説明

マンノシルエリスリトールリピッドの生産方法

【課題】マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)を効率よく生産することができる方法の提供。
【解決手段】植物油脂等の油脂類を主成分とするマンノシルエリスリトールリピッド生産用培地においてマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する、Pseudozyma rugulosaなどの微生物を培養するに際し、該培地中に、エリスリトール及び/又はマンノースを添加して培養を行うことにより、マンノシルエリスリトールリピッドを効率よく生産する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオサーファクタントの一種であるマンノシルエリスリトールリピッドの生産効率(生産量、生産速度、及び収率)を大幅に向上させることができるマンノシルエリスリトールリピッドの生産方法に関する。

【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜数十個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系及び免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていることなどが明らかにされつつある。また、糖脂質は,糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する両親媒性物質は界面活性物質と呼ばれている。石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤(バイオサーファクタント)が利用されていた。近年、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、その生産量が飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となったが、この合成界面活性剤の使用量の拡大に伴って環境汚染が広がり、社会問題が生じている。このため、安全性が高く、環境に対する負荷を低減できる生分解性の高い界面活性物質の開発が望まれている。
従来より、微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子系の界面活性物質の5つに分類されている。これらの中でも、糖脂質系の界面活性剤が最もよく研究されており、細菌及び酵母による多くの種類の界面活性物質が報告されている。
前記細菌としては、Pseudomonas属によるラムノリピッド(非特許文献1及び2参照)とユスチラジン酸(非特許文献3参照)、Rhodococcus属によるトレハロースリピッド(非特許文献4参照)などが知られている。しかし、いずれも生産量は15g/L以下である。
前記酵母としては、Candida属によるソホロースリピッドとマンノシルエリスリトールリピッド(特許文献1参照)などが知られている。
前記ソホロースリピッドについては、Candida bombicolaを用いてグルコースとオレイン酸の流加培養法により200時間で180g/Lの効率的なソホロースリピッドの生産が可能であることが報告されている(非特許文献5参照)。
【0003】
前記マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)については、Candida sp.B-7株を用いて5質量%の大豆油から5日間で35g/L(生産速度:0.3g/L/h、原料収率:70質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献6及び7参照)。また、Candida antarctica T-34株を用いて8質量%の大豆油から8日間で38g/L(生産速度:0.2g/L/h、原料収率:48質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献8及び9参照)。同じく、Candida antarctica T-34株を用いて6日間隔で計3回の逐次流加により24日後に25質量%のピーナッツ油から110g/L(生産速度:0.2g/L/h、原料収率:44質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献10参照)。
Candida sp. SY-16株を用いて10質量%の植物油脂から回分培養法により200時間で50g/L(生産速度:0.25g/L/h、原料収率:50質量%)のMELの生産が可能であると共に、流加培養法により20質量%の植物油から200時間で120g/L(生産速度:0.6g/L/h、原料収率:50質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献11参照)。
【0004】
Pseudozyma aphidis株を用いて80質量%の植物油脂から流加培養法により24時間で13.9g/L
(生産速度:0.57g/L/h、原料収率:92質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献12参照)。
また、醤油醸造工程において副産物として生産されるしょうゆ油(あぶら)を原料としてCandida antarctica T-34株を用いて7日間で8質量%のしょうゆ油から17g/L(生産速度:0.1g/L/ h、原料収率:21質量%)のMELの生産が可能であることが提案されている(特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特公昭60−24797号公報
【特許文献2】特開2002−101847号公報
【非特許文献1】S.Itoh, H.Honda, Ftonami and T.Suzuki:J. Antibiotics,23,885(1971).
【非特許文献2】M.Yamaguti, A.Sato and R.Yukuyama:Chem.Ind.,17,741(1976).
【非特許文献3】S.S.Bhattacharijee, R.H.Haskinsand P.A.Golin: Carbohyd.Res.,13,235(1970).
【非特許文献4】P.Rapp, H.Boch, V.Wary and F.Wagner:J.Gen.Microbiol.,115,491(1979).
【非特許文献5】U.Rau, C.Manzke and F.Wagner:Biotechnol.Lett., 18, 149(1996).
【非特許文献6】T.Nakahara, H.Kawasaki, T.Sugisawa,Y.Takamori and T.Tabuchi: J.Ferment.Technol., 61, 19(1983).
【非特許文献7】H.Kawasaki, T.Nakahara, M.Oogakiand T.Tabuchi: J.Ferment.Technol., 61, 143(1983).
【非特許文献8】D.Kitamoto, S.Akiba, C.Hioki andT.Tabuchi: Agric.Biol.Chem., 54, 31(1990).
【非特許文献9】D.KItamoto, K.Haneishi, T.Nakaharaand T.Tabuchi: Agric.Biol.Chem., 54, 37(1990).
【非特許文献10】D.Kitamoto, K.Fijishiro, H.Yanagishita,T.Nakane and T.Nakahara: Biotechnol.Lett., 14, 305(1992).
【非特許文献11】金,伊炳大,桂樹徹,谷吉樹:平成10年日本生物工学会大会要旨,p195.
【非特許文献12】U.Rau, L.A.Naguyen, H.Roeper,H.Koch and S.Lang: Appl.Microbiol.Biotechnol.,(2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれるマンノシルエリスリトールリピッドなどのバイオサーファクタントを食品工業、医薬品工業、化学工業などで広く普及させていくためには、マンノシルエリスリトールリピッドの生産効率を高め、生産コストの低減を図ることが必要である。 本発明は、このような要望に応え、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を用い、その培地組成及び培養条件を最適化することによって、マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)を効率よく生産することができる方法を提供することを目的とする。

【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、植物油脂等の油脂類を主成分とするマンノシルエリスリトールリピッド生産用培地においてマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養するに際し、該培地中に、エリスリトール及び/又はマンノースを添加して培養を行うことにより、マンノシルエリスリトールリピッドの生産効率が大幅に上昇することを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0008】
(1)油脂類含有培地でマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養してマンノシルエリスリトールリピッドを製造する方法において、培地中にエリスリトール及び/又はマンノースを添加することを特徴とするマンノシルエリスリトールリピッドの生産方法。

(2)上記マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物が、シュードザイマ(Pseudozyma)属に属する微生物であることを特徴とする上記(1)に記載の生産方法。

(3)シュードザイマ(Pseudozyma)属に属する微生物がシュードザイマ・ルギュローサ(Pseudozyma rugulosa)に属する微生物であることを特徴とする、上記(2)に記載の生産方法。

(4)初発油脂類濃度が5〜20重量%、エリスリトール濃度が1〜8重量%及び/又はマンノース濃度が1〜8重量%含有する培地で培養を行うことを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の生産方法。

(5)初発油脂類濃度が5〜20質量%、エリスリトール濃度が1〜8重量%及び/又はマンノース濃度が1〜8重量%含有する培地で範囲で培養を開始し、該培養開始後5〜7日目より油脂類、エリスリトール及び/又はマンノースを培地中に供給することを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のマンノシルエリスリトールリピッドの生産方法。

(6)培地組成及び培養条件が、以下に示されるものであることを特徴とする、上記(1)〜(5)のいずれか に記載の生産方法。
酵母エキス:0.1〜2g/L
硝酸ナトリウム:0.1〜1g/L
リン酸2水素カリウム:0.1〜2g/L
硫酸マグネシウム:0.1〜1g/L
マンノース:5〜80g/L
エリスリトール:5〜80g/L
植物油脂:20〜300g/L
培養温度:26〜32℃

【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、マンノシルエリスリトールリピッドを生成する能力を有する微生物を植物油脂等の油脂類含有培地で培養するに際し、培地中にマンノース及び/又はエリスリトールを添加することにより、マンノシルエリスリトールリピッドを極めて効率良く生産できる。特に、シュードザイマ属に属する微生物であるシュードザイマ・ルギュローサ(Pseudozyma rugulosa NBRC 10877)を使用する場合には生産量が約2倍に上昇する。このシュードザイマ・ルギュローサ(Pseudozyma rugulosa NBRC 10877)は、従来、マンノシルエリスリトールリピッドを生成する能力を有する微生物としては、知られていなかったものである。しかも、このシュードザイマ・ルギュローサに属する微生物は、マンノース及び/又はエリスリトール添加による生産性向上効果が特に高く、これらを主原料に対し微量添加するだけで、マンノシルエリスリトールリピッドの生産量は約2倍に達する。
また、本発明においては、植物油等の油脂類の消費速度も向上し、結果としてこれら由来の油分の生成物への混入を低減し、マンノシルエリスリトールリピッドの分離精製においても効果が期待できる。
したがって、本発明は、医薬等種々用途への使用が期待されるバイオサーファクタントの生産技術の発展に大いに貢献するものである。

【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(目的生産物)
本発明の目的生産物であるマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)は、下記構造式(1)で表される化合物である。
【化1】

前記構造式(1)において、R〜Rは、互いに同一であっても異なっていてもよく、水素原子、アセチル基、又は炭素原子数1〜14、好ましくは3〜12の飽和若しくは不飽和の脂肪酸残基を表す。
前記マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)は、高い界面活性作用を有し、界面活性剤又はファインケミカルの種々の触媒として用いられる。ヒト急性前骨髄性白血病細胞性HL60株にマンノシルエリスリトールリピッドを作用させると顆粒系を分化させる白血病細胞細胞分化誘導作用があり、 また、ラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞にマンノシルエリスリトールリピッドを作用させると神経突起の伸長が生ずる神経系細胞株分化誘導作用等の生理活性作用を有する。更に、微生物産生の糖脂質として初めて、メラノーマ細胞のアポトーシスを誘導することが可能となり(X. Zhao et. al., Cancer Research,59, 482−486(1999))、癌細胞増殖抑制作用がある。これらの生理作用から見て、マンノシルエリスリトールリピッドには抗ガン剤等の医薬としての用途が期待される。また、マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)には生分解性があり、高い安全性を有すると考えられているものである。
【0011】
(使用微生物)
本発明の使用微生物については、マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有するものであれば特に制限はなく、例えばシュードザイマ属に属する微生物が挙げられ、このうち特に好ましい微生物としては、シュードザイマ・ルギュローサに属する微生物が挙げることができる。該微生物はマンノシルエリスリトール生産微生物として知られていなかったものであるが、本発明者等により、シュードザイマ・アンタクチカ等の既知のマンノシルエリスリトールリピッド生産菌と同等の生産性を有することが初めて確認されたものである。しかも、このシュードザイマ・ルギュローサに属する微生物は、マンノース及び/又はエリスリトール添加による生産性向上効果が特に高く、これらを主原料に対し微量添加するだけで、マンノシルエリスリトールリピッドの生産量は約2倍に達する点で特筆すべきものである。
【0012】
(マンノシルエリスリトールリピッドの生産)
本発明における使用微生物の培養においては、培地に、脂肪酸、脂肪酸トリグリセリド等の脂肪酸エステル類、あるいは植物油等の油脂類を含有させ、さらにマンノース、エリスリトールを含有させるが、このほかの条件については、特に制限はなく、適宜選定することができる。例えば、酵母に対して一般に用いられる培地を使用でき、このような培地として、例えば、YPD培地(イーストイクストラクト10g、 ポリペプトン20g、及びグルコース100g)を挙げることができる。
MELの生産量を増加させるためには培地に添加するマンノース及び/又はエリスリトールの供給量を増加させることが好ましく、本発明者等は、培養開始時のマンノース、エリスリトール濃度(初発マンノース、エリスリトール濃度)を変化させて培養を行った結果、培養液中の初発マンノース、エリスリトー ル濃度が少なくとも1%以上、好ましくは4〜8重量%の濃度の場合に、良好なMELの生産速度、生産量、及び収率が得られるという知見を得ている。これは、生産物すなわちマンノシルエリスリトールリピッドの前駆体物質である原料であるマンノースとエリスリトールを、酵母が細胞内で新たに合成することなく、直接取り込んで炭素源として利用できるため、生産経路が潤滑に進行するためと考えられる。
【0013】
本発明の使用微生物、特に前記Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用いてマンノシルエリスリトールリピッドを生産する場合の好適な培地組成及び培養条件は、以下のとおりである。
酵母エキスは、0.1〜2g/Lが好ましく、1g/Lが特に好ましい
硝酸ナトリウムは、0.1〜1g/Lが好ましく、0.5g/Lが特に好ましい。
リン酸2水素カリウムは、0.1〜2g/Lが好ましく、0.4g/Lが特に好ましい。
硫酸マグネシウムは、0.1〜1g/Lが好ましく、0.2g/Lが特に好ましい。
マンノースは、1g/L以上が好ましく、20〜60g/Lが特に好ましい。
エリスリトールは、1g/L以上が好ましく、20〜80g/Lが特に好ましい。
植物性油脂は、40g/L以上が好ましく、180g/Lが特に好ましい。
培養温度は、26〜32℃が好ましく、30℃が特に好ましい
【0014】
本発明のマンノシルエリスリトールリピッドの製造方法は、特に制限はなく、目的に応じて適宜選定することができるが、例えば、種培養、本培養及びマンノシルエリスリトールリピッド生産培養の順にスケールアップしていくことが望ましい。
これらの培養における、培地、培養条件を例示すると以下のとおりである。
a)種培養;グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム 0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管に1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行う。
b)本培養;所定量の植物性油脂等の油脂類、マンノース及び/又はエリスリトールと、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1 g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地100mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で2日間培養を行う。
c) マンノシルエリスリトールリピッド生産培養;所定量の植物性油脂等の油脂類、マンノース及び/又はエリスリトールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム 0.5g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、30℃で800rpmの撹拌速度で培養を行う。この培養においては、培養途中から植物性油脂、マンノース及び/又はエリスリトールを培養容器中に流下させて、培地中の油脂類濃度を40〜200g/Lに保持することが望ましい。

以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0015】
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株の培養)
a)保存培地(麦芽エキス3g/L、酵母エキス3g/L、ペプトン5g/Lグルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいたPseudozyma rugulosa NBRC 10877株を、 グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウムム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液 体培地4mLが入った試験管に1白金耳接種し、3 0℃で振とう培養を行い、次いで、
b)得られた菌体培養液を所定量の植物性油脂、マンノース、エリスリトールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液 体培地20mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で振とう培養を行い、さらに
c)これを所定量の植物性油脂、マンノース、エリスリトールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム 0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、30℃で800rpmの撹拌速度で培養を行った。
上記a)〜c)の各培養により得られた菌体培養液を使用して、以下の(1)〜(5)に示される試験を行った。
【0016】
(試験手法、結果)
(1)バイオサーファクタントの生産の確認
上記a)の培養を1日間行った後、b)の培養を、マンノース、エリスルトール無添加で10日間行い、得られたPseudozyma rugulosa NBRC 10877株の菌体培養液を疎水性のフィルム上にスポットしてその表面張力の変化を観察した。また、コントロールとして培養前の培養液、及び比較例としてPseudozyma antarctica KM-34 (FERMP-20730) 株とPseudozyma aphidisATCC32657株を同様にして培養して得られた培養液をそれぞれスポットして比較した。これらの結果を図1に示す。
これによれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株の菌体培養液のスポットにおいては、培地の表面張力がコントロールと同程度低下しており、このことはPseudozyma rugulosa NBRC 10877株がPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株とPseudozyma aphidis ATCC32657株と同様に、バイオサーファクタントが生産可能であることを示している。
【0017】
(2)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)生産能の確認
a)の培養を1日間行った後、b)の培養をマンノース、エリスルトール無添加で10日間行った後の培養液を採取し、これを用いてPseudozyma rugulosa NBRC 10877株のバイオサーファクタントの生産性を薄層クロマトグラフィーで確認した。一方、比較例としてPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730) 株を上記と同じ条件で培養し、同様にして薄層クロマトグラフィーを行った。
結果を図2に示す。なお、図中、左端はマンノシルエリスリトールリピッドの標準であり、MEL−A,MEL−B及びMEL−Cはそれぞれ順に一般式中(R=炭素原子数1〜14の脂肪酸残基、R=アセチル基)、同(R=炭素原子数1〜14の脂肪酸残基、R=水素原子、R=アセチル基)及び同(R=炭素原子数1〜14の脂肪酸残基、R=アセチル基、R=水素原子)で表される化合物を示す。
これによれば、両株とも大豆油含有培地でマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)を生産している。また、マンノシルエリスリトールリピッドの標準と対比して、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株が生産しているバイオサーファクタントはマンノシルエリスリトールリピッドであることがわかる。
【0018】
(3)マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)生産用培地で同リピッドの生産
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養をマンノース、エリスルトール無添加で10日間行った。培養液を採取し、そのMEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで検出した。また、比較例としてPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株を上記と同じ条件で培養し、同様にして高速液体クロマトグラフィーで検出した。結果を図3に示す。なお、図3は、培養液中の酢酸エチル可溶分を高速液体クロマトグラフィーで検出した結果であり、既知のマンノシルエリスリトールリピッドのものと一致する。図3によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株はPseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株と同程度のMEL生産能力を有する。
【0019】
(4)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株が生産するマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の構造解析
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養をマンノース、エリスルトー ル無添加で10日間行った。培養液を採取し、培養液中のMELを酢酸エチルで抽出し、H NMR で生産物の構造解析を行った(上段)。また、典型的なMELの構造解析結果の例としてPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELの分析結果を下段に示す。図4によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株が生産する物質は典型的なMELの構造を有することが明らかである。
【0020】
(5)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のMEL生産に対する窒素源の影響
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養をマンノース、エリスリトール無添加で10日間行った後、培養液を採取し、そのMEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで検出した。このとき、培養液中の窒素源はそれぞれ図中に記載した組成に調製したものを用いた。結果を図5に示す。この結果によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるMEL生産において、最適な窒素源は硝酸ナトリウムである。
【0021】
(6)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のMEL生産に対する植物性油脂の影響
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養をマンノース、エリスリトール無添加で10日間行った後、培養液を採取し、そのMEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで検出した。このとき、培養液中の植物性油脂はそれぞれ図中に記載した組成に調製したものを用いた。結果を図6に示す。この結果によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株は各種植物性油脂からMELを生産し、大豆油が最も良好な結果を示した。
【0022】
(7)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のMEL生産に対する水溶性炭素源の影響
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養をマンノース80g/L、エリスリトール80g/L、あるいはグルコース80g/Lをそれぞれ添加して各々10日間行った後、培養液を採取し、そのMEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで検出した。このとき、培養液中に植物性油脂として大豆油40g/Lを添加した。結果を図7に示す。この結果によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるMELの生産量はエリスリトールを添加したとき約2倍上昇した。
【0023】
(8)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のMEL生産に対するエリスリトール濃度の影響
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養を図8に記載の各濃度でエリスリトールを添加して10日間行った後、培養液を採取し、そのMEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで検出した。このとき、培養液中に植物性油脂として大豆油40g/Lを添加した。結果を図8に示す。なお、数値はエリスリトール無添加時の生産量を100とした時の相対地として示している。この結果によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるMELの生産量はエリスリトール20g/L以上を添加したとき約2倍上昇した。
【0024】
(9)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のMEL生産に対するエリスリトール濃度の影響
Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養を図8に記載の濃度でマンノースを添加して10日間行った後、培養液を採取し、そのMEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで検出した。このとき、培養液中に植物性油脂として大豆油40g/Lを添加した。結果を図8に示 す。なお、数値はマンノース無添加時の生産量を100とした時の相対地として示している。この結果によれば、Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるMELの生産量はマンノース20〜60g/Lを添加したとき約1.7倍上昇した。マンノース80g/Lの添加では生産量の上昇効果が低下した。
【0025】
(10)Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のMEL生産培養
上記a)の培養を1日間行った後、b)の培養を、マンノース、エリスルトール無添加で10日間行い、続いて、c)の培養を行った。c)の培養は80g/Lの植物性油脂と20g/Lあるいは80g/Lのエリスリトールを含む培地を用いて行った。培養途中から80g/Lの植物性油脂と所定量のエリスリトールを1週間毎に培養容器中に流下させた。図10は、1週間毎に培養液を採取し、MEL生産量を高速液体クロマトグラフィーで定量して作製したグラフである。矢印は炭素源を添加した時点を示している。比較の対象として、エリスリトールを含まない培地で生産培養した結果を用いた。図10によると、2%あるいは8%のエリスリトールを培地中に加えた場合、28日間で生産されたMELの量は190g/L以上に達しており、エリスリトールを加えない条件の約3倍上昇した。このときの生産収率は約79%であった。

【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】Pseudozyma rugulosa NBRC10877株、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP-27030)株及びPseudozyma aphidisATCC32657株を大豆油含有 培地で培養して得られた培養液の、疎水性フィルム上にスポットし、その表面張力を観察した結果を示す写真である。
【図2】Pseudozyma rugulosa NBRC10877株が、大豆油含有培地でマンノシルエリスリトールリピドを生産しうること を示す、該培養物についての薄層クロマトグラフィー写真である。
【図3】Pseudozyma rugulosa NBRC10877株が、大豆油含有培地でマンノシルエリスリトールリピドを生産しうること を示す、該培養物についての高速液体クロマトグラフィーの分析結果である。
【図4】Pseudozyma rugulosa NBRC10877株が、大豆油含有培地でマンノシルエリスリトールリピドを生産しうることを示す、該培養物についての1HNMR による構造解析の結果である。
【図5】Pseudozyma rugulosa NBRC10877株によるマンノシルエリスリトールリピドの生産に対する窒素源の影響を示すグラフである。
【図6】Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるマンノシルエリスリトールリピドの生産に対する植物性油脂の影響を示すグラフである。
【図7】Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるマンノシルエリスリトールリピドの生産に対する水溶性炭素源 の影響を示すグラフである。
【図8】Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるマンノシルエリスリトールリピドの生産に対するエリスルトール の添加効果を示すグラフである。
【図9】Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株によるマンノシルエリスリトールリピドの生産に対するマンノースの添加効果を示すグラフである。
【図10】Pseudozyma rugulosa NBRC 10877株のマンノシルエリスリトールリピド生産培養の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂類含有培地でマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養してマンノシルエリスリトールリピッドを製造する方法において、培地中にエリスリトール及び/又はマンノースを添加することを特徴とするマンノシルエリスリトールリピッドの生産方法。

【請求項2】
上記マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物が、シュードザイマ(Pseudozyma)属に属する微生物であることを特徴とする請求項1に記載の生産方法。

【請求項3】
シュードザイマ(Pseudozyma)属に属する微生物がシュードザイマ・ルギュローサ(Pseudozyma rugulosa)に属する微生物であることを特徴とする、請求項2に記載の生産方法。

【請求項4】
初発油脂類濃度が5〜20重量%、エリスリトール濃度が1〜8重量%及び/又はマンノース濃度が1〜8重量%含有する培地で培養を行うことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の生産方法。

【請求項5】
初発油脂類濃度が5〜20質量%、エリスリトール濃度が1〜8重量%及び/又はマンノース濃度が1〜8重量%含有する培地で範囲で培養を開始し、該培養開始後5〜7日目より油脂類、エリスリトール及び/又はマンノースを培地中に供給することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のマンノシルエリスリトールリピッドの生産方法。

【請求項6】
培地組成及び培養条件が、以下に示されるものであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか に記載の生産方法。
酵母エキス:0.1〜2g/L
硝酸ナトリウム:0.1〜1g/L
リン酸2水素カリウム:0.1〜2g/L
硫酸マグネシウム:0.1〜1g/L
マンノース:5〜80g/L
エリスリトール:5〜80g/L
植物油脂:20〜300g/L
培養温度:26〜32℃

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−185142(P2007−185142A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−6305(P2006−6305)
【出願日】平成18年1月13日(2006.1.13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】