説明

ラクトフェリンの催炎性フラグメントの測定方法

【課題】ラクトフェリンの催炎性フラグメントの特異的な測定を簡便に短時間で実現し得る方法論を提供すること。
【解決手段】ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体(例、ヒト唾液、ウシ乳汁)中の催炎性フラグメントを特異的に測定することを含む、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量方法;上記第1の抗体を含有する第1の試薬および上記第2の抗体を含有する第2の試薬を含む、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量用キット;上記第1の抗体および上記第2の抗体が固定された支持体など。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの測定方法、ならびに当該方法を行うためのキットおよび支持体などに関する。
【背景技術】
【0002】
ラクトフェリンは、多機能性の糖タンパク質であり、生体に有益な種々の作用(例、抗ウイルス作用、抗腫瘍作用、抗菌作用、リンパ球の活性化作用、鉄結合性)を有することが知られている。また、炎症性疾患に罹患したヒトおよび動物の体液(例、乳汁、唾液、涙、尿、血液)、糞便中で、ラクトフェリンの量が増加することが報告されている。
【0003】
ラクトフェリンは、内因性プロテアーゼ(例、エラスターゼ、プロテイナーゼIII)、外因性プロテアーゼ(例、細菌から産生されるプロテアーゼ)により切断され、種々のフラグメントを生じる。このようなフラグメントの代表例としては、N末端領域由来のフラグメントであり、かつ抗ウイルス作用、抗腫瘍作用等の作用を有するラクトフェリシンが知られている。
【0004】
特許文献1には、ラクトフェリンの他のフラグメントとして、コンカナバリンA(Con A)に対して低い親和性を有する催炎性フラグメントが存在すること、および催炎性フラグメントが、以下1)〜4)の特徴などを有することが記載されている:
1)エラスターゼ等のプロテアーゼによる、ラクトフェリンの切断により生じること;
2)Phe−Lys−Asp(以下、「FKD」と省略)のアミノ酸配列を少なくとも含む、催炎性を有する部分ペプチドであること;
3)炎症性疾患(例、歯周病、乳房炎)に罹患したヒトおよび動物の体液(例、唾液、乳汁)中で量が増加し、かつ炎症を増悪させること;
4)催炎性の一因としては、サイトカイン・ケモカイン(例、IL−6、IL−8、MCP−1)の産生誘導能、および細胞内転写因子のNFκBp65の発現増強能が考えられること。
特許文献2には、催炎性フラグメントが乳房炎に罹患しているウシの乳汁中で増加し、炎症を増悪させ得ること、およびウシ乳汁中の催炎性フラグメントの測定によりウシ乳房炎を診断し得ることが記載されている。
特許文献3には、催炎性フラグメントが歯周病患者の唾液中で増加し、炎症を増悪させ得ること、および唾液中の催炎性フラグメントの測定により歯周病を診断し得ることが記載されている。
非特許文献1には、Con Aに対して低い親和性を有する、ラクトフェリンのフラグメントが、乾乳期のウシ乳房炎の指標となり得ることが記載されている。
非特許文献2には、上記特許文献1と同様の事項が記載されている。
非特許文献3には、催炎性フラグメントが乳房炎に罹患しているウシの乳汁中で増加し、炎症を増悪させ得ることが記載されている。
非特許文献4には、催炎性フラグメントが歯周病患者の唾液中で増加し、炎症を増悪させ得ることが記載されている。
【0005】
ここで、催炎性フラグメントの測定方法としては、ラクトフェリンおよびそのフラグメントに親和性を有するCon Aを利用する方法(特許文献1〜3、非特許文献1〜4)、ならびに催炎性フラグメントに対する1種の抗体を利用するELISA(特許文献3)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2005/049650号公報
【特許文献2】特許第3629478号公報
【特許文献3】特許第4029988号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】小峯ら、ザ ジャーナル オブ ヴェテリナリー メディカル サイエンス(The Journal of veterinary medical science)、2006年、68巻、1号、59〜63頁
【非特許文献2】小峯ら、ザ ジャーナル オブ ヴェテリナリー メディカル サイエンス(The Journal of veterinary medical science)、2006年、68巻、7号、715〜723頁
【非特許文献3】小峯ら、ザ ジャーナル オブ ヴェテリナリー メディカル サイエンス(The Journal of veterinary medical science)、2005年、67巻、7号、667−677頁
【非特許文献4】小峯ら、モレキュラー イムノロジー(Molecular Immunology)、2007年、44巻、7号、1498−508頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、Con Aを利用する上述の方法では、催炎性フラグメントの特異的な測定は依然として容易でない。なぜなら、Con Aを利用する方法を用いる場合、ラクトフェリンおよびそのフラグメントを含む混合物中の催炎性フラグメントを特異的に測定するためには、煩雑な測定操作を要する二次元免疫電気泳動と組み合わせて用いる必要があるためである。また、二次元免疫電気泳動の併用により、その測定に多くの時間(通常、十時間以上)を費やすという問題がある。
他方、上述のELISAでは、催炎性フラグメントの特異的な測定は困難である。なぜなら、催炎性フラグメントはラクトフェリンのフラグメントであるため、1種の抗体を利用するELISAでは、抗体の交差反応性に起因して、催炎性フラグメントのみならず、ラクトフェリン自体、およびラクトフェリンの他のフラグメントもまた測定され得るためである。
【0009】
本発明の目的は、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの特異的な測定を簡便に短時間で実現し得る方法論を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討した結果、催炎性フラグメントの測定では、催炎性フラグメントの特異的な測定を妨げ得る挟雑物(ラクトフェリン、および催炎性フラグメント以外のフラグメント)の双方を除去すればよいことを着想した。本発明者らは、かかる着想に基づき、抗体による催炎性フラグメントの特異的な測定を妨げ得る、ラクトフェリン中の催炎性を有しないN末端領域を特定することに成功した。また、N末端領域の特定に基づき作製された、N末端領域に対する第1の抗体、および催炎性フラグメントに対する第2の抗体を用いて、検体中の催炎性フラグメントの特異的な測定を簡便に短時間で行うことに成功し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである:
〔1〕ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体中の該催炎性フラグメントを特異的に測定することを含む、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量方法;
〔2〕該第1の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体からラクトフェリンおよび/またはラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントを除去した後に、該第2の抗体を用いて、該検体中の催炎性フラグメントを測定する、上記〔1〕の方法;
〔3〕ラクトフェリン混合物含有検体が、ヒト唾液またはウシ乳汁である、上記〔1〕または〔2〕の方法;
〔4〕同一の支持体上に固定された第1の抗体および第2の抗体を用いるイムノクロマトグラフィーにより行う、上記〔1〕〜〔3〕のいずれかの方法;
〔5〕ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体を含有する第1の試薬、およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を含有する第2の試薬を含む、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量用キット;
〔6〕ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体が固定された支持体;
〔7〕ラクトフェリンの催炎性フラグメントを特異的に含有する検体の製造方法であって、ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体からラクトフェリンおよび/またはそのN末端領域由来のフラグメントを除去して、ラクトフェリンの催炎性フラグメントを特異的に含有する検体を得ることを含む、方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法は、炎症性疾患(例、歯周病、乳房炎)の診断指標となり得る、ラクトフェリンの催炎性フラグメントを、特異的かつ簡便に短時間で測定し得るという効果を奏する。例えば、本発明の方法は、催炎性フラグメントに対する1種の抗体を利用するELISAに比し、より特異的に催炎性フラグメントを測定できるという利点を有する。本発明の方法はまた、Con Aを利用する二次元免疫電気泳動方法に比し、より容易に催炎性フラグメントを特異的に測定し得るのみならず、より簡便な操作により短時間で行うことができるという利点を有する。
本発明のキットおよび支持体は、本発明の方法の簡便な実施に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、唾液検体中の正常ラクトフェリン(完全長の成熟ラクトフェリン)および唾液由来コンカナバリンA低親和性画分(ラクトフェリンのフラグメント)について、SDS−PAGE像の比較を示す図である。
【図2−1】図2−1は、催炎性フラグメントに対する抗体を用いたサンドイッチELISAにより測定された、ヒト唾液中の催炎性フラグメント濃度を示す図である。唾液(未処理):本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体で処理されていないため、ラクトフェリシンおよびそのN末端領域由来のフラグメントが除去されていない検体。唾液(処理後):本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体で処理されることにより、ラクトフェリシンおよびそのN末端領域由来のフラグメントが除去されている検体。正常:歯周病に罹患していないヒト由来の唾液軽度、中等度、重度:歯周病に罹患したヒト由来の唾液。症状の程度に応じて分類した。
【図2−2】図2−2は、催炎性フラグメントに対する抗体を用いたサンドイッチELISAにより測定された、ウシ乳汁中の催炎性フラグメント濃度を示す図である。乳汁(未処理):本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体で処理されていないため、ラクトフェリシンおよびそのN末端領域由来のフラグメントが除去されていない検体。乳汁(処理後):本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体で処理されることにより、ラクトフェリシンおよびそのN末端領域由来のフラグメントが除去されている検体。健康:乳房炎に罹患していないウシ由来の乳汁慢性乳房炎、急性乳房炎:乳房炎に罹患したウシ由来の乳汁。症状に応じて分類した。
【図3】図3は、ラクトフェリシンまたは本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体が結合しているアフィニティーカラムにより処理されていない唾液検体(未処理)、ならびに本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体が結合しているアフィニティーカラムにより処理された唾液検体(抗部分ペプチド)、およびラクトフェリシンに対するモノクローナル抗体が結合しているアフィニティーカラムにより処理された唾液検体(抗ラクトフェリシン)について、SDS−PAGE像の比較を示す図である。太字の矢印は、本発明者らが作製した抗体が結合しているアフィニティーカラムにより処理された検体において特異的に確認されたバンドを示す。細字の矢印は、本発明者らが作製した抗体が結合しているアフィニティーカラムにより処理された検体では確認されず、ラクトフェリシンに対する抗体が結合しているアフィニティーカラムにより処理された検体において確認されたバンドを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量方法を提供する。
【0015】
ラクトフェリンの催炎性フラグメントとは、上述した1)〜4)の特徴を有し得る、ラクトフェリンの部分ペプチドである。なお、ヒトのラクトフェリンでは2つのFKD部位(配列番号1で表されるアミノ酸配列において、243〜245番目のアミノ酸残基、および301〜303番目のアミノ酸残基に対応)、ウシのラクトフェリンでは1つのFKD部位(配列番号2で表されるアミノ酸配列において、300〜302番目のアミノ酸残基に対応)が存在する。したがって、ラクトフェリンの催炎性フラグメントは、プロテアーゼによるラクトフェリンの分解により生じ、かつ催炎性のFKD部位を含む、ラクトフェリンの部分ペプチドであり得る。
本明細書中、必要に応じて、ラクトフェリンの催炎性フラグメントを「催炎性フラグメント」と省略する。
【0016】
ところで、ラクトフェリン自体もFKD部位を有するが、通常、催炎性を発揮し得ない。これは、タンパク質分子のフォールディングに起因して、FKD部位が分子内部中に隠れており、分子表面上に露出していないためである。一方、ラクトフェリンがプロテアーゼにより分解されるとFKD部位が露出するので、プロテアーゼによるラクトフェリンの分解により生じ得るフラグメントは、催炎性を発揮し得る(小峯ら、J.Vet.Med.Sci.,2006,68(7),715−723;小峯ら、Mol.Immunol.,2007,44(7),1498−508を参照)
【0017】
本発明の方法は、ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体中の催炎性フラグメントを特異的に測定することを含む。
【0018】
ラクトフェリン混合物含有検体は、ラクトフェリンおよびプロテアーゼ(例、エラスターゼ、プロテイナーゼIII)によるラクトフェリンの分解物を含有するものであり得る。分解物としては、例えば、測定対象である催炎性フラグメント、測定対象ではない他のフラグメント(例、ラクトフェリシン)が挙げられる。ラクトフェリン混合物含有検体は、例えば、哺乳動物由来の検体であり得る。哺乳動物としては、例えば、ヒト、ウシ、イヌ、サル、ヒツジ、ヤギ、バッファロー、ラクダ、ウマ、ヤクが挙げられる。ラクトフェリン混合物含有検体はまた、炎症性疾患に罹患した哺乳動物由来の検体であり得る。炎症性疾患としては、例えば、歯周病、乳房炎、乳腺炎、ドライマウス、シェーグレン症候群、ドライアイ、結膜炎、膀胱炎、尿路感染症、肺炎が挙げられる。ラクトフェリン混合物含有検体はさらに、哺乳動物由来の任意の試料に由来するものであり得る。試料としては、例えば、唾液、乳汁、血液、涙、尿のほか、各種粘膜由来粘液が挙げられる。
【0019】
ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体は、ラクトフェリン、およびプロテアーゼによるラクトフェリンの分解により生じ得る、ラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントを除去するために用いられ得る。本明細書中で用いられる場合、「ラクトフェリンのN末端領域」とは、分泌シグナル部分が切断された成熟ラクトフェリンのN末端のアミノ酸残基から、FKD部位(ヒトのように複数のFKD部位が存在する場合には、N末端側のFKD部位)よりもN末端側に存在するプロテアーゼ切断部位のアミノ酸残基までの領域をいう。本発明者らは、プロテアーゼによるラクトフェリンの分解により生じるフラグメントのアミノ酸配列の解析により、プロテアーゼが、ラクトフェリンを、配列番号1または配列番号2で表されるアミノ酸配列における235番目と236番目のアミノ酸残基との間で切断し得ることを確認している(後述の参考例2を参照)。したがって、「ラクトフェリンのN末端領域」は、ヒトまたはウシについては、配列番号1または配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1番目から235番目までのアミノ酸残基からなるポリペプチドに対応する領域であり得る。第1の抗体としては、1種の抗体のみ用いてもよいし、2種以上の抗体を併用してもよい。第1の抗体は、N末端領域全体のポリペプチド又はその部分ペプチドを抗原として用いることにより作製することができる。
【0020】
ラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体は、催炎性フラグメントを測定するために用いられ得る。第2の抗体は、ラクトフェリンの催炎性フラグメントまたはFKD部位を含むその部分ペプチドを抗原として用いることにより作製することができる。なお、ヒトラクトフェリンにおけるN末端側のFKD部位は、動物種間で高度に保存されているが、C末端側のFKD部位は保存性が低いため、動物種によっては、C末端側のFKD部位を有していない場合も多い。また、ラクトフェリンのアミノ酸配列は、動物種間で相同性が高いので、ヒトラクトフェリンに対する抗体は、交差反応性に起因して、ヒトラクトフェリンのみならず、動物ラクトフェリンにも結合し得る。したがって、ヒト由来の検体のみならず、動物由来の検体をも測定対象にするという観点からは、ヒトラクトフェリンにおけるN末端側のFKD部位を含む部分ペプチドを抗原として用いることにより作製された抗体もまた、好ましい。
【0021】
第1および第2の抗体は、ポリクローナル抗体、またはモノクローナル抗体のいずれでもよい。また、第1および第2の抗体は、抗体のフラグメント(例、Fab、F(ab’))、または組換え抗体(例、単鎖抗体)であってもよい。これらの抗体は、当該分野で自体公知の方法により作製することができる。例えば、ポリクローナル抗体は、上記の部分ペプチドを適切なアジュバントと混合して、ウサギ、モルモット、ヤギ等の動物に、非経口的に投与(免疫)し、血清を採取し、処理することによって作製することができる。また、モノクローナル抗体は、上記のように免疫された動物の脾臓細胞を採取し、ミルシュタインらの方法によって、ミエローマ細胞との細胞融合、抗体産生細胞スクリーニング、およびクローニングを行い、抗体を産生する細胞株を樹立し、これを培養することにより作製することができる。
【0022】
ラクトフェリン混合物含有検体中の催炎性フラグメントの特異的な測定は、第1の抗体および第2の抗体を用いることにより達成され得る。本発明の方法は、第1の抗体および第2の抗体の抗原認識能の相違を利用して、催炎性フラグメントを特異的に測定し得るものである限り特に限定されない。
【0023】
一実施形態では、本発明の方法は、以下a)およびb)を含み得る:
a)ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体を用いる、ラクトフェリン混合物含有検体の処理;
b)ラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を用いる、a)で得られた検体中の催炎性フラグメントの測定。
【0024】
上記a)において、ラクトフェリン混合物含有検体の処理は、抗原抗体反応を利用して、ラクトフェリンおよび/またはそのN末端領域由来のフラグメントを除去し得る操作である限り特に限定されず、当該分野で自体公知の方法により行われ得る。例えば、処理は、イムノクロマトグラフィーでは、抗体が固定された支持体上で行われ得る。処理はまた、抗体が樹脂に結合しているアフィニティーカラムを用いて行われ得る。アフィニティーカラムは、スピンカラムとして用いてもよい。本発明はまた、本処理により得られ得る、ラクトフェリンの催炎性フラグメントを特異的に含む検体を提供する。ラクトフェリンの催炎性フラグメントを「特異的に」含む検体とは、第1の抗体により、ラクトフェリン混合物含有検体から、ラクトフェリンおよび/またはラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントが除去された検体を意味する。
【0025】
上記b)において、催炎性フラグメントの測定は、抗原抗体反応を利用して行われるものである限り特に限定されず、例えば、イムノクロマトグラフィー、EIA、ELISA(例、サンドイッチ法、競合法)、免疫比濁法および免疫比朧法(ネフェロメトリー法)が挙げられる。
【0026】
上述した処理および測定は、連続して行われてもよく、また、別々の操作として行われてもよい。
【0027】
処理および測定が連続して行われる例としては、イムノクロマトグラフィーが挙げられる。具体的には、イムノクロマトグラフィーでは、支持体が用いられるが、支持体は、サンプルパッド、標識抗体を含むコンジュゲートパッド、第1の抗体が固定された除去ライン、第2の抗体が固定された判定ライン、および標識抗体に対する抗体(抗イムノグロブリン抗体)が固定されたコントロールラインを備え得る。イムノクロマトグラフィーにおいて、このような支持体が用いられる場合、先ず、サンプルパッド上に検体が滴下されると、検体が支持体上を移動し、コンジュゲートパッド上で、検体と、標識抗体とが混合される。次いで、除去ライン上で、混合された検体からラクトフェリンおよびそのN末端領域由来のフラグメントが除去された後、判定ライン上で、検体中の催炎性フラグメントが測定される。すなわち、サンプルパッド上への検体の滴下により、上述した処理および測定が連続して行われ得る。なお、イムノクロマトグラフィーでは、判定ラインと除去ラインとの色調の差により、催炎性フラグメントの含有率を判定することも可能である。
【0028】
処理および測定が別々の操作として行われる例としては、第1の抗体を利用するアフィニティークロマトグラフィー、および第2の抗体を利用するELISAを併用する方法が挙げられる。
【0029】
本発明はまた、催炎性フラグメントの検出または定量用キットを提供する。
【0030】
本発明のキットは、第1の抗体を含有する第1の試薬、および第2の抗体を含有する第2の試薬を含む。第1の抗体および第2の抗体はそれぞれ、支持体上に固定された様式において、または支持体上に固定されていない様式(例、溶液中)において提供され得る。支持体としては、例えば、樹脂、樹脂を含むカラム、メンブレン、基板(例、プレート)が挙げられる。第1の抗体および第2の抗体はまた、同一の支持体(例、イムノクロマトグラフィー用支持体)上に固定された様式において、または異なる支持体上に固定された様式(例、第1の抗体が固定された樹脂を含むアフィニティーカラム、および第2の抗体が固定されたELISA用プレートの組合せ)において提供され得る。
【0031】
本発明のキットは、第1の試薬および第2の試薬に加えて、他の構成要素を含んでいてもよい。このような構成要素としては、例えば、二次抗体、二次抗体の標識物質(例、西洋ワサビペルオキシダーゼ)、標識物質の基質(例、オルソフェニレンジアミン)等の物質をそれぞれ含有する1以上の試薬、ならびに上述の支持体が挙げられる。
【0032】
本発明はまた、催炎性フラグメントの検出または定量用(例、イムノクロマトグラフィー用)の支持体を提供する。
【0033】
本発明の支持体は、支持体上の別々の領域に固定された第1の抗体および第2の抗体を含む。具体的には、本発明の支持体は、第1の抗体が固定された除去ライン、第2の抗体が固定された判定ラインを備える。支持体上では、除去ラインは、判定ラインよりも、サンプルパッド側に配置され得る。
【0034】
本発明の支持体は、除去ラインおよび判定ラインに加えて、検体が滴下されるサンプルパッド、標識抗体を含むコンジュゲートパッドおよび標識抗体に対する抗体(抗イムノグロブリン抗体)が固定されたコントロールラインを備えていてもよい。具体的には、各パッドおよび各ラインは、サンプルパッド、コンジュゲートパッド、除去ライン、判定ラインおよびコントロールラインの順番に支持体上に配置され得る。
【0035】
コンジュゲートパッド上の標識抗体は、標識物質に結合している催炎性フラグメントを測定するために用いられる第2の抗体であり得る。標識物質としては、例えば、金コロイド、ラテックス、西洋ワサビペルオキダーゼ、アルカリホスファターゼが挙げられる。
【0036】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明する。なお、本実施例により本発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0037】
参考例1:生体由来検体中のラクトフェリンおよびそのフラグメントの存在の確認
催炎性フラグメントの測定方法としては、催炎性フラグメントに対する1種の抗体を利用するELISAが報告されている(特許第4029988号公報を参照)。しかし、検体が催炎性フラグメント以外にもラクトフェリンの種々のフラグメントを含む場合、1種の抗体を利用するELISAでは、催炎性フラグメントを正確に検出できないと考えられる。そこで、本方法により催炎性フラグメントを正確に測定できるか検証するため、歯周病患者由来の唾液検体が、催炎性フラグメント以外のフラグメントを含むか否かを測定した。本確認は、コンカナバリンAを利用する方法(例、特許第3629478号公報;小峯ら、J.Vet.Med.Sci.,2005,67(7),667−677を参照)を用いて行った。
【0038】
その結果、ラクトフェリン由来の多くのフラグメントが、歯周病患者由来の唾液検体中に含まれていた(図1)。このような一群のフラグメントは、催炎性フラグメント以外にも、ラクトフェリンのフラグメントを含んでいると考えられる。
以上より、催炎性フラグメントに対する1種の抗体を利用する免疫学的方法では、検体中の催炎性フラグメントを正確に測定し得ないことが確認された。
【0039】
参考例2:ラクトフェリンのN末端領域中のプロテアーゼ切断部位の同定
次いで、ヒト唾液由来の検体中に存在するラクトフェリンのフラグメントのアミノ酸配列を解析した。具体的には、ラクトフェリンのフラグメントのN末端アミノ酸配列をアミノ酸シークエンサーにより15残基解析し、フラグメントの分子量と各アミノ酸の分子量とでフラグメント全体のアミノ酸を同定した。
【0040】
その結果、配列番号1により表されるアミノ酸配列において236番目のアミノ酸残基をN末端残基とする催炎性フラグメントの存在が確認された。このことは、プロテアーゼ切断部位が、ヒトラクトフェリン中のN末端側のFKD部位の近傍(配列番号1で表されるアミノ酸配列における235番目と236番目のアミノ酸残基との間)に存在することを示す。
以上より、配列番号1で表されるアミノ酸配列において1〜235番目のアミノ酸残基からなるポリペプチドに対応する領域(N末端領域)を標的とする抗体を用いて検体を事前に処理することにより、催炎性フラグメントをより特異的に測定し得ることが示唆された。
【0041】
実施例1:ラクトフェリンのN末端領域に対する抗体を用いた、ラクトフェリンの除去効率の検討
ヒトラクトフェリンの催炎性フラグメントの合成ペプチド(CGQKDLLFKDSAI:配列番号3)を、ヒトラクトフェリン(全長)と等量混合して、ヒトラクトフェリンの催炎性フラグメントおよびヒトラクトフェリンを含有する混合物を得た。次いで、第1の抗体を用いた、その混合物からのヒトラクトフェリンの除去効率を、イムノクロマトグラフィーにより検討した。
第1の抗体としては、ラクトフェリンのN末端領域に対する抗体(ラクトフェリンの除去抗体)として、ラクトフェリシンに対するモノクローナル抗体(配列番号1により表されるアミノ酸配列において1〜49番目のアミノ酸残基に対応する、ラクトフェリンの部分ペプチドに対するモノクローナル抗体:小峯ら、J.Vet.Med.Sci.1996,58,1227−1229参照)、および本発明者らが作製した部分ペプチド(配列番号1により表されるアミノ酸配列において27〜232番目のアミノ酸残基に対応する、ラクトフェリンの部分ペプチド)に対するモノクローナル抗体を、比較検討のために用いた。
イムノクロマトグラフィー用支持体としては、サンプルパッド側から順番に、第1の抗体が固定された除去ライン、および催炎性フラグメントに対するモノクローナル抗体(第2の抗体)が固定された判定ラインを備える支持体を用いた。
【0042】
その結果、第1の抗体として、ラクトフェリシンに対するモノクローナル抗体を用いた場合、支持体上の除去ラインおよび判定ラインにより、ヒトラクトフェリンおよび催炎性フラグメントの合成ペプチドがそれぞれ特異的に検出された。また、第1の抗体として、本発明者らが作製した部分ペプチドに対するモノクローナル抗体を用いた場合、支持体上の除去ラインおよび判定ラインにより、ヒトラクトフェリンおよび催炎性フラグメントの合成ペプチドがそれぞれ特異的に検出された。本方法は、ラクトフェリンおよび催炎性フラグメントを含有する混合物中の催炎性フラグメントの測定のみならず、ラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントおよび催炎性フラグメントを含有する混合物中の催炎性フラグメントの測定、ならびにラクトフェリン、ラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントおよび催炎性フラグメントを含有する混合物中の催炎性フラグメントの測定にも有効であると考えられる。
以上より、N末端領域に対する抗体を用いることにより、ラクトフェリン混合物含有検体からラクトフェリンおよび/またはそのN末端領域由来のフラグメントを除去する方法の有効性が確認された。
【0043】
実施例2:N末端領域に対する抗体、およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する抗体の併用による、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出および定量
N末端領域の部分ペプチドに対する、本発明者らが作製したモノクローナル抗体(第1の抗体)をCNBr活性化Sepharose4Bと結合させることによりアフィニティーカラムを作製し、スピンカラムとして用いた。ヒト唾液検体(正常、ならびに軽度、中度および重度の歯周病患者由来)、ウシ乳汁(正常、ならびに慢性および急性の乳房炎ウシ由来)をそれぞれ、スピンカラムで処理しないで(未処理検体)、またはスピンカラムで処理して、ラクトフェリンおよびラクトフェリンのN末端領域中のフラグメントを除去して(除去後検体)、用いた。ラクトフェリンの催炎性フラグメントに対するモノクローナル抗体(第2の抗体)(小峰ら、J.Vet.Med.Sci.2005,67,667−677;小峯ら、J.Vet.Med.Sci.2006,68,715−723;小峯ら、Mol.Immunol.2007.44,1498−1508;WO2005/049650号公報、特許第4029988号公報を参照)をELISA用96ウェルマルチウェルプレートに固相化した後、サンドイッチELISAにより、検体中の催炎性フラグメント濃度を測定した。二次抗体として、西洋ワサビペルオキシダーゼ(Sigma−Aldrich社、USA)で標識された、催炎性フラグメントに対するモノクローナル抗体を用いた。一次抗体および二次抗体との反応はそれぞれ室温で45分間行った。反応終了後、オルソフェニレンジアミン(和光純薬社)を基質として、暗所中、室温で5分間反応させた。次いで、硫酸溶液で反応を停止し、492nmの吸光度を測定した。
【0044】
また、歯周病患者の唾液検体を、スピンカラムで処理しないで(未処理検体)、またはスピンカラムで処理して、ラクトフェリンおよびラクトフェリンのN末端領域中のフラグメントを除去した後(除去後検体)、SDS−PAGEに供して、サンドイッチELISAの結果と一致するか確認した。
【0045】
その結果、サンドイッチELISAでは、除去後検体中の催炎性フラグメントの測定値は、未処理検体中の測定値に比べ、低くなった(図2−1、2−2)。このことは、スピンカラムでの処理により、検体からラクトフェリンおよびそのN末端領域由来のフラグメントが除去されて、検体中の催炎性フラグメントが特異的に測定されていることを意味する。この結果は、SDS−PAGEの結果を反映していた(図3)。なお、本発明者らが作製した抗体は、ラクトフェリシンに対する抗体よりも、ラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントをより効率的に除去していた(図3)。
以上より、第1の抗体および第2の抗体を用いることにより、ラクトフェリンの催炎性フラグメントが特異的に測定できることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の方法、キットおよび支持体は、炎症性疾患(例、歯周病、乳房炎)の診断指標となり得るラクトフェリンの催炎性フラグメントを特異的かつ簡便に短時間で測定し得るため、例えば、炎症性疾患の発症または発症リスクのより迅速かつ正確な診断に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体中の該催炎性フラグメントを特異的に測定することを含む、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量方法。
【請求項2】
該第1の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体からラクトフェリンおよび/またはラクトフェリンのN末端領域由来のフラグメントを除去した後に、該第2の抗体を用いて、該検体中の催炎性フラグメントを測定する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ラクトフェリン混合物含有検体が、ヒト唾液またはウシ乳汁である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
同一の支持体上に固定された第1の抗体および第2の抗体を用いるイムノクロマトグラフィーにより行う、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体を含有する第1の試薬、およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体を含有する第2の試薬を含む、ラクトフェリンの催炎性フラグメントの検出または定量用キット。
【請求項6】
ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体およびラクトフェリンの催炎性フラグメントに対する第2の抗体が固定された支持体。
【請求項7】
ラクトフェリンの催炎性フラグメントを特異的に含有する検体の製造方法であって、
ラクトフェリンのN末端領域に対する第1の抗体を用いて、ラクトフェリン混合物含有検体からラクトフェリンおよび/またはそのN末端領域由来のフラグメントを除去して、ラクトフェリンの催炎性フラグメントを特異的に含有する検体を得ることを含む、方法。

【図2−1】
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【図2−2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−281725(P2010−281725A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136074(P2009−136074)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(507397504)株式会社多機能性蛋白研究所 (3)