説明

ポリペプチド及び該ポリペプチドを固定化させた基材

【課題】原核生物で発現、可溶化、再構成が容易に行うことができ、さらに幹細胞の分化抑制活性を持つポリペプチドを得ることを課題とする。
【解決手段】ヒトDelta1の配列より得られたポリペプチドを原核生物細胞内において最小単位で発現させ、変性剤および還元剤を用いて精製することにより、幹細胞分化抑制活性を有した望ましいポリペプチドを得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は幹細胞分化抑制活性を有するポリペプチド及び該ポリペプチドを固定化させた基材に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内にはさまざまな幹細胞あるいは前駆細胞が存在し、それらが周囲あるいは内在の要因に応じて特定の方向へ分化、増殖することによって複雑な生物体ができあがっていくことが知られている。幹細胞は、いろいろな細胞に分化できる能力と自分自身を複製できる能力を兼ね備えた細胞と定義される。個体を形成するほぼ全ての体細胞に分化する能力(全能性)を持つ幹細胞(代表例:ES細胞)と、ある特定の組織・臓器を構成する細胞に限局した多分化能を持つ組織幹細胞(代表例:造血幹細胞)に大別され、臓器や組織の発生・修復・維持に重要な役割を担っている。
【0003】
現在、臓器不全の治療には人工臓器の使用や臓器移植が試みられているが、複雑な人間の臓器の機能を完全に代償できるような人工臓器を作製することは困難であり、臓器移植にはドナー不足、生命倫理、感染、拒絶反応など多くの問題が山積している。こうした従来の治療法の欠点を克服する治療法が模索されるなか、幹細胞を用いた治療が注目されるようになった。代表的な幹細胞を用いた治療に造血幹細胞移植が挙げられるが、現在の治療法では未だ総細胞数の不足という問題があり、幹細胞の増殖と分化の制御による体外増殖方法の開発が今後の幹細胞を用いた治療の大きな課題となっている。
【0004】
細胞膜受容体の1つであるNotchレセプターは、NotchリガンドであるDeltaやJaggedと結合することにより幹細胞の分化を抑制するタンパク質として近年非常に注目されている。Notchレセプターは、1回膜貫通型受容体であり、細胞外ドメインでNotchリガンドと結合するとγセクレターゼによって膜貫通部位を切断される。切断されたNotchレセプターの細胞内ドメインは核内へと移行し、bHLH型転写因子(例えばHes-1など)を活性化し、さらに幹細胞の分化に関わる転写因子の発現を抑制する。このようにしてNotchレセプターへのNotchリガンドの結合は未分化な幹細胞が分化することを阻害する。
【0005】
このような分化抑制シグナルの伝達にはNotchレセプターとNotchリガンドとの結合が不可欠であり、この現象を用いた技術応用、例えばNotchリガンドを固定化させた基材上で幹細胞を分化抑制させながら増殖させることにより、上述した幹細胞数の不足という課題が解決されると考えられる。
【0006】
このとき基材に固定するNotchリガンドが産業として利用されるために要求されている特性として、1.ヒト由来Notchリガンドであり、2.Notchレセプターとの結合能を有し、3.幹細胞の分化抑制活性を有し、4.未知病原体等の不純物を含む危険性が低く、5.ヒトに対して抗原性を有さず、6.安価に安定して製造可能である、が挙げられる。
【0007】
ヒト由来NotchリガンドとしてはDelta-1, Delta-3, Delta-4, Jagged-1, Jagged-2が知られている。これらのタンパク質は細胞外ドメイン、膜貫通ドメインと細胞内ドメインからなる膜タンパク質であり、多数のジスルフィド結合を有している。細胞外ドメインは6つのシステイン残基を1つの構造体とするEpidermal Growth Factor (EGF)様配列の繰返し配列(EGF様リピート)と、システイン残基を6残基含むDSLドメインを有しており、糖鎖が付加されている。これらNotchリガンドは隣接する細胞のNotchレセプターと、DSLドメインおよびEGF様リピートを介して結合し、分化抑制シグナルの伝達を引き起こす。
【0008】
このNotchリガンドのDSLドメインとEGF様リピートは、Notchレセプターとの結合において重要な機能を持つ。たとえばヒトのDeltaホモログであるDelta like-3において、DSLドメインの変異およびEGF様リピートの欠損、EGF様リピート中の1アミノ酸変異が骨格形成に影響を与えることが示唆されている(非特許文献1参照)ことから、Notchリガンドが正常な機能発揮をするためにはDSLドメインとEGF様リピートの両ドメインが同時に存在することが必要であり、DSLドメインのみでは正常な機能発現は得られないと考えられる。
【0009】
また、Notchリガンドが正常に機能発揮するためには基材に固定化されていることが必要であることが知られている(非特許文献2参照)。タンパク質を基材に固定化させる方法としては、単純に物理的な方法で吸着させる、あるいはポリペプチドの側鎖官能基を利用して化学結合させる以外に、1.N末端あるいは/およびC末端に融合させたタグとその抗体を用いた抗原抗体反応で固定化させる方法、2.N末端あるいは/およびC末端に融合させたポリヒスチジンペプチドタグを、ニッケルをキレートさせた担体にアフィニティー反応を用いて固定化させる方法、3.N末端あるいは/およびC末端に融合させたリジンあるいはアルギニンタグ(カチオン性)とアニオン性基材にイオン結合を用いて結合させる方法が挙げられる。
【0010】
NotchリガンドであるDelta-1の細胞外ドメインを、動物細胞や昆虫細胞を用いて作製した例は多数開示されているが(特許文献1、特許文献2、特許文献3、非特許文献2参照)、原核生物を用いた発現については、DSLドメインのみをグルタチオンSトランスフェラーゼタグとの融合タンパク質として発現させた例が開示されているのみで(非特許文献3参照)、幹細胞分化抑制活性は発揮されていなかった。また、原核生物において多数のジスルフィド結合を含むポリペプチドを発現させた後、複数のジスルフィド結合を正常な位置で再構成させることは極めて困難であり、これまでジスルフィド結合を多数持つタンパク質を原核生物細胞内で発現させ、水溶性のポリペプチドとして単離精製した例は知られていなかった。
【特許文献1】国際公開第97/19172号パンフレット
【特許文献2】国際公開第98/51799号パンフレット
【特許文献3】特開2005−13059号公報
【非特許文献1】Michael P. Bulman et al.、Nature Genetics、2000年、第24巻、p438-441
【非特許文献2】Barbara Varnum-Finney et al.、Journal of Cell Science、2000年、第113巻、p4313-4318
【非特許文献3】Wei Han et al.、Blood、2000年、第95巻、p1616-1625
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来技術の問題を解決するものであり、原核生物細胞で発現、可溶化、再構成が容易に行うことができる、幹細胞の分化抑制活性を持つポリペプチドを得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を達成するために、発明者らは鋭意検討した結果原核生物細胞内において発現させ、変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程を含む方法により製造される、ヒトDelta1タンパク質のの最小のアミノ酸配列単位で構成されるポリペプチドが、幹細胞の分化抑制活性を持つことを見出し、本発明に至ったものである。
【0013】
すなわち、本発明は、原核生物細胞により細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程を含む方法により製造された配列番号1に示すアミノ酸配列を有するポリペプチド、またはその配列中の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有しかつ幹細胞分化抑制活性を有するポリペプチドを提供するものである。また、本発明は、該ポリペプチドを固定化させた基材を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、原核生物細胞内で高発現し、可溶化および再構成時に凝集することなく、幹細胞の分化抑制活性を有するポリペプチドを大量に安定して提供することができる。また、本発明のポリペプチドは、動物細胞や昆虫細胞を用いて製造された従来のポリペプチドと異なり、原核生物細胞内で発現されることから、糖鎖構造は付加されないため、ウイルス等の感染因子、血清利用による未知病原体の混入の恐れが低いポリペプチドを提供することができる。さらに、本発明で製造されたポリペプチドを固定化した基材上で、例えば造血幹細胞を培養することにより、幹細胞の体外増幅が可能となり、安全な移植・再生医療技術への展開が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
この発明における用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。
【0016】
本発明は、原核生物細胞により細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程を含む方法により製造された、以下の(a)又は(b)のポリペプチドである。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列を有するポリペプチド。
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつ幹細胞分化抑制活性を有するポリペプチド。
【0017】
本発明のポリペプチドは、ヒト由来Notchリガンドとなるものであって、ヒトDelta-1, ヒトDelta-3, ヒトDelta-4, ヒトJagged-1, ヒトJagged-2のいずれかのアミノ酸配列と同じまたは90%以上相同な配列をもつポリペプチドから原核生物体内で発現できるように改変したポリペプチドである。ヒトDelta-1の全長のアミノ酸配列はSwiss-Prot accession number O00548として登録されており、相同性は、例えばBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)などのプログラムを用いてアミノ酸配列のデータベースから検索することができる。
【0018】
具体的には、ヒトDelta-1の全長のアミノ酸配列(Swiss-Prot accession number O00548)より1〜176番のポリペプチドを除去することで、原核生物細胞内で大量に発現させ、可溶化が可能となる。
【0019】
本発明のポリペプチドは、幹細胞分化抑制活性が失われない限りにおいて、1から数個のアミノ酸の変異、すなわち欠失、置換若しくは付加を有していても良い。アミノ酸の変異は、生物種や品種、個体の違いによる遺伝子の変異に起因するものや、人為的に遺伝子工学的手法もしくは遺伝子変異手法により引き起こされた変異であっても良い。人為的なアミノ酸変異導入法としては、例えば、ランダム変異導入法、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、またはポリメラーゼ連鎖増幅法(PCR)を単独または適宜組み合わせて行う方法が挙げられる。また、亜硫酸水素ナトリウムを用いた化学的な処理によりシトシン塩基をウラシル塩基に置換する方法や、マンガンを含む反応液中でPCRを行い、DNA合成時のヌクレオチドの取り込みの正確性を低くする方法、部位特異的変異導入のための市販されている各種キットを用いることもできる。例えば、Sambrook等編「Molecular Cloning-A Laboratory Manual、第2版」Cold Spring Harbor Laboratory、1989、村松正實編「ラボマニュアル遺伝子工学」丸善株式会社、1988、エールリッヒ、HE.編「PCRテクノロジー、DNA増幅の原理と応用」ストックトンプレス、1989等の成書に記載の方法に準じて、あるいはそれらの方法を改変して実施することができる。
【0020】
本発明のポリペプチドには、精製の効率を向上させる目的で、N末端またはC末端にタグ配列を融合させても良い。タグ配列の一例としては、カルモジュリン結合ペプチドタグ、グルタチオンS-トランスフェラーゼタグ、マルトース結合タンパク質タグ、Flagタグ、T7タグ、Sタグ、セルロース結合ドメインタグ、HATタグ、ビオチンタグ、ポリヒスチジンペプチドタグなどが挙げられる。グルタチオンS-トランスフェラーゼタグなど一部のタグが酵素活性などの生理活性を有するのに対して、タグ自体が酵素活性などの生理活性を持たないこと、変性剤存在下での精製が可能であること、立体障害が起こりにくいことなどの理由から、少なくとも4残基以上の連続したヒスチジンからなるポリヒスチジンタグが好適に用いられる。タグ領域と該ポリペプチド領域との間には、タグ領域を取り除くためのFactor Xaやトロンビン、エンテロキナーゼ、H64AズブチリシンTEVプロテアーゼ、IgAプロテアーゼ、GSTプロテアーゼ3Cなどの部位特異的プロテアーゼの認識配列が存在していても良く、またヒドロキシルアミンやシアノゲンブロマイドなどの化合物による切断部位が存在していても良い。生理活性を持つ他の可溶性タンパク質をタグとして用いた場合、細胞への影響を抑えるため、タグ領域を取り除くことが好ましい。
【0021】
本発明のポリペプチドは、遺伝子組換え技術を用いて原核生物細胞内において製造される。具体的には、原核生物により細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて可溶化させることで製造される。
【0022】
遺伝子組み換えタンパク質を製造する場合、一般に、真核生物種を用いる系では不均一で、同じ一つのタンパク質に対して複数の糖鎖型が見出される。また、系統の離れた真核生物種(昆虫、酵母、植物)では糖鎖構造はヒトの糖鎖パターンとは異なり、このようなヒトの糖鎖と異なる糖鎖のパターンは、ヒトに対して抗原性を示し、また、細胞の培養には未知病原体の混入の恐れのある牛胎児血清の使用もあり、ヒトへの臨床応用を考える場合重大な問題となる。一方、原核生物細胞を用いる系では、糖鎖は付加されず、ウイルス等の感染因子、血清利用による未知病原体の混入の恐れも低い。
【0023】
Notchリガンドの機能発揮において、糖鎖構造は必ずしも必要ではないことから、本発明のポリペプチドは原核生物細胞を用いて製造する。原核生物細胞を用いた製造方法は、動物細胞や昆虫細胞、酵母による製造法と比較した場合、生産性の高さと操作性の容易さから製造にかかるコストを低減することができる。また、抗原性をもつ糖鎖を付加しないことから、より安全な移植・再生医療の実施が可能となる。
【0024】
本発明のポリペプチドを製造する原核生物細胞は、具体的には、遺伝子組換えによるタンパク質の生産が容易である大腸菌(Escherichia属細菌)や枯草菌(Bacillus属細菌)、乳酸菌(Lactobacillus属細菌)、好熱性細菌(Bacillus属細菌、Thermus属細菌、Pyrococcus属細菌)、アミノ酸生産菌(Corynebacterium属細菌、Brevibacterium属細菌)、酢酸菌(Acetobacter属細菌)、Pseudomonas属細菌、Salmonella属細菌、Serratia属細菌、Zymomonas属細菌、Staphylococcus属細菌などが好適に用いられる。より好ましくは、遺伝子工学的手法を容易に用いることが可能であり、種々の遺伝子組換えタンパク質を生産した実績を有する大腸菌が用いられる。大腸菌は、該ポリペプチドを遺伝子組換えにより発現可能であれば特に制限は無いが、該ポリペプチドの発現を効率的に行う目的で、タンパク質分解酵素遺伝子の変異や欠失、薬剤感受性の導入、薬剤耐性の導入、改変tRNAの導入、シャペロンの導入など、種々の改変が行われていても良い。
【0025】
本発明のポリペプチドに糖鎖が付加されていないことは、実験的手法により確認することもできる。例えばレクチン染色、レクチンブロット、PAS染色、Pro−Qエメラルド染色(Invitrogen社製)ECL糖タンパク質検出法(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、グリコペプチダーゼ処理、N−グリカナーゼ処理、などを単独または組み合わせて行うことにより、ポリペプチドの糖鎖の有無を判定することができる。
【0026】
本発明のポリペプチドの発現方法としては、以下に示す方法が一例として挙げられる。ポリペプチドをコードするDNA断片を挿入した発現ベクターを原核生物に導入し、該ポリペプチドを発現させる。従来公表された方法のいずれかを用いて適切な転写/翻訳制御シグナル及びポリペプチドをコードするヌクレオチドを含む発現ベクターを構築できる。転写/翻訳制御シグナルについては天然遺伝子または/およびその並列領域によって供給できる。また、当該技術分野の公知のいずれかのプロモーター/エンハンサーエレメントによって対象のタンパク質の発現を制御することができる。原核生物発現ベクターにおけるプロモーターにとくに制限はなく、例えば、β-ラクタマーゼプロモーター、tacプロモーター、T7プロモーター、T7lacプロモーター、cspAプロモーター、trpプロモーター、ヒートショックプロモーターなどがあげられるが、好ましくは発現の制御性が高いT7プロモーターが用いられる。また、発現誘導する方法に特に制限はなく、使用菌株、使用ベクターの種類に最適なものを選択すれば良い。発現誘導としては恒常的に発現するプロモーター制御による発現でもよく、IPTGやアラビノース、トリプトファン、インドールアクリル酸、テトラサイクリン、ガラクトース、スクロースなど化合物による発現誘導でも良く、また高温シフトもしくは低温シフトなど温度変化による発現誘導であっても良い。
【0027】
本発明のポリペプチドは、原核生物細胞により細胞内不溶性画分として発現させる。大腸菌でのタンパク質発現誘導において、一般に、可溶性画分として発現させると元の構造を保ったままの構造体が得られることが多いが、ヒト由来タンパク質は原核生物にとって毒性を示す場合もあるため、大量に発現させる場合には活性を有していない細胞内不溶性画分として発現させることが好ましい。また、細胞内不溶性画分では細胞内の夾雑物質の混入が少なく発現誘導させた遺伝子組換えタンパク質を比較的高純度に含むことから、遺伝子組換えタンパク質の精製を容易にすることができる。本発明における細胞内不溶性画分は、原核生物を例えばリン酸緩衝溶液もしくはトリス緩衝溶液等の緩衝溶液中で破砕し、破砕液を遠心分離もしくはろ過を用いて可溶性の画分と分離することで容易に得ることができる。
【0028】
原核生物の破砕方法に特に制限はなく、該ポリペプチドのもつ幹細胞分化抑制活性が失われない方法であれば良い。具体的には超音波破砕、ホモジナイザー、グラスビーズ、ワーリングブレンダー、フレンチプレス、凍結融解、リゾチームなどの酵素、界面活性剤、などを用いる方法が単独もしくは組み合わせて用いられる。なかでも破砕効率および操作の簡便さから、超音波破砕が好ましく用いられる。
【0029】
本発明のポリペプチドは、細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて可溶化させることにより製造される。好ましくは、可溶化させた後、変性剤および還元剤を除いてポリペプチドの再構成を行う。
【0030】
本発明における変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程とは、細胞内不溶性画分として発現させた本発明のポリペプチドを、変性剤の働きにより該ポリペプチドのコンフォメーションをランダムな構造にし、還元剤の働きにより該ポリペプチドの分子内もしくは分子間ジスルフィド結合を解離させることにより該ポリペプチドを可溶化する工程である。その工程の条件にとくに制限はないが、好ましくは、可溶化の効率を上げる目的で、工程の温度を10℃以上に上げる段階を含むことが望ましい。また、可溶化の効率を上げる目的で、振盪処理、超音波処理、攪拌処理、加圧処理、減圧処理などを行っても良い。また、ヌクレアーゼ処理により可溶化の効率を上げることもできる。さらに、ポリペプチドの分解を防ぐ目的で、プロテアーゼ阻害剤の存在下で行ってもよい。この工程により、細胞内不溶性画分として発現させたポリペプチドが持つ多数の誤結合したジスルフィド結合を解離させることができる。解離したジスルフィド結合を誤結合を防止しながら正しい位置で結合させるために、変性剤の除去と還元剤の除去工程を含んでいても良い。
【0031】
変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程において、変性剤の除去と還元剤の除去の手法に特に制限はないが、変性剤を除去した後に還元剤を除去することが好ましい。本発明の変性剤を除去した後に還元剤を除去する工程では、変性剤および還元剤存在下で可溶化させたポリペプチドを含む溶液から、まず変性剤を透析もしくは希釈、脱塩カラムなどにより除去もしくは希釈する。ジスルフィドの誤結合を防止しながら変性剤を除去することで、ポリペプチドの立体構造を天然型に近い形まで回復させることができる。その後、還元剤を透析もしくは希釈、脱塩カラムなどにより除去もしくは希釈、もしくは失活することにより、立体構造を回復させる中間段階でのジスルフィド結合の誤結合を防止し、ジスルフィド結合を天然型と同様に正常な部位で形成させることができる。好ましくは、グアニジン塩酸塩とジチオスレイトールにより可溶化させ、タグの親和性を利用して夾雑物から分離したポリペプチドを含む溶液から、透析もしくは脱塩カラムによりグアニジン塩酸塩を除き、ついでジチオスレイトールを除くことで、水溶性の本発明のポリペプチドを得ることができる。
【0032】
本発明で用いる変性剤は、ポリペプチド鎖をランダムなコンフォメーションにする化合物であれば特に制限はない。例えば、カオトロピック剤や界面活性剤が挙げられ、具体的には尿素、グアニジン、グアニジン塩酸塩、グアニジン硫酸塩、チオシアネート、ドデシル硫酸ナトリウム、オクチル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、オクチルフェニルエーテル、ラウリルサルコシン、ノニデットP-40、コール酸、アルギニンなどが挙げられるが、透析等により容易にタンパク質から分離できることから、尿素、グアニジン、グアニジン塩酸塩、グアニジン硫酸塩が好ましく用いられ、さらに好ましくはタンパク質との化学反応が生じないグアニジン塩酸塩が用いられる。
【0033】
また、本発明で用いられる還元剤は、分子内相互作用及び分子間相互作用、とくにジスルフィド結合を伴う相互作用を失わせ得る化合物であれば、その種類に特に制限はない。例えば、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール、2−メルカプトエタノールアミン、ジチオエイリトリオール、リン酸トリス(2−クロロエチル)、システイン、還元型グルタチオン(GSH)などが挙げられるが、還元力の強さからジチオスレイトールが好ましく用いられる。
【0034】
変性剤および/または還元剤を除く方法としては、除く順番や方法に特に制限はなく、例えば、変性剤を除いた後に還元剤を除く方法と、変性剤および還元剤を同時に除く方法が挙げられる。具体的な方法としては、透析や希釈法、カラムクロマトグラフィーなどが挙げられるが、好ましくはカラムクロマトグラフィー、さらに好ましくはゲル濾過クロマトグラフィーを用いて還元剤存在下で変性剤を除き、その後透析法を用いて還元剤を除く方法が用いられる。
【0035】
宿主細胞内で発現させた本発明のポリペプチドには糖鎖が付加されず、水溶液中での溶解性が低下すると考えられる。変性剤および/または還元剤を除く工程において、溶液のpHを本発明のポリペプチドの等電点よりも1以上離れたpHに設定し、本発明のポリペプチドに電荷を持たせることで溶解度を向上させることが可能である。また、本発明のポリペプチドの等電点はpH7.0付近に存在し、極端な酸性やアルカリ性では変性してしまうことから、pH3.0〜6.0またはpH8.0〜10.0で行うことが好ましい。この方法を用いることによりジスルフィドの誤結合を防止しながらポリペプチドの立体構造を天然型に近い形まで回復させ、その後還元剤を除くことにより、ジスルフィド結合を天然型と同様に正常な部位で再構成させて幹細胞分化抑制活性を回復することが可能となる。
【0036】
本発明における幹細胞分化抑制活性は、造血幹細胞をはじめとした体性幹細胞の未分化状態を維持する活性を示す。幹細胞の分化抑制活性の測定法の一例として、活性を測定するタンパク質を固定化したプレート上で幹細胞を一定期間培養した後の未分化細胞数を測定する方法があげられる。幹細胞は、骨髄細胞より幹細胞に特異的な表面抗原、例えばSca-1(Ly-6A/E)やc-kit(CD117)を利用した磁気細胞分離法やFCMソーティングを用いて得ることができる。また、培養後の未分化細胞数は、同様に幹細胞に特異的な表面抗原を利用してFCM等で測定することができる。また他の例としては、活性を測定したいタンパク質を固定化したプレートで幹細胞を培養したときの分化抑制シグナルの下流の転写因子、例えばHes1の発現量を測定する方法があげられる。Hes1タンパク質は未分化な神経前駆細胞などに発現し、神経分化を促進するMash1タンパク質などの転写因子の発現を抑制することにより神経分化を抑制することが知られている。
【0037】
本発明の別の態様は、配列番号1で示すアミノ酸配列を有するポリペプチドを固定化させた基材である。本発明のポリペプチドは、基材に固定化させることにより幹細胞の分化抑制活性を機能発揮することができ、本発明のポリペプチドを固定化した本発明の基材は、その基材上でさまざまな細胞を培養することにより、細胞の分化抑制、あるいは未分化維持させたまま細胞を増殖させる等の用途に用いることができる。本発明の基材を用いて培養される細胞としては、例えば、造血幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、中胚葉系幹細胞、ES細胞(胚性幹細胞)、多能性幹細胞、CD34陽性細胞、免疫系細胞、血球系細胞、神経細胞、血管内皮細胞、繊維芽細胞、上皮細胞、肝細胞、膵β細胞、心筋細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、羊膜細胞および臍帯血細胞などの生体由来の細胞、株化細胞あるいは抗体産生細胞である各種ハイブリドーマ細胞株、およびこれら細胞を遺伝子工学的に改変した細胞などの細胞が挙げられる。
【0038】
本発明のポリペプチドを固定化させる基材としては、細胞培養に適した基材であれば特に制限はないが、形状としてはプレート状、平膜状、中空糸状、繊維状、粒子状、ゲル状、スポンジ状、カットファイバー、ナノファイバーなどが挙げられる。また、基材に使用される素材は、医療用に用いられている素材が好ましく、例えば、ポリ塩化ビニル、セルロース系ポリマー、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリウレタン、ポリエステル、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレンなどが挙げられる。また、タンパク質を基材に固定化させる方法としては、特に制限はないが、タンパク質の機能部位が損なわれない方法が好ましく、単純に物理的な方法で吸着させる方法、ポリペプチドの側鎖官能基を利用して化学結合させる方法、N末端あるいは/およびC末端に融合させたタグとその抗体を用いた抗原抗体反応で固定化させる方法、N末端あるいは/およびC末端に融合させたポリヒスチジンペプチドタグを、ニッケルをキレートさせた担体にアフィニティー反応を用いて固定化させる方法、N末端あるいは/およびC末端に融合させたリジンあるいはアルギニンタグ(カチオン性)とアニオン性基材にイオン結合を用いて結合させる方法などが挙げられる。これらの方法を用いて配向して固定することによりポリペプチドの活性部位を表面に出すことができる。
【実施例】
【0039】
本発明の態様・特徴は、以下の実施例によって明確になるが、これら実施例の記載は、本発明を限定するものではない。
【0040】
実施例1 D8Eポリペプチドのクローニングと発現クローンの作製
ヒト胎盤由来cDNAライブラリー(Clontech社製)1μlをテンプレートとし、プライマー1(配列番号2)およびプライマー2(配列番号3)を用い、LA−Taq DNA polymerase(TaKaRa社製)により、ヒトDelta-1遺伝子のcDNAの一部(GeneBank登録番号AF003522の塩基番号851〜1957番目:本明細書において「D8E」ということがある。)を増幅し、pT7Blue vector(Novagen社製)を用いて大腸菌E.coli JM109にクローニングした。塩基配列を決定し、変異がないことを確認した。得られたクローンよりDSLドメインとEGF様リピート配列をコードする領域を含むDNA断片をNdeIとHindIIIによって切断し、pET30a vector(Novagen社製)のNdeIおよびHindIII切断断片に連結し、大腸菌JM109株に形質転換し、カナマイシン存在下で形質転換体を選抜した。各クローンの配列を決定し、PCRによるエラーがないことを確認した。各クローンからplasmidを単離し、大腸菌E.coli BL21(DE3)株に形質転換した。得られた株を前培養し、適当な抗生物質を加えた1LのL-Broth培地に加えて37℃で3時間培養した。その後IPTGを終濃度1mMになるよう添加し、さらに37℃にて5時間培養した。培養後、4800rpm、10min、4℃で遠心分離し菌体を沈澱させ、沈澱した菌体を60mlのリン酸緩衝化生理食塩水(以下PBS溶液または単にPBSという) (pH7.5)にて洗浄し、再び遠心分離し菌体を沈澱させた。沈殿した菌体を60mlのPBS溶液を加え懸濁後、氷中にて冷却しながらデジタルソニケーター(BRANSON社製)を用い、菌体を破砕した。破砕液全部、9000rpm 15min 4℃遠心分離後の上清(可溶性画分)、沈澱(不溶性画分)を分画し、D8Eポリペプチドの発現と局在をSDS-PAGEにより調べた。結果、D8Eポリペプチドは細胞内不溶性画分に存在していた。結果を図1に示す。
【0041】
実施例2 D8Eポリペプチドの精製と再構成
実施例1記載の方法により破砕後遠心分離し得られたD8Eポリペプチドの不溶性画分を60mlの20mM PBS pH8.0にて懸濁し、再び遠心分離し不溶性画分を沈澱させた。不溶性画分に、変性剤としてグアニジン塩酸塩を還元剤としてDTTを用いて、80mlの6Mグアニジン塩酸塩/1mM DTT/20mM PBS(pH8.0)溶液を加え、20℃ 2時間撹拌し、D8Eポリペプチドを可溶化させた。その後9000rpm 15min 20℃遠心分離後の上清を6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で平衡化したニッケルセファロースカラム(GE ヘルスケアバイオサイエンス社製)10ml容量に通過させ、ポリヒスチジンタグ付き遺伝子組換えヒトデルタタンパク質を吸着させた。カラムを100mlの6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で洗浄後、さらに100mlの50mMイミダゾール/6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で洗浄した。50mlの500mMイミダゾール/6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で溶出し、D8Eポリペプチドを含む画分を回収した。各溶出画分のD8Eポリペプチドの局在をSDS-PAGEにより調べた。結果、D8Eポリペプチドは500mMイミダゾール/6Mグアニジン塩酸塩/20mMPBS(pH8.0)溶出画分に存在していた。得られたD8Eポリペプチドを含む画分2.5mlを1mM DTT/1mM EDTA/20mM 四ホウ酸ナトリウム(pH9.2)緩衝液で平衡化したSepharose G-25カラム(GE ヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて溶媒交換を行った。その後16時間37℃でインキュベートした後、透析を行いそれぞれ1mM EDTA/20mM 四ホウ酸ナトリウム(pH9.2)緩衝液に置換した。得られたD8Eポリペプチド溶液をSDS-PAGEにより調べた。結果を図1に示す。
【0042】
実施例3 D8Eポリペプチドの幹細胞の分化抑制活性の測定
幹細胞の分化抑制活性の測定は以下の方法で行った。96ウェルプレートにPenta-His抗体(QIAGEN社製)20μg/ml 50μlずつ添加して4℃で16時間固定化後、1%BSA/PBS 100μl(pH7.4)で3回洗浄し、その後1%BSA/PBS 100μl(pH7.4)を加えて37℃1時間ブロッキングした。1%BSA/四ホウ酸ナトリウム (pH9.2)100μlで3回洗浄後、D8Eポリペプチド溶液を0.1、1、10μg/ml の濃度で100μl加えて37℃、2時間反応、その後1%BSA/PBS 100μl(pH7.4)で3回洗浄し、D8E固定化プレートとした。対照実験としてHis抗体のみを固定化したウェル(以下コントロール)、His抗体なしでD8Eを添加したウェル(以下D8E可溶ウェル)を用意した。マウス(C57BL/6,メス)2匹の大腿骨より骨髄細胞を採取し、磁気分離法を用いてLineageマーカー陰性細胞を得、その後FACS Vantage(ベクトン・ディッキンソン社製)を用いてSca-1+,c-kit+細胞(陽性率32%)を2×104個分離した。得られた細胞を1×103個/ウェルずつD8E固定化プレートに播種してIMDM培地(GIBCO社製)と20%牛胎児血清、SCF(100ng/ml)、Flt3 Ligand (100ng/ml)、IL-6(100ng/ml)、IL-11(10ng/ml) を加え、7日間培養を行った。細胞増殖はCell Counting kit-8(同仁化学研究所製)を用いてMTT assay法で測定し、Sca-1,c-kitの陽性率の変化はFACS Calibur(ベクトン・ディッキンソン社製)を用いて測定した。結果、D8E固定1,10μg/mlウェルにおいてコントロールと比べて細胞の増殖を確認した。結果を図2に示す。
【0043】
また、この細胞のLin-,Sca-1+,c-kit+の分布をFACS Caliburを用いて測定したところ、Linマーカー陰性細胞中のSca-1,c-kit陽性率は、コントロールでは30%、D8E可溶1μg/mlウェルでは25%であった。一方、D8E固定1μg/mlウェルではLinマーカー陰性細胞中のSca-1,c-kitの陽性率は44%、D8E固定10μg/mlウェルでは38%といずれもコントロール及びD8E可溶ウェルと比べて陽性率は高く、基材に固定したD8Eポリペプチドの幹細胞分化抑制活性を確認することができた。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、D8Eポリペプチドの発現結果及び精製、再構成後の結果を示すSDS-PAGEの図である。
【図2】図2は、Control、D8E可溶、D8E固定、各プレートでLin-Sca-1+c-kit+細胞を培養後、MTT assay法を用いてその細胞増殖度を測定した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原核生物細胞により細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程を含む方法により製造された、以下の(a)または(b)のポリペプチド。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列を有するポリペプチド。
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつ幹細胞分化抑制活性を有するポリペプチド。
【請求項2】
N末端またはC末端にタグ配列を融合させた請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
変性剤および還元剤を用いて可溶化する工程が、変性剤および還元剤を用いて可溶化せしめ、変性剤を除去した後に還元剤を除去する工程からなることを特徴とする、請求項1または2のいずれかに記載のポリペプチド。
【請求項4】
還元剤を除去する工程を、等電点からpHが1以上離れた溶液中で行うことを特徴とする請求項3に記載のポリペプチド。
【請求項5】
原核生物細胞が大腸菌であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のポリペプチド。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のポリペプチドを固定化させた基材。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−326834(P2007−326834A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−161095(P2006−161095)
【出願日】平成18年6月9日(2006.6.9)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】