説明

ラビング用布材及びそれを用いたラビング処理方法

【課題】ラビング処理における配向均一性を長時間維持することができるので、フィルムが長尺化しても光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができる。
【解決手段】経糸2及び緯糸3からなる地布組織と、該地布組織に織り込まれたパイル糸4とからなり、配向膜形成用樹脂層8をラビング処理して配向膜を形成すためのラビング用布材1において、パイル糸4が、フィラメント6の表面に樹脂性の被覆材7を被覆してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラビング用布材及びそれを用いたラビング処理方法に係り、特に液晶表示装置の光学補償フィルムを製造する際に、配向膜形成用樹脂層の表面をラビング処理するのに用いるラビング用布材に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶表示装置には偏光板用部材として視野角を拡大するための光学補償フィルムが使用されている。この光学補償フィルムは、一般的に、透明樹脂製の帯状可撓性支持体(以下、「ウエブ」ともいう)の表面に配向用塗布液を塗布乾燥して配向膜形成用樹脂層を形成した後、その表面にラビング処理を施して配向膜を形成する。そして、配向膜の上に液晶性塗布液を塗布乾燥して液晶層を形成し、その後に硬化させることにより製造される。
【0003】
近年、液晶表示装置は、装置の大型化、高輝度化が進むとともに、製造コストの低減が求められている。これに伴い、液晶表示装置の部材である偏光板も大サイズ化、高機能化、品質向上が求められ、それに伴って光学補償フィルムも広幅化、長尺化している。特に、配向膜形成用樹脂層の表面にラビング処理を施す光学補償フィルムでは、フィルムが長尺化しても最初から終わりまで配向膜形成用樹脂層を安定してラビング処理できることが最終製品である光学補償フィルムの品質(例えば輝点が少ない等)において重要になる。
【0004】
ラビング処理とは、液晶分子の配向処理方法の代表的なものであり、ウエブ表面に配向膜形成用樹脂層を形成し、この配向膜形成用樹脂層の表面をラビング用布材が巻回されたラビングローラを高速回転させて擦ることにより行われる。
【0005】
しかし、従来のラビング用布材は配向性能寿命が短く、頻繁に交換しなくてはならないために、特にフィルムの長尺化に対してラビング処理の安定化が図れないと共に交換時間により生産性も低下するという問題がある。
【0006】
したがって、配向膜形成用樹脂層のラビング処理の安定化を図り、生産性を向上させるためには、ラビング用布材の寿命が長く良好な配向性を長時間維持できることが要求される。かかるラビング用布材の配向性能寿命については、ラビング処理条件を変えることで延ばすことも可能であるが、基本的にはラビング用布材自体の配向性能寿命を長くすることが必要になる。
【0007】
ラビング用布材として例えば、特許文献1には、酢酸セルロース繊維をパイル糸とすることで、高耐久性、低帯電性、且つ配向規制力が得られるとされている。
【0008】
また、特許文献2には、ヒドロキシル基に置換された改質セルロースアセテートフィラメント繊維をパイル糸とすることで、擦り傷及び不均一ラビングを改善できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−156746号公報
【特許文献2】特表2007−515668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1〜2に記載されているラビング用布材は、配向均一性を長時間維持するだけの配向性能寿命がないので、近年の長尺化したフィルムのラビング処理の安定化に対応できず、光学補償フィルムの光学特性(例えば輝点発生頻度)がバラツクという問題がある。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、ラビング処理における配向均一性を長時間維持することができるので、フィルムが長尺化しても光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができるラビング用布材及びそれを用いたラビング処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の請求項1は、前記目的を達成するために、配向膜形成用樹脂層の表面をラビング処理して配向膜を形成すためのラビング用布材において、前記ラビング用布材は経糸及び緯糸からなる地布組織と、該地布組織に織り込まれたパイル糸とからなり、該パイル糸が、フィラメントの表面に樹脂製の被覆材を被覆してなることを特徴とするラビング用布材を提供する。
【0013】
本発明によれば、ラビング用布材を構成するパイル糸を、フィラメントの表面に樹脂製の被覆材を被覆して形成したので、フィラメント表面の凹凸(皺)に起因するパイル糸表面の凹凸(皺)をなくすことができる。これにより、ラビング処理によって発生するラビング屑がパイル糸表面に付着することを効果的に抑制できるので、ラビング処理における配向均一性を長時間維持することができる。
【0014】
本発明においては、被覆材の引張弾性率はフィラメントの引張弾性率よりも小さいことが好ましい。ここで、引張弾性率は、被覆材及びフィラメントの柔軟性を物性値として表したものである。
【0015】
このように、フィラメントよりも被覆材の引張弾性率を小さく(即ち柔軟性を大きくする)ことで、ラビング処理時にパイル糸が配向膜形成用樹脂層の表面に接触したときにパイル糸表面が偏平し易く、配向膜形成用樹脂層の表面に接触する接触面積が大きくなる。これにより、パイル糸の配向性能を向上させることができるので、ラビングローラの回転数を従来よりも小さくしても、従来と同様の配向性能を得ることができる。したがって、ラビングローラの回転数が小さくなった分、ラビング用布材の磨耗が減少するので、配向性能寿命を長くできる。
【0016】
したがって、パイル糸表面へのラビング屑付着抑制効果と、ラビングローラの回転数抑制効果により、ラビング処理における配向均一性を更に長時間維持することができる。
【0017】
本発明においては、前記被覆材の引張弾性率は0.01×1011〜1.0×1011(Pa)の範囲であることが好ましい。被覆材は上述のように、パイル糸表面の柔軟性を大きくして配向性能を向上させる役目があるが、具体的には0.01×1011〜1.0×1011(Pa)の範囲の引張弾性率において配向性能を顕著に向上できるからである。また、パイル糸自体の引張弾性率は0.1×1011〜2.0×1011(Pa)の範囲であることが好ましい。パイル糸自体の柔軟性もラビング性能向上にとって重要だからである。
【0018】
本発明において、前記被覆材の被覆率(被覆厚み/フィラメント径)が2〜50%であることが好ましい。被覆材の被覆率が2%未満ではフィラメント表面の凹凸がパイル糸表面に写ってしまうと共にパイル糸表面の柔軟性が不足するので、配向性能を十分に向上できない。一方、被覆材の被覆率が50%を超えると、繊維(フィラメント)に対して樹脂(被覆材)の比率が大き過ぎて、ラビング処理に必要な布構造を維持できなくなる。
【0019】
本発明においては、前記パイル糸は、押し込み応力が100〜300(gf/cm2)の範囲の素材を使用することが好ましい。
【0020】
ラビング処理時にパイル糸の先端部を配向膜形成用樹脂層の表面に押し付けることでパイル糸先端部がJ字状に変形されるが、変形によるパイル糸のヘタリが大き過ぎると配向性能が低減する。したがって、パイル糸の押し込み応力が1.0×10〜4.5×10(Pa)の範囲となるように、フィラメントと被覆材との引張弾性率を組み合わせることが好ましい。
【0021】
本発明においては、前記被覆材は、前記配向膜形成用樹脂層をラビングしたときに発生するラビング屑と同じ極性を有する素材であることが好ましい。
【0022】
これにより、ラビング屑が静電気によってパイル糸に付着するのを抑制する。したがって、フィラメント表面に樹脂を被覆してパイル糸表面を平滑化することによるラビング屑の付着抑制とあいまって、ラビング屑がパイル糸表面に付着することを一層抑制できる。
【0023】
本発明においては、前記フィラメントは溶融紡糸フィラメントであることが好ましい。
【0024】
フィラメント繊維の製法としては、溶融紡糸法と溶液紡糸法とがあるが、溶液紡糸法は溶剤を乾燥除去する際に繊維が収縮する。したがって、溶融紡糸法に比べてフィラメント表面に凹凸が発生し易く、本発明におけるパイル糸のフィラメントとしては溶融紡糸法によるフィラメントが好ましい。
【0025】
本発明の請求項9は、前記目的を達成するために、請求項1〜8の何れか1のラビング用布材をローラに巻回したラビングローラで配向膜形成用樹脂層をラビングして配向膜を形成するラビング処理方法において、前記ラビングローラの回転周速度を230〜290m/分の低周速回転で行うことを特徴とするラビング処理方法を提供する。
【0026】
本発明によれば、請求項1〜8の何れか1のラビング用布材をローラに巻回したラビングローラで配向膜形成用樹脂層の表面をラビングするので、ラビングローラの回転周速度を230〜290m/分の低周速回転で行っても従来と同様の配向性能を得ることができる。これにより、ラビング用布材の磨耗を抑制することができるので、ラビング用布材の配向性能寿命を大幅に延ばすことができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、ラビング処理における配向均一性を長時間維持することができるので、フィルムが長尺化しても光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明のラビング用布材が適用される光学補償フィルムの製造ラインを示す説明図
【図2】ラビング用布材の構成を示す部分拡大斜視図
【図3】本発明のラビング用布材に用いられるパイル糸の断面形状(a)と従来のパイル糸の断面形状(b)(c)を説明する説明図
【図4】ラビング処理時におけるパイル糸と配向膜形成用樹脂層との関係を示す説明図
【図5】実施例Aの結果を示す表図
【図6】実施例Bの結果を示す表図
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明のラビング用布材及びそれを用いたラビング処理方法の好ましい実施の形態について詳細に説明する。
【0030】
図1は、本発明のラビング用布材及びそれを用いたラビング処理方法を適用する一例である光学補償フィルムの製造ライン10である。
【0031】
図1に示されるように、送り出し機66から透明支持体であるウエブ16が送り出される。ウエブ16はガイドローラ68によってガイドされて、除塵機15Aを経ることによって、ウエブ16の表面に付着した塵を取り除く。除塵機15Aとしては公知の各種タイプのものが採用できる。たとえば、静電除塵した圧縮エア(窒素ガス)をウエブ16の表面に吹き付け、ウエブ16の表面に付着した塵を取り除く構成のものが採用できる。
【0032】
除塵機15Aのウエブ走行方向下流(以下、単に下流という)にはバー塗布装置11Aが設けられており、配向膜形成用樹脂を含む塗布液がウエブ16に塗布される。なお、塗布装置はバー塗布装置に限らず各種の塗布装置、例えばグラビアコータ、ロールコータ(トランスファロールコータ、リバースロールコータ等)、ダイコータ、エクストルージョンコータ、ファウンテンコータ、カーテンコータ、ディップコータ、スプレーコータ又はスライドホッパ等を採用できる。
【0033】
バー塗布装置11Aの下流には乾燥ゾーン76A、加熱ゾーン78Aが順次設けられており、ウエブ16上に配向膜形成用樹脂層が形成される。
【0034】
塗布液の塗布、乾燥後、ウエブ16はガイドローラ68によってガイドされて、ラビング処理装置70に送りこまれる。ラビングローラ72A(72B)は、配向膜形成用樹脂層にラビング処理を施すために設けられる。ラビングローラ72A(72B)の上流には除塵機71A(71B)が設けられ、ウエブ16の表面に付着した塵を取り除く。
【0035】
ラビング処理装置70A(70B)は、ポリマー層にラビング処理を施すための装置であり、本例ではラビングローラ72A、72Bによる2段のローラ構成となっている。なお、ラビング処理装置70として、1段のローラ構成も採用できる。
【0036】
ラビング処理装置70A(70B)は、外周表面に後述するラビング用布材が巻付けられたラビングローラ72A(72B)を回転駆動させ、例えば1000rpm程度まで回転速度を制御することができる。ラビングローラ72A(72B)の形状は、例えば外径が150mmであり、長さが、ラビング角度をつけた状態でもウエブ16の幅より若干長くなるローラ状にできる。また、ラビング処理装置70A(70B)は、任意のラビング角度に調整できるように、ウエブ16の走行方向に対して水平面で回転自在となっている。
【0037】
ラビングローラ72A(72B)の上方には、ローラステージ84A(84B)が設けられ、このローラステージ84A(84B)の下面にスプリングを介してバックアップローラ86A(86B)、88A(88B)が回動自在に取り付けられる。バックアップローラ86A(86B)、88A(88B)には、ウエブ16のテンションを検出する機構が備えられ、ラビング時のテンションの管理を行なうことができる。
【0038】
更に、バックアップローラ86A(86B)、88A(88B)は上下の調整が可能であり、ローラを上下に移動させてウエブ16のラビングローラ72A(72B)へのラップ角を調整することができる。
【0039】
以上の構成により、ウエブ16がバックアップローラ86A(86B)、88A(88B)により上部から押えられながら、下側より押圧されたラビングローラ72A(72B)によりウエブ16表面(下面)の配向膜形成用樹脂層の表面がラビングされ、配向性が付与された配向膜が形成される。
【0040】
ラビング処理装置70の下流には除塵機15Bが設けられ、ウエブ16の表面に付着した塵を取り除くことができる。
【0041】
除塵機15Bの下流にはバー塗布装置11Bが設けられており、ディスコネマティック液晶を含む塗布液がウエブ16に塗布される。塗布装置11Bとしては、配向膜形成用樹脂を含む塗布液がウエブ16に塗布したときと同様に、各種の塗布装置を使用できる。
【0042】
バー塗布装置11Bの下流には、乾燥ゾーン76B、加熱ゾーン78Bが順次設けられ、ウエブ16上に液晶層が形成される。更に、この下流には紫外線ランプ80が設けられ、紫外線照射により、液晶を架橋させ、所望のポリマーを形成する。そして、検査装置84で検査され、ラミネート機88より送り出される保護フィルム88Aがウエブ16にラミネートされ、この下流に設けられた巻取り機82により、ポリマーが形成されたウエブ16が巻き取られる。
【0043】
本実施の形態において、光学補償フィルムの製造ライン10全体、特にバー塗布装置11A、11Bは、クリーンルーム等の清浄な雰囲気に設置するとよい。その際、清浄度はクラス1000以下が好ましく、クラス100以下がより好ましく、クラス10以下が更に好ましい。
【0044】
次に、本発明の特徴部分であるラビング用布材1について説明する。図2は、ラビング用布材1の部分拡大斜視図である。
【0045】
このラビング用布材1は、地布組織の経糸2と地布組織の緯糸3とが格子状に織られた基布5にパイル糸4が織り込まれることによって形成される。このうち図2(A)に示すラビング用布材1のように、パイル糸4が3本の緯糸3に織り込まれたものをW組織と称し、図2(B)に示すラビング用布材1のように、パイル糸4が1本の緯糸3に織り込まれたものをV組織と称している。W組織及びV組織は、パイル糸7の織り込み方が異なるのみで、用いられる材料は同様の材料を使用することができる。
【0046】
基布5としては、例えばナイロン6・6(登録商標)などのポリアミド系、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル系、ポリエチレンなどのポリオレフィン系、ポリビニルアルコール系、ポリ塩化ビニリデン系、ポリ塩化ビニル系、ポリアクリロニトリル、アクリルアミド、メタクリルアミドなどのアクリル系、ポリシアン化ビニリデン系、ポリフルオロエチレン系、ポリウレタン系などの合成繊維、絹、綿、羊毛、セルロース系、セルロースエステル系などの天然繊維、再生繊維(レーヨン、アセテートなど)の中から選ばれる1種又は2種以上を組み合わせた繊維が挙げられる。
【0047】
これらの繊維素材において、好ましくは、ナイロン6、ナイロン6・6(登録商標)などのポリアミド系、ポリアクリロニトリル、アクリルアミド、メタクリルアミドなどのアクリル系、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル系、再生繊維としてのセルロース系、セルロースエステル系であるレーヨンおよびアセテートが挙げられる。
【0048】
この基布5の経糸2及び緯糸3は、例えば1.4デニールの繊維が70本より合わされて約100デニールのフィラメント(長い連続状の繊維)となっている状態で使用されることが好ましい。このような経糸2及び緯糸3としては、例えば旭化成(株)製のキュプラレーヨン(ベンベルグ)フィラメントを好ましく使用できる。
【0049】
ラビング用布材1のパイル糸4としては、図3(A)に示すように、フィラメント6(長い連続状の繊維)の表面に樹脂製の被覆材7を被覆したものが用いられる。図3(A)は、本発明におけるパイル糸4の断面形状を写真撮影したものを模式的に描いた模式図である。
【0050】
フィラメント6の表面に樹脂製の被覆材7を被覆することで、フィラメント6表面の凹凸を覆い隠し、パイル糸表面に凹凸(皺)の少ないパイル糸4を形成することができる。これにより、ラビング時に発生するラビング屑がパイル糸4の表面に入り込みにくくなるので、ラビング時における配向均一性を長時間維持することができる。したがって、ラビング処理するためのフィルムが長尺化してもフィルムの最初から終わりまで光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができる。
【0051】
図3(B)は、従来のラビング用布材のパイル糸4として使用されているレーヨン繊維(被覆材なし)の断面形状を写真撮影したものを模式的に描いた模式図であり、パイル糸4表面に凹凸が見られる。また、図3(C)は、従来のラビング用布材のパイル糸4として使用されているセルロースジアセテート繊維(被覆材なし)の断面形状を写真撮影したものを模式的に描いた模式図であり、パイル糸4表面に凹凸が見られる。なお、図3(C)のセルロースジアセテート繊維は引張弾性率が小さく繊維をカットする際の繊維潰れがあるため、繊維をエポキシ樹脂で固めてからカットした。このように、従来のラビング用布材のパイル糸4は表面に凹凸(皺)が形成されていることにより、ラビング時に発生するラビング屑がパイル糸4の表面に入り込み易いので、ラビング処理時における配向均一性を長時間維持することができないという問題がある。
【0052】
更に、本発明におけるラビング用布材1のパイル糸4は、被覆材7の引張弾性率(柔軟性)がフィラメント6の引張弾性率よりも小さいことが好ましい。被覆材7の引張弾性率をフィラメント6の引張弾性率よりも小さくしてパイル糸4の表面に適度な柔軟性をもたせることにより、図4に示すようにラビング時にパイル糸4が配向膜形成用樹脂層8の表面に接触したときにパイル糸表面が偏平し易くなる。これにより、パイル糸4は配向膜形成用樹脂層8の表面を効果的に擦ることができるので、ラビング処理における配向均一性を長時間維持することができる。
【0053】
パイル糸表面に適度な柔軟性をもたせるためには、被覆材7の引張弾性率を0.01×1011〜1.0×1011(Pa)の範囲にすることが好ましい。また、被覆材7とフィラメント6との複合体であるパイル糸4自体の引張弾性率は0.1×1011〜2.0×1011(Pa)の範囲であることが好ましい。したがって、被覆材7として前記範囲の引張弾性率を有する樹脂素材を選択したら、パイル糸4自体の引張弾性率が前記範囲になるようにフィラメント6の繊維素材を選択することが好ましい。
【0054】
引張弾性率は、ISO試験法 ISO 527(引張試験法)に準じて測定した。引張弾性率と似た弾性率として曲げ弾性率があるが、曲げ弾性率は引張弾性率とは測定方法が異なり(曲げ弾性率のISO試験法は、ISO 178)、物性のもつ意味は異なる。すなわち、曲げの場合(板を曲げるようなケース)では、膨らんでいる面には引張応力、へこんでいる面には圧縮応力がかかるからである。しかし、繊維のような細いものの場合は、引張弾性率と曲げ弾性率とは略同じ値になるので、本発明では引張弾性率で規定したが、曲げ弾性率で規定することも可能である。
【0055】
また、被覆材7の被覆率(被覆厚み/フィラメント径)を2〜50%の範囲にすることが好ましい。被覆材7の被覆率が2%未満ではパイル糸表面の柔軟性が不足するだけでなく、パイル糸表面にフィラメント6表面の凹凸を被覆材7で覆い隠す効果が殆どなくなる。一方、被覆材7の被覆率が50%を超えるとフィラメント繊維の比率に比べて被覆材樹脂の比率が大きくなり過ぎるためにラビング処理に必要な布構造を維持できなくなる。また、柔軟性が大きくなり過ぎてラビング時にパイル糸4がヘタリ易くなる。
【0056】
このように、パイル糸表面の凹凸(皺)をなくして平滑化すると共にパイル糸表面に適度な柔軟性をもたせたパイル糸4を備えたラビング用布材1で配向膜形成用樹脂層8の表面をラビングすることにより、ウエブ16が長尺化しても光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができる。
【0057】
被覆材7は、上記範囲の引張弾性率を有する樹脂であればよいが、特にエチレンビニルアルコール(EVA)を好ましく使用できる。EVA樹脂は、可塑剤が不要なほどに柔軟性に富み、酸化劣化しにくいという特徴がある。また、被覆材7は、配向膜形成用樹脂層8の表面をラビングしたときに発生するラビング屑と同じ極性を有する素材であることが好ましい。通常、配向膜形成用樹脂を含む塗布液は、ポリビニルアルコール(PVA)系の樹脂を主体とした塗布液が使用されるので、被覆材7としてはアシル基、水酸基、エーテル基の何れかを有する樹脂であることが好ましい。これにより、パイル糸表面の平滑化によってラビング屑がパイル糸表面に付着しにくくなるのに加えて、ラビング屑が静電気によりパイル糸4に付着しにくくなるので、ラビング処理における配向均一性を一層長時間維持することができる。
【0058】
一方、フィラメント6は溶融紡糸フィラメントであることが好ましい。フィラメント6としては、溶融紡糸フィラメントと溶液紡糸フィラメントとがあるが、溶液紡糸フィラメントは溶剤が揮発する際に繊維が収縮して表面に大きな凹凸が形成され易く、被覆材7を被覆してもパイル糸4表面に凹凸が形成され易いからである。溶融紡糸フィラメントの材質としては、再生繊維、半合成繊維、合成繊維を使用することができる。紡糸ノズルを所定の形状とすることで皺の少ない断面形状のパイル糸を得ることができるからである。このようなフィラメントとしては、たとえば、再生繊維(レーヨン、ポリノジック、キュプラ)、半合成繊維(アセテート、トリアセテート、プロミックス)、合成繊維(ポリエステル、ナイロン、アクリル、ビニロン、ポリウレタン)を好ましく使用することができる。パイル糸4を構成するフィラメント6は、パイル糸4の芯材としての役目もあるので、上記各種の繊維の中でも引張弾性率の大きなポリエステルを好適に使用することができる。
【0059】
パイル糸4の径は1.0〜2.5デニールのものが好ましく使用され、特に好ましくは1.5〜2.0デニールである。パイル糸の径が1.0デニール未満の場合、ラビング不足により消光度が低減したり、配向性不足となったりし易い。一方、パイル糸4の径が2.5デニールを超える場合は、フィラメント6に被覆材7を被覆した場合であってもパイル糸4の引張弾性率が高くなり過ぎる。したがって、配向膜形成用樹脂層8の表面を強く擦り過ぎて、微粉の発生により面状欠点が生じ易くなるため好ましくない。具体的には、パイル糸4の押し込み応力が1.0×10〜4.5×10(Pa)の範囲となるように、フィラメント6と被覆材7との引張弾性率を組み合わせてパイル糸4を形成することが好ましい。
【0060】
ここで、パイル糸4の押し込み応力は以下の通り測定した。
【0061】
圧縮試験機(カトーテック(株)製 KES−G5)を用いて測定した。測定条件は、円形加圧板(2cm)、変形速度0.1mm/s、荷重4.90Nであり、試料は2cm×2cmの試験片を23℃、50RH%条件下で4時間以上調湿したものを用いた。
【0062】
また、基布5に織り込まれるパイル糸4の密度は、25000〜150000本/cmとすることが好ましい。パイル糸の密度が、25000本/cm未満の場合、ラビング不足により消光度が低減したり、パイル糸が磨耗しやすく配向性が不足となったりし、不具合が生じやすくなる。一方、パイル糸の密度が150000本/cmを超える場合、パイル糸の抜けや脱落となりやすく、微粉の発生により面状欠点を生じやすく、また、コストアップとなるため好ましくない。
【0063】
また、ラビング用布材1において、パイル糸4が基布(経糸2および緯糸3)から抜け落ちないよう、目止め剤を用いることができる。本発明に用いられる目止め剤としては、たとえば、ポリビニル系、ポリオレフィン系、ポリウレタン系、ポリアミド系、ポリエステル系、合成ゴム系、エポキシ系、フェノール系、これらに含まれないアクリル系などの合成樹脂エマルジョン、酢酸ビニル樹脂/エマルジョン型、酢酸ビニル樹脂/トルエン溶剤型、から1種または2種以上のブレンド物、またはこれらを組み合わせた共重合体エマルジョンが挙げられる。
【0064】
以上のように、本発明のラビング用布材1は、パイル糸4自体の改良(平滑化、柔軟性)によりラビング処理における配向性能を向上できるだけでなく、柔軟化により効果的なラビングができることから、従来のフィラメントのみのパイル糸4に比べてラビングローラ72A,72Bの回転数を小さくしても従来と同様の配向性能を得ることができる。
例えば、図1に示したラビングローラ72A,72Bのラビング用布材1のパイル糸4として、ポリエステル製のフィラメント6と、エチレンビニルアルコール(EVA)被覆材7を使用して光学補償フィルムを製造する場合、ラビングローラ72A,72Bの回転数を250〜300rpmの低速回転で行っても配向膜に従来と同等以上の配向性を付与することができる。
【実施例】
【0065】
以下に、本発明のラビング用布材1の実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0066】
[実施例A]
実施例Aでは、パイル糸4がフィラメント6の表面に樹脂製の被覆材7を被覆してなる本発明のラビング用布材1を使用した場合(実施例1〜16)と、被覆材7を被覆していない従来のラビング用布材を使用した場合(比較例1〜3)とで、配向膜の配向性を比較試験した。試験は図1の光学補償フィルムの製造ラインを使用した。
【0067】
即ち、トリアセチルセルロース(フジタック、富士写真フィルム(株)製、厚さ:600μm、幅:1500mm、長さ7000m)の長尺状のウエブ16の一方の側に、長鎖アルキル変性ポバール(MP−203、クラレ(株)製)5重量%の溶液を塗布し、90°Cで4分間乾燥させた後、ラビング処理を行って膜厚2.0μmの配向膜形成用樹脂層を形成した。ウエブ16の搬送速度は20m/分とした。
【0068】
ラビング処理装置70において、ウエブ16を連続して20m/分で搬送しながら、配向膜形成用樹脂層の表面にラビング処理を施した。ラビング処理は、ラビングローラ72の回転数を300rpmにて行なった。
【0069】
実施例1〜16では、被覆材7の被覆率を1%〜51%の範囲で変えると共に、被覆材7の引張弾性率を0.009〜1.2(×1011Pa)の範囲で変えた。
【0070】
被覆材の引張弾性率は被覆する樹脂の種類を変えることで上記範囲に変えた。被覆樹脂としては、ナイロン、アセテート、EVA(エチレンビニルアルコール)、レーヨンがある。
【0071】
一方、比較例1〜3はパイル糸に被覆材7を有しない従来のラビング用布材であり、比較例1はレーヨン(引張弾性率0.004〜0.009(×1011Pa))、比較例2はセルロースジアセテート(引張弾性率0.003〜0.005(×1011Pa))、比較例3はポリエステル(引張弾性率0.03〜0.085(×1011Pa))を使用した。
【0072】
実施例及び比較例ともに、パイル糸4の太さは1.5デニールであり、フィラメント密度が146000本/cmである。
【0073】
なお、ラビング用布材1の目止め剤としては、実施例及び比較例ともにアクリル樹脂の目止め剤を使用した。
【0074】
ラビング処理の後、得られた配向膜を有するウエブ16を、連続して20m/分で搬送しながら、配向膜上に、ディスコティック化合物TE−8の(3)とTE−8の(5)の重量比で4:1の混合物に、光重合開始剤(イルガキュア907、日本チバガイギー(株)製)を上記混合物に対して1重量%添加した混合物の10重量%メチルエチルケトン溶液(塗布液)を、バー塗布装置11Bにて、塗布量5ml/mで塗布し、次いで、乾燥ゾーン76B及び加熱ゾーン78Bを通過させた。
【0075】
乾燥ゾーン76Bには0.1m/秒の風を送り、加熱ゾーン78Bは130°Cに調製した。ウエブ16は、塗布後3秒後に乾燥ゾーン76Bに入り、更に3秒後に加熱ゾーン78Bに入った。ウエブ16は加熱ゾーン78Bを約3分で通過した。
【0076】
次いで、この配向膜及び液晶層が塗布されたウエブ16を、連続して20m/分で搬送しながら、液晶層の表面に紫外線ランプ80により紫外線を照射した。即ち、加熱ゾーン78Bを通過したウエブ16に、紫外線ランプ80(出力:160W/cm、発光長:1.6m)により、照度600mWの紫外線を4秒間照射し、液晶層を架橋させた。
【0077】
更に、配向膜及び液晶層が形成されたウエブ16は、検査装置84により表面の光学特性が測定され、検査され、次いで、液晶層表面に保護フィルム88Aがラミネート機88により積層され、巻取り機82により巻き取られ、光学補償フィルムが得られた。
【0078】
そして、実施例1〜16及び比較例1〜3によって得られた光学補償フィルムについて消光度による配向性の評価を行った。
【0079】
【化1】

【0080】
≪消光度による配向性の評価方法≫
消光度による配向性の評価には、大塚電子株式会社製の消光度測定装置を使用した。この装置において、測定波長を550nmとし、パラニコル配置の偏光板の透過率を100%とした。そして、クロスニコルに配置した2枚のディスコティツク液晶の配向性の評価を行った。
【0081】
試験結果を図5の表に示す。図5の配向性評価における◎〜×の評価レベルは次の通りである。
【0082】
◎…ラビング処理の開始及び終了において配向膜の配向性が変わらず、ラビング処理における配向均一性を長時間維持することができ、問題なく合格。
【0083】
○…ラビング処理開始時に比べて終了時の配向膜の配向性が殆ど同じであり、合格。
【0084】
△…ラビング処理開始時に比べて終了時の配向膜の配向性がやや悪くなるが、合格ライン。
【0085】
×…ラビング処理開始時に比べて終了時の配向膜の配向性が悪くなり、ラビング処理における配向均一性を長時間維持できず、不合格。
【0086】
図5の表から分かるように、パイル糸4がフィラメント6の表面に樹脂製の被覆材7を被覆してなる本発明のラビング用布材1を使用した場合には、全て△評価以上であり、合格であった。これにより、ウエブ16が長尺化しても光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができた。
【0087】
実施例1〜16の中では特に、被覆材7の被覆率が5〜25%、且つ被覆材7の引張弾性率が0.2〜0.5(×1011Pa)を満足する実施例1、2、6、9、13が◎であり良好な結果であった。
【0088】
これに対して、被覆材7を被覆していない従来のラビング用布材を使用した比較例1〜3は、全て×の評価であり、ウエブ16が長尺化に対して、光学特性のバラツキが少なく、輝点発生頻度の少ない光学補償フィルムを製造することができなかった。
【0089】
[実施例B]
実施例Bは、実施例Aで用いた実施例1〜16の中の実施例1と、比較例1、2、3を用いて、配向膜形成用樹脂層8を配向して配向膜を形成するために最低限必要なラビングローラ72の回転周速度を調べたものである。
【0090】
試験結果を図6の表に示す。図6の表において配向性の評価は、実施例Aでの評価結果を再度記載したものである。
【0091】
図6の「最低限必要な回転周速度」及び「配向性」の評価から分かるように、本発明の実施例1は230〜290m/分の低い回転周速度で配向膜を形成するための配向性を付与できた。
【0092】
一方、パイル糸にレーヨンを使用した比較例1は300〜400m/分、パイル糸にセルロースジアセテートを使用した比較例2は140〜190m/分、パイル糸にポリエステルを使用した比較例3は約950m/分であった。
【0093】
[実施例A,Bの総合評価]
実施例A,Bから、パイル糸としてレーヨン(比較例1)又はセルロースジアセテート(比較例2)を使用した従来のラビング用布材は引張弾性率が小さく、ラビングローラ72の小さな回転周速度で配向膜を形成することができる。したがって、ラビング時におけるパイル糸の磨耗は少ないが、パイル糸表面の凹凸にラビング屑が入り込み易いために配向均一性を長時間維持することができなかったものと考察される。
【0094】
一方、パイル糸としてポリエステル(比較例3)を使用した従来の従来のラビング用布材は、レーヨンやセルロースジアセテートに比べてパイル糸表面の凹凸が小さいが、引張弾性率が大きく、配向膜を形成するためにはラビングローラ72に大きな回転周速度を必要とする。これにより、ラビング時のパイル糸の磨耗が大きくなるために長時間の配向均一性を得ることはできなかったものと考察される。
【0095】
これに対して、本発明の実施例1は、フィラメント6の表面に樹脂製の被覆材7を被覆してパイル糸表面を平滑化することで、パイル糸表面にラビング屑が入り込みにくくできる。更には、引張弾性率が小さな被覆材7を被覆してパイル糸表面に適度な柔軟性をもたせることで、配向膜を形成するためのラビングローラ72の回転周速度を小さくできる。これにより、長時間の配向均一性を得ることができたものと考察される。
【符号の説明】
【0096】
1…ラビング用布材、2…経糸、3…緯糸、4…パイル糸、5…基布、6…フィラメント、7…被覆材、8…配向膜形成用樹脂層、11…バー塗布装置、16…ウエブ、66…送り出し機、68…ガイドローラ、70ラビング…処理装置、72…ラビングローラ、76…乾燥ゾーン、78…加熱ゾーン、80…紫外線ランプ、82…巻き取り機、84…ローラステージ、86、88…バックアップローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配向膜形成用樹脂層の表面をラビング処理して配向膜を形成すためのラビング用布材において、
前記ラビング用布材は経糸及び緯糸からなる地布組織と、該地布組織に織り込まれたパイル糸とからなり、該パイル糸が、フィラメントの表面に樹脂製の被覆材を被覆してなることを特徴とするラビング用布材。
【請求項2】
前記被覆材の引張弾性率は前記フィラメントの引張弾性率よりも小さいことを特徴とする請求項1のラビング用布材。
【請求項3】
前記被覆材の引張弾性率は0.01×1011〜1.0×1011(Pa)の範囲であることを特徴とする請求項1又は2のラビング用布材。
【請求項4】
前記パイル糸の引張弾性率は0.1×1011〜2.0×1011(Pa)の範囲であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1のラビング用布材。
【請求項5】
前記被覆材の被覆率(被覆厚み/フィラメント径)が2〜50%であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1のラビング用布材。
【請求項6】
前記パイル糸は、押し込み応力が1.0×10〜4.5×10(Pa)の範囲の素材を使用することを特徴とする請求項1〜5の何れか1のラビング用布材。
【請求項7】
前記被覆材は、前記配向膜形成用樹脂層をラビングしたときに発生するラビング屑と同じ極性を有する素材であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1のラビング用布材。
【請求項8】
前記フィラメントは溶融紡糸フィラメントであることを特徴とする請求項1〜7の何れか1に記載のラビング用布材。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1のラビング用布材をローラに巻回したラビングローラで配向膜形成用樹脂層をラビングして配向膜を形成するラビング処理方法において、
前記ラビングローラの回転周速度を230〜290m/分の低周速回転で行うことを特徴とするラビング処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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