説明

レトロウイルスの保存方法

【課題】医学、薬学、農林水産学、食品学の分野において、細胞に遺伝子導入して形質転換するために用いるレトロウイルスベクターの精製方法、保存方法、ならびにそれに関連する一連の技術を提供する。
【解決手段】固相に固定化されたレトロウイルス結合活性を有する物質の存在下にレトロウイルスを維持することを特徴とするレトロウイルスの保存方法。レトロウイルス結合活性を有する物質が固定化された固相を保持する容器内に、前記レトロウイルス結合活性を有する物質と結合した状態で封入されていることを特徴とするレトロウイルス組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医学、薬学、農林水産学、食品学の分野において、細胞に遺伝子導入して形質転換するために用いるレトロウイルスベクターの精製方法、保存方法、ならびにそれに関連する一連の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
レトロウイルスベクターは宿主染色体に目的遺伝子を確実に組み込むことができるベクターであることから、遺伝子治療の領域においては造血幹細胞や末梢血リンパ球などを標的としたEx vivo遺伝子治療プロトコールを中心に広範に用いられているベクターである。また、基礎研究の分野においても、安定した外来(挿入)遺伝子発現レベルが獲得できることから、遺伝子発現解析のツールとして広範に用いられているベクターである。通常、レトロウイルスベクターは産生細胞の培養上清をフィルターろ過して用いられるが、Ex vivo遺伝子治療プロトコールに用いる場合には、更なる精製がなされる場合もある。しかし、ウイルスベクターの精製は煩雑であること、回収率が悪いことが問題点として挙げられ、精製したウイルスベクターの安定性に関して、学術論文での報告は見当たらない。
【0003】
レトロウイルスベクター産生細胞の培養上清は、通常、フィルターろ過された後、超低温フリーザーで凍結された状態で保存される。融解後の溶液状態でのベクターの安定性は低く、報告されている半減期は4℃で92時間、0℃で18〜64時間、32℃で11〜39時間、37℃で7〜9時間である(非特許文献1、非特許文献2)。このようにレトロウイルスベクターの安定性は低いことから、通常、凍結保存されたレトロウイルスベクターは使用時に溶解され、直ちに使用される。
【0004】
また、特許文献1には組換えレトロウイルスを凍結乾燥して保存する方法が記載されている。この方法は凍結乾燥のための設備を要し、また、保存された組換えレトロウイルスの使用にあたってはその復元操作が必要である。
【0005】
一方、特許文献2、特許文献3、非特許文献3にはレトロウイルス結合活性を有する物質、特にフィブロネクチンのフラグメント共存下にレトロウイルスを感染させる遺伝子導入方法が記載されている。しかし、前記物質のレトロウイルスの安定性への影響は知られていない。
【0006】
【特許文献1】米国特許第5792643号明細書
【特許文献2】国際公開第95/26200号パンフレット
【特許文献3】国際公開第97/18318号パンフレット
【非特許文献1】McTaggart S.、Al−Rubeai M.、バイオテクノロジー プログレス(Biotechnol. Prog.)、第16巻、第5号、第859〜865頁(2000年)
【非特許文献2】Kaptein L. C.ら、ジーン セラピー(Gene Ther.)、第4巻、第2号、第172〜176頁(1997年)
【非特許文献3】Hanenberg H.ら、ネイチャー メディシン(Nat. Med.)、第2巻、第8号、第876〜882頁(1996年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、凍結保存されたレトロウイルスベクターは融解後には迅速に取り扱い、短時間のうちに細胞への感染に使用しなければならない。従って、感染工程のスケジュールが何らかの要因、例えばレトロウイルスベクターを感染させるべき細胞の成育の遅れなどのために混乱し、融解後のレトロウイルスベクターをすぐに細胞への感染に使用できなかった場合には満足な感染効率を得られない恐れがある。
このように、レトロウイルスベクターについては即時使用可能な状態で安定に保存できる方法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らはレトロウイルスの遺伝子導入活性を保持したまま、低温下、凍結することなく安定に保存する方法の開発を目指した。鋭意研究の結果、本発明者らはウイルスに対する結合活性を有する物質をコートした固相にレトロウイルスを結合させて低温に維持することにより、非凍結状態でもレトロウイルスを即時使用可能な状態で安定に保存可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明の第1の発明はレトロウイルスの保存方法であって、固相に固定化されたレトロウイルス結合活性を有する物質の存在下にレトロウイルスを維持することを特徴とする。
【0010】
第1の発明において、レトロウイルスは非凍結状態で維持されることができる。前記の保存方法のひとつの態様として、レトロウイルスを含有する溶液が空気と接触しない状態で維持される方法が例示される。
【0011】
第1の発明において、レトロウイルスはレトロウイルス産生細胞由来の他の成分と分離されていてもよい。この態様においてレトロウイルスは、例えばリン酸塩を緩衝成分として含有する緩衝液中でレトロウイルスを維持されることができる。さらに、前記緩衝液はタンパク質および糖質から選択される物質を含有する溶液中で維持されてもよい。
【0012】
第1の発明のレトロウイルスの保存方法に使用されるレトロウイルス結合活性を有する物質としては、フィブロネクチンのヘパリン−IIドメインを有するポリペプチド、線維芽細胞増殖因子、V型コラーゲンのインシュリン結合ドメインを有するポリペプチド、DEAEデキストラン、ポリリジンが例示される。
【0013】
本発明の第2の発明はレトロウイルス組成物であって、レトロウイルス結合活性を有する物質が固定化された固相を保持する容器内に、レトロウイルスが前記レトロウイルス結合活性を有する物質と結合した状態で封入されていることを特徴とする。
【0014】
第2の発明の組成物としては、レトロウイルスを含有する溶液が空気と接触しない状態で容器に封入されたものが例示される。
【0015】
第2の発明の組成物は、レトロウイルス産生細胞由来の他の成分と分離されたレトロウイルスが封入されていてもよい。また、前記組成物はリン酸塩を緩衝成分として含有する緩衝液を含有することができる。さらに、前記組成物はタンパク質および糖質から選択される物質を含有する溶液を含有するものであってもよい。
【0016】
第2の発明のレトロウイルスの保存方法に使用されるレトロウイルス結合活性を有する物質としては、フィブロネクチンのヘパリン−IIドメインを有するポリペプチド、線維芽細胞増殖因子、V型コラーゲンのインシュリン結合ドメインを有するポリペプチド、DEAEデキストラン、ポリリジンが例示される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、レトロウイルスベクターを直ちに遺伝子導入できる状態で安定に保存することが可能である。同じ品質のレトロウイルス結合容器を安定に保存できることから、再現性のよい遺伝子導入を実施することが可能である。また、保存容器をガス透過性の細胞培養バッグや分離バッグにすることによって閉鎖系が保たれることから、低温下での輸送も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】対照での導入効率に対する、遺伝子導入効率の相対値を示す図である。
【図2】対照での導入効率に対する、遺伝子導入効率の相対値を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明に使用されるレトロウイルスには特に限定はない。遺伝子導入を目的とする場合には、通常、人為的に改変された組換えレトロウイルス、すなわちレトロウイルスベクターが本発明に使用される。特に、無制限な感染、遺伝子導入を防止する観点からは複製能欠損レトロウイルスベクターが好適である。該ベクターは感染した細胞中で自己複製できないように複製能を欠損させてあり、非病原性である。これらのベクターは脊椎動物細胞、特に、哺乳動物細胞のような宿主細胞に侵入し、その染色体DNA中に、ベクターに挿入された外来遺伝子を安定に組み込むことができる。公知の複製能欠損レトロウイルスベクターとしては、MFGベクターやα−SGCベクター(国際公開第92/07943号パンフレット)、pBabe[Morgenstern J. P.、Land H.、ヌクレイック アシッズ リサーチ(Nucleic Acids Research)、第18巻、第12号、第3587〜3596頁(1990年)]、pLXIN(クロンテック社製)、pDON−AI(タカラバイオ社製)等のレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター[ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来ベクター、サル免疫不全ウイルス(SIV)由来ベクター等]、あるいはこれらを改変したベクターが例示される。
【0020】
前記のレトロウイルスベクターに保持させる外来遺伝子には特に限定はなく、目的の細胞で発現させることが望まれる任意の遺伝子を挿入することができ、ポリペプチド(酵素、成長因子、サイトカイン、レセプター、構造タンパク質等)、アンチセンスRNA、リボザイム、デコイ、RNA干渉を起こすRNA等をコードする遺伝子が例示される。本発明では、前記の外来遺伝子は適当なプロモーター、例えば、レトロウイルスベクター中に存在するLTRのプロモーターや外来プロモーターの制御下で、レトロウイルスベクター内に挿入して使用することができる。また、外来遺伝子の転写を達成するためにはプロモーターおよび転写開始部位と共同する他の調節要素、例えば、エンハンサー配列がベクター内に存在していてもよい。さらに、好ましくは、導入された遺伝子はその下流にターミネーター配列を含有することができる。さらに、遺伝子導入された細胞の選択を可能にする適当なマーカー遺伝子(例えば薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質をコードする遺伝子、β−ガラクトシダーゼやルシフェラーゼのようなレポーターとして機能しうる酵素をコードする遺伝子等)を有していてもよい。
【0021】
前記のレトロウイルスは公知の方法で調製し、本発明に使用すればよい。調製方法には特に限定はなく、レトロウイルスベクターを使用する場合には当該レトロウイルスに適したレトロウイルス産生細胞を培養し、その培養上清を採取して本発明に使用することができる。前記のレトロウイルス産生細胞は安定にレトロウイルス粒子を上清中に生産するもの、レトロウイルスベクタープラスミドのトランスフェクションにより一過性にレトロウイルス粒子を生産するもののいずれでも構わない。
【0022】
上記のレトロウイルス産生細胞の作製には公知のパッケージング細胞株、例えばPG13(ATCC CRL−10686)、PA317(ATCC CRL−9078)、GP+E−86やGP+envAm−12(米国特許第5,278,056号)、Psi−Crip[Danos O.、Mulligan R. C.、プロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシズ オブ ザ ユナイテッド ステーツ オブ アメリカ(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)、第85巻、第17号、第6460〜6464頁(1988年)]等を使用してもよい。また、トランスフェクション効率の高い293細胞や293T細胞を用いてレトロウイルス産生細胞を作製することもできる。
【0023】
本発明には、当該レトロウイルスベクターのゲノムが由来するものとは異種のウイルス由来のエンベロープを有する、シュードタイプ(pseudotyped)パッケージングによって作製されたレトロウイルスも使用することができる。例えばモロニーマウス白血病ウイルス(MoMLV)、テナガザル白血病ウイルス(GaLV)、水泡性口内炎ウイルス(VSV)、ネコ内在性ウイルス(feline endogenous virus)由来のエンベロープやエンベロープとして機能しうるタンパク質を有するシュードタイプレトロウイルスを使用することができる。さらに、糖鎖合成に関与する酵素遺伝子などを導入したレトロウイルス産生細胞を用いて作製された、糖鎖修飾を受けたタンパクをその表面に有するレトロウイルスベクターも本発明に使用できる。
【0024】
(A)本発明のレトロウイルスの保存方法
本発明は、固相に固定化されたレトロウイルス結合活性を有する物質の存在下に、非凍結状態でレトロウイルスを維持することを特徴とするレトロウイルスの保存方法を提供する。
【0025】
本発明の方法に使用されるレトロウイルスを保存するための容器は、細胞や体液試料のような生物学的材料の保存に適したもの、もしくは細胞培養が可能なものであれば特に限定はなく、例えば培養プレート、培養フラスコ、分離バッグ、ガス透過性培養バッグ等が挙げられる。
【0026】
本発明における、レトロウイルス結合活性を有する物質が固定化される固相には特に限定はなく、ビーズ状、繊維状等の種々の形状の固相を使用することができる。細胞培養時に細胞と接触させた場合、細胞の維持、増殖に悪影響を与えない材質の固相が本発明には好適である。一つの好適な態様として、前記のレトロウイルスを保存するための容器がレトロウイルス結合活性を有する物質を固定化するための固相として使用される。この態様において前記容器は、その内容物に接触する面がレトロウイルス結合活性を有する物質で被覆されている。レトロウイルス結合活性を有する物質としてはフィブロネクチン、ヘパリン−IIドメインを有するフィブロネクチンフラグメント[CH−296(レトロネクチン:RetroNectin)やCH−271、H−296など]、線維芽細胞増殖因子、V型コラーゲンのインシュリン結合ドメインを有するポリペプチド、DEAE−デキストラン、ポリリジン等が例示される。固相表面にレトロウイルス結合活性を有する物質を固定化する方法には特に限定はなく、使用するレトロウイルス結合活性を有する物質に適した方法を選択すればよい。例えば前記物質を含有する緩衝液を使用する固相と接触させ、一定時間静置する方法が挙げられる。また、特許文献2、3にも前記物質の固定化操作について記載されている。
【0027】
本発明を特に限定するものではないが、本発明においてはレトロウイルスを含有する溶液と接触する空気の量を低減することが好ましい。従って、本発明のひとつの態様として、前記溶液を空気と接触しない状態で保持できる構造の容器を使用した保存方法が挙げられる。容量が固定された容器を使用する場合には、前記容器をレトロウイルスを含有する溶液で満たすことによって前記の態様を実施することができる。また、液量に応じて内容量を変更できる、フィルム状の基材で構成された袋状、バッグ状の容器を使用すれば任意の液量の溶液を空気と接触させずに保持することができる。本発明に使用される容器は、密封もしくは気密状態でレトロウイルスを含有する溶液を保持できるものが好ましい。特に好適には、市販の細胞培養用バッグを本発明に使用することができる。
【0028】
本発明で保存されるレトロウイルスとしては、レトロウイルス産生細胞から採取された上清、該上清から精製されたレトロウイルス等を使用することができる。例えば、一旦凍結保存された前記の上清や精製レトロウイルスを本発明の方法により非凍結状態で保存してもよい。
【0029】
本発明のひとつの態様では、レトロウイルスはレトロウイルス産生細胞由来の他の成分と分離された状態で保存される。前記の態様は通常、下記の工程により実施される。
(1)レトロウイルス結合活性を有する物質が固定化された固相とレトロウイルスを含有するレトロウイルス産生細胞培養液上清を接触させる工程;
(2)工程(1)の固相を洗浄する工程;及び
(3)工程(2)で得られた固相を緩衝液と接触させた状態で維持する工程。
あらかじめ精製されたレトロウイルスをレトロウイルス産生細胞の上清にかえて使用する場合には、上記(2)の工程を省略してもよい。
この態様では、レトロウイルス産生細胞の上清に含有される成分に起因するレトロウイルスの不活化が抑制されるため、レトロウイルスの感染能力がより高く維持される。
【0030】
レトロウイルスをレトロウイルス結合活性を有する物質に結合させる方法には特に限定はない。例えば、レトロウイルス産生細胞培養液上清を前記物質を固定化した固相と接触させ、放置する他、遠心力によってレトロウイルスを固相表面に沈降させる方法、固相とレトロウイルスの入った容器を振盪する方法等により実施すればよい。
【0031】
前記操作により、レトロウイルス結合物質を介してレトロウイルスが結合した容器から上清を除き、必要により固相(例えば容器自体)を洗浄し、次いでレトロウイルスの保存に適した溶液を容器に添加する。
【0032】
レトロウイルスが結合した固相の洗浄に使用する溶液は、保存しようとするレトロウイルスの感染性を大きく低下させないものであれば特に限定はない。例えば生理食塩水、燐酸緩衝生理食塩水、レトロウイルス産生細胞の培養に使用されたものと同じ培地などが使用できる。特に好ましくは、下記に示すレトロウイルスの保存に使用される溶液が使用される。レトロウイルス産生細胞の上清にはレトロウイルスの細胞への感染を阻害する物質が存在することから、レトロウイルス産生細胞由来の他の成分と分離された状態で保存されたレトロウイルスは、細胞への感染を実施するうえで有利である。
【0033】
本発明においては、レトロウイルスはレトロウイルス結合物質に結合した状態で、適切な溶液に接触した状態で保存される。ここで使用される溶液は、保存しようとするレトロウイルスの感染性を大きく低下させないものであれば特に限定はないが、好ましくはリン酸塩(リン酸ナトリウム、リン酸カリウム等)を緩衝成分として含有する緩衝液が使用される。さらに、レトロウイルスを安定化するための成分として糖類(ブドウ糖、ガラクトース、乳糖、マンニトール等)、タンパク質[アルブミン、コラーゲン(ゼラチン)等]やその他の成分(無機塩類、ポリオール類、ヒト血清等)を前記の溶液に含有させてもよい。
【0034】
前記の保存方法により、非凍結状態での保存であってもレトロウイルスの細胞への感染能力はレトロウイルス培養液上清をそのまま保存する場合に比べて高く維持される。特に本発明を限定するものではないが、本発明では低温条件下24時間以上、好適には48時間以上、さらに好適には72時間以上の期間にわたってレトロウイルスの保存が実施される。なお、本発明でいう低温とは15℃以下であって保存される溶液の凍結が起こらない温度を指す。好適には、レトロウイルスは0〜10℃で保存される。
【0035】
本発明の方法により容器中に保存されたレトロウイルスは、そのまま感染に用いることができる。レトロウイルスが外来遺伝子を保持した組換えレトロウイルスであった場合には、この操作によって細胞への遺伝子導入が可能となる。レトロウイルスの感染は、例えば容器中の溶液を細胞へのレトロウイルス感染に適した溶液に置換した後(保存用の溶液がレトロウイルスの感染に適したものであった場合にはそのまま)、感染が望まれる細胞を前記容器に添加することによって実施することができる。あるいは、当該保存容器から溶液を除き、細胞懸濁液を加えることによってレトロウイルスの感染を実施することができる。上記の感染の工程は静置培養でも良く、遠心力を加えて細胞をレトロウイルス結合活性を有する物質が固定化された固相表面上に沈降させることによってレトロウイルスと細胞を接触させる方法で実施しても良い。レトロウイルスを感染させた標的細胞は当該容器でそのまま培養を実施してもよく、前記の操作実施後別の容器に移して培養を行っても良い。
【0036】
レトロウイルス結合物質が標的細胞に対しても親和性を有する物質であった場合、上記の操作により標的細胞とレトロウイルスが容器表面上に共配置されることから、高い効率で標的細胞へのレトロウイルス感染が起こる。例えば、前記のCH−296ポリペプチドは造血幹細胞に対する結合活性を有していることから、当該ポリペプチドと所望の外来遺伝子を保持する組換えレトロウイルスを使用することにより、造血幹細胞への遺伝子導入を簡便、かつ高い効率で行うことが可能となる。
【0037】
本発明の別の態様として、レトロウイルス結合活性を有する物質とともに標的細胞に結合する活性を有する物質を固定化した固相を使用するレトロウイルスの保存方法が例示される。当該方法はレトロウイルス結合活性を有する物質と標的細胞に結合する活性を有する物質とともにレトロイルスが保存された容器を標的細胞へのレトロウイルス感染のための容器として使用できることから、高効率および/または細胞選択的な遺伝子導入が望まれる遺伝子治療分野において特に有用である。
【0038】
上記の態様において使用される、標的細胞に結合する活性を有する物質としては、特に限定するものではないが、例えば標的細胞を認識しうるタンパク質やペプチド[標的細胞表面の成分を認識する抗体やレセプター、標的細胞表面のレセプターのリガンド(成長因子、ホルモン、サイトカイン等)]、レクチン類、糖鎖や糖脂質等が例示される。前記物質、ならびにその固定化方法については上記の非特許文献3にも記載されている。
【0039】
(B)本発明の組成物
本発明は、保存に適した形態の、レトロウイルスを含有する組成物を提供する。
前記組成物においてレトロウイルスは、容器内に、固相に固定化されたレトロウイルス結合活性を有する物質と結合した状態で封入されていることを特徴とする。当該組成物は前記のレトロウイルスの保存方法の記載に準じて調製することができる。また、上記のレトロウイルス結合活性を有する物質としては、前記のレトロウイルスの保存方法において使用可能なものが例示される。
【0040】
本発明のひとつの態様として、レトロウイルスを含有する溶液が空気と接触しない状態で維持されている組成物が例示される。さらに、前記組成物はレトロウイルス産生細胞由来の他の成分と分離されていてもよく、この場合にはさらにレトロウイルスの保存に適した溶液を含有する組成物が好適である。前記のレトロウイルスの保存に適した溶液も、前記のレトロウイルスの保存方法において使用できるものを使用すればよい。
【0041】
本発明に使用される容器は、細胞や体液試料のような生物学的材料の保存に適したもの、もしくは細胞培養が可能なものであれば特に限定はないが、密封もしくは気密状態でレトロウイルスを含有する溶液を保持できるものが好ましい。例えば、市販の細胞培養用バッグ等を使用することができる。
【0042】
本発明のレトロウイルス組成物は、保存性に優れるとともに即時に細胞へのレトロウイルスの感染を実施できることから、レトロウイルスに関する研究の他、医療分野、特に組換えレトロウイルスベクターを使用する遺伝子治療分野において有用である。
【実施例】
【0043】
以下に実施例により、さらに詳細に本発明を説明するが、本発明は実施例の範囲内に限定されるものではない。
【0044】
実施例1
1. CH−296コートプレートの作製
表面未処理24ウェルプレート(ファルコン社製)に1ウェルあたり500μlの20μg/mlのフィブロネクチンフラグメントであるCH−296(商品名レトロネクチン;タカラバイオ社製)を添加して4℃で一晩放置した後、2%BSA/PBSで室温にて30分間ブロッキングし、さらにPBSで洗浄した。このプレートをCH−296コートプレートとし、必要に応じて作製した。
【0045】
2. レトロウイルスベクターの調製
レトロウイルスベクタープラスミドpDOG−polIIは、以下の手順で作製した。まず、rsGFP発現ベクターpQBI25(Qbiogene社製)を制限酵素NheI及びNotIで切断し、775bpのGFP遺伝子断片を得た。次にpQBI polII(Qbiogene社製)を制限酵素NheI及びNotIで切断してrsGFP−NeoR融合遺伝子を除去し、先に得た775bpのrsGFP遺伝子断片を挿入し、polIIプロモーター制御下でrsGFP遺伝子が発現するベクターpQBI polII(neo−)を得た。pQBI polII(neo−)を制限酵素XhoIで消化し、polIIプロモーター制御下、GFP発現ユニットを含むDNA断片を得、その末端をDNA Blunting Kit(タカラバイオ社製)を用いて平滑化した。レトロウイルスベクタープラスミドpDON−AI(タカラバイオ社製)を制限酵素XhoIとSphIで消化して得られたベクター断片4.58kbpの末端をDNA Blunting Kit(タカラバイオ社製)を用いて平滑化したのち、アルカリフォスファターゼ(タカラバイオ社製)を用いて脱リン酸化した。この平滑化したベクターに先の平滑化したpolIIプロモーター制御下rsGFP発現ユニットを含むDNA断片をDNA Ligation Kit(タカラバイオ社製)を用いて挿入し、rsGFP発現組換えレトロウイルスベクターpDOG−polIIを得た。
【0046】
pDOG−polIIベクターとRetrovirus Packaging Kit Eco(タカラバイオ社製)を用いた一過性のウイルス産生を行い、エコトロピックDOG−polIIウイルスを獲得した。エコトロピックDOG−polIIウイルスを、GaLVレトロウイルスパッケージング細胞PG13(ATCC CRL−10686)にレトロネクチン(タカラバイオ社製)存在下に感染させ、遺伝子導入細胞PG13/DOG−polIIを獲得した。PG13/DOG−polIIは10%ウシ胎仔血清(Thermo Trace社製)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、シグマ社製)で培養し、セミコンフルエントに生育したところで0.1ml/cmの新鮮な10%ウシ胎仔血清含有DMEMと交換し、24時間後に上清を0.45μmフィルター(ミリポア社製)でろ過してGaLV/DOG−polIIウイルス液を得た。得られたウイルス液は小分けして分注し、−80℃フリーザーで保存し、以下の保存ならびに遺伝子導入実験に供した。
【0047】
3. ウイルス上清液の力価の測定
ウイルス上清液の力価の測定はHT−1080細胞(ATCC CCL−121)を使用して標準的な方法[Markowitz D.ら、ジャーナル オブ ヴィロロジー(J. Virol.)、第62巻、第4号、第1120〜1124頁(1988年)]に従って測定した。すなわち、6ウェルの組織培養用プレートに1ウェルあたり5×10個のHT−1080細胞を含む10%ウシ胎仔血清を含有するDMEM 2mlを添加し、37℃、5%COにて一晩培養した後、培地を吸引除去し、各ウェルに系列希釈したウイルス上清液 1mlを加え、更にヘキサジメトリン・ブロミド(ポリブレン:アルドリッチ社製)を終濃度8μg/mlとなるように加えた。これを37℃、5%COで4〜6時間培養し、更に10%ウシ胎仔血清を含有するDMEMを1ml添加して72時間培養した。このプレートより回収した細胞をフローサイトメーター FACS Vantage(ベクトン・ディッキンソン社製)による解析に供し、rsGFP発現HT−1080細胞の割合を測定した。ウェルあたりの仕込み細胞数にrsGFP発現細胞の割合とウイルス上清液の希釈倍率を乗じた値より、上清1mlあたりの感染性粒子数(I.V.P./ml)を算出し、ウイルス力価とした。実施例1−2で調製されたウイルス液の力価は1.9×10I.V.P./mlから4.5×10I.V.P./mlの範囲であった。
【0048】
実施例2
CH−296コートプレートを用いたレトロウイルスの保存(1)
GaLV/DOG−polIIウイルス液の活性評価にはK−562細胞(ATCC CCL−243)を用いた。K−562細胞は10%ウシ胎仔血清(Thermo Trace社製)を含むRPMI−1640培地(シグマ社製)で培養した。
【0049】
24ウェルCH−296コートプレートに1ウェルあたり250μlのGaLV/DOG‐polIIウイルス液(原液)を加え、5%COインキュベーター内、37℃で4時間インキュベーションし、レトロウイルスベクターを結合させた。次に、各ウェルあたり500μlのPBS(リン酸緩衝生理食塩水)、0.1%ウシ血清アルブミン(BSA、Fraction V、シグマ社製)含有PBS溶液、1%ウシ血清アルブミン含有PBS溶液、X−VIVO 15(Cambrex社製)、X−VIVO 10(Cambrex社製)、IMDM(インビトロジェン社製)、あるいはRPMI1640(シグマ社製)で2回洗浄し、500μlの各溶媒でウェルを満たして、4℃で7日間インキュベーションした。一方、前記プレートのウェルにウイルス液を加えたものを洗浄せずに7日間インキュベーションした(ウイルス上清そのままのインキュベーション)。7日目に、各溶媒を除き、4×10個/mlになるように調製したK−562細胞懸濁液を500μl加え、5%CO存在下、37℃で培養し遺伝子導入を実施した。対照として同ロットのウイルス液で同様の手順でウイルス結合プレートを調製し、4℃でインキュベーションすることなく直ちにK−562細胞を加えて遺伝子導入を実施した。この細胞について、rsGFP遺伝子の発現を指標として遺伝子導入効率を測定した。対照での導入効率に対する、7日間インキュベーションしたウイルスでの遺伝子導入効率の相対値を図1に示す。
【0050】
図1に示すごとく、すべての溶媒において、ウイルス上清をそのまま放置した場合よりも高い活性が保持されており、レトロウイルス産生細胞の上清から分離したレトロウイルスを保存することが有効であることが示された。特にウシ血清アルブミンを含有する溶媒は保存安定に効果的であることが明らかとなった。
【0051】
実施例3
CH−296コートプレートを用いたレトロウイルスの保存(2)
実施例2において、レトロウイルス結合容器の洗浄による保存安定性の向上が示された。次に、より保存安定性の向上に寄与できる溶媒の探索を行うため、無機塩溶媒として、リン酸ナトリウム、塩化カルシウムと硫酸マグネシウムの混合物、リン酸ナトリウムと塩化カルシウムと硫酸マグネシウムの混合物、糖類としてブドウ糖、D−ソルビトール、精製白糖、マルトース、果糖、乳糖、D−マンニトール、高分子化合物としてカルメロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール400、タンパク質として精製ゼラチン、ヒト血清アルブミン(HSA)についてレトロウイルスの保存に関する影響を調べた。前記物質の各物質を、無機塩は注射用水、それ以外はPBSに溶解し、レトロウイルス保存安定効果について試験した。探索の手順は実施例2に準じるが、レトロウイルス結合容器の保存培養は37℃、3時間で実施した。その結果、40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7、0.5mM塩化カルシウムおよび1mM硫酸マグネシウム含有20mMリン酸緩衝液pH7、1.5〜20%ヒト血清アルブミン含有PBS溶液、0.5〜2.5%精製ゼラチン含有PBS溶液、5%乳糖含有PBS溶液において、PBS単独よりもレトロウイルスベクターの保存安定性の向上が確認された。
【0052】
以上の試験の結果、基本溶媒としてはPBSよりも40mMリン酸ナトリウム緩衝液が優れているとの傾向と、タンパク質、糖類による安定性の向上が示されたことから、1%ウシ血清アルブミン含有PBS、1.5%ヒト血清アルブミン含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液、0.5%精製ゼラチン含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液、5%乳糖含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液を用いて4℃にて7日間のレトロウイルス保存安定性試験を実施例2の手順に従って実施した。なお、前記のリン酸ナトリウム緩衝液のpHはすべて7.0とした。対照での導入効率に対する、7日間インキュベーションしたウイルスでの遺伝子導入効率の相対値を算出した結果を図2に示す。図に示すごとく、各種溶媒に置き換えて保存することにより、レトロウイルス産生細胞上清をそのまま保存する場合と比較して飛躍的に保存安定性が向上していることが明らかとなった。
【0053】
実施例4
各種の機能性物質の存在下でのレトロウイルスの保存
本実施例ではレトロウイルス結合活性と細胞接着活性を示す機能性物質を用いて保存安定性の評価を行った。レトロウイルス結合活性と細胞接着活性を示す機能性物質として前記のCH−296のほかに、CH−271およびH−296[Kimizuka F.ら、ジャーナル オブ バイオケミストリー(J. Biochem.)、第110巻、第2号、第284〜291頁(1991年)]、DEAE−デキストラン(シグマ社)、ポリ−L−リジン(平均分子量3万〜7万、ICN社)、DEAE−デキストランとフィブロネクチンフラグメントC−CS1[Kimizuka F.ら、ジャーナル オブ バイオケミストリー(J. Biochem.)、第110巻、第2号、第284〜291頁(1991年)]の混合物、ポリ−L−リジンとC−CS1の混合物を用いて実施した。
【0054】
表面未処理24ウェルプレート(ファルコン社製)に1ウェルあたり500μlの20μg/mlのフィブロネクチンフラグメントであるCH−296、CH−271、H−296を添加した。DEAE−デキストランは0.9mg/mlのPBS溶液を、ポリ−L−リジン40μg/mlのPBS溶液を、それぞれ1ウェルあたり500μl添加した。DEAE−デキストランとC−CS1の混合物、ポリ−L−リジンとC−CS1の混合物については上記DEAE−デキストラン溶液、あるいはポリ−L−リジン溶液にC−CS1を4.4μg/mlになる様に加えた。4℃で一晩放置した後、2%BSA/PBSで室温にて30分間ブロッキングし、さらにPBSで洗浄した。このプレートを機能性物質コートプレートとし、レトロウイルス保存安定性試験に供した。
【0055】
各機能性物質コートプレートでのレトロウイルス保存安定性試験は実施例2の手順に従って実施した。ウイルス保存の形態として、ウイルス上清をそのまま保存する群、40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0中に保存する群、1.5%ヒト血清アルブミン含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0中に保存する群、の3通りについて試験した。対照での導入効率に対する、7日間インキュベーションしたウイルスでの遺伝子導入効率の相対値を算出した結果を表1に示す。
【0056】
フィブロネクチンのヘパリン−IIドメインを有するポリペプチド(CH−296、CH−271、H−296)の他、DEAEデキストランやポリリジンをコートしたプレートでも遺伝子導入効率が高く保たれており、これらの物質を使用したレトロウイルスの保存が有効であることが明らかとなった。さらに、細胞結合活性を有する物質(C−CS1)が共存する場合でも前記物質の保存には影響は見られなかった。
【0057】
【表1】

【0058】
実施例5
ガス透過性培養バッグを用いたレトロウイルスの保存
前記のCH−296を、表面未処理24ウェルプレート(ファルコン社製)およびガス透過性培養バッグ(X−FOLDTM、85cm、Nexell社製)を用いて以下の実験を実施した。
【0059】
X−FOLDTMのCH−296でのコーティングは以下の手順で行った。
まず、20μg/mlのCH−296をバッグあたり9ml添加して4℃で一晩放置した。次にバッグあたり30mlのPBSで3回洗浄し、CH−296コートバッグとした。一方、24ウェルプレートは実施例1の手順に従ってCH−296でコートした。
【0060】
24ウェルCH−296コートプレートに1ウェルあたり500μlのGaLV/DOG‐polIIウイルス液(4倍希釈液)を加え、5%COインキュベーター内、37℃で4時間インキュベーションし、レトロウイルスベクターを結合させた。一方、X−FOLDTMには、同じGaLV/DOG−polIIウイルス液を22ml加え、バック内から空気を除いて密封し、5%CO存在下、37℃で4時間インキュベーションし、レトロウイルスベクターを結合させた。次に、各容器を40mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)あるいは1.5%ヒト血清アルブミン含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)で2回洗浄し(24ウェルプレートは500μlで、バッグは30mlで洗浄)、同じ溶媒でウェルおよびバッグを満たし、バッグについては空気を除いて密封して、4℃で7日間インキュベーションした。さらに、同じウイルス液をCH−296コートプレート、CH−296コートバッグに入れ、バッグについては空気を除いて密封して、そのまま4℃で7日間インキュベーションした。7日目に、各容器から溶媒を除き、4×10個/mlになるように調製したK−562細胞懸濁液を24ウェルプレートには500μl、バッグには22ml加え、37℃、5%CO存在下でインキュベートして遺伝子導入を実施した。対照として同ロットのウイルス液で同様の手順でウイルス結合容器を調製し、4℃でインキュベーションすることなく直ちにK−562細胞を加えて遺伝子導入を実施した。対照の遺伝子導入効率に対する、7日間インキュベーションした場合の遺伝子導入効率の相対値を算出した。
【0061】
レトロウイルス上清希釈液をそのままプレートで保存したものでは、対照に比較して10%以下の遺伝子導入効率しか得られなかった。これに対し、バッグに密封して保存したもの、レトロウイルスをCH−296に結合させた後に容器を洗浄して溶媒を交換したもの(プレートおよびバッグ)ではいずれも対照の60%を超える遺伝子導入効率が得られた。この結果より、レトロウイルス結合活性を有する物質の共存下でレトロウイルスを保存する際に、レトロウイルスを含有する溶液を空気に接触しない状態とすること、および/またはレトロウイルスをレトロウイルス産生細胞の上清から分離すること、によってレトロウイルスの感染能の低下を飛躍的に抑制することが明らかとなった。
【0062】
実施例6
レトロウイルスの長期保存
GaLV/DOG‐polIIウイルス液(3.3×10I.V.P./ml)を10%ウシ胎仔血清含有RPMI−1640培地で2倍希釈したものを実施例1記載の24ウェルCH−296コートプレートに1ウェルあたり500μl加え、5%COインキュベーター内、37℃で4時間インキュベーションし、レトロウイルスベクターを結合させた。次に、各ウェルあたり500μlの40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0、あるいは1.5%ヒト血清アルブミン含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0を用いてプレートを2回洗浄し、同じ緩衝液500μlでウェルを満たして4℃でインキュベーションした。一方、前記プレートのウェルにウイルス2倍希釈液を加えたものを洗浄せずに4℃でインキュベーションした(ウイルス上清そのままのインキュベーション)。インキュベーション開始から1、2、3、4週間目に各ウェルの溶液を除き、4×10個/mlになるように調製したK−562細胞懸濁液を500μl加え、37℃、5%CO存在下で培養し遺伝子導入を実施した。ウイルス上清そのままでインキュベーションしたウェルについては、500μlの40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0で1回洗浄し、4×10個/mlになるように調製したK−562細胞懸濁液を500μl加え、37℃、5%CO存在下で培養し遺伝子導入を実施した。対照として同ロットのウイルス液で同様の手順でウイルス結合プレートを調製し、4℃でインキュベーションすることなく直ちにK−562細胞を加えて遺伝子導入を実施した。遺伝子導入された細胞での遺伝子導入効率を測定して算出された、対照での導入効率に対する各試験群のウイルスでの遺伝子導入効率の相対値、すなわち残存力価を表2に示す。
【0063】
【表2】

【0064】
表2に示すごとく、ウイルス上清をそのまま保存した場合には2週間後に力価が1/10以下に低下するのに対し、レトロウイルスを培養上清と分離(培養上清を他の緩衝液に置換)したものでは4週間の保存後にも4割以上の力価を保持していた。タンパク質(ヒト血清アルブミン)を含有する緩衝液を使用した場合、特に良好な保存安定性が得られた。
【0065】
実施例7
希釈したレトロウイルスの保存
GaLV/DOG‐polIIウイルス液(3.3×10I.V.P./ml)を10%ウシ胎仔血清含有RPMI−1640培地で2、4、8、16倍にそれぞれ希釈して作製した希釈液を実施例1記載の24ウェルCH−296コートプレートの1ウェルあたり500μl加え、5%COインキュベーター内、37℃で4時間インキュベーションし、レトロウイルスベクターを結合させた。次に、各ウェルあたり500μlの40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0、あるいは1.5%ヒト血清アルブミン含有40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0を用いてプレートを2回洗浄し、同じ緩衝液500μlでウェルを満たして4℃でインキュベーションした。一方、前記プレートのウェルにウイルス希釈液を加えたものを洗浄せずに4℃でインキュベーションした(ウイルス上清そのままのインキュベーション)。インキュベーション開始から1、2、3、4週間目に各ウェルの溶液を除き、4×10個/mlになるように調製したK−562細胞懸濁液を500μl加え、37℃、5%CO存在下で培養し遺伝子導入を実施した。ウイルス上清そのままでインキュベーションしたウェルについては、500μlの40mMリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0で1回洗浄し、4×10個/mlになるように調製したK−562細胞懸濁液を500μl加え、37℃、5%CO存在下で培養し遺伝子導入を実施した。対照として同ロットのウイルス液で同様の手順でウイルス結合プレートを調製し、4℃でインキュベーションすることなく直ちにK−562細胞を加えて遺伝子導入を実施した。遺伝子導入された細胞での遺伝子導入効率を測定して算出された、対照での導入効率に対する保存後のウイルスでの遺伝子導入効率の相対値、すなわち残存力価を表3に示す。
【0066】
【表3】

【0067】
表3に示すごとく、ウイルスの希釈液をそのまま保存した場合には、どの希釈率でも速やかな力価の低下が認められた。一方、ウイルス液の希釈液をプレートへの結合に供したうえで培養上清を他の緩衝液に置換した場合には力価の低下が著しく抑制された。使用したウイルス液の希釈率はウイルス力価の保存安定性に顕著な影響を与えておらず、特にタンパク質(ヒト血清アルブミン)を含有する緩衝液を使用した場合には希釈率の影響は全く見られなかった。このことから、本発明の方法が低力価、もしくは希釈されたウイルス液中のレトロウイルスの保存にも有効であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明により、レトロウイルスの保存方法ならびにレトロウイルス組成物が提供される。該保存方法は、レトロウイルスを即時に細胞への感染に使用できる状態で保存できることから、レトロウイルスの研究、遺伝子治療を含む医療分野において有用である。また、該組成物も上記同様の分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程を含むレトロウイルスの保存方法:
(1)レトロウイルス結合活性を有する物質が固定化された固相とレトロウイルスを含有するレトロウイルス産生細胞培養液上清を接触させる工程;
(2)工程(1)によりレトロウイルス結合活性を有する物質を介してレトロウイルスが固定化された固相から上清を除く工程;及び
(3)工程(2)で得られた固相にレトロウイルス結合活性を有する物質を介して固定化されたレトロウイルスを、15℃以下で24時間以上維持する工程。
【請求項2】
レトロウイルスを維持する工程が、非凍結状態で実施される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
レトロウイルスを維持する工程が、レトロウイルスが溶液と接触した状態で実施される、請求項1記載の方法。
【請求項4】
溶液が空気と接触しない状態の溶液である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
溶液が、リン酸塩を緩衝成分として含有する緩衝液である、請求項3記載の方法。
【請求項6】
溶液が、タンパク質および糖類から選択される物質を含有する、請求項3記載の方法。
【請求項7】
レトロウイルス結合活性を有する物質が、フィブロネクチンのヘパリン−IIドメインを有するポリペプチド、線維芽細胞増殖因子、V型コラーゲンのインシュリン結合ドメインを有するポリペプチド、DEAEデキストラン、ポリリジンから選択される物質である請求項1記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−210218(P2012−210218A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−130073(P2012−130073)
【出願日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【分割の表示】特願2007−501659(P2007−501659)の分割
【原出願日】平成18年2月6日(2006.2.6)
【出願人】(302019245)タカラバイオ株式会社 (115)
【Fターム(参考)】