説明

マグネシウム合金材の製造方法及びマグネシウム合金材

【課題】優れた引張強度と良好な延性を有するマグネシウム合金材の製造方法を提供する。
【解決手段】必須成分としてZnとYとを含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−Zn−Y系合金を鋳造して、αMgとLPSO相とを含む鋳造材を形成し、この鋳造材に押出加工を施す。次に、押出加工を施した鋳造材に熱処理を施し、LPSO相をプレート状に形態変化せしめた後に、押出加工を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグネシウム合金材の製造方法及びマグネシウム合金材に関する。詳しくは、高強度であると共に高延性であるマグネシウム合金材の製造方法及び高強度であると共に高延性を実現することができるマグネシウム合金材に係るものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、マグネシウム合金は、実用化されている合金の中で最も密度が低く軽量で強度も高いため、電気製品の筐体や、自動車のホイール、足回り部品、エンジン周り部品等への適用が進められている。
特に、自動車に関連する用途の部品においては、高い機械的特性が要求されるため、GdやZn等の元素を添加したマグネシウム合金として、片ロール法、急速凝固法により特定の形態の材料を製造することが行われている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【0003】
しかし、上記したマグネシウム合金は、特定の製造方法においては高い機械的特性が得られるものの、特定の製造方法を実現するためには特殊な設備が必要であり、しかも、生産性が低いといった問題があり、更には、適用できる部材も限られるといった問題があった。
【0004】
そこで、従来、マグネシウム合金を製造する場合、上記した特許文献1及び特許文献2に記載の様な特殊な設備あるいはプロセスを用いずに、生産性の高い通常の溶解鋳造から塑性加工(押出)を実施しても、実用上有用な機械的特性が得られる技術が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−41701号公報
【特許文献2】特開2002−256370号公報
【特許文献3】特開2006−97037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、特許文献3に開示されている長周期積層構造相(以下、「LPSO;Long Period Stacking Order」相と称する)を有するマグネシウム合金については、引張強度と延性のバランスに優れているものの、より一層優れた引張強度と良好な延性が求められていた。
【0007】
本発明は以上の点に鑑みて創案されたものであって、優れた引張強度と良好な延性を実現するマグネシウム合金材の製造方法及び優れた引張強度と良好な延性を実現するマグネシウム合金材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明のマグネシウム合金材の製造方法は、長周期積層構造相とαMg相とを有する鋳造材を形成する鋳造工程と、前記鋳造材に塑性加工を行う第1の塑性加工工程と、該第1の塑性加工工程により塑性加工を施した前記鋳造材に熱処理を施す熱処理工程と、該熱処理を施した前記鋳造材に塑性加工を行う第2の塑性加工工程とを備える。
【0009】
また、本発明のマグネシウム合金材の製造方法は、必須成分としてZnと希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−Zn−RE系合金を鋳造して、長周期積層構造相とαMg相とを有する鋳造材を形成する鋳造工程と、前記鋳造材に塑性加工を行う第1の塑性加工工程と、該第1の塑性加工工程により塑性加工を施した前記鋳造材に熱処理を施す熱処理工程と、該熱処理を施した前記鋳造材に塑性加工を行う第2の塑性加工工程とを備える。
【0010】
更に、本発明のマグネシウム合金材の製造方法は、必須成分としてZn、Cu、Ni若しくはCoから選択される元素(TM)と希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−TM−RE系合金を鋳造して、長周期積層構造相とαMg相とを有する鋳造材を形成する鋳造工程と、前記鋳造材に塑性加工を行う第1の塑性加工工程と、該第1の塑性加工工程により塑性加工を施した前記鋳造材に熱処理を施す熱処理工程と、該熱処理を施した前記鋳造材に塑性加工を行う第2の塑性加工工程とを備える。
【0011】
ここで、第1の塑性加工工程により塑性加工を施した鋳造材に熱処理を施す熱処理工程によって、LPSO相を板状に形態変化せしめることができる。
そして、熱処理後に塑性加工を行う第2の塑性加工工程によって、板状のLPSO相にキンク帯を導入することができ、優れた引張強度を実現することができる。なお、LPSO相が板状であるために良好な延性をも実現することとなる。
【0012】
ところで、熱処理工程及び第2の塑性加工工程を経ることによって、LPSO相の少なくとも一部がαMg相とラメラ状に存在すると共に、ラメラ状に存在する組織の少なくとも一部が湾曲または屈曲しており、LPSO相の少なくとも一部が板状である組織を得ることができる。そして、こうした組織に起因して優れた引張強度と良好な延性が実現することとなる。
【0013】
なお、圧延加工を施すことによってαMg相の少なくとも一部若しくは板状(プレート状)のLPSO相とαMg相とのラメラ状組織の少なくとも一部がせん断変形することとなる。そして、せん断変形することでLPSO相とαMg相のラメラ状組織の少なくとも一部が湾曲や屈曲し、こうした湾曲や屈曲した組織は優れた引張強度を実現するための一因となり得る。
【0014】
また、上記の目的を達成するために、本発明のマグネシウム合金材は、少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされた長周期積層構造相と、少なくとも一部が前記長周期積層構造相とラメラ状に存在するαMg相とを備える。
【0015】
また、本発明のマグネシウム合金材は、必須成分としてZnと希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−Zn−RE系合金から構成されるマグネシウム合金材であって、Mg−Zn−RE系合金の合金組織中に、少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされた長周期積層構造相と、少なくとも一部が前記長周期積層構造相とラメラ状に存在するαMg相とを備える。
【0016】
更に、本発明のマグネシウム合金材は、必須成分としてZn、Cu、Ni若しくはCoから選択される元素(TM)と希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−TM−RE系合金から構成されるマグネシウム合金材であって、Mg−TM−RE系合金の合金組織中に、少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされた長周期積層構造相と、少なくとも一部が前記長周期積層構造相とラメラ状に存在するαMg相とを備える。
【0017】
ここで、LPSO相の少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされたことによってその後の塑性加工によってLPSO相にキンク帯が導入し易く、優れた引張強度を実現することができる。また、LPSO相が板状であるために良好な延性をも実現することとなる。なお、LPSO相内やαMg相内に、金属間化合物(例えば、MgZn)を有していても良い。
【0018】
ところで、本発明のマグネシウム合金材は塑性加工によって、LPSO相の少なくとも一部がαMg相とラメラ状に存在すると共に、ラメラ状に存在する組織の少なくとも一部が湾曲または屈曲しており、LPSO相の少なくとも一部が板状である組織を得ることができる。そして、こうした組織に起因して優れた引張強度と良好な延性が実現することとなる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のマグネシウム合金材の製造方法では、優れた引張強度と良好な延性を実現可能なマグネシウム合金材を得ることができる。また、本発明のマグネシウム合金材は、塑性加工を施すことによって優れた引張強度と良好な延性を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明のマグネシウム合金材の製造方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【図2】金属間化合物MgZnを説明するための顕微鏡写真である。
【図3(a)】熱処理を施した塑性加工物の結晶組織を示す顕微鏡写真(1)である。
【図3(b)】熱処理を施した塑性加工物の結晶組織を示す顕微鏡写真(2)である。
【図3(c)】熱処理を施した塑性加工物の結晶組織を示す顕微鏡写真(3)である。
【図4A】第1の実施の形態で得られるマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(1)である。
【図4B】第1の実施の形態で得られるマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(2)である。
【図5A】鋳造工程S1及び塑性加工工程S2のみを施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(1)である。
【図5B】鋳造工程S1及び塑性加工工程S2のみを施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(2)である。
【図6A】マグネシウム合金材についての結晶方位マップと正極点図である。
【図6B】マグネシウム合金材の結晶配向マップである。
【図7】本発明を適用したマグネシウム合金材の成形性を説明するためのグラフである。
【図8】本発明のマグネシウム合金材の製造方法の他の一例を説明するためのフローチャートである。
【図9A(a)】第2の実施の形態で得られるマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(1)である。
【図9A(b)】第2の実施の形態で得られるマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(2)である。
【図9A(c)】第2の実施の形態で得られるマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(3)である。
【図9B】第2の実施の形態で得られるマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(4)である。
【図10A】熱処理工程を施していない塑性加工物に対して圧延加工S4を施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(1)である。
【図10B(a)】熱処理工程を施していない塑性加工物に対して圧延加工S4を施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(2)である。
【図10B(b)】熱処理工程を施していない塑性加工物に対して圧延加工S4を施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(3)である。
【図10B(c)】熱処理工程を施していない塑性加工物に対して圧延加工S4を施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真(4)である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「実施の形態」と称する)について説明する。なお、以下ではMg96Zn合金の製造方法を例に挙げて説明を行い、説明は以下の順序で行う。
1.第1の実施の形態(押出加工の場合)
2.第2の実施の形態(圧延加工の場合)
3.変形例
【0022】
<1.第1の実施の形態>
図1は本発明のマグネシウム合金材の製造方法の一例を説明するためのフローチャートである。図1で示す様に、本発明のマグネシウム合金材の製造方法の一例では、先ず、鋳造工程S1により鋳造を行う。ここで、鋳造工程S1では、ZnとYを含有し、残部がMgと不可避的不純物とからなるMg−Zn−Y系合金を鋳造して、LPSO相とαMg相とを含む鋳造材を形成する。
【0023】
ここで、LPSO相とは、マグネシウム合金の粒内及び粒界に析出する析出物であって、HCP構造における底面原子層の並びが底面法線方向に長周期規則をもって繰り返される構造相、即ち、長周期積層構造相をいう。このLPSO相の析出によって、マグネシウム合金材の機械的特性(引張強度、0.2%耐力及び伸び)が向上することとなる。
【0024】
ところで、Mg96Zn合金を鋳造した場合には、鋳造時点で0.5μm〜2.0μm程度の金属間化合物MgZnを形成していることが分かった。なお、図2(a)はMg96Zn合金の400℃、1時間の焼きなまし材の結晶組織を示す顕微鏡写真であり、図2(b)はMg96Zn合金の450℃、1時間の焼きなまし材の結晶組織を示す顕微鏡写真であり、図2(c)はMg96Zn合金の500℃、1時間の焼きなまし材の結晶組織を示す顕微鏡写真であるが、金属間化合物MgZnを形成していることが分かる。なお、図2(a)〜図2(c)で示す顕微鏡写真において、符号eで示す箇所が金属間化合物MgZnである。
【0025】
次に、鋳造された鋳造材に塑性加工工程S2を行う。この塑性加工工程S2の塑性加工は、例えば、押出加工、鍛造加工、圧延加工あるいは引抜加工等であり、LPSO相を含む鋳造材を塑性加工することによって得られる塑性加工物は、塑性加工前と比較すると、引張強度、0.2%耐力、伸びが向上することとなる。
【0026】
続いて、塑性加工された塑性加工物に熱処理を施す熱処理工程S3を行って、LPSO相を板状(プレート状)にする。なお、LPSO相が板状(プレート状)となるのは、LPSO相が回復したものと考えられ、キンク帯やキンク変形が存在した箇所が焼きなましにより粒界若しくは界面となったことが理由であると考えられる。
【0027】
ここで、図3は熱処理を施した塑性加工物の結晶組織を示す顕微鏡写真であるが、熱処理を施すことによって、LPSO相(図3で白色に見えている箇所)が板状(プレート状)となっているのが分かる。なお、図3(a)は150倍、図3(b)は2500倍、図3(c)は3000倍の倍率の顕微鏡写真である。
【0028】
その後、熱処理が施された塑性加工物に対して押出加工S4を施すことによって、図4で示す様な、マグネシウム合金材を得ることができる。
【0029】
なお、図4から明らかな様に、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の一例で得られるマグネシウム合金材は、図中符号Aで示す板状(プレート状)のLPSO相と図中符号Bで示すブロック状のLPSO相が混在している。また、熱処理によりLPSO相を板状(プレート状)にし、キンク帯を回復させたとしても、その後に押出加工を施すことでLPSO相はキンク変形を有し、屈曲若しくは湾曲していることが分かる(図中符号C参照)。更に、LPSO相とαMg相はラメラ状組織を呈していることが分かる。
【0030】
一方、図5は鋳造工程S1と塑性加工工程(具体的には押出加工)S2を施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真であるが、図5から明らかな様に、板状(プレート状)のLPSO相は明確には確認できず、また、LPSO相とαMg相とのラメラ状組織についても明確には確認できない。
【0031】
ところで、図6A(a)は図4に示すマグネシウム合金材についての結晶方位マップと正極点図{10−10}を示しており、図6A(b)は図5に示すマグネシウム合金材についての結晶方位マップと正極点図{10−10}を示している。また、図6B(a)は図4に示すマグネシウム合金材の結晶配向マップを示し、図6B(b)は図5に示すマグネシウム合金材の晶配向マップを示している。なお、図6A及び図6Bについては参考図としてカラー図面を提出する。
【0032】
図6Bから明らかな様に、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の一例で得られるマグネシウム合金材の結晶組織はランダム化しており、また、図6Aから明らかな様に、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の一例で得られるマグネシウム合金材の結晶組織は集合組織を有していない。この様に、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の一例で得られるマグネシウム合金材は集合組織を有さず、熱処理後に再度押出加工(塑性加工)を施してもαMg相は微細であり延性向上と強度向上が認められる。また、LPSO相が板状(プレート状)とブロック状とが混在していることによっても、強度と延性向上に寄与している。
【0033】
なお、LPSO相が板状(プレート状)のみとした場合にも結晶組織はランダム化して集合組織を有しないために延性は向上するものの、αMg相の結晶粒が粗大化すると共にLPSO相内のキンク帯が回復することに起因して強度の低下を招いてしまう。
【0034】
また、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の一例で得られるマグネシウム合金材の結晶組織はLPSO相にキンク帯が導入されており、更に、αMg相が微細化されたことによって強度が向上している。
【0035】
即ち、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の一例で得られるマグネシウム合金材は、熱処理が施された塑性加工物に対して押出加工S4を施しているために、(1)αMg相の結晶粒の微細化とαMg相の結晶組織のランダム化によって強度の向上と延性の向上が実現し、(2)LPSO相にキンク帯が導入されることによって強度の向上が実現し、(3)LPSO相が板状(プレート状)とブロック状が混在することによって延性が向上するといった効果が相まって、優れた引張強度と良好な延性を実現することとなる。
【0036】
ここで、図7(a)は、上記の鋳造工程S1、塑性加工工程S2及び熱処理工程S3を施してLPSO相を板状(プレート状)とした塑性加工物に対する、押出温度300℃での押出速度(ラム速度)と機械的特性(0.2%耐力、引張強度及び伸び)の関係を示すグラフである。一方、図7(b)は、鋳造工程S1により形成された鋳造材に対する、押出温度350℃での押出速度(ラム速度)と機械的特性(0.2%耐力、引張強度及び伸び)の関係を示すグラフである。
【0037】
図7(a)及び図7(b)のグラフより、本発明を適用したマグネシウム合金材は押出加工温度を低下させることができ、押出加工温度を低下させたとしても優れた引張強度と良好な延性を実現できることが分かる。なお、大容量の押出装置を用いたり、種々の工夫を行ったりする等の特別な場合を除くと、従来の押出加工では押出温度300℃で正常な押出棒材を得ることが難しいとされていたが、本発明を適用したマグネシウム合金材は押出温度300℃であっても良好な押出棒材を得ることができ、本発明を適用したマグネシウム合金材が高い成形性を有していることを確認できた。
【0038】
<2.第2の実施の形態>
図8は本発明のマグネシウム合金材の製造方法の他の一例を説明するためのフローチャートである。図8で示す様に、本発明のマグネシウム合金材の製造方法の他の一例では、上記した第1の実施の形態と同様に、鋳造工程S1、塑性加工工程S2及び熱処理工程S3を施して、塑性加工物のLPSO相を板状(プレート状)とする。
【0039】
続いて、本発明のマグネシウム合金材の製造方法の他の一例では、熱処理が施され、LPSO相が板状(プレート状)とされた塑性加工物に対して圧延加工S4を施すことによって、図9A及び図9Bで示す様な、マグネシウム合金材を得ることができる。なお、図9A及び図9B中の黒色はαMg相を示し、灰色はLPSO相を示し、白色はMgZnを示している。
【0040】
ここで、図9A及び図9Bから明らかな様に、本発明を適用したマグネシウム合金材の製造方法の他の一例で得られるマグネシウム合金材は、LPSO相とαMg相とを有しており、LPSO相とαMg相とがラメラ状に存在している。但し、全ての組織がラメラ状組織を呈しているわけではなく、例えば、図9A(c)中符号Xで示す領域においてはラメラ状組織を呈していない。
【0041】
また、ラメラ状組織を呈するLPSO相及びαMg相は共に組織が全体的に湾曲していることが分かる。これは、熱処理により板状(プレート状)とされたLPSO相とこうした板状(プレート状)のLPSO相に挟まれたαMg相が圧延加工S4によってせん断変形(図9B(b)中符号Sで示す領域参照)したことで組織や組織の一部が湾曲や屈曲したためと考えられる。なお、湾曲や屈曲することは優れた引張強度を実現する一因となり得る。
【0042】
また、LPSO相は板状(プレート状)のみならず、例えば、図9A(b)中符号Yで示す領域の様にブロック状のLPSO相が存在することもある。即ち、LPSO相の形状は板状(プレート状)若しくは板状(プレート状)とブロック状の混在となる。更に、図9A(b)、図9A(c)、図9B(b)及び図9B(c)から明らかな様に、LPSO相内若しくはαMg相内にMgZnが微細分散している(図9A(b)や図9A(c)中符号Zで示す領域、図9B(b)や図9B(c)中符号Sや符号Tで示す領域)。
【0043】
一方、図10A及び図10Bは熱処理工程S3を施しておらず、LPSO相が板状(プレート状)とされていない塑性加工物に対して圧延加工S4を施したマグネシウム合金材の結晶組織を示す顕微鏡写真であり、図10A及び図10B中の黒色はαMg相を示し、灰色はLPSO相を示し、白色はMgZnを示している。
【0044】
図10A及び図10Bから明らかな様に、LPSO相が板状(プレート状)とされていない塑性加工物に対して圧延加工S4を施したマグネシウム合金材についても、LPSO相とαMg相とはラメラ状に存在している。
【0045】
しかしながら、図10A(b)及び図10A(c)から明らかな様に、LPSO相はブロック状であり、αMg相内に微細分散したLPSO相は極めて少ない。また、図10B(b)や図10B(c)から明らかな様に、LPSO相が直線的であり湾曲や屈曲した部分については見当たらない。
【0046】
<3.変形例>
第1の実施の形態では第2の塑性加工として押出加工を行う場合を例に挙げて説明を行い、第2の実施の形態では第2の塑性加工として圧延加工を行う場合を例に挙げて説明を行っている。
しかしながら、熱処理を施した塑性加工物に再び塑性加工を行うことで、マグネシウム合金材の機械的特性(引張強度、0.2%耐力及び伸び)を向上させることができれば充分であり、第2の塑性加工工程で施す塑性加工については、必ずしも押出加工や圧延加工に限定されるものではない。
【0047】
また、上記した第1の実施の形態及び第2の実施の形態では、Mg96Zn合金の製造方法を例に挙げて説明を行っているが、Mg96Zn合金はMg−Zn−RE系合金の一例であり、必ずしもMg96Zn合金に限定されるものではない。
【0048】
また、上記した第1の実施の形態及び第2の実施の形態では、Mg−Zn−RE系合金の製造方法を例に挙げて説明を行っているが、本発明は必ずしもMg−Zn−RE系合金に限定されるものではない。即ち、本発明はLPSO相とαMg相とを有するマグネシウム合金材であれば充分であり、例えば、Mg−TM−RE系合金であっても良い。なお、TMはZn、Cu、Ni若しくはCoから選択される元素を意味している。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の実施例について説明する。なお、ここで示す実施例は一例であり本発明を限定するものではない。
【0050】
<1.第1の実施例>
先ず、本発明の第1の実施例であるマグネシウム合金材の製造方法として、Znを2原子%、Yを2原子%とし、残部がMgと不可避的不純物のMg−Zn−Y系合金を高周波溶解炉内で溶解を行った。次に、加熱溶解した材料を金型で鋳造し、φ69mm×L200mmのインゴット(鋳造材)を作成した。更に、押出温度350℃において押出比5として塑性加工(押出加工)を行い、続いて、100℃〜500℃の熱処理温度にて1時間の熱処理(焼きなまし)を行ってLPSO相を板状(プレート状)とした。その後、φ29mm×L60mmビレットに切削し、押出温度350℃において押出比10、押出速度(ラム速度)2.5mm/secで押出加工を施して試験片を作成した。
【0051】
また、第1の比較例であるマグネシウム合金材の製造方法として、Znを2原子%、Yを2原子%とし、残部がMgと不可避的不純物のMg−Zn−Y系合金を高周波溶解炉内で溶解を行った。次に、加熱溶解した材料を金型で鋳造し、φ29mm×L60mmのインゴット(鋳造材)を作成した。その後、押出温度350℃において押出比10として塑性加工(押出加工)を行って試験片を作成した。
【0052】
この様にして得られた試験片を室温にて引張試験を行い、機械的特性を評価した結果を表1に示す。なお、第1の実施例であるマグネシウム合金材と第1の比較例であるマグネシウム合金材とでは、インゴット(鋳造材)のサイズが異なるが、インゴット(鋳造材)のサイズによってマグネシウム合金材の機械的特性や組織が変化することはないので、インゴット(鋳造材)のサイズの相違は機械的特性に何ら影響を与えるものではない。
【0053】
【表1】

【0054】
表1からも明らかな様に、本発明の実施例であるマグネシウム合金の製造方法で得られるマグネシウム合金材は、比較例であるマグネシウム合金材の製造方法で得られるマグネシウム合金材と比較すると、0.2%耐力及び引張強度が共に向上していることが分かる。また、延性についても向上していることが分かる。
【0055】
<2.第2の実施例>
次に、本発明の第2の実施例であるマグネシウム合金材の製造方法として、Znを2原子%、Yを2原子%とし、残部がMgと不可避的不純物のMg−Zn−Y系合金を高周波溶解炉内で溶解を行った。次に、加熱溶解した材料を金型で鋳造し、φ69mm×L200mmのインゴット(鋳造材)を作成した。更に、押出温度350℃において押出比10として塑性加工(押出加工)を行い板形状にし、続いて、100℃〜500℃の熱処理温度にて1時間の熱処理(焼きなまし)を行ってLPSO相を板状(プレート状)とした。その後、圧延加工を施して試験片を作成した。
【0056】
また、第2の比較例であるマグネシウム合金材の製造方法として、Znを2原子%、Yを2原子%とし、残部がMgと不可避的不純物のMg−Zn−Y系合金を高周波溶解炉内で溶解を行った。次に、加熱溶解した材料を金型で鋳造し、φ69mm×L200mmのインゴット(鋳造材)を作成した。更に、押出温度350℃において押出比10として塑性加工(押出加工)を行い板形状にした。その後、圧延加工を施して試験片を作成した。
【0057】
この様にして得られた試験片を室温にて引張試験を行い、機械的特性を評価した結果を表2に示す。なお、表2中(a)は本発明の実施例であり、表2中(b)は比較例である。また、表2中符号Aは0.2%耐力を示し、表2中符号Bは引張強度を示し、表3中符号Cは延性を示している。
【0058】
【表2】

【0059】
表2からも明らかな様に、本発明の実施例であるマグネシウム合金材の製造方法で得られるマグネシウム合金材は、比較例であるマグネシウム合金材の製造方法で得られるマグネシウム合金材と比較すると、0.2%耐力及び引張強度が共に向上していることが分かる。また、延性についても向上していることが分かる。
【0060】
なお、熱処理までを施して圧延加工を行わない場合であっても、熱処理による組織制御が実現し、室温での大きな伸びを得られることが期待できる。
しかしながら、熱処理後の圧延加工を施さない場合には、熱処理前の素材に対して強度の面において劣ってしまう。これに対して、本発明の実施例のマグネシウム合金材では、LPSO相を含むマグネシウム合金材において、合金組成を変更することなく強度と延性を同時に向上することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長周期積層構造相とαMg相とを有する鋳造材を形成する鋳造工程と、
前記鋳造材に塑性加工を行う第1の塑性加工工程と、
該第1の塑性加工工程により塑性加工を施した前記鋳造材に熱処理を施す熱処理工程と、
該熱処理を施した前記鋳造材に塑性加工を行う第2の塑性加工工程とを備える
マグネシウム合金材の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理工程は、長周期積層構造相の少なくとも一部を板状に形態変化せしめる
請求項1に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項3】
前記第2の塑性加工工程は押出加工若しくは圧延加工である
請求項1または請求項2に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項4】
前記第2の塑性加工工程は圧延加工であり、同圧延加工によりαMg相の少なくとも一部をせん断変形せしめる
請求項1または請求項2に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程は、長周期積層構造相の少なくとも一部を板状に形態変化せしめ、
前記第2の塑性加工工程は圧延加工であり、同圧延加工により板状の長周期積層構造相とαMg相とのラメラ状組織の少なくとも一部をせん断変形せしめる
請求項1に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項6】
必須成分としてZn、Cu、Ni若しくはCoから選択される元素(TM)と希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−TM−RE系合金を鋳造して、長周期積層構造相とαMg相とを有する鋳造材を形成する鋳造工程と、
前記鋳造材に塑性加工を行う第1の塑性加工工程と、
該第1の塑性加工工程により塑性加工を施した前記鋳造材に熱処理を施す熱処理工程と、
該熱処理を施した前記鋳造材に塑性加工を行う第2の塑性加工工程とを備える
マグネシウム合金材の製造方法。
【請求項7】
必須成分としてZnと希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−Zn−RE系合金を鋳造して、長周期積層構造相とαMg相とを有する鋳造材を形成する鋳造工程と、
前記鋳造材に塑性加工を行う第1の塑性加工工程と、
該第1の塑性加工工程により塑性加工を施した前記鋳造材に熱処理を施す熱処理工程と、
該熱処理を施した前記鋳造材に塑性加工を行う第2の塑性加工工程とを備える
マグネシウム合金材の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程は、長周期積層構造相の少なくとも一部を板状に形態変化せしめる
請求項7に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項9】
前記第2の塑性加工工程は押出加工若しくは圧延加工である
請求項7または請求項8に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項10】
前記第2の塑性加工工程は圧延加工であり、同圧延加工によりαMg相の少なくとも一部をせん断変形せしめる
請求項7または請求項8に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項11】
前記熱処理工程は、長周期積層構造相の少なくとも一部を板状に形態変化せしめ、
前記第2の塑性加工工程は圧延加工であり、同圧延加工により板状の長周期積層構造相とαMg相とのラメラ状組織の少なくとも一部をせん断変形せしめる
請求項7に記載のマグネシウム合金材の製造方法。
【請求項12】
少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされた長周期積層構造相と、
少なくとも一部が前記長周期積層構造相とラメラ状に存在するαMg相とを備える
マグネシウム合金材。
【請求項13】
前記長周期積層構造相内若しくは前記αMg相内の少なくとも一方に金属間化合物を有している
請求項11に記載のマグネシウム合金材。
【請求項14】
必須成分としてZn、Cu、Ni若しくはCoから選択される元素(TM)と希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−TM−RE系合金から構成されるマグネシウム合金材であって、
Mg−TM−RE系合金の合金組織中に、少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされた長周期積層構造相と、少なくとも一部が前記長周期積層構造相とラメラ状に存在するαMg相とを備える
マグネシウム合金材。
【請求項15】
必須成分としてZnと希土類元素(RE)を含有し、残部がMgと不可避的不純物からなるMg−Zn−RE系合金から構成されるマグネシウム合金材であって、
Mg−Zn−RE系合金の合金組織中に、少なくとも一部の組織が熱処理により板状とされた長周期積層構造相と、少なくとも一部が前記長周期積層構造相とラメラ状に存在するαMg相とを備える
マグネシウム合金材。
【請求項16】
前記長周期積層構造相内若しくは前記αMg相内の少なくとも一方に、Mg、Zn及びREから構成される金属間化合物を有している
請求項14に記載のマグネシウム合金材。

【図1】
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【図2】
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【図3(a)】
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【図3(b)】
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【図3(c)】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【図9A(a)】
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【図9A(b)】
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【図9A(c)】
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【図9B】
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【図10A】
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【図10B(a)】
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【図10B(b)】
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【図10B(c)】
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【公開番号】特開2011−214103(P2011−214103A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−84525(P2010−84525)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、熊本県地域結集型研究開発プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【出願人】(801000050)財団法人くまもとテクノ産業財団 (38)