説明

ポリアミノ酸及びペプチドの製造方法

【課題】ポリα−グルタミン酸の大量合成技術を提供する。
【解決手段】ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有する組成物と、該組成物を用いるポリα−グルタミン酸の製造方法と、アミノ酸又はその誘導体がC末端に連結したペプチドの製造方法。前記タンパク質を発現する組換えベクター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有する組成物と、該組成物を用いるポリα−グルタミン酸の製造方法と、アミノ酸又はその誘導体がC末端に連結したペプチドの製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
大腸菌RimK遺伝子産物は、リボソームS6タンパク質(RpsF遺伝子産物)のC末端に複数個のグルタミン酸を付加する修飾酵素として知られている(非特許文献1)。本発明の発明者らは、遊離のグルタミン酸単体を基質としてポリα−グルタミン酸を合成するポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性と、ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかに広範な特異性でアミノ酸を連結するアミノ酸リガーゼ活性とがRimK遺伝子産物にはあることを発見した。本発明は、かかる発見に基づいて想到された。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Kangら、Mol. Gen. Genet. 217:281−288(1989)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ポリグルタミン酸には、グルタミン酸がγ位のカルボキシル基でペプチド結合により連結して重合したホモポリペプチド(ポリγ−グルタミン酸)と、グルタミン酸がα位のカルボキシル基でペプチド結合により連結して重合したホモポリペプチド(ポリα−グルタミン酸)とがある。前者のポリγ−グルタミン酸は納豆の粘りけの主成分であり、増粘剤、保湿剤、生体適合性材料等として知られている。これに対し、後者のポリα−グルタミン酸については、その性状が詳しく知られていない。これは、ポリα−グルタミン酸を大量合成することが困難なことが原因の1つである。そこで、工業的なポリα−グルタミン酸の大量合成技術を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有する組成物を提供する。本発明のポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有する組成物は、(1)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列からなるタンパク質と、(2)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(3)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(4)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(5)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列によってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(6)特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質に連結した融合タンパク質とからなるグループから選択される少なくとも1種類のタンパク質を含む。
【0006】
本発明の組成物は、前記(1)ないし(6)のタンパク質からなるグループから選択される少なくとも1種類のタンパク質を発現する組換えベクターを含む形質転換体を含む場合がある。
【0007】
本発明は、(1)本発明の組成物を用意するステップと、(2)前記組成物と、グルタミン酸とを接触させて、ポリα−グルタミン酸を合成させるステップとを含む、ポリα−グルタミン酸の製造方法を提供する。
【0008】
本発明のポリα−グルタミン酸の製造方法は、ポリα−グルタミン酸の粘性を消失させる温度条件で実施される場合がある。
【0009】
本発明はアミノ酸又はその誘導体がC末端に連結したペプチドの製造方法を提供する。本発明のペプチドの製造方法は、(1)本発明の組成物を用意するステップと、(2)グリシン、アラニン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、フェニルアラニン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、バリン、トリプトファン及びチロシンからなるグループから選択される少なくとも1種類のアミノ酸又はその誘導体と、ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかと、前記組成物とを接触させて、前記少なくとも1種類のアミノ酸かその誘導体かがC末端に連結したペプチドを合成させるステップとを含む。
【0010】
本明細書において「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合で連結した化合物である。「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」は、メチル基を含むアルキル基、リン酸基、糖鎖、及び/又は、エステル結合その他の共有結合による修飾を含む場合がある。また、「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」は、金属イオン、補酵素、アロステリックリガンドその他の原子、イオン、原子団か、他の「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」か、糖、脂質、核酸等の生体高分子か、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリビニル、ポリエステルその他の合成高分子かを共有結合又は非共有結合により結合又は会合している場合がある。
【0011】
本明細書において「ポリアミノ酸」とは、1種類のアミノ酸がペプチド結合でつながったペプチドをいう。
【0012】
本明細書でアミノ酸を表す場合、アスパラギン、グルタミン等の化合物名で表す場合と、Asn、Gln等の慣用の3文字表記で表す場合とがある。化合物名で表す場合には、アミノ酸のα炭素に関する立体配置を示す接頭辞(又はD−)を用いて表す。慣用の3文字表記で表す場合には、該3文字表記は特に断りのない限りL体のアミノ酸を表す。本明細書において、アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基とが少なくとも1個の炭素原子を介して結合した化合物であって、ペプチド結合により重合することが可能ないずれかの化合物を指す。本明細書におけるアミノ酸は、グリシン、アラニン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、フェニルアラニン、ヒスチジン、イソロイシン、リジン、ロイシン、メチオニン、アスパラギン、プロリン、グルタミン、アルギニン、セリン、スレオニン、バリン、トリプトファン及びチロシンからなる20種類のアミノ酸(以下、「リボソームタンパク質合成反応の基質となる20種類のアミノ酸の単体」という。)とこれらの立体異性体であるD−アミノ酸とを含むが、これらに限定されない、いずれかの天然又は非天然のアミノ酸を含む場合がある。
【0013】
本発明のタンパク質は、そのアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるDNAを、無生物発現系か、宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系かで発現させることにより産生される。前記宿主生物は、大腸菌、枯草菌等のような原核生物と、酵母、菌類、植物、動物等のような真核生物とを含む。本発明の宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系は、細胞や組織のような生物の一部か、生物の個体全体かの場合がある。本発明の酵素タンパク質は、活性を有することを条件として、無生物発現系又は宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系の他の成分が混在する状態で、本発明のポリα−グルタミン酸や、アミノ酸又はその誘導体がC末端に連結したペプチドの製造方法に使用される場合がある。本発明の酵素タンパク質を前記宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系で発現させる場合には、前記タンパク質を発現する宿主生物、例えば本発明の形質転換体が生きた状態で本発明の製造に用いられる場合がある。このとき、本発明のポリグルタミン酸の製造は、休止菌体反応系や発酵法によって行うことができる。あるいは、前記タンパク質は、精製された状態で本発明のポリα−グルタミン酸や、アミノ酸又はその誘導体がC末端に連結したペプチドの製造方法に使用されてもよい。
【0014】
配列番号1のヌクレオチド酸配列と、配列番号2のアミノ酸配列とは、それぞれ、大腸菌K12株のRimK遺伝子のヌクレオチド配列と、大腸菌K12株のRimK遺伝子産物のアミノ酸配列とである。配列番号2のアミノ酸配列はGenBankアクセッション番号U00096として登録されている。配列番号3及び4に列挙されるヌクレオチド配列は、それぞれ大腸菌RimK遺伝子をPCR法で増幅するためのフォワードプライマー及びリバースプライマーである。
【0015】
本明細書においてヌクレオチド配列の相同性は、本発明のヌクレオチド配列と、比較対象のヌクレオチド配列との間でヌクレオチド配列が一致する部分が最も多くなるように整列させて、ヌクレオチド配列が一致する部分のヌクレオチドの数を本発明のヌクレオチド配列のヌクレオチドの総数で割った商の百分率で表される。同様に、本明細書においてアミノ酸配列の相同性は、本発明のアミノ酸配列と、比較対象のアミノ酸配列との間で配列が一致するアミノ酸残基の数が最も多くなるように整列させて、配列が一致するアミノ酸残基の数の合計を本発明のアミノ酸配列のアミノ酸残基の総数で割った商の百分率で表される。本発明のヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の相同性は、当業者に周知の配列整列プログラムCLUSTALWを使用することにより算出することができる。
【0016】
本明細書において「ストリンジェントな条件」とは、Sambrook、J.及びRussell、D.W.、Molecular Cloning A Laboratory Manual 3rd Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2001)に説明されるサザンブロット法で以下の実験条件で行うことを指す。比較対象のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドはアガロース電気泳動によりバンドを形成させた上で毛管現象又は電気泳動によりニトロセルロースフィルターその他の固相に不動化される。6× SSC及び0.2% SDSからなる溶液で前洗浄される。本発明のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを放射性同位元素その他の標識物質で標識したプローブと前記固相に不動化された比較対象のポリヌクレオチドとの間のハイブリダイゼーション反応は6× SSC及び0.2% SDSからなる溶液中で65°C、終夜行われる。その後前記固相は1× SSC及び0.1% SDSからなる溶液中で65°C、各30分ずつ2回洗浄され、0.2× SSC及び0.1% SDSからなる溶液中で65°C、各30分ずつ2回洗浄される。最後に前記固相に残存するプローブの量が前記標識物質の定量により決定される。本明細書において「ストリンジェントな条件」でハイブリダイゼーションをするとは、比較対象のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを不動化した固相に残存するプローブの量が、本発明のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを不動化した陽性対照実験の固相に残存するプローブの量の少なくとも25%、好ましくは少なくとも50%、より好ましくは少なくとも75%以上であることを指す。
【0017】
本発明のタンパク質は、大腸菌RimK遺伝子産物であって、(1)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列からなるタンパク質と、(2)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(3)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(4)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、(5)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列によってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質である。
【0018】
本発明の融合タンパク質は、特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質のN末端又はC末端に連結したものである。
【0019】
本発明の特異的結合タグペプチドは、前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質を調製する際に、発現したタンパク質の検出、分離又は精製をより容易に行うことを可能にするために、他のタンパク質、多糖類、糖脂質、核酸及びこれらの誘導体、樹脂等と特異的に結合するポリペプチドである。特異的結合タグと結合するリガンドは、水溶液中に溶解した遊離状態の場合も固体支持体に不動化される場合もある。そこで、本発明の融合タンパク質は固体支持体に不動化されたリガンドに特異的に結合するため、発現系の他の成分を洗浄除去することができる。その後、遊離状態のリガンドを添加したり、pH、イオン強度その他の条件を変えることにより、固体支持体から前記融合タンパク質を分離して回収することができる。本発明の特異的結合タグは、Hisタグ、mycタグ、HAタグ、インテインタグ、MBP、GSTその他これらに類するポリペプチドが含まれるが、これらに限定されない。本発明の特異的結合タグは、融合タンパク質がポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を保持することを条件としていかなるアミノ酸配列を有してもかまわない。
【0020】
本発明のタンパク質のポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性は、本発明のタンパク質と、グルタミン酸単体と、ATPと適当な緩衝液とを含む反応混合液か、本発明のタンパク質と、アミノ酸単体と、ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかと、ATPと適当な緩衝液とを含む反応混合液かをインキュベーションすることにより生成した遊離リン酸を定量することにより評価される場合がある。前記ペプチドが、C末端アミノ酸はグルタミン酸であるが、そのアミノ基が連結するアミノ酸はグルタミン酸以外の場合であっても、前記反応混合液は遊離リン酸を生成する。したがって、本発明のタンパク質のアミノ酸リガーゼは、C末端がグルタミン酸のペプチドと特異的に反応するが、C末端から2個目のアミノ酸はグルタミン酸である必要はない。したがって、前記C末端がグルタミン酸のペプチドのC末端から2個目よりN末端側のアミノ酸は、メトキシ基のような官能基、ビオチンその他の特異的結合パートナーや、蛍光その他の発色団、X線その他の電磁放射線の透過特性に特徴のある原子団、ESR等の生物物理学的な測定用のプローブ原子団等によって修飾されていてもかまわないし、ガラス、ラテックス、シリコン、プラスチック等の固体や、糖鎖その他のポリマーに共有結合によって連結されていてもかまわない。メトキシ基のような官能基、ビオチンその他の特異的結合パートナーや、蛍光その他の発色団、X線その他の電磁放射線の透過特性に特徴のある原子団、ESR等の生物物理学的な測定用のプローブ原子団等による修飾は、本発明のタンパク質のポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を完全に阻害しないことを条件として、アミノ酸のいずれの原子に結合するものであってもかまわない。前記修飾は前記アミノ酸のN末端アミノ基を修飾することが好ましい。
【0021】
本発明のタンパク質のポリα−グルタミン酸シンテターゼ反応では、単体のグルタミン酸のC末端カルボキシル基にグルタミン酸が連結される。すると、本発明のタンパク質のアミノ酸リガーゼ反応においても、C末端がグルタミン酸であるペプチドだけでなく、単体のグルタミン酸にもアミノ酸が連結されうると考えられる。ここで、本発明のタンパク質のポリα−グルタミン酸シンテターゼ及び/又はアミノ酸リガーゼ反応によりアミノ酸と連結されるグルタミン酸は、前記酵素反応を完全に阻害しないことを条件として、メトキシ基のような官能基、ビオチンその他の特異的結合パートナーや、蛍光その他の発色団、X線その他の電磁放射線の透過特性に特徴のある原子団、ESR等の生物物理学的な測定用のプローブ原子団等により修飾されていてもかまわないし、ガラス、ラテックス、シリコン、プラスチック等の固体や、糖鎖その他のポリマーに共有結合によって連結されていてもかまわない。前記修飾は前記グルタミン酸のN末端アミノ基を修飾することが好ましい。
【0022】
本発明の組成物において、前記アミノ酸リガーゼ活性は、ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかのC末端にアミノ酸を連結する活性の場合がある。前記ジグルタミン酸か、C末端アミノ酸がグルタミン酸であるペプチドかのC末端に連結されるアミノ酸は、リボソームタンパク質合成反応の基質となる20種類のアミノ酸のうち、アルギニン、リジン、ヒスチジン及びプロリンを除くいずれかのアミノ酸か、その誘導体かの場合がある。前記誘導体は、メトキシ基のような官能基、ビオチンその他の特異的結合パートナーや、蛍光その他の発色団、X線その他の電磁放射線の透過特性に特徴のある原子団、ESR等の生物物理学的な測定用のプローブ原子団等が、リボソームタンパク質合成反応の基質となる20種類のアミノ酸のうち、アルギニン、リジン、ヒスチジン及びプロリンを除くいずれかのアミノ酸に共有結合で連結された化合物の場合がある。前記アミノ酸の誘導体は、該アミノ酸のC末端のカルボキシル基が修飾されることが好ましい。
【0023】
本発明のポリα−グルタミン酸や、ペプチドの解析は、HLC−ESI−MS、MALDI−ROF−MS等のような当業者に周知の分析機器の使用により実施される場合がある。
【0024】
本発明の製造方法のステップ(2)では、本発明の組成物に加えて、pH調整のための緩衝液成分を含む反応液を用いて実施される場合がある。好ましくは前記緩衝液成分としてTrisHClが使用され、pHは9.0〜10.0に調整される場合がある。
【0025】
本発明の製造方法のステップ(2)において反応混合液が所定の反応時間及び反応温度でインキュベーションされる。本発明の製造方法において、本発明の組成物、基質及び/又はATPの反応液中における濃度、反応液量、反応時間、反応温度、pHその他の反応条件は、ポリα−グルタミン酸又はペプチドの目標とする製造量、平均分子量、多分散度及び収率と、製造に要する時間、費用、設備等と、その他の条件との関係で当業者により決定される場合がある。
【0026】
本発明の製造方法で取得されるポリα−グルタミン酸及びペプチドは、遠心分離、カラムクロマトグラフィー、凍結乾燥等のような当業者に周知の操作の組合せにより回収される場合がある。また、本発明の製造方法で取得されるポリα−グルタミン酸及びトリペプチドは、LC−ESI−MS、MALDI−ROF−MS、NMR等のような当業者に周知の分析技術を使用して重合度、構造等を評価される場合がある。
【0027】
本明細書において「組換えベクター」とは、本発明のタンパク質を宿主生物において発現させるために使用される、前記タンパク質をエンコードするポリヌクレオチドが組み込まれたベクターである。
【0028】
本明細書において「ベクター」とは、本発明のタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドを組み込み宿主生物へ導入することにより、本発明のタンパク質を該宿主生物において複製及び発現させるために用いられる遺伝因子であり、プラスミド、ウイルス、ファージ、コスミド等を含むがこれらに限定されない。好ましくは、前記ベクターはプラスミドの場合がある。さらに好ましくは、前記ベクターは、pET−21a(+)プラスミドの場合がある。
【0029】
本発明の組換えベクターは、制限酵素、DNA連結酵素等を使用する当業者に周知の遺伝子工学手法を用いて本発明のタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドといずれかのベクターとを連結することにより作製される場合がある。
【0030】
本明細書において「形質転換体」とは、本発明のタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドが組み込まれた組換えベクターが導入され、該所望の機能を有するタンパク質に関連する所望の形質を表すことができるようになった生物である。
【0031】
本明細書において「宿主生物」とは、形質転換体の作製において、本発明のタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドが組み込まれた組換えベクターが導入される生物である。前記宿主生物は、大腸菌、枯草菌等のような原核生物と、酵母、菌類、植物、動物等のような真核生物とを含む。前記宿主生物は大腸菌の場合がある。
【0032】
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターをいずれかの適切な宿主生物に導入することにより作製される。組換えベクターの導入は、電気刺激で細胞膜に空隙を作るエレクトロポレーション法、カルシウムイオン処理と併せて行うヒートショック法等を含む当業者に周知のさまざまな手法により実施される場合がある。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】RimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物のLC−ESI−MSによる解析結果を示すスペクトル図。
【図2】RimK反応産物精製標品と、合成ポリα−グルタミン酸と、合成ポリγ−グルタミン酸とを前記酸加水分解処理に供する前後のサンプルと、グルタミン酸単体とをTLC分析した結果図。
【図3A】RimK反応産物精製標品のMALDI−ROF−MSによる解析結果を示すスペクトル図。
【図3B】図3Aのスペクトル図のm/z値が4,000ないし4,500の範囲の縦軸を拡大したスペクトル図。
【図4A】RimK反応産物のNMRスペクトルのケミカルシフト1.7−2.5の範囲の拡大したスペクトル図。
【図4B】合成ポリα−グルタミン酸(Poly−α−Glu)のNMRスペクトルのケミカルシフト1.7−2.5の範囲の拡大したスペクトル図。
【図4C】合成ポリγ−グルタミン酸Poly−γ−Glu)のNMRスペクトルのケミカルシフト1.7−2.5の範囲の拡大したスペクトル図。
【図4D】γ−ジグルタミン酸(γ−Glu−Glu)のNMRスペクトルのケミカルシフト1.7−2.5の範囲の拡大したスペクトル図。
【図5】RimK遺伝子産物を発現する大腸菌の無細胞抽出液のLC−ESI−MSによる解析結果を示すスペクトル図。
【図6】RimK精製タンパク質によるアルギニルグルタミン酸(RE)からの反応産物のLC−ESI−MSによる解析結果を示すスペクトル図。
【図7】加熱処理の温度(横軸)と、各温度で加熱処理された酵素を含む反応混合液の遊離リン酸濃度を陽性対照の遊離リン酸濃度で除算した比活性(縦軸)との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下の実施例によって本発明について詳細な説明を行なうが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
大腸菌RimKタンパク質をエンコードする遺伝子のクローニング、導入及び発現
(RimK遺伝子の増幅)
大腸菌K12株の染色体DNAを鋳型とし、配列番号3及び4に列挙されるヌクレオチド配列からなるそれぞれフォワードプライマー及びリバースプライマーを用いるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により、大腸菌RimK遺伝子が増幅された。得られた増幅産物は、配列番号3のヌクレオチド配列と、配列番号1のヌクレオチド配列のうち第24番目から第883番目のヌクレオチド配列と、配列番号4のヌクレオチド配列の逆相補体配列とがこの順に5’末端から3’末端まで連結されたヌクレオチド配列からなる2本鎖DNAであった。
【0036】
(組換えプラスミドの取得)
前記PCR反応の増幅産物をインサート用DNAと、ベクターであるpET−21a(+)とが、制限酵素NdeI及びEcoRIにより切断された。切断産物は、精製後、連結されて、発現ベクターpETRimKが得られた。pETRimKは大腸菌BL21(DE3)株に導入された。発現ベクターpETRimKは、RimK遺伝子産物のC末端にHisタグが連結した融合タンパク質を発現する。
【0037】
(目的の遺伝子の発現)
発現ベクターpETRimKが形質転換された大腸菌は、50μg/mL アンピシリンを添加したLB液体培地3mLに接種され、37°C、150rpmで5時間振とう培養された。その後、前記液体培地1mLが50μg/mL アンピシリンを添加した新鮮なLB液体培地100mLに接種され、37°C、120rpmで1ないし2時間振とう培養された。そして、終濃度が0.1mMとなるようにイソプロピル−β−d−チオガラクトピラノシド(IPTG)が添加され、25°C、120rpmで終夜培養され、遺伝子発現が誘導された。培養菌体は、遠心分離により集菌され、100mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に懸濁された。前記懸濁液は、超音波破砕後、遠心分離により残渣が除去され、上清が無細胞抽出液として回収された。RimK遺伝子産物のC末端にHisタグが連結した融合タンパク質は、Ni−アフィニティーカラム(His−trap、GEヘルスケア)で精製後、PD−10カラム(GEヘルスケア)で脱塩され、酵素反応用精製タンパク質として用いられた(以下、「RimK精製タンパク質」という)。
【実施例2】
【0038】
RimK精製タンパク質の酵素活性
材料及び方法
100mM Tris−HCl(pH8.0)と、25mMのアミノ酸基質と、12.5mMのATPと、12.5mMのMgSOと、0.5mg/mLのRimK精製タンパク質とを含む反応混合液が調製された。前記アミノ酸基質として、リボソームタンパク質合成反応の基質となる20種類のアミノ酸の単体のうちいずれか1種類が用いられた。したがって本実施例では、前記アミノ酸のそれぞれを含む反応混合液合計20種類が調製された。それぞれの反応混合液は30°Cで20時間インキュベートされた。ペプチドが生成する際にはATPがADPとリン酸(Pi)に加水分解されることから、インキュベーション後の前記反応混合液中の遊離リン酸量がDeterminer L IP(協和メディックス)を用いて測定された。陰性対照として、アミノ酸基質を含まない反応混合液が用いられた。RimKタンパク質は大腸菌リボソームS6タンパク質(RpsF)のC末端にグルタミン酸を付加する活性を有することが知られている。そこで、RpsFのN末端にHisタグが連結された融合タンパク質(以下、「RpsF精製タンパク質」という。)の精製標品を別途調製し、これを0.5mg/mL含む反応混合液が陽性対照として用いられた。
【0039】
結果
RimKの生体内での基質であるRpsF精製タンパク質は含まないで、アミノ酸基質のグルタミン酸だけを含む反応混合液において、3.1mMの遊離リン酸が検出された。RpsFにグルタミン酸を付加させる反応を行う陽性対照の反応混合液では、3.3mMの遊離リン酸が検出された。RpsF精製タンパク質を含む反応混合液であっても、グルタミン酸のかわりにアスパラギン酸を含む反応混合液では1.5mMの遊離リン酸しか検出されなかった。また、RpsF精製タンパク質は含むがアミノ酸基質を含まない反応混合液でも、1.6mMの遊離リン酸が検出された。RpsF精製タンパク質は含まないが、プロリンを含む反応混合液では、0.1mMしか遊離リン酸が検出されなかった。RpsF精製タンパク質は含まず、かつ、グルタミン酸及びプロリン以外の他のアミノ酸基質を含む反応混合液では、1.0mMないし1.5mMの遊離リン酸が検出された。アミノ酸基質を含まない陰性対照でも、1.5mM程度の遊離リン酸が検出された。そこでRimK精製タンパク質は、RpsF精製タンパク質が存在しなくても、遊離グルタミン酸特異的にATPを消費する反応を行うことが示された。RimKは大腸菌菌体内でRpsFにグルタミン酸を最大4個重合付加することが知られているが、本実施例の結果から、RimKは、タンパク質基質であるRpsFが存在しなくても単体のグルタミン酸を重合できる可能性が示唆された。
【実施例3】
【0040】
RimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物の解析(1)
RimKによる反応産物の構造解析のために、100mM Tris−HCl緩衝液(pH9.0−10.0)中に、20mMのグルタミン酸と、20mMのATPと、20mMのMgSOと、0.5mg/mLのRimK精製タンパク質とを含む反応混合液が調製され、30°Cで20時間インキュベーションされた。
【0041】
LC−ESI−MSシステムは、Agilent1100シリーズ(Agilent Technologies, カリフォルニア州、Santa Clara)のHPLCと、LCQ Deca(Thermo Scientific、マサチューセッツ州、Waltham)のESI−MSとから構成される。カラムは、Waters社のSunFire C18(5mm、4.6×150mm)が用いられた。溶離液にはA液として50mMのギ酸、B液としてアセトニトリルが用いられ、毎分1.0mLの流速で、溶出開始後最初の2分はA液100%が流され、その後7分間かけてA液にB液を混合させてA液100%からB液100%に移行しながら流され、その後6分間はB液100%で流された。次に6秒間でB液からA液に切り替えられ、溶出開始後20分までA液100%が流された。
【0042】
結果
図1はRimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物のLC−ESI−MSによる解析結果を示すスペクトル図である。太字のnはグルタミン酸ポリマーの重合度を表し、各ポリマーにプロトン付加した分子量と一致するピークを黒矢印で表し、該ピークから水分子が抜けた分子量に相当するピークを灰色矢印で表す。図1から、黒矢印のピークは、グルタミン酸4ないし12個がペプチド結合してプロトン付加したポリグルタミン酸と推察された。
【実施例4】
【0043】
RimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物の解析(2)
RimKによる反応産物のさらなる構造解析用に多量の反応産物を得るために、100mM Tris−HCl緩衝液(pH9.0)中に、40mMのグルタミン酸と、40mMのATPと、40mMのMgSOと、1.0mg/mLのRimK精製タンパク質とを含む反応混合液が調製され、30°Cで20時間インキュベーションされた。
【0044】
実施例3からRimKによるグルタミン酸の反応産物がポリグルタミン酸であることが推察されたので、エタノール沈殿法により前記反応産物が精製された。すなわち、前記反応混合液はインキュベーション後に煮沸され、遠心分離によりタンパク質が除去され、上清に5分の1量の5M NaClが添加され、よく攪拌された。さらに2倍量のエタノールが添加され、攪拌された。得られた沈殿物が少ないときには、−80°Cで20分間冷却された。その後沈殿物(以下、「RimK反応産物精製標品」という。)が遠心分離により回収された。典型的には、3mLの反応混合液から約40mgの沈殿物が得られた。
【0045】
酸加水分解処理によってポリマーを構成するモノマー成分を分析するために、RimK反応産物精製標品と、合成ポリα−グルタミン酸(分子量700−5,000、和光純薬)と、合成ポリγ−グルタミン酸(分子量200,000−500,000、和光純薬)とが6N塩酸に懸濁され、95°C、24時間インキュベーションされた。その後NaOHで中和され、TLC分析に供された。
【0046】
結果
図2は、RimK反応産物精製標品と、合成ポリα−グルタミン酸と、合成ポリγ−グルタミン酸とを前記酸加水分解処理に供する前後のサンプルと、グルタミン酸単体とをTLC分析した結果図である。図2に示されるとおり、RimK反応産物精製標品は、合成ポリα−グルタミン酸及び合成ポリγ−グルタミン酸と同様に、酸加水分解処理によりグルタミン酸を遊離した。これにより、RimK反応産物精製標品はポリグルタミン酸であることが示された。
【実施例5】
【0047】
RimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物の解析(3)
実施例3のLC−ESI−MS解析では、m/z値2,000が測定限界であった。そこで、より測定限界のm/z値が高いMALDI−ROF−MSシステムによりRimK反応産物精製標品が解析された。MALDI−ROF−MSシステムはautoflexIII(BRUKER)が用いられ、CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸)がマトリックスとして用いられた。サンプルは前記マトリックスと混合され、プレートに滴下され、風乾後、測定に供された。
【0048】
結果
図3Aは、RimK反応産物精製標品のMALDI−ROF−MSによる解析結果を示すスペクトル図である。各ピーク上の数字はグルタミン酸の重合度を示す。図3Bは、m/z値が4,000ないし4,500の範囲の縦軸を拡大したスペクトル図である。図3A及びBに示されるとおり、RimK反応産物精製標品は分子量1,000−4,300のポリグルタミン酸として検出された。
【0049】
図3A及びBのスペクトル図で観測されるRimK反応産物精製標品のピークの実測値は、重合度8ないし33においてポリグルタミン酸のプロトン付加分子量の計算値と一致した。したがって、RimKによるグルタミン酸の反応産物はポリグルタミン酸であることが確認された。
【実施例6】
【0050】
RimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物の解析(4)
グルタミン酸にはカルボキシル基がα−位とγ−位と2個存在する。そこで、RimKによるグルタミン酸の反応産物のポリグルタミン酸では、どちらのカルボキシル基が隣接するグルタミン酸のアミノ基とペプチド結合しているかという結合様式がNMR解析により決定された。
【0051】
NMR解析にはAVANCE500(Bruker社)が用いられ、エタノール沈殿により精製されたRimK反応産物精製標品がDOに溶解されて解析に供された。標準試薬として、合成ポリα−グルタミン酸(分子量700−5,000、和光純薬)と、合成ポリγ−グルタミン酸(分子量200,000−500,000、和光純薬)と、γ−ジグルタミン酸(ペプチド研究所)とが用いられた。
【0052】
結果
図5AないしDは、それぞれ、RimK反応産物、合成ポリα−グルタミン酸(Poly−α−Glu)、合成ポリγ−グルタミン酸Poly−γ−Glu)及びγ−ジグルタミン酸(γ−Glu−Glu)のNMRスペクトルのケミカルシフト1.7−2.5の範囲の拡大したスペクトル図である。図5AないしDから明かなとおり、RimK反応産物のNMRスペクトルのケミカルシフト1.7−2.5の範囲で検出される3本のピークの位置及び形状が、合成ポリα−グルタミン酸のものとよく一致した。したがって、RimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物は、グルタミン酸がα位のカルボキシル基でペプチド結合により連結して重合したホモポリペプチドであり、RimK遺伝子産物にはポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性があるとの結論が得られた。
【実施例7】
【0053】
ポリα−グルタミン酸の発酵生産
実施例1で説明された手順にしたがって、RimK遺伝子産物の融合タンパク質を発現するプラスミドベクターpETRimKで形質転換された組換え大腸菌BL21(DE3)株が50μg/mL アンピシリンを添加したLB液体培地で培養され、IPTGによってRimK遺伝子産物の発現が誘導された。培養菌体は、遠心分離により集菌され、100mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に懸濁された。前記懸濁液は、超音波破砕後、遠心分離により残渣が除去され、上清が無細胞抽出液として回収された。前記無細胞抽出液は10分間煮沸され、遠心分離によって除タンパクされてから、実施例3で説明されたLC−ESI−MSによって解析された。
【0054】
結果
図5は、RimK遺伝子産物を発現する大腸菌の無細胞抽出液のLC−ESI−MSによる解析結果を示すスペクトル図である。実施例2でRimK精製タンパク質によるグルタミン酸からの反応産物としてポリα−グルタミン酸が検出された保持時間5.9ないし6.1分の範囲内で、グルタミン酸の5量体及び7量体のそれぞれにプロトン付加した分子量664及び922のピークが検出された。これにより、組換え大腸菌の菌体内でもポリα-グルタミン酸が蓄積していることが確認された。
【実施例8】
【0055】
RimK遺伝子産物によるペプチド合成反応の基質特異性(1)
RimK遺伝子産物の生体内での生体内での基質であるRpsFのC末端には2個のグルタミン酸残基が連続している。そこで、RimK遺伝子産物がアミノ酸又はペプチドの末端カルボキシル基と単体アミノ酸のアミノ基との間でペプチド結合を形成させる際に、カルボキシル基についてはグルタミン酸のα位のカルボキシル基に特異性があることは明かであるが、アミノ基については特定のアミノ酸だけしか利用できない基質特異性があるか否かは検討の余地がある。そこで、12.5mMのジグルタミン酸(Glu−Glu)と、リボソームタンパク質合成反応の基質となる20種類のアミノ酸の単体いずれか1種類(Xaa)12.5mMと、12.5mMのATPと、12.5mMのMgSOと、0.5mg/mLのRimK精製タンパク質と、100mMのTris−HCl(pH9.0)とを含む反応混合液が調製されて、30°Cで20時間のインキュベーションが行われた。反応後、各反応混合液中の遊離リン酸が実施例2と同様にして測定され、反応産物が実施例3と同様にしてLC−ESI−MSによって解析された。陰性対照(BLK)として、前記アミノ酸の単体及びジグルタミン酸を両方とも含まない反応混合液での遊離リン酸濃度が測定された。
【0056】
結果
以下の表1は、反応に供された単体アミノ酸ごとの遊離リン酸濃度と、LC−ESI−MSによるトリペプチド検出結果を示す。Glu−Glu−Xaaは、ジペプチドにアミノ酸単体又はその誘導体が連結した3個又は4個以上のアミノ酸からなるペプチドをさす。
【0057】
【表1】

【0058】
表1で「AVG」は、それぞれのアミノ酸とジグルタミン酸とを含む反応混合液での遊離リン酸濃度を3回測定した平均値を表し、「−BLK」は、AVGの遊離リン酸濃度から陰性対照(BLK)の遊離リン酸濃度を減算した計算値を表す。塩基性アミノ酸であるアルギニン、リジン及びヒスチジンと、プロリンとを含む反応混合液ではトリペプチドは検出されなかったが、他のアミノ酸の単体を含む反応混合液ではトリペプチドが検出された。なお、システインを含む反応混合液では、合成されたトリペプチド分子2個がジスルフィド結合で連結された状態のトリペプチドの2量体のみが検出された。このLC−ESI−MSの解析結果は、遊離リン酸の測定結果とも一致していた。したがって、RimK遺伝子産物には、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性があり、リボソームタンパク質合成反応の基質となる20種類のアミノ酸の単体のうち、プロリン及び塩基性アミノ酸を除く他のアミノ酸を、ジグルタミン酸に連結できるので、基質特異性は広いことが明らかとなった。
【実施例9】
【0059】
RimK遺伝子産物によるペプチド合成反応の基質特異性(2)
本実施例では、ペプチドのC末端のグルタミン酸と単体アミノ酸との間でRimK遺伝子産物がペプチド結合を形成させる反応において、C末端から2番目のアミノ酸もグルタミン酸でなければならないかどうかが検討された。12.5mMのアルギニルグルタミン酸(Arg−Glu、RE)と、グルタミン酸単体12.5mMと、12.5mMのATPと、12.5mMのMgSOと、0.5mg/mLのRimK精製タンパク質と、100mMのTris−HCl(pH9.0)とを含む反応混合液が調製され、30°Cで20時間のインキュベーションが行われた。反応後、前記反応混合液中の反応産物が実施例3と同様にしてLC−ESI−MSによって解析された。
【0060】
結果
図6はRimK精製タンパク質によるアルギニルグルタミン酸(RE)からの反応産物のLC−ESI−MSによる解析結果を示すスペクトル図である。数字はグルタミン酸ポリマーの重合度を表し、RE7、RE8、・・・RE14は、それぞれ、基質のアルギニルグルタミン酸にグルタミン酸が、6個、7個、・・・、13個結合したペプチドにプロトン付加した分子量と一致するピークを表す。図6から、黒矢印のピークは、アルギニルグルタミン酸に6ないし13個のポリグルタミン酸がペプチド結合してプロトン付加したアルギニルポリグルタミン酸と推察された。この結果から、RimK遺伝子産物がペプチドのC末端にグルタミン酸を連結させる反応では、C末端から2番目のアミノ酸がグルタミン酸である必要はないことが明らかになった。
【0061】
ポリグルタミン酸は、ハンチントン舞踏病その他のポリグルタミン酸病又はCAGリピート病とよばれる遺伝性疾患の原因で、タンパク質内のグルタミン酸残基の繰り返し配列が異常に長くなるために、タンパク質の正常なフォールディングが阻害され、タンパク質の異常凝集を起こし、神経細胞死をもたらすと考えられている。ポリグルタミン酸によるタンパク質の異常凝集を軽減緩和する薬剤の開発のためには、ポリグルタミン酸に最小限の修飾を施したプローブが有用である。本発明のRimK遺伝子産物のジグルタミン酸へのアミノ酸リガーゼ活性は、かかるポリグルタミン酸プローブのようなポリグルタミン酸のN末端又はC末端にいずれかの修飾アミノ酸が連結した誘導体の調製に利用することができる。
【実施例10】
【0062】
RimK遺伝子産物のポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性の熱安定性
RimK遺伝子産物の酵素活性の熱安定性を検討するために、30ないし60°Cの範囲内で15分間の加熱処理が施されたRimK精製タンパク質を0.5mg/mLと、25mMのグルタミン酸と、12.5mMのATPと、12.5mMのMgSOと、100mM Tris−HCl緩衝液(pH9.0)とを含む反応混合液が調製され、30°Cで20時間インキュベーションされた。インキュベーション後の反応混合液中の遊離リン酸濃度が測定された。陽性対照として、未加熱のRimK精製タンパク質を含む反応混合液が用いられた。
【0063】
結果
図7は、加熱処理の温度(横軸)と、各温度で加熱処理された酵素を含む反応混合液の遊離リン酸濃度を陽性対照の遊離リン酸濃度で除算した比活性(縦軸)との関係を示すグラフである。図6から明らかなとおり、RimK精製タンパク質は60°Cでは急激に失活したが、55°C以下の温度での加熱処理に対しては非常に高い耐熱性を示した。したがって、RimK遺伝子産物は工業的応用に適する。また、ポリグルタミン酸の粘性は温度上昇に伴って低下する。そこで、ポリグルタミン酸の粘度低下が起こる温度でも増殖可能な耐熱性微生物でRimK遺伝子産物を発現させることによって、より効率的にポリグルタミン酸を発酵生産することが可能になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列からなるタンパク質と、
(2)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(3)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(4)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(5)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列によってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性、及び/又は、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかへのアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(6)特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質に連結した融合タンパク質とからなるグループから選択される少なくとも1種類のタンパク質を含むことを特徴とする、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有する組成物。
【請求項2】
(1)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列からなるタンパク質と、
(2)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(3)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(4)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(5)配列番号2のアミノ酸配列のうち第2番目から第300番目のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列によってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、ポリα−グルタミン酸シンテターゼ活性及び/又はアミノ酸リガーゼ活性を有するタンパク質と、
(6)特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質に連結した融合タンパク質とからなるグループから選択される少なくとも1種類のタンパク質を発現する組換えベクターを含む形質転換体を含むことを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
(1)請求項1又は2に記載の組成物を用意するステップと、
(2)前記組成物と、グルタミン酸とを接触させて、ポリα−グルタミン酸を合成させるステップとを含むことを特徴とする、ポリα−グルタミン酸の製造方法。
【請求項4】
(1)請求項1又は2に記載の組成物を用意するステップと、
(2)グリシン、アラニン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、フェニルアラニン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、バリン、トリプトファン及びチロシンからなるグループから選択される少なくとも1種類のアミノ酸又はその誘導体と、ジグルタミン酸か、C末端にグルタミン酸残基が少なくとも1個存在するペプチドかと、前記組成物とを接触させて、前記少なくとも1種類のアミノ酸かその誘導体かがC末端に連結したペプチドを合成させるステップとを含むことを特徴とする、アミノ酸又はその誘導体がC末端に連結したペプチドの製造方法。

【図1】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−229416(P2011−229416A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−100288(P2010−100288)
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】