説明

メンブレンバイオリアクターを用いた有価物の製造方法

【課題】
メンブレンバイオリアクターによる発酵の生産性を飛躍的に向上可能な製造方法を提供することにある。特に、異化代謝に関連する代謝中間体の製造を好気的に行う際に、メンブレンバイオリアクターによる発酵の生産性を顕著に向上可能な技術を提供することにある。
【解決手段】
バイオリアクターに培地を連続的に導入し、微生物を用いて発酵処理し、生じた発酵液を微生物分離用膜ユニットを用いて連続的にろ過し、該微生物を含んだ微生物分離用膜ユニット非透過液をバイオリアクターに保持および/または環流しつつ、有価物を含んだ微生物分離用膜ユニット透過液を取り出す、メンブレンバイオリアクターを用いた有価物の製造方法において、アンカップラーをバイオリアクターに供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メンブレンバイオリアクターを用いて、細菌や酵母、カビ、放線菌などの微生物を連続培養することにより有価物を連続的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵生産の速度を飛躍的に向上させることが可能な技術として、連続発酵法において、微生物培養液を分離膜でろ過し、膜透過液から生産物を回収すると同時にろ過された細胞を培養液に保持または還流させ、培養液中の細胞濃度を高濃度化し、製造を行う方法が提案されている(例えば、特許文献1)。これらメンブレンバイオリアクターによる製造では、回分培養法やフェッドバッチ法などの他の発酵方法に比べて生産速度が大幅に向上するが、運転時間とともに系中の菌体量が増加すること等に起因し、次第にろ過し難くなり、ひいては膜の目詰りにより運転を停止せざるを得ない事態に陥るという問題がある。そのため、メンブレンバイオリアクターを用いた発酵生産を真に長時間継続するのは困難であった。特に、好気発酵の場合は、細胞の増加速度が速いため、生産期間を長期間設定するのが困難であり、高速生産が可能であるという本方法の利点を活かしきれなかった。
【0003】
メンブレンバイオリアクターでの運転継続化に伴う膜の目詰まり・ろ過性悪化を防止するための改良技術として、定期的に発酵液の一部をバイオリアクター外に引き抜く方法が提案されているが(非特許文献1)、引き抜いた発酵液には有価物も含まれるため、この方法を採用した場合には、有価物の一定量をロスするか、ロスを最小限にするために引き抜いた発酵液をさらに回収処理することが必要になるなど運転操作が繁雑化するという課題があった。
【特許文献1】特公平6−69367号公報
【非特許文献1】玉井正弘ら、日本食品科学工学会誌、44巻、9号、p623〜631(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、従来のメンブレンバイオリアクターを用いた発酵生産技術が有する長期運転が困難であるという課題、あるいは、長期運転が可能であるが生産した有価物の一部がロスし、生産性が低下するという課題を解決し、メンブレンバイオリアクターによる発酵の生産性を飛躍的に向上可能な製造方法を提供することにある。特に、異化代謝に関連する代謝中間体の製造を好気的に行う際に、メンブレンバイオリアクターによる発酵の生産性を顕著に向上可能な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を有する。すなわち、バイオリアクターに培地を連続的に導入し、微生物を用いて発酵処理し、生じた発酵液を微生物分離用膜ユニットを用いて連続的にろ過し、該微生物を含んだ微生物分離用膜ユニット非透過液をバイオリアクターに保持および/または環流しつつ、有価物を含んだ微生物分離用膜ユニット透過液を取り出す、メンブレンバイオリアクターを用いた有価物の製造方法において、アンカップラーをバイオリアクターに供給する。
【0006】
また、上述の製造方法において、微生物分離用膜ユニット透過液を、ナノろ過膜ユニットを用いてろ過し、ナノろ過膜ユニット透過液から有価物を取り出すとともに、ナノろ過膜ユニット非透過液をバイオリアクターに環流する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、メンブレンバイオリアクターによる発酵の生産性を飛躍的に向上することができる。特に、異化代謝に関連する代謝中間体の製造を好気発酵的に行う際、好気条件でありながら菌体増殖を抑制した運転が可能となり、その結果、膜ろ過運転が安定となり、長期にわたり生産速度を高く維持した生産効率の高い製造が実現可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の溶解性有機物含有液の処理方法は、たとえば図1に示す処理装置において実施される。
【0009】
図1に、微生物分離用の膜ユニットをバイオリアクター内に浸漬収容した方式のメンブレンバイオリアクターの概念図を示すが、配置等は、この図により限定されるものではなく、例えば、膜分離装置は、バイオリアクターとは別個に配置してもよい。
【0010】
メンブレンバイオリアクターは、培地10を微生物で発酵するバイオリアクター1と、発酵液を精密ろ過または限外ろ過する微生物分離用膜ユニット3とを有している。微生物分離用膜ユニット3は、バイオリアクター1の内部に配置されており、微生物分離用膜ユニット3の下方に散気装置2が設けられている。また、バイオリアクター1内の中央に攪拌装置9が設けられている。攪拌装置9や散気装置2の配置などは液混合、酸素が必要な場合は酸素供給、膜エレメントをバイオリアクター1内に収容する場合は膜面に膜表面への汚染物の付着を防止するために水流を付与するのに適した性能を有するものであればよい。微生物分離用膜ユニット3の後段には、膜分離に必要な駆動力を付与するとともに流量を調節するために吸引ポンプ4が接続されている。また、一般に、サンプリング目的などに発酵液を抜き出す手段がバイオリアクター1に具備される(図示していない)。
【0011】
ここで、本発明においては、微生物のアデノシン−5′−三リン酸(以下、ATPと示す)生産を阻害しうる化学物質であるアンカップラーを保管する薬品保管槽8と、アンカップラーをバイオリアクターに供給する供給手段(図示しない)を設けることを特徴とする。なお、アンカップラーは、バイオリアクターの発酵液に直接供給しないでバイオリアクターに供給される液に供給してもよい。薬品保管槽8としては、温度や湿度などを調節できるものが好ましく用いられる。
【0012】
上記が本発明のメンブレンバイオリアクターの基本構成であるが、図には、以下の付加機能を設けた場合が示されている。すなわち、微生物分離用膜ユニット3で得られた透過液中に含まれる薬品を吸着などの操作で無害化する薬品無害化装置5と、微生物分離用膜ユニット3で得られた透過液をナノろ過分離するナノろ過膜ユニット7と、微生物分離用膜ユニット3で得られた透過液を昇圧してナノろ過膜ユニット7へ供給する高圧ポンプ6とが設けられている。図示してはいないが、高圧ポンプの上流には、流量調整槽を設けてもよい。微生物分離用膜ユニット3の後段に設けられた、薬品無害化装置5は、特にこれを設けなくても良いが、設ける場合は、装置としては、活性炭による吸着を無菌的に実施できる装置を例示することができる。また、ナノろ過膜ユニット7で使用されるナノろ過膜は、アンカップラーと有価物を効率的に分離し、有価物透過性が高く、その精製に寄与するとともに、アンカップラーの阻止性に優れ、再利用するのに適した特徴を有する孔径、表面荷電等の要件を満たした膜であればよい。薬品無害化装置を設ける場合は、ナノろ過膜ユニット7の非透過液をバイオリアクター1に返送する管路の途中に設けてもよい。
【0013】
上記のように構成された装置において、滅菌された培地10が、無菌性が確保されたバイオリアクター1で微生物によって発酵処理され、原料の糖などが有価物に変換されるとともに、限外ろ過膜または精密ろ過膜を備えた微生物分離用膜ユニット3および吸引ポンプ4によって膜ろ過され、発酵液から菌体を分離し、微生物分離用膜ユニット3によって得られた有価物を含む透過液は、ナノろ過膜ユニット7で処理され、有価物を含んだ精製液が透過液として取り出されるとともに、アンカップラーを含んだ濃縮水がバイオリアクター1に返送される。微生物分離用膜ユニット3によって得られた有価物を含む透過液は、そのまま、系外に取り出してもよい。また、ナノろ過膜ユニット7で得られるアンカップラーを含んだ濃縮水は、一部または全部を取り出してもよい。このとき、本発明においては、発酵液にアンカップラーを添加することを特徴とする。アンカップラーとは、電子伝達と酸化的リン酸化の共役をはずす脱共役剤であり、ATP合成が阻害されても電子伝達反応を進ませることができる物質である。つまり、アンカップラーを利用すると、ATPを多く消費する細胞合成が抑制された状態で、電子伝達鎖までの代謝反応を抑制することなく進めることが可能となる。また、酵母を用いた二酸化炭素とエタノール生産の例においては、アンカップラーが代謝速度を高めることも報告されている(特表昭63−501616号公報)。
【0014】
従って、当該薬品をメンブレンバイオリアクターを用いた連続発酵に適用すれば、細胞濃度を有価物生産反応には十分な量、ろ過性の観点からは低濃度で安全な量に制御した培養が可能となり、有価物生産機能を高レベルに維持した状態で長期連続生産が可能になり、生産性が飛躍的に向上する。なお、有価物の生産性を妨げることなく細胞増殖を抑制する効果を有する薬品であれば、アンカップラーとして含めるものとする。
【0015】
アンカップラーとしては、特に限定するものではないが、カルボニルシアニド−メタ−クロロフェニルヒドラゾン(CCCP)、カルボニルシアニド−パラ−トリフルオロメトキシフェニルヒドラゾン(FCCP)、2,4−ジニトロフェノール(DNP)、パラ−ニトロフェノール、クロロフェノール、ニトロフェノール、アテブリン、4,5,6,7−テトラクロロ−2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾール(TTFB)、ビス−へキサフルオロ酢酸などが例示される。
【0016】
アンカップラーは添加しすぎると、細胞の増殖を抑制するだけでなく、細胞を殺傷してしまうので注意する必要がある。代表的な作用濃度としては、例えば、5〜400μMを例示することができるが、薬品により異なるため、使用に際しては、菌株の感受性含め、予めバッチテストなどを実施し、有効な濃度の範囲を確認しておくことが好ましい。
【0017】
上記理由で、用途により精製プロセスでは最終製品からアンカップラーを分離精製しておく必要がある。
【0018】
アンカップラーを添加するタイミングは、メンブレンバイオリアクターを用いた連続発酵生産が立ち上がり、原料の利用率、生産収率、生産速度などが所定の値で安定値に到達以降、濁度、ろ過差圧などの指標を基に、これらの値が、リアクターが膜目詰まりする可能性が高いことを示す値に達する前に、添加するとよい。
【0019】
添加は、有効濃度が保たれる範囲で、連続的に実施しても、間欠的に実施してもよい。
【0020】
はじめて実施するときは、添加量は徐々に増加させるとよい。添加量は、予備実験の結果や実績を元に、量を計画的に添加してもよいし、濁度、ろ過差圧、溶存酸素濃度、生産速度などの指標をもとに、リアルタイムに添加量を制御してもよい。本実施態様のように、後段にナノろ過膜ユニットを組み合わせるケースでは、アンカップラーを再利用できるため、添加量は削減でき、また、同時に、有価物含有液を部分精製することが可能である。アンカップラーは、バイオリアクターの無菌性が維持されるような方法で添加すれば、いずれでもよいが、例えば、アルコール溶液に溶解後メンブレンフィルターでフィルター滅菌し添加する方法を挙げることができる。
【実施例】
【0021】
トロプシス・グラブラータNL2a株(80g/L NaCl耐性変異株、IFO0005由来)、1Lあたり、グルコース100g、硫安5g、リン酸一カリウム1g、硫酸マグネシウム0.5g、その他、ビタミン、微量金属を含む培地を用いた試験結果を示す。
【0022】
丸菱バイオエンジ社製の2Lジャーファーメンターを用い、温度30℃、撹拌速度800rpm、曝気風量1vvm、有効容積1.5Lで培養を行った。中和はNaOHによりpH5.5にコントロールした。バイオリアクター内には、SUS304製フレーム、有効面積120cmの平膜エレメントを装着し、電極式の水位センサーを用いて水位制御を行った。膜は、平均孔径0.8μmの自社製PVDF製多孔質膜を用いた。
【0023】
ジャーファーメンターに培地を含んでオートクレーブ滅菌後、温度、pHを調整後、トロプシス・グラブラータNL2a株培養液(上記組成の培地で一晩培養)をシード率5%で無菌的に摂取し、培養を開始した。はじめの約30時間、培養が立ち上がるまではろ過、及び培地の供給は行わなず、以降、培地供給、ろ過を行い、サンプリング以外に菌体を全量保持し、連続培養を行った。圧力の変化は、キーエンス製圧力計・AP−11S, AP−V8を吸引側に接続し、監視した。培地は1.65L/dの速度で供給し、アルカリは供給量が一定となったときには約0.3L/d程度、供給された。消泡剤は、PE−L(和光純薬)を微量使用した。サンプリングは約10mlの発酵液をペリスタポンプにより無菌的に採取して行い、乾燥菌体重量、pH、グルコース濃度、ピルビン酸濃度を測定した。
【0024】
その結果、培養開始30時間から121時間にかけて菌体は3g/Lから32g/Lまで単調に増加し(乾燥菌体重量)、121時間では発泡が激しくなるとともに膜差圧が急上昇して5kPa以上増加したため、運転を停止せざるをえない状態となった。ピルビン酸ナトリウムの生産速度は2.3g/L/hであった。
【0025】
本培養と同様の条件で培養を開始し、菌体濃度が32g/Lに達する前にアルコールに溶解させたジニトロフェノールを最終濃度100μM程度になるように添加すれば、菌体の増加速度が抑制され、培養時間が延長された、メンブレンバイオリアクターによる連続発酵が可能となると予測される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の発酵システムの概念図を示す。
【符号の説明】
【0027】
1:バイオリアクター
2:散気装置
3:微生物分離用膜ユニット
4:吸引ポンプ
5:薬品無害化装置
6:高圧ポンプ
7:ナノろ過膜ユニット
8:薬品保管槽
9:撹拌装置
10:培地

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオリアクターに培地を連続的に導入し、微生物を用いて発酵処理し、生じた発酵液を微生物分離用膜ユニットを用いて連続的にろ過し、該微生物を含んだ微生物分離用膜ユニット非透過液をバイオリアクターに保持および/または環流しつつ、有価物を含んだ微生物分離用膜ユニット透過液を取り出す、メンブレンバイオリアクターを用いた有価物の製造方法において、アンカップラーをバイオリアクターに供給することを特徴とする、メンブレンバイオリアクターを用いた有価物の製造方法。
【請求項2】
前記微生物分離用膜ユニット透過液を、ナノろ過膜ユニットを用いてろ過し、ナノろ過膜ユニット透過液から有価物を取り出すとともに、ナノろ過膜ユニット非透過液をバイオリアクターに環流する、請求項1記載のメンブレンバイオリアクターを用いた有価物の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−34049(P2009−34049A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−201598(P2007−201598)
【出願日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、「微生物機能を活用した環境調和型製造基盤技術開発/微生物機能を活用した高度製造基盤技術開発」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】