説明

レーザー溶接方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する分野】本発明は、レーザー溶接に関し、さらに詳しくは溶接後プレス成形されるテーラードブランク材や、対向液圧成形されるハイドロフォ−ム材などのレーザー溶接方法に関する。
【0002】
【従来の技術】一般にレーザー溶接における溶接ビードの断面形状は、表面側が広く、裏面側が狭くなったワインカップ状を呈しており、裏ビード幅が表ビードと比べて非常に狭いことが特徴である。このように裏側のビードが狭いために、レーザー溶接をする際、溶接突合せ部の間隔は板厚の10%程度より広く取れない。また、溶接速度を貫通限界速度よりもかなり低くせざるをえない。
【0003】特に、板厚が2mmを超える相互に厚みの異なる鋼板によるテーラードブランク材の溶接の場合は、溶接部の断面形状が安定せず、かつ裏側のビードが狭いことに起因した、凹凸の激しい形状になり、疲労特性が低い。
【0004】この問題を解決するためのこれまでの技術としては、■ 溶接部直下に反射板を置き、反射光を利用して、裏面を加熱する。
■ 溶接部裏側をTIG溶接によって加熱する。
■ 溶接部の下方に電極を配置し、この電極と溶接部に電圧を印加して、電極と溶接部の間にプラズマを発生させ、このプラズマで溶接部裏面を加熱する。などの方法が、例えば特開平5−293683号公報などで開示されている。
【0005】これらの方法は、母材が裏面からも加熱されるために、裏面の溶融量が増大し、裏側のビード幅も広がるためにより確実な溶接が実現できるだけでなく、レーザー溶接時の板の突合せの間隔を広く取れるので、間隔の精度を緩和できるという利点がある。また、裏面を溶融しているため最適な反射光量やTIG入熱を投与すれば裏面ビードが平滑になり、疲労特性の高いビードが得られる。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記方法はいずれもレーザー溶接装置以外の追加設備が必ずしも簡単でないために、従来の装置をそのまま使用できないことに加えて、発明者らが詳細な確認実験を行ったところ、従来の方法には以下の問題があった。すなわち、■の場合に効果が得られる条件として、溶接部と反射板の距離が3mm以内であること、溶接速度が貫通限界速度の50%程度であるという制限があった。また、反射板の効果は数回の溶接を行うことによって反射板表面に付着したスプラッシュなどで半減し、この半減するまでの溶接回数は、銅あるは銅合金の場合でも10回程度であった。■の場合では、TIG電極(W系材料)の消耗が激しので、この電極の寿命が短く、また、溶接速度が1m/min を超えると裏側のビードの凹凸が大きくなった。■の場合は、溶接部と電極の間に電圧を印加するための装置、鋼材と電極との間の絶縁などが必要になり、必ずしも全ての溶接例に対して適用できない。
【0007】本発明は、特別な追加設備なく、裏面ビードを改善することができるレーザー溶接方法を提供することを課題としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】発明者らは、突合せ溶接部の裏面に電離・解離電圧の低いArを供給することだけによっても、条件によっては、貫通したレーザービームによってArがプラズマ化し、このプラズマによって溶接部裏面が加熱されることがあることを見出し、その条件を究明するに至り本発明を完成させた。すなわち本発明がその要旨とするところは、「(1) 同厚鋼板どうし、または、異厚鋼板どうしの突合せレーザー溶接において、レーザーの焦点位置を、同厚鋼板どうしの溶接の場合は両方の鋼板の表面より、また、異厚鋼板どうしの溶接の場合は厚い方の鋼板の表面より、集光レンズの焦点距離に対して、オーバーフォーカス量を0.5%以内、アンダーフォース量を1%以内とし、また溶接速度を同厚鋼板どうしの溶接の場合は両方の鋼板板厚、また、異厚鋼板どうしの溶接の場合平均板厚の貫通限界速度の50%以上、90%以下とし、さらに鋼板の裏面の雰囲気をArとすることを特徴とするレーザー溶接方法。
(2) さらに、溶接部裏面のAr流速を、10m/min 以上、120m/min 以下とすることを特徴とする前記(1)に記載のレーザー溶接方法。」である。
【0009】
【発明の実施の形態】一般にガスをプラズマ化するには、ガス分子を原子に解離するエネルギーと、この原子から電子を電離させるためのエネルギーが必要である。単原子分子であるArは、大気の主成分であるN2 やO2 などの2原子分子ガスや、他の単原子分子の不活性ガスと比べても、解離エネルギーが極めて小さく、プラズマ発生が非常に容易なガスである。また、Arは比較的安価であり、入手も非常に容易である。
【0010】本発明の場合、このArをプラズマ化するには電離エネルギー以上のエネルギーをレーザービームで投与する必要がある。また、Arプラズマを溶接部裏面のビ−ムが貫通した箇所で生成させる必要がある。従って、貫通してきたビームのエネルギーが、溶接部裏面の必要な位置で、Arを電離させるために必要なエネルギーより高いことが本発明を可能にするための重要な要件となる。そのためには以下に述べるような制限が必要になる。
【0011】レーザー照射位置に関しては、同厚鋼板どうしの溶接の場合は両方の鋼板板厚、また、異厚鋼板どうしの溶接の場合は厚い方の鋼板の表面から焦点距離の0.5%より高いオーバーフォーカスに、また1%より深いアンダーフォーカスにすると、鋼板表面でのビームのエネルギー密度が低下し、ビームの貫通エネルギー量が低減するので、裏面に供給したArをプラズマ化できない。したがって、この位置をオーバーフォ−カスの0.5%以内、アンダーフォーカスの1%以内にする必要がある。
【0012】溶接速度に関しては、ビームの貫通限界の90%を超えると、上記と同様に裏面に貫通するビームのエネルギー量が低下して、裏面に供給したArをプラズマ化できないため、溶接速度は、同厚鋼板どうしの溶接の場合は両方の鋼板板厚、また、異厚鋼板どうしの溶接の場合は平均板厚の貫通限界速度の90%以下にする必要がある。下限速度については、目的とするビード幅が得られるように適宜減速するが、従来技術よりも溶接時間を短縮するためには50%以上とすることが好ましい。
【0013】さらに、裏面のArの流速に関しては、120m/min を超えると、Arプラズマが冷やされ、安定しなくなるため、流速は120m/min 以下にする。効果が確認できる流速は10〜120m/min であるが、この範囲で30〜100m/min で安定した効果が見られる。したがって、目的とするビード幅によって流量は変わるが、30〜100m/min が好ましい。流速は、突合せ部裏面中心に相当する空間での速度、つまり鋼材を配置したときの突合せ部直下での流速をいう。
【0014】また、Ar濃度に関してはArプラズマを安定して発生させるために、突合せ部直下で90%以上にすることが好ましい。一般に入手可能な、市販の高純度Ar(通常99.99%)を使用するのがよい。
【0015】図1に、本発明の概略図を示す。鋼板1と鋼板2をレーザービーム3を用いて、突合せ溶接部4を溶接する際、鋼板1、鋼板2を支える支持台5の下方より、突合せ溶接部4の裏面に向かって、Arガス吹出し口6より、Arガス8を吹き付ける。
【0016】図2に、本発明におけるビームの照射位置を示す。鋼板1および鋼板2(この図では鋼板1の板厚が鋼板2よりも厚い)を突合せてレーザービーム3で溶接する時、ビームの焦点位置は、板厚が厚い鋼板1の鋼板表面位置9(=ジャストフォーカス位置)を挟んで、オーバーフォーカス側10あるいはアンダーフォーカス側11の範囲にある。本発明ではこの焦点位置を集光レンズ13の焦点距離Fに対する割合で、オーバーフォーカス側0.5%以内、アンダーフォーカス側1%以内の範囲とする。すなわち、図2でδ0 /F≦0.5%、およびδU /F≦1%とする。
【0017】図3に、Arガスの吹出し口の形状の例を示す。(a)は孔形状吹出し口6、(b)はスリット状吹出し口7をそれぞれ示している。何れの方法でもガスの流速や濃度が本発明の範囲になるように配置する。なお、吹出し口の配置は左右対称である方が、流速や濃度の分布がほぼ一様となる点で有利であるため、好ましい。
【0018】図4に、Arガスの吹出し口の角度の例を示す。突合せ裏面に向かって、(a)の場合は吹出し角度θで吹き上り、(b)の場合は角度を付けずに水平に吹き付ける。
【0019】なお、突合せ部の間隔の突合せ部中心線12に対するビームの焦点位置は、板厚および板厚差によって突合せ部中心線12より板厚の厚い側にずらすなど、適宜最適な位置になるよう配置する。
【0020】
【実施例】さらに、Ar流速などの諸条件の有効範囲に関して、以下実施例により説明する。Arの吹出し口形状は、図1(a)の形状を用いた。このとき、孔の径は1.5mm、隣合う孔の間隔は10mm、孔の個数は17個(各左右、計34個)にした。そして、Arの吹出し角度は45゜、対向する孔の間隔は14mm、孔の出口と鋼板を設置する距離は14mmとした。この装置を作成し、鋼板を突合せ部の間隔が無限(鋼板なし)と2mmの場合の(本来は0.1mm等のオ−ダ−で測定すべきであるが、計測器のサイズの関係で2mmが最小)、突合せ部裏面中心のAr流速を、熱流速計を用いて測定した。この時のAr総流量と流速の関係を表1に示す。
【0021】
【表1】


間隔によって流速が減速するため、本発明では、流速が必要な場合についてのみ、間隔が無限(鋼板なし)の値を示し、それ以外はAr流量で表記する。
【0022】(実施例1)板厚3.2mmどうしの板を、レーザー溶接する場合の本発明の実施例を表2に示す。溶接条件は、レーザー出力:5kW(CO2 、ビームエネルギーの伝送は90%)
焦点距離 :7.5インチ(約190mm)
貫通限界速度:4.5m/min (3.2mm板ビードオンの場合)このときの焦点位置は鋼板表面±0mmArシールド:20 l/min(レーザーと同軸に鋼板表面から吹き付ける)
裏面Ar :図1の装置においてArの吹出しに関し、以下の配置を有する Ar吹出し孔の径 =1.5mm 孔数 =17個(各左右、計34個)
間隔 隣合う孔間 =10mm 対向する孔間 =14mm 鋼板裏面と孔間 =14mm 上向き角度 =45゜
【0023】
【表2】


効果がある速度は貫通限界速度の90%以下だが、突合せの間隔が大きくなると、隙間を埋めるために多くの鋼板を溶融させなくてならないので、効果がある速度は低減する。なお、この隙間の拡大による速度の低減代は、鋼板の板厚に依存する。
【0024】(実施例2)板厚1.0mmどうしの板をレーザー溶接する場合の本発明の実施例を表3に示す。
レーザー出力:5kW(CO2 、ビームエネルギーの伝送は90%)
焦点距離 :7.5インチ(約190mm)
貫通限界速度:10m/min (1.0mm板ビ−ドオンの場合)このときの焦点位置は鋼板表面±0mmArシールド:15 l/min(レーザーと同軸に鋼板表面から吹きつける)
裏面Ar :図1の装置においてArの吹出しに関し、以下の配置を有するAr吹出し孔の径 =1.5mm孔数 =17個(各左右、計34個)
間隔隣合う孔間 =10mm対向する孔間 =14mm鋼板裏面と孔間 =14mm上向き角度 =45゜この場合、総Ar流量が10 l/minあたり、吹出し孔出口でのAr流速は約170m/min 、突合せ裏面で流速は約17m/min 。
【0025】
【表3】


このように、焦点位置がオーバーフォーカスで0.5%以内、アンダーフォーカスで1%以内で効果がある。
【0026】(実施例3)板厚1.0mmどうしの板をレーザー溶接する場合の本発明の実施例を表4に示す。
レ−ザ−出力:5kW(CO2 、ビ−ムエネルギ−の伝送は90%)
焦点距離 :7.5インチ(約190mm)
貫通限界速度:10m/min (1.0mm板ビ−ドオンの場合)このときの焦点位置は鋼板表面±0mmArシ−ルド:15 l/min(レーザーと同軸に鋼板表面から吹き付ける)
裏面Ar :図1の装置においてArの吹出しに関し、以下の配置を有するAr吹出し孔の径 =1.5mm孔数 =17個(各左右、計34個)
間隔隣合う孔間 =10mm対向する孔間 =14mm鋼板裏面と孔間 =14mm上向き角度 =45゜
【0027】
【表4】


このように、Arの流速が120m/min 以下で効果がより高くなる。
【0028】
【発明の効果】本発明により、ビード厚みならびに裏面のビード幅は、従来のレーザー溶接の2割以上拡大し、かつ、ビード表面の平滑性も向上した。また、従来と同等のビードが得られる溶接速度の限界も2割ほど向上した。このような特徴を有する本発明は、特に板厚が0.6〜3.2mmの同厚、あるいは板厚比が1:3以内の板厚の薄板の溶接において本発明は効果を有しており、テーラードブランク材、あるいはハイドロフォーム材の溶接時における高速溶接、高耐ギャップ許容、高疲労特性の溶接技術を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の溶接方法を示す概略図である。
【図2】本発明におけるビ−ムの照射位置を示した図である。
【図3】Arガスの吹出口の形状の例を示した図である。
(a)孔形状、(b)スリット形状
【図4】Arガスの吹出口の角度の例を示した図である。
(a)吹上がり、(b)水平横吹き
【符号の説明】
1:鋼板
2:鋼板
3:レーザービーム
4:突合せ溶接部
5:支持台
6:Arガス吹出し口(孔形状)
7:Arガス吹出し口(スリット状)
8:Arガス
9:鋼板の表面位置
10:オ−バーフォ−カス側
11:アンダーフォ−カス側
12:突合せ部中心線
13:集光レンズ
F:集光レンズの焦点距離
θ:吹上がり角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】 同厚鋼板どうし、または、異厚鋼板どうしの突合せレーザー溶接において、レーザーの焦点位置を、同厚鋼板どうしの溶接の場合は両方の鋼板の表面より、また、異厚鋼板どうしの溶接の場合は厚い方の鋼板の表面より、集光レンズの焦点距離に対して、オーバーフォーカス量を0.5%以内、アンダーフォース量を1%以内とし、また溶接速度を同厚鋼板どうしの溶接の場合は両方の鋼板板厚、また、異厚鋼板どうしの溶接の場合は平均板厚の貫通限界速度の50%以上、90%以下とし、さらに鋼板の裏面の雰囲気をArとすることを特徴とするレーザー溶接方法。
【請求項2】 さらに、溶接部裏面のAr流速を、10m/min 以上、120m/min 以下とすることを特徴とする請求項1に記載のレーザー溶接方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【特許番号】特許第3260690号(P3260690)
【登録日】平成13年12月14日(2001.12.14)
【発行日】平成14年2月25日(2002.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−128834
【出願日】平成10年5月12日(1998.5.12)
【公開番号】特開平11−320151
【公開日】平成11年11月24日(1999.11.24)
【審査請求日】平成12年11月6日(2000.11.6)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【参考文献】
【文献】特開 平6−155064(JP,A)
【文献】特開 平3−13289(JP,A)
【文献】特開 平8−276290(JP,A)
【文献】特開 平8−174251(JP,A)