説明

不定胚生長促進剤

【発明の詳細な説明】
(産業上の利用分野)
本発明は、不定胚生長促進剤に関する。
(従来の技術)
植物組織培養は、植物細胞の分化全能性による細胞の脱分化(カルス化)、再分化に基づくものである。近年の植物バイオテクノロジーの進歩にともない、植物組織培養技術を用いて植物細胞を大量に培養し再分化させ、大量に優良植物のクローン増殖を行うことが試みられている。
一般に植物組織培養とは、一部組織片を植物の生長に必要な成分を含む培地に植え、カルスと呼ばれる脱分化細胞を誘導し無限培養するものである。誘導したカルスからは不定胚(体細胞胚)、不定芽や不定根を誘導し植物体に再分化させることが可能である。これらの不定胚形成の為の培養に於いては温度、光量、光周期などの物理的条件、培地の無機塩類、ビタミン糖などの化学的条件、サイトカイニン・オーキシンなどの種類、サイトカイニン/オーキシンの量比、ジベレリン類・アブシジン酸等の添加などの植物ホルモン条件、用いる植物の齢、組織などの条件、固体培養・液体培養(静置培養、回転培養振盪培養、タンク培養など)などの諸条件について種々検討され、植物組織培養技術を用いた不定胚経由の大量育苗が試みられている。
(発明が解決しようとする問題点)
植物組織培養を用いて植物組織あるいは培養細胞からの不定胚の誘導、生長は種々の植物において検討されている。人為的に不定胚、不定芽や不定根などの形態形成を誘導する場合、培地の無機塩組成も去ることながら植物ホルモンであるオーキシンやサイトカイニンの種類、濃度、組合せについて検討することが一般的な手順となっている。しかし、オーキシンやサイトカイニンの処理だけでは不定胚、不定芽や不定根などの形態形成を誘導できない植物種も多い。現在までに報告されている植物生長調節物質は種類も多くその作用は多岐にわたっているが、形態形成に関してオーキシンやサイトカイニンに代わる特殊な効果を示したとする報告は少なく、新しい植物生長調節物質の検索は重要な課題となっている。特に不定胚を経由して植物体を再生させる場合に於いて、不定胚の生長は、その段階によって球状胚、心臓型胚、魚雷型胚、成熟胚の順に成長していくが、その理由は定かではないが誘導された不定胚はある段階まで生長後、その生長が停止し植物体にまで再分化する率は極めて低下するということが知られている。例えば、不定胚発生系のモデルとして最も研究が進んでいるニンジン培養細胞に於いては、培養細胞を植物ホルモンを含まない植物組織培養用培地で培養することで不定胚を誘導することができる。誘導された不定胚は、魚雷型胚様体まで生長するとその生長が停止して植物体まで再分化するものは非常に減少してしまう。
不定胚を経由した植物体再生を産業的に利用しようする場合、上述したように不定胚の生長が停滞せずに成熟胚を経て植物体に再生するという点、別の表現を取れば生長の止まらない優良な不定胚を得ることが最も重要である。さらに、たとえ生長が停滞する不定胚であっても新規な植物生長の発見などにより、その停滞を打破することができるようになることも重要である。このように、不定胚発生及びその生長という形態形成を誘導する場合、形態学的、生理学的な部分には未だ不明な点が多く、現在知られている植物組織培養技術を用いても解決できない幾多の問題点がある。
(問題点を解決するための手段)
本発明は、上述せる問題点に鑑みなされたもので、植物の組織あるいは培養細胞から不定胚を誘導後、生長させる際に、不定胚生長促進剤として光合成原核微生物培養濾液及び/又は光合成原核微生物抽出物を用いることを特徴とする不定胚生長促進剤を要旨とするものである。
本発明で利用できる光合成原核微生物としては、シアノバクテリア類(「R.Rippka and R.Y.Stanier:J.Gen.Micobiol.,111,1-61(1979)」により種々分類されている。)や光合成細菌類等がある。シアノバクテリア類としては、例えば、クロログレオフィシス属(Chlorogloeopisis sp.)、デルモカルパ属(Dermocarpa sp.)、ノストック属(Nostoc sp.)、シネココッカス属(Synechococcus sp.)、オスシラトリア属(Oscillatoria sp.)があり、具体例としては、クロログレオフィシス属(Chlorogloeopisis sp.) ATCC 27181、デルモカルパ属(Dermocarpa sp.) ATCC 2937、ノストック属(Nostoc sp.) ATCC 27895、シネココッカス属(Synechococcus sp.) ATCC 27192、ATCC 29404、ATCC 29534、ATCC 27170、オスシラトリア属(Oscillatoria sp.) ATCC 27906などが挙げられ、また、光合成細菌類としては、例えば、ハロバクテリウム属(Halobacterium sp.)、ロドシュードモナス属(Rhodopseudomonas sp.)、ロドスピリラム属(Rhodospirillum sp.)があり、具体例としては、ハロバクテリウム・クチルブルム(Halobacterium cutirubrum) ATCC 33170、ハロバクテリウム・メディテラネイ(Halobacterium mediterranei) ATCC 33500、ハロバクテリウム・サッカルボルム(Halobacterium saccharovorum) ATCC 29252、ハロバクテリウム・サリナリウム(Halobacterium salinarium) ATCC 19700、ハロバクテリウム・ソドメンセ(Halobacterium sodomense) ATCC 33755、ロドシュードモナス・アシドフィラ(Rhodopseudomonas acidophila) ATCC 25092、ロドシュードモナス・ルティラ(Rhodopseudomonas rutila) ATCC 33872、ロドシュードモナス・スフェロイデス(Rhodopseudomonas spheroides) ATCC 17024、ロドシュードモナス・ビリディス(Rhodopseudomonas viridis) ATCC 19567、ロドシュードモナス・ブラスティカ(Rhodopseudomonas blastica) ATCC 33485、ロドスピリラム・モリシアナム(Rhodospirillum molischianum) ATCC 14031、ロドスピリラム・ホトメトリクム(Rhodospirillum photometricum) ATCC 27871、ロドスピリラム・ルブラム(Rhodospirillum rubrum) ATCC 277、ATCC 17031、ロドスピリラム・テヌエ(Rhodospirillum tenue) ATCC 25093などが挙げられる。また、光合成原核微生物は、上記した微生物あるいはその変種や変異株に限ることなく、天然から分離した海洋性、淡水性の光合成原核微生物も含まれる。
光合成原核微生物の培養は、通常、無機塩類等を含む培地を用い、タンク培養あるいは太陽光を利用した屋外開放培養で行い得るが、本発明においては、目的とする光合成原核微生物が天然にある程度豊富に存在するならば、その微生物の生育存在する海水あるいは淡水を培養液とすることができる。
光合成原核微生物培養濾液は上述した培養法で得られる培養液を遠心分離あるいは濾過などを行って取得されるが、目的とする培養濾液の生物活性が弱い場合は、前記濾液を減圧濃縮などにより濃縮して用いてもかまわない。この際、濃縮倍率が大きくなり塩濃度が高くなると植物組織に悪影響を与えることがあるので、電気透析などで植物組織に悪影響がなくなるまで脱塩して使用するのが望ましい。
また、光合成原核微生物の抽出物は、前記のようにして得られた菌体または適度に破砕した菌体を常温または加熱した適当な溶媒と接触させて行い得たものであるが、ここで用いる溶媒としては、菌体によって種々の溶媒を単独または複数併用してかまわないが、一般的には水性溶媒が好ましい。例えば水性溶媒としては、水単独あるいは酸、塩基、塩類、もしくは有機溶媒を溶解した溶液などがある。また、メタノール、エタノール、酢酸エチルエステル、エーテル等の有機溶媒で抽出後、有機溶媒を除去後水に溶解させてもよい。
上述した方法により得られた光合成原核微生物培養濾液あるいは光合成原核微生物抽出物から有機溶媒抽出による分画により塩基性物質を得るための方法は、「物質の単離と精製」(1976年発行、大竹、鈴木、高橋、室伏、米原、東京大学出版会)p25-p31に記載の一般的理論と分画方法に基づいて行うことが可能である。一般的な分画操作では、試料水溶液に塩酸などの酸を加えてpH3に調整後、適当な有機溶媒を加え酸性物質を抽出する。次に、水層のpHを水酸化ナトリウムなどのアルカリを加えてpH12に調整し適当な有機溶媒を加えて塩基性物質を抽出する。この分画操作は、常法とも言えるものであるので目的に応じて適宜pHなどの諸条件をかえて抽出を行っても差し支えない。分画に用いる有機溶媒としては、エチルエーテル、クロロホルム、酢酸エチル、ブタノールなどを用いることが多いが、適当な溶媒を適宜選択して用いることができる。また、上述した方法で得られた塩基性画分から有機溶媒を除去後、水に溶解させて用いてもよい。
このようにして得られた光合成原核微生物培養濾液あるいは抽出物またはこれらから得られた塩基性物質を添加する形態としては、上述した溶液の形態で添加してもよいし、これらを適宜濃縮あるいは希釈して使用できる。さらに、これらの培養濾液あるいは抽出液または塩基性物質を含む分画液を減圧乾燥、凍結乾燥、噴霧乾燥等により乾燥し粉末としても使用できる。光合成原核微生物培養濾液及び/又は光合成原核微生物抽出物の基本培地への添加量は、0.0001〜50%で使用目的、使用方法によって適宜選択できるが、望ましくは0.001〜10%である。また、光合成原核微生物培養濾液あるいは光合成原核微生物抽出物から得られた塩基性物質の基本培地への添加量は、0.01-1000ppm(mg/1)で使用目的、使用方法によって適宜選択できるが、望ましくは0.1-300ppmである。
以上述べた、光合成原核微生物培養濾液及び/又は光合成原核微生物抽出物や光合成原核微生物培養濾液あるいは光合成原核微生物抽出物から得られた塩基性物質を不定胚生長促進剤として基本培地に添加し、その培地により不定胚を誘導、生長させる為の培養を行うのであるが、基本培地、培養方法などは通常の植物組織培養におけるものと同様で良い。すなわち基本培地としては、ムラシゲ(Murashige)&スクーグ(Skoog)培地が代表的なものとして挙げられるが、その他の植物組織培養に適した種々の培地、あるいはそれらの改変培地を適宜選択して使用できる。更に、通常の培養に使用される植物ホルモン、ココナッツミルク、カゼイン分解物や酵母抽出物々を目的に応じて併せて添加してもよい。
本発明において培養の対象となる植物としては、特に制限はなく、全ての植物に適用可能である。また、これらの植物の茎頂、休眠芽、側芽、胚、種子、胚軸、子葉、茎、などの組織が適用可能で、更にこれら組織の初代培養体、継代培養体も用いることができる。
(実施例)
以下、実施例によってさらに詳しく説明するが、これによって限定されるものではない。
(1)光合成原核微生物培養濾液、光合成原核微生物抽出物、光合成原核微生物培養濾液中の塩基性物質及び光合成原核微生物抽出物中の塩基性物質の調整 シアノバクテリア類としてシネココッカス属(Synechococcus sp.) ATCC 27192、ロドシュードモナス・ブラスティカ(Rhodopseudomonas blastica) ATCC 33485を用いて調製した。
前記光合成原核微生物をATCC指定の培養条件にて培養後、培養液を遠心濾過し濾液を得、エバポレイターで100倍に濃縮した。この濃縮液をモザイク荷電膜脱塩器(デザルトン DS-103:東ソー株式会社)で脱塩し、0.45μmのメンンブランンフィルターを用いて濾過し、得られた濾液を光合成原核微生物培養濾液とした。
光合成原核微牲物抽出物は菌体を集菌後凍結乾燥し、水に対して3%になるように菌体を懸濁させ、100℃で60分間熱水抽出し、遠心分離して上澄液を0.45μmメンブランフィルターにて濾過して得た。
光合成原核微生物培養濾液あるいは光合成原核微生物抽出物からの塩基性物質の調製は以下のように行った。上述した光合成原核微生物培養濾液及び光合成原核微生物抽出物それぞれに1Nの塩酸を加えてpH3に調整後、クロロホルムを加え酸性物質を抽出した。次に、それぞれの水層のpHを1Nの水酸化ナトリウムを加えてpH12に調整し、クロロホルムを加えて塩基性物質を抽出した。得られた塩基性物質は、クロロホルムを減圧蒸留して除去しpH4の超純水に溶解し、その後凍結乾燥を行い、供試塩基性物質とした。
(2)ニンジン培養細胞の作製と不定胚の培養 ニンジンの無菌種子の芽生えにおいて胚軸が10cm位に生長したものを約1cm位に切断し、下記培地中で25℃、暗条件下で培養した。培地は、基本培地としてムラシゲ(Murasige)&スクーグ(Skoog)培地を使用し、これに植物ホルモンのオーキシン類である2,4-Dを1mg/lの濃度で添加しpH5.5-5.7に調整したものである。得られたカルスを液体培養にて継代培養し、不定胚の形成に用いた。
不定胚は植物ホルモンである2,4-Dを含まない前記基本培地を用いて14日間、25℃、暗条件下で液体振盪培養することで誘導された。以下の実験では、148μmのナイロンメッシュを用いて148μm以上に生長した不定胚のみを選別し使用した。得られた不定胚のほとんどは、球状から初期の心臓型胚であった。
実施例1(2)で得られた不定胚を生長、あるいは植物体にまで再生させる際に光合成原核微生物培養濾液、光合成原核微生物抽出物およびそれらの塩基性画分の添加による影響を調べた。
得られた不定胚を生長させるため植物ホルモンを含まないムラシゲ(Murashige)&スクーグ(Skoog)培地で液体振盪培養した。この際、(1)で調製された光合成原核微生物培養濾液、光合成原核微生物抽出物を1.5%添加した培地、光合成原核微生物培養濾液あるいは光合成原核微生物抽出物から得られた塩基性物質を100ppm添加した培地と比較例として無添加の培地を用いて、25℃、明条件下(2000ルックス、12時間照明)で1ヶ月間培養した結果を表に示す。




(発明の効果)
光合成原核微生物培養濾液及び/又は光合成原核微生物抽出物や光合成原核微生物培養濾液あるいは光合成原核微生物抽出物から得られた塩基性物質を含む培地を用いて不定胚を培養することによって、不定胚の生長を効率よく行わせることができる。従って、クローン植物大量増殖法のひとつである不定胚を経由する植物体再生を効率よく行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】植物組織培養技術を用いて植物組織あるいは培養細胞から不定胚を誘導後、生長させる際に、不定胚生長促進剤として光合成原核微生物培養瀘液及び/又は光合成原核微生物抽出物を用いることを特徴とする不定胚生長促進剤。
【請求項2】光合成原核微生物はシアノバクテリア類又は光合成細菌類である特許請求の範囲第1項記載の不定胚生長促進剤。
【請求項3】有効成分が塩基性物質である特許請求の範囲第1項記載の不定胚生長促進剤。

【特許番号】第2717672号
【登録日】平成9年(1997)11月14日
【発行日】平成10年(1998)2月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願昭63−191285
【出願日】昭和63年(1988)7月30日
【公開番号】特開平2−42976
【公開日】平成2年(1990)2月13日
【出願人】(999999999)ぺんてる株式会社
【出願人】(999999999)
【参考文献】
【文献】特開 昭57−65178(JP,A)
【文献】Enzyme microb.Technol.,vol.8(1986)P.386−394
【文献】Fiziol,Rast.,vol.32,no.6(1985)P.1158−1165
【文献】dzu,akad,nauk SSSR Ser,Biol.,vol.0,no.5(1985)P.645−651