説明

ポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法

【課題】 本発明の課題は、結晶核剤を使用して結晶化温度が高く且つ結晶化速度の早いポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法を提供し、また結晶化温度が高く且つ結晶化速度を速めることのできる結晶核剤を提供する。
【解決手段】 ポリアリーレンスルフィド樹脂と結晶核剤とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練する工程1と、前記溶融混練させて得た溶融混練物を成形する工程2と、前記工程2で得た成形体を冷却し結晶化させる工程3とを有するポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法であって、前記結晶核剤としてフタロシアニンを使用するポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法、及びポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶核剤としてフタロシアニンを使用したポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(以下PAS樹脂と称す)は、優れた耐熱性、耐薬品性、難燃性、剛性、機械的特性を有しており、いわゆるエンジニアリングプラスチックとして、電気・電子部品、自動車部品、機械部品、構造部品等に広く使用されている。これらの優れた特性はPAS樹脂が結晶性高分子であり、結晶化を十分に進行させることにより剛性や各種強度が向上することにより発現する場合が殆どである。非晶化PAS樹脂は結晶化PAS樹脂よりも靭性は高いものの、剛性に乏しい上、ガラス転移点以上ではゴム状態となりさらに剛性に乏しくなる。この非晶化PAS樹脂を再結晶化温度以上に置くと結晶化の進行にともなう密度変化により収縮してしまうため実用性が低い。従って、非晶化部分の残存を防ぐため、PAS樹脂組成物の成形体(以下PAS樹脂成形体と称す)は一般に150℃以上の高温でアニールすることで結晶化度を高める事が多い。しかし該処理は、一定以上の時間を要するため生産性が損なわれる上、熱エネルギーの浪費につながり、高コスト化の要因となる。
これらの欠点を回避する手段の一つとして結晶核剤の使用が行われている。結晶核剤を溶融混練時に添加することにより結晶核剤を中心とした樹脂の結晶核形成が行われ、その結果結晶性を向上させることができる。
【0003】
PAS樹脂用の結晶核剤としてはタルク,シリカ,カオリン,ハイドロタルサイト、チッ化ホウ素、各種クレー等の無機材料類が知られている(例えば特許文献1参照)。これらは各材料特有の結晶造核作用をもっており、場合によっては所望の結晶化状態にならないことがあった。従って、結晶制御法の選択肢を増やすため、既知の結晶核剤とは異なる結晶核剤を見つけ出し選択肢を広げることが望まれていた。さらに前記無機材料類はPAS樹脂と化学的性質が大きく異なるためにPAS樹脂中での分散性が劣る傾向にあり、凝集物を作りやすいことや、少量の添加では効果が小さかったり、該凝集物が組成物の破壊の起点になる恐れがあったりした。また前記無機材料類により結晶度合いは制御できるが結晶構造や結晶分布を制御する知見は殆ど知られていない。
【0004】
一方、色材として知られる金属フタロシアニンや無金属フタロシアニン等のフタロシアニンは、溶融混練温度が一般に高いPAS樹脂を含む各種エンジニアリングプラスチック類の着色用途として使用される例が知られている。例えば特許文献2ではPPSを含む熱可塑性樹脂組成物に金属フタロシアニン及びスルホン化イミドメチルフタロシアニンを複合化することで、顔料由来の発色がよい組成物を得る方法が開示されている。しかしながらこれらの文献にはフタロシアニンがPAS樹脂の核剤として作用することについては何ら記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−163197号公報
【特許文献2】特開平2−255863号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、結晶核剤を使用して結晶化温度が高く且つ結晶化速度の早いPAS樹脂成形体の製造方法を提供することにあり、結晶化温度が高く且つ結晶化速度を速めることのできる結晶核剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、色材として使用される汎用のフタロシアニンが、PAS樹脂用の結晶核剤として優れることを見出した。
フタロシアニンは堅牢な色材であり、PPS樹脂の着色材としても用いられていることは前述の通りである。本発明者らは該フタロシアニンをPAS樹脂の溶融混練時に添加することで、得られたPAS樹脂成形体の結晶開始温度や結晶終了温度を上昇させる効果があることを見出し、即ちPAS樹脂の結晶化を促し結晶核剤として有効であることを見出した。
更に驚くべきことに、PAS樹脂とフタロシアニンとの溶融混練条件または成形条件や、PAS組成物中のフタロシアニンの含有率を特定の条件とすることで、溶融したPAS樹脂中でフタロシアニンがアスペクト比を有する線状形状のフタロシアニン結晶体を生成することを見出した。この線状形状のフタロシアニン結晶体は冷却しても該形状を維持し、PPS樹脂は該線状形状のフタロシアニン結晶体に沿って結晶化する。本発明により即ち結晶密度に分布を有するPAS樹脂成形体を得ることに成功した。
【0008】
即ち本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂と結晶核剤とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練する工程1と、
前記溶融混練させて得た溶融混練物を成形する工程2と、
前記工程2で得た成形体を冷却し結晶化させる工程3とを有するポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法であって、
前記結晶核剤としてフタロシアニンを使用することを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法を提供する。
【0009】
また本発明は、前記フタロシアニンが太さ0.01〜5μm、アスペクト比が5〜150の線形形状で存在するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、結晶化温度が高く且つ結晶化速度の早いPAS樹脂成形体を得ることができる。
更にPAS樹脂とフタロシアニンとの溶融混練条件または成形条件や、PAS組成物中のフタロシアニンの含有率を特定の条件とすることで、アスペクト比を有する線状形状のフタロシアニン結晶体を核剤とした結晶密度に分布を有するPAS樹脂成形体を得ることができる。
本発明で核剤として使用するフタロシアニンは汎用の顔料として使用されるフタロシアニンであり、入手が簡単で工業上有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(PAS樹脂組成物)
本発明のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂と結晶核剤とを含有し、前記結晶核剤がフタロシアニンであることを特徴とする。
本発明で用いられるフタロシアニンは主に色材として汎用される金属フタロシアニンや無金属フタロシアニン等のフタロシアニンである。具体的にはフタル酸イミド(イソインドール単位)4個が窒素原子により連結された環状構造をしており、中心に2個の水素原子が結合しているものを無金属フタロシアニン、中心の水素原子が金属イオンで置換されたものを金属フタロシアニンと称している。またその多くは結晶を形成して存在し様々な粒径のものが入手可能である。本発明においては無金属フタロシアニンと金属フタロシアニンのいずれも使用することができる。
【0012】
(金属フタロシアニンの中心金属イオン種)
本発明で用いられる金属フタロシアニンの中心イオン成分種には特に制限がなく、様々な中心陽イオン種を持つフタロシアニンを使用することが可能である。価数が2価となることができ、1個のイオンで錯体を形成し得る金属種としては銅、亜鉛、コバルト、鉄、ニッケル、マンガン等の遷移金属類、スズ、鉛等の典型金属類、マグネシウム、カルシウム等アルカリ土類金属類を例示することができる。さらに1価の金属イオンが安定であるために金属イオン2個により錯体を形成する金属種としてはリチウム、ナトリウム、カリウム、銀等を例示することができる。加えて3価以上の金属イオンであり1個の金属イオンが他のアニオンと同時に錯形成する金属種としては、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ケイ素、アルミニウム、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン等を例示することができる。
これらの金属イオン種の中でも銅及び亜鉛は、フタロシアニンが安定である上、結晶核剤としての効果も高く、さらに色材として汎用されていることから安価に入手可能なため特に好ましく用いることができる。
【0013】
(フタロシアニンの置換基)
本発明においては、置換基を有するフタロシアニンを使用してもよい。色材用途のフタロシアニンにおいて置換基は主にフタロシアニン結晶構造の安定化や溶解性制御や色調制御のために導入されているが、本発明においては特に限定なく使用できる。具体的な置換基としてはハロゲン原子、スルホン基、クロロスルホニル基、アルキル基、フタルイミドアルキル基等を例示できる。このときの中心イオン種に限定はないがCu、Ni、Co、Fe、Znでは各種置換基を有していても化合物が安定であるため特に好ましい。またこれら置換基を持つフタロシアニンと無置換のフタロシアニンとを組み合わせて用いても良い。
【0014】
(フタロシアニンの結晶構造)
本発明で使用するフタロシアニンの結晶構造としては特に制限がなく、最も安定なβ型、準安定なα型のいずれも用いることができる。また、更に異なる結晶構造としてγ型、ε型、δ型、π型等も知られているが何れも用いることができる。また無金属フタロシアニンに特有なX型等の結晶型の材料を用いても差し支えない。
本発明においては、α型あるいはβ型の結晶構造を有するフタロシアニンのいずれも、後述の溶融混練条件または成形条件、あるいはPAS組成物中の含有率とすることで、溶融したPAS樹脂中でフタロシアニンがアスペクト比を有する線状形状のフタロシアニン結晶体を生成することを確認している。従って結晶密度に分布を有するPAS樹脂成形体を得る場合には、α型あるいはβ型のいずれの結晶構造を有するフタロシアニンを使用しても構わない。
【0015】
(平均粒径)
本発明で使用するフタロシアニンの平均粒径は入手できる範囲のものであれば特に制限がないが、PAS樹脂に溶融混練しPAS樹脂中で分散することで結晶核剤としの機能を発現することや、粗大粒子として混練後の樹脂中に存在した場合PAS組成物の力学特性を損なう可能性があることを考慮して、極力微粒子であることが好ましい。具体的には平均粒径3μm以下が好ましく、更に好ましくは1μm以下、最も好ましくは100nm以下である。
【0016】
(PAS樹脂)
本発明で使用するPAS樹脂としては、特に限定されず、公知のPAS樹脂が使用できる。例えば置換基を有してもよい芳香族環と硫黄原子が結合した構造の繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体、およびそれらの混合物あるいは単独重合体との混合物等が挙げられる。
これらのPAS樹脂の代表的なものとしては、ポリフェニレンスルフィド(以下、PPS樹脂という)が挙げられる。該PPS樹脂の中でも、上記繰り返し単位の芳香環への結合がパラ位である構造を有するものが耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0017】
(結合種)
また、PAS樹脂にはメタ結合、エーテル結合、スルホン結合、スルフィドケトン結合、ビフェニル結合、フェニルスルフィド結合、ナフチル結合を10モル%未満を上限とし(但し3官能以上の結合を含む成分を共重合させる場合は5モル%を上限として)含有させても良い。
【0018】
(分子量分布)
本発明に使用するPAS樹脂は、1−クロロナフタレンを溶媒とするゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布のピーク分子量が20,000以上であることが好ましく、更に、該ピーク分子量が25,000以上であることがより好ましい。なお本発明におけるピーク分子量は、ゲル浸透クロマトグラフ測定において、標準物質としてポリスチレンを用いて、ポリスチレン換算量として求められる数値に基づくものである。数平均分子量や重量平均分子量が、ゲル浸透クロマトグラフィーの分子量分布曲線のベースラインの取り方次第で値が変化するのに対し、ピーク分子量は、値が分子量分布曲線のベースラインの取り方に左右されないものである。
【0019】
(溶融粘度)
本発明に使用するPAS樹脂の溶融粘度は、キャビラリーレオメーターを用いて測定した、300℃、せん断速度500sec−1での粘度が100〜1000Pa・sであることが好ましく、特に200〜500Pa・sであることが好ましい。溶融粘度が該範囲であると、本発明に用いるフタロシアニンの分散が良好となり核剤としての機能が良好に発揮される。
【0020】
(PAS樹脂の製造方法)
PAS樹脂の製造方法としては、特に限定されないが、例えば1)ジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合成分とを、硫黄と炭酸ソーダの存在下で重合させる方法、2)ジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合成分とを、極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下に、重合させる方法、3)p−クロルチオフェノールと、更に必要ならばその他の共重合成分とを自己縮合させる方法、4)有機極性溶媒中で、スルフィド化剤とジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合成分とを反応させる方法等が挙げられる。
これらの方法のなかでも、4)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩を添加したり、水酸化アルカリを添加しても良い。
前記4)方法のなかでも、加熱した有機極性溶媒とジハロゲノ芳香族化合物を含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを反応させること、及び反応系内の水分量を該有機極性溶媒1モルに対して0.02〜0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(例えば特開平07−228699号公報参照。)で得られるものが特に好ましい。
【0021】
(PAS樹脂組成物の調整方法)
本発明のPAS組成物は、前記PAS樹脂に前記フタロシアニンを分散させて得る。分散方法は特に限定されないが、例えば前記PAS樹脂粉末と前記フタロシアニンとを例えばタンブラー又はヘンシェルミキサーのような混合機で均一にドライブレンドした後、一軸又は二軸の押出機で溶融混練して成形(造粒)しペレットとして得る方法が一般的である。この時の溶融混練温度としては特に限定はなくPAS樹脂の融点より高く分解温度よりも低い290〜360℃の範囲が例示できる。
【0022】
(PAS樹脂組成物中のフタロシアニンの含有率)
本発明ではPAS樹脂中のフタロシアニンの含有率について、フタロシアニンは0.05質量%以下の極少量でも結晶核剤として十分に機能することができるため下限については特に限定はない。上限についても結晶核剤の機能としては特に制限はないが多量に入れても増核作用に寄与しない凝集状態のフタロシアニンが増える点、得られる成形材料が脆くなる恐れがある点より10質量%以下が好ましく用いられ、特に好ましくは3質量%以下である。本発明のPAS樹脂組成物は青〜緑色の堅牢な顔料として広く用いられているフタロシアニンを含有しているため、これらの含有率が0.1質量%以上で用いた場合には意匠性を同時に付与することができる特徴もある。
【0023】
(線状形状のフタロシアニン結晶体の生成条件)
本発明において、溶融したPAS樹脂中でフタロシアニンがアスペクト比を有する線状形状のフタロシアニン結晶体を生成させるには、PAS樹脂中のフタロシアニンの含有率を0.05〜0.5質量%とし、且つ溶融混練温度または後述の成形温度を320〜360℃の範囲とすることが好ましい。該条件でフタロシアニンがアスペクト比を有する線状形状のフタロシアニン結晶体となる理由は定かではないが、添加するフタロシアニンの多くは既に結晶を形成しておりフタロシアニンの結晶成長が生じる可能性、あるいは、フタロシアニンの再配向等が生じている可能性等が考えられる。
【0024】
前記生成条件により、太さ0.01〜5μm、アスペクト比が5〜150の線形形状の範囲のフタロシアニン結晶体が得られる。前記線状形状のフタロシアニン結晶体は冷却しても該形状を維持し、PPS樹脂は該線状形状のフタロシアニン結晶体に沿って結晶化する。従って結晶密度に分布を有するPAS樹脂成形体を得ることができる。
【0025】
(その他成分)
本発明においては、本発明の目的を損なわない範囲で、機械的特性の向上や成形加工性の向上を図る等の目的で、各種の添加剤を添加しても良い。
【0026】
(添加剤−1:無機充填材)
本発明では前記PAS樹脂組成物の弾性率を向上させることを目的として無機充填剤を併用することができる。具体例としてはガラス繊維、炭素繊維、カーボンブラック、活性炭、チタン酸カルシウム、チタン酸カリウム、炭化珪素、アラミド繊維、セラミック繊維、金属繊維、窒化珪素、硫酸バリウム、硫酸カルシウム、カオリン、クレー、ベントナイト、セリサイト、ゼオライト、マイカ、雲母、タルク、ウオラストナイト、PMF、フェライト、珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、ドロマイト、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、三酸化アンチモン、酸化チタン、酸化鉄、ミルドガラス、ガラスビーズ、ガラスバルーン、各種単体金属微粒子等がある。これら無機充填剤の内、クレー、タルク等の造核効果を持つ化合物を併用しても差し支えないがフタロシアニンの造核効果を優先的に発現させたい場合にはフタロシアニンの量よりも少ない量で用いることが好ましい。
【0027】
(添加剤−2:熱可塑性エラストマー)
本発明に用いるPAS樹脂組成物に伸び特性を付与するために熱可塑性エラストマーを併用してもよい。これらエラストマーの量は、組成物中20質量%以下であることが好ましく、特に好ましい範囲は10質量%以下である。
【0028】
(PAS樹脂成形体の製造方法)
本発明のPAS樹脂組成物は成形体として好ましく用いることができる。PAS樹脂成形体は、例えば、
ポリアリーレンスルフィド樹脂と結晶核剤とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練する工程1(前記(PAS樹脂組成物の調整方法)に該当する)と、
前記溶融混練させて得た溶融混練物を成形する工程2と、
前記工程2で得た成形体を冷却し結晶化させる工程3と、により得ることができる。
工程2における成形方法に特に限定はなく、前記ペレット(造粒)とする他、成形機で所望の形状に加工することもできる。具体的には例えば射出成形、プレス加工等が例示できる。これらの手法で加工することにより所望の部材とすることができる。通常はペレットを成形機等で成形加工する。これら加工方法は公知慣用の手法が用いられるが、特に、線形形状フタロシアニンを配列させ成形体に結晶の異方性を付与したい場合にはPAS樹脂組成物を320℃以上で溶融した上で射出成形などの成形加工を行うと、線形形状になったフタロシアニンが射出方向に沿って配列した成形体を製造しやすいため、特に好ましい。
また、通常成形金型温度は150℃〜200℃とすることが多いが、本発明の成型体の製造方法ではフタロシアニンの核剤効果により固化、及び結晶化が早いので、150℃〜常温付近の低い金型温度で成型することも可能である。
【0029】
前記工程3における冷却工程は、通常の操作でよく、成型物を固化が終了した後金型等から外し空冷や、水冷する方法や、金型内で固化が生じる温度で一定時間放置する方法、成型後に金型温度を下げ金型内で冷却する方法等を例示することができる。
【0030】
本発明においては、得られるPAS樹脂組成物の結晶化が大幅に促進されていることが特徴である。従って、結晶核剤を含まないPAS組成物を用いる場合よりも、成形金型温度、及び射出後の温度処理条件の温度幅を低くすることが可能である。具体的には、例えば成形金型温度であれば前述の150℃〜200℃の範囲の他、100℃〜150℃での比較的低温としても所望の結晶化したPAS樹脂成形体が得られる。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明する。尚、本発明はこれらの実施例の範囲に限定されるものではない。
【0032】
(実施例1 PAS樹脂成形体の製造方法)
PAS樹脂用結晶核剤としてフタロシアニン「CuPc−1(銅フタロシアニン微粒子 品番TGR;DIC株式会社製;平均粒径50nm、球状、β型結晶)」、及びPAS樹脂として「PPS樹脂(品番MA−520;DIC株式会社製;ピーク分子量45,000、リニア型)」の粉末を使用し、全量で5.00gになるように表1の配合比率(銅フタロシアニン微粒子0.05質量%に相当)で均一にドライブレンドした後、樹脂溶融混練装置ラボプラストミルKF−6V(東洋精機株式会社製)により混練温度300℃、回転数150rpm、10分間溶融混練処理しPAS樹脂組成物を得た(以上、工程1に相当)。
さらに、溶融混練によって得られたPAS樹脂組成物約0.1gを採取し、6cm角の穴を持つ20μm厚の板状スペーサー間に試料をいれ1mm厚みの金属板中に挟んで金型加工温度300℃で熱プレスを行うことで約20μmの厚さを持つシート状に加工した後(以上、工程2に相当)、大量の氷水に浸漬させることで急速冷却し、一端非晶化させた。なお本行程において、急速冷却で非晶化させた理由は、次工程のPAS樹脂結晶化の光学顕微鏡観察を容易にするためである。
【0033】
(非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察)
前記非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を5mm角の大きさに切断し、スライドガラス上に載せ、その上から17mm角のカバーガラスで覆った。これを20倍の対物レンズをセットした偏光顕微鏡(ニコン製、ECLIPSE、E600POL)で観察し、各種結晶核剤の形状を観察した。このとき、線形形状に配列した核剤が見られた場合には「線形形状核剤が有」、そうした核剤が見られなかった場合には「線形形状核剤が無」と判定し、且つ、線形形状に配列した結晶核剤が見られた場合には、“線形の長さ/線形の太さ”を、任意の20本の線形で計算し、その平均値をアスペクト比とした。また、任意の線形20本の太さの平均を線形太さとした。
実施例1においては、線形形状核剤は見られず「無」の判定となった。結果を表2に示す。
【0034】
(PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察)
前記「非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察」で準備したスライドガラス上の観察用試料を、顕微鏡観察用のホットステージ(メトラートレド社製FP82HT)中にセットし、20倍の対物レンズをセットした偏光顕微鏡(ニコン製、ECLIPSE、E600POL)によりPPSの結晶の生成状況を観察した。
ホットステージを350℃で3分間加温し樹脂を溶融させたのち、10℃/分で降温させながら降温中の結晶の生成状態を観察した。該温度コントロールはメトラートレド社製FP90コントロールプロセッサーにて行った。PPS樹脂の結晶核が発生し始めた温度を「結晶開始温度」とし、結晶核が組成物シート全面を覆いシートが光を透過しなくなり画像が完全に黒くなった温度を「結晶化終了温度」とした。
結果を表2に示す。
【0035】
(実施例2〜10)
PAS樹脂用結晶核剤としてフタロシアニンを表1の配合比率とした以外は実施例1と同様にして、非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を得た。該非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察、及び、PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察を実施例1と同様に行い、結果を表4に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
表中1において「実」は実施例の略である。また記号の材料の詳細は以下の通りである。
PAS樹脂:PPS樹脂(品番MA−520;DIC株製;ピーク分子量45,000、リニア型)
CuPc−1:銅フタロシアニン微粒子 品番TGR;DIC株式会社製;平均粒径50nm、球状、β型結晶
CuPc−2:銅フタロシアニン微粒子 品番B−102;DIC株式会社製;平均粒径50nm、球状、α型結晶
CuPc−3:銅フタロシアニン粗粒子 品番ブルークルード;asahi社製;平均粒径1μm、略針状、β型結晶
CuPc−4:塩素化銅フタロシアニン微粒子 品番グリーン−S;DIC株式会社製;平均粒径50nm、球状、β型結晶
ZnPc:亜鉛フタロシアニン微粒子 品番β-ZnPc;DIC株式会社製;平均粒径50nm、球状、β型結晶
TiOPc:TiOフタロシアニン粗粒子、山陽色素株式会社製、平均粒径2μm、略針状、β型結晶
H2Pc:無金属フタロシアニン粗粒子、山陽色素株式会社製、平均粒径3μm、略針状、β型結晶
【0038】
【表2】


表中1において「実」は実施例の略である。
【0039】
この結果、結晶核剤として無置換型の銅フタロシアニンを用いた実施例1〜6では、粒径、結晶型、含有率の違いにかかわらず結晶開始温度が235℃付近とPAS樹脂単独よりも約7℃高く、更に結晶終了温度が222℃付近と約40℃高くなり結晶化が速やかに進行し結晶核剤としての効果が明瞭に示された。これらの温度は塩素化フタロシアニンを用いた実施例7、Cu以外の中心(金属)成分を持つ実施例8〜10では異なったものの、いずれの実施例でもPAS樹脂単独での結晶化終了温度よりも高く結晶核剤効果を持つことが明らかとなった。
また、本成形条件ではフタロシアニンの線形形状は観察されなかった。
【0040】
(実施例11〜14)
PAS樹脂用結晶核剤としてフタロシアニンを表3の配合比率とし、且つ混練温度を350℃に変更した以外は実施例1と同様にして、非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を得た。該非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察、及び、PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察を実施例1と同様に行い、結果を表4に示した。
【0041】
(実施例15〜17)
PAS樹脂用結晶核剤としてフタロシアニンを表3の配合比率とし、工程2における加工温度300℃を325〜360℃に変更した以外は実施例1と同様にして、非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を得た。該非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察、及び、PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察を実施例1と同様に行い、結果を表4に示した。
【0042】
【表3】


表中において「実」は実施例の略である。また記号の材料の詳細は表1と同様である。
【0043】
【表4】


表中において「実」は実施例の略である。
【0044】
実施例11〜14は、成形条件として混練温度を350℃とし、且つフタロシアニン含有率を0.2質量%以下とした例である。また実施例15〜17は成形条件として金型加工温度を325℃〜360℃とし、且つフタロシアニン含有率を0.2質量%以下とした例である。これらの条件において、使用したフタロシアニンは全て線状形状となった。これら各例では、240℃近い高温において、線形形状フタロシアニンの長辺(即ち線形の長辺部分)に近い部分のPAS樹脂の結晶核が最初に生成するのが観察された。一方、線形形状フタロシアニンが分布しない領域ではPAS樹脂の結晶化が遅れ、その結果PAS樹脂成形体の結晶化終了温度は、線形形状フタロシアニンが生じない実施例1〜10よりも数℃低くなった。
即ちPPS樹脂は該線状形状のフタロシアニン結晶体に沿って結晶化することが観察され、得られたPAS樹脂成形体は結晶密度に分布を有するものであった。実施例13で得たPAS樹脂成形体の結晶化観察時の光学顕微鏡写真を図1及び図2に示す。
【0045】
(参考例1 PAS樹脂単独のPAS樹脂成形体の製造方法)
PAS樹脂単独を5.00g用い実施例1(混練、加工温度とも300℃)と同様にして、非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を得た。該非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察、及び、PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察を実施例1と同様に行い、結果を表6に示した。
【0046】
(参考例2〜4 フタロシアニン以外の結晶核剤を含有するPAS樹脂成形体の製造方法)
PAS樹脂用結晶核剤としてフタロシアニン以外の既知のPAS樹脂用結晶核剤を表5の配合比率とした以外は実施例1(混練、加工温度とも300℃)と同様にして、非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を得た。該非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察、及び、PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察を実施例1と同様に行い、結果を表6に示した。
【0047】
(参考例5〜7 フタロシアニン以外の結晶核剤を含有するPAS樹脂成形体の製造方法)
PAS樹脂用結晶核剤としてフタロシアニン以外の既知のPAS樹脂用結晶核剤を表5の配合比率とし、且つ混練温度のみ350℃に変更した以外は実施例1と同様にして、非晶化させたシート状PAS樹脂成形体を得た。該非晶シート中での線形形状結晶核剤の有無及び、形状観察、及び、PAS樹脂成形体の結晶化の光学顕微鏡観察を実施例1と同様に行い、結果を表6に示した。
具体的には、実施例10〜14の結晶核剤が線形化する条件を模しており、結晶核剤含有率が低く且つ混練温度が高い点が参考例2〜4とは異なる。
【0048】
【表5】


表中において「参」は参考例の略である。
【0049】
表5中の記号の材料の詳細は以下の通りである。
タルク:タルク粒子 品番DS−34;富士タルク工業株式会社 製;平均粒径11μm、略板状
PP−Ca:ポリリン酸カルシウム粒子 品番 ZP−X;キクチカラー株式会社 製
BN:チッ化ホウ粒子 品番 NP−600; 電気化学工業株式会社 製;平均粒径0.7μm 略板状
【0050】
【表6】

表中において「参」は参考例の略である。
【0051】
この結果、表6中の参考例1のPAS樹脂単独は、結晶核発生が228℃と比較的低い上、結晶化が終了する温度が186℃であり、実施例1〜17と比べ結晶核発生温度が非常に低く、結晶化が終了するには時間を要することが明らかとなった。
【0052】
また、既知のPAS用核剤を用いた参考例の内、参考例2〜4では結晶核剤により結晶化挙動に差があったが、いずれの例でもフタロシアニンとは異なった(図3及び図4参照)。比較例2と4のタルク及び、チッ化ホウ素を用いた例では225℃付近と比較的低い温度で結晶核が観察され始めたのち一気に組成物内で結晶化が進行し220℃以上で終了した。また、比較例3のポリリン酸カルシウムでは結晶化終了温度が208℃と低くなり比較的終了までに長時間を要した。
比較例5〜7ではフタロシアニンが線状形状を示した実施例11〜14と同じ条件で混練をおこなったが、結晶核剤の機能自体は保持したものの、結晶核剤の添加量を減らしたことに起因しPPS樹脂の結晶化終了温度がやや低下し結晶核剤効果が減じる傾向にあった。加えて、線状形状は全く示さず、得られたPAS樹脂成形体の結晶密度は均一であった。
したがってこれらの結晶核剤ではPAS樹脂内でそれぞれの化合物に即した分散状態をしめすのみで、実施例11〜14で得られたPAS樹脂成形体のように結晶密度に分布を有するものではなかった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のPAS樹脂組成物、及び本製造方法で得られたPAS樹脂成形体は、PAS樹脂の結晶化が促進されている。また製造条件により結晶密度に分布を有するものが得られる。従って各種成形体の内、結晶促進により剛性を高めたい筐体類、流体配管部材や、高温での耐久性を必要とする自動車用ギア、内装類、配線被覆材、電池パッキン類や、ガス、水蒸気の透過性が低い必要がある燃料チューブ、燃料ポンプ部材等に広く用いることができる。
特に結晶核剤が線状形状のフタロシアニン結晶体である場合には、該形状に起因する熱伝導性、半導体特性、電子伝導性を付与できる可能性もある。さらに、フタロシアニン特有の色調を生かした外装にもちいることもでき極めて有用な組成物である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施例13の結晶化観察時の結晶化開始直前の245℃での光学顕微鏡写真である。
【図2】実施例13の結晶化観察時の結晶化開始直後の237℃での光学顕微鏡写真である。
【図3】参考例2の結晶化観察時の結晶化開始直前の227℃での光学顕微鏡写真である。
【図4】参考例2の結晶化観察時の結晶化終了直前の223℃での光学顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂と結晶核剤とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練する工程1と、
前記溶融混練させて得た溶融混練物を成形する工程2と、
前記工程2で得た成形体を冷却し結晶化させる工程3とを有するポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法であって、
前記結晶核剤としてフタロシアニンを使用することを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法。
【請求項2】
前記結晶核剤が、銅フタロシアニン、亜鉛フタロシアニン、又は無金属フタロシアニンである請求項1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法。
【請求項3】
前記工程1において、前記フタロシアニンを0.05〜3質量%含有する請求項1又は2に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法。
【請求項4】
前記工程1において、前記フタロシアニンを0.05〜0.5質量%含有させた状態で且つ溶融混練温度、または成型温度が320〜360℃の範囲である請求項1〜3のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法。
【請求項5】
前記フタロシアニンが太さ0.01〜5μm、アスペクト比が5〜150の線形形状で存在する請求項4に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形体の製造方法。
【請求項6】
フタロシアニンのポリアリーレンスルフィド樹脂用結晶核剤としての使用。
【請求項7】
ポリアリーレンスルフィド樹脂と、結晶核剤とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物であって、前記結晶核剤がフタロシアニンであることを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項8】
前記フタロシアニンが太さ0.01〜5μm、アスペクト比が5〜150の線形形状で存在する請求項7に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−68813(P2011−68813A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−222467(P2009−222467)
【出願日】平成21年9月28日(2009.9.28)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】