説明

三次元架橋体の溶解方法

【課題】生体成分を三次元架橋体であるハイドロゲル内に包括固定化させたものを、保存、輸送後に容易に三次元架橋体を溶解して内容物の生体成分を回収するための方法を提供すること。
【解決手段】生体成分を固定化した三次元架橋体の溶解方法であって、前記三次元架橋体が水溶性ポリマー溶液と水溶性化合物溶液とを混合して形成させたものであり、複数の水酸基を含有する化合物を含む溶解用溶液と接触させて溶解させることを特徴とする三次元架橋体の溶解方法であり、好ましくは水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーであり、水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物であり、複数の水酸基を含有する化合物が、糖アルコールである三次元架橋体の溶解方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体成分を保持、保存、及び輸送するための三次元架橋体の溶解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に細胞や組織などの生体成分を生きた状態で固定化することは、バイオエンジニアリングを基盤としたバイオテクノロジーや再生医療の産業化のためには重要な技術である。通常、生体成分の一つである動物細胞の保存には凍結保存液に細胞、組織を分散させてガラスやプラスチック製の凍結保存用チューブに入れ、凍結保存されるのが一般的である(非特許文献1参照)。
これらの保存液に細胞を分散させたバイアルに封入して凍結させて液体窒素中で保存するのが一般的であるが、凍結時には急速冷凍してはならず、徐々に温度を下げて凍結させる必要がある。その目的のために液体窒素を徐々に供給し、1分間に1℃から2分間に1℃温度降下をする専用の凍結装置が市販されている。
このような凍結装置は高額であるため簡便法として、イソプロピルアルコールを−80℃以下の超低温冷凍庫に入れた場合の温度降下が1分1℃に近いことを利用してバイアルを凍結する方法や、バイアルをまず冷蔵庫(4℃)、次に−20℃の冷凍庫に1時間、−80℃の超低温冷凍庫で一晩かけて凍結する方法などがある。
しかし、厳密に温度管理して液体窒素保存しても、解凍後の細胞生存率が著しく悪い(数%以下、ほとんど生存している細胞がいない)細胞がかなり存在している。特に初代細胞や、生殖細胞、融合細胞、遺伝子導入細胞等、重要な機能を持つ細胞群において、解凍後の細胞生存率が著しく悪い細胞が多く存在する。これらの細胞は保存することができないため必要な時に必要な実験ができない。
また、解凍後の細胞もすぐに培養容器に播種して培養を開始しないと継時的に細胞の活きが悪化していくことが知られている。
【0003】
又、凍結液として使用されるジメチルスルホシキド自体は、細胞に対して毒性を持っており長時間暴露することは好ましくない。また、細胞によっては凍結時に加えるジメチルスルホシキドにより変性を受けることもあり(ヒト由来急性骨髄性白血病細胞株HL−60細胞はジメチルスルホキシドにより好中球様細胞へ分化誘導が惹起される)、本来ならば使用を控えたい試薬である。そのため種々の細胞凍結保存液が研究、開発されている。
このような努力によって細胞、組織保存技術は進んできたにもかかわらず凍結保存が効かない細胞は多数存在しており、これらの細胞を安定して培養することはバイオテクノロジーの発展に寄与するものである。
【0004】
また、生体成分の安定した保存には、保存中に多く生じる変性を防ぐ必要がある。
細胞は通常、4〜37℃では保存することはできず、上記の細胞保存液を加えても保存開始時から細胞死が発生し、24時間以内にほとんどの細胞が死滅する。37℃では細胞は培養によって維持するしか方法はないが、培養には毎日の観察、培地交換等の世話が必要で、保存とは言いがたい。また、培養中に細胞が変質したり、長期培養が不可能な細胞が存在する等、保存することは困難である。
細胞や組織などの生体成分を維持するには、超低温での冷凍保存しか方法はないが、それでは保存できない生体成分が多数存在しており、安定して生体成分を保存、保持可能な方法が渇望されている。例えば、細胞では、肝実質細胞、膵島細胞、ミクログリア細胞などの機能分化を果たした細胞群や、造血幹細胞、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞、サルES細胞等の幹細胞群、卵子やEC細胞などの保存が困難である。これらの細胞は非常に有用な細胞であり、安定した保存方法の開発が望まれている。
【0005】
この目的のために、ホスホリルコリン基とボロン酸基を同時に有するポリマーが、多価水酸基を持つ化合物と効果的に可逆的な共有結合を生成して、三次元の架橋体を形成することを利用し、生体成分を固定化する方法がある(特許文献1参照)。この方法によると常温、常圧という生体成分に対して温和な条件のもと、ポリマーネットワークを生成させ、そのハイドロゲルネットワーク内に生体成分を包括固定し、これにより生体成分は高い活性を維持できることが記載されている。この三次元架橋体を溶解させるための方法として、水酸基を有する化合物としてグルコース等の糖を添加することでボロン酸と水酸基による共有結合を解くことは可能である。
例えば、三次元架橋体を物理的に砕きながら直接グルコース等の糖の粉末をふりかけ、長時間放置して三次元架橋体を溶解することも可能である。しかし、高濃度の糖溶液中に細胞や組織などの生体成分を暴露することによる悪影響が存在し、細胞や組織において周囲の糖が高濃度状態で長時間になると細胞内の水分が浸透圧により細胞外に出て細胞の萎縮が観察された。又、グルコース等の糖類の水溶液を添加して、長時間攪拌することで三次元架橋体を溶解することが可能である。しかし、細胞や組織などの生体成分を三次元架橋体内に封入している場合においては、長時間にわたる攪拌は、その内容物たる細胞や組織などの生体成分にとって悪影響を及ぼすため、できる限り短時間において三次元構造体の溶解を完了することが必要である。
【特許文献1】特開2007−314736号公報
【非特許文献1】「培養細胞実験ハンドブック」、羊土社、2004年、P69−74
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、生体成分を三次元架橋体であるハイドロゲル内に包括固定化させたものを、保存、輸送後に容易に三次元架橋体を溶解せしめ内容物の生体成分を回収するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の通りである。
(1)生体成分を固定化した三次元架橋体の溶解方法であって、前記三次元架橋体が水溶性ポリマー溶液と水溶性化合物溶液とを混合して形成させたものであり、複数の水酸基を含有する化合物を含む溶解用溶液と接触させて溶解させることを特徴とする三次元架橋体の溶解方法。
(2)前記水溶性ポリマー及び前記水溶性化合物が水酸基を有し、水酸基同士の結合による可逆的共有結合の生成により三次元架橋体を形成するものである(1)記載の三次元架橋体の溶解方法。
(3)前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーであり、前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である(2)記載の三次元架橋体の溶解方法。
(4)前記多価水酸基を有する化合物が単糖類、二糖類、多糖類、低分子多価アルコール、及びポリビニルアルコールから選ばれる少なくとも一つである(3)記載の三次元架橋体の溶解方法。
(5)前記複数の水酸基を含有する化合物が、糖アルコールである(4)記載の三次元架橋体の溶解方法。
(6)前記糖アルコールが、キシリトール、マンニトール、又はマルチトールである(5)記載の三次元架橋体の溶解方法。
(7)前記生体成分が、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、及び生体由来の組織から選ばれる少なくとも一つである(1)〜(6)いずれか記載の三次元架橋体の溶解方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の三次元架橋体の溶解方法に従えば、三次元架橋体内に細胞等の生体成分を固定化し保存した後に、容易に三次元構造体を溶解することができ、細胞等の生体成分を短時間で回収することが可能である。これにより従来凍結保存が不可能であった細胞群も安定して保存することが可能となる。更に、凍結することなく常温付近で固定化された生体成分は高い活性を維持できるため、バイオ産業や再生医療における細胞、組織等の保存に有効に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、生体成分を固定化した三次元架橋体の溶解方法であって、三次元架橋体が水溶性ポリマー溶液と水溶性化合物溶液とを混合して形成させたものであり、複数の水酸基を含有する化合物を含む溶解用溶液と接触させて溶解させることを特徴とする三次元架橋体の溶解方法である。
【0010】
本発明に使用する水溶性ポリマーは、ホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーであることが好ましい。
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を含有するポリマーは、ホスホリルコリン基を含有するモノマーと、フェニルボロン酸基を有するモノマーを液状で混合し、ラジカル発生剤の存在下でラジカル重合反応させることにより製造することができる。更に、ゲル化させた際の容器基材への結合性を該ポリマーに付与する目的等のため、必要ならば他のモノマーを加えて多元共重合体とすることも可能である。
【0011】
ホスホリルコリン基を含有するモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素−炭素二重結合を重合性基として有し、かつホスホリルコリン基を同一分子中に有する化合物であることが好ましい。
例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、(2−メタクリロイルオキシルエチル−2’−(トリメリチルアンモニア)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル−2’−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート等が挙げられるが、特に2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)が好ましい。
【0012】
フェニルボロン酸基を有するモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素−炭素二重結合を重合性基として有し、かつホフェニルボロン酸基を同一分子中に有する化合物であることが好ましい。
例えば、p−ビニルフェニルボロン酸、m−ビニルフェニルボロン酸、p−(メタ)アクリロイルオキシルフェニルボロン酸、m−(メタ)アクリロイルオキシフェニルボロン酸、p−(メタ)アクリルアミドフェニルボロン酸、p−ビニルオキシフェニルボロン酸、m−ビニルオキシフェニルボロン酸、ビニルウレタンフェニルボロン酸などが挙げられるが、p−ビニルフェニルボロン酸又はm−ビニルフェニルボロン酸が好ましい。
【0013】
他のモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸ナトリウム、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリセロール(メタ)アクリレート、N−ビニルピロリドン、アクリロニトリル、(メタ)アクリルアミド、ビニルベンゼンスルホン酸ナトリウム等の親水性モノマー、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、スチレン、酢酸ビニル等の疎水性モノマー、(3−メタクリロイルオキシプロピル)トリメトキシシラン等のアルキルオキシシラン基を有するモノマー、シロキサン基を有するモノマー、グリシジルメタクリレート等のグリシジル基を含むモノマー、アリルアミン、アミノエチル(メタ)アクリレート等のアミノ基を有するモノマー、カルボキシル基、水酸基、アルデヒド基、チオール基、ハロゲン基、メトキシ基、エポキシ基、スクシンイミド基、マレイミド基を有するモノマーを挙げることができる。
【0014】
前記の内、特に好ましいモノマーの組み合わせは、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下MPCと略す)、p−ビニルフェニルボロン酸、及びブチル(メタ)アクリレートによる3元共重合体である。
ラジカル発生剤としては、アゾビスイソブチロニトリル、4,4’−アゾビス(4−シアノペンタン酸)等の脂肪族アゾ化合物、過酸化ベンゾイルやこはく酸パーオキシド等の過酸化物が好ましい。
【0015】
ポリマー中の組成モル分率は、モノマー混合溶液の組成で制御することができる。ホスホリルコリン基を有するモノマー単位のモル分率の範囲は0.01〜0.99であり、好ましくは0.30〜0.70の範囲であり、さらに好ましくは0.45〜0.60の範囲である。ポリマー中のフェニルボロン基を有するモノマー単位のモル分率の範囲は0.01〜0.99であり、好ましくは0.03〜0.50の範囲であり、さらに好ましくは0.30〜0.40の範囲である。
【0016】
また、該ポリマーの分子量はゲル浸透クロマトグラフィーで測定し、ポリエチレンオキシドを標準物質として換算し、その範囲は、1,000〜10,000,000であり、好ましくは10,000〜1,000,000、さらに好ましくは、20,000〜300,000である。分子量が上限値を超えると、水媒体への溶解性が低下する可能性がある。
【0017】
本発明に使用する水溶性化合物は、多価水酸基を有する化合物であることが好ましい。多価水酸基を有する化合物は水系溶媒に対して溶解し、均一な溶液となることが必要である。例としては、単糖類、二糖類、多糖類、低分子多価アルコール、ポリビニルアルコール等が挙げられるが、多糖類又はポリビニルアルコール(PVA)を選択することが構造の安定した三次元架橋体を構成するために好ましい。
【0018】
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を含有するポリマーを含む溶液と、多価水酸基化合物を含む溶液を混合することで、三次元架橋体が製造できる。
三次元架橋体中に生体成分を捕捉し安定に保存するためには、溶媒は水系が好ましく、有機溶媒の使用は避けるべきである。また、溶媒のpHは7.0〜8.0であることが生理的に問題が生じないために望ましい。
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマー、及び多価水酸基化合物は水系溶媒に溶ける範囲の濃度で使用可能であるが、0.5〜20重量%が好ましく、2.5〜10重量%が更に好ましい。
【0019】
三次元架橋体を形成するための温度は、生体成分を保存することから、0〜37℃であることが好ましく、4~37℃であることが更に好ましい。この範囲外の温度では生体成分に障害が生じる恐れがある。
水溶性ポリマー溶液に予め生体成分を分散して、この分散液に多価水酸基化合物を含む水溶液を混合し、三次元架橋体を形成することによって、生体成分を三次元架橋体内に封入することができる。
逆に多価水酸基化合物を含む水溶液に予め生体成分を分散して、この分散液に対して水溶性ポリマー溶液を混合し、三次元架橋体を形成することもできる。また、例えば培養容器上で培養した細胞の上で、水溶性ポリマー溶液と多価水酸基化合物を含む水溶液を混合して三次元架橋体を構築し、細胞を三次元架橋体内に包埋することもできる。
【0020】
上記のように形成された三次元架橋体を溶解させるための方法として、本発明では複数の水酸基を含有する化合物を含む溶解用溶液と接触する。
三次元架橋体がホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を含有するポリマーを含む溶液と、多価水酸基化合物を含む溶液から得られるものである場合、溶解用の複数の水酸基を含有する化合物としては、糖アルコールが好ましい。
糖アルコールは糖を還元した構造を有するものであり、グリセリン、エリトリトール、キシリトール、マンニトール、ラクチトール、ソルビトール、マルチトール等が挙げられるが、キシリトール、マンニトール、又はマルチトールが好ましい。
【0021】
糖を用いた場合、例えば、40〜80w/v%濃度のグルコース水溶液、40〜60w/v%濃度のガラクトース溶液を三次元構造体の容量に対して4〜10倍量加え、攪拌することで7〜14日で三次元構造体を溶解することが可能である。また、この操作は50℃のオーブン内で行うことにより時間を半分にすることが可能である。しかしながら、細胞や組織などの生体成分を三次元架橋体内に封入している場合においては、長時間にわたる加熱や攪拌は、その内容物たる細胞や組織などの生体成分にとって悪影響を及ぼす。例えば、37℃以上の加熱は、細胞や組織の熱ストレスによる破壊をもたらし本来の正常な機能を発揮できなくなる。また、攪拌により細胞にずり応力を与え続けることは、多くの細胞にとって好ましい環境ではなく、加熱、攪拌操作はできる限り避けるべきである。
糖アルコールの溶液を使用した場合は、37℃以下の条件において短時間で三次元架橋体を溶解が可能である。
【0022】
溶解用溶液の溶媒としては、リン酸緩衝液(PBS)、Hank‘s緩衝液、Tris緩衝液などの緩衝液、または最低必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、ハムF12培地(F12)、ライボビッツL15培地(L15)などの細胞培養液が好ましい。
特に細胞培養液を用いることが特に好ましく、これは三次元架橋体が溶解した後、細胞や組織が培地成分中に存在することでその生体機能の維持に有利であるからである。培地は血清無添加であっても、血清添加の状態でもどちらでも良く、血清添加の場合は1〜20w/v%の濃度が一般的であり好ましい。また培養液中に1〜10w/v%の濃度でアルブミンを加えることにより細胞のダメージを緩和することも可能である。
【0023】
溶解用溶液中の複数の水酸基を含有する化合物の濃度は、高濃度であることが短時間で三次元架橋体を溶解させるために好ましい。例えば、キシリトール、マルチトールでは40〜85w/v%の濃度が好ましく、更に好ましくは60〜80w/v%の濃度である。又、マンニトールでは40〜65w/v%の濃度が好ましく、更に好ましくは50〜60w/v%の濃度である。他の種類の糖アルコールを用いる場合も、その糖が溶解できる最大濃度に近いところでの使用が最も好ましい。
【0024】
これらの溶解用溶液は作製した後、滅菌することも可能である。特に細胞や、組織を包埋した三次元架橋体を溶解するにあたっては、雑菌等の汚染から細胞、組織を守る必要があるため、滅菌は必須である。滅菌には各種の方法が可能であるが、もっとも好ましくはフィルターを用いた濾過滅菌である。この場合、完全除菌のため0.22μmの孔径のものがもっとも好ましい。
【0025】
溶解用溶液の添加量に関しては条件にもよるので特に定めるものではないが、三次元架橋体の容量の当倍量から5倍量を用いることが好ましく、より好ましく3〜5倍量である。この分量を用いた場合、5〜30分で三次元架橋体を完全に溶解することが可能である。
【0026】
三次元架橋体を溶解させるためには、三次元架橋体に溶解用溶液を添加して接触させ、ピペッティング等の操作により短時間攪拌することが好ましい。
【実施例】
【0027】
《実施例1》
(1)ポリマーの作製
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸を同時に含有するポリマーの合成を以下の方法で行った。
フラスコに2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)5.3gを秤量し、エタノール30gを仕込み、攪拌しながら容器内をアルゴンガス置換した。p−ビニルフェニルボロン酸(VPBA)0.44g、ブチル(メタ)アクリレート(BMA)1.3gおよび2,2’−アゾビスイソブチロニトリル0.05gを添加し、均一なるように攪拌、密栓した後、60℃に加温、48時間反応させた。得られた反応溶液をジエチルエーテル/クロロホルム(8/2)溶液に滴下し固体ポリマーを得た。ポリマーのNMR分析の結果、MPC/VPBA/BMA=53/11/36(モル比)であった。また分子量は、27,000であった。本共重合体をPMBVと略す。
多価水酸基化合物は、市販のポリビニルアルコール(PVA)平均重合度500(和光純薬製、160−03055)を用いた。
PVAを加温した超純水に溶かして10wt%溶液を作製した。これを0.2μmの滅菌済み濾過フィルター(東洋紡製、ADVANTEC3912212、)を通して濾過滅菌した。PMBVをウシ胎児血清(インビトロジェン社製、10099−141)10%含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、インビトロジェン社製、11885−084)で溶解し、5wt%溶液を作製し、同じく濾過滅菌した。
(2)細胞培養
市販のゼラチンコート35mm径シャーレ(住友ベークライト製、MS−0035G)に市販凍結フィーダー細胞(リプロセル製、RCHEFC001)を37℃の温浴で急速解凍した後、10%ウシ胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地で洗浄した後、1×105細胞/mLに調整した後、細胞分散液を1mL分注し37℃炭酸ガス培養機で24時間培養した。
市販マウス胚性幹細胞(マウスES細胞)(DSファーマバイオメディカル製、R−PMEF−N)の凍結バイアルを37℃の温浴で急速解凍した後、市販のES細胞用調整済み培地(DSファーマバイオメディカル製、R−ES−101)で5×105細胞/mLに調整した後、先に培養しているフィーダー細胞上に播種し、37℃炭酸ガス培養機で毎日培地交換しながら5日間培養した。
培養したマウスES細胞の培地を除去し5mLのリン酸緩衝液(PBS(−))で洗浄した後、トリプシン/EDTA溶液0.5mL添加して、30秒静置、トリプシン/EDTA溶液を除去。さらに2分間静置して細胞の剥離を確認後、培地5mLに分散させ回収した。
回収したES細胞をトリパンブルーで染色して細胞数を計測し、PMBV溶液に1×105細胞/mLになるように分散させた。
(3)細胞保存
15mL遠沈管に、0.5mLの10wt%PVA溶液を0.5mL分注し、さらにその上から細胞分散させたPMBV溶液を0.5mL分注し、直ちに混合して37℃炭酸ガス培養機内で保存した。ゲル化は混合後直ちに発生し、30分間の静置で完全にゲル化した。ゲル内にES細胞が保持されていることは光学顕微鏡観察により確認した。
(4)ゲル溶解、細胞の回収、再培養
キシリトール(東京化成製、X0018)をライボビッツL−15倍地(インビトロジェン社製、11415−064)で80w/v%に調整した。5日間保存後のゲルに調製したキシリトール溶液を1mL加えて、30回ピペッティングしゲルを完全に溶解させた。さらに8mLのES細胞用調整済み培地を加えて混合した後、1000rpmで1分遠心し、細胞をペレットで回収した。
得られた細胞ペレットに2mLのES細胞用調整済み培地を加え、一部を(50μL)をトリパンブルーで染色して生細胞数及び死細胞数を血球計算板にて計測した。残りの細胞分散液は、フィーダー細胞上に播種し培養を開始し、翌日、形態観察を行った。
【0028】
《実施例2》
(1)ポリマーの作製は、実施例1に同様に行なった。
(2)細胞培養は、実施例1に同様に行なった。
(3)細胞保存は、実施例1に同様に行なった。
(4)ゲル溶解、細胞の回収、再培養
D−マンニトール(東京化成製、M0044)をライボビッツL−15倍地(インビトロジェン社製、11415−064)で60w/v%に調整した。5日間保存後のゲルに調製したD−マンニトール溶液を5mL加えて、30回ピペッティングしゲルを溶解させた。さらに8mLのES細胞用調整済み培地を加えて混合した後、1000rpmで1分遠心し、細胞をペレットで回収した。
得られた細胞ペレットに2mLのES細胞用調整済み培地を加え、一部を(50μL)をトリパンブルーで染色して生細胞数及び死細胞数を血球計算板にて計測した。残りの細胞分散液は、フィーダー細胞上に播種し培養を開始し、翌日、形態観察を行った。
【0029】
《実施例3》
(1)ポリマーの作製は、実施例1に同様に行なった。
(2)細胞培養は、実施例1に同様に行なった。
(3)細胞保存は、実施例1に同様に行なった。
(4)ゲル溶解、細胞の回収、再培養
マルチトール(東京化成製、M0601)をライボビッツL−15倍地(インビトロジェン社製、11415−064)で80w/v%に調整した。5日間保存後のゲルに調製したマルチトール溶液を2.5mL加えて、30回ピペッティングしゲルを溶解させた。さらに8mLのES細胞用調整済み培地を加えて混合した後、1000rpmで1分遠心し、細胞をペレットで回収した。
得られた細胞ペレットに2mLのES細胞用調整済み培地を加え、一部を(50μL)をトリパンブルーで染色して生細胞数及び死細胞数を血球計算板にて計測した。残りの細胞分散液は、フィーダー細胞上に播種し培養を開始し、翌日、形態観察を行った。
【0030】
《比較例1》
(1)ポリマーの作製は、実施例1に同様に行なった。
(2)細胞培養は、実施例1に同様に行なった。
(3)細胞保存は、実施例1に同様に行なった。
(4)ゲル溶解、細胞の回収、再培養
ガラクトース(和光純薬製、075−00035)をライボビッツL−15倍地(インビトロジェン社製、11415−064)で60w/v%に調整した。5日間保存後のゲルに調製したガラクトース溶液を1mL加えて、30回ピペッティングしゲルを溶解させたが、完全に溶解し切れなかった。さらに8mLのES細胞用調整済み培地を加えて混合した後、1000rpmで1分遠心し、細胞を溶解し切れなかったゲルの断片と一緒にペレットで回収した。
得られた細胞ペレットに2mLのES細胞用調整済み培地を加え、一部を(50μL)をトリパンブルーで染色して生細胞数及び死細胞数を血球計算板にて計測した。残りの細胞分散液は、フィーダー細胞上に播種し培養を開始し、翌日、形態観察を行った。
【0031】
《比較例2》
(1)ポリマーの作製は、実施例1に同様に行なった。
(2)細胞培養は、実施例1に同様に行なった。
(3)細胞保存は、実施例1に同様に行なった。
(4)ゲル溶解、細胞の回収、再培養
グルコース(和光純薬製、595−04661)をライボビッツL−15倍地(インビトロジェン社製、11415−064)で60w/v%に調整した。5日間保存後のゲルに調製したグルコース溶液を1mL加えて、30回ピペッティングしゲルを溶解させたが、完全に溶解し切れなかった。さらに8mLのES細胞用調整済み培地を加えて今後した後、1000rpmで1分遠心し、細胞を溶解し切れなかったゲルの断片と一緒にペレットで回収した。
得られた細胞ペレットに2mLのES細胞用調整済み培地を加え、一部を(50μL)をトリパンブルーで染色して生細胞数及び死細胞数を血球計算板にて計測した。残りの細胞分散液は、フィーダー細胞上に播種し培養を開始し、翌日、形態観察を行った。
【0032】
《比較例3》
一般的な細胞凍結保存を比較例とした。
(1)細胞凍結保存液の調整
ES細胞用調整済み培地に対して10v/v%になるようにジメチルスルホキシドを加えて凍結保存液を調製した。具体的には9mLのES細胞用調整済み培地に対して1mLのジメチルスルホキシドを加えてよく混合した物を準備した。
(2)細胞培養
市販のゼラチンコート35mm径シャーレ(住友ベークライト製、MS−0035G)に市販凍結フィーダー細胞(リプロセル製、RCHEFC001)を37℃の温浴で急速解凍した後、10%ウシ胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地で洗浄した後、1×105細胞/mLに調整した後、細胞分散液を1mL分注し37℃炭酸ガス培養機で24時間培養した。
市販マウス胚性幹細胞(マウスES細胞)(DSファーマバイオメディカル製、R−PMEF−N)の凍結バイアルを37℃の温浴で急速解凍した後、市販のES細胞用調整済み培地(DSファーマバイオメディカル製、R−ES−101)で5×105細胞/mLに調整した後、先に培養しているフィーダー細胞上に播種し、37℃炭酸ガス培養機で毎日培地交換しながら5日間培養した。
培養したマウスES細胞の培地を除去し5mLのリン酸緩衝液(PBS(−))で洗浄した後、トリプシン/EDTA溶液0.5mL添加して、30秒静置、トリプシン/EDTA溶液を除去。さらに2分間静置して細胞の剥離を確認後、培地5mLに分散させ回収した。
回収したES細胞をトリパンブルーで染色して細胞数を計測し、細胞凍結保存液に1×105細胞/mLになるように分散させた。
1mLの細胞分散液を凍結保存用チューブ(住友ベークライト製、MS−4601)に入れ、最初4℃の冷蔵庫で20分、−20℃の冷凍庫で2時間、−80℃の冷凍庫に一晩入れて凍結させ、その後液体窒素中で保管した。
(3)解凍、細胞の回収、再培養
液体窒素中に5日間保管した凍結保存チューブの細胞を取り出し、37℃の温浴で急速解凍した。細胞溶液をあらかじめ9mLの培地を入れた15mLの遠沈管に移してよく混合し、1000rpmで1分遠心し、細胞をペレットで回収した。
得られた細胞ペレットに2mLのES細胞用調整済み培地を加え、一部を(50μL)をトリパンブルーで染色して生細胞数及び死細胞数を血球計算板にて計測した。残りの細胞分散液は、フィーダー細胞上に播種し培養を開始し、翌日、形態観察を行った。
【0033】
実施例、比較例の結果を表1に示す。細胞回収率は、ゲルが完全に溶解した実施例1,2,3において95%以上と高くなった。また、凍結保存においても完全に溶解できるので細胞の回収率は95%と高い値になった。一方、ゲルが完全に溶け切らなかった比較例1,2では、ゲルの破片に細胞がトラップされて回収率が著しく低い値となった。
生存率は、比較例3以外は生存率70%以上であった。比較例3では凍結保存しているので凍結溶解時の細胞ダメージが大きく生存率が悪くなったと考えられる。
細胞回収率と生存率を掛け合わせた、保存開始時の細胞に対し、回収できた生細胞数を求めた最終細胞生存率は、ゲルに保存し本発明に従って溶解した実施例1,2,3において75%以上の高い生存率を示した。
【0034】
また翌日以降の細胞形態は、ES細胞に特徴的な細胞コロニーが観察された。これによって保存回収された細胞が、保存前と同等のES細胞特有の形態を示し細胞として安定していることを確認した。
【0035】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体成分を固定化した三次元架橋体の溶解方法であって、前記三次元架橋体が水溶性ポリマー溶液と水溶性化合物溶液とを混合して形成させたものであり、複数の水酸基を含有する化合物を含む溶解用溶液と接触させて溶解させることを特徴とする三次元架橋体の溶解方法。
【請求項2】
前記水溶性ポリマー及び前記水溶性化合物が水酸基を有し、水酸基同士の結合による可逆的共有結合の生成により三次元架橋体を形成するものである請求項1記載の三次元架橋体の溶解方法。
【請求項3】
前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーであり、前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である請求項2記載の三次元架橋体の溶解方法。
【請求項4】
前記多価水酸基を有する化合物が単糖類、二糖類、多糖類、低分子多価アルコール、及びポリビニルアルコールから選ばれる少なくとも一つである請求項3記載の三次元架橋体の溶解方法。
【請求項5】
前記複数の水酸基を含有する化合物が、糖アルコールである請求項4記載の三次元架橋体の溶解方法。
【請求項6】
前記糖アルコールが、キシリトール、マンニトール、又はマルチトールである請求項5記載の三次元架橋体の溶解方法。
【請求項7】
前記生体成分が、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、及び生体由来の組織から選ばれる少なくとも一つである請求項1〜6いずれか記載の三次元架橋体の溶解方法。

【公開番号】特開2009−296909(P2009−296909A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152937(P2008−152937)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】