説明

ユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子

【課題】新規なモノテルペン合成酵素の提供。
【解決手段】 以下の(a)〜(c)のいずれか1つであるモノテルペン合成酵素タンパク質。 (a) 特定のアミノ酸配列を有するタンパク質、 (b) 特定のアミノ酸配列を有するタンパク質に示されるアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列からなるタンパク質、 (c) 特定のアミノ酸配列を有するタンパク質に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モノテルペン合成酵素タンパク質及びそれをコードする遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、二次代謝産物としてポリケチド、アルカロイド、テルペン類等を生成することが知られている。このうちテルペン類(テルペン又はテルペノイドとも呼ぶ)は、炭素数5個のイソプレンの他、C5H8のイソプレン単位を複数含むモノテルペン、セスキテルペン、ジテルペン、トリテルペン、テトラテルペン、セスタテルペン等に分類される。
【0003】
植物におけるテルペン合成は、メバロン酸を経由する経路またはグリセルアルデヒドリン酸/ピルビン酸経路(非メバロン酸経路)によりイソペンテニル二リン酸(IPP)とジメチルアリル二リン酸(DMAPP)が生成し、このジメチルアリル二リン酸にイソペンテニル二リン酸が次々と付加することによって、ゲラニル二リン酸(GPP)、ファルネシル二リン酸(FPP)、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)、ゲラニルファネシル二リン酸(GFPP)が順次生成される。テルペン合成酵素はこれらを脱リン酸化し、さらに、カルボカチオン中間体を経て各種テルペンを産生する。モノテルペンはゲラニル二リン酸から、セスキテルペンはファルネシル二リン酸から、ジテルペンはゲラニルゲラニル二リン酸から、セスタテルペンはゲラニルファネシル二リン酸から生成される。またイソプレンも、ジメチルアリル二リン酸(DMAPP)から生成され得る。
【0004】
モノテルペンは、果物や木材から取れる天然精油の主成分であり、香料や溶剤の原材料として広く用いられている。モノテルペンとして、リモネン、ピネン、メントール、カンファー、ミルセン、ゲラニオール、シネオールなどの400種類以上にものぼる化合物が知られている。一方、ゲラニル二リン酸(GPP)からの各種モノテルペンの生成を触媒するテルペン合成酵素をコードする遺伝子が、様々な植物から単離されている。例えば1,8-シネオール合成酵素遺伝子は、温州みかん(Citrus unshiu)(非特許文献1)、セージ(Salvia officinalis)(非特許文献2及び特許文献1)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)(非特許文献3)の3種で単離されている。
【0005】
さらに、他のテルペン合成酵素遺伝子ではイソプレン合成酵素遺伝子が、ポプラ(Populus sp.)(非特許文献4)と、クズ(Pueraria montana)(非特許文献5)から単離されている。
【0006】
【特許文献1】米国特許第5,891,697号明細書
【非特許文献1】Shimada T. et al., "Isolation and charactrerization of (E)-beta-ocimene and 1,8-cineole synthase in Citrus unshiu Marc." Plant Science, (2004) 168: p.987-995)
【非特許文献2】Wise M.L. et al., "Monoterpene synthase from common sage (Salvia officinalis)" J. Biol. Chem., (1998) 273: p.14891-14899
【非特許文献3】Chen F., et al., "Characterization of a root-specific Arabidopsis terpene synthase responsible for the formation of the volatile monoterpene 1,8-cineole." Plant Physiol., (2004) 135: p.1956-1966
【非特許文献4】Miller B., et al., "First isolation of an isoprene synthase gene from poplar snd successful expression of the gene in Escherichia coli." Planta, (2001) 213(3): p.483-487
【非特許文献5】Sharkey T. D., et al., "Evolution of isoprene biosynthetic pathway in Kudzu." Plant Physiol., (2005) 137: p.700-712
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規なモノテルペン合成酵素及びそれをコードする遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ユーカリのモノテルペン合成酵素をコードする遺伝子の単離に成功し、さらに、その遺伝子から発現される組換えタンパク質がGPPを基質としたミルセン、1,8-シネオール及びその他のモノテルペン系化合物の生成を触媒する活性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 以下の(a)〜(c)のいずれか1つであるモノテルペン合成酵素タンパク質。
(a) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列からなるタンパク質
(c) 配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質
このモノテルペン合成酵素タンパク質は、モノテルペン合成活性として少なくとも1,8-シネオール合成活性を有することが好ましい。より好ましくは、このタンパク質はミルセン合成活性をさらに有する。
[2] 以下の(a)〜(f)のいずれか1つであるモノテルペン合成酵素遺伝子。
(a) 配列番号1又は3に示される塩基配列からなる遺伝子
(b) 配列番号1又は3に示される塩基配列上の少なくとも112位〜1746位を含む塩基配列からなる遺伝子
(c) 配列番号1若しくは3に示される塩基配列又はその塩基配列上の少なくとも112位〜1746位を含む塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子
(e) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列をコードする遺伝子
(f) 配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
このモノテルペン合成酵素遺伝子は、モノテルペン合成活性として少なくとも1,8-シネオール合成活性を有し、より好ましくはさらにミルセン合成活性を有するタンパク質をコードすることが好ましい。
[3] 上記[1]又は[2]に記載の遺伝子を含む組換えベクター。
[4] 上記[3]に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
[5] 上記[4]に記載の形質転換体を培養し、得られる培養物から産生タンパク質を採取することを特徴とする、モノテルペン合成酵素の製造方法。
[6] 上記[1]に記載のタンパク質をゲラニル二リン酸と反応させて、その反応物からモノテルペンを分離することを特徴とするモノテルペンの製造方法。
【0010】
この方法により、1,8-シネオール及びミルセンを始めとするモノテルペンを好適に製造することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明において提供するユーカリのモノテルペン合成酵素タンパク質は、ゲラニル二リン酸を基質として、1,8-シネオール及びミルセンを始めとするモノテルペンを効率良く合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
なお本発明において用いるmRNAの調製、cDNAの作製(RT-PCR)、PCR、ライブラリーの作製、ベクター中へのライゲーション、細胞の形質転換、DNA塩基配列決定、プライマーの合成、突然変異誘発、タンパク質の抽出などの分子生物学的・生化学的実験操作は、基本的には通常の実験書の記載に従って行うことができる。そのような実験書としては、例えば、SambrookらのMolecular Cloning, A laboratory manual, 2001, Eds., Sambrook, J. & Russell, DW. Cold Spring Harbor Laboratory Pressを挙げることができる。
【0014】
1.ユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質をコードする遺伝子とその取得
本発明の遺伝子(ユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子)は、典型的にはユーカリから単離される、モノテルペン合成酵素タンパク質をコードする遺伝子である。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子の例としては、例えば後述の実施例に示すユーカリ・グローブルス(Eucalyptus globulus)由来の配列番号1又は3に示される塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。あるいは本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列からなるモノテルペン合成酵素タンパク質をコードする遺伝子でもありうる。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子によってコードされるタンパク質は、モノテルペン合成活性、特に1,8-シネオール合成活性を有するタンパク質であることが好ましい。そのタンパク質は、さらに、ミルセン合成活性も有することが好ましく、さらに別のモノテルペン系化合物の合成活性も有することがより好ましい。
【0015】
本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子はまた、ユーカリ・モノテルペン合成酵素の成熟タンパク質部分を少なくとも含むアミノ酸配列をコードする配列を含む塩基配列からなる遺伝子であってもよい。一般に、テルペノイド合成酵素においては、シグナルペプチド配列の直後のArg-Arg配列が広く保存されていることから、例えば、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位及び39位のArg-Arg配列よりも前のペプチド配列が、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素のシグナルペプチドであると推定される。すなわち本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素は、例えば配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位より前に位置する予測切断部位でシグナルペプチドが切断されることにより、成熟タンパク質として産生される。配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位〜582位のアミノ酸配列を含みシグナルペプチドを除去したタンパク質がモノテルペン合成活性を有することは、後述の実施例2において実証されている。従って本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位〜582位を少なくとも含む成熟タンパク質部分のアミノ酸配列、例えば配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位〜582位からなるアミノ酸配列又は配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位〜582位からなるアミノ酸配列の5'末端にメチオニンが付加された配列をコードする遺伝子であってよい。そのような成熟タンパク質部分をコードする本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号1又は3に示される塩基配列上の112位〜1746位(終止コドンまで含める場合は112位〜1749位)の配列を少なくとも含む塩基配列からなる遺伝子としても特定されうる。なお、後述の実施例2に示されるように、シグナルペプチドをコードする配列を除去し、かつ5'末端に開始コドン(例えばATG)を付加したユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、組換え発現させる上で有用である。そのようなユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子から産生される組換えタンパク質には、N末端に開始コドン由来のメチオニンが付加されるが、なおモノテルペン合成活性を保持する(実施例2参照)。一方、終止コドンを含まないユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を組換え発現させるためには、その遺伝子の3'末端に終止コドン(例えばTGA、TAA、TAG等)を付加することが好適である。
【0016】
本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の38位〜582位を少なくとも含むアミノ酸配列において1若しくは複数個(好ましくは1〜40個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは数個(1〜5個))のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0017】
さらに本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号1又は3に示される塩基配列又はその塩基配列上の少なくとも112位〜1746位の領域を含む塩基配列、に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。ここでストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的な核酸ハイブリッドが形成される条件を指し、その具体的な例としては、ナトリウム塩濃度が好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、反応温度が好ましくは50℃〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が好ましくは20〜50%、より好ましくは35〜45%でハイブリダイゼーション反応を行う条件を言う。さらにハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件が、ナトリウム塩濃度が好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃での条件である場合も、本発明における「ストリンジェントな条件」に含めることができる。
【0018】
あるいは、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号1又は3に示す塩基配列と好ましくは90%以上、より好ましくは98%以上の同一性を示す塩基配列からなり、かつモノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子はまた、配列番号2又は4に示すアミノ酸配列と好ましくは85%以上、より好ましくは98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0019】
本発明において「遺伝子」は、DNAであってもRNAであってもよく、修飾塩基を含んでいてもよい。ここでDNAには少なくともゲノムDNA、cDNAが含まれ、RNAには、mRNA、合成RNAなどが含まれる。本発明において「遺伝子」は、開始コドン及び終止コドンを含まない塩基配列を有する核酸断片であってもよい。本発明の「遺伝子」は、非翻訳領域(UTR)の配列などを含んでもよい。
【0020】
本発明の遺伝子(ユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子)は、実施例のようにユーカリ・グローブルス(Eucalyptus globulus)から単離することができるが、ユーカリ・グローブルス(Eucalyptus globulus)以外のユーカリから単離してもよい。そのようなユーカリとしては、例えばユーカリ・カマルドレンシス(Eucalyptus camaldulensis)、ユーカリ・グランディス(Eucalyptus grandis)、ユーカリ・テレティコーニス(Eucalyptus tereticornis)、ユーカリ・ラディス(Eucalyptus rudis)、ユーカリ・サルゲンティ(Eucalyptus sargentii)、ユーカリ・ラジアータ(Eucalyptus radiata)、ユーカリ・シトリオドラ(Eucalyptus citriodora)、ユーカリ・スミシ(Eucalyptus smithii)、ユーカリ・ビニナリス(Eucalyptus vininalis)、ユーカリ・ポリブラクティア(Eucalyptus polybractea)、ユーカリ・ディベス(Eucalyptus dieves)などが挙げられる。さらに本発明の遺伝子は、ユーカリ以外の植物や真菌、枯草菌などから単離してもよい。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、ユーカリ又はユーカリ以外の植物等に由来する天然のものであってもよいし、天然由来の遺伝子を人工的に改変したものであってもよい。
【0021】
本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子は、配列番号1若しくは3の塩基配列又は配列番号2若しくは4のアミノ酸配列に基づいて、常法により単離することができる。例えば、好ましくはユーカリ(例えばユーカリ・グローブルス(Eucalyptus globulus))から、あるいはユーカリ以外の植物、真菌若しくは枯草菌などから常法により調製されたmRNA、cDNA、cDNAライブラリー若しくはゲノムDNAライブラリーなどの核酸を鋳型とし、配列番号1〜4の配列に基づいて設計されるユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子特異的プライマーセットを用いたPCR法によって、本発明の遺伝子をDNA増幅断片として取得することができる。得られたDNA増幅断片は、常法により抽出・精製することが好ましい。あるいは、配列番号1又は3の塩基配列からユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子特異的プローブを設計して作製し、それをユーカリ(例えばユーカリ・グローブルス)又はユーカリ以外の植物、真菌若しくは枯草菌などから作製されたcDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリーに対してハイブリダイズさせることにより、本発明の遺伝子をクローンとして取得することもできる。本発明の遺伝子は、化学合成法を利用して合成してもよい。
【0022】
また本発明の遺伝子は、天然源から得られた遺伝子又は合成した遺伝子を、部位特異的突然変異誘発法等の変異導入法を用いて改変することにより作製してもよい。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutan-K(TAKARA BIO INC.社製)やMutan-G(TAKARA BIO INC.社製))などを用いて、あるいは、TAKARA BIO INC.社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットなどを用いて変異の導入が行われうる。
【0023】
なお、得られたユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子のDNA断片については、塩基配列決定によりその配列を確認することが好ましい。塩基配列決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、ジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができるが、通常は自動塩基配列決定装置(例えばABI社製DNAシークエンサーPRISM377XL)を用いて行えばよい。
【0024】
2.組換えベクターの作製
上記のようにして単離される本発明の遺伝子は、続く操作のために、ベクター中にクローニングして組換えベクターを作製することが好ましい。
【0025】
本発明の組換えベクターは、適当なベクターに本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を連結(挿入)することにより得ることができる。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を挿入するためのベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。
【0026】
プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET22b(+)、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP、λZAPII等)が挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0027】
ベクターに本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクター DNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトにインフレームで挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0028】
本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を含む組換えベクターは、本発明の遺伝子が宿主内で良好な活性を有するタンパク質として発現されるように、組換え発現ベクターとして作製することも好ましい。この組換え発現ベクターを作製するために、様々な宿主生物に対応して各種が市販されている発現ベクターを用いることができる。発現ベクターには、通常、転写プロモーター、ターミネーター、リボソーム結合部位などの宿主生物における発現に必須な各種エレメントの他、ベクターが細胞内に保持されていることを示す選択マーカーやベクター内に簡単に正しい向きで遺伝子を挿入するためのポリリンカー、エンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)等の有用な配列が必要に応じて連結されている。選択マーカーとしては、例えばジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0029】
以上のようなベクターに、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を、適切に発現されるような位置及び向きで連結する。なお、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を大腸菌などの原核生物において発現させて活性型組換えタンパク質を得る目的では、そのシグナルペプチドをコードする配列を除去し、かつ開始コドンを5'末端に付加した塩基配列を有するDNA断片を調製して、それを発現ベクター中に挿入することが好ましい。
【0030】
本発明の遺伝子はまた、相同組換え法により宿主生物のゲノムに直接導入するためのターゲティングベクターの形態として作製してもよい。このために使用可能なベクターとしては、例えばCre-loxP等の公知のジーンターゲティング用ベクターが挙げられる。本明細書においては、本発明の遺伝子を組み込んだこれらのターゲティングベクターも、本発明の組換えベクターに包含されるものとする。
【0031】
3.形質転換体の作製及び該形質転換体を用いたユーカリ・モノテルペン合成酵素の製造
本発明では、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を導入した形質転換体(形質転換された細胞、カルス又は組織等)を作製し、それを培養することによりユーカリ・モノテルペン合成酵素を製造することができる。本発明は、このような形質転換体及び該形質転換体を用いたユーカリ・モノテルペン合成酵素の製造方法にも関する。
【0032】
形質転換には、大腸菌や枯草菌等の細菌、酵母細胞、昆虫細胞、動物細胞(例えば、哺乳動物細胞)、植物細胞等、いずれを使用してもよい。本発明においては、特に大腸菌(E. coli)を使用することが好ましい。
【0033】
形質転換には、一般的に行われている手法、例えば、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、パーテイクルガン法、PEG法等を適用することができる。形質転換体の選択は、常法に従って行うことができるが、通常は使用した組換えベクターに組み込まれた選択マーカー又はリポータータンパク質を利用して行う。
【0034】
本発明の形質転換体を培養する方法は、宿主生物の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。例えば、大腸菌や酵母細胞等の微生物を宿主として得られた形質転換体を培養する培地としては、宿主微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行える培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。培地には、必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を添加してもよい。
【0035】
プロモーターとして誘導性のものを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、Lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはイソプロピル-1-チオ-β-D-ガラクトシド(IPTG)等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはインドール酢酸(IAA)等を培地に添加してもよい。
【0036】
培養条件は特に限定されないが、好ましくは形質転換に用いる宿主生物に適した条件下で行われる。
【0037】
培養後、発現されたユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合にはその菌体又は細胞を破砕する。一方、そのタンパク質が菌体外又は細胞外に分泌される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体又は細胞を除去し、上清を得る。得られた液中に、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素が含まれる。本発明では、形質転換を行う代わりに、無細胞翻訳系を使用して本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素を生産してもよい。
【0038】
「無細胞翻訳系」とは、大腸菌等の宿主生物の細胞構造を機械的に破壊して得た懸濁液に、翻訳に必要なアミノ酸などの試薬を加え、試験管中などのin vitro転写翻訳系又はin vitro翻訳系を構成したものである。無細胞翻訳系としては、有利に使用可能なキットが市販されている。
【0039】
産生されたユーカリ・モノテルペン合成酵素は、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、上記培養物中(細胞破砕液、培養液、又はそれらの上清中)あるいは無細胞翻訳系の溶液中から単離精製することができる。しかしながら、場合により、遠心分離や限外濾過型フィルター等を用いて採取又は濃縮した培養上清や溶菌液上清、あるいはそれらの上清をさらに硫安分画後に透析にかけるなどして得た溶液を、粗酵素液として、例えばモノテルペン合成活性の確認試験などにそのまま使用してもよい。
【0040】
4.ユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質の活性とその確認試験
上記のようにして得られる本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質は、モノテルペン合成活性を有する。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質は、例えば、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。本発明のタンパク質は、さらに、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位〜582位を少なくとも含む、シグナルペプチドが除去されたアミノ酸配列からなるタンパク質であってよい。本発明のタンパク質は、特に、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の38位〜582位のアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよい。さらに本発明のタンパク質は、配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の38位〜582位を少なくとも含むアミノ酸配列(好ましくは38位〜582位の配列からなるアミノ酸配列)において、1若しくは複数個(好ましくは1〜40個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは数個(1〜5個))のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質であってよい。
【0041】
このような本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質は、モノテルペン合成活性として少なくとも1,8-シネオール合成活性を有する。すなわち本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質は、1,8-シネオール合成酵素でありうる。この本発明のタンパク質は、ミルセン合成活性をさらに有することが好ましい。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質はまた、1,8-シネオール合成活性及びミルセン合成活性以外のモノテルペン合成活性、例えばリモネン合成活性、α-ピネン合成活性、β-ピネン合成活性、α-テルピネン合成活性、テルピノレン合成活性、フェランドレン合成活性などを有していてもよい。本発明のタンパク質は、ゲラニル二リン酸を基質として用いて、1,8-シネオールやミルセンなどのモノテルペンを合成することができる。
【0042】
本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質のそのようなモノテルペン合成活性は、通常のモノテルペン合成反応系を用いて試験することができる。
【0043】
具体的な試験例としては、まず、ユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を組み込んだ発現ベクターを大腸菌に導入し、得られた形質転換細胞を培養しつつ(IPTGなどのインデューサーを用いて)導入遺伝子の発現を誘導してから、細胞を超音波処理などによって破砕して粗タンパク質溶液を調製し、その粗タンパク質溶液から3000g、20分の遠心分離によって可溶性画分を分離する。この可溶性画分にユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質が含まれるので、この可溶性画分を用いて、次に酵素活性測定を行う。もちろん、この可溶性画分からモノテルペン合成酵素タンパク質をさらに単離精製してから酵素活性測定に使用してもよい。
【0044】
酵素活性測定においては、ユーカリ・モノテルペン合成酵素を含むその可溶性画分溶液0.1〜5mlに、終濃度1〜50mMとなるようMgCl2を添加し、さらに基質として終濃度100〜20,000μMとなるゲラニル二リン酸(GPP)をこの反応系に添加する。30℃〜40℃程度でインキュベートした後、その反応物をヘキサンで抽出濃縮し、ガスクロマトグラフィーで分析する。既知の1,8-シネオール合成酵素は、ゲラニル二リン酸から1,8-シネオールへの変換を触媒する活性を有することが知られていることから、このガスクロマトグラフィー分析において反応生成物として1,8-シネオールが検出されることにより、組換え発現された本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質がゲラニル二リン酸から1,8-シネオールへの変換を触媒する活性を有することが示される。さらに、一般にモノテルペン合成酵素が触媒するゲラニル二リン酸の脱リン酸によって生成されるカルボカチオン中間体から生じうるミルセンが、反応生成物として検出されることにより、組換え発現されたユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質がミルセン合成活性をさらに有することが示される。また、モノテルペンはin vivoではいずれもゲラニル二リン酸から生成されることが知られているので、反応生成物としてさらに別のモノテルペンが検出されれば、組換え発現されたユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質が、その検出されたモノテルペンを合成する活性をも有することが示唆される。
【0045】
一方、コントロール実験の例としては、上記反応系においてゲラニル二リン酸(GPP)の代わりにジメチルアリル二リン酸(DMAPP)を添加し、同様に30℃〜40℃程度でインキュベートした後、その反応系のヘッドスペースの揮発性成分を固相マイクロ抽出用ファイバー等で抽出し、ガスクロマトグラフィーで分析する。既知のイソプレン合成酵素は、ジメチルアリル二リン酸からのイソプレンの生成を触媒する活性を有することが知られている。従って、このガスクロマトグラフィー分析において反応生成物としてイソプレンが検出されないことから、組換え発現されたユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質はジメチルアリル二リン酸からのイソプレン生成を触媒する活性を有しておらず、イソプレン合成酵素ではないことが示される。
【0046】
以上のようにして確認される通り、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質は、好ましくは反応系中のゲラニル二リン酸(GPP)を基質として、モノテルペンを生成することができる。本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質は、特に、1,8-シネオール及びミルセンを生成することができる。従って本発明は、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素タンパク質又はユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子から発現させたタンパク質を、基質としてのゲラニル二リン酸(GPP)と反応させることにより、モノテルペン(特に、1,8-シネオール及び/又はミルセン)を生成させて、それを反応物から分離することを特徴とするモノテルペンの製造法にも関する。生成されたモノテルペンの反応物からの分離は、モノテルペンに適用可能な慣用の抽出・精製法を用いて行えばよく、例えば有機溶媒にて分配の後ガスクロマトグラフィーを行う方法、あるいは固相法(Solid-phase micro extraction fiber)を使ったガスクロマトグラフィーへの直接導入法などを用いて行えばよい。モノテルペンの抽出、分離、精製などの詳細については、南川隆雄・吉田精一 著 「高等植物の二次代謝研究法」(学会出版センター)、中嶋暉躬編 新基礎生化学実験法 (2) ; 抽出・精製・分析 (丸善)などの一般的な教科書を参照されたい。
【0047】
また、本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子を含む組換え発現ベクターは、この方法に適したモノテルペン製造用ベクターとして特に好適に使用することもできる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例及び図面を参照して本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0049】
[実施例1] ユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子の取得
1.Total RNAの抽出
実生2年目のユーカリ・グローブルス(Eucalyptus globulus)の上位2〜4葉部位から日本の8月の高温、高光強度下で採取した新鮮重1.0gの緑葉を、乳鉢中で液体窒素を加えて粉砕した。Total RNAの抽出は基本的にSuzukiらの方法(BioTechniques, (2003) 34(5):988-990, 992-993)に従った。粉砕物を5mlの抽出バッファー(500mM イソアスコルビン酸ナトリウム、100mM Tris-HCl pH8.0、10mM EDTA、5%(v/v) 2-メルカプトエタノール、2%(v/v) SDS)に懸濁し、等量のクロロホルム-イソアミルアルコール(24:1)で3回抽出した。これにより得た上清液に1/2量の66.7%(w/v) グアニジウムチオシアネート、等量の水飽和フェノール、15%量の3M 酢酸ナトリウム pH5.2を加え、室温で3分放置した後、フェノールの1/2量のクロロホルム-イソアミルアルコール(24:1)を加え、混和した。次いでこれを氷中で15分放置した後、遠心分離(15000×g、15分、4℃)した。得られた上清液に1/3量の1.2M NaCl-0.8M クエン酸ナトリウム、2/3量のイソプロパノールを加え、混和し、室温で10分放置した後、遠心分離(15000×g、15分、4℃)した。得られた沈殿を、75%エタノールで2回洗浄後、風乾してからTris-EDTAバッファーに溶解した。
【0050】
2.cDNAライブラリーの作製
得られたTotal RNAから、OligotexTM-dT30<Super>mRNA purification kit (From Total RNA)(タカラバイオ)を用いてpoly(A)+RNAを取得した。次に、これを材料にしてcDNA Synthesis kit(Stratagene)を用いてcDNAライブラリーを作製した。まず、取得したpoly(A)+RNA 4μgをテンプレートとし、下記Oligo(dT)18アンカープライマーと逆転写酵素を用い、5-メチル-dCTPを使用して第一鎖cDNAを合成した。さらに第二鎖cDNA合成を行った後、その末端を平滑化し、それに下記EcoRIアダプターをライゲーションした。
【0051】
・Oligo(dT)18アンカープライマー:
5’-(GA)10ACTAGTCTCCGAG(t)18V-3’(配列番号5)
・EcoRIアダプター
5’-OH-AATTCGGCACGAGG-3’(配列番号6)
3’---GCCGTGCTCC p-5’(配列番号7)
【0052】
このEcoRIアダプターを連結したDNA断片について、末端をリン酸化処理してから制限酵素XhoIで切断し、スピンカラム(Clontech CHROMA SPIN TE-1000)を用いて低分子量DNAを除去した。続いてフェノール/クロロホルム精製及びエタノール沈殿後、λzapII(EcoRI-XhoI切断)ファージベクター(Stratagene)とライゲーションを行った。
【0053】
得られたλzapIIベクターについて、MaxPlaxTMLambda Packaging Extracts(EPICENTRE)を使用してIn vitroパッケージング反応を行った後、SM buffer 500μlを加え、さらに25μlのクロロホルム及び終濃度7%相当のDMSO(ジメチルスルホキシド)を加えて混和してから−80℃で保存した。
【0054】
以上のようにして作製したライブラリーについて、大腸菌XL1-Blue MRF'を宿主細胞として用いてプライマリーライブラリーサイズの検定を行ったところ、約3.1×106pfu/500μlであった。この溶液の一部を用い、XL1-Blue MRF'を宿主細胞として用いてライブラリーの増幅を行った。得られたライブラリーのウイルス力価は2.3×1011pfu/mlであった。
【0055】
3.cDNAライブラリーからのスクリーニング
上記2で増幅したcDNAライブラリー(3.3×106pfu 相当量)を用いて、京都大学生存圏研究所の矢崎教授より供与されたポプラ(Populus alba)のイソプレン合成酵素遺伝子(Kanako Sasaki, Kazuaki Ohara and Kazufumi Yazaki, "Gene expression and characterization of isoprene synthase from Populus alba." FEBS Letters 579 (2005) p.2514-2518)をプローブとして、スクリーニングを行った。まず、供与されたイソプレン合成酵素遺伝子を含むDNAクローンをテンプレートとして、各種テルペノイド合成酵素間でアミノ酸配列の相同性が高い部分に相当する623bpのDNAをPCRにより調製し、これをプローブとした。ハイブリダイゼーションと検出は、Gene Images AlkPhos Direct Labelling and Detection System(Amersham)を用いて行った。当初、ハイブリダイゼーションと洗浄を標準条件である55℃で行ったところ明確なシグナルを得られなかったが、温度を45℃に下げてストリンジェンシーを落とすことにより多数のポジティブクローンが得られた。ポジティブクローンをリフティングし、XL1-Blue MRF'及びExAssistヘルパーファージ(Stratagene)を用いてpBluescript SK-の切り出しを行い、大腸菌SOLRを宿主として培養してプラスミドクローンを調製した。得られたプラスミド18クローンについて、常法によりDNA配列決定を行った。さらに、決定した塩基配列からコードされるアミノ酸配列を推定し、そのアミノ酸配列について配列データベースにて相同性検索を行った。
【0056】
この結果、得られた18クローンのうち15クローンは、塩基配列がわずかに違う遺伝子1、遺伝子2の2種のいずれかを含むことが示された(遺伝子1: 7クローン、遺伝子2: 8クローン)。これら遺伝子1と遺伝子2の間では、全長で10塩基、アミノ酸配列レベルでは4残基が互いに相違していた。また相同性検索の結果からは、この2種の遺伝子はいずれも推定アミノ酸配列においてテルペノイド合成系遺伝子との相同性が高いことが示された。特に、ティートリー(Melaleuca alternifolia)のモノテルペン合成酵素遺伝子との間で遺伝子1は81.7%、遺伝子2は81.9%という高い相同性が示された。さらにこの2種の遺伝子は、次いでポプラ(Populus alba)のイソプレン合成酵素遺伝子との間で共に53.1%、次にクズ(Pueraria lobata)のイソプレン合成酵素遺伝子との間で共に48.7%の相同性を示した。また得られた2種の遺伝子における推定アミノ酸配列と既知のテルペノイド合成系遺伝子にコードされるアミノ酸配列とのアラインメントをとると、テルペノイド合成系遺伝子の保存領域がアミノ酸配列レベルでよく保持されていることが確認された。
【0057】
以上の結果から、単離された遺伝子1及び2はテルペノイド合成系遺伝子であることが示唆された。そこで、単離された遺伝子1及び2をモノテルペン合成酵素遺伝子と推定し、遺伝子1をユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子1、遺伝子2をユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子2と名付けた。上記相同性検索によって示された既知遺伝子との相同性は、図1に示した。
【0058】
しかしながら、それらユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子1及び2と唯一高い相同性が示されたティートリーのモノテルペン合成酵素遺伝子についてはその具体的な機能は解明されておらず、またそれ以外では特に高い相同性を示したテルペノイド合成系遺伝子も見出されなかったため、単離された2種の遺伝子にコードされるタンパク質が具体的にどのようなテルペン合成能を有するかについては予測できなかった。
【0059】
なお上記で得られた18クローンのうち残りの3クローンについては、その推定アミノ酸配列がヒートショックタンパク質との間で高い相同性を示したが、既知のテルペノイド合成系遺伝子にコードされたアミノ酸配列との間では低い相同性しか示さなかったことから、疑陽性クローンと考えられた。
【0060】
[実施例2] 発現ベクターの作製と、その発現に基づく定性解析
実施例1において単離した2種の遺伝子を、常法により発現ベクターpET22b(+)(Novagen)中に組み込んだ。具体的には、まず遺伝子1及び遺伝子2をそれぞれ含有する上記クローンをテンプレートとして、タグ付きプライマー(フォワードプライマー: 5'-CAACCATATGCGACGATCGGCCAATTATCAGCC-3'[配列番号8;5'末端側から、CAAC:余分のタグ配列、CATATG:NdeI部位、CGACGATCGGCCAATTATCAGCC:配列番号2及び4の38位〜44位に対応]、リバースプライマー: 5'-CGGGAAGCTTTTTATGCCGCAGGAGAAATAGG-3'[配列番号9;5'末端側から、CGGG:余分のタグ配列、AAGCTT:HindIII部位、T:フレーム外しのために挿入した1塩基、TTA:終止コドン、TGCCGCAGGAGAAATAGG:配列番号2及び4の577位〜582位に対応])を用いたPCRにより、翻訳タンパク質のシグナル配列を除いた成熟タンパク質部分(配列番号2及び4の38位〜582位のアミノ酸配列)に相当するコード領域(配列番号1及び3の塩基配列上の112位〜1746位)を含み、その5'末端に開始コドンATG(NdeI部位中)を、3'末端に終止コドンを有するDNA増幅断片を取得した。PCRには、DNAポリメラーゼとしてKOD-Plus-(東洋紡)を使用した。反応液はKOD-Plus-のマニュアルに従って、0.2mM dNTPs, 1mM MgSO4, プライマー各0.3μM, 鋳型DNA 200ngを含むよう調製し、添付のバッファーを使用して全量50μlとした。PCR増幅は、最初に94℃にて2分加熱後、94℃で30秒、58℃で30秒、68℃で2分を30サイクル行った。得られた増幅断片をNdeI及びHindIIIで切断し、同じくNdeI及びHindIIIで切断したpET22b(+)ベクター中にインフレームになるようライゲーションして、発現ベクターを作製した。得られたそれぞれの発現ベクターを発現用大腸菌origami B (DE3)(Novagen)に導入し、10μMのイソプロピル-β-D-チオガラクトシド(IPTG)を培地に添加して、37℃にて5時間かけてインキュベートすることにより組換えタンパク質の発現を誘導した。コントロールサンプルとしては、空のpET22b(+)ベクターを用いた。
【0061】
次いで、発現誘導した大腸菌を抽出バッファー(50 mM Tris-HCl、pH 7.5、50 mM NaCl、1 mM EDTA、1 mM DTT)に懸濁し、超音波破砕により粗タンパク質溶液を調製した。粗タンパク質溶液の上清(粗タンパク質の可溶性画分)を採取し、これを用いて酵素活性測定を行った。終濃度20 mMのMgCl2存在下で、基質として終濃度10 mMとなるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)又は終濃度400μMとなるゲラニルニリン酸(GPP)を加えて、温度30℃(モノテルペン合成酵素の反応に好適な温度)又は40℃(イソプレン合成酵素の反応に好適な温度)で反応させた。反応後、反応生成物をガスクロマトグラフィー(Shimadzu)で検出した。DMAPPを基質とした場合には、反応系のヘッドスペースの揮発性成分を固相マイクロ抽出用ファイバー(SPELCO)を用いて抽出し、ガスクロマトグラフィー(温度プログラム:初期温度40℃ [5分保持]、その後30℃/分にて昇温)に直接導入して分析した。一方、GPPを基質とした場合には、反応系をヘキサンで抽出濃縮し、ガスクロマトグラフィー(温度プログラム:初期温度60℃ [10分保持]、その後8℃/分にて昇温)に導入し分析した。
【0062】
ガスクロマトグラフィーの結果に示される通り、GPPを基質とした場合、遺伝子1又は2を含む発現ベクターで形質転換し発現誘導した大腸菌培養物に由来するサンプルのみに、3本のピーク(保持時間:17.2分、18.7分、19.0分)が検出された(図2)。このうち17.2分及び18.7分の保持時間は、それぞれ、ミルセンの標品(和光純薬工業 #321-52932)、1,8-シネオールの標品(和光純薬工業 #051-03972))の保持時間と完全に一致した。19.0分の保持時間は使用した標品のいずれの保持時間とも一致しなかったため、このピークに対応する生成物は未同定である。但しこの保持時間19.0分のピークもモノテルペンの溶出される領域内にあり、しかもGPPを基質として生成されたことから、保持時間19.0分の生成物もモノテルペン化合物の1つであることは明らかであった。一方、DMAPPを基質とした場合には、いずれのサンプルにおいても反応生成物を検出することはできず、イソプレンに対応するピークも検出されなかった。なお、ユーカリ由来の上記遺伝子1又は2を導入して発現させた大腸菌培養物に由来する両サンプルについて、反応温度が30℃であるか40℃であるかにかかわらず、同じ結果が得られた。
【0063】
GPPを含む反応液においてミルセン及び1,8-シネオールが生成されたことから、上記遺伝子1、2の発現産物は、いずれも、GPPを基質としたミルセン及び1,8-シネオールの生成を触媒する活性を有することが示された。一方、DMAPPを基質とした反応生成物が得られなかったことから、上記遺伝子1、2の発現産物は、いずれも、DMAPPからの反応生成物、特にイソプレンの生成を触媒する活性を有していないことが示された。
【0064】
以上の結果から、実施例1で単離した2種の遺伝子は、いずれも1,8-シネオール及びミルセンを始めとするモノテルペンの合成活性を有する酵素をコードした遺伝子であることが明らかになった。
【0065】
なお、上記クロマトグラフィーの結果に基づき、FID検出によって、各反応生成物のピーク面積を以下の通り算出した。
・保持時間17.2分(ミルセン)のピーク面積:2028
・保持時間18.7分(1,8-シネオール)のピーク面積:8936
・保持時間19.0分(未同定化合物)のピーク面積:11756
【0066】
このデータから、FID検出に基づく一応の生成比率を、ミルセン:1,8-シネオール:未同定化合物 = 8.93% : 39.33% : 51.74% と算出することができた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明のユーカリ・モノテルペン合成酵素及びそれをコードする遺伝子は、1,8-シネオール及びミルセンを始めとするモノテルペンのin vitro合成に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1は、ユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子と、既知テルペノイド合成酵素遺伝子との間の相同性(%)を示す図である。
【図2】図2は、2種のユーカリ・モノテルペン合成酵素遺伝子から組換え発現されたタンパク質をGPPと反応させて得られた反応生成物のガスクロマトグラフィー解析の結果を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0069】
配列番号5、8及び9の配列は、プライマーである。
配列番号6及び7の配列は、アダプターを形成するオリゴヌクレオチドである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)のいずれか1つであるモノテルペン合成酵素タンパク質。
(a) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列からなるタンパク質
(c) 配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質
【請求項2】
モノテルペン合成活性として1,8-シネオール合成活性を有する、請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
ミルセン合成活性をさらに有する、請求項2に記載のタンパク質。
【請求項4】
以下の(a)〜(f)のいずれか1つであるモノテルペン合成酵素遺伝子。
(a) 配列番号1又は3に示される塩基配列からなる遺伝子
(b) 配列番号1又は3に示される塩基配列上の少なくとも112位〜1746位を含む塩基配列からなる遺伝子
(c) 配列番号1若しくは3に示される塩基配列又はその塩基配列上の少なくとも112位〜1746位を含む塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子
(e) 配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列をコードする遺伝子
(f) 配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列又はそのアミノ酸配列上の少なくとも38位〜582位を含むアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、モノテルペン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項5】
モノテルペン合成活性として1,8-シネオール合成活性を有するタンパク質をコードする、請求項4に記載の遺伝子。
【請求項6】
前記タンパク質がミルセン合成活性をさらに有する、請求項5に記載の遺伝子。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか1項に記載の遺伝子を含む組換えベクター。
【請求項8】
請求項7記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換体を培養し、得られる培養物から産生タンパク質を採取することを特徴とする、モノテルペン合成酵素の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のタンパク質をゲラニル二リン酸と反応させて、その反応物からモノテルペンを分離することを特徴とするモノテルペンの製造方法。
【請求項11】
モノテルペンが1,8-シネオール及び/又はミルセンである、請求項10に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−43959(P2007−43959A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−232143(P2005−232143)
【出願日】平成17年8月10日(2005.8.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】