説明

リガンド結合開始剤ポリマーおよび使用法

開始剤基およびリガンド基を有する開始剤ポリマーが提供される。開始剤ポリマーは、表面上の受容体に特異的に結合することができる。マクロマー系を用いて、開始剤ポリマーは材料表面上での高分子マトリクス形成のために有用である。詳細には、膵β細胞に対する特異性を有し、移植および糖尿病治療用に細胞をカプセル化するために用いることができる開始剤ポリマーが提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板表面上に高分子マトリクスを形成するために有用な化合物に関する。更に詳細には、本発明は、目標表面に特異的に結合し、表面上で高分子マトリクスの形成を促進することができる開始剤ポリマーに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞および組織のカプセル化用高分子材料の使用は、疾患および他の医学的徴候の治療用に大きな可能性を提供する。特に有用な用途は、療法を提供するために、患者への移植用のカプセル化組織または細胞のための高分子材料を利用することを含む。哺乳類細胞をカプセル化するための種々の技術が数十年間にわたり知られてきたし、研究設定において用いられてきたが、細胞カプセル化技術が疾患の潜在的治療用に適用されてきたのは、ほんのつい最近のことである。
【0003】
細胞カプセル化法は、一般に、移植されたカプセル化細胞を宿主免疫拒絶反応から防御するために、細胞または細胞群を物質バリアで取り囲むことを目標としている。細胞周りの物質バリアは、理想的には、細胞が生存したままであり宿主に対する治療価値を提供するために適正に機能することを可能とする。この機能を実行するために、一般的に高分子化合物を含む、細胞をカプセル化するために用いられる材料は、生分解に対して耐性があることが好ましく、細胞反応に関与する細胞老廃物、栄養物、および分子の拡散を可能とするために充分な透過性があることが好ましい。好ましくは、物質バリアは、異種細胞の破壊に寄与することができるであろう免疫グロブリンおよび補体因子などのある種の宿主分子に対して透過性はない。
【0004】
細胞カプセル化技術の進歩は、細胞周りに形成される物質バリアの選択透過性、機械的性質、免疫防御性および生体適合性を改善することに焦点を合せてきた。高分子電解質錯化、熱可逆ゲル化、界面析出、界面重合、およびフラットシートによるマイクロカプセル化、および中空糸系マクロカプセル化を含む、種々のマイクロおよびマクロカプセル化技術が研究されてきており、Uludagら、Adv. Drug Deliv. Rev.42:29〜64(2000)によりレビューされている。
【0005】
細胞カプセル化のための一つの通常用いられる方法は、ポリアニオン性アルギン酸塩およびポリカチオン性ポリリシンポリマーを用いるアルギン酸塩架橋法である。アルギン酸塩法によるカプセル化は、一般的に、Ca2+イオンを介するアルギン酸塩の架橋およびポリリシンのアルギン酸塩分子との相互作用により起こる。都合悪いことに、細胞カプセル化へのこのアプローチに関連する多くの問題がある。こうした問題には、内部アルギン酸塩コアにおけるCa2+の存在のせいでのアルギン酸塩マイクロカプセルの膨潤、アルギン酸塩/ポリリシンカプセル中のグルロン酸含量のせいでの不充分な生体適合性、およびアルギン酸塩皮膜の不充分な機械強度が挙げられる。更に、アルギン酸塩カプセル化過程は非特異的であり、カプセル化しようと意図された細胞または細胞群を含有しないか、または、他の非目標生体材料を含有するマイクロカプセルの形成をもたらすことができる。これらの問題のせいで、細胞カプセル化に対する代替法が調査されてきた。
【0006】
アルギン酸塩架橋に対する一つの有望な代替法は、界面重合と言われる方法である。界面重合は、その可能性を調査するためにほとんど何もなされていないが、細胞カプセル化およびその治療用途のためのアルギン酸塩カプセル化法のすべての利点を提供する可能性を有する。界面重合は、一般に、生体基板の表面上に、合成または天然の重合性ポリマーなどの重合化材料層の形成を含む。高分子材料層の形成は、一般に、重合性ポリマーの存在下で、生体基板の表面上に堆積する重合開始剤の活性化により促進される。
【0007】
界面重合法における使用のための一部の重合開始剤は、米国特許第5,410,016号および米国特許第5,529,914号において実証されてきた。これらの特許には、細胞膜上に重合開始剤、エオシンYを堆積させ、次に、開始剤を活性化させてマクロマー溶液の重合を促進させることが記載されている。しかし、比較的非極性であるエオシンY、低分子量光活性化開始剤染料、またはエオシンに類似の化合物の使用は、界面重合法用の多くの不利を提供すると共に、また、移植されるカプセル化細胞を受け取る対象に対する潜在的な問題点を提供する。例えば、これらの染料および他の類似の低分子量化合物は、それらが細胞中に浸透し、正常な生化学経路に干渉することができるので、毒性問題を提供する。細胞中に浸透する場合、これらの染料は、外部エネルギー源により活性化される場合にフリーラジカル損傷を引き起こすことができる。染料が形成される高分子層から外に拡散することができ、それによって宿主生物に対する潜在的な毒性を産生する場合、他の欠点が生じてくる。エオシンなどの染料は、また、水溶液中で凝集する傾向があり、それによって、カプセル化法の効率を減少させると共に再現性に伴う問題を持ち込む。最終的に、充分なラジカル連鎖重合を開始することにおけるこれら染料の限定された効率の観点から、1以上の単量体重合「促進剤」を重合混合物に添加することは、多くの場合必要である。これらの促進剤は、また、細胞膜に浸透することができる小分子であり、且つ細胞毒性または発癌性である可能性を有する傾向がある。従って、これら促進剤の使用を最小化することは、また、望ましい。上記問題を克服しようとする試みにおいて、出願者らは、既に、新規な界面重合試薬および技術を紹介してきた(米国特許第6,007,833号および第6,410,044号を参照すること)。
【0008】
これらの教示にもかかわらず、界面重合法用の改善された開始剤が望まれている。開始剤ポリマーが目標とされる細胞表面は、極めて複雑で、所期のやり方で機能する開始剤の設計に対して難問を投げかけてくる。例えば、細胞表面は、それらの一部が硫酸化プロテオグリカンおよびグリコサミノグリカンなどの荷電部分を含有する炭水化物基を有する多くの表面タンパク質を含有する。生体表面に局部集中するが、しかし、マイナスのやり方では細胞生理機能に影響を与えない開始剤を設計することは望ましい。例えば、改善された開始剤は、好ましくは、細胞死をもたらすシグナル経路などのいかなる有害な細胞過程をも始動させることなく有効なやり方で細胞表面上に高分子層の形成を促進するべきである。
【0009】
別の態様において、細胞上での所期の効能を付与する界面重合試薬または開始剤により形成される高分子層を有することは、また、望ましくあることが可能である。例えば、インシュリンを産生するカプセル化膵臓細胞を有すること、または副甲状腺ホルモンを産生するカプセル化甲状腺を有することは、こうした治療の必要性のある患者にとって価値のあることであることができる。こうした作用は、患者が生体内でこうした効果を促進する薬物を摂取する必要性を減少させるかまたは排除することが可能である。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0010】
一つの態様において、本発明は、表面を被覆するための方法を提供する。本方法は、表面をリガンド結合開始剤ポリマーと接触させることを含む。開始剤ポリマーは重合開始剤基およびリガンド基を含むと共に、リガンド基は表面上で受容体に特異的に結合することができる。本方法は、また、表面を重合性材料と接触させ、次に、リガンド結合開始剤ポリマーの開始剤基を活性化させて、少なくとも生体表面の一部上で重合性材料の重合を引き起こすことを含む。
【0011】
本発明は、一般的に、細胞の外膜などの生体表面を被覆することを含む。一つの態様において、本発明は高分子皮膜により膵島をカプセル化するための方法を提供する。この実施形態により、この目的のために用いられるリガンド基は、膵β細胞を刺激してインシュリンを分泌するために有用であることもできるスルホニル尿素誘導体であることができる。
【0012】
別の態様において、本発明は、光活性化染料の群から選択される光開始剤基、およびリガンド基を含むリガンド結合開始剤ポリマーを提供する。光活性化染料は、アクリジン・オレンジ、カンファーキノン、エチル・エオシン、エオシンY、エリトロシン、フルオレセイン、メチレングリーン、メチレンブルー、フロキシム、リボフラビン、ローズベンガル、チオニン、およびキサンチン染料などからなる群から選択することができる。別の態様において、開始剤ポリマーは、ポリアクリルアミド主鎖などの親水性主鎖、または同様の親水性特質を有する主鎖を含む。
【0013】
本発明は、更に、開始剤ポリマーおよびマクロマーなどの重合性材料を含むキットを提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、本明細書において「開始剤ポリマー」と呼ばれるリガンド結合開始剤ポリマー、開始剤ポリマーを含む組成物およびシステム、およびこれらの開始剤ポリマーを用いる表面上での重合性材料の界面重合を行うための方法を提供する。「ポリマー」は1以上の異なる反復単量体単位を有する化合物を指し、線状ポリマーおよびコポリマー、本明細書において「デンドリマー」と呼ばれる高度に分岐したデンドリマーポリマーおよびコポリマーなどの分岐ポリマーおよびコポリマー、ならびにグラフトポリマーおよびコポリマーなどを含む。開始剤ポリマーが結合する表面は、一般に、リガンドと結合することができる受容体を担持する。本発明の一つの実施形態において、表面は生体表面である。本明細書において用いられる。
【0015】
「生体表面」は、広く、例えば、細胞表面、細胞群表面、ウイルス粒子などの生体粒子表面、または組織表面などの表面受容体を有するあらゆる種類の生体材料の表面を指す。本発明の開始剤ポリマーは、生体材料の表面上で受容体と特異的に相互作用し、重合性材料の重合を促進して、生体表面上または近くに本明細書において「高分子マトリクス」とも呼ばれる高分子層を形成することができる。
【0016】
開始剤ポリマーは、また、あらゆる種類の生体外または生体内法において、受容体を有する生体表面上に重合化材料のマトリクスを形成するために用いることができるが、それらは細胞カプセル化法に対して特に有用である。細胞カプセル化は、一般的に細胞または細胞群の全体表面にわたる高分子層の形成を含むと共に、この高分子層は、一般的に、厚さ、選択透過性、強度、および保護性などの一部の物理および機能特性を有する。他の実施形態において、開始剤ポリマーは、開始剤ポリマーのリガンド基と相互作用することができる特定受容体を有するあらゆるタイプの天然または合成材料の表面上で、重合化材料の高分子マトリクスを形成するために用いることができる。
【0017】
本発明により、表面上に高分子材料の皮膜を提供するために有用な開始剤ポリマーは、開始剤基およびリガンド基を含む。開始剤基は、特異的にエネルギーを受入れ、直接的または間接的にフリーラジカル種を発生させることができる開始剤ポリマーの一部を指すと共に、重合性材料のフリーラジカル重合を促進するために充分なものである。リガンド基は、被覆化を目標とされる材料表面上で識別可能な受容体(例えば、リガンド結合性メンバー)と特異的に結合することができる開始剤ポリマーの一部を指す。リガンド基と受容体間の親和力は一般に高く、10-6〜10-12Mの範囲にある解離定数(Kd)を有する。
【0018】
一つの実施形態において、開始剤ポリマーのリガンド基は、細胞表面上で治療関連受容体と特異的に結合することができる分子である。一般的に、治療関連受容体は、機能が細胞を有する対象における生理的状態の変化と関連する細胞機能に、直接的または間接的いずれかで影響を及ぼすことができる受容体である。例えば、リガンド基の受容体への結合は、有用化合物の産生を引き起こすことができるか、または望ましくない化合物の放出を遮断することができる。「産生」は、その最も広い意味合いで用いられ、細胞からの治療化合物の放出を引き起こすかまたは増大させるあらゆる細胞機能を包含する。この特定実施形態において、開始剤ポリマーのリガンド基は二重機能の目的を果たす。第1に、リガンド基は、細胞表面上で開始剤ポリマーを特定受容体に特異的に結合し、第2に、リガンド基は、カプセル化しようとする細胞材料から細胞反応を引き起こす。細胞反応は、細胞が所期の化合物または複数の化合物を産生する(または所期の細胞反応を引き出す)ように受容体部分が引き金を引く、リガンド基のその受容体への結合により開始することができる。本発明は、また、界面重合を介して形成されるポリマーマトリクス中に組み込まれることになる開始剤ポリマーのリガンド基が、カプセル化後、細胞表面上で受容体に接触したままで残るので、細胞反応を開始し保持する新規な方法を提供する。従って、カプセル化細胞は、治療的に有用な化合物を産生するために連続的に刺激することができる。一つの態様において、リガンド基は内分泌細胞上で表面受容体に結合することができる分子であり、結合は身体における内分泌機能を有する化合物の放出を引き起こす。
【0019】
特定実施形態において、リガンド基は、膵β細胞上で表面受容体に結合することができる分子である。一部の態様において、β細胞表面上での分子結合は、インシュリン産生などの、β細胞からの細胞反応を引き出すことができる。好ましい実施形態において、リガンド基は、グリブリドなどのスルホニル尿素誘導体である。本明細書において用いられる「スルホニル誘導体」は、スルホニル尿素部分を有する化合物を指し、それらはインシュリン刺激効果を生み出すことができる。グリブリドなどのスルホニル尿素は、膵β細胞表面上でカリウム(ATP)チャンネル・タンパク質に結合することができるリガンドである。
【0020】
本発明のリガンド結合開始剤ポリマーは、水溶液中に可溶であり、リガンド基と受容体間の高親和性相互作用に基づく受容体と結合することができるように整えられる。一部の実施形態において開始剤基は非極性であり、一部の実施形態において、リガンド基は、また、非極性である。従って、一般的に、開始剤基およびリガンド基は、開始剤ポリマーに疎水性特質を与える。好ましい実施形態において、開始剤ポリマーは高度に親水性であるポリマー主鎖を含むことができる。高度に親水性である主鎖は、開始剤ポリマーが水環境中でその溶解性およびその受容体結合特性を保持することを可能とすることができる。
【0021】
一つの実施形態において、開始剤ポリマーは、細胞カプセル化法などの生体表面を被覆するための方法において用いることができる。これらのタイプの方法において、開始剤ポリマーは、表面上にマトリクスを形成することができるマクロマーなどの重合性材料と併せて用いられる。一部の実施形態において、開始剤ポリマーはマクロマー成分とは別に表面に接触して置かれ、他の実施形態において、開始剤ポリマーおよびマクロマー成分は細胞に対する重合性組成物として一緒に表面と接触して置かれる。従って、本発明は、また、リガンド結合開始剤ポリマーおよび重合性成分を含む組成物を提供する。還元剤/受容体および増粘剤などの細胞カプセル化に有用な他の化合物は、既存ステップまたは追加ステップにおいて重合法中に導入することができる。こうした試薬は以下に詳しく記載される。従って、本発明は、また、重合性組成物、およびリガンド結合開始剤ポリマー、重合性成分、および表面被覆、特に細胞カプセル化を促進することができるか、または有用である他の成分を含むことができる表面上にポリマー皮膜を形成するためのキットを提供する。
【0022】
さらなる特定実施形態において、本発明は、界面重合法に用いられ、特定疾患治療用に適用可能な化合物群中の成分としてのリガンド結合開始剤ポリマーを提供する。これらの化合物および方法は、カプセル化細胞または組織が治療的に有用である、細胞または組織のカプセル化のために実行することができる。特定タイプの細胞または組織は、カプセル化し、ある種タイプの細胞または組織を必要とする対象中に導入することができる。内分泌細胞は、例えば、本発明の開始剤ポリマーを用いてカプセル化することができると共に、内分泌関連障害を有する患者への投与後治療的に有用であることができる細胞の一つの部類である。膵島などの特定タイプの内分泌細胞は、本発明の開始剤ポリマーを用いてカプセル化し、機能的膵臓組織を必要とする糖尿病患者に移植することができる。
【0023】
本発明のリガンド結合開始剤ポリマーは、1以上のリガンド基を含む。本明細書において用いられる「リガンド基」は、表面上で受容体と特定結合相互作用を表すあらゆる種類の化学部分を指す。受容体は、生体表面(例えば、細胞表面)上の分子、例えば、タンパク質または炭水化物であることができる。リガンド:受容体相互作用は結合特異性を示し、一般的に、エフェクター特異性を示す。リガンドの受容体に対する特異的結合相互作用は、一般に、飽和可能として特徴付けられる。本発明により、およそ10-6〜10-12Mの幅でのリガンド:受容体解離定数(Kd)が、本明細書において記載されるリガンドと受容体間の最も特異的な結合相互作用の一般的なものである。
【0024】
開始剤ポリマーのリガンド基は、特定局限性、および開始剤ポリマーの細胞、細胞群、または組織などの生体基板表面への結合を可能とすることができる。リガンド基の使用は、開始剤ポリマーの細胞−または組織−特定表面局限性およびこれらの特定目標細胞または組織の表面上での高分子マトリクスの形成を可能とする。別の態様において、リガンド基は、リガンド:受容体相互作用の結果として生物反応を促進するのに役立つことができる。
【0025】
特定リガンド:受容体相互作用の例には、スルホニル尿素:スルホニル尿素受容体およびアミロリド:アミロリド感受性ナトリウム・チャンネルタンパク質(ENaC)相互作用などの小分子:細胞表面受容体相互作用;および甲状腺刺激ホルモン(TSH):甲状腺血漿膜受容体、バソプレシン:バソプレシン受容体、および抗体または抗体フラグメント:細胞表面抗原相互作用などのタンパク質またはペプチド:細胞表面受容体相互作用が挙げられる。受容体分子は、膜タンパク質の一部、または膜タンパク質に結合する炭水化物部分の一部などの生体材料上のあらゆる種類の表面決定基であることができる。リガンドは種々の部類の細胞表面受容体を結合するように選択することができる。こうした部類には、例えば、G−結合受容体、イオン−チャンネル受容体、チロシン・キナーゼ連結受容体、および一つまたは複数の膜貫通領域を有する固有酵素活性を伴う受容体が挙げられる。
【0026】
開始剤ポリマーのリガンド基は、あらゆる低分子量親水性または脂肪親和性分子;小荷電分子;水溶性ペプチド(ペプチドホルモン);エルコンサノイド(erconsanoid)ホルモンを含む脂肪親和性ホルモン;抗体または抗体フラグメント;タンパク質;および上記のあらゆるものの誘導体から誘導することができる。
【0027】
リガンド基は、生体基板上で敵対効果または拮抗効果のいずれかを有することができる。一つの実施形態において、開始剤ポリマーのリガンド基は、受容体に結合し、細胞間情報伝達および遺伝子発現などの1以上の生物反応を引き出すことができる。細胞間情報伝達は、例えば、遺伝子またはタンパク質発現の変化、または細胞からのタンパク質などの特定化合物の一時変異または分泌の変化をもたらすことができる。好ましい実施形態において、リガンドは、それが接触している生体物質からの有用な生物反応を促進するように選択される。例えば、開始剤ポリマーのリガンド基は、細胞表面受容体を結合し、生理的に有用であるか、または特定の生理的状態に対して治療的である化合物の産生を引き出すことができる。開始剤ポリマーから垂れ下がるリガンド基は、単独で、および/または開始剤ポリマーが活性化された後に形成される重合化マトリクス中に組み込まれる場合に、その生物学的作用を与えることができる。
【0028】
本発明の一つの特定実施形態において、開始剤ポリマーのリガンド基は、膵β細胞の表面上で受容体に結合することができる分子である。一部の好ましい実施形態において、リガンド基は、膵β細胞を細胞表面受容体に結合すると共に、細胞からのインシュリン刺激性細胞反応(例えば、インシュリンの産生)を刺激することも両方できる。リガンド基は、β細胞からのインシュリンの産生および/または放出を引き起こすことを可能とするインシュリン刺激剤であることができる。従って、本発明により、膵臓細胞結合性リガンドを有する開始剤ポリマーは、膵島製剤と接触して、および結合して置くことができる。リガンド基を含有する開始剤ポリマーは、形成されるマトリクス中に組み込まれる。マトリクス内にカプセル化される島は、対象に移植することができると共に、マトリクスのせいで、免疫保護され、対象中で効能を発揮することができるインシュリンなどの治療的に有用な化合物を生み出すことができる。
【0029】
一つの実施形態において、リガンド基は、ATP感受性カリウム(K+−ATP)チャンネルの一部と結合することができると共に、従って、K+−ATPチャンネル結合性リガンドであることができる。K+−ATPチャンネルの部分は、例えば、スルホニル尿素受容体タンパク質SUR1、SUR2、およびKIR6.1およびKIR6.2などのポア形成サブユニットなどのK+−ATPチャンネル・タンパク質を含むことができる。これらタンパク質の特に関連する部分は、K+−ATPチャンネルを閉じるように機能するリガンドを結合することができる物である。膵β細胞において、K+−ATPチャンネル閉鎖性リガンド、K+−ATPチャンネル結合性リガンドの下位群は、細胞からのインシュリン分泌の引き金を引くように機能することができる。一般的に、このインシュリン分泌は、K+−ATPチャンネル閉鎖性リガンド結合により引き起こされ、カリウム流出防止は膜の脱分極をもたらし、カルシウム流入は細胞からのインシュリン放出を引き起こす。
【0030】
+−ATPチャンネル閉鎖性リガンドには、トルブタミド、トラザミド、クロルプロパミド、およびアセトヘキサミドなどの第1世代スルホニル尿素;グリメピリド、グリピジド、およびグリブリドなどの第2世代スルホニル尿素;メグリチナイド、レパグリニド、ナテグリニド、プランジン、およびスターリックスなどのインシュリン分泌促進薬;ミダグリゾール、LY397364、およびLY389382などのイミダゾリン誘導薬物;5−クロロ−N−(2−(4−ヒドロキシフェニル)エチル)−2−メトキシベンズアミドおよび4−(2−(5−クロロ−2−メトキシベンズアミド)エチル)フェニル・リン酸塩などのミチグリニドおよび類似物(Hastedt and Panten,Biochem. Pharmacol.65:599(2003));9−(3,4−ジクロロフェニル)−3,3,6,6−テトラメチル−3,4,6,7,9,10−ヘキサヒドロ−1,8(2H,5H)−アクリジンジオン(Gopalakrishnan,M.ら、Br. J. Pharmacol.138:393(2003));およびそれらの官能誘導体が挙げられる。
【0031】
別の実施形態において、本発明は、K+−ATPチャンネルの一部と結合することができるリガンド基を有する重合性モノマーを提供する。詳細には、エチレン性不飽和基およびスルホニル尿素部分を有するリガンド基を有する重合性モノマーが、本発明により提供される。
【0032】
リガンド基は、あらゆる適するやり方で開始剤ポリマーの主鎖に結合することができる。例えば、リガンド基は、リガンド−モノマーを調製し、リガンド−モノマーを開始剤モノマーと重合することにより、主鎖に結合することができる。リガンド−モノマーの合成は、標準化学反応を用いて容易に達成することができる。開始剤ポリマーを調製するための別の方法は、反応リガンド部分を調製し、リガンド部分を予備形成ポリマー上の反応基と反応させることを含む。例えば、リガンド基のイソシアネートまたはイソチオシアネート誘導体は、ペンダントアミン基を含有するポリマーと反応することができ、それによって、ペンダントリガンド基を担持する開始剤ポリマーを形成する。リガンド基は、ポリマー主鎖に結合し、その長さに沿ってあらゆる適するやり方で間隔をとることができる、例えば、リガンド基は、選択されたポリマー主鎖の長さに沿って不規則または規則的なパターンにおいて間隔をとることができるか、または、ポリマー主鎖の一つの末端上に主として存在することができる。
【0033】
ポリマー主鎖に結合されるリガンド基の数は、開始剤ポリマーが活性化される場合に、表面上での高分子材料の形成を可能とするために適するやり方で、細胞表面と結合する開始剤ポリマーを提供するように整えることができる。一つの実施形態において、開始剤ポリマーは少なくとも一つのリガンド基を含む。本発明の別の実施形態において、開始剤ポリマーは、リガンド基に結合されるポリマーの約5%以下の単量体単位を有する。なお別の実施形態において、開始剤ポリマーは、リガンド基に結合されるポリマーの約10%以下の単量体単位を有する。
【0034】
本発明により、リガンド結合開始剤ポリマーは、開始剤ポリマーの主鎖に結合される1以上の開始剤基を含む。開始剤基は、開始剤基を活性化させることができるエネルギーが開始剤ポリマーにかけられる場合に、マクロマーなどの重合性材料のフリーラジカル重合を促進することができる。活性化開始剤基は、重合性材料のフリーラジカル重合を直接または間接いずれかで引き起こすことができる。間接法は、一般的に、活性化開始剤から受容体または還元剤、フリーラジカルを形成することができると共に、重合性材料の重合を引き起こすように作用することができる化学種へのエネルギー転位を含む。直接法において、開始剤基はフリーラジカルそれ自体を提供する。
【0035】
本発明により、開始剤ポリマーは、リガンド基の表面上の受容体との相互作用を介して、細胞表面などの表面に局限することができる。開始剤基を活性化させると、開始剤ポリマーに近接している重合性材料は重合し、表面上に高分子材料層、すなわちマトリクスの形成をもたらす。このタイプの重合は、一般的に、界面重合と呼ばれる。
【0036】
開始剤ポリマーは、光活性化光開始剤基、熱活性化開始剤基、化学的活性化開始剤基、またはそれらの組合せを含むことができる。適する熱活性化開始剤基は、4,4’アゾビス(4−シアノペンタン)酸および2,2−アゾビス[2−(2−イミダゾリニ−2−イル)プロパン]ジヒドロクロライドを含むか、またはこれらの開始剤を付与される他の熱活性化開始剤は、開始剤ポリマー中に組み込むことができる。化学的活性化開始は、多くの場合、酸化還元開始、酸化還元触媒作用、または酸化還元活性化を指す。一般に、有機および無機酸化剤、ならびに有機および無機還元剤の組合せは、重合用のラジカルを発生するために用いられる。酸化還元開始の説明は、Principles of Polymerization, 2nd Edition,Odian G.,John Wiley and Sons, 201〜204頁(1981)に見出すことができる。好ましくは、生体系に有害でない酸化還元開始剤が用いられる。好ましくは、生体系に有害でないエネルギーを用いる光開始剤基および熱活性化開始剤基が用いられる。一つの実施形態において、長波長UVおよび可視光活性化周波数を有する光開始剤基は、開始剤ポリマーの主鎖に結合される。好ましい実施形態において、可視光活性化光開始剤はポリマー主鎖に結合される。
【0037】
光開始は、ノリッシュ(Norrish)タイプI反応、分子内または分子間水素抽出反応、および光還元性または光酸化性染料を用いる光感作反応を含む種々の機構により生じることができる。後者の二つのタイプの反応は、一般的に、例えば、第3アミンであることができるエネルギー転位受容体または還元剤と共に用いられる。こうした第3アミンは、マクロマーの高分子主鎖中に組み込むことができる。好ましい実施形態において、開始剤ポリマーは、分子内または分子間水素抽出反応、または活性化される場合に光還元性または光酸化性染料を用いる光感作反応を可能とする1以上の開始剤基を含む。これらのタイプの開始剤と共に使用するための有用なエネルギー転位受容体または還元剤には、トリエタノールアミン、トリエチルアミン、N−メチル・ジエタノールアミン、N,N−ジメチル・ベンジルアミン、テトラメチル・エチレンジアミンなどの第3アミン;ジベンジルアミン、N−ベンジル・エタノールアミン、N−イソプロピル・ベンジルアミンなどの第2級アミン;およびエタノールアミン、リジン、およびオルニチンなどの第1級アミンが挙げられるがそれらに限定されない。
【0038】
一つの実施形態において、350nm以上の吸収帯を有する光開始剤基が用いられる。更に好ましくは、500nm以上の吸収帯を有する光開始剤基が用いられる。適する光開始剤基には、長波紫外(LWUV)光活性化性分子および可視光活性化性分子などの光活性化開始剤基が挙げられる。適する長波紫外(LWUV)光活性化性分子には、[(9−オキソ−2−チオキサンタニル)−オキシ]酢酸、2−ヒドロキシ・チオキサントン、およびビニルオキシメチルベンゾイン・メチル・エーテルが挙げられるがそれらに限定されない。適する可視光活性化性分子には、アクリジン・オレンジ、カンファーキノン、エチル・エオシン、エオシンY、エリトロシン、フルオレセイン、メチレングリーン、メチレンブルー、フロキシム、リボフラビン、ローズベンガル、チオニン、およびキサンチン染料が挙げられるがそれらに限定されない。
【0039】
これらの可視光活性化性光開始剤基および光開始剤基一般に関する一つの共通の特性は、非極性部分を有することのそれである。この非極性部分の存在のせいで、これらの光開始剤基は、一般に、水溶液中への低い溶解度を有する。これらの光開始剤基がポリマーなどの別の分子に結合される場合に、光開始剤基は、ポリマー共役に非極性特質を付与することができると共に、一般に、水溶液中へのポリマー共役の溶解度を低下させることができる。
【0040】
開始剤ポリマーは、細胞表面などの表面上での重合性材料のフリーラジカル重合を促進するために充分な量において多くの開始剤基に結合される。開始剤ポリマーは、少なくとも一つの、更に一般的には複数の開始剤基を含有する。一部のケースにおいて、開始剤ポリマーは開始剤基を高度に詰め込んでおり、高水準の重合開始剤活性を提供することができる。これは、細胞表面上の受容体分子の数が低く、開始剤ポリマー当りの最高の重合潜在力が望まれる場合において、好ましくあることが可能である。別の態様において、開始剤基により高度に詰め込まれる開始剤ポリマーが調製され、容易には重合して高分子層を形成しないマクロマーを含む方法または組成物において用いることができる。それゆえに、本発明は開始剤基が高度に詰め込まれるリガンド結合開始剤ポリマーを提供する。
【0041】
本発明により、開始剤ポリマーは少なくとも一つの開始剤基を含む。本発明の別の実施形態において、開始剤ポリマーは、開始剤基に結合される開始剤ポリマーの約5%以下の単量体単位を有する。なお別の実施形態において、ポリマーの約10%の単量体単位が開始剤基に結合される。開始剤基は、あらゆる位置でポリマー主鎖に結合し、それに沿って垂れ下がることができると共に、不規則または規則的なやり方で間隔をとることができる。開始剤基は、好ましくは、細胞表面などの表面上でその受容体と特異的に結合するための開始剤ポリマーの能力に干渉しない。
【0042】
開始剤基はあらゆる適する方法を用いて開始剤ポリマーに結合することができる。一つの方法において、例えば、開始剤基を有する重合性モノマーは、合成され、次に重合反応に用いられてペンダント開始剤基を有する開始剤ポリマーを造りだすことができる。開始剤誘導体化モノマーの合成は、標準化学反応を用いて容易に達成することができる。例えば、イソチオシアネートまたは光活性化染料などの光開始剤基の酸塩化物類似物は、エチレン性不飽和アミン含有モノマーと反応して開始剤誘導体化モノマーを形成することができる。開始剤ポリマーを調製する別の方法において、反応基を有する予備形成ポリマーは開始剤基と反応して開始剤基を予備形成ポリマーに結合させる。例えば、光開始剤のイソチオシアネート類似物は、ペンダントアミン基を有するポリマーと反応することができ、それによって、ペンダント開始剤基を有する開始剤ポリマーを形成する。当業者に公知の他の合成スキームは、開始剤ポリマーを調製するために用いることができる。これらのスキームは考慮されるが、しかし、更に詳細には検討されない。
【0043】
好ましい実施形態において、開始剤ポリマーは一般的に非極性である複数の開始剤基を含む。複数の開始剤基の存在は、開始剤ポリマーに実質的な疎水性特質を付与することができる。それゆえに、この実質的な疎水性特質は、以下により詳細に検討される親水性主鎖を開始剤ポリマーに提供することにより、相殺することができる。
【0044】
本発明の好ましい実施形態において、リガンド結合開始剤ポリマーは、リガンド基、開始剤基を含み、水溶液中に可溶である。一般に、開始剤基は親水性ポリマー主鎖を含む。いかなる開始剤基またはリガンド基の添加なしでのポリマー鎖を指すポリマー主鎖は、一般的に、炭素および好ましくは窒素、酸素、および硫黄から選択される1以上の原子を含む。主鎖は炭素−炭素連鎖を含むことができ、一部の好ましい実施形態において、1以上のアミド、アミン、エステル、エーテル、ケトン、ペプチド、または硫化物連鎖、またはそれらの組合せを含むこともできる。
【0045】
開始剤ポリマーの高分子主鎖は、リガンド基および開始剤基を主鎖に結合して開始剤ポリマーを形成するために有用な化学基を含むことができる。適する化学基には、酸(またはアシル)ハロゲン化物基、アルコール基、アルデヒド基、アルキルおよびアリールハロゲン化物基、アミン基、アミド基およびカルボキシル基などが挙げられる。これらの化学基は、予備形成ポリマー上またはリガンド結合開始剤ポリマーを造りだすために用いられるモノマー上のいずれかに存在することができる。適する反応基または荷電側基を有するポリマーの例には、ポリリシン、ポリオルニチン、ポリエチレンイミン、およびポリアミドアミン・デンドリマーなどの反応アミン基を有するポリマーが挙げられる。
【0046】
本発明の一つの実施形態において、開始剤ポリマーの主鎖は、親水性特質を有する開始剤ポリマーを提供する。好ましい親水性主鎖は、ポリアクリルアミドなどの高度に水溶性のポリマーを含む。適するポリマー主鎖の例には、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリエーテル(ポリオキシエチレンなど)、ポリスルホン、ポリウレタン、および代表的なモノマー基を含有するコポリマーが挙げられる。他の適するポリマーには、ポリエチレンイミン、およびポリプロピレンイミンなどのポリアミン、ならびに2−アミノエチルメタクリレート、N−(3−アミノプロピル)メタクリルアミド、およびジアリルアミンなどのモノマーから形成されるポリアミンポリマーまたはコポリマーが挙げられる。一つの好ましい実施形態において、開始剤ポリマーの主鎖は、比較的少ないかまたは全く芳香族基を含有しない。従って、本発明の一つの好ましい実施形態において、開始剤ポリマーは、(i)重合開始剤基、(ii)リガンド基、および(iii)親水性主鎖を含む。
【0047】
別の態様において、開始剤ポリマーの親水性特質は、荷電基をポリマー主鎖に結合することにより改善することができる。これらの実施形態において、荷電基の存在が被覆しようとする基板表面上で目標受容体と結合する開始剤ポリマーの能力に干渉しないように、開始剤ポリマーが設定されることは好ましい。適する荷電基には、第4級アンモニウム、第4級ホスホニウム、および3元(ternary)スルホニウム基などの陽性基が挙げられる。開始剤ポリマーに結合することができる適する陰性基には、スルホン酸塩、ホスホン酸塩、およびカルボン酸塩基が挙げられるがそれらに限定されない。
【0048】
少なくとも一つの開始剤基および少なくとも一つのリガンド基を有する開始剤ポリマーは、種々の方法で調製することができる。例えば、開始剤基およびリガンド基は、開始剤およびリガンド基と反応する「予備形成」ポリマーまたはコポリマーに結合することができる。予備形成ポリマーまたはコポリマーは、市販元から入手するか、または、望ましいモノマーまたは各種モノマーの組合せの重合から合成することができる。開始剤ポリマーを調製する一つの例において、開始剤基およびリガンド基は、例えば、共有結合により、ポリマーまたはコポリマーの主鎖から垂れ下がる化学基と反応し、それらに結合される。開始剤基およびリガンド基のこうした結合は、例えば、置換または付加反応により達成することができる。
【0049】
開始剤ポリマーを調製する別の方法において、開始剤を有するモノマーおよびリガンド基を有するモノマーが第1に調製される。これらの開始剤およびリガンド基含有モノマーは、次に、共重合して、開始剤およびリガンド基両方を有する開始剤ポリマーを造りだす。一部の実施形態において、開始剤基およびリガンド基両方を有する個々のモノマーは、開始剤ポリマーを調製するために用いることができる。任意に、開始剤または陽性基のいずれにも結合しない他のモノマーは、リガンドおよび開始剤結合モノマーと重合して開始剤ポリマーを造りだすことができる。開始剤ポリマー調製用の有用なモノマー混合物は、約10重量%以下のリガンド・モノマー、約90重量%以下の親水性モノマー、および約20重量%以下の荷電基を有するモノマーを含む。開始剤ポリマーを調製する方法は、以下に例示される。開始剤ポリマーを調製するための当業者に公知の他の標準方法は考慮されるが、更には検討されない。
【0050】
一つの実施形態において、開始剤ポリマーは、(i)開始剤ポリマーが表面上で受容体と特異的に結合することを可能とするリガンド基の量、(ii)表面上でマクロマーの重合を促進することができる開始剤基の量、および(iii)開始剤ポリマーを水溶液中に溶解するために充分なサイズの親水性主鎖を有する。種々の実施形態において、開始剤ポリマーは、約50KDa、100KDa、250KDa、500KDa、750KDa、および10,000KDaを超える重量平均分子量(Mw)を有する。一部の実施形態において、開始剤ポリマーが、これらの列挙された分子量のより高い範囲にあるMwを有することは好ましい。
【0051】
本明細書において用いられる「重量平均分子量」またはMwは、分子量を測定する標準比較方式であり、開始剤ポリマーおよびマクロマーの調製物などの、ポリマー(調製物)の分子量測定のために特に有用である。ポリマー調製物は、一般的に、個々に小さな分子量変動を有するポリマーを含む。ポリマーは比較的高分子量を有する分子であり、ポリマー調製物内のこうした小さな変動は、ポリマー調製物の全体特性(例えば、開始剤ポリマー調製物の特徴)に影響を及ぼさない。重量平均分子量(Mw)は以下の式により定義することができる:
【数1】

式中、Nは質量Mを有する試料中のポリマーの分子数を表し、Σiは調製物中のすべてのNii(化学種)の総和である。Mwは光散乱または超遠心分離法などの通常の技術を用いて測定することができる。ポリマー調製物の分子量を定義するために用いられるMwおよび他の用語の論議は、例えば、Allcock, H. R. and Lampe, F. W.,Contemporary Polymer Chemistry;271頁(1990)に見出すことができる。
【0052】
従って、本発明の一つの特定実施形態において、開始剤ポリマーは、(i)複数の重合開始剤基、(ii)リガンド基、および(iii)親水性主鎖を含み、開始剤ポリマーのMwは約50KDa、更に好ましくは約100KDa、最も好ましくは約250KDaを超える。
【0053】
本発明の別の特定実施形態において、開始剤ポリマーは、(i)可視光活性化染料群から選択される複数の光開始剤基、(ii)リガンド基、および(iii)親水性主鎖を含み、開始剤ポリマーのMwは約50KDa、更に好ましくは約100KDa、最も好ましくは約250KDaを超える。
【0054】
本発明のなお別の特定実施形態において、開始剤ポリマーは、(i)可視光活性化染料群から選択される複数の光開始剤基、(ii)K+−ATPチャンネル結合性リガンド基、および(iii)親水性主鎖を含み、開始剤ポリマーのMwは約50KDa、更に好ましくは約100KDa、最も好ましくは約250KDaを超える。
【0055】
リガンド結合開始剤ポリマーは、リガンド結合性受容体を有する表面上でのマクロマーなどの重合性材料の重合を促進することができる。開始剤ポリマーが活性化された後、高分子材料のマトリクスが表面上に形成される。重合性材料は、1以上の重合性基を有するモノマーおよびポリマーを含むあらゆる種類の化合物であることができる。重合性基は、炭素−炭素二重結合などのフリーラジカル重合を伝播することができる重合性化合物の部分である。好ましい重合性基は、ビニルまたはアクリレート基を有する重合性化合物中に見出される。更に特異的な重合性部分には、アクリレート基、メタクリレート基、エタクリレート基、2−フェニル・アクリレート基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、イタコネート基、およびスチレン基が挙げられる。細胞材料のカプセル化用に好ましい材料は、生体適合性重合可能ポリマー(マクロマーとも呼ばれる)である。こうしたマクロマーは、直鎖または分岐鎖ポリマーまたはコポリマー、またはグラフトコポリマーであることができる。本発明の開始剤ポリマーと共に使用するために適する合成高分子マクロマー、多糖類マクロマー、およびタンパク質マクロマーは、米国特許第5,573,934号(ハッベル(Hubbell)ら)に記載されており、その教示内容はその全体を本明細書において参考のために包含する。
【0056】
好ましいマクロマーには、重合性ポリ(ビニルピロリドン)(PVP)、ポリ(エチレングリコール)(PEG)、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(エチルオキサゾリン)、ポリ(プロピレンオキシド)、ポリアクリルアミド(PAA)、ポリ(ビニルアルコール)(PVA)、およびそれらのコポリマーが挙げられるがそれらに限定されない。特に、PEGおよびPAAは、更に好ましいマクロマーである。これらのタイプのマクロマーは、一般的に、水中に可溶であり、生分解性ポリマーに比べて、生体内でより安定である。
【0057】
一部のケースにおいて、重合性材料として天然産または合成マクロマーを用いることは望ましくあることが可能である。適するマクロマーには、それらの例にヒアルロン酸(HA)、でんぷん、デキストラン、ヘパリン、およびキトサンに限定されないがそれらが挙げられる多糖類などの天然産ポリマー;およびそれらの例にゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、アルブミンおよびそれらの活性ペプチドに限定されないがそれらが挙げられるタンパク質(および他のポリアミノ酸)が含まれる。これらの天然産または合成マクロマーを重合性とするために、重合性基は標準熱化学反応を用いてポリマー中に組み込むことができる。例えば、重合性基はリジン残基を含有するアミンのアクリロイル・クロライドとの反応を介してコラーゲンに添加することができる。これらの反応は重合性部分を含有するコラーゲンをもたらす。同様に、マクロマーを合成する場合に、反応基を含有するモノマーは合成スキーム中に組み込むことができる。例えば、ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)またはアミノプロピルメタクリルアミド(APMA)は、N−ビニルピロリドンまたはアクリルアミドと共重合することができ、ペンダントヒドロキシルまたはアミン基を有する水溶性ポリマーを生成する。これらのペンダント基は、次に、アクリロイル・クロライドまたはグリシジル・アクリレートと反応してペンダント重合性基を有する水溶性ポリマーを形成することができる。適する合成ポリマーには、その教示内容の全体が本明細書において参考のために包含される上の米国特許第5,410,016号に記載されているような分解性セグメントを含有する親水性モノマーが含まれる。
【0058】
別の態様において、本発明は、リガンド結合開始剤ポリマーおよびマクロマーを含む重合性組成物を提供する。重合性組成物は、また、還元剤/受容体および増粘剤、例えば、ポリエチレングリコールおよびグリセロールなどの細胞カプセル化法に有用な他の化合物を含むことができる。従って、一つの実施形態において、本発明は、(i)少なくとも一つの重合開始剤基、および表面上の受容体と相互作用することができるリガンド基を有する開始剤ポリマー、および(ii)マクロマーを含む重合性組成物を提供する。更に特異的な実施形態において、本発明は、(i)可視光活性化染料群から選択される光開始剤基、および表面上の受容体と相互作用することができるリガンド基を有する開始剤ポリマー、および(ii)マクロマーを含む重合性組成物を提供する。
【0059】
細胞カプセル化法
前述のように、本発明の開始剤ポリマーは、一般的に、生体表面に皮膜を提供するための方法において、マクロマー、および一部のケースにおける還元剤/受容体と共に用いられる。試薬は細胞カプセル化法に特に適する。
【0060】
カプセル化しようとする細胞または組織は、生物、例えば、ヒト・ドナーから得るか、または、形質変換またはさもなければ部分修正することができる細胞培養から得ることができる。カプセル化し疾患治療に用いることができる細胞および組織の特定タイプは、以下に検討される。「細胞」は、組織または器官の一部として存在することができるか、または微生物として独立に機能することができる個々の膜結合生物単位を指す。「組織」は類似細胞群を含み、また、一般的に、細胞と結合する細胞外物質を含む生物質量を指す。細胞または特に組織は、カプセル化過程の前に処理を受けることができる。例えば、組織は、トリプシン、ヒアルロニダーゼ、またはコラゲナーゼなどの酵素または他の適する試薬により処理して、カプセル化法に適するサイズの個々の細胞または細胞群を得ることができる。あるいは、組織は、適する細胞出発材料を調製するために機械加工を受けることができる。カプセル化の前に、細胞は、また、薬物、プロドラッグ、またはホルモンなどで処理することができるか、または、望ましい発現パターンを示すか、またはある種の形態素性を有する細胞を提供するために培養することができる。細胞または組織の調製および調製された細胞または組織の治療用の詳細な指示書を提供する技術文献は利用可能であり、例えば、Basic Cell Culture Protocols,Pollard, J. W. and Walker, J. M. Ed.,(1997)に見出すことができる。
【0061】
あるいは、カプセル化に適すると共に、本発明のリガンド結合開始剤と共に用いるように意図される細胞または組織は、商業的に入手することができる。例えば、ミクロソームおよび肝細胞などの生物ヒト肝臓製剤および膵島などの生物ヒト膵臓製剤は、セルツダイレクト(CellzDirect, Inc.)(アリゾナ州、トウーソン)などの市販元から入手することができる。
【0062】
技術文献において利用可能な情報により、一般に、表面を被覆するための方法において、および特に、細胞および組織をカプセル化するための本明細書において記載される新規で革新的な方法においてリガンド結合開始剤ポリマーを利用することができる。例えば、Cruise,ら、Cell Transplantation 8:293(1999)の教示は、本発明のリガンド結合開始剤ポリマーを用いる細胞カプセル化法のための基礎を提供することができる。上に示されるように調製される、または市販元から得られるカプセル化法に適する細胞または組織は、例えば、ロズウェルパークがん研究所(RPMI)媒体などの生体適合性緩衝水溶液などの適する溶液中に懸濁することができる。動物血清、アルブミンなどのタンパク質、酸化剤、還元剤、ビタミン、ミネラル、成長因子、または、細胞または組織の生存性および機能に影響を与えることができる他の成分などの他の試薬は、この溶液に添加することができる。
【0063】
リガンド結合開始剤ポリマーは、細胞または組織を溶液と接触させる前または後に、この溶液に添加することができる。開始剤ポリマーは、細胞または組織周りのマトリクス形成に充分である量で細胞と接触することができる。一つの実施形態において、開始剤ポリマーの濃度は、0.001〜0.5重量%である。なお別の実施形態において、開始剤ポリマーの濃度は、0.1〜0.25重量%である。一つの実施形態において、開始剤ポリマーは、開始剤ポリマーが細胞表面と結合するために充分である時間帯にわたり細胞と接触する。任意に、洗浄ステップは行うことができる。この洗浄ステップは、例えば、過剰な非結合開始剤または細胞と接触する他の物質を除去するために用いることができる。開始剤ポリマーが細胞または組織と接触した後、マクロマーなどの重合性材料は細胞と接触することができる。別の実施形態において、開始剤ポリマーは、重合性材料と共に細胞または組織と接触する。なお別の実施形態において、重合性材料は、開始剤ポリマーを細胞と接触させる前に、細胞と接触する。
【0064】
重合性材料(例えば、マクロマー)は、所期の厚さのマトリクスの形成を可能とする量で細胞または組織と接触することができる。細胞カプセル化に有用な溶液中のマクロマー濃度は、5〜50重量%の範囲、更に好ましくは10〜30重量%の範囲にあることができる。一部の実施形態において、重合性材料は、リガンド結合開始剤ポリマーを活性化する前に一時期細胞と接触して置くことができる。
【0065】
他の試薬は、カプセル化過程の間細胞または組織と接触して持ち込むことができる。前述のように、こうした試薬には、フリーラジカルを形成し、重合性材料のフリーラジカル重合を引き起こすことができる第3アミン(例えば、トリエタノールアミン)などの受容体または還元剤が挙げられる。適する受容体または還元剤は技術上公知であり、市販されている。これらの受容体または還元剤は、一般的に、開始剤基がエネルギーを受容体または還元剤に与えて重合性材料のフリーラジカル重合を促進する間接重合法において用いられる。増粘性試薬などの試薬は、また、本発明の方法において用いることができる。増粘性試薬は重合工程を改善することができる。適する増粘性試薬は技術上公知であり、市販されている。当業者(one of skill in the art)は、カプセル化法を行うためのあらゆるこれらの添加試薬の適する量を決定することができる。
【0066】
マトリクスの形成を促進するために必要な試薬が被覆しようとする表面に接触して持ち込まれた後、開始剤基を活性化するために充分な熱または電磁エネルギーなどのエネルギー源が、重合性材料の重合を開始するために加えられる。長波紫外線(LWUV)および350nm〜900nm範囲にある可視波長は好ましく、ランプおよびレーザー光源により供給することができる。これら波長の光を提供することができるランプまたはレーザー光源は市販されており、例えば、EFOS,Inc.(カナダ、オンタリオ州ミシサーガ)から入手することができる。本発明の好ましい開始剤ポリマーと共に使用するために特に適する波長は、約520nmである。反応の時間および温度は、望ましい皮膜を提供するために保持される。例えば、開始剤ポリマーおよびマクロマーに接触する細胞および組織は、秒〜分の範囲にある時間帯にわたり光により処理することができる。重合反応は光源を除去することにより停止させることができる。カプセル化細胞または組織は、次に、必要ならばさらなる処理を受けることができる。例えば、カプセル化材料を対象中に導入する前に、例えば、遠心分離によりカプセル化材料を濃縮することは、望ましくあることが可能である。
【0067】
示されるように、細胞をカプセル化するための詳細手順を提供する多くの技術文献が利用可能であり、リガンド結合開始剤ポリマーを用いることができる枠組みを提供することができる。従って、利用可能な情報を用いて、材料の表面被覆、更に詳細には、本明細書においてまたは他の文献に記載されるリガンド結合開始剤ポリマーおよび試薬を用いる細胞材料および組織のカプセル化を行うことができる。
【0068】
治療
本発明により、重合開始剤は、生体表面上での重合化材料のマトリクス形成を促進するために用いることができる。開始剤ポリマーを用いる重合は、侵襲性または非侵襲性いずれかの手順において、対象に、一緒かまたは個別いずれかで、開始剤ポリマーおよび重合性材料を適用することにより、生体内で行うことができる。他の特に有用な用途には、細胞または組織の生体外カプセル化が含まれる。この用途において、細胞または組織は適する供給源から取得し、本明細書において記載される開始剤ポリマーを含む組成物を用いる高分子材料マトリクスによりカプセル化し、次に、カプセル化細胞または組織を必要とする対象中に導入することができる。一部のケースにおいて、移植カプセル化細胞を受け入れ後、対象は、細胞をカプセル化するマトリクスを貫通することができると共に、対象にとって治療価値のある細胞反応を引き起こすことができる開始剤ポリマーのリガンド基として用いられる化合物とは異なる化合物などの薬剤を投薬することができる。このタイプの生体外カプセル化および移植手順は、それが、宿主免疫拒絶反応からの防御効果を移植細胞に付与すると共に、一方でカプセル化細胞が宿主に治療価値を提供することを可能とするマトリクス皮膜を提供することができるので有利である。
【0069】
本発明の一つの態様において、開始剤ポリマーは、下垂体からの細胞、副腎からの細胞、甲状腺/副甲状腺からの細胞、ベータ細胞、アルファ細胞、デルタ細胞、および膵臓ポリペプチド(PP)細胞などの膵島からの細胞、肝臓からの細胞、および精巣および卵巣などの生殖腺からの細胞を含む、内分泌腺系の腺および器官からの細胞または組織をカプセル化するために用いられる。内分泌腺細胞は、提供者個体から除去し、本明細書において記載される開始剤ポリマーを用いる高分子材料によりカプセル化することができる。
【0070】
カプセル化内分泌腺細胞は、以下の状態または必要性にあるどれかを有する個体に移植することができる:下垂体障害、および成長ホルモン(GH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、卵巣刺激ホルモン(FSH)、性腺刺激ホルモン(LH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、オキシトシン、または抗利尿ホルモン(ADH)を必要とする;副腎障害、および鉱質コルチコイド(例えば、アルドステロン)、グルココルチコイド(例えば、コルチゾール)、男性ホルモンステロイド、またはエピネフリンまたはノルエピネフリンなどのカテコールアミンを必要とする;甲状腺または副甲状腺障害、および甲状腺ホルモン、カルシトニン、または副甲状腺ホルモン(PTH)を必要とする;糖尿病などの膵臓障害、およびインシュリン、グルカゴン、ソマトスタチン、または膵臓ポリペプチドを必要とする;肝臓障害、および胆汁または凝固因子を含む血漿タンパク質を必要とする;生殖腺障害、およびテストステロンなどの男性ホルモンまたはエストロゲンなどの女性ホルモンを必要とする。
【0071】
カプセル化することができる他のタイプの細胞には、心臓血管、呼吸器、腎臓、神経、筋肉、および骨格系からの未成熟および成熟細胞が挙げられる。一部の態様において、形質変換されるかまたは遺伝子組み換えされた細胞は、カプセル化し、宿主中に移植することができる。例えば、ペプチドホルモンまたは酵素などの治療的に有用な化合物を産生するために形質変換されるかまたは組み換えされた細胞は、カプセル化し、個体中に導入することができる。
【0072】
本発明は、また、特異的に、糖尿病治療のための界面重合化合物、組成物、および方法を提供する。詳細には、本発明は、膵β細胞および膵島周りの生体適合性高分子層に結合し、その界面重合を促進するために有用である開始剤ポリマーを提供する。同時に、高分子層を提供するための開始剤ポリマーの使用は、細胞からのインシュリン産生の増大を可能とすることにより、望ましい細胞反応を刺激する。
【0073】
上述のように、一部の例において、薬剤は、カプセル化細胞移植後、対象に投与することができる。薬剤は、必要とされる場合、カプセル化細胞から治療的に有用な細胞反応を引き起こすことができる。インシュリン産生を刺激することができると共に、移植カプセル化β細胞と一緒に共投与することができる他の薬物には、メトホルミン、アカルボース、およびノスカールが挙げられる。カプセル化細胞を有する対象に投与することができる他の有用な薬物には、坑血栓性、坑炎症性、抗菌、坑増殖性、および抗癌化合物、ならびに成長因子、および骨形成タンパク質などが挙げられる。
【0074】
別の態様において、開始剤ポリマーおよび重合性材料は、また、人工バリア、例えば、手術後の組織癒着を防止するためのバリアを提供するために、生体内用途に用いることができる。この用途に対して、重合性材料と共に開始剤ポリマーが組織表面に塗布される。次に、組成物は光を当てられて重合を開始し、バリア・マトリクスが形成される。高分子マトリクスは、他の組織が被覆化組織に癒着するのを防ぐ。一部の手順において、高分子マトリクスは血管表面上に形成して、血小板などの血液因子または細胞が血管壁と相互作用するかまたはそれに癒着することを防ぐことができる。分解性および非分解性マクロマー系は両方ともこの目的のために用いることができる。
【0075】
本発明の開始剤ポリマーは、また、他の医学的に有用な目的のために用いることができる。例えば、開始剤ポリマーは、組織および他の表面用の接着剤を形成するために用いられる成分であることができる。別の実施例において、開始剤ポリマーは、接着が望まれる受容体を担持する表面に塗布することができる。表面は洗浄されてあらゆる未結合または過剰の開始剤ポリマーを除去することができると共に、重合性材料は添加することができる。別の表面は開始剤ポリマー被覆表面と接触することができると共に、次に、エネルギー源をかけて開始剤ポリマーを活性化し重合性材料を重合させることができ、それによって、表面−表面接合を形成する。一時的な接着剤が必要とされる場合、重合性材料は分解性材料、例えば、生分解性マクロマーを含むことができる。
【0076】
開始剤ポリマーは、また、受容体を担持する表面上でのバリア形成のために用いることができる。こうした用途の例は、手術後の組織癒着防止用のバリアである。この用途のため、開始剤ポリマーは損傷組織の表面に塗布することができる。表面は洗浄されて未結合または過剰の開始剤ポリマーを除去することができると共に、次に、重合性材料を添加することができる。次に、開始剤ポリマーは表面上で活性化されて重合性材料を重合することができる。この重合により形成される高分子マトリクスは、他の組織が損傷組織に接着するのを防ぐことができる。分解性および/または非分解性マクロマーは、両方とも、このバリア形成法において用いることができる。
【0077】
本発明は、今、以下の非限定実施例を参照して実証される。
表1
【0078】
【化1】

【0079】
【化2】

【0080】
【化3】

【実施例】
【0081】
実施例1
スルホニル尿素(SUM)の合成
スルホニル尿素リガンド部分を有するモノマーの調製を、図1に示される合成スキームにより実行する。クロロホルム(またはアセトニトリル)中の4−(2−アミノエチル)ベンゼンスルホンアミド(AEBS)およびトリエチルアミン(TEA)溶液を、氷浴中で冷却する。図1のステップ1に示されるように、冷却攪拌AEBS溶液に、クロロホルム(またはアセトニトリル)中のメタクリロイル・クロライド(MAC)溶液を添加する。添加が完了した後、反応物を室温で2時間にわたり攪拌する。揮発性有機材料を、重合を避けるために真空下エア抜きにより除去する。残留物(スルファモイル・モノマー中間物(SMI):2−メチル−N−(2−(4−スルファモイル−フェニル)−エチル)アクリルアミド)を、水酸化ナトリウム水溶液中に溶解する。ステップ2に示されるように、水溶液に、アセトン(またはアセトニトリル)中のシクロヘキシル・イソシアネート(CI)溶液を添加し、得られる反応物を室温で16時間にわたり攪拌する。最終的に、反応物をHClで酸性化し、沈殿物を単離し、乾燥して、また表Iに示されるスルホニル尿素モノマー(化合物I:SUM)を得る。
【0082】
実施例2
EITCモノマー(EITCM)の合成
EITC光開始剤部分を有するモノマーの調製を、図2に示される合成スキームにより実行する。ジメチルスルホキシド(DMSO)中のエオシン・イソチオシアネート(EITC:4−イソチオシアネート−2−(2,4,5,7−テトラブロモ−6−ヒドロキシ−3−オキソ−3H−キサンチン−9−イル)−安息香酸メチルエステル)溶液に、クロロホルム中のN−(3−アミノプロピル)メタクリルアミド(APMA)溶液を添加する。溶液を室温で16時間にわたり攪拌する。クロロホルムを真空下エア抜きで除去する。DMSO溶液中のEITCMを、実施例3における開始剤ポリマーの調製に用いる。EITCM(化合物II)は、また、表Iに示される。
【0083】
実施例3
SUM−EITCM−AMPS−アクリルアミド(SEAA)開始剤ポリマーの調製
表Iに示される化合物IIIにより表すことができる開始剤ポリマーを、SUM、EITCM、AMPS(ナトリウム2−アクリルアミド2−メチル・プロパン・スルホネート)、メルカプトエタノール、AIBN(2,2’−アゾビスイソブチロニトリル)およびDMSO(ジメチルスルホキシド)をガラス容器中に入れ、混合物を重合させることにより調製する。溶液を脱ガス(脱酸素)し、アルゴンで覆い、55℃で16時間にわたり攪拌しながら加熱する。ポリマー生成物を含有するDMSO溶液を、12〜14kDa分子量カットオフ(MWCO)透析チュービング中に入れ、脱イオン水に対して透析を行う。次に、生成物を凍結乾燥により単離する。
【0084】
実施例4
スルホニル尿素−イソチオシアネート(SUNCS)の合成
スルホニル尿素誘導体(SUNCS)を、別のスルホニル尿素含有開始剤ポリマーの作製に向けて合成する。SUNCSの調製を、図3に示される合成スキームにより実行する。4−(2−アミノ−エチル)−ベンゼンスルホンアミド(AEBS)を、最初に、アセトニトリル(またはクロロホルム)中に溶解する。ステップ1において、AEBS溶液を、二硫化炭素(CS2)およびジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)と反応させる。ジシクロヘキシル尿素(DCU)生成物を、濾過によりスルファモイル−イソチオシアネート(S−NCS)から除去する。次に、溶媒を除去してS−NCS中間物を得る。ステップ2において、S−NCS、シクロヘキシル・イソシアネート、および臭化テトラブチルアンモニウム(TBAB)を、テトラヒドロフラン(THF)と共にガラス容器中に入れ、混合物を水素化ナトリウム(NaH)のゆっくりした添加の間不活性乾燥雰囲気下で攪拌する。次に、SUNCS生成物(また表Iに示される化合物IV)を単離し、フラッシュ・クロマトグラフィーにより精製する。
【0085】
実施例5
SUNCS−EITC−APTAC−PEI(SEAP)開始剤ポリマーの調製
SEAP開始剤ポリマーを以下の手順により調製する。エオシン・イソチオシアネート(EITCNCS;ミズーリー州、セントルイスのシグマ−アルドリッチ(Sigma−Aldrich Corp.,))、アクリルアミド・プロピルトリメチル・アンモニウム・クロライド(APTAC;ミズーリー州、セントルイスのシグマ−アルドリッチ)およびSUNCSを含有するDMSO溶液を、最初に、個々に調製する。10,000DaのMwを有するポリアミン・ポリエチレンイミン(PEI)を含有する溶液を、DMSO中にPEIを溶解することにより調製する。PEI溶液に、EITCNCS、APTAC,およびSUNCS溶液を添加する。反応物を室温で16時間にわたり攪拌する。重合生成物を、5,000MWCO透析チュービングを用いて精製し、生成物を凍結乾燥により単離する。最終生成物は、EITCがエオシンを表し、APTACがアクリルアミド・プロピルトリメチル・アンモニウム・クロライドを表し、SUがスルホニル尿素を表す、表Iの化合物Vにより表すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】スルホニル尿素モノマー、SUM(化合物I)調製のための合成スキームを示す。
【図2】EITCモノマー、EITCM(化合物II)調製のための合成スキームを示す。
【図3】スルホニル尿素誘導体、SUNCS(化合物IV)調製のための合成スキームを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)表面を与え(providing)、
(b)該表面を、(i)開始剤基、および(ii)表面上の受容体に特異的に(specifically)結合するリガンド基、を含むリガンド結合(ligand-coupled)開始剤ポリマーと接触させ、
(c)該表面を重合性材料と接触させ、および
(d)リガンド結合開始剤ポリマーの開始剤基を活性化させて、少なくとも表面の一部上で重合性材料の重合を引き起こすこと、のステップを含む方法。
【請求項2】
表面が生体表面を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生体表面が少なくとも一つの細胞の膜を含む請求項2に記載の方法。
【請求項4】
更に、ステップ(a)〜(d)から生成される被覆(coated)細胞または複数の被覆細胞を対象(subject)中に導入するステップ(e)を含む請求項3に記載の方法。
【請求項5】
リガンド基が内分泌腺細胞表面上の受容体に対する特異性を有する請求項1に記載の方法。
【請求項6】
リガンド基が膵β細胞表面上の受容体に対する特異性を有する請求項5に記載の方法。
【請求項7】
リガンド基がK+−ATPチャンネル結合性リガンドを含む請求項1に記載の方法。
【請求項8】
リガンド基がK+−ATPチャンネル閉鎖性リガンドを含む請求項7に記載の方法。
【請求項9】
リガンド基がスルホニル尿素誘導体を含む請求項8に記載の方法。
【請求項10】
スルホニル尿素誘導体がグリブリド類似体である請求項9に記載の方法。
【請求項11】
開始剤ポリマーの膵β細胞上の表面受容体に対する結合が細胞にインシュリン分泌を引き起こさせる請求項6に記載の方法。
【請求項12】
リガンド結合開始剤ポリマーが親水性主鎖を含む請求項1に記載の方法。
【請求項13】
親水性主鎖がポリアクリルアミド主鎖である請求項12に記載の方法。
【請求項14】
開始剤基が光開始剤を含む請求項1に記載の方法。
【請求項15】
光開始剤が350nm以上の励起波長を有する請求項14に記載の方法。
【請求項16】
光開始剤が500nm以上の励起波長を有する請求項15に記載の方法。
【請求項17】
光開始剤が、アクリジン・オレンジ、カンファーキノン、エチル・エオシン、エオシンY、エリトロシン、フルオレセイン、メチレングリーン、メチレンブルー、フロキシム、リボフラビン、ローズベンガル、チオニン、およびキサンチン染料からなる群から選択される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
リガンド結合開始剤ポリマーが少なくとも5個の開始剤基を含む請求項1に記載の方法。
【請求項19】
リガンド結合開始剤ポリマーが約50KDa以上のMwを有する請求項1に記載の方法。
【請求項20】
リガンド結合開始剤ポリマーが約100KDa以上のMwを有する請求項19に記載の方法。
【請求項21】
ステップb)において、リガンド基および受容体が10-6〜10-12Mの範囲にある解離定数を有する請求項1に記載の方法。
【請求項22】
(a)親水性高分子主鎖、
(b)アクリジン・オレンジ、カンファーキノン、エチル・エオシン、エオシンY、エリトロシン、フルオレセイン、メチレングリーン、メチレンブルー、フロキシム、リボフラビン、ローズベンガル、チオニン、およびキサンチン染料からなる群から選択される光開始剤基、および
(c)特異的に受容体に結合することができるリガンド基、
を含むリガンド結合開始剤ポリマー。
【請求項23】
(a)(i)開始剤基、および
(ii)表面上の受容体に特異的に結合することができるリガンド基、
を含むリガンド結合開始剤ポリマー、および
(b)開始剤基を活性化させると表面上に高分子層を形成することができる重合性材料、
を含むキット。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)表面を与え、
(b)該表面を、(i)開始剤基、および
(ii)該表面上の受容体に特異的に結合するリガンド基、
を含むリガンド結合開始剤ポリマーと接触させ、
(c)該表面を重合性材料と接触させ、および
(d)リガンド結合開始剤ポリマーの開始剤基を活性化させて、少なくとも表面の一部上で重合性材料の重合を引き起こすこと、のステップを含む方法。
【請求項2】
表面が生体表面を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生体表面が少なくとも一つの細胞の膜を含む請求項2に記載の方法。
【請求項4】
更に、ステップ(a)〜(d)から生成される被覆細胞または複数の被覆細胞を対象中に導入するステップ(e)を含む請求項3に記載の方法。
【請求項5】
リガンド基が内分泌腺細胞表面上の受容体に対する特異性を有する請求項1に記載の方法。
【請求項6】
リガンド基が膵β細胞表面上の受容体に対する特異性を有する請求項5に記載の方法。
【請求項7】
リガンド基がK+−ATPチャンネル結合性リガンドを含む請求項1に記載の方法。
【請求項8】
リガンド基がK+−ATPチャンネル閉鎖性リガンドを含む請求項7に記載の方法。
【請求項9】
リガンド基がスルホニル尿素誘導体を含む請求項8に記載の方法。
【請求項10】
スルホニル尿素誘導体がグリブリド類似体である請求項9に記載の方法。
【請求項11】
開始剤ポリマーの膵β細胞上の表面受容体に対する結合が細胞にインシュリン分泌を引き起こさせる請求項6に記載の方法。
【請求項12】
リガンド結合開始剤ポリマーが親水性主鎖を含む請求項1に記載の方法。
【請求項13】
親水性主鎖がポリアクリルアミド主鎖である請求項12に記載の方法。
【請求項14】
開始剤基が光開始剤を含む請求項1に記載の方法。
【請求項15】
光開始剤が350nm以上の励起波長を有する請求項14に記載の方法。
【請求項16】
光開始剤が500nm以上の励起波長を有する請求項15に記載の方法。
【請求項17】
光開始剤が、アクリジン・オレンジ、カンファーキノン、エチル・エオシン、エオシンY、エリトロシン、フルオレセイン、メチレングリーン、メチレンブルー、フロキシム、リボフラビン、ローズベンガル、チオニン、およびキサンチン染料からなる群から選択される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
リガンド結合開始剤ポリマーが少なくとも5個の開始剤基を含む請求項1に記載の方法。
【請求項19】
リガンド結合開始剤ポリマーが約50KDa以上のMwを有する請求項1に記載の方法。
【請求項20】
リガンド結合開始剤ポリマーが約100KDa以上のMwを有する請求項19に記載の方法。
【請求項21】
ステップb)において、リガンド基および受容体が10-6〜10-12Mの範囲にある解離定数を有する請求項1に記載の方法。
【請求項22】
(a)親水性高分子主鎖、
(b)アクリジン・オレンジ、カンファーキノン、エチル・エオシン、エオシンY、エリトロシン、フルオレセイン、メチレングリーン、メチレンブルー、フロキシム、リボフラビン、ローズベンガル、チオニン、およびキサンチン染料からなる群から選択される光開始剤基、および
(c)特異的に受容体に結合することができるリガンド基、
を含むリガンド結合開始剤ポリマー。
【請求項23】
(a)(i)開始剤基、および
(ii)表面上の受容体に特異的に結合することができるリガンド基、
を含むリガンド結合開始剤ポリマー、および
(b)開始剤基を活性化させると表面上に高分子層を形成することができる重合性材料、
を含むキット。
【請求項24】
請求項3に記載の方法により形成される高分子マトリクスによりカプセル化される1以上の細胞。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公表番号】特表2006−522802(P2006−522802A)
【公表日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−507087(P2006−507087)
【出願日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【国際出願番号】PCT/US2004/007458
【国際公開番号】WO2004/093845
【国際公開日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(500064890)サーモディックス,インコーポレイティド (15)
【Fターム(参考)】