸着量の値を用い、次の式によって算出される。
S=([Vm×N×Acs]M)/w
S:比表面積
Vm:単分子層吸着量
N:アボガドロ定数
Acs:吸着断面積
M:分子量
w:サンプル重量
【0036】
〔繊維の樹脂含浸ストランド強度及び弾性率〕
JIS R 7608に規定された方法により測定した、エポキシ樹脂含浸ストランド物性である。
【0037】
〔炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)〕
次の手順に従って、X線光電子分光器(XPS、化学分析用電子分光法(ESCA)ともいう)によって求める。炭素繊維をカットしてステンレス製の試料支持台上に拡げて並べた後、光電子脱出角度を90度に設定し、X線源としてMgKαを用い、試料チャンバー内を1×10−6Paの真空度に保つ。測定時の帯電に伴うピークの補正として、まずC1sの主ピークの結合エネルギー値B.E.を284.6eVに合わせる。O1sピーク面積は、528〜540eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求め、C1sピーク面積は、282〜292eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求める。炭素繊維表面の表面酸素濃度O/Cは、上記O1sピーク面積とC1sピーク面積の比で計算して求められる。
【0038】
〔面内剪断応力(IPSS)の荷重―伸び線図により求める層間剥離亀裂進展抵抗〕
面内剪断応力の測定には、サイジングを行った後の炭素繊維及び東邦テナックス社製エポキシ樹脂を使用し、炭素繊維目付け190g/m、樹脂含有率33%の一方向性プリプレグを作製し、次いで、得られた一方向プリプレグ8枚を繊維の方向が順に[+45°/―45°] 2Sとなるように積層し、オートクレーブ中で温度180℃、圧力0.6MPaで2時間加熱硬化し、CFRP(繊維強化プラスチック板材)試験片を得た。得られた試験片を用いて、JIS K 7079に記載の±45°方向引張法に従って、面内剪断応力(IPSS)を測定し、荷重―伸び線図を求め、図3に示すような、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重を求めた。
【0039】
〔衝撃後圧縮強度(CAI)〕
CAIの測定には、サイジングを行った後の炭素繊維及び東邦テナックス社製エポキシ樹脂を使用し、炭素繊維目付け190g/m、樹脂含有率33%の一方向性プリプレグを作製し、[+45°/0°/―45°/90°] 3Sの擬似等法に積層した。オートクレーブ中で温度180℃、圧力0.6MPaで2時間加熱硬化し、CFRP(繊維強化プラスチック板材)を得た。
【0040】
このCFRPについて、JIS K7089(1996)に従い、0度方向が152.4mm、90度方向が101.6mmの長方形に切り出し、この中央に落錘衝撃(30.5Jの衝撃エネルギー)を与えた。衝撃試験は落錘型衝撃試験機(Dynatup社製GRC―8250)を用いて、衝撃後、供試体の損傷面積は、超音波探傷試験機(キャノン社製M610)にて測定した。衝撃後、供試体の強度試験は、供試体の上から25.4mmでサイドから25.4mmの位置に、歪みゲージを左右各1本ずつ貼付し、同様に表裏に合計4本/体の歪みゲージを貼付た後、試験機(島津製作所製オートグラフAG−100TB型)のクロスヘッド速度を1.3mm/min.とし、供試体の破断まで荷重を負荷した。
【0041】
〔単位質量当りのカルボキシル基量〕
中和滴定法により測定される単位質量当りのカルボキシル基量(B)(単位は〔eq/g〕)は以下の通り測定した。
濃度N〔eq/mL〕の炭酸水素ナトリウムの溶液Y〔mL〕を塩酸(ファクター:f)により滴定を行い、ブランク滴定量K〔mL〕を求めた。次いで、濃度N〔eq/mL〕の炭酸水素ナトリウム水溶液X〔mL〕に炭素繊維M〔g〕を浸漬した後、上澄み液をY〔mL〕採取し、塩酸(ファクター:f)により、逆滴定を行い、滴定量L〔mL〕を求めた。測定結果から、下記式
カルボキシル基量〔eq/g〕=((K-L)×N×f×X/Y)/M
で求めた。
【0042】
〔単位質量当りのヒドロキシル基量〕
中和滴定法により測定される単位質量当りのヒドロキシル基量(A)(単位は〔eq/g〕)は以下の通り測定した。
濃度N〔eq/mL〕の水酸化ナトリウムの溶液Y〔mL〕を塩酸(ファクター:f)により滴定を行い、ブランク滴定量K〔mL〕を求めた。次いで、濃度N〔eq/mL〕の水酸化ナトリウム水溶液X〔mL〕に炭素繊維M〔g〕を浸漬した後、上澄み液をY〔mL〕採取し、塩酸(ファクター:f)により、逆滴定を行い、滴定量L〔mL〕を求めた。
濃度n〔eq/mL〕の炭酸ナトリウムの溶液y〔mL〕を塩酸(ファクター:f)により滴定を行い、ブランク滴定量k〔mL〕を求めた。次いで、濃度n〔eq/mL〕の炭酸ナトリウム水溶液x〔mL〕に炭素繊維m〔g〕を浸漬した後、上澄み液をy〔mL〕採取し、塩酸(ファクター:f)により、逆滴定を行い、滴定量l〔mL〕を求めた。測定結果から、下記式
ヒドロキシル基量〔eq/g〕=((K-L)×N×f×X/Y)/M ― ((k-l)×n×f×x/y)/m
で求めた。
【0043】
(実施例1)
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を湿式紡糸し、水洗、乾燥、延伸、オイリングして繊度1.28dtex、フィラメント数 12000の前駆体繊維を得た。この前駆体繊維(プレカーサー)を220〜260℃の熱風循環型の耐炎化炉を60分間かけて通過せしめて耐炎化処理するに際して6%の伸長操作を施した。次に得られた耐炎化繊維を純粋な窒素気流中300〜600℃の温度勾配を有する第一炭素化炉を通過せしめるに際して2〜8%の伸長を加え、更に同雰囲気中1100〜1200℃の最高温度を有する第二炭素化炉中において炭素化処理して炭素繊維を得た。引き続いて、3ユニットからなる多段表面処理浴を用いて、非接触電解処理を行った。電解質溶液として硫酸アンモニウム8質量%水溶液を使用し、走行中の炭素繊維を陽極として、被処理炭素繊維1g当り30クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて電位を逆転させ、還元処理を施した。次いで炭酸ナトリウム8質量%水溶液(pH=12.1)で10秒及び温水90℃で1分間洗浄した後乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は3.91であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0044】
(実施例2)
実施例1と同様にて紡糸、耐炎化、炭素化を行い、被処理炭素繊維1g当り15クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて電位を逆転させ、還元処理を施して得られた炭素繊維を、炭酸ナトリウム8質量%水溶液で10秒及び温水90℃で1分間洗浄した後乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は2.63であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0045】
(比較例1)
実施例1と同様にて紡糸、耐炎化、炭素化を行い、被処理炭素繊維1g当り30クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて電位を逆転させ、還元処理を施して得られた炭素繊維を、水洗水のみで洗浄後、乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は1.55であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0046】
(比較例2)
実施例1と同様にて紡糸、耐炎化、炭素化を行い、被処理炭素繊維1g当り30クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて酸化処理を施して得られた炭素繊維を、炭酸ナトリウム8質量%水溶液で10秒及び温水90℃で1分間洗浄した後乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は5.42であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0047】
(比較例3)
実施例1と同様にて紡糸、耐炎化、炭素化を行い、被処理炭素繊維1g当り5クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて電位を逆転させ、還元処理を施して得られた炭素繊維を、炭酸ナトリウム8質量%水溶液で10秒及び温水90℃で1分間洗浄した後乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は2.57であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0048】
(比較例4)
実施例1と同様にて紡糸、耐炎化、炭素化を行い、被処理炭素繊維1g当り30クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて酸化処理を施して得られた炭素繊維を、水洗水のみで洗浄後、乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。
その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は2.64であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0049】
(比較例5)
実施例1と同様にて紡糸、耐炎化、炭素化を行い、被処理炭素繊維1g当り30クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、最終ユニットにて電位を逆転させ、還元処理を施して得られた炭素繊維を、水酸化ナトリウム4質量%水溶液(pH=14)で10秒及び温水90℃で1分間洗浄した後乾燥、サイジング処理し、炭素繊維を得た。その結果、表1に示す諸物性の繊維直径7μm、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維を得た。A/B値は16.0であった。また、本炭素繊維を用いて調製する複合材料のコンポジット評価結果を表2に、上降伏点荷重、下降伏点荷重、最大点荷重の測定結果を表3に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
【表3】

【0053】
実施例1、2の炭素繊維は、アルカリ処理によっても強度や弾性率の低下は認められなかった。この炭素繊維を用いた複合材料は、本発明の範囲外の炭素繊維を用いた複合材料(比較例1〜5)と比較してCAI強度が高かった。また、実施例1、2の炭素繊維を用いて製造した複合材料の層間剥離亀裂進展抵抗は、比較例1、2、4、5の炭素繊維を用いて製造した複合材料のように、荷重が下がる部分は認められず、高い層間強度を有していた。
【0054】
比較例1の炭素繊維は、アルカリ処理を行っていないため、A/B値が本発明の範囲外となった。そのため、この炭素繊維を原料とする複合材料は、アルカリ処理を行った炭素繊維を原料とする複合材料(実施例1)と比較してCAI強度が低かった。また、層間剥離亀裂進展抵抗において荷重が下がる部分が認められた。
【0055】
比較例2の炭素繊維は、通電処理の最終ユニットにおいて還元処理を行わなかったため、A/B値が本発明の範囲外となった。そのため、この炭素繊維を原料とする複合材料は、アルカリ処理を行った炭素繊維を原料とする複合材料(実施例1)と比較してCAI強度が低かった。
【0056】
比較例3の炭素繊維は、通電処理の電気量が低かったため、O/C値が本発明の範囲外となった。そのため、この炭素繊維を原料とする複合材料は、本発明の炭素繊維を原料とする複合材料(実施例1)と比較してCAI強度が低かった。
【0057】
比較例4の炭素繊維は、通電処理の最終ユニットにおいて還元処理を行わず、さらにアルカリ処理も行わなかったため、O/C値が本発明の範囲外となった。そのため、この炭素繊維を原料とする複合材料は、通電処理の最終ユニットにおいて還元処理を行い、アルカリ処理を行った炭素繊維を原料とする複合材料(実施例1)と比較してCAI強度が低かった。
【0058】
比較例5の炭素繊維は、水酸化ナトリウムを用いてアルカリ処理を行い、カルボキシル基の量を減らした。しかし、pHが本発明の範囲外であったため、官能基比率の制御が十分に行えず、A/B値が本発明の範囲外となった。そのため、この炭素繊維を原料とする複合材料は、炭酸ナトリウムを用いてアルカリ処理を行った炭素繊維を原料とする複合材料(実施例1)と比較してCAI強度が低かった。
【符号の説明】
【0059】
1・・・上降伏点
2・・・下降伏点
3・・・最大点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線光電子分光器により測定される表面酸素濃度が8〜25%であるポリアクリロニトリル系炭素繊維であって、且つ、中和滴定法により測定される単位質量当りのヒドロキシル基量(A)(単位はeq/g)と、単位質量当りのカルボキシル基量(B)(単位はeq/g)とから算出されるA/Bの値が2.0〜5.0であることを特徴とするポリアクリロニトリル系炭素繊維。
【請求項2】
ポリアクリロニトリル系炭素繊維に表面処理を施してポリアクリロニトリル系炭素繊維を製造する方法であって、
電解処理を施して炭素繊維表層部の官能基量を増加させたポリアクリロニトリル系炭素繊維にpH8〜13のアルカリ性水溶液を接触させることにより、
X線光電子分光器により測定される表面酸素濃度を8〜25%、中和滴定法により測定される単位質量当りのヒドロキシル基量(A)(単位はeq/g)と、単位質量当りのカルボキシル基量(B)(単位はeq/g)とから算出されるA/Bの値を2.0〜5.0に変化させる工程を有することを特徴とする請求項1記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
アルカリ性水溶液が、炭酸ナトリウム水溶液である請求項2記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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