説明

ポリエン類の環化反応

【課題】スクワレンからトリテルペンへの環化反応のようなポリエン類の環化反応を、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることなく、環境負荷を与えないで化学合成できる方法を提供すること。
【解決手段】超臨界状態に近い高温高圧水環境において、触媒無添加で、ポリエン類の環化反応を行なうことで課題が解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機溶媒や触媒を用いることなく、ポリエン類を環化反応させる方法に関する。より具体的には、高温高圧水中、触媒無添加において、ポリエン類から環状化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリテルペンは、炭素数30の化合物であり、抗がん剤などの新薬の候補物質の一つとして注目され、近年、化学合成や酵素を使用した生合成が研究されている。また、トリテルペンは、殆どの植物中に存在しているとされ、天然には、80種類以上のトリテルペン骨格の存在が確認されている。
トリテルペンは、in vitroでは、酵素による生合成により、ステロイド骨格の中間体であるスクワレンを原料として、2,3-オキシドスクワレンを経由する求電子的環化反応で得られてきた。このスクワレン環化酵素は、真核・原核生物由来であり、その活性部位などが比較的解析されており、主に最適なバクテリアは、アリサイクロバシラス アシドカルダリウス(Alicyclobacillus acidocaldarius)である。しかし、他のイソプレノイド環化酵素の反応機構等は一般化するには至っていない。その理由として、真核生物を用いた場合、遺伝子取得が難しいことや、酵素調製が難しいことなどが挙げられる。
また、in vitroでは、化学合成によりスクワレンから5員環トリテルペンが生成するが、この典型的な有機化学反応で鍵となる求電子反応の促進には、有機溶剤や酸触媒の使用が不可欠である。したがって、生成物を取り出す際には、塩基を加えて中和を行い、さらに溶媒を留去するか水蒸気蒸留する必要があり、分離工程でのコスト増加につながっている。また、炭化水素系、エーテル系、含塩素系有機溶媒には揮発性のものが多く、大部分は大気中に放出され、エネルギー・資源の浪費となっているばかりでなく、対流圏オゾンの発生及びスモッグの原因という環境負荷を与えてきた。
【0003】
一方、超臨界状態またはこれに近い高温高圧水環境では、水は、常温常圧の有機溶媒に相当する低い誘電率を示し、更に高いイオン積も有することから、有機物に対して高い溶解性を示すことが知られている。また、高いH+やOH-濃度の反応場を形成できるため、従来有機溶媒中で酸・塩基触媒を用いて行なわれてきた有機合成反応を、多量の有機溶媒や酸・塩基触媒用いることなく進行させ得る可能性が示唆され、代表的な求電子置換反応であるフリーデル・クラフツアルキル化及びアシル化について無触媒で進行することが報告されている(非特許文献1)。
また、このような超臨界水中での有機合成に関して、ピコナール転位反応によるピコナリン生成反応という特殊な環化反応が報告されている(特許文献1)が、その他の汎用性を有する環化反応については何ら報告がない。
【非特許文献1】K.Chandler等 AIChE J., 1998,44,2080
【特許文献1】特開2000-136161号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、スクワレンからトリテルペンへの環化反応のようなポリエン類の環化反応を、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることなく、環境負荷を与えないで化学合成できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、超臨界状態に近い高温高圧水環境において、触媒無添加で、ポリエン類の環化反応が進行することを見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明者らは、ポリエン類の環化が、高温高圧水環境において、自発的に進行することを見出したものである。この手法は、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることがないので、低環境負荷のプロセスであることに加え、生成物が水相と分離して取得できるため、分離取得工程の簡略化が達成できるメリットもある。
本発明者らは、スクワレンからトリテルペンへの環化反応のようなポリエン類の環化反応のモデルとして1,6-へプタジエンを選択して検討をしたが、その結果、環化反応が進行することが明らかとなった。1,6-へプタジエンの環化反応は、上述のような多環式化合物を合成する上で基本となる反応であるので、各種単環式及び多環式化合物へ応用しうる可能性を発見した。
【0006】
すなわち、本発明は、次に関するものである。
(1)高温高圧水中、触媒無添加において、ポリエン類を環化することを特徴とする環状化合物の製造方法。
(2)ポリエン類の炭素数が6〜30である上記(1)に記載の製造方法。
(3)ポリエン類の炭素数が6〜8である上記(1)に記載の製造方法。
(4)ポリエン類が1,5-ジエンあるいは1,6-ジエンである上記(1)記載の製造方法。
(5)1,6-へプタジエンからメチルシクロヘキセンを製造する上記(1)記載の方法。
(6)温度350 ℃以上、圧力17 MPa以上で反応させることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の環化方法は、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いないので、環境調和型の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に、本発明を具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
本発明において原料となるポリエン類は、2重結合を2個以上有する炭化水素である。ポリエン類の炭素数は6〜30であり、特に炭素数6〜8である1,5-ジエンあるいは1,6-ジエンを原料とするのが好ましい。
炭素数7である1,6-へプタジエンを原料として環化する場合、メチルシクロヘキセンが生成する。

【化1】

炭素数30のポリエンであるスクワレンを原料として環化すれば、5員環トリテルペンが生成する。
【0009】
【化2】

高温高圧水は、常温常圧の有機溶媒に相当する低い誘電率を示すが、本発明者らは、温度350 ℃以上、圧力17 MPa以上の高温高圧水環境でポリエン類の環化が進行することを見出した。
本発明で高温高圧水中、無触媒において、1,6-へプタジエンからメチルシクロヘキセンの生成を確認できたことにより、高温高圧水中で1,6-へプタジエンが自発的に環化されることが明らかになった。このことは、原料の炭素数を増加させることにより、各種単環式及び多環式化合物、例えば5員環トリテルペン合成が可能であることを示唆している。
【0010】
以下には、1,6-へプタジエンからメチルシクロヘキセンを生成する反応について本発明を具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【0011】
<反応手順>
実験に用いた回分式反応管は、SUS316製、内容積10 cm3、最高使用条件は、温度537 ℃、圧力35 MPaである。
反応管に超純水約3〜6 gと1,6−へプタジエン約0.2〜2 gを仕込み、密閉した後、所定温度に設定した金属溶融塩浴に投入することで反応を開始させた。温度は350〜400 ℃、圧力は17〜35 MPa、反応時間は30〜120分(昇温時間約1分を含む)に設定した。
所定時間経過後、金属溶融塩浴から反応管を引き上げ、冷水浴で急冷し、反応を停止させた。有機相と水相に液液分離した回収液に塩を添加することで、塩析効果により水相中の有機化合物を有機相中に移動させた。その後有機相のみを採取して、生成物について下記分析手段により分析した。
【0012】
<分析手段>
(1)ガスクロマトグラフィー(GC)
島津製作所製ガスクロマトグラフGC-2010、水素炎イオン検出器(FID)により生成物の定性、定量分析を行なった。GC分析において、注入量は、島津製作所製オートインジェクターAOC-20iを使用し、0.5 μLの一定量に制御した。気化室と検出器の温度はそれぞれ230 ℃、250 ℃に設定した。カラム恒温槽内は35〜80 ℃の温度範囲で1.0 ℃/minの速度で昇温させた。また、線速度を10 cm/sec、スプリット比を200:1として分析を行なった。カラムにはAgilent Technologies社製HP-1を用いた。
(2)GC/MS
日本電子製GC(HP-6890)/MS(JMS-600H)により生成物の定性を行った。注入量は0.5〜2.0μL、気化室の温度を200 ℃に設定し、カラム恒温槽内は35〜60 ℃の温度範囲で2.0 ℃/min、60〜200℃の温度範囲で15 ℃/minの速度で昇温させた。また、線速度を20 cm/sec、スプリット比を100:1として分析を行った。カラムにはAgilent Technologies社製HP-FFAPを使用した。
【実施例1】
【0013】
反応管に超純水4.2654 g、1,6-へプタジエン0.4750 g仕込み、温度400 ℃で90分反応させた。なお本条件は純水換算で圧力32 MPaに相当する。
反応生成物をGC分析した結果を図1に示す。この結果からメチルシクロヘキセンの生成を確認できた。
【実施例2】
【0014】
目的物、すなわち、メチルシクロヘキセンの確認を精確にするためにGC/MS分析を行なった。GC/MS分析に用いたサンプルは、400 ℃、35 MPa、60分の反応によって得られた反応生成物である。
図2は、標準物質としての純物質3-メチルシクロヘキセン及び4-メチルシクロへキセンについてのGC/MS結果である。図2−aは、3-メチルシクロヘキセン及び4-メチルシクロへキセン混合物のTIC(トータルイオンクロマトグラフ)、図2−bは、保持時間5.63 minの3-メチルシクロヘキセンピークのMSスペクトル、図2−cは、保持時間5.77 minの4-メチルシクロヘキセンピークのMSスペクトルである。
図3は、反応生成物についてのGC/MS結果である。図3−aは、反応生成物(混合物)のTIC 、図3−bは、保持時間5.77 minのピークのMSスペクトル、図3−cは、保持時間5.75 minのピークのMSスペクトル、図3−dは、保持時間5.83 minのピークのMSスペクトルである。
図2の純物質のフラグメントと比較して保持時間5.7 min(図3−bと図3−c)のピークが3-メチルシクロヘキセン、保持時間5.8 min(図3−d)のピークが4-メチルシクロヘキセンであることが確認された。
【実施例3】
【0015】
1,6-へプタジエンからメチルシクロヘキセンを生成する反応に関して、最適条件を検討するために、温度と圧力、反応時間を変化させてメチルシクロヘキセンの生成を確認した。結果を表1に示す。
表1において、×は、GC分析を行なったが目的生成物が確認できなかったもの、○と●はGC分析を行なった結果、目的生成物が確認されたもので、そのうち●について収率を算出した(収率の結果は実施例4で示す)。
この結果から、温度350 ℃以上、圧力17 MPa以上、反応時間60分以上の高温高圧水中での反応により環化が進行することが分かった。
【0016】
【表1】

【実施例4】
【0017】
実施例3において、目的生成物が確認されたものについて、収率を算出した。結果を表2に示す。表3には、原料の転化率も示した。
【0018】
【表2】

【0019】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0020】
以上のとおり、本発明によって、高温高圧水中、触媒無添加において、1,6-へプタジエンの環化反応が進行することを見出した。この環化反応は、トリテルペンのような多環式化合物を合成する上で基本となる反応であるので、各種単環式及び多環式化合物へ応用しうる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1の生成物のガスクロマトグラフィー。
【図2】標準物質のGC/MS。
【図3】実施例2の生成物のGC/MS。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温高圧水中、触媒無添加において、ポリエン類を環化することを特徴とする環状化合物の製造方法。
【請求項2】
ポリエン類の炭素数が6〜30である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
ポリエン類の炭素数が6〜8である請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
ポリエン類が1,5-ジエンあるいは1,6-ジエンである請求項1記載の製造方法。
【請求項5】
1,6-へプタジエンからメチルシクロヘキセンを製造する請求項1記載の方法。
【請求項6】
温度350 ℃以上、圧力17 MPa以上で反応させることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−162973(P2008−162973A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−356085(P2006−356085)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】