説明

ポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤、ポリアリーレンスルフィド成形体、及びポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法

【課題】 幅広い環境温度において弾性率を低下させずに靭性を付与できるPAS樹脂用の可塑剤を提供することにあり、前記可塑剤を使用して靭性と剛性とのバランスに優れるPAS樹脂の成形体を提供することにある。
【解決手段】 銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子からなるポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤、該可塑剤を添加してなるポリアリーレンスルフィド組成物の成形体であって、−20℃〜120℃における引張伸び変化率が120%以上であり、且つ弾性率の変化率が90%以上であることを特徴とする成形体、及び、ポリアリーレンスルフィド樹脂相に、前記金属種を含む金属微粒子を分散させるポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、PAS樹脂という)用の可塑剤に関し、該可塑剤を添加したPAS樹脂組成物、その成形体、及び、ポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PAS樹脂は、優れた耐熱性、耐薬品性、難燃性、剛性、機械的特性を有しており、いわゆるエンジニアリングプラスチックとして、電気・電子部品、自動車部品、機械部品、構造部品等に広く使用されている。
従来PAS樹脂は、靭性特に延性に乏しく脆弱であるという欠点を補う目的で無機フィラー等の繊維状強化剤を添加して使用されていたが、これは特に柔軟性が要求される用途や応力歪がかかる用途に対しては不向きであった。柔軟性を付与する目的で柔軟性ポリマーとのポリマーブレンドも検討されているが、柔軟でかつ耐熱性、耐薬品性に優れるポリマーが少ないことやPAS樹脂との相溶性が不十分なため、耐熱性、耐薬品性、剛性等のPAS樹脂自体の特徴を損うことが多い。これに対し、PAS樹脂に熱可塑性エラストマーを添加する方法が検討されている(例えば特許文献1〜3参照)。
【0003】
例えば特許文献1には、PAS樹脂と熱可塑性エラストマーとの組成物が、PAS樹脂の耐熱性、耐薬品性に優れるという特徴を生かしたまま耐衝撃性、柔軟性、成形時の応力歪の緩和等の機械的性質が改善されていることが記載されている。
また特許文献2には、熱可塑性エラストマー、芳香族マレイミド化合物、及び二硫化モリブデンを特定量添加したPAS樹脂が、靭性、耐熱性、耐衝撃性に優れることが記載されている。
また特許文献3には、特定の官能基を有するPAS樹脂と特定のエポキシ基を含有する熱可塑性エラストマーとを含有する熱可塑性樹脂組成物が、靭性、衝撃強度などの機械的特性に優れることが記載されている。
【0004】
しかし熱可塑性エラストマーは添加量に比例してPAS樹脂の弾性率(即ち剛性)を下げる傾向にある。具体的には、PAS樹脂に熱可塑性エラストマーを溶融混練することで、引張弾性率が幅広い温度領域において低下し(図1参照)、PAS樹脂そのものの弾性率を概ね低下させてしまう(図2参照)。
従って、PAS樹脂に熱可塑性エラストマーを添加する方法は、所望の靭性と剛性とのバランスを得るのが難しく、靭性向上と引き換えに剛性を大きく低下させていた。
【特許文献1】特開昭60−47845号公報
【特許文献2】特開平6−80875号公報
【特許文献3】特開2001−172499号公報
【特許文献4】特開昭60−99164号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、幅広い環境温度、具体的には−20℃〜120℃の範囲において、弾性率を低下させずに靭性を付与できるPAS樹脂用の可塑剤を提供することにある。
本発明の他の課題は、前記可塑剤を使用して、幅広い環境温度、具体的には−20℃から120℃の範囲において、靭性と剛性とのバランスに優れるPAS樹脂の成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、PAS樹脂の弾性率を低下させずに靭性を付与できる材料として、金属微粒子が幅広い温度範囲におけるPAS樹脂の弾性率を殆ど下げることなく、靭性特に引張伸びを増大させることを見出した。
【0007】
即ち本発明は、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子からなるポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤を提供する。
【0008】
また、本発明はポリアリーレンスルフィド樹脂相に請求項1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤が分散されてなる組成物Aの成形体であって、式(1)における−20℃〜120℃における引張伸び変化率が120%以上であり、且つ、式(2)における−20℃〜120℃における弾性率の変化率が90%以上である成形体を提供する。
【0009】
【数1】

式(1)
(但し前記式(1)における引張伸びは、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張伸びとする)
【0010】
【数2】

式(2)
(但し前記式(2)における引張弾性率は、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張弾性率とする)
【0011】
また本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂相に、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子を分散させるポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法を提供する。
【0012】
ところでPAS樹脂に金属微粒子を添加した組成物が知られている(特許文献4参照)。特許文献4においては、PAS樹脂100質量部に対し銅粉末を0.1〜10質量部添加することで、表面荒れ等のない耐候性に優れた成形体を得ている。
しかし、特許文献4には、弾性率を維持しながら引張伸びを向上させる技術についてはなんら開示されておらず、当該文献の実施例においては、ガラス繊維が含有されており、これを追試したところ、引張伸びが非常に劣るものであった。(後述比較例5参照)
本発明はこれとは全く異なり、金属微粒子を、PAS樹脂の可塑剤として使用することが特徴である。今までに、金属微粒子を添加することで、幅広い温度範囲においてPAS樹脂の弾性率を殆ど下げることなく、靭性特に引張伸びを増大することは全く知られていない。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、幅広い温度範囲、少なくとも−20℃〜120℃の温度範囲内で、靭性と剛性とのバランスに優れた、PAS樹脂の成形体を提供することができる。
本発明のポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤(以下、PAS樹脂用可塑剤という)は、優れた可塑化効果を有し、具体的には、弾性率を低下させずに引張伸び率を向上させることが可能である。
本発明のPAS樹脂用可塑剤を添加した本発明のPAS樹脂成形体は、式(1)における−20℃〜120℃における引張伸び変化率が120%以上であり、且つ、式(2)における−20℃〜120℃における弾性率の変化率が90%以上であり、幅広い温度範囲内で靭性と剛性のバランスが維持されており幅広い環境温度で使用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(PAS樹脂用可塑剤)
本発明のPAS樹脂用可塑剤は、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子からなる。
【0015】
(金属微粒子)
本発明のPAS樹脂用可塑剤における前記金属種は、第4周期に属する原子番号25〜30の金属であり、25℃での標準電極電位(V)が−1.18(マンガン)〜0.377(銅)の範囲である。標準電極電位が前記範囲にある金属では、金、銀、白金、パラジウム等の貴金属類のような標準電極電位が0.79以上あり、表面の大部分が単体金属のままで殆ど酸化が生じていない材料とは異なり概ね酸化皮膜が存在している。しかしながらアルミニウム、チタン、ジルコニア等の標準電極電位が−1.5以下の、極めて酸化が生じやすく、表面が強固な酸化物層に完全に被覆された材料とも異なる。
このように前記金属種は、前述の通り最外表面が概ね酸化されているものの部分的に酸化に欠陥があるか、あるいは物理的刺激、例えばPAS樹脂との溶融操作の際に金属微粒子同士が擦れ合い該表面が破損するなどにより、単体金属表面が一部露出していると考えられる。これらのことから、前記金属種を含む金属微粒子は、PAS樹脂中で、前記金属微粒子上に部分的に存在する単体金属露出部分とPAS樹脂のスルフィド基(−S−)とが適度な密度の配位結合を形成し、柔軟性を保ちつつ、PAS樹脂分子間の相互作用を形成すると考えられる。この結合は共有結合による分子間架橋とは本質的に異なり脆さが発現しない上、ファンデルワールス力よりは強固な結合であるために適切な架橋強度のために柔軟性が発現しやすいと推定される。
即ち、前記金属微粒子がPAS樹脂のスルフィド基(−S−)が持つ非共有電子対と配位結合的に作用し、PAS樹脂分子鎖を緩やかに拘束することでPAS樹脂の結晶化を阻害し、柔軟性、伸び特性の高い非晶部分がPAS樹脂内に増加することとなり靭性が発現すると考えられる。更に非晶部分の中心は弾性率が高い金属微粒子が存在するために、過剰に柔軟にはならずに一定の弾性率を維持できると考えられる。
【0016】
また前記金属種は、融点がPAS樹脂の溶融混練温度の上限である350℃よりも高いことから(前記金属種中、最低の融点を持つ材料が亜鉛(融点420℃)である)、PAS樹脂に混練しても融解を生じることなくPAS樹脂に容易に分散し、可塑化効果を発現できる。
また前記金属種は概ね毒性が低く、これらを混練して得られた材料の用途の制限が少なく、且つ貴金属類に比べて安価であり、一定量を必要とする成形材料用の添加剤として好ましく使用できる。
【0017】
前記金属種の中でも、銅、ニッケル、亜鉛が特に好ましく用いられる。これらの金属は前述の範囲での標準酸化還元電位を持つことに加えて、酸化物の標準生成エンタルピー(KJ/mol)は−157(CuO)〜−348(ZnO)と酸化アルミニウムの−1675、酸化ジルコニウムの−1100、酸化チタンの−940と較べて大幅に高い。従って、酸化物の安定性が金属単体と較べて著しく高い訳ではなく、表面部分に金属単体が部分的に残存しうることが、可塑剤として良好に作用する原因と推定される。
【0018】
本発明においては、前記金属微粒子が含む金属種は、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンであれば単体金属でもよいし、これらの金属種を少なくとも1つ含む合金であってもよい。これらの合金は単体金属粒子と同様に機能し弾性率を低下させない傾向にあり好ましい。
具体的には、前記金属種の含有率の総計が80質量%以上であれば好ましく、更に好ましくは90質量%以上である。好適に用いられる合金の例としては、銅を主成分とした合金としては黄銅、白銅、丹銅、トムバック、洋白等が、ニッケルを主成分とした合金としてはモネルが、鉄を主成分とした合金としてはステンレス鋼、インバー、コバール、バーメンデュール、スピーゲルが、マンガンを主成分とした合金としてはフェロマンガンが挙げられる。
【0019】
(金属微粒子:粒径)
前記金属微粒子の粒径としては、薄肉の成形体にも応用する観点から、粒子直径の平均値が100μm以下であることが好ましい。この時微粒子の粒径がさらに小さいと粒子質量あたりの粒子表面積が大きくなることで、少量の添加量で可塑剤効果を発揮できるためより好ましい。したがって、より好ましい粒径は50μm以下、さらに好ましくは10μm以下、最も好ましくは5μm以下である。特に前記金属微粒子の内、銅及びニッケルは500nm以下の粒径の粒子も市販されており、これらも好ましく用いることができる。
一方、200μm以上の粗大粒子が混入する場合には、存在量が少なくとも該粗大粒子が応力の集中点になることにより、破断伸びが改善しなくなる恐れがある。また、添加率を増やしても可塑剤効果が低い。そのためこれ以上の粒径の粒子は分級処理により除去することが望ましい。平均粒径測定方法としては微粒子分散体を用いた動的光散乱法(DLS)、遠心沈降法、レーザードップラー法、コールターカウンター法の他、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡等の観察結果より算出する方法が例示できる。
【0020】
(金属微粒子:粒子形状)
前記金属微粒子の粒子形状については、成形体として射出成形を可能な形状であれば特に制限がなく、球状の他、不定形、板状、樹枝状、線状、燐片状、針状、短繊維等のいずれの形状も材料も用いることができる。形状は一般に球形状から離れるにつれて粒子重量あたりの粒子表面積が大きくなるため、好ましく用いられるが、前記の金属粒径の寄与に比べるとその差は小さくさほど明確ではない。
【0021】
(金属微粒子:粒径分布)
前記金属微粒子の粒径分布については特に制限はないが、平均粒径よりもより小さい粒子が多く分布している材料が前述の理由で好ましく用いられる。また、平均粒径より大きい粒子、例えば200μm以上の粗大粒子が混入した場合には、前述の通り物性低下の原因となりうるので分級処理により除去することが望ましい。
【0022】
(金属微粒子:含有量)
前記金属微粒子のPAS樹脂に対する含有率の上限は厳密な制限はないが、PAS樹脂が持つ加工性、成形性、樹脂流動性を損なわない範囲である必要がある上、PAS樹脂本来の低比重である利点を損なわないことが望まれる。そのため、好ましい含有率は30質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下で最も好ましくは15質量%以下である。一方、可塑剤含有率の下限にも厳密な制限はないが可塑剤の効果を十分に発現させるために一定以上の量が含まれていることが好ましく、好ましくは0.05質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上、最も好ましくは0.5質量%以上である。
【0023】
(PAS樹脂)
本発明に使用するPAS樹脂としては、特に限定されず、公知のPAS樹脂が使用できる。
例えば置換基を有してもよい芳香族環と硫黄原子が結合した構造の繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体、およびそれらの混合物あるいは単独重合体との混合物等が挙げられる。
これらのPAS樹脂の代表的なものとしては、ポリフェニレンスルフィド(以下、PPS樹脂という)が挙げられる。該PPS樹脂の中でも、上記繰り返し単位の芳香環への結合がパラ位である構造を有するものが耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0024】
また、PAS樹脂には、メタ結合、エーテル結合、スルホン結合、スルフィドケトン結合、ビフェニル結合、フェニルスルフィド結合、ナフチル結合を10モル%未満を上限とし(但し3官能以上の結合を含む成分を共重合させる場合は5モル%を上限として)含有させても良い。本発明ではスルフィド(−S−)が機能発現に寄与していると考えられるため、これらの密度が共重合により大幅に低下したPAS樹脂を用いることは適さない。
【0025】
本発明に使用するPAS樹脂は、1−クロロナフタレンを溶媒とするゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布のピーク分子量が35,000以上であることが好ましく、更に、該ピーク分子量が38,000以上であることがより好ましく、該ピーク分子量が40,000〜45,000であることが最も好ましい。PAS樹脂のピーク分子量が該範囲であると、本発明のPAS樹脂用可塑剤を添加してなる組成物Aの成形体の伸びが最もよく向上し好ましい。
【0026】
なお本発明におけるピーク分子量は、後記実施例のゲル浸透クロマトグラフ測定において、標準物質としてポリスチレンを用いて、ポリスチレン換算量として求められる数値に基づくものである。数平均分子量や重量平均分子量が、ゲル浸透クロマトグラフィーの分子量分布曲線のベースラインの取り方次第で値が変化するのに対し、ピーク分子量は、値が分子量分布曲線のベースラインの取り方に左右されないものである。
【0027】
本発明に使用するPAS樹脂の溶融粘度は、キャビラリーレオメーターを用いて測定した、300℃、せん断速度500sec−1での粘度が100〜1000Pa・sであることが好ましく、特に200〜500Pa・sであることが好ましい。溶融粘度が該範囲であると、本発明のPAS樹脂用可塑剤を添加してなる組成物Aの成形体の伸びが最もよく向上し好ましい。
【0028】
PAS樹脂の製造方法としては、特に限定されないが、例えば1)ジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合成分とを、硫黄と炭酸ソーダの存在下で重合させる方法、2)ジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合成分とを、極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下に、重合させる方法、3)p−クロルチオフェノールと、更に必要ならばその他の共重合成分とを自己縮合させる方法、4)有機極性溶媒中で、スルフィド化剤とジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合成分とを反応させる方法等が挙げられる。
これらの方法のなかでも、4)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩を添加したり、水酸化アルカリを添加しても良い。
上記4)方法のなかでも、加熱した有機極性溶媒とジハロゲノ芳香族化合物を含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを反応させること、及び反応系内の水分量を該有機極性溶媒1モルに対して0.02〜0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(特開平07−228699号公報参照。)で得られるものが特に好ましい。
【0029】
(組成物A)
本発明で使用するポリアリーレンスルフィド樹脂相に前記ポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤が分散されてなる組成物A(以下単に組成物Aと略す)、前記PAS樹脂に前記PAS樹脂用可塑剤を分散して得る。分散方法は特に限定されないが、例えば前記PAS樹脂粉末と前記PAS樹脂用可塑剤とを例えばタンブラー又はヘンシェルミキサーのような混合機で均一にドライブレンドした後、一軸又は二軸の押出機で溶融混練してペレットとして得る方法が一般的である。
【0030】
(組成物Aの成形体)
また、前記組成物Aのペレットを、射出成形、圧縮成形、押出成形、中空成形、発泡成形、トランスファー成形等の各種成形機で成形することで、本発明の成形体が得られる。
【0031】
本発明の成形体は、式(1)における−20℃〜120℃における引張伸び変化率が120%以上であり、且つ、式(2)における−20℃〜120℃における弾性率の変化率が90%以上であることが特徴である。尚、各々の変化率は当然のことながら同一測定温度でのものである。
【0032】
【数3】

式(1)
(但し前記式(1)における引張伸びは、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張伸びとする)
【0033】
【数4】

式(2)
(但し前記式(2)における引張弾性率は、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張弾性率とする)
【0034】
前記式(1)による変化率は即ち、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤を分散させた組成物Aの成形体のASTM D−638による引張伸びがどのくらい変化したかを示し、値が大きいほど伸びることを示す。なおPAS樹脂単独は100%である。一方前記式(2)よる変化率は即ち、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤を分散させた組成物Aの成形体のASTM D−638による引張弾性率がどのくらい変化したかを示し、値が100%に近いほど弾性率が変化しないことを示す。なおPAS樹脂単独では100%である。
【0035】
PAS樹脂相にPAS用可塑剤として銅微粒子が分散されてなる組成物Aの成形体(後述の実施例1の組成物Aを使用した)の、式(1)における−20℃〜120℃における引張伸び変化率(図中、丸印で表される)及び、式(1)における引張弾性率の変化率(図中、バツ印で表される)をグラフ化したものを図3に示す。図3に示されるように、引張伸び変化率は測定温度範囲内では170%以上と高く120%以上の伸びを十二分に示しており、該温度範囲において高い伸び率即ち可塑化効果を示す。
また、PAS樹脂相にPAS用可塑剤としてニッケル微粒子が分散されてなる組成物Aの成形体(後述の実施例4の組成物Aを使用した)の、式(1)における−20℃〜120℃における引張伸び変化率(図中、丸印で表される)及び、式(1)における引張弾性率の変化率(図中、バツ印で表される)をグラフ化したものを図4に示す。図4に示されるように、引張伸び変化率は測定温度範囲内では150%以上と高く、特に120℃では190%以上を示し、該温度範囲において高い伸び率即ち可塑化効果を示す。一方、図3及び図4において、バツ印で表された引張弾性率の変化率は90%以上、具体的には90%〜100%を維持し、熱可塑性エラストマー(図1,2参照)と比較しても弾性率は殆ど低下せず、幅広い温度範囲で靭性と剛性とのバランスに優れた成形体が得られていることがわかる。
【0036】
(その他成分)
本発明においては、本発明の目的を損なわない範囲で、機械的特性の向上や成形加工性の向上を図る等の目的で、各種の添加剤を添加しても良い。
【0037】
(添加剤:無機充填材)
本発明では本発明により得られる成型体の弾性率を更に向上させることを目的として無機充填剤を併用することができる。具体例としてはガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カルシウム、チタン酸カリウム、炭化珪素、アラミド繊維、セラミック繊維、金属繊維、窒化珪素、硫酸バリウム、硫酸カルシウム、カオリン、クレー、ベントナイト、セリサイト、ゼオライト、マイカ、雲母、タルク、ウオラストナイト、PMF、フェライト、珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、ドロマイト、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、三酸化アンチモン、酸化チタン、酸化鉄、ミルドガラス、ガラスビーズ、ガラスバルーン等がある。
【0038】
これら無機充填剤の量は、多すぎると引張伸びを低下させる傾向にあり本発明の効果を損なう原因となるため、添加量は組成物中5質量%以下であることが好ましく、特に好ましい範囲は1質量%以下である。
【0039】
(添加剤:熱可塑性エラストマー)
本発明に用いるPAS樹脂用可塑剤で生じた弾性率を過剰に低下させない範囲で、さらに伸び特性を高めるために熱可塑性エラストマーを併用してもよい。これらエラストマーの量は、組成物中5質量%以下であることが好ましく、特に好ましい範囲は1質量%以下である。熱可塑性エラストマーの量が少ない方が、樹脂組成物の弾性率の低下が小さくなる傾向にある。
【実施例】
【0040】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明する。例中の部は、質量部を示す。
【0041】
(実施例1〜16 可塑剤とPAS樹脂との溶融混練)
後述の金属微粒子からなるPAS樹脂用可塑剤及びPAS樹脂粉末を均一にドライブレンドした後、35mmΦの2軸押し出し器にて290〜330℃で溶融混練して、組成物Aのペレットを得た。
組成物A中のPAS樹脂用可塑剤の割合を5質量%と一定にし、使用した金属種の粒径及び形状を変化させた実施例1〜9の組成を表1に、該可塑剤中の組成比を変更させた実施例10〜13、及び該可塑剤として合金を使用した実施例14〜16の組成を表2に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表中1の記号の材料の詳細は以下の通りである。
PAS樹脂:PPS樹脂(品番LR-3G;DIC株製;ピーク分子量34,200)
Cu−1:銅粉末 品番1020Y ;三井金属鉱山(株)製;平均粒径0.36μm、球状
Cu−2:銅粉末 品番SFR-Cu;日本アトマイズ加工(株)製;平均粒径10μm、球状
Cu−3:銅粉末 品番MF-SH5 ;三井金属鉱業(株)製;平均粒径5μm、樹枝状
Ni−1:ニッケル粉末品番NFP201;JFEミネラル(株)製;平均粒径0.20μm、球状
Ni−2:ニッケル粉末 品番SFR-Ni;日本アトマイズ加工(株)製;平均粒径10μm、球状
Zn:亜鉛粉末 品番F−2000;本庄ケミカル(株)製;平均粒径 4μm、球状
Co:コバルト粉末 品番COE03PB;高純度化学研究所製;平均粒径5μm、球状
Mn:マンガン粉末 品番MNE06PB;高純度化学研究所製;平均粒径10μm、球状
Fe:鉄粉末 品番FEE13PB;高純度化学研究所製;平均粒径 4μm、球状
【0044】
【表2】

【0045】
表中2の記号で既出でない材料の詳細は以下の通りである。
CuNi:Cu/Ni合金粉末(Cu70%、Ni30%);
品番SF-CuNi(70-30);日本アトマイズ加工(株)製;平均粒径10μm、異形状
NiCu:Ni/Cu合金粉末(Ni70%、Cu30%);
品番SF-NiCu(70-30);日本アトマイズ加工(株)製;平均粒径10μm、異形状
CuZn;Cu/Zn合金(黄銅)粉末;品番MA-YS;三井金属鉱業(株)製;
平均粒径40μm、不定形状
【0046】
(参考例 PAS樹脂単独での溶融混練)
PAS樹脂粉末を35mmΦの2軸押し出し器にて290〜330℃で溶融混練して、PAS樹脂組成物のペレットを得た。組成を表3に示す。
【0047】
(比較例1〜3 熱可塑性エラストマーとPAS樹脂との溶融混練)
熱可塑性エラストマーとPAS樹脂粉末を均一にドライブレンドした後、35mmΦの2軸押し出し器にて290〜330℃で溶融混練して、PAS樹脂組成物のペレットを得た。組成を表3に示す。
【0048】
(比較例4 グラスファイバーとPAS樹脂との溶融混練)
グラスファイバー「ECS−03−T−717H」とPAS樹脂粉末を均一にドライブレンドした後、35mmΦの2軸押し出し器にて290〜330℃で溶融混練して、PAS樹脂組成物のペレットを得た。組成を表3に示す。
【0049】
(比較例5)
前記比較例4の組成に銅粉末として前記Cu−1を更に添加した以外は比較例4と同様にして溶融混練しペレットを得た。配合例を表3に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
表中3の記号で既出でない材料の詳細は以下の通りである。
ELA−1:熱可塑性エラストマー;住友化学(株)製;ボンドファースト7M
ELA−2:熱可塑性エラストマー;三井化学;タフマー MH-7020(α−オレフィン共重合体)
ELA−3:熱可塑性エラストマー;三井化学 タフマー A−4085S(α−オレフィン共重合体)
GF:ガラスファイバー; ECS−03−T−717H (日本電気硝子(株)、直径10μm)
【0052】
(成形体の引張伸び変化率 弾性率の変化率、破断エネルギー測定結果)
(試験片の作製)
前記実施例1〜16及び比較例1〜5で得られた組成物Aのペレット、参考例で得たPAS樹脂のペレットを使用し、ASTM D−638に準拠したASTM4号のダンベル試験片を射出成形により成型した。
【0053】
(引張試験)
前記ダンベル試験片を用いて、測定温度−20℃、23℃、120℃でASTM D−638の方法により引張試験を実施した。尚、試験値は5回の引張り試験の平均値とした。試験条件は以下の通りである。
測定温度:−20℃、23℃、120℃
引張り速度:−20℃、23℃での測定では25mm/分とし、120℃での測定では50mm/分とした。引張試験により得られた応力歪み線図から、各温度での引張り弾性率、引張り破断伸びを算出した。
【0054】
(引張試験からのデータ比較)
前記引張試験で得た引張り弾性率、引張り破断伸びの実測値を式(3)〜式(5)に挿入し、引張伸び変化率、引張弾性率の変化率、及び破断エネルギーの変化率を算出した。
【0055】
【数5】

式(3)
【0056】
【数6】

式(4)
【0057】
【数7】

式(5)
【0058】
この結果を表4〜表6に示す。
【0059】
【表4】


【0060】
【表5】


【0061】
【表6】

【0062】
以上の結果から、金属微粒子からなるPAS樹脂可塑剤を添加した実施例1〜16の組成物Aの成形体は、−20℃〜120℃の範囲におけるPAS樹脂そのものの弾性率(参考例1)は殆ど下げないか、場合によっては増加させ(最小値で92%〜最大値105%)、測定各温度において120%以上の良好な引張伸びを示した。特に120℃における伸びは参考例と比較して200%を超えるものもあり、最小でも143%と、高温領域で良好な伸びを示した。実施例1の結果をグラフ化したものを図3に、実施例4の結果をグラフ化したものを図4に示す。図3に示されるように、PPS樹脂相にPPS用可塑剤として銅微粒子が分散されてなる実施例1の組成物Aの成形体は、引張伸び変化率は測定温度範囲内で170%以上と高く120%以上の伸びを十二分に示しており、該温度範囲において高い伸び率即ち可塑化効果を示す。
また、PPS樹脂相にPPS用可塑剤としてニッケル微粒子が分散されてなる実施例4の組成物Aの成形体は、引張伸び変化率は150%以上と高いことに加えて、特に120℃では190%以上を示し、該温度範囲において高い伸び率即ち可塑化効果を示す。一方、図3及び図4において、バツ印で表された引張弾性率の変化率は90%以上、具体的には90%〜100%を維持し、靭性及び剛性を兼ね備えた材料であることが判る。
【0063】
一方、比較例1〜3の熱可塑性エラストマーを添加した組成物では、引張伸び変化率は高いものの、引張弾性率の変化率が参考例と比較して83%以下と非常に下がってしまい(図1、2参照 比較例3の組成物Aの成形体の弾性率の変化率をグラフ化したものである)弾性率を損ねており、靭性と剛性を両方とも必要とする用途には用いられないことが明らかとなった。
【0064】
一方、ガラスファイバーを20質量%添加した比較例4では、弾性率は130%以上と高いものの、引張伸びの変化率は35%以下と低く且つ破断エネルギーも低下し、靭性を必要とする用途には用いられないことが明らかとなった。さらに、比較例4の組成物に金属微粒子を添加しても(比較例5)同様の結果であった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明による成形体は、靭性と剛性のバランスが良好であることにより、自動車部品や住設機器の部品等に使用できる。具体的には、各種ケース類、各種配管部材・継手類、各種樹脂ギヤ、各種ガスケット等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】測定温度−20℃〜120℃の範囲でASTM D−638の方法による引張り試験により得られた弾性率をグラフ化したものであり、実線はPAS樹脂単独の成形体を測定した弾性率の結果であり、波線はPAS樹脂に熱可塑性エラストマーを5質量%混練した比較例3の組成物Aの成形体を測定した弾性率の結果である。
【図2】比較例3の組成物Aの−20℃、23℃、120℃における弾性率の変化率をグラフ化したものである。
【図3】PPS樹脂相にPPS用可塑剤として銅微粒子が分散されてなる実施例1の組成物Aの成形体の、−20℃、23℃、120℃における引張伸び変化率(図中、丸印で表される)及び、−20℃、23℃、120℃における引張弾性率の変化率(図中、バツ印で表される)をグラフ化したものである。
【図4】PPS樹脂相にPPS用可塑剤としてニッケル微粒子が分散されてなる実施例4の組成物Aの成形体の、−20℃、23℃、120℃における引張伸び変化率(図中、丸印で表される)及び、−20℃、23℃、120℃における引張弾性率の変化率(図中、バツ印で表される)をグラフ化したものである。
【符号の説明】
【0067】
1:丸印 ASTM D−638の方法による引張り試験により得られた引張伸びから算出した引張伸び変化率を表す。
2:バツ印 ASTM D−638の方法による引張り試験により得られた引張伸びから算出した引張弾性率の変化率を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子からなることを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤。
【請求項2】
ポリアリーレンスルフィド樹脂相に請求項1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂用可塑剤が分散されてなる組成物Aの成形体であって、式(1)における−20℃〜120℃における引張伸び変化率が120%以上であり、且つ、式(2)における−20℃〜120℃における弾性率の変化率が90%以上であることを特徴とする成形体。
【数1】

式(1)
(但し前記式(1)における引張伸びは、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張伸びとする)

【数2】

式(2)
(但し前記式(2)における引張弾性率は、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張弾性率とする)
【請求項3】
前記式(1)で算出した120℃における引張伸び変化率が140%以上である請求項2に記載の成形体。
【請求項4】
ポリアリーレンスルフィド樹脂相に、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子を分散させることを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法。
【請求項5】
前記伸び率が、ポリアリーレンスルフィド樹脂相に、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子を分散させてなる組成物Aの成形体の、式(1)で算出した−20℃〜120℃における引張伸び変化率であり、該伸び率を120%以上高める請求項4に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法。
【数3】

式(1)
(但し前記式(1)における引張伸びは、−20℃〜120℃の範囲で同一温度において測定した引張伸びとする)
【請求項6】
前記成形体の、式(1)で算出した120℃における引張伸び変化率が140%以上である請求項5に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の伸び率を高める方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−31080(P2010−31080A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−192088(P2008−192088)
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】