説明

ポリマー脂質二分子膜を用いた機能性基板

【課題】バイオセンサー、バイオチップ、細胞培養などに利用できる機能性を持った基板表面を創出する。
【解決手段】支持体上に光重合性脂質を含む脂質二分子膜の重合物を有する機能性基板であって、前記光重合性脂質は反応性基を有し、該反応性基は生体材料と共有結合することができる、機能性基板前駆体。光重合性脂質がジアセチレン基を持ち、図2で表されるDiynePEとDiynePCの混合物である機能性基板またはその前駆体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー脂質二分子膜を用い、バイオセンサー、診断、細胞培養などに利用できる機能性基板を創出することに関する。
【背景技術】
【0002】
生体材料との親和性の高い高分子材料が数多く開発されバイオマテリアルとして医療応用が進められている。中でも2-メタクリロイルオキシエチルフォスフォコリン(MPC)を
重合したMPCポリマーは、フォスフォコリン基を側鎖に持ち、タンパク質の非特異的な吸着する能力が高いコーティング材料である(非特許文献1)。しかし、これら高分子材
料はランダムなコンフォメーションを持った多数のポリマー分子からなり、生体膜に見られるような組織化された構造を持ってはいない。
【0003】
生体膜と同等の機能や生体適合性を得るために、生体膜と同等な構造を持つリン脂質二分子膜を光もしくは熱で重合して安定化する研究は数多く行われており(非特許文献2)
、固体基板上にポリマー脂質二分子膜を形成してタンパク質の非特異的な吸着を抑制した研究もされている(非特許文献3, 4)。本発明者らは、固体基板表面上に吸着した光重合性脂質二分子膜を光リソグラフィー技術でパターン化重合し、界面活性剤によるモノマー除去後に別の脂質二分子膜を組み込むことで、ポリマー脂質二分子膜と流動性を持った脂質二分子膜を組み合わせたハイブリッド膜を作製する技術を開発した(図1,特許文献1、非特許文献5)。このようなパターン化人工生体膜は、生体分子を固定化し、生体膜機能
を再現する新しいバイオチップ、バイオセンサーなどの材料となり得る可能性を持つ。しかしながら、上記のポリマー脂質二分子膜は、特定の生体材料を基板上の特定の位置に固定することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4150793号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ishihara, K., Ueda, T., Nakabayashi, N. Preparation of phospholipid polymers and their properties as polymer hydrogel membranes. Polym. J. 22, 355-360 (1990).
【非特許文献2】Ringsdorf, H., Schlarb, B. & Venzmer, J. Molecular architecture and function of polymeric oriented systems: models for the study of organization, surface recognition, and dynamics of biomembranes. Angew. Chem. Int. Ed. Eng. 27, 113-158 (1988).
【非特許文献3】Ross, E. E. et al. Planar supported lipid bilayer polymers formed by vesicle fusion. 2. Adsorption of bovine serum albumin. Langmuir 19, 1766-1774 (2003).
【非特許文献4】Joubert, J. R. et al. Stable, ligand-doped, poly(bis-SorbPC) lipid bilayer arrays for protein binding and detection. ACS Appl. Mat. Interfaces 1, 1310-1315 (2009).
【非特許文献5】Morigaki, K., Baumgart, T., Offenhausser, A. & W., K. Patterning solid-supported lipid bilayer membranes by lithographic polymerization of a diacetylene lipid. Angew. Chem. Int. Ed. Eng. 40, 172-174 (2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、バイオセンサー、バイオチップ、細胞培養などに利用できる機能性を持った基板表面を創出することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、固体基板上に生体膜と同等の二分子膜構造を持つポリマー脂質二分子膜を形成し、その親水性部位を生体関連機能分子で化学修飾することによって、バイオセンサー、バイオチップ、細胞培養などに利用できる機能性を持った基板表面を作成できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下の基板を提供するものである。
項1. 支持体上に光重合性脂質を含む脂質二分子膜の重合物を有する機能性基板であって、前記光重合性脂質は反応性基を有し、該反応性基は生体材料と共有結合することができる、機能性基板前駆体。
項2. 支持体上に光重合性脂質を含む脂質二分子膜の重合物を有する機能性基板であって、前記光重合性脂質は反応性基を有し、該反応性基と生体材料が共有結合により結合されている機能性基板。
項3. 光重合性脂質がジアセチレン基を持ち、下記式
【0009】
【化1】

【0010】
で表されるDiynePEとDiynePCの混合物である、項1または2に記載の機能性基板またはその前駆体。
項4. 前記脂質二分子膜がコレステロールを含む、項1〜3のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
項5. 前記脂質二分子膜が反応性基としてアミン基、カルボン酸基(およびその活性化エステル)、チオール基を含む、項1〜4のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
項6. 前記脂質二分子膜親水部にビオチンを結合し、ビオチンーアビジン(もしくはストレプタビジン、ニュートラアビジン)結合を利用してタンパク質、微粒子、細胞などを特異的に固定化することを可能にした、項1〜5のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
項7. 前記脂質二分子膜親水部にNi-NTA (nickel-nitrilotriacetic acid)などの機能
基を結合し、オリゴヒスチジンとの結合(Hisタグ)を利用してタンパク質、微粒子、
細胞などを特異的に固定化することを可能にした、項1〜5のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
項8. 前記脂質二分子膜に生体材料として細胞接着性ペプチドを結合し、基板表面で細胞培養を行うのに好適な環境を形成した、項1〜5のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、以下の効果が得られる。
1)リン脂質二分子膜構造をベースとした基板表面であり、生体適合性が高い(非特異吸着や細胞への刺激の抑制)。
2)通常のリン脂質二分子膜と異なり、ポリマー化された構造を有するので安定性が高い。
3)基板表面修飾が、膜構造の制御された1枚のポリマー脂質二分子膜を用いてなされるため、機能性官能基の構造・密度をより精密に制御することが可能である。
4)反応性基―生体材料の組み合わせにより、多様な機能性界面を容易に形成できる。
5)光リソグラフィー技術を用いてポリマー脂質二分子膜をパターン化形成することで、任意のパターンを持った機能性界面が創出でき、複数の機能性界面を同一基板表面に組み合わせることも容易に可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】パターン化ハイブリッド膜形成手法の概念図。(1)基板上に重合性脂質(モノマー)の二分子膜を吸着させる(LB/LS法)。(2)光重合。この際マスクによって膜の一部を光反応から保護する。(3)光重合反応から保護されたモノマー分子を界面活性剤もしくは有機溶媒によって基板上から除去する。(4)流動性を持った新しい脂質二分子膜の導入。
【図2】光重合性リン脂質(DiynePC, DiynePE)の化学構造。DiynePCは親水部が化学的に不活性なコリン基であるのに対し、DiynePEは親水部が反応性のあるエタノールアミンとなっている。
【図3】ポリマー脂質二分子膜表面への生体分子の化学修飾の例:ポリエチレングリコール(PEG)をスペーサーとしたビオチンの結合。
【図4】表面をリガンド、ペプチドなどの生体分子で化学修飾したポリマー脂質二分子膜を用いたバイオアッセイと細胞培養(概念図)。
【図5】試験例1のビオチン化基板へのストレプタビジン結合。蛍光標識ストレプトアビジン(SAF594)のビオチン官能基化脂質二分子層への結合を蛍光顕微鏡で観察。基板は、ポリマー脂質二分子膜(格子状部分)および流動性脂質二分子膜(正方形の区画)からなる。緑色、黄色、赤色の蛍光チャネルは、それぞれポリマー脂質二分子膜、流動性脂質二分子膜(DOPCにTRITC-PEが1%ドープされたもの)、SAF594を観察。基板条件は、(A)DiynePC-PE(PE含有1.5%)にBiotin-PEGを化学修飾、(B)DiynePCにBiotin-PEGを化学修飾処理(反応性基がないため、Biotin-PEGは導入されず)、(C)DiynePC-PE(PE含有1.5%)(化学修飾なし)。
【図6】試験例1のビオチン化基板へのストレプタビジン結合。DiynePC-PE組成と膜厚及びSAF594のビオチン官能基化二分子膜への結合量との関係: (A) モノマー(●)及びポリマー(■)二分子膜の膜厚(エリプソメトリーで測定)。(B)ポリマー二分子膜(●)及び区画中の流動性脂質二分子膜(■)からのSAF594の蛍光強度。
【図7】試験例1のビオチン化基板へのストレプタビジン結合: DiynePCとDiynePC-PE混合膜 (PE組成は1.5%) の単分子膜をLB/LS技術で堆積することにより、上層と下層が同一(DiynePCもしくはDiynePC-PE)または異なる(DiynePCとDiynePC-PEの組み合わせ)脂質二分子膜が構築された。上層と下層は、それぞれ溶液と基板に面している。DiynePEにビオチン(Biotin-PEG)を化学修飾し、SAF594の結合を観察。
【図8】試験例1のビオチン化基板へのストレプタビジン結合: DiynePC-PE混合二分子膜 (PE組成は1.5%)にビオチン(Biotin-PEG)及びメチル末端化PEG鎖の混合物を化学修飾し、SAF594の結合量を測定した。
【図9】試験例1のビオチン化基板へのストレプタビジン結合: DiynePC-PEの官能基化二分子膜および化学的に不活性なDiynePC二分子膜をストライプパターンで組み合わせて作製し、流動性二分子膜 (DOPC/TRITC-PE:正方形の区画)と組み合わせたパターン化脂質二分子膜を形成した。DiynePC-PEの官能基化二分子膜を含む領域にのみビオチン(Biotin-PEG)が化学修飾され、SAF594の結合が観察された。
【図10】試験例2:細胞接着性ペプチド官能基化二分子膜基板を用いた細胞培養。マウスNIH3T3細胞のペプチド官能基化ポリマー二分子膜上への付着。: DiynePC-PEのペプチド官能基化二分子膜と流動性二分子膜(DOPC/TRITC-PE)は、ストライプパターンで組み合わせられた。ポリマー二分子膜は、(A) RGDペプチド; (B) DGR ペプチド; (C)メチル末端化PEG基; (D) 未修飾のPC-PE。示されている観察像は、明視野観察像と蛍光観察像(流動性脂質二分子膜中のTRITC-PE)を重ね合わせたものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、光重合性脂質分子の親水性部位に化学反応性を持つ1級アミンなどの反応性基を導入することで、ポリマー脂質二分子膜の表面に生体関連分子を化学結合することで生体機能を持った表面を創出するものである(図2)。図2に例示される光重合性リン脂質 DiynePC親水部が化学的に不活性なコリン基であるのに対し、DiynePEは親水部が反応
性のあるエタノールアミンとなっている。そのため、活性化されたカルボキシル基を用いることでアミド結合を形成し、様々な生体関連分子を親水部の表面に結合することが可能である(図3)。安定なポリマー脂質二分子膜の表面に生体適合性分子を提示することが出来れば、バイオアッセイ、細胞培養などの基板材料として利用することが可能である(図4)。
【0014】
本発明では、図2に示すような光重合性脂質を含むベシクルを形成して支持体上に適用し(1)、基板とベシクルとの相互作用によりベシクル構造が自発的に部分的に破壊し(2)、脂質二分子膜を形成し(3)、この操作を繰り返すことにより連続した光重合性脂質
を含む脂質二分子膜を形成する(4)。
【0015】
光重合性脂質としては、例えば下記のジアセチレン基を有するDiynePE 、DiynePCが例
示できる。
【0016】
【化2】

【0017】
上記式のDiynePE 、DiynePCにおいて、ジアセチレン基は炭化水素鎖の中央に位置する
が、このジアセチレン基は炭化水素鎖のいずれの位置にあってもよく、例えばいずれかの末端側に存在していてもよい。ジアセチレン基は炭素数10〜30、好ましくは14〜28、より好ましくは18〜26の脂肪酸に組み込まれ、この脂肪酸が2個グリセロール基とエステルを形成してジアセチレン基を持つ光重合性脂質となる。親水性部位としては、リン酸にエステル結合したコリン基、エタノールアミン基が挙げられるが、これらの代わりにセリン基、イノシトール基などの他の基を有する光重合性脂質を用いることもできる。また、リン脂質親水部にある反応性基としては、アミン基、カルボン酸基(およびその誘導体)、チオール基などが挙げられる。
【0018】
本発明で用いる脂質二分子膜は、反応性リン脂質(例:DiynePE)のみを用いてもよい
が、膜の安定性および生体適合性を向上させるためにコリン基を持つリン脂質(例:DiynePC)を組み合わせて使用するのが望ましい。また、膜形成の均一性や安定性を向上する
ためにコレステロールをさらに配合してもよい。コレステロールの配合量としては、30質量%以下、例えば1〜20質量%、特に3〜10質量%が挙げられる。コレステロールは、基板表面における脂質膜形成、および重合性脂質の重合後の界面活性剤処理により膜から除去される。DiynePEとDiynePCは、DiynePE 1モルに対しDiynePCを2.5〜100モル程
度使用すればよい。DiynePEとDiynePC以外の光重合性脂質においても、光重合性コリンとコリン以外の光重合性脂質の比率は、上記を参考にして決定することができる。
【0019】
本発明で用いる脂質二分子膜は、重合性脂質が主成分となるものであるが、脂質二分子膜の重合を可能にする範囲で、他の脂質を含んでいてもよい。このような脂質としては、リン脂質、スフィンゴ脂質、糖脂質、ステロイドなどが例示される。また、これらの脂質分子を後から導入することにより、ポリマー脂質二分子膜と流動性脂質二分子膜が組み合わさっていても良い。
【0020】
脂質二分子膜は、通常二分子膜が使用されるが単分子膜を使用することもできる。
【0021】
脂質二分子膜の反応性基(例えばエタノールアミンのアミノ基)に結合することができる生体材料としては、蛋白質、多糖、糖タンパク、DNA、RNAなどの高分子、あるいはペプチド、ステロイド、リン脂質、スフィンゴ脂質などの分子量2000以下の低分子物質が例示される。また、リポソーム、シリカビーズ、量子ドットなどの微粒子、細胞膜断片、ウィルス、細胞などを固定化することも可能である。
【0022】
これらの生体材料は、NHS(N-ヒドロキシスクシンイミド基)、マレイミド基などの反
応性基をPEGなどの適当なスペーサーを介して結合した生体材料と光重合性脂質の反応性
基を反応させればよい。生体材料は、通常、光重合性脂質が重合した後の脂質二重膜表面の反応性基と反応させるが、予め光重合性脂質(モノマー)の光反応性基と反応させた後、脂質二重膜を形成し、光重合を行ってもよい。また、ビオチン官能基化基板を用い、ビオチンーアビジン(もしくはストレプタビジン、ニュートラアビジン)結合を利用してタンパク質、微粒子、細胞などを特異的に固定化することも可能である。また、Ni-NTA (nickel-nitrilotriacetic acid)などの機能基とオリゴヒスチジンとの結合(Hisタグ)を
利用してタンパク質、微粒子、細胞などを特異的に固定化することも可能である。
【0023】
ジアセチレン基を持つ光重合性脂質の重合の反応式を以下に示す。
【0024】
【化3】

【0025】
(R1、R2は、光重合性脂質を構成する任意の基を意味する)
【0026】
上記のように、重合は、ジアセチレン基が隣接した状態で起こるため、光重合性脂質に組み込まれる2つのジアセチレン基含有脂肪酸は同一のものであるか、少なくともジアセチレン基は隣接する位置に存在することが好ましい。
【0027】
脂質二重膜を形成する支持体としては、ガラス、プラスチック、セラミック、金属などが挙げられ、その形状は平板であっても曲線状であってもよい。したがって、本発明の基板表面は、平面であっても曲面であってもよい。支持体の温度は、ジアセチレン基を持つ光重合性脂質のポリマーのガラス転移点より5℃以上低くする。例えば上記DiynePCの脂
質二分子膜のガラス転移点は38℃であるので、基板の温度は33℃以下、好ましくは10℃以下とする。ガラス転移点はジアセチレン基を持つ光重合性脂質により異なるため、脂質に応じて好ましい温度が用いられる。
【0028】
得られた脂質二分子膜は、常法に従い光照射してパターン化されたポリマーを形成することができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1
ポリマー脂質二分子膜は、Langmuir-Blodgett/ Langmuir-Schaefer (LB/LS)法もしくはベシクル融合法によって基板上に二分子膜構造にて吸着させた。1,2-bis(10,12-tricosadiynoyl)-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (以下DiynePE と略す)、および1,2-bis(10,12-tricosadiynoyl)-sn-glycero-3-phosphochorine (以下DiynePC と略す)は、クロ
ロホルムに溶解し(濃度: 0.5mM)、両者を適当な割合で混合した。用いられたDiynePE
含有率は、0%〜40%であった。
【0030】
LB/LS法では、DiynePC-PE混合液をラングミュアトラフ水相上に塗布して脂質分子を展開
し、バリアを用いて水面の表面積を小さくすることで単分子膜を形成してから基板表面に堆積した。膜移し取りに用いられた単分子膜の表面圧は、35 mN/ m であった。
【0031】
ベシクル融合法では、DiynePC-PE混合液を丸底フラスコに入れて真空でクロロホルムを完全に除去し、超純水を加えてベシクル懸濁液を調製した。脂質濃度は、DiynePC-PE合計で1mMとした。懸濁液を液体窒素と湯浴60℃に交互に5回入れる(freeze&thaw)ことでベシ
クルを溶液内で均一に分散した。この溶液をプラスチックチップに600マイクロリットル
計量して、超音波攪拌装置(プローブ型)で30sec×2回超音波破砕した(インターバル:20sec)。ソニケーション後溶液は60℃湯浴に保存し、基板表面に滴下した。基板材料と
しては、洗浄されたシリコンウェーハーが例としてあげられる。基板を冷却するため、氷浴を用意しその上にシャーレを置く。シャーレが氷水にしっかり漬かっている事を確認する。氷浴内の水がシャーレ内に入らないよう注意する。基板はシャーレ内に入れる前にUV
/OZONEクリーナーにて洗浄すると良い。湯浴内のDiynePC+DiynePE懸濁液を50マイクロ
リットル計り、冷却した基板表面に塗布した。基板のサイズにより、場所をずらして塗布を繰り返した(基板表面温度の上昇をさけるため、約1分間のインターバルを設けることが好ましい)。1分間のインキュベーション後に超純水で基板をリンスし、基板表面に付着していない脂質膜を除去した。
【0032】
基板表面に付着したDiynePC-PE混合二分子膜は、常に水溶液中に保たれた。脂質膜の光重合を行うにあたり、溶液中の酸素を除くために不活性ガス(アルゴンもしくは窒素)をパージした水溶液をポンプにより循環した。充分に脱気が行われた後に紫外光照射を300 nm
以下の波長に強い輝線を持つ深紫外光露光ランプを用いて行った。その際、干渉フィル
ターもしくはレーザー用干渉ミラーを用いて光化学反応に最も有効である250 nm 付近の
光を選択的に照射した。また、特定のパターンを転写するためには、基板を脂質膜が上面になるようにして水平に置きその上にマスクをのせた。なお、この段階においても膜およびマスクは水溶液中にある。また、露光中は振動をできるだけ少なくするためにポンプを停止した。紫外光照射時間を変えることにより膜に照射される光量を制御した。
【0033】
光重合に好適な条件の例
温度 : 室温
照射波長:深紫外用光源 USHIO UVE-502SD を用い、300 nm以下の紫外光を照射した。
照射光強度: 10 mW/cm2 (254 nm)
照射時間: 500 秒
照射光強度(照射光量): 照射光量 5.0 J/cm2
【0034】
得られたポリマー脂質二分子膜にNHS-PEGn-Biotinを1mg/mL (0.1M NaHCO3 (pH8.4))の割合で作用させ、PEGn-BiotinがDiynePEのアミノ基に結合したDiynePE-PEGn-Biotinを得
た(図3)。
【0035】
上記で得られた基板上でバイオアッセイ、細胞培養を行う概念図を図4に示す。これまでの検討より、ポリマー脂質二分子膜表面にビオチン基を結合して機能化することで、そのレセプターであるストレプタビジンを特異的に結合できるという結果が得られている。また、ポリマー脂質二分子膜表面に細胞接着性ペプチド残基(RGD)を結合することにより、細胞をその表面に選択的に接着させて培養することも可能になった。
【0036】
試験例1(ビオチン化基板へのストレプタビジン結合)
光重合されたDiynePC-PE混合脂質二分子膜にビオチン基を化学修飾するため、NHSとビオ
チンがPEGスペーサーを介して結合した化合物(Biotin-PEG-NHS)を反応させた。Biotin-PEG-NHS (1mg/mL in 0.1M NaHCO3(pH8.4))を加え30分間インキュベーションした後に
、界面活性剤溶液(0.1M SDS)で30分間処理して未反応のBiotin-PEG-NHSを完全に除去した。その後にポリマー脂質二分子膜のない区画に流動性脂質二分子膜(DOPC)をベシクル融合法で組み込んだ。実験によっては流動性脂質二分子膜を蛍光顕微鏡で可視化するためDOPCに1% TRITC-PEを加えた。図5は、蛍光標識ストレプトアビジン(SAF594)をビオチ
ン官能基化脂質二分子層に結合させて蛍光顕微鏡で観察したものである。基板は、ポリマー脂質二分子膜(格子状部分)および流動性脂質二分子膜(正方形の区画)からなる。緑色、黄色、赤色の蛍光チャネルは、それぞれポリマー脂質二分子膜、流動性脂質二分子膜(DOPC/TRITC-PE)、SAF594を観察している。基板としては、(A)DiynePC-PE(PE含有1.5%)にBiotin-PEGを化学修飾したもの、(B)DiynePCにBiotin-PEGを化学修飾処理したもの(反応性基がないため、Biotin-PEGは導入されず)、(C)DiynePC-PE(PE含有1.5%)(化学修飾なし)の3種類を比較した。(A)においてのみポリマー膜上でのSAF594蛍光が観察され、DiynePEに化学結合したBiotin-PEGがSAF594の認識に必要であることが示
された。
【0037】
図6は、DiynePC-PE混合膜において、DiynePE含有量を変化させて膜厚およびSAF594のビ
オチン官能基化二分子膜への結合量を測定したものである。光重合前のモノマー膜、光重合後のポリマー膜ともにDiynePE含有量による大きな変化は見られなかった。(ポリマー
膜の膜厚がモノマー膜よりも小さいのは、光重合の際に脂質1分子の占有面積が変わるためである。)一方、SAF594結合量はDiynePE含有量に応じて変化することが分かった。2%
以下のDiynePE含有量において、SAF594結合量とDiynePE含有量の線形的な相関が見られ、2%以上のDiynePE含有量においては、SAF594結合量はDiynePE含有量に関係なく一定であった。このことは、膜表面で約2%の脂質がビオチン化されることで結合するストレプタビジン量が飽和することを示唆している。従って、ビオチン化基板を用いてストレプタビジンを固定化する場合は2%のDiynePE含有量で充分であることが分かった。
【0038】
LB/LS法を用いて重合性脂質膜(モノマー)を基板に堆積する場合、基板に面する単分子
膜(下層)と水溶液側に面する単分子膜(上層)を別々の組成で作製することが可能である。図7は、DiynePCとDiynePC-PE混合膜 (PE組成は1.5%) の単分子膜を堆積し、ビオチ
ン(Biotin-PEG)を化学修飾後にSAF594の結合を観察したものである。二分子膜を構成する膜組成としては、4通りの組み合わせが考えられる(上層と下層が同一組成(DiynePC
もしくはDiynePC-PE)または異なる(DiynePCとDiynePC-PEの組み合わせ)もの)。SAF594のビオチン官能基化二分子膜への結合は、上層がDiynePC-PEである脂質二分子膜にのみ
観察された。この結果は、水溶液側に面する上層の単分子膜にビオチン基がある場合にだけSAF594が結合できることを示しており、ポリマー脂質二分子膜を基板として用いることで化学修飾される生体関連分子の配向を精密に制御できることを示唆する。
【0039】
ポリマー脂質二分子膜を化学修飾する際に、生体材料と不活性な別材料(例:メチル末端化PEG鎖)を任意の割合で混合して、表面の組成を制御することも可能である。図8に示
されるように、DiynePC-PE混合二分子膜 (PE組成は1.5%)にビオチン(Biotin-PEG)及び
メチル末端化PEG鎖の混合物を化学修飾し、SAF594の結合量を測定すると、Biotin-PEGの
割合に応じてSAF594のビオチン官能基化二分子膜への結合が増加することが示された。この結果から、複数の生体分子を混合して化学修飾することも可能であることが推測される。
【0040】
化学修飾が可能なDiynePC-PE混合二分子膜と化学的に不活性なDiynePC二分子膜をパター
ン化して混合することも可能である。図9は、DiynePC-PEおよびDiynePC二分子膜をスト
ライプパターンで組み合わせて作製し、DiynePC-PEの官能基化二分子膜を含む領域にのみビオチン(Biotin-PEG)が化学修飾を行ったものである。流動性二分子膜 (DOPC/TRITC-PE:正方形の区画)と組み合わせて3種類の領域を持つパターン化脂質二分子膜が形成さ
れた。SAF594の結合は、ビオチン官能基化されたDiynePC-PE二分子膜を含む領域にのみ観察された。この結果は、ポリマー脂質二分子膜と流動性脂質二分子膜を組み合わせたパターン化膜の作製は必ずしも必要でなく、長期的安定性に優れたポリマー脂質二分子膜のみで機能性パターン化基板表面を創出できることを示唆する。:
【0041】
試験例2(細胞接着性ペプチドを用いた細胞培養)
ポリマー脂質二分子膜に細胞接着性ペプチドを結合することで、基板上におけるパターン化細胞培養が可能になる。細胞接着性ペプチドとしては、配列中にアルギニンーグリシンーアスパラギン酸(RGD)を含む14アミノ酸残基のものを固相合成により合成した(図
10)。DiynePC-PE混合二分子膜 (PE組成は20%)をパターン化光重合し、DiynePEに両末
端にNHS基とマレイミド基を持つPEGを結合した。マレイミド基にペプチド鎖末端のシステインを結合することで、ペプチドをポリマー脂質二分子膜表面に固定化した。ペプチド固定後に膜を0.1M SDSで洗浄し、未反応のペプチドを除去した。さらに流動性二分子膜(DOPC/TRITC-PE)を組み込むことで、DiynePC-PEのペプチド官能基化二分子膜と流動性二分子
膜(DOPC/TRITC-PE)がストライプパターンで組み合わせられた。細胞培養は、マウス繊維
芽細胞NIH3T3をモデル系として行った。200万個/ 5mL程度の濃度で溶液中に懸濁した
細胞をパターン化脂質膜上に播種し、30分間静置した後に顕微鏡観察を行った。浮遊している細胞を除去するために必要に応じて観察中に溶液の交換を行った。パターン化脂質膜のポリマー二分子膜部位は、(A) RGDペプチド修飾; (B) DGR ペプチド(RG Dペプチド
と逆配列で細胞接着性のないペプチド)修飾; (C)メチル末端化PEG修飾; (D) 未修飾のDiynePC-PEの4種を作製し、細胞接着挙動を比較した。図10に示されるように、RGD配列
を持つペプチドで化学修飾されたパターン化脂質膜基板には細胞がポリマー脂質二分子膜部位に特異的に吸着していることが観察された。一方、逆配列のペプチドを持つポリマー脂質二分子膜(B)やメチル末端化PEG鎖で修飾されたポリマー脂質二分子膜(C)、化
学修飾を行わなかったDiynePC-PEポリマー脂質二分子膜表面には細胞の接着は見られなかった。また、いずれのパターン化脂質膜においても流動性脂質二分子膜の表面には細胞接着が見られなかった。この結果から、ポリマー脂質二分子膜(および流動性脂質二分子膜)が細胞の非特異的な接着を抑制し、細胞接着因子がある部位にのみ細胞接着を促進することにより、基板表面で細胞をパターン化して培養することが可能であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、以下の応用が考えられる。
抗体を結合させた診断キット、
環境中の物質をモニターするバイオセンサー、
細胞接着因子、成長因子などを表面に固定化した細胞培養基板(神経細胞のパターン化培養、組織形成などへの応用)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体上に光重合性脂質を含む脂質二分子膜の重合物を有する機能性基板であって、前記光重合性脂質は反応性基を有し、該反応性基は生体材料と共有結合することができる、機能性基板前駆体。
【請求項2】
支持体上に光重合性脂質を含む脂質二分子膜の重合物を有する機能性基板であって、前記光重合性脂質は反応性基を有し、該反応性基と生体材料が共有結合により結合されている機能性基板。
【請求項3】
光重合性脂質がジアセチレン基を持ち、下記式
【化1】

で表されるDiynePEとDiynePCの混合物である、請求項1または2に記載の機能性基板またはその前駆体。
【請求項4】
前記脂質二分子膜がコレステロールを含む、請求項1〜3のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
【請求項5】
前記脂質二分子膜が反応性基としてアミン基、カルボン酸基(およびその活性化エステル)、チオール基を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
【請求項6】
前記脂質二分子膜親水部にビオチンを結合し、ビオチンーアビジン(もしくはストレプタビジン、ニュートラアビジン)結合を利用してタンパク質、微粒子、細胞などを特異的に固定化することを可能にした、請求項1〜5のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
【請求項7】
前記脂質二分子膜親水部にNi-NTA (nickel-nitrilotriacetic acid)などの機能基を結合
し、オリゴヒスチジンとの結合(Hisタグ)を利用してタンパク質、微粒子、細胞などを特異的に固定化することを可能にした、請求項1〜5のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。
【請求項8】
前記脂質二分子膜に生体材料として細胞接着性ペプチドを結合し、基板表面で細胞培養を行うのに好適な環境を形成した、請求項1〜5のいずれかに記載の機能性基板またはその前駆体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−226920(P2011−226920A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−97027(P2010−97027)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】