説明

ループスアンチコアグラント検出用試薬キット及びループスアンチコアグラントの存否を判定する方法

【課題】
ループスアンチコアグラント(LA)陽性の検体群と陰性の検体群とを正確に切り分けることができるLA検出用試薬キットを提供することを課題とする。また、検体中のLAの存否を判定する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
マンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬と該第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬とを含むLA検出用試薬キット、及び該キットを用いるLAの存否を判定する方法により、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗リン脂質抗体症候群の責任抗体の一つであるループスアンチコアグラントを検出するための試薬キットに関する。また、本発明は、被験者から得た検体中のループスアンチコアグラントの存否を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome ;以下、「APS」という)は、血中に抗リン脂質抗体を有し、動静脈血栓症や習慣性流死産などの臨床症状を呈する疾患群の総称である(非特許文献1参照)。抗リン脂質抗体(antiphospholipid antibodies;以下、「aPL」という)は、リン脂質あるいはリン脂質とタンパク質の複合体に結合する自己抗体の総称である(非特許文献2参照)。
【0003】
aPLには様々な抗体があり、該抗体が認識するリン脂質やリン脂質結合タンパク質に応じて抗体の名称が付けられている。aPLには、抗カルジオリピン抗体(anti-cardiolipin antibodies;aCL)、抗β2グリコプロテインI抗体(anti-β2 glycoprotein I antibodies;aβ2GPI)、ホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体(phosphatidylserine-dependent anti-prothrombin antibodies;aPS/PT)、ループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant;以下、「LA」ともいう)が挙げられる。aCL、aβ2GPI、aPS/PTは酵素免疫測定法(ELISA)により検出され、LAはリン脂質依存性凝固時間の延長で検出される(非特許文献3参照)。
【0004】
LAは「個々の凝固因子活性を阻害することなく、リン脂質依存性の血液凝固反応を阻害する免疫グロブリン」として定義され、リン脂質依存性の凝固反応においてリン脂質そのものを阻害する自己抗体と考えられている。
【0005】
現在、LAの検査基準は次のとおりである;
1)活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time:APTT)、希釈ラッセル蛇毒時間(dilute Russel viper venom time:dRVVT)及びカオリン凝固時間(kaolin clotting time:KCT)などのリン脂質依存性凝固時間を測定するスクリーニング検査において凝固時間の延長を認める、
2)健常人血漿との混合試験を行っても凝固時間の延長が改善されない、
3)過剰のリン脂質の添加により凝固時間の短縮が確認される(リン脂質依存性の確認試験)。
最後に凝固因子のインヒビターなどの明らかな凝固異常やヘパリンなどの抗凝固剤の影響を除外することにより、被験者がLA陽性であると診断する(非特許文献1参照)。
【0006】
そのようなLAのリン脂質依存性の確認試験の一つとして、リン脂質を低濃度で含む凝固時間測定試薬及び高濃度で含む凝固時間測定試薬のそれぞれを用いて凝固時間を測定し、各試薬から得られた凝固時間の比に基づいて凝固時間がリン脂質濃度依存的な延長を確認することにより、検体中のLAの存在を確認する方法がある。
また、本発明者らは、試薬中に含まれるリン脂質の組成を調節することにより高感度にLAを検出可能な試薬キットをこれまでに完成させている(特許文献1〜3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4262550号公報
【特許文献2】特許第4417269号公報
【特許文献3】特許第4467407号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】吉田 美香ら、日本検査血液学会雑誌.2008、9(1):69-76
【非特許文献2】渥美 達也、日本血栓止血学会誌.2008、19(3):329-332
【非特許文献3】家子 正裕ら、日本血栓止血学会誌.2007、18(3):226-233
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の方法によってもLAの検出は可能であるが、高濃度のリン脂質を含む試薬を用いても凝固時間の延長が認められる場合があった。すなわち、従来の方法では、LA陽性検体であっても凝固時間の比が陰性検体と同程度の値を示す場合があるので、LA陽性の検体群と陰性の検体群とを明確に切り分けることが困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、マンガン塩を含む凝固時間測定試薬を用いることにより、LAによる凝固時間の延長を抑制でき、LA陽性の検体群と陰性の検体群とを明確に切り分けできることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明によれば、マンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬と、前記第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬とを含む、ループスアンチコアグラント検出用試薬キットが提供される。
【0012】
また、本発明によれば、
被験者から採取した検体とマンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬とを混合して、第1凝固時間を測定する工程と、
前記検体と前記第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬とを混合して、第2凝固時間を測定する工程と、
測定された第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて、前記検体中にループスアンチコアグラントが含まれているか否かを判定する工程と
を含む、ループスアンチコアグラントの存否の判定方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明のLA検出用試薬キットによれば、LAによる凝固時間の延長を抑制できるので、LA陽性検体群と陰性検体群とを明確に切り分けできる。また、本発明のループスアンチコアグラントの存否の判定方法によれば、被験者から得た検体中にLAが含まれるか否かを正確に判定できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】各種の金属塩を含むLA検出用試薬を用いて各LA検体から得た凝固時間比の平均値を示すグラフである。
【図2】LA陰性検体及びLA陽性検体から算出した、マンガン塩を含むか又は含まない試薬についてのLupus Ratioの分布を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のLA検出用試薬キット(以下、「本発明の試薬キット」ともいう)は、マンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬と、第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬とを含む。
【0016】
本発明の試薬キットの第1及び第2凝固時間測定試薬に含まれ得るマンガン塩は、適当な溶媒中、好ましくは各試薬に含まれ得る緩衝液中でマンガンイオン(Mn2+)を生じるマンガン塩であれば特に限定されない。そのようなマンガン塩としては、例えば塩化マンガン、酢酸マンガン、炭酸マンガン及び硫酸マンガンなどが挙げられる。また、マンガン塩は無水物であってもよく、水和物であってもよい。
【0017】
上記の第1凝固時間測定試薬中のマンガン塩濃度は0.1〜5mM、好ましくは0.5〜2mM、より好ましくは0.5〜1mMである。上記の第2凝固時間測定試薬はマンガン塩を含まなくてもよいが、第2凝固時間測定試薬がマンガン塩を含む場合、そのマンガン塩濃度は第1凝固時間測定試薬よりも低濃度であることが好ましい。例えば、第1凝固時間測定試薬中のマンガン塩濃度が1mMのとき、第2凝固時間測定試薬中のマンガン塩濃度は、0.1 mMとすることができる。
本発明の試薬キットにおいて、第1凝固時間測定試薬に対する第2凝固時間測定試薬のマンガン塩の濃度比の値([第2凝固時間測定試薬のマンガン塩濃度]/[第1凝固時間測定試薬のマンガン塩濃度])は0〜1、好ましくは0〜0.2である。
【0018】
本発明の試薬キットにおいては、血液凝固を促進させるために、第1凝固時間測定試薬がリン脂質を含み、第2凝固時間測定試薬が該第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でリン脂質を含むことが好ましい。
そのようなリン脂質としては、ホスファチジルエタノールアミン(以下、PEともいう)、ホスファチジルコリン(以下、PCともいう)及びホスファチジルセリン(以下、PSともいう)が挙げられる。上記の第1及び第2凝固時間測定試薬は、PE、PC及びPSから選択される1種、好ましくは2種、より好ましくは全種のリン脂質を含む。
また、第1及び第2凝固時間測定試薬に含まれるリン脂質は、天然由来リン脂質であってもよく、合成リン脂質であってもよい。それらの中でも、LAの検出感度を向上させる観点から、合成リン脂質又は純度99%以上に精製された天然由来リン脂質が好ましい。なお、PE、PC及びPSの脂肪酸側鎖は特に限定されないが、例えばパルミチン酸、オレイン酸、ステアリン酸などが挙げられ、それらの中でもオレイン酸が好ましい。
【0019】
第1及び第2凝固時間測定試薬のリン脂質の含有量は、検体と第1又は第2凝固時間測定試薬とを等量混合して(例えば、検体50μlと第1又は第2凝固時間測定試薬とを50μl混合する)、凝固時間を測定する場合においては、次の通りである。第1凝固時間測定試薬中のリン脂質濃度100〜2000μg/ml、好ましくは100〜600μg/mlであり、第2凝固時間測定試薬中のリン脂質濃度は20〜100μg/ml、好ましくは30〜70μg/mlである。
【0020】
上記の場合において、第1及び第2凝固時間測定試薬がリン脂質としてPE、PC及びPSを含むとき、第1凝固時間測定試薬中のPE濃度30〜700μg/ml、好ましくは40〜300μg/mlであり、PC濃度は50〜1000μg/ml、好ましくは60〜500μg/mlであり、PS濃度は5〜300μg/ml、好ましくは10〜150μg/mlである。また、第2凝固時間測定試薬中のPE濃度は1〜100μg/ml、好ましくは10〜80μg/mlであり、PC濃度は5〜200μg/ml、好ましくは20〜150μg/mlであり、PS濃度は1〜100μg/ml、好ましくは3〜50μg/mlである。
【0021】
検体と第1又は第2凝固時間測定試薬との混合割合が1:1でない場合は、該検体と第1又は第2凝固時間測定試薬との混合物中のリン脂質の終濃度を、上記のリン脂質濃度の各試薬を用いた場合の混合物と同じになるように調整すればよい。
【0022】
本発明の試薬キットにおいて、第1及び第2凝固時間測定試薬は、インビトロで血液凝固を起こすために必要な他の成分をさらに含んでいてもよい。そのような他の成分としては、例えば活性化剤、蛇毒、組織因子、カルシウム塩などが挙げられる。
活性化剤としては、エラグ酸、カオリン、セライト及びシリカからなる群より選択される1種以上を用いることが好ましい。なお、エラグ酸は、金属イオンとキレートを形成した状態にあってもよい。
蛇毒としては、ラッセル蛇毒、テキスタリン蛇毒及びエカリン蛇毒からなる群より選択される1種以上を用いることが好ましい。
組織因子としては、ウサギ脳やヒト胎盤由来の組織因子又は組み換え型組織因子を用いることが好ましい。
【0023】
上記の他の成分は、検体の凝固時間の測定方法に応じて適宜選択できる。例えば、活性化部分トロンボプラスチン時間測定の原理に基づいて凝固時間を測定する場合、第1及び第2凝固時間測定試薬は、活性化剤及びカルシウム塩を含み得る。ラッセル蛇毒時間測定の原理に基づいて凝固時間を測定する場合、第1及び第2凝固時間測定試薬は、蛇毒及びカルシウム塩を含み得る。プロトロンビン時間測定の原理に基づいて凝固時間を測定する場合、第1及び第2凝固時間測定試薬は、組織因子及びカルシウム塩を含み得る。
【0024】
なお、第1及び第2凝固時間測定試薬がカオリン及びカルシウム塩を含み、凝固時間がカオリン凝固時間測定の原理に基づいて測定される場合、検体中に含まれる内因性リン脂質が凝固反応に利用されるので、該第1及び第2凝固時間測定試薬は上記のリン脂質を含まなくてもよい。
【0025】
本発明の試薬キットにおいて、第1凝固時間測定試薬及び第2凝固時間測定試薬は、pH5〜10、好ましくはpH6〜9にて緩衝作用を有する緩衝液を含んでいてもよい。そのような緩衝液としては、例えば4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-イルエタンスルホン酸(HEPES)、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)、リン酸緩衝液(PBS)などが挙げられる。
各試薬中の緩衝液の濃度は、臨床化学の分野で一般的に用いられる濃度であればよく、簡単な繰り返し実験により適宜決定できる。
【0026】
本発明の試薬キットの第1凝固時間測定試薬は、上記の緩衝液中にマンガン塩と上記のリン脂質及び/又は他の成分とを含む溶液又は懸濁液の形態にある混合物であってもよい。また、第2凝固時間測定試薬は、上記の緩衝液中に上記のリン脂質及び/又は他の成分を含み、マンガン塩を含むか又は含まない、溶液又は懸濁液の形態にある混合物であってもよい。
【0027】
本発明の試薬キットは、カルシウム塩を含む第3凝固時間測定試薬をさらに含んでもよい。該第3凝固時間測定試薬中のカルシウム塩の濃度は、上記の第1又は第2凝固時間測定試薬と検体との混合物において、凝固を開始させるのに十分な濃度であれば特に限定されないが、好ましくは10〜40 mMである。カルシウム塩は、適当な溶媒中、好ましくは各試薬に含まれる緩衝液中でカルシウムイオン(Ca2+)を生じるカルシウム塩であれば特に限定されず、例えば塩化カルシウムなどが挙げられる。
【0028】
本発明の試薬キットは、第1又は第2凝固時間測定試薬と上記の第3凝固時間測定試薬とを組み合わせた形態にあってもよい。すなわち、本発明の試薬キットにおいては、第1凝固時間測定試薬が、マンガン塩を含む第1部分試薬とカルシウム塩を含む第2部分試薬とから構成されてもよく、第2凝固時間測定試薬が、該第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第3部分試薬とカルシウム塩を含む第4部分試薬とから構成されてもよい。
【0029】
以下に、検体中のLAの存否を判定する方法(以下、本発明の方法ともいう)について説明する。なお、本発明の方法には、上記の本発明のLA検出用試薬キットが好適に用いられる。
本発明の方法においては、まず、被験者から採取した検体とマンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬とを混合して第1凝固時間を測定する。
【0030】
検体としては被験者から得た血液を用いるが、好ましくは該血液から得た血漿、より好ましくは血小板除去血漿である。さらに好ましくは、該被験者から得た血漿に正常血漿又は血小板除去正常血漿を混合して得た試料を検体とする。このような正常血漿との混合により、被験者が凝固因子を欠損している場合の凝固時間の延長を防止でき、リン脂質依存性血液凝固検査の感度が向上する。被験者の血漿と正常血漿との混合比は、一般的に4:1〜1:4であり、好ましくは1:1である。
本発明の方法においては、上記の検体を2つに分け、一方は第1凝固時間を測定するために用いられ、他方は第2凝固時間を測定するために用いられる。
【0031】
上記の2つに分けた検体の一方と第1凝固時間測定試薬とを混合する。該試薬が第1部分試薬と第2部分試薬とから構成される場合は、検体と、第1部分試薬と第2部分試薬との混合物とを混合してもよいし、検体と第1部分試薬(又は第2部分試薬)との混合物と、第2部分試薬(又は第1部分試薬)と混合してもよい。
第1凝固時間測定試薬と検体との混合比(体積比)は4:1〜1:4程度であればよく、好ましくは1:1である。
【0032】
なお、第1部分試薬と第2部分試薬とを別々に検体に添加する場合、第1部分試薬(又は第2部分試薬)の添加後、第2部分試薬(又は第1部分試薬)の添加前に必要に応じて検体と部分試薬との混合物をインキュベーションしてもよい。インキュベーションの時間は1〜10分間程度、温度は室温〜45℃程度であればよい。
このように検体と第1凝固時間測定試薬とを混合した後、第1凝固時間を測定する。該凝固時間の測定は当該技術において公知の方法で行えばよく、例えば公知の自動測定装置を用いて測定できる。
【0033】
次いで、上記の検体と第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬とを混合して、第2凝固時間を測定する。
第2凝固時間の測定は、上記の2つに分けた検体のもう一方と第2凝固時間測定試薬とを混合することにより行われる。より詳細には、第1凝固時間測定試薬に代えて第2凝固時間測定試薬を用いること以外は、第1凝固時間の測定で述べたことと同様して行われる。
なお、第1凝固時間と第2凝固時間は、逐次測定されてもよいし、同時に測定されてもよい。
【0034】
上記のようにして測定された第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて、上記の検体中にLAが含まれているか否かを判定する。具体的には、この検体中のLAの存否の判定は、上記の第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて得られる値を用いて行われることが好ましい。
第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて得られる値としては、第1凝固時間と第2凝固時間との差の値又は比の値が挙げられる。該差の値としては、「(第2凝固時間)−(第1凝固時間)」及び「(第1凝固時間)−(第2凝固時間)」の値が挙げられる。該比の値としては、「(第2凝固時間)/(第1凝固時間)」及び「(第1凝固時間)/(第2凝固時間)」の値が挙げられる。
【0035】
本発明の試薬キットにおいては、第1凝固時間測定試薬中のマンガン塩により、LAによる第1凝固時間の延長が抑制されるので、第1凝固時間は第2凝固時間と同程度か又は第2凝固時間よりも短いと予測される。
したがって、上記の判定においては、第1凝固時間と第2凝固時間との差の値として、例えば「(第2凝固時間)−(第1凝固時間)」の値を用いる場合、該値が大きいときに被験者から得た検体中にLAが存在すると判定できる。反対に「(第2活性値)−(第1活性値)」の値が小さい(0又は負の値を含む)ときに、該検体中にLAが存在しないと判定できる。
また、第1凝固時間と第2凝固時間との比の値として、例えば「(第2凝固時間)/(第1凝固時間)」の値を用いて検体中のLAの存否を判定する場合、該比の値が大きいときに該検体中にLAが存在すると評価できる。反対に、「(第2凝固時間)/(第1凝固時間)」の値が小さいときに該検体中にLAが存在しないと判定できる。
【0036】
上記の検体中のLAの存否の判定は、健常者及びLA患者のそれぞれから得た検体についての第1及び第2凝固時間のデータの蓄積により経験的に行うことができるが、より正確に判定する観点から、検体中のLAの存否の判定は、被験者の検体から得た第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて得られる値と後述する閾値とを比較し、比較結果に基づいて行われることが好ましい。
閾値としては、例えばRosner Index(E. Rosnerら、Thromb. Haemast. 1987、57:144-147)又はLupus Ratio(LR値ともいう)(R. Schjetleinら、Thromb. Res. 1993、69:239-250)のような、正常血漿の凝固時間に対する被験者から得た検体の凝固時間の比に基づいて判定を行うことが好ましい。
【0037】
本明細書において「Lupus Ratio(LR値)」とは、以下の式(I)により算出される値である。
式(I):Lupus Ratio =(b/a)/(d/c)=bc/ad
(式(I)中、a、b、c及びdは、それぞれ次の測定値を表す。a:被験者の検体と第1凝固時間測定試薬とから得られた凝固時間、b:被験者の検体と第2凝固時間測定試薬とから得られた凝固時間、c:健常者の検体(正常血漿)と第1凝固時間測定試薬とから得られた凝固時間、d:健常者の検体(正常血漿)と第2凝固時間測定試薬とから得られた凝固時間。)
【0038】
正常血漿の場合、LR値は1程度である。血液凝固因子欠損患者、ワーファリン投与患者又はヘパリン投与患者から得た検体の場合も、正常血漿と比べて凝固時間は延長されるものの、第1凝固時間と第2凝固時間との間に差はほとんど認められないため、LR値は1程度となる。これに対して、LA陽性患者から得た検体の場合は、該検体中のLAの存在により第2凝固時間が第1凝固時間よりも延長されるので、LA陽性患者のLR値は1より大きい。したがって、正常血漿のLR値と比較することにより、LAを含んでいる検体、すなわちLA陽性患者由来の検体を自動的に検出できる。
【0039】
なお、本発明の方法に用いられる第1凝固時間測定試薬はリン脂質を含み、第2凝固時間測定試薬は、該第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でリン脂質を含むことが好ましい。そのようなリン脂質としては、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン及びホスファチジルセリンからなる群より選択される少なくとも1種である。
また、本発明の方法に用いられる第1及び第2凝固時間測定試薬は、活性化剤、蛇毒、組織因子、カルシウム塩などのような他の成分を含んでいてもよい。該活性化剤としては、エラグ酸、カオリン、セライト及びシリカなどが挙げられる。
【0040】
以下に実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
(実施例1)LAによる凝固時間延長に対するマンガン塩及び他の2価金属塩の効果の検討
LA測定試薬に各種の金属塩を添加した場合のLA陽性検体測定時の凝固時間比への影響を検討した。
【0042】
1.試薬の調製
活性化部分トロンボプラスチン時間測定の測定原理に基づく凝固時間測定試薬を調製した。該試薬において、各金属塩を含む試薬をLA-M(+)、金属塩を含まない試薬をLA-M(−)と称する。各LA-M(+)は第1部分試薬及び第2部分試薬からなり、LA-M(−)は第3部分試薬及び第4部分試薬からなる。
第1部分試薬は、50 mM HEPES(分子量:238.30、キシダ化学株式会社)、0.1 mMエラグ酸(分子量:338.22、キシダ化学株式会社)、25 mM Tris(分子量:121.14、キシダ化学株式会社)、15μg/ml PE(分子量:744.04、ナカライテスク株式会社)、30μg/ml PC(分子量:786.15、ナカライテスク株式会社)、5μg/ml PS(分子量:810.03、ナカライテスク株式会社)に、塩化マグネシウム六水和物(分子量:203.30、キシダ化学株式会社)、塩化マンガン四水和物(分子量:197.92、広瀬化学薬品株式会社)、塩化コバルト六水和物(分子量:237.93、ナカライテスク株式会社)、硫酸銅五水和物(分子量:249.69、キシダ化学株式会社)又は塩化亜鉛(分子量:136.3、キシダ化学株式会社)を終濃度0.5 mMで含む。なお、第1部分試薬には、金属塩とキレートを形成したエラグ酸も含まれる。また、第1部分試薬のpHを7.35に調整した。
第3部分試薬の組成は、金属塩を含まないこと以外は第1部分試薬と同じである。また、第3部分試薬のpHを7.35に調整した。
第2部分試薬及び第4部分試薬は、塩化カルシウム(分子量:111.0、キシダ化学株式会社)を終濃度25 mMとなるように精製水で調製した溶液である。
【0043】
2.測定試料
LA陽性検体としてGradiplasma LA Low(Gradipore Ltd.社)、Gradiplasma LA High(Gradipore Ltd.社)及びGeorge King LA(George King Bio-Medical, Inc社)を用いた。また、陰性対照の検体として、正常試料であるコアグトロールN(シスメックス株式会社)を用いた。
【0044】
3.凝固時間の測定
上記の3種のLA陽性検体を、各々50μlを2セット準備し、一方のセットの各検体と第1部分試薬50μlとを混合し、他方のセットの各検体と第3部分試薬50μlとを混合し、37℃で3分間加温した。その後、これらと第2部分試薬(又は第4部分試薬)50μlとを混合して凝固時間を測定した。凝固時間は、全自動血液凝固分析装置コアグレックス800(島津製作所株式会社)を用いて測定した。
【0045】
4.凝固時間比の算出
各検体について測定した凝固時間から、以下の式(A)にしたがって凝固時間比を算出した。
式(A):(凝固時間比)=(b/a)/(d/c)=bc/ad
(式(A)中、a、b、c及びdは、それぞれ次の測定値を表す。a:LA陽性検体と各LA-M(+)とから得られた凝固時間、b:LA陽性検体とLA-M(−)とから得られた凝固時間、c:正常試料と各LA-M(+)とから得られた凝固時間、d:正常試料の検体とLA-M(−)とから得られた凝固時間。)
【0046】
各LA検体から得た凝固時間比について3検体の平均値を算出した。結果を図1に示す。なお、図1において、Mgは塩化マグネシウム六水和物、Mnは塩化マンガン四水和物、Coは塩化コバルト六水和物、Cuは硫酸銅五水和物、Znは塩化亜鉛を示す。また、「未添加」はLA-M(−)による凝固時間比を示す。
図1より、塩化マンガン四水和物以外の金属塩を添加した試薬では凝固時間比が約1.0〜1.1であった。
一方、塩化マンガン四水和物を添加した試薬では、凝固時間比が約1.4まで増大したことから、LA陽性検体における凝固時間の延長の抑制には、塩化マンガン四水和物が効果的であった。このことから、マンガン塩を含むLA検出用試薬を用いた測定系により、LA陽性検体を特異的に検出できることが示唆された。
【0047】
(実施例2)マンガン塩を含むLA検出用試薬によるLA陽性検体と陰性検体との切り分け
マンガン塩を含むLA検出用試薬により、LA陽性検体と陰性検体とを明確に切り分けることができるか否かを検討した。
【0048】
活性化部分トロンボプラスチン時間測定の測定原理に基づくLA検出用試薬(2試薬系)を調製した。該試薬において、マンガン塩及びリン脂質を含む試薬をLA-H、LA-Hよりも低濃度のリン脂質を含む試薬をLA-Lと称する。LA-Hは第1部分試薬及び第2部分試薬からなり、LA-Lは第3部分試薬及び第4部分試薬からなる。
第1部分試薬は、50 mM HEPES(キシダ化学株式会社)、0.1 mMエラグ酸(キシダ化学株式会社)、25 mM Tris(キシダ化学株式会社)、60μg/ml PE(ナカライテスク株式会社)、120μg/ml PC(ナカライテスク株式会社)、20μg/ml PS(ナカライテスク株式会社)に、塩化マンガン四水和物(広瀬化学薬品株式会社)を終濃度0.5又は1.0 mMで含む。なお、第1部分試薬には、金属塩とキレートを形成したエラグ酸も含まれる。
また、第1部分試薬の対照として、塩化マンガン四水和物を含まない試薬も調製した。これらの試薬のpHを7.35に調整した。
【0049】
第3部分試薬は、50 mM HEPES(キシダ化学株式会社)、0.1 mMエラグ酸(キシダ化学株式会社)、25 mM Tris(キシダ化学株式会社)、15μg/ml PE(ナカライテスク株式会社)、30μg/ml PC(ナカライテスク株式会社)、5μg/ml PS(ナカライテスク株式会社)を含む。なお、第3部分試薬には、金属塩とキレートを形成したエラグ酸も含まれる。また、第3部分試薬のpHを7.35に調整した。
第2部分試薬及び第4部分試薬は、塩化カルシウム(分子量:111.0、キシダ化学株式会社)を終濃度25 mMとなるように精製水で調製した溶液である。
【0050】
2.測定試料
LA陰性検体として、正常試料であるコアグトロールN(シスメックス株式会社)、健常者の血漿(サンフコ社)を4例、ヘパリン添加血漿(コアグトロールNに未分画ヘパリン(持田製薬株式会社)を終濃度0.25又は0.5 U/mlとなるように添加した血漿)を2例、凝固因子欠損血漿(George King Bio-Medical, Inc社)を4例、及びワーファリン投与患者血漿(George King Bio-Medical, Inc社)を3例用いた。
LA陽性検体として、LA陽性血漿(サンフコ社)を24例用いた。
【0051】
3.凝固時間の測定
上記の各検体を、各々50μlを2セット準備し、一方のセットの各検体と第1部分試薬50μlとを混合し、他方のセットの各検体と第3部分試薬50μlとを混合し、37℃で3分間加温した。その後、これらと第2部分試薬(又は第4部分試薬)50μlとを混合して凝固時間を測定した。凝固時間は、全自動血液凝固分析装置コアグレックス800(島津製作所株式会社)を用いて測定した。
【0052】
4.Lupus Ratioの算出
各検体について測定した凝固時間から、以下の式(B)にしたがってLupus Ratioを算出した。
式(B):(Lupus Ratio)=(b/a)/(d/c)=bc/ad
(式(B)中、a、b、c及びdは、それぞれ次の測定値を表す。a:LA陽性検体と各LA-Hとから得られた凝固時間、b:LA陽性検体とLA-Lとから得られた凝固時間、c:正常試料と各LA-Hとから得られた凝固時間、d:正常試料とLA-Lとから得られた凝固時間。)
【0053】
LA陰性検体及びLA陽性検体から算出した、各LA検出用試薬についてのLupus Ratioの分布を、図2に示す。図2より、マンガン塩を含む試薬を用いた測定系ではLA陽性検体のLupus Ratioが増大していることがわかる。したがって、本発明のLA検出用試薬キットは、マンガン塩を含まない従来の試薬キットに比べて、LA陽性検体とLA陰性検体とをより明確に切り分けできることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬と、
前記第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬と
を含む、ループスアンチコアグラント検出用試薬キット。
【請求項2】
前記第1凝固時間測定試薬がリン脂質を含み、前記第2凝固時間測定試薬が前記第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でリン脂質を含む、請求項1に記載のループスアンチコアグラント検出用試薬キット。
【請求項3】
前記第1凝固時間測定試薬及び前記第2凝固時間測定試薬が活性化剤を含む、請求項1又は2に記載のループスアンチコアグラント検出用試薬キット。
【請求項4】
前記活性化剤が、エラグ酸、カオリン、セライト及びシリカからなる群より選択される、請求項3に記載のループスアンチコアグラント検出用試薬キット。
【請求項5】
前記リン脂質が、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン及びホスファチジルセリンからなる群より選択される少なくとも1種のリン脂質である、請求項2〜4のいずれかに1項に記載のループスアンチコアグラント検出用試薬キット。
【請求項6】
カルシウム塩を含む第3凝固時間測定試薬をさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載のループスアンチコアグラント検出用試薬キット。
【請求項7】
被験者から採取した検体とマンガン塩を含む第1凝固時間測定試薬とを混合して、第1凝固時間を測定する工程と、
前記検体と前記第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でマンガン塩を含むか又はマンガン塩を含まない第2凝固時間測定試薬とを混合して、第2凝固時間を測定する工程と、
測定された第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて、前記検体中にループスアンチコアグラントが含まれているか否かを判定する工程と
を含む、ループスアンチコアグラントの存否の判定方法。
【請求項8】
前記第1凝固時間及び第2凝固時間に基づいて得られる値と所定の閾値とを比較することにより、前記検体中にループスアンチコアグラントが含まれているか否かを判定する、請求項7に記載のループスアンチコアグラントの存否の判定方法。
【請求項9】
前記第1凝固時間測定試薬がリン脂質を含み、前記第2凝固時間測定試薬が前記第1凝固時間測定試薬よりも低濃度でリン脂質を含む、請求項7又は8に記載のループスアンチコアグラントの存否の判定方法。
【請求項10】
前記第1凝固時間測定試薬及び前記第2凝固時間測定試薬が活性化剤を含む、請求項7〜9のいずれかに1項に記載のループスアンチコアグラントの存否の判定方法。
【請求項11】
前記活性化剤が、エラグ酸、カオリン、セライト及びシリカからなる群より選択される、請求項10に記載のループスアンチコアグラントの存否の判定方法。
【請求項12】
前記リン脂質が、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン及びホスファチジルセリンからなる群より選択される少なくとも1種のリン脂質である、請求項9〜11のいずれか1項に記載のループスアンチコアグラント判定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−47586(P2012−47586A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189708(P2010−189708)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】