説明

ルテニウム錯体の製造方法

【課題】水素化還元反応又はメタセシス重合反応の触媒原料として用いられるジ−μ−クロロ−ビス[クロロ(η−1−イソプロピル−4−メチルベンゼン)ルテニウム(II)]錯体を高収率で安価に製造する方法の提供。
【解決手段】塩化ルテニウム又はその水和物とγ−テルピネンとを溶媒中で反応させることで、上記課題を解決することができる。特に100℃以上の沸点を有するアルコールを溶媒として用いることで上記錯体の収率を高めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素化還元反応又はメタセシス反応の触媒原料として使用されるルテニウム錯体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
下記式(1)で表される錯体、すなわちジ−μ−クロロ−ビス[クロロ(η−1−イソプロピル−4−メチルベンゼン)ルテニウム(II)]錯体(以下「Ru−CPC錯体」ということがある。)は、水素化還元反応又はメタセシス反応などの触媒原料として使用されている(Journal of Organic Chemistry,Vol.59,3064(1994)(非特許文献1)及びOrganometallics,Vol.18,3760(1999)(非特許文献2)など参照)。
【化1】

【0003】
Ru−CPC錯体の製造方法としては、次の二つの方法が知られている。一つは、α−フェランドレン10mlと塩化ルテニウム水和物2.0gとをエタノール100ml還流下4時間反応させ、反応混合物を冷却した後、得られた結晶を濾別する方法である(第5版 実験化学講座Vol.21,p.221(非特許文献3))。もう一つは、塩化ルテニウム水和物10gにエタノール200ml、α−テルピネン45ml及び水22mlを加えて4時間還流し、エタノールの大部分を蒸留除去した後、得られた結晶を濾別する方法である(特開平11−322649号公報(特許文献1))。
【0004】
しかし、従来の原料であるα−フェランドレンは、ユーカリの葉(Eucalyptus dives Schuer Type)から水蒸気蒸留によって得るのが最も効率的で安価な製造法であるが、供給量は天候不順等に影響されやすく、安定供給という点において非常に問題があった。他方、α−テルピネンは、天然物からの抽出又は合成によって一般に入手可能であるが、天然物から抽出するため安定供給という点で問題があった。また、合成品の場合は90%以上の純度を有するα−テルピネンは市販されていないため、高純度のRu−CPC錯体を得るために製造コストがかかるといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−322649号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Journal of Organic Chemistry,Vol.59,3064(1994)
【非特許文献2】Organometallics,Vol.18,3760(1999)
【非特許文献3】第5版 実験化学講座Vol.21,p.221
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような状況の中で、天候などに影響を受けることなく、安定に供給される原料から、Ru−CPC錯体を高純度で効率よく製造することを可能にする錯体製法技術の提供が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、塩化ルテニウム又はその水和物とγ−テルピネンとを溶媒中で反応させることにより、高収率で安価に、Ru−CPC錯体を製造できることを見いだし、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、下記に示したルテニウム錯体の製造方法を提供するものである。
[1]塩化ルテニウム又はその水和物とγ−テルピネンとを溶媒中で反応させることを特徴とする、下記式(1)で表されるルテニウム錯体の製造方法。
【化2】

[2]前記溶媒がアルコールを含む、[1]記載の製造方法。
[3]前記溶媒が100℃〜300℃の沸点を有するアルコールを含む、[1]又は[2]記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、天然物からの抽出ではなく、工業的に安定供給が可能な純度の高い原料を用いて、高収率で、安価にRu−CPC錯体を製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明では、塩化ルテニウム又はその水和物とγ−テルピネンとを溶媒中で反応させる。
【0012】
塩化ルテニウム(本明細書では、「塩化ルテニウム(III)」を意味する。)は、代表的なルテニウム化合物であり、それ自体めっき原料又は電極材料として用いられている。塩化ルテニウムは一般に水和物(塩化ルテニウム(III)・n水和物(nは1〜4の数))として市販されている。本発明でも水和物の形態で用いることが好ましい。
【0013】
γ−テルピネンは、試薬として少量から市販されている他、工業的規模の数量でも入手可能である。市販されているγ−テルピネンは通常95%以上の純度を有しているため、精製することなくそのまま反応に用いることができる。γ−テルピネンは、例えば、Millennium Inorganic Chemicals、Destilerias Munoz Galvez S.A.、Takasago International Chemicals(Europe)S.A.、Destilaciones Bordas Chinchurreta,SAなどから入手可能である。γ−テルピネンの製造方法としてはいくつかの方法が公知となっている。例えば、テレビン油の酸性条件下での異性化処理、α−ピネンの濃硫酸処理、ピペリトールの脱水処理、或いは、α−フェランドレン又はリモネンの酸性条件下での異性化処理など、種々の方法がある(例えば、US特許2799717(1957)号、Liebigs Annalen der Chemie,Vol.2,234(1986)、Journal of the American Oil Chemists’ Society,Vol.82,531(2005)、など参照)。
【0014】
本発明において、塩化ルテニウム又はその水和物とγ−テルピネンの使用量は、等モル量であることが好ましいが、精製が容易である等の観点から、γ−テルピネンをやや過剰量で用いることが好ましい。例えば、γ−テルピネンの使用量は、塩化ルテニウム又はその水和物に対して、モル比で、1〜20倍が好ましく、2〜10倍がより好ましく、3〜6倍がさらに好ましい。
【0015】
反応に用いる溶媒は、塩化ルテニウム又はその水和物及びγ−テルピネンの両方を溶解可能なものであれば特に制限されない。所望の反応速度が得られることからアルコールが好ましく用いられる。具体的には、脂肪族アルコール、芳香族アルコール、ジオールおよびその誘導体などが挙げられる。
【0016】
脂肪族アルコールとしては、n−ブタノール、2−ブタノール、n−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、3−メチル−1−ブタノール、シクロペンタノール、n−ヘキサノール、2−ヘキサノール、3−ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−ヘプタノール、2−ヘプタノール、3−ヘプタノール、シクロヘプタノール、n−オクタノール、2−オクタノール、3−オクタノール、4−オクタノール、シクロオクタノールなどが挙げられる。
【0017】
芳香族アルコールとしては、フェノール、ベンジルアルコール、1−フェニルエタノール、2−フェニルエタノール、o−クレゾール、m−クレゾール、p−クレゾール、2−メチルベンジルアルコール、3−メチルベンジルアルコール、4−メチルベンジルアルコールなどが挙げられる。
【0018】
ジオールおよびその誘導体としては、エチレングリコール、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、2−イソプロポキシエタノール、エチレングリコール−n−ブチルエーテル、エチレングリコール−iso−ブチルエーテル、エチレングリコール−n−ヘキシルエーテル、3−メトキシ−1−ブタノール、3−メトキシ−3−メチル−1−ブタノールなどが挙げられる。
【0019】
中でも、より高収率でRu−CPC錯体が得られることから、沸点100℃以上のアルコールが好ましく用いられる。アルコールの沸点は、120℃以上がより好ましく、125℃以上が特に好ましい。アルコールの沸点の上限は特に制限されないが、反応操作が簡便であることから、300℃以下が好ましく、250℃以下がより好ましく、210℃以下が特に好ましい。
【0020】
特に好ましいアルコール溶媒としては、シクロヘキサノール、ベンジルアルコール、n−ペンタノール、n−ヘキサノール、n−ヘプタノール、2−メトキシエタノール及び2−エトキシエタノールなどが挙げられる。
【0021】
本発明において、溶媒は1種単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。2種以上の溶媒を組み合わせることで、溶媒の沸点を所望の範囲に調整することができ、還流下で反応を行う場合に反応温度を調整することができる。例えば、アルコールに少量の水を混合して用いてもよい。
【0022】
溶媒の使用量は、反応温度において塩化ルテニウム又はその水和物を溶解する量であればよく、特に制限されない。例えば、塩化ルテニウム又はその水和物の2〜50倍容量(すなわち、塩化ルテニウム又はその水和物1gに対して溶媒2〜50mL。以下同様。)、好ましくは2〜30倍容量、より好ましくは5〜20倍容量である。
【0023】
本発明において、反応は、還流下で行うことが好ましい。反応圧力は、特に制限されないが、反応操作が簡便であることから常圧で行うことが好ましい。
反応温度は、用いる溶媒によっても異なるが、反応効率の観点から100℃以上が好ましく、120℃以上がより好ましい。また、反応操作が簡便であることから、200℃以下が好ましく、160℃以下がより好ましい。
【0024】
反応時間は、反応のスケール、溶媒の種類、塩化ルテニウムとγ−テルピネンのモル比によっても異なるが、通常、1〜20時間が好ましく、2〜8時間がより好ましい。
【実施例】
【0025】
以下に実施例および比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制限されるものではない。なお、以下の実施例において物性等の測定に用いた装置は次のとおりである。
NMR:バリアン テクノロジーズ ジャパン リミテッド製、MERCURY plus 300型
H−NMR;300.07MHz
31P−NMR;121.48MHz
ガスクロマトグラフィー(GC):Agilent Technologies製、6890型カラム
【0026】
[実施例1]
シクロヘキサノール(沸点:161℃)を用いたRu−CPC錯体の製造
塩化ルテニウム水和物(n=約2.6)5.0gにシクロヘキサノール100ml、水10ml及びγ−テルピネン15.6mlを加え、油浴120℃にて4時間加熱撹拌した後、溶媒を減圧留去した。
得られた濃縮物に室温にてジイソプロピルエーテル20mlを加えて目的物を析出させ、一晩撹拌した。
翌日氷冷して5℃以下にて1時間撹拌した後、析出した結晶を濾別し、冷したジイソプロピルエーテル10mlで得られた結晶を2回洗浄した。結晶を減圧乾燥したところ、赤色のRu−CPC錯体5.70gを得た。Ru−CPC錯体の収率は97%であった。
H−NMR測定データを以下に示す。
H−NMR(CDCl,δ):1.27(6H,d,J=6.9Hz)、2.15(3H,s)、2.92(1H,m,6.9Hz)、5.33(2H,d,6.0Hz)、5.47(2H,d,6.0Hz)
【0027】
[実施例2]
ベンジルアルコール(沸点:205℃)を用いたRu−CPC錯体の製造
塩化ルテニウム水和物(n=約2.6)0.50gにベンジルアルコール2.5ml、水0.25ml及びγ−テルピネン1.6mlを加え、油浴120℃にて4時間加熱撹拌した後、溶媒を減圧留去した。
得られた濃縮物に室温にてジイソプロピルエーテル15mlを加えて目的物を析出させ、一晩撹拌した。
翌日氷冷して5℃以下にて1時間撹拌した後、析出した結晶を濾別し、冷したジイソプロピルエーテル2mlで得られた結晶を2回洗浄した。結晶を減圧乾燥したところ、赤色のRu−CPC錯体0.55gを得た。Ru−CPC錯体の収率は93%であった。
【0028】
[実施例3]
n−ペンタノール(沸点:137.5℃)を用いたRu−CPC錯体の製造
塩化ルテニウム水和物(n=約2.6)0.50gにn−ペンタノール10ml、水1.0ml及びγ−テルピネン1.6mlを加え、油浴120℃にて4時間加熱撹拌した後、溶媒を減圧留去した。
得られた濃縮物に室温にてジイソプロピルエーテル10mlを加えて目的物を析出させ、一晩撹拌した。
翌日氷冷して5℃以下にて1時間撹拌した後、析出した結晶を濾別し、冷したジイソプロピルエーテル2mlで得られた結晶を2回洗浄した。結晶を減圧乾燥したところ、赤色のRu−CPC錯体0.56gを得た。Ru−CPC錯体の収率は95%であった。
【0029】
[実施例4]
2−メトキシエタノール(沸点:125℃)を用いたRu−CPC錯体の製造
塩化ルテニウム水和物(n=約2.6)0.50gに2−メトキシエタノール10ml、水1.0ml及びγ−テルピネン1.6mlを加え、油浴120℃にて4時間加熱撹拌した後、溶媒を減圧留去した。
得られた濃縮物に室温にてジイソプロピルエーテル10mlを加えて目的物を析出させ、一晩撹拌した。
翌日氷冷して5℃以下にて1時間撹拌した後、析出した結晶を濾別し、冷したジイソプロピルエーテル2mlで得られた結晶を2回洗浄した。結晶を減圧乾燥したところ、赤色のRu−CPC錯体0.58gを得た。Ru−CPC錯体の収率は98%であった。
【0030】
[実施例5]
n−ブタノール(沸点:118℃)を用いたRu−CPC錯体の製造
塩化ルテニウム水和物(n=約2.6)0.50gにn−ブタノール10ml、水1ml及びγ−テルピネン1.6mlを加え、油浴120℃にて4時間加熱撹拌した後、溶媒を減圧留去した。
得られた濃縮物に室温にてクロロホルム20mlを加え不溶物を濾別した。濾液を濃縮し、ジイソプロピルエーテル10mlを加えて目的物を析出させ、一晩撹拌した。
翌日氷冷して5℃以下にて1時間撹拌後、析出した結晶を濾別し、冷したジイソプロピルエーテル2mlで得られた結晶を2回洗浄した。結晶を減圧乾燥したところ、赤色のRu−CPC錯体0.44gを得た。Ru−CPC錯体の収率は75%であった。
【0031】
[実施例6]
エタノール(沸点:78.3℃)を用いたRu−CPC錯体の製造
塩化ルテニウム水和物(n=約2.6)1.00gにエタノール20ml、水2.2ml及びγ−テルピネン3.1mlを加え、油浴120℃にて4時間加熱撹拌した後、溶媒を減圧留去した。
得られた濃縮物にクロロホルム20mlを加え不溶物を濾別した。濾液を濃縮し、ジイソプロピルエーテル20mlを加えて目的物を析出させ、一晩撹拌した。
翌日氷冷して5℃以下にて1時間撹拌した後、析出した結晶を濾別し冷したジイソプロピルエーテル4mlで得られた結晶を2回洗浄した。結晶を減圧乾燥したところ、赤色のRu−CPC錯体0.585gを得た。Ru−CPC錯体の収率は50%であった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の方法によれば、高収率で安価にRu−CPC錯体を製造することが可能である。本発明の方法で得られたRu−CPC錯体は、水素化還元反応又はメタセシス反応の触媒原料として好適に用いられる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化ルテニウム又はその水和物とγ−テルピネンとを溶媒中で反応させることを特徴とする、下記式(1)で表されるルテニウム錯体の製造方法。
【化3】

【請求項2】
前記溶媒がアルコールを含む、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記溶媒が100℃〜300℃の沸点を有するアルコールを含む、請求項1又は2記載の製造方法。

【公表番号】特表2012−522725(P2012−522725A)
【公表日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−542387(P2011−542387)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際出願番号】PCT/JP2010/055296
【国際公開番号】WO2010/113773
【国際公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(000169466)高砂香料工業株式会社 (194)
【Fターム(参考)】