説明

マンガンペルオキシダーゼの分離方法及び製造方法

【課題】容易にスケールアップ可能な、工業的に優れたマンガンペルオキシダーゼの分離方法及び製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、非荷電性多糖類を用いて微生物培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離するマンガンペルオキシダーゼの分離方法の提供。また、本発明はマンガンペルオキシダーゼ産生微生物を培養する工程と、培養中または培養後の培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離する工程とを含むマンガンペルオキシダーゼの製造方法であって、分離する工程が、非荷電性多糖類カラムにより培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離する工程であるマンガンペルオキシダーゼの製造方法の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンガンペルオキシダーゼの分離方法及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マンガンペルオキシダーゼ(以下、MnPと略記することがある)は、過酸化水素等の酸化剤の存在下で、二価のマンガンを酸化して三価のマンガンを生成する酸化還元酵素であり、ビフェノールをはじめとする各種工業用樹脂のモノマー、オリゴマー等の合成に有用に用いられているだけでなく、ダイオキシンなどの有害物質の分解除去やパルプ漂白への利用についても検討されている(例えば特許文献1、2、3)。
【0003】
該酵素は白色腐朽菌(担子菌)などの微生物を培養することによって、その産生物として得ることができるが、培養液中に副生産される高分子成分らしき物質の夾雑のため、菌体除去や酵素精製の工程に用いる限外濾過膜が目詰まりを起こしやすく、効率よく酵素を精製するのが難しいという問題があった。
【0004】
そのため従来、該酵素の分離方法、即ち更なる精製の前処理として、培養液上清を(透析した後)凍結融解して高分子夾雑物を凝集除去する方法(特許文献4、非特許文献1)や培養液上清に1/3体積の冷アセトンを加え夾雑物を凝集させてグラスウールフィルターで除去する方法(非特許文献2)、ポリエチレングリコールで凝集沈殿させる方法(非特許文献3)が用いられてきた。しかし、これらの手法はいずれもその操作性及び経済性の観点からスケールアップには不向きであった。例えばキロリットルスケールの培養を想定した場合、培養液を凍結させるのは容易でないし、また大量のアセトンを投入して後でこれを留去するのは非効率的で、また安全性への特段の配慮も必要となる。ポリエチレングリコールについては、後工程で使用する限外濾過膜を劣化させる恐れがあり、更に廃液処理の問題もある。
【0005】
一方、従来一般的な濾過(助)剤として活性炭、珪藻土、キトサンを用いる方法等が知られているが、参考例で後述するとおり、これらもやはりマンガンペルオキシダーゼの分離には適さなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−290989号公報
【特許文献2】特開2007−039552号公報
【特許文献3】特開2007−129952号公報
【特許文献4】特開平8−116968号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Applied Environmental Microbiology Vol.60 P.599−605(1994)
【非特許文献2】Applied Environmental Microbiology Vol.56 P.1806−1812(1990)
【非特許文献3】Applied Environmental Microbiology Vol.60 P.4359−4363(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、容易にスケールアップ可能な、工業的に優れたマンガンペルオキシダーゼの分離方法及び製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、非荷電性多糖類を用いることにより粗酵素液中の夾雑物を除去してマンガンペルオキシダーゼを分離できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、非荷電性多糖類を用いて微生物培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離するマンガンペルオキシダーゼの分離方法を提供する。また、本発明は、マンガンペルオキシダーゼ産生微生物を培養する工程と、培養中または培養後の培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離する工程とを含むマンガンペルオキシダーゼの製造方法であって、分離する工程が、非荷電性多糖類カラムにより培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離する工程であるマンガンペルオキシダーゼの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ラージスケールでの生産においても限外濾過膜の目詰まり原因となる夾雑物を容易に除去することができ、効率的で工業的に優れたマンガンペルオキシダーゼの大量精製、製造が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、以下において、単位「mM」は「mmol/L」を示す。
【0013】
[粗酵素液(微生物培養液)]
本発明で使用される微生物培養液とは、MnPを産生する微生物(担子菌)を培養して得られる、MnPを含む培養液(以下、粗酵素液ということがある。)であって、当該微生物としては、例えば、ファネロケーテ(Phanerochaete)属、フレビア(Phlebia)属、レンティヌラ(Lentinula)属、フェルリナス(Phellinus)属などに属する白色腐朽菌を挙げることができる。これらの中でも、ファネロケーテ属に属する菌が好ましい。ファネロケーテ属に属する菌の中でも、好ましいものとして、例えば、ファネロケーテ クリソスポリウム(Phanerochaete chrysosporium)、ファネロケーテ フラヴィド−アルバ(Phanerochaete flavido−alba)、ファネロケーテ ソルディダ(Phanerochaete sordida)、ファネロケーテ マグノリエ(Phanerochaete magnoliae)に属する菌等を挙げることができ、より好ましいものとして、ファネロケーテ クリソスポリウムに属する菌を挙げることができる。具体的には、例えば、ファネロケーテ クリソスポリウムBKM−F−1767(ATCC24725)、ファネロケーテ クリソスポリウムSC26(ATCC64314)、ファネロケーテ クリソスポリウムME446(ATCC34541)、ファネロケーテ クリソスポリウムHHB−6251−sp(ATCC34540)、ファネロケーテ クリソスポリウムOGC101(ATCC201542)、ファネロケーテ クリソスポリウム INA−12(CNCM I−398)、ファネロケーテ クリソスポリウムI−1512(CNCM I−1512)を挙げることができ、中でも特に好ましいものとしてファネロケーテ クリソスポリウムBKM−F−1767(ATCC24725)が挙げられる。また、これら微生物を宿主としたMnP産生遺伝子組換え体であってもよい。
上記微生物を用いたMnPの産生は、公知慣用の培養成分および培養方法でよい。また、培養液から菌体を除去するため、遠心分離や濾過といった従来慣用の方法を用いることもできる。
【0014】
[非荷電性多糖類]
本発明で使用される非荷電性多糖類とは荷電官能基を含まない多糖類を指し示すが、培養液からの分離除去の効率を考慮に加えると、水に対し不溶性であるものの方が好ましい。そのようなものとしては例えば、キチン、セルロース、キシラン、マンナン、アガロースなどが挙げられ、より好ましいものとしてキチン、セルロースが挙げられる。また、これらの形状については、粗酵素液との接触効率が高いことから微粒子や粉末状のものが好ましい。但し、後述のカラム法に用いる場合には、流速や圧力を考慮して該多糖類の粒径を20μm〜1mmとすることがより好ましく、50μm〜500μmとすることが更に好ましい。
【0015】
[MnPの分離方法]
本発明のMnPの分離方法、即ち菌体を除いた粗酵素液からの夾雑物除去方法は、該粗酵素液に非荷電性多糖類を接触させるものである。よって、例えば、該多糖類を充填したカラムに粗酵素液を通液してもよいし、また例えば、粗酵素液に該多糖類を分散させ、撹拌した後、濾過して液を回収するなどしてもよい。但し、夾雑物除去効率の観点からは、カラムを用いる方法がより好ましい。
【0016】
本発明におけるカラム法は、従来慣用の手法に準じて行えばよい。カラムの材質や形状は特に限定されないが、内部が見えるように透明であることが好ましく、また処理速度を上げるために多少の圧力をかけても破損しないよう0.3MPa程度の耐圧性能を有する円筒形カラムであることが好ましい。カラムに充填する非荷電性多糖類の量は、用いる該多糖類の種類や粗酵素液の性状などによって異なるが、概ね処理する粗酵素液量100Lにつき1〜4kg程度とすればよい。カラムの上端及び下端には該多糖類が漏出しないよう焼結フィルターを入れるか脱脂綿等を詰める必要がある。粗酵素液を通液する前に、MnPの失活等を抑制するため、該多糖類を充填したカラムを例えば50mMマロン酸緩衝液pH4.5などの適当な緩衝液で洗浄しておくことが望ましい。粗酵素液を通液する速度は、カラムの耐圧性能や非荷電性多糖類の充填量、求める夾雑物除去率などによって適宜調整すればよいが、概ね線速度0.1cm/min〜50cm/minとすることが好ましく、0.2cm/min〜20cm/minとすることがより好ましい。
【0017】
本発明によれば、限外濾過膜透過性の高い(ミリポア製 Millex GP PES 33mm SCGP033RS 0.2μmフィルターに対する透過性で20ml以上の)マンガンペルオキシダーゼ液を高い回収率(およそ80%以上)で得ることができ、更に、簡単かつ安価にスケールアップが可能であることから、従来困難であったラージスケールでの効率的なマンガンペルオキシダーゼの分離、精製、製造が容易となる。
【実施例】
【0018】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。但し、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0019】
[参考例1] ファネロケーテ クリソスポリウムの培養
表1に示した培地2.5kgをpH電極を備えた5L容量発酵槽Bioneer−N型(株式会社丸菱バイオエンジ製)に仕込み、121℃、20分間のオートクレーブ処理で滅菌した。なお、表1中の6×トレースエレメンツの組成を表2に示した。
【0020】
【表1】

【0021】
【表2】

【0022】
前記発酵槽にファネロケーテ クリソスポリウム BKM−F−1767 (ATCC24725)を植菌し、37℃、空気供給0.5vvm、フルゾーン翼(神鋼パンテック株式会社製)150rpmの条件で撹拌培養を開始した。培養中、培養液のpHは4.5を維持するよう、硫酸及び水酸化ナトリウムを用いて制御した。
【0023】
3日後、ベラトリルアルコールを1.05ml添加し、空気の供給を停止すると共に30ml/minで酸素供給を開始した。更にこのとき、培養温度を37℃から25℃にシフトさせた。培養を継続し、経時的に回収した培養液サンプルについてそれぞれ参考例2記載の方法にてMnP濃度(活性)を測定した。MnP濃度の上昇が止まり、減少に転じた時点で培養を終了し、全培養液を遠心分離して上清を回収した。
【0024】
[参考例2] MnP活性測定
MnPの活性は、以下に示す硫酸マンガンを基質とした酸化反応(Mn3+−マロン酸錯体形成)の光学的測定により決定した。
【0025】
分光光度計用石英セルを反応容器とし、この反応容器中に蒸留水435μL、500mMマロン酸二ナトリウム−HCl(pH4.5)50μL、50mM硫酸マンガン5μL、測定サンプル5μLを入れ、これに対し10mM過酸化水素5μLを添加することで酸化反応を開始した。分光光度計UV−1650PC(株式会社島津製作所製)を用いて、反応液のUV270nmにおける吸収の増加をモニタすることで反応初速度を測定した。濃度既知のMnP溶液との反応初速度比較により、培養液サンプル中のMnPの濃度(mg/L)を算出した。前記培養の結果得られたMnPの濃度は30mg/Lであった。
【0026】
[参考例3] 未処理粗酵素液の限外濾過膜透過性
培養液遠心上清(未処理粗酵素液)の限外濾過膜透過性を評価するため、これが0.2μmフィルター(ミリポア Millex GP PES 33mm SCGP033RS)をどれだけ透過するか調べた。その結果、フィルター1個あたりの透過液量は約10mlであった。
【0027】
[実施例1] キチンによるMnPの分離
50mlディスポシリンジに和光一級キチン約5cmを詰め(上下に脱脂綿)、50mMマロン酸緩衝液pH4.5で洗浄・平衡化し、MnP分離用カラムとした。ファネロケーテ クリソスポリウム BKM−F−1767 (ATCC24725)の培養液遠心上清を25mlチャージし、ピストンで徐々に押し出して透過液を5mlずつ分画した。更に、培養液遠心上清を押し出した後、前記緩衝液でカラム中に残存するものを溶出し、前記同様5mlずつ分画回収した。
【0028】
各フラクションのMnP活性を前記の方法にて測定することで合計回収率を求め、また、高分子物質と思われる夾雑物の除去程度を評価するため、0.2μmフィルター(ミリポア Millex GP PES 33mm SCGP033RS)に対する透過性を調べた。
【0029】
その結果、フラクション6まで(合計30ml)で合計MnP回収率が約90%となり、あまり大きな液量増加なしにほとんどのMnPが回収可能であることが判明した。しかも、0.2μmフィルター透過性が未処理粗酵素液に比べ約5倍(約50ml)に向上していることから、限外濾過膜の目詰まり原因となる夾雑物をよく除去できているものと判断された。
【0030】
[実施例2] セルロースによるMnPの分離
実施例1と同様にして、キチンの代わりにナカライテスク製セルロース粉末を用いてMnP回収率や夾雑物の除去程度の評価を行った。
その結果、フラクション7まで(合計35ml)で合計MnP回収率が約80%となり、あまり大きな液量増加なしに大部分のMnPが回収可能であることが判明した。しかも、0.2μmフィルター透過性が未処理粗酵素液に比べ約3倍(約30ml)に向上していることから、限外濾過膜の目詰まり原因となる夾雑物をよく除去できているものと判断された。
【0031】
[参考例4] その他の物質によるMnPの分離検討
上記実施例1と同様にして、キチンの代わりに活性炭、珪藻土、キトサンを用いてMnP回収率や夾雑物の除去程度の評価を行った。その結果、いずれもキチンに比べ効果が劣っていた。即ち、活性炭では全フラクション合計のMnP回収率が10%未満と非常に低く、また、珪藻土やキトサンでは0.2μmフィルターの透過性が未処理粗酵素液と比べほとんど改善されず(11ml)、夾雑物が除去できていないと判断された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、マンガンペルオキシダーゼの大量分離精製、製造において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非荷電性多糖類を用いて微生物培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離することを特徴とするマンガンペルオキシダーゼの分離方法。
【請求項2】
非荷電性多糖類がキチンまたはセルロースである請求項1記載のマンガンペルオキシダーゼの分離方法。
【請求項3】
非荷電性多糖類を充填したカラムに微生物培養液を通液する請求項1又は2記載のマンガンペルオキシダーゼの分離方法。
【請求項4】
マンガンペルオキシダーゼ産生微生物を培養する工程と、培養中または培養後の微生物培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離する工程とを含むマンガンペルオキシダーゼの製造方法であって、前記分離する工程が、非荷電性多糖類カラムにより微生物培養液からマンガンペルオキシダーゼを分離する工程であることを特徴とするマンガンペルオキシダーゼの製造方法。