説明

マイクロ液滴の作製方法

【課題】安定かつ物理的ストレスに耐え得る微細なスケールのラフトドメイン構造を備えたマイクロ液滴の作製方法を安価にかつ高い作製効率で提供する。
【解決手段】マイクロ液滴の作製方法は、少なくとも三種類の成分を含んだ脂質混合物を容器内で有機溶媒に溶解させる工程と、有機溶媒を揮発させ、容器内に脂質フィルムを形成する工程と、容器内にさらに油を加え、超音波処理を施し脂質フィルムを油に溶解させる工程と、容器内に水を加え、油と水とを攪拌する工程と、を含む。少なくとも三種類の成分は、飽和脂質と不飽和脂質とコレステロールとを含み、油は、オリーブオイル又は/及びドデカンであることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラフトドメイン構造(脂質ラフト)を備えたマイクロ液滴の作製方法に関し、特に、安定かつ物理的ストレスに耐えうる微細なスケールのラフトドメイン構造(脂質ラフト)を備えたマイクロ液滴の作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体内の様々な膜構造を総称して呼ばれる「生体膜」は、従来、静的構造体と考えられていたが、現在では膜構造が脂質とタンパク質からなる流動的な特徴をもつことが認められている。しかしながら、この生体膜を構成する脂質の構造的特徴が動的性質にどれ程関与しているかは十分に解明されていない。
【0003】
ところで、生体膜の主成分であるリン脂質は親水基の頭部と疏水基の尾部をもつ両親媒性分子であり、水溶液中で自己集合してミセルや二分子膜構造(リポソーム)を自発的に形成する。ここで、リポソームはリン脂質等の脂質二分子膜によって形成され、その内部に水相を閉じ込めたカプセル構造を有する。このようにリポソームは、生体膜に近似した組成・構造を備えていることから、種々の生体物質や毒素との相互作用を検討するために、生体モデル膜として研究に用いられてきた。
【0004】
生体膜モデルにリポソームを用いた研究報告として、例えば、非特許文献1には、ラフトドメイン構造を備えたリポソームの作製方法や刺激物質に対する変形応答が開示されている。また、非特許文献2には、生体膜におけるリン脂質の非対称分布に着目し、非対称ラフトドメイン構造を有するリポソームの作製方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、生体膜モデルとしてリポソームを用いる場合には、以下のような問題が挙げられる。
(1)生理的塩濃度でのリポソーム作製率が低い。
脂質分子同士が強く結合しているため、脂質の塊を形成し易い。そのため、脂質分子は水にうまく分散できず、生理的塩濃度ではリポソームが作製しにくい。
(2)浸透圧等の物理的ストレスにより、リポソームが変形・崩壊し易い。
また、リポソームは5nm程度の非常に薄い膜構造をしているため、弾性率が十分高くない。従って、浸透圧等の物理的ストレスにより、リポソームが容易に変形・崩壊してしまう。
(3)リポソーム膜面上のラフトドメイン構造は不安定でサイズが大きくなってしまう。一方、実際の細胞膜上のラフトドメイン構造のサイズは小さいまま安定である。
リポソーム膜は、後述するマイクロ液滴膜面に観察されるような裏打ち補強構造(タンパク質のモノマー分子が集合してフィラメント化し、膜に吸着したもの)がないため、非常に流動性が高い。また、脂質分子はブラウン運動により膜面内を拡散しており、脂質分子の会合体であるラフトドメイン構造も2次元膜面内をランダムに動き回り、衝突や融合を繰り返すため、ラフトドメイン構造のサイズが大きくなる。
(4)リポソームを用いた研究・解析手法は、解析目的の試薬を多量に要し、コストが掛る。
リポソームと検出物質(例えば毒性物質)との相互作用を解析実験する際には、リポソームを分散させるために多量の水溶液を必要とし、かつ、この水溶液全体に毒性物質を溶かす必要があるため、実際の解析で検出される量以上の毒性物質(サンプル)量が必要となってしまう。
【0006】
このように課題の多いリポソームを用いずに生体膜モデルを作製しようとするアプローチもある。例えば、非特許文献3に示すように、油相中におけるマイクロ液滴により生体膜モデルを作製する方法が提案されている。
【0007】
ここで、マイクロ液滴とは、大きさがマイクロメートル以下の水/油(W/O)エマルション(分散質・分散媒が共に液体である分散系溶液であり、乳濁液とも呼ばれる)を意味し、リポソームと比較し、目的の水溶液を油に乳化させる手法により生理的縁濃度の溶液を容易に含むことができる。また、水・油界面に単分子膜を形成することにより表面張力が強く、安定し、物理的ストレスに耐え得る構造となる。
【0008】
非特許文献3において、マイクロ液滴は、一種類の不飽和脂質(例えば、ジオレオイルフォスフォコリン)を溶かしたミネラルオイルに水溶液を分散させることで形成されている。
【0009】
しかしながら、非特許文献3に記載のマイクロ液滴を含め従来のマイクロ液滴では、生体膜の重要な構造的特徴であるラフトドメイン構造を再現することが出来なかった。従って、従来のマイクロ液滴は、それ自体で、リポソームに並び又は勝る生体膜モデルとして利用し得るものではなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Tsutomu Hamada 他6名,“Dynamic−Processes in Endocytic Transformation of a Raft−Exhibiting Giant Liposome”,THE JOURNAL OF PHYSICAL CHEMISTRY B,第111巻,10853−10857,2007年
【非特許文献2】Tsutomu Hamada 他5名,“Construction of Asymmetric Cell−Sized Lipid Vesicles from Lipid−Coated Water−in−Oil Microdroplets”,THE JOURNAL OF PHYSICAL CHEMISTRY B,第112巻,14678−14681,2008年
【非特許文献3】M.Hase 他4名,“Manipulation of Cell−Sized Phospholipid−Coated Microdroplets and Their Use as Biochemical Microreactors”,Langmuir,第23巻、348−352,2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、従来のリポソームが有する欠点を排除した生体膜モデルの作製方法を提供することを目的とする。すなわち、安定かつ物理的ストレスに耐え得る微細なスケールのラフトドメイン構造を備えたマイクロ液滴の作製方法を安価にかつ高い作製効率で提供することを目的とする。
【0012】
本願発明者は、ラフトドメイン構造を形成するために脂質を少なくとも3種類用いること、及び、該脂質を溶解させる油を適切な油に選択することで、効率よく安定したラフトドメイン構造がマイクロ液滴膜面に形成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明に係るマイクロ液滴の作製方法は、
少なくとも三種類の成分を含んだ脂質混合物を容器内で有機溶媒に溶解させる工程と、
前記有機溶媒を揮発させ、前記容器内に脂質フィルムを形成する工程と、
前記容器内にさらに油を加え、超音波処理を施し前記脂質フィルムを前記油に溶解させる工程と、
前記容器内に水を加え、前記油と前記水とを攪拌する工程と、
を含み、かつ、
前記少なくとも三種類の成分は、飽和脂質と不飽和脂質とコレステロールとを含み、
前記油は、オリーブオイル又は/及びドデカンであることを特徴とする。
【0014】
これにより、安定で物理的ストレスに耐え得るラフトドメイン構造を備えたマイクロ液滴を作製することが可能となる。ここで、飽和脂質とは構成脂肪酸の炭素鎖が飽和結合をなす脂質のことを意味し、通常、相転移温度が高い性質を有する。一方、不飽和脂質とは構成脂肪酸の炭素鎖が不飽和結合を含む脂質のことを意味し、通常、相転移温度が低い性質を有する。
【0015】
さらに、本発明に係るマイクロ液滴の作製方法においては、前記飽和脂質が飽和リン脂質であり、前記不飽和脂質が不飽和リン脂質であることが好ましい。
【0016】
これにより、より人体の生体膜モデルに近いラフトドメイン構造を備えたマイクロ液滴を作製することが可能となる。
【0017】
さらに、前記容器内に水を加え、攪拌する工程において、さらに毒性タンパク質又は金属微粒子を加え、前記油と水溶液とを攪拌することが好ましい。
【0018】
これにより、毒性タンパク質や化粧品等に使用され得る金属微粒子が生体膜へ与える影響を評価可能なマイクロ液滴を作製することが可能となる。
【0019】
さらに、前記脂質混合物がさらに糖脂質を含むことが好ましい。
【0020】
これにより、毒性タンパク質や化粧品等に使用され得る金属微粒子とラフトドメイン構造に内在する糖脂質との関連性を評価可能なマイクロ液滴を作製することが可能となる。
【0021】
さらに、前記容器内に水を加え、攪拌する工程において、前記油と前記水または前記水溶液との体積比が、85:15〜99:1の割合となるように前記水又は前記水溶液を加えることが好ましい。
【0022】
これにより、より安定し、所望のサイズ(マイクロメートル及びナノメートルのサイズ)および数に調整されたラフトドメイン構造を備えた脂質とのマイクロ液滴を作製することが可能となる。
【発明の効果】
【0023】
本発明のマイクロ液滴の作製方法によれば、脂質成分に飽和脂質、不飽和脂質、コレステロールの少なくとも三種類用意した脂質混合物からなる脂質フィルムを投与し、W/O(Water/Oil)エマルションを構成する油にオリーブオイル又は/及びドデカンを利用するため、マイクロ液滴膜面上に脂質ラフト(すなわち実際の生体膜と略同等な微細スケールのラフトドメイン構造)が効率よく形成される。なお、本発明においては三種類の脂質を投与していれば、その成分比をコントロールしなくとも、高い割合でラフトドメイン構造を膜面上に形成することができる。
【0024】
また、本発明では、二分子膜構造である従来のリポソームではなく、単分子膜のマイクロ液滴が作製されるため、リポソームが有していた従来の問題を回避することができる。すなわち、本発明の作製方法によれば、生理的塩濃度におけるマイクロ液滴の作製率が高い。また、浸透圧等の物理的ストレスにより、マイクロ液滴が変形・崩壊しにくい。さらに、高粘性の油により膜面が補強されるため、膜面上に形成されるラフトドメイン構造のサイズは数時間経過しても小さいまま、動かず、壊れず安定に存在する。
【0025】
さらに、リポソームを使用した場合に比べて、油相に対する水相の量(試験物質、例えば毒性タンパク質、を含んだ水溶液の量)を二十分の一程度まで低減することが可能となるため、細胞膜モデルを使用した試験コスト(例えば、毒素等の試薬サンプルのコスト)を大幅に低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明により作製されたマイクロ液滴の概略を示した図である。
【図2】脂質成分比とラフトドメイン構造占有領域との関係を示したグラフである。
【図3】本発明のマイクロ液滴を利用した毒性物質結合性評価結果を示した図である(コレラ毒素の場合)。
【図4】本発明のマイクロ液滴を利用した毒性物質結合性評価結果を示した図である(アミロイドペプチドの場合)。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づき説明するが、本発明は、下記の具体的な実施形態に何等限定されるものではない。
【0028】
まず、本発明に係るマイクロ液滴の作製方法について工程毎に説明する。
(工程1)少なくとも三種類の成分を含んだ脂質混合物を容器(例えば、ガラス容器)内で有機溶媒に溶解させる。
【0029】
ここで、少なくとも三種類の成分は、飽和脂質、不飽和脂質、及びコレステロールを含む。不飽和脂質には、例えばジオレオイルフォスフォコリン(DOPC)、ジオレオイルフォスフォグリセロール(DOPG)、パルミトイルオレオイルフォスフォコリン(POPC)等の不飽和リン脂質(一般的に相転移温度の低い脂質)が挙げられる。不飽和リン脂質以外には、不飽和糖脂質が挙げられる。
【0030】
一方、飽和脂質には、例えばジパルミトイルフォスフォコリン(DPPC)、ジパルミトイルフォスフォエタノールアミン(DPPE)、スフィンゴミエリン等の飽和リン脂質(一般に相転移温度が高い脂質)が挙げられる。飽和リン脂質以外には、飽和糖脂質が挙げられる。
【0031】
このコレステロールも、生体膜モデル(マイクロ液滴)におけるラフトドメイン構造の形成に必須である。なぜならば、実際の細胞膜における脂質ラフトは、「無秩序・液体」状態の膜に浮かんでいる「秩序・液体」状態のラフトドメイン構造と定義される。この「秩序・液体」状態は、脂質だけでは作れず、脂質とコレステロールが混合することで実現される。なお、コレステロールを含まない2成分脂質のみでは、「秩序・固体」状態のラフトドメイン構造が形成されることになる。
【0032】
なお、コレステロールはステロールの1種であり、エルゴステロール等の他のステロール分子も存在する。実際の生体膜構造の模擬を前提にするとコレステロールが好ましいが、コレステロールに代えてエルゴステロール等の他のステロール分子を用いてもよい。
【0033】
なお、本発明のマイクロ液滴は、上述の各種類の脂質成分が一つずつ含まれていれば足りるが、例えば、2種類以上の飽和脂質や不飽和脂質を含んでいてもよい。これにより、実際の細胞膜の構造により近似したマイクロ液滴を作製することができる。
【0034】
また、有機溶媒は特に限定されないが、上記脂質混合物の溶解が容易な点からクロロホルム又はメタノールが好ましい。
【0035】
(工程2)この有機溶媒を揮発させ、容器内に脂質フィルムを形成する。なお、脂質フィルムとは、脂質混合物が乾燥して通常、容器底にフィルム状に形成されたものである。
【0036】
(工程3)この容器にさらに所定のオイル(油)を加え、超音波処理を施し脂質フィルムを油に溶解させる。ここで使用する油として、膜面の脂質分子疎水基との親和性が高いオリーブオイル又はドデカンが好ましい。
【0037】
また、超音波処理は、具体的には、油の入った容器を通常の超音波処理装置の水槽に部分的に浸漬してこの水槽を超音波振動させることで行われる。超音波処理を施す時間は、脂質フィルムが溶解した油量に依存するが、好ましくは15〜180分であり、最も好ましく60分である。加えて、この水槽の水温は、脂質分子を油に分散させるため、好ましくは25〜60℃であり、最も好ましく50℃である。
【0038】
(工程4)この容器に水を加え、前記油と水とを攪拌する。
ここで、水に毒性物質又は金属微粒子をさらに加え、水溶液にした状態で油と攪拌してもよい。これにより、病気の原因となる毒性物質又は化粧品等に含まれる金属微粒子とのマイクロ液滴膜面との反応を評価可能なマイクロ液滴を作製することが可能になる。さらに、工程1において、上述の脂質混合物にさらに糖脂質を含ませることも可能であり、これにより、毒性物質等とマイクロ液滴膜面との反応を評価するにあたって脂質成分の影響を検討することが可能になる。
【0039】
また、水又は水溶液は、油に比較して少量加えることが好ましく、具体的には、油と水溶液の体積比が85:15〜99:1になるように水又は水溶液の付与量を設定することが好ましい。水又は水溶液の体積割合が上限(つまり、15)より大きすぎると、マイクロ液滴のサイズが大きくなりすぎてしまい(すなわち、μmレベルのマイクロ液滴が形成されにくくなり)、一方、下限(つまり、1)より小さすぎると、形成されるマイクロ液滴の数が少なくなり過ぎることになる。
【0040】
以上が本発明のマイクロ液滴の作製方法であり、これにより、図1(a)に示すような、ラフトドメイン構造2を備えたマイクロ液滴1を作製することができる。図1(a)に示すように、マイクロ液滴1は、ラフトドメイン構造2と無秩序相3とを含んだ単分子膜によって水相が油相から隔離されることによって形成されている。なお、図1(b)及び(c)は、オリーブオイル中に浮遊した実際のマイクロ液滴1を撮影した画像であり、図1(b)はマイクロ液滴1の内部状態を示し、図1(c)は膜表面状態を示した図である。ここで、黒色の各斑点がラフトドメイン構造2である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明の具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。
少なくとも三種類の脂質成分(飽和脂質、不飽和脂質、及びコレステロール)として、本実施例では、不飽和リン脂質であるDOPC、飽和リン脂質であるDPPC、及びコレステロールを使用し、各脂質成分を順に20:60:20の分量で混ぜ合わせた。なお、実際に使用したDOPC、DPPC、及びコレステロールの詳細は以下の通りである。
・供試DOPC(dioleoyl L‐α phosphatidylcholine、Avanti Polar Lipids社製)
・供試DPPC(dipalmitoyl L‐α phosphatidylcholine、Avanti Polar Lipids社製)
・供試コレステロール(cholesterol、Avanti Polar Lipids社製)
【0042】
この脂質混合物をガラス容器内でクロロホルムに溶解させ、更にこのクロロホルムを揮発させ、ガラス容器内に脂質フィルムを形成した。このガラス容器にさらにオリーブオイル(実施例1)を加え、超音波処理(60分、水温50℃)を施し脂質フィルムをオリーブオイルに溶解させた。なお、オリーブオイルに替えて、ドデカン(実施例2)、菜種油(比較例1)、ミネラルオイル(比較例2)、スクアレン(比較例3)を使用してもマイクロ液滴を作製し、構造観察を行った。以下の表に上記各種の油を用いて作製されたマイクロ液滴におけるラフトドメイン構造の形成率を示す。ここで、Nとは、左欄の油条件において観察されたマイクロ液滴の総数であり、この総数に対するラフトドメイン構造の形成が確認されたマイクロ液滴の数の割合をラフトドメイン構造形成率とした。
【0043】
【表1】

【0044】
表1に示すように、オリーブオイル(実施例1)を用いた場合にはラフトドメイン構造形成率が38.5%と最も高く、次いで、ドデカン(実施例2)を用いた場合には、ラフトドメイン構造形成率が19.7%と十分に高かった。これに対し、菜種油(比較例1)、ミネラルオイル(比較例2)、及びスクアレン(比較例3)のいずれを用いた場合も、形成されたマイクロ液滴には、一つもラフトドメイン構造を確認することが出来なかった。
【0045】
次に、脂質フィルム形成のための脂質三成分の各成分の分量がマイクロ液滴のラフトドメイン構造の形成に影響を与えるかどうかも評価した。この評価においては、表1において最もラフトドメイン構造形成率の高かったオリーブオイルを使用した。脂質成分比(DOPC:DPPC:コレステロール(Chol)の分量比)を、50:50:0、40:40:20、30:30:40、20:20:60、20:60:20に設定した5種類の試料を用いた。
【0046】
図2に、脂質成分比とこの成分比の脂質混合物から作製されたマイクロ液滴の膜面に占めるラフトドメイン領域の割合(平均値)との関係を示す。この図より、ラフトドメイン構造は、脂質の成分比に依存することなく平均的に20〜30%の割合で液滴膜面上に形成されることがわかった。従って、本発明のマイクロ液滴作製方法において、脂質フィルムを用意する段階では、所定の種類の脂質を投与する必要があるが、投与量を厳密に管理しなくても、安定かつ丈夫なラフトドメイン構造を備えたマイクロ液滴を作製することができる。
【0047】
なお、脂質成分比(DOPC:DPPC:Cholの分量比)を50:50:0に設定したときに、マイクロ液滴膜面上にラフトドメイン構造が形成されるが、そのラフトドメイン構造は非常に固く(つまり「秩序・固体」状態となり)、生体膜モデルとして利用できる状態(つまり「秩序・液体」状態)のラフトドメイン構造にはならなかった。
【0048】
また、本発明により作製されたマイクロ液滴の利用方法を以下に紹介する。例えば、試験物質(分子)がマイクロ液滴膜面上のラフトドメイン構造領域(つまり秩序相)とその周辺領域(つまり無秩序相)のどちらに結合しやすいかを調べることが可能となる。ここでは例示として、毒性タンパク質であるコレラ毒素とアルツハイマー病の原因物質であるアミロイドペプチドとを用いた結合性評価の結果を以下に示す。
【0049】
(コレラ毒素の結合性評価)
脂質成分比DOPC:DPPC:Cholは、35:35:30のマイクロ液滴を使用した。このマイクロ液滴に直接コレラ毒素(CtxB−488)を25μg/mLを投与してマイクロ液滴膜面の観察を行った。さらに、このマイクロ液滴にさらに1mol%の糖脂質(ガングリオシドGM1)を追加した上でコレラ毒素を投与してマイクロ液滴膜面上の観察も行った。観察を容易にするために、下記の蛍光物質を用いて、マイクロ液滴膜面の無秩序相とコレラ毒素とを夫々、蛍光させた。
・マイクロ液滴膜面の無秩序相の蛍光: N‐(rhodamine red‐X)‐1,2‐dihexadecanoyl‐sn‐glycero‐3‐phosphoethanolamine、Invitrogen社製(図3及び明細書中では、Rho−PEと呼ぶ。)
・コレラ毒素の蛍光: Alexa Flour 488 conjugate cholera toxin subunit B Invitrogen社製
【0050】
図3の(a)〜(c)は、レーザー共焦点顕微鏡(オリンパス社FV1000)を用いて、蛍光物質付コレラ毒素(CtxB−488)を付与した後のマイクロ液滴膜面を撮影した蛍光顕微鏡画像であり、(a)はマイクロ液滴膜面の無秩序相を蛍光物質Rho−PEで蛍光させた画像を示し、(b)はマイクロ液滴膜面上で蛍光したコレラ毒素(CtxB−488)の画像を示し、(c)は、(a)の画像と(c)の画像とを人工的に結合させた画像を示す。また(d)は、横軸は図3に示す破線ABの一端Aからの距離を示し、縦軸はその距離に対応した蛍光強度を示す。この図3(d)の実線は、図3(a)におけるラフトドメイン領域以外の周辺部つまり無秩序相の蛍光強度(任意強度)を示し、一点破線は図3(b)におけるコレラ毒素の蛍光強度を示す。この図3(d)より、コレラ毒素の蛍光強度は周辺部つまり無秩序相の蛍光強度とよく一致していることが分かる。これにより、コレラ毒素は周辺部において検出されることがわかる。
【0051】
一方、図3の(e)〜(g)は、上記実施例の脂質混合物にさらに糖脂質(ガングリオシドGM1)を1mol%加えたマイクロ液滴膜面を撮影した蛍光顕微鏡画像であり、(e)はマイクロ液滴膜面の無秩序相を蛍光物質Rho−PEで蛍光させた画像を示し、(f)はマイクロ液滴膜面上で蛍光したコレラ毒素(CtxB−488)の画像を示し、(g)は、(e)の画像と(f)の画像とを人工的に結合させた画像を示す。また(h)は、横軸は図3に示す破線ABの一端Aからの距離を示し、縦軸はその距離に対応した蛍光強度を示す。(h)の実線は、図3(e)におけるラフトドメイン領域以外の周辺部つまり無秩序相の蛍光強度(任意強度)を示し、一点破線は図3(f)におけるコレラ毒素の蛍光強度を示す。この図3(h)より、コレラ毒素の蛍光強度は周辺部つまり無秩序相の蛍光強度と一致せず、強弱の位置が逆転していることが分かる。これにより、コレラ毒素は糖脂質を含んだラフトドメイン部において検出されることがわかる。言い換えれば、コレラ毒素は糖脂質と特異的に結合することがわかる。
【0052】
(アミロイドペプチドの結合性評価)
脂質成分比DOPC:DPPC:Cholは、35:35:30のマイクロ液滴を使用した。このマイクロ液滴に直接、50μMのアミロイドペプチド(Aβ−488)を投与してマイクロ液滴膜面の観察を行った。さらに、マイクロ液滴にさらに1mol%の糖脂質(ガングリオシドGM1)を追加した上でアミロイドペプチドを投与してマイクロ液滴膜面上の観察も行った。下記の蛍光物質を用いて、マイクロ液滴膜面の無秩序相とアミロイドペプチドとを夫々、蛍光させた。
・マイクロ液滴膜面の無秩序相の蛍光: N‐(rhodamine red‐X)‐1,2‐dihexadecanoyl‐sn‐glycero‐3‐phosphoethanolamine、Invitrogen社製(図4及び明細書中では、Rho−PEと呼ぶ。)
・アミロイドペプチドの蛍光: HyLyte Flour 488 labeled Amyloid beta(1−40) Anaspec社製
【0053】
図4の(a)〜(c)は、レーザー共焦点顕微鏡(オリンパス社FV1000)を用いて、蛍光させたアミロイドペプチドを付与した後のマイクロ液滴膜面を撮影した蛍光顕微鏡画像であり、(a)はマイクロ液滴膜面の無秩序相を蛍光物質Rho−PEで蛍光させた画像を示し、(b)はマイクロ液滴膜面上で蛍光したアミロイドペプチド(Aβ−488)の画像を示し、(c)は、(a)の画像と(c)の画像とを人工的に結合させた画像を示す。また(d)は、横軸は図4に示す破線ABの一端Aからの距離を示し、縦軸はその距離に対応した蛍光強度を示す。この図4(d)の実線は、(a)におけるラフトドメイン領域以外の周辺部つまり無秩序相の蛍光強度(任意強度)を示し、一点破線は図4(b)におけるアミロイドペプチドの蛍光強度を示す。この図4(d)より、アミロイドペプチドの蛍光強度は周辺部つまり無秩序相の蛍光強度とよく一致していることが分かる。これにより、アミロイドペプチドは周辺部において検出されることがわかる。
【0054】
一方、図4の(e)〜(g)は、上記実施例の脂質混合物にさらに糖脂質(GM1)を1mol%加えたマイクロ液滴膜面を撮影した蛍光顕微鏡画像であり、(e)はマイクロ液滴膜面の無秩序相を蛍光物質Rho−PEで蛍光させた画像を示し、(f)はマイクロ液滴膜面上で蛍光したアミロイドペプチド(Aβ−488)の画像を示し、(g)は、(e)の画像と(f)の画像とを人工的に結合させた画像を示す。また(h)は、横軸は図4に示す破線ABの一端Aからの距離を示し、縦軸はその距離に対応した蛍光強度を示す。(h)の実線は、図4(e)におけるラフトドメイン領域以外の周辺部つまり無秩序相の蛍光強度(任意強度)を示し、一点破線は図4(f)におけるアミロイドペプチドの蛍光強度を示す。この図4(h)では、図4(d)の場合と同様に、アミロイドペプチドの蛍光強度は周辺部つまり無秩序相の蛍光強度とよく一致していることが分かる。これにより、アミロイドペプチドは周辺部において検出されることがわかる。従って、アミロイドペプチドは糖脂質(GM1)と特異的に結合せず、ラフトドメイン部を避けてマイクロ液滴膜面上に分布することがわかる。
【0055】
以上、毒性タンパク質を数例用いて、毒性タンパク質とマイクロ液滴膜面(生体膜モデル)との局所的な干渉(結合性)の評価が可能であることを示した。なお、以上の実施例は例示に過ぎず、例えば、化粧品の成分である金属微粒子を脂質混合物に加えてマイクロ液滴を作製し、マイクロ液滴(生体膜モデル)と金属微粒子との局所的な干渉を評価し、ひいては生体膜への金属微粒子の影響を評価することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明により作製されたマイクロ液滴は、安定かつ物理的ストレスに耐性のある生体膜モデルとして細胞膜研究に供することができ、特にマイクロメートルスケール以下での細胞モデル実験室(いわゆる、マイクロラボラトリー)として利用可能である。さらに、本発明のマイクロ液滴は、細胞毒性評価に利用できるだけでなく、化粧品分野における動物実験の代替評価方法としても利用できる等、産業上の利用可能性が高い。
【0057】
さらに、リポソームを使用した場合に比べて、油相に対する水相の量(試験物質、例えば毒性タンパク質、を含んだ水溶液の量)を二十分の一程度まで低減することが可能となるため、細胞膜モデルを使用した試験コスト(例えば、毒素等の試薬サンプルのコスト)を大幅に低減することが可能となる。
【符号の説明】
【0058】
1 マイクロ液滴
2 ラフトドメイン構造
3 無秩序相

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも三種類の成分を含んだ脂質混合物を容器内で有機溶媒に溶解させる工程と、
前記有機溶媒を揮発させ、前記容器内に脂質フィルムを形成する工程と、
前記容器内にさらに油を加え、超音波処理を施し前記脂質フィルムを前記油に溶解させる工程と、
前記容器内に水を加え、前記油と前記水とを攪拌する工程と、
を含み、かつ、
前記少なくとも三種類の成分は、飽和脂質と不飽和脂質とコレステロールとを含み、
前記油は、オリーブオイル又は/及びドデカンであることを特徴とするマイクロ液滴の作製方法。
【請求項2】
前記飽和脂質が飽和リン脂質であり、前記不飽和脂質が不飽和リン脂質であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ液滴の作製方法。
【請求項3】
前記容器内に水を加え、攪拌する工程において、さらに毒性タンパク質又は金属微粒子を加え、前記油と水溶液とを攪拌することを特徴とする請求項1又は2に記載のマイクロ液滴の作製方法。
【請求項4】
前記脂質混合物がさらに糖脂質を含むことを特徴とする請求項2又は3に記載のマイクロ液滴の作製方法。
【請求項5】
前記容器内に水を加え、攪拌する工程において、前記油と前記水または前記水溶液との体積比が、85:15〜99:1の割合となるように前記水又は前記水溶液を加えることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のマイクロ液滴の作製方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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