説明

不溶性陽極

【課題】 陰極化現象を生じるような消耗の激しい部分に使用しても、陽極機能を長期間安定に維持でき、しかも、電極活物質量の使用量を極力抑制できる長寿命で経済的な不溶性陽極を提供する。
【解決手段】 チタン板からなる金属基体10の表面に、球状チタン粉末の焼結体からなる多孔質層20を下地層として形成する。多孔質層20の表面から内部にかけて電極活物質層30を形成する。電極活物質の一部が多孔質層20中に浸透し、ブラスト処理の場合とは比較にならない強固なアンカー効果が得られる。多孔質層20から露出する部分が剥離・脱落しても、多孔質層20中に残存する電極活物質により陽極機能が維持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の電気メッキなどの酸素発生を伴う電解プロセスに使用される不溶性陽極に関する。
【背景技術】
【0002】
電気メッキなどの電解プロセスに使用される不溶性陽極としては、従来より鉛又は鉛合金が多用されてきた。しかし、この鉛系陽極には、溶出した鉛による環境汚染などの問題がある。このため、鉛系陽極に代わるクリーンな不溶性陽極の開発が進められており、その一つがバルブ金属、なかでも特にチタンを用いたチタン系陽極である。
【0003】
チタン系陽極では、純チタン又はチタン合金(これらをチタンと総称する)からなる陽極基体の表面に、酸化イリジウムなどからなる電極活物質が層状に被覆される。この不溶性陽極では、電極活物質の被覆に熱分解法が使用されるため、形成された電極活物質層にクラックが発生し、電極活物質層が剥離しやすい。また、剥離に至らないまでも、陽極基体の表面から電極活物質層が浮き上がり、陽極機能が失われ易い。これらのために、陽極寿命が短いという本質的問題がある。
【0004】
チタン系陽極における寿命の問題を解決するために、一般には、陽極基体の表面をブラスト処理、エッチング処理等により事前に粗面化し、これによって発現するアンカー効果で電極活物質層を基体表面へ強固に固定することが行われている。また、別の方法として、タンタルなどのチタン以外のバルブ金属からなる中間層を陽極基体と電極活物質層との間に介在させることが考えられている(特許文献1、2参照)
【0005】
【特許文献1】特開平7−229000号公報
【特許文献2】特開平8−109490号公報
【0006】
これらの対策により陽極寿命は延長される。しかしながら、陽極の陰極化現象を伴う電解プロセスでは、陰極化が生じる部分で陽極の消耗が急速に進み、この部分的な消耗に陽極全体の寿命が支配されるため、期待されるほどの効果は得られないのが現状である。以下に陽極の陰極化現象について簡単に説明する。
【0007】
例えば鋼板の電気メッキラインにおいては、鋼板の両面をメッキするために2枚の陽極が対向配置され、その間を陰極となる鋼帯が通過することにより、鋼帯の両面にメッキ金属が析出する。ここで、対向配置された2枚の陽極の幅(鋼帯の進行方向に直角な方向の寸法)は、その間を通過する鋼帯の幅が多種類あるため、鋼帯の最大幅に合わせて設定されている。このため、最大幅より小さい幅の鋼帯が通過するときは、陽極の両側の側端部で電極同士が直接対向することになる。そして、鋼板の両面に厚さの異なる金属メッキを施すような場合は、2枚の陽極の間に電位差が生じ、低電位側の陽極においては、電極同士が直接対向する側端部が陰極として機能する。
【0008】
これが陽極の陰極化現象であり、これが生じる陽極の側端部では、鋼帯に対向する中央部よりも電極活物質の消耗が急速に進行し、この側端部での急速な電極活物質の消耗が陽極全体の寿命を支配するのである。
【0009】
このような事情から、陽極の陰極化現象に伴う局部的な電極活物質の消耗を抑えることが不溶性陽極での重要な技術課題となっており、この技術課題を解決する手段の一つが、陰極化現象が生じる部分で電極活物質層の層厚を他の部分の層厚よりも厚くすることである(特許文献3参照)。
【0010】
【特許文献3】特開平10−287998号公報
【0011】
陽極の陰極化現象に伴う局部的な電極活物質の消耗の抑制に、電極活物質層の層厚増大は有効である。しかし、その増大の割りには、消耗抑制効果は十分とは言えない。なぜなら、陽極基体上に電極活物質が相当量残存しているにもかかわらず、その電極活物質が基体表面から浮き上がったり両者の間に不働態膜が形成されたりして、陽極機能が喪失する場合が少なくないからである。しかも、電極活物質層の層厚を大きくした場合は、電極活物質の剥離・脱落が顕著になる問題もある。
【0012】
これに加え、電極活物質層の層厚増大はコストの大幅な増加を伴う。すなわち、電極活物質層は電極被覆液を塗布し焼成するいわゆる焼付けコートの繰り返しにより、所定の層厚に形成される。層厚を増大させるためには、焼付けコートの繰り返し回数を増やす必要があり、高価な電極活物質の使用量の増加だけでなく工程数の増加も顕著になる。
【0013】
また、陽極寿命の延長を図る場合、電極活物質を改良する場合が少なくないが、コストが嵩む割に効果が小さかった。
【0014】
このようなことから、陰極化現象が生じる部分に使用して、陽極機能を長期間安定に維持でき、しかも、電極活物質の使用量を極力制限できる長寿命で経済的な不溶性陽極の開発が待たれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、例えば電気メッキ用陽極の側端部のような陰極化による消耗が激しい部分に使用しても、陽極機能を長期間安定に維持でき、しかも、電極活物質量の使用量を極力抑制できる長寿命で経済的な不溶性陽極を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、以前よりガスアトマイズ球状チタン粉末の焼結体についての研究を続けており、その成果の一つとして、その焼結体が固体高分子型燃料電池における集電体用の多孔質導電板として優れた適性を示すことを知見した。
【0017】
ガスアトマイズ球状チタン粉末とは、ガスアトマイズ法により製造されたチタン又はチタン合金の粉末であり、個々の粒子は、チタン又はチタン合金の溶融飛沫が飛散中に凝固してできたものであるから、表面が滑らかな球形をしている。この球状チタン粉末は、流動性に優れ、焼結容器内に投入すると、加圧なしでも十分な密度に充填される。そして、これを焼結すると、大面積の場合も十分な機械的強度をもつ導電性の薄型多孔質板が製造される。
【0018】
球状チタン粉末を焼結して得た多孔質体の特徴の一つは比較的気孔率が大きいことであり、焼結温度の変更等により気孔率の調整も容易である。しかも、個々の気孔は球面で囲まれた比較的な滑らかな形状をしている。本発明者らは、球状チタン粉末焼結体のこのような特徴が、チタン系陽極における電極活物質層の下地層として好適であると考え、その製法、適性等について多角的に調査した。その結果、以下のような注目すべき事実が明らかになった。
【0019】
チタンからなる陽極基体の表面に球状チタン粉末を層状に積層し、真空又は不活性ガス雰囲気中で焼結すると、陽極基体の表面に球状チタン粉末からなる多孔質の焼結層が形成される。その焼結層の表面に酸化イリジウムなどからなる電極活物質をコーティングすると、電極活物質の一部が焼結層中の各気孔に侵入し、ブラスト処理の場合とは比較にならない強固なアンカー効果が得られる。その結果、陽極基体からの電極活物質層の剥離や浮き上がり、更には両者の間における不働態膜の形成等が効果的に防止される。すなわち、多量の電極活物質も安定的に保持される。そして更に特徴的なのは、焼結多孔質層から露出する部分が剥離・脱落しても、多孔質層中に浸透し残存する電極活物質により陽極機能が維持され続けることである。かくして、陽極寿命の大幅な延長が可能になる。
【0020】
同様の作用効果は、程度の差はあれ、電極活物質の相当量の浸透を期待できる不定形チタン粉末の多孔質焼結体やチタン繊維の多孔質焼結体でも得られ、またチタンをチタン以外のバルブ金属に代えた場合も得ることが可能である。
【0021】
本発明の不溶性陽極は、かかる知見に基づいて完成されたものであり、バルブ金属からなる陽極基体の表面にバルブ金属の焼結体からなる多孔質層が形成されており、且つその多孔質層の表面から内部にかけて電極活物質層が形成されていることを構成上の特徴点とする。
【0022】
バルブ金属は、具体的にはチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ又はタングステン、若しくはこれらの合金であるが、経済性等の点からチタン又はその合金(これらをチタンと総称する)が好ましい。すなわち、チタンからなる陽極基体の表面に、チタンからなる多孔質焼結層を形成するのが経済性等の点から好ましい。ただし、チタンからなる陽極基体の表面に、チタン以外のバルブ金属からなる焼結多孔質層を形成したものも、バルブ金属の種類によっては相当に経済性の高い陽極となる。特にタンタルからなる焼結多孔質層が好ましい。
【0023】
陽極基体の形状、サイズは、製造すべき不溶性陽極の形状、サイズに応じて適宜選択される。
【0024】
基体表面の多孔質層は、球状金属粉末の焼結体の他、不定形金属粉末の焼結体や金属繊維の焼結体により形成することができるが、電極活物質の浸透性、陽極基体との密着性等の点から球状金属粉末の焼結体が好ましく、ガスアトマイズ法によって製造された球状金属粉末の焼結体が特に好ましい。
【0025】
多孔質層の層厚は0.1〜4.0mmが好ましく、0.1〜2.0mmが特に好ましい。この層厚が薄すぎると多孔質層の耐久性や電極活物質の浸透量が不足し、所定の効果が得られ難くなる。反対に、この層厚が厚すぎる場合は、焼結物質の使用量や電極活物質の浸透量が必要以上に増大し、経済性が悪化する。また多孔質層が剥離しやすくなる。
【0026】
多孔質層の他の構成要件としては気孔率が重要である。この気孔率は20〜80%が好ましく、多孔質層が球状金属粉末焼結体の場合は30〜50%が好ましい。気孔率が小さすぎる場合は電極活物質の浸透量が不足し、電極活物質層の露出部分が剥離・脱落したときの陽極性能が低下する。反対に気孔率が過大になると電極活物質層の機械的強度が不足し、陽極基体からの剥離等が顕著になる。
【0027】
多孔質層の形成に適した球状金属粉末、特に球状チタン粉末の場合について、多孔質層を更に詳しく説明する。前述したように、球状チタン粉末は流動性に優れ、無加圧で高強度に焼結される。そして、無加圧の場合、球状チタン粉末は粒子形状を変えずに焼結される。このように、球状チタン粉末は無加圧により粒子形状を変えることなく高強度に焼結できることが大きな特徴であり、そのような、粒子形状を大きく変形させない焼結によれば、多孔質層の気孔率は粉末粒径及び焼結温度に正確に依存することになり、平均粒径が20〜200μmの場合に、その気孔率は電極活物質層の下地層に適したものとなる。この観点から、多孔質層を形成する球状チタン粉末の平均粒径は20〜200μmが好ましい。
【0028】
多孔質層の形成法としては、球状チタン粉末をバインダーと混練してスラリーを作製し、作製したスラリーをチタン板上にドクターブレード法により塗布してグリーンシートを形成した後、脱脂−焼結を行う方法が一般的である。グリーンシートを経ず、チタン板をセッターとしてその上に球状チタン粉末を均等厚みに充填して焼結してもよい。その場合は、グリーンシートの作製工程及び脱脂工程は省略可能である。グリーンシートを用いる方法では、工数は多くなるが、シート状焼結体の厚みの均一化を容易に実現できる利点がある。
【0029】
脱脂工程及び焼結工程の条件については、通常どおりでよい。例えば脱脂温度は400〜600℃が好ましい。脱脂温度が低すぎるとバインダーが完全に分離しないおそれがあり、高すぎると脱脂が終わる前に焼結が開始され、バインダーからの急激なガス発生により焼結体が割れる危険性がある。脱脂時間は1時間以上が望ましく、短すぎると脱脂が不十分となるおそれがある。焼結温度は800〜1400℃が望ましい。800℃未満ではチタン粉末の焼結が遅くなり、1400℃超では焼結体の空隙率の過度の低下等が問題になる。焼結温度の変更により気孔率の調節が可能なことは前述したとおりである。焼結時間は1時間以上が望ましく、短すぎると焼結が不完全になるおそれがある。
【0030】
形成された多孔質層に対しては、粒子の表面を粗くし、電極活物質との密着性を高めることを目的として、しゅう酸等によるエッチング処理を施すのが好ましい。
【0031】
電極活物質としては、白金又は白金族金属の酸化物、若しくはこれとチタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウムなどのバルブ金属の酸化物との混合物が好適である。代表的な例としては、イリジウム−タンタル混合酸化物、イリジウム−チタン混合酸化物を挙げることができる。これらの混合酸化物における酸化イリジウム量は金属換算で60〜95重量%、特に60〜90重量%が好ましく、バルブ金属酸化物量は金属換算で40〜5重量%、特に40〜10重量%が好ましい。
【0032】
電極活物質層の量は、電極活物質の単位面積あたりの被覆量(白金族金属換算量)で表して10〜500g/m2 が好ましく、30〜300g/m2 、更に50〜200g/m2 が特に好ましい。電極活物質の被覆量が少ないと塗布時に下側の多孔質層に吸収されてしまい、多孔質層の表面に十分な量の電極活物質が被覆されず、結果として陽極性能が十分に発現しない。逆に電極活物質の被覆量が多すぎる場合は剥離・脱落が顕著となり、被覆量に応じた陽極寿命が確保されず、経済性が悪化する。
【0033】
電解プロセスにおける陽極寿命は正通電試験(陽極として使用)の他、正逆通電試験(逆通電では陰極として使用)で評価され、正逆通電試験では陽極の陰極化現象に対する耐久性が評価される。電極活物質の被覆量を段階的に多くした場合、正通電試験での陽極寿命は比較的早期に飽和するが、正逆通電試験での陽極寿命は電極活物質の被覆量に応じて長くなる。すなわち、電極活物質の被覆量を多くする価値の一つは、正逆通電試験での寿命延長、陰極化現象に対する耐久性の向上にある。しかし、従来は、電極活物質の被覆量を多くしても剥離等が顕著になるため、被覆量を多くする意味が薄かった。しかるに、その下地層として多孔質焼結層を用いると、比較的多量の電極活物質を安定的に保持でき、正逆通電試験での陽極寿命を大幅に延長することができる。この点も本発明の不溶性陽極の特徴的効果の一つである。
【発明の効果】
【0034】
本発明の不溶性陽極は、バルブ金属からなる金属基体の表面にバルブ金属の焼結体からなる多孔質層が形成され、その多孔質層の表面から内部にかけて電極活物質層が形成される活物質被覆構造により、例えば消耗の激しい部分に使用しても、陽極機能を長期間安定に維持でき、陽極寿命の大幅延長を可能にする。特に、比較的多量の電極活物質を安定的に保持できるので、正逆通電試験での寿命特性、陰極化現象に対する耐久性を大幅に改善できる。また、電極活物質の使用量に見合う効果、更にはそれ以上の効果を挙げることができるので、経済性にも非常に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下に本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図1は本発明の一実施形態を示す不溶性陽極の模式断面図、図2は同不溶性陽極の拡大模式断面図である。
【0036】
本実施形態の不溶性陽極は、例えば鋼板の両面電気メッキに使用されるものであり、その電気メッキ用陽極の特に陰極化現象を生じる両側の側端部及びその近傍に好適に使用される。
【0037】
この不溶性陽極は、チタン板からなる金属基体10の表面に、球状チタン粉末21の焼結体により形成された多孔質層20を有しており、その更に表面に電極活物質層30を有している。球状チタン粉末21はガスアトマイズ法により製造されたものであるが、他の製法によるものでもよい。球状チタン粉末21の平均粒径は20〜200μmである。この球状チタン粉末21を金属基体10上で真空雰囲気中又は不活性ガス雰囲気中で無加圧焼結することにより、多孔質層20は形成されている。形成された多孔質層20の気孔率は30〜50%である。
【0038】
電極活物質層30は、例えばイリジウムとタンタルの混合酸化物等からなり、電極被覆液を塗布後に焼成する焼付けコートを繰り返すことにより、多孔質層20の表面からその内部にかけて形成されている。より具体的には、この電極活物質は、多孔質層20の表面に被覆されると共に、球状チタン粉末21に囲まれた気孔23に入り込み、多孔質層20を構成する個々の球状チタン粉末21に被覆されている。
【0039】
多孔質層20の気孔23に侵入し球状チタン粉末21に被覆された電極活物質は、容易には剥離・脱落せず、しかも多量である。このため、多孔質層20の外に露出した電極活物質が剥離・脱落した後も、多孔質層20の気孔23中に残存して陽極機能の維持を図る。多孔質層20の外に露出した電極活物質も、強固なアンカー効果により剥離・脱落し難い。これらにより、陽極の陰極化現象を生じる部分に使用しても、陽極寿命が著しく延長される。
【0040】
図3は本発明の他の実施形態を示す不溶性陽極の模式断面図、図4は同不溶性陽極の拡大模式断面図である。
【0041】
本実施形態の不溶性陽極では、多孔質層20が水素化脱水素チタン粉末のような不規則形状のチタン粉末22からなる焼結体により形成されている。この場合、成形時又は焼結時に加圧が必要となり、この加圧で表面が平滑化する。また、加圧力及び焼結温度により気孔率が20〜80%に調整される。多孔質層20のベースがチタン板からなる陽極基体10であること、多孔質層20の表面から内部にかけてイリジウムとタンタルの混合酸化物等からなる電極活物質層30が形成されていることは先の実施形態と同じである。
【実施例】
【0042】
次に、本発明の実施例と従来例の比較試験について説明し、本発明の効果を明らかにする。
【0043】
陽極基板として100mm×100mm×10mm厚のチタン板を用意した。また、焼結体からなる多孔質層を形成するために、粒径範囲が45〜150μmで平均粒径が80μmのガスアトマイズ球状チタン粉末(市販品)を用意した。
【0044】
ポリビニルブチラールをバインダーとして有機溶剤に溶かし、これに球状チタン粉末及び可塑剤を混合してスラリーを作製した。作製したスラリーを前記チタン板の表面にドクターブレード法により塗布して厚みが約0.5mmのグリーンシートを形成した。そしてグリーンシート付きチタン板に真空雰囲気中で500℃×1時間の脱脂処理を行い、その後に1300℃×1時間の焼結処理を行い、前記チタン板の表面に厚さが0.5mmのチタン多孔質焼結層を下地層として形成した。チタン多孔質焼結層の気孔率は35%である。
【0045】
こうして得られた陽極基体の下地層に対して10%のしゅう酸によるエッチング処理(90℃×60分間)を行った後、表1に示す液組成の電極被覆液を調整し、塗布した。塗布後、陽極基体に120℃×10分間の条件で乾燥処理を施し、500℃に保持した電気炉内で20分間焼成した。この操作を所定回数繰り返すことにより、酸化イリジウムを電極活物質とするチタン系の不溶性陽極を作製した。電極活物質層の重量組成比はIr/Ta=7/3である。
【0046】
【表1】

【0047】
そして、この電極を10×45×10(厚さ)mmに切断し、有効電極表面部分10×10mmを残して電極活性部分を除去した。こうして作製された不溶性陽極の試験片に対して電解寿命加速試験(正通電試験)を行った。試験条件としては、70℃、pH1.46、100g/lのNa2 SO4 溶液(硫酸々性)を電解液に用い、陰極にジルコニウム板を用いた。電流条件としては電流密度300A/dm2 (一定)を採用した。槽電圧が電解開始時と比べて5V上昇するまでの時間を陽極寿命として測定した。
【0048】
また、同仕様の不溶性陽極に対して正逆通電試験を行った。試験条件としては、60℃、pH1.2、100g/lのNa2 SO4 溶液(硫酸々性)を電解液に用い、陰極に白金板を用いた。電流条件としては電流密度200A/dm2 で10分間正通電を行う毎に、電流密度5A/dm2 の逆電流を10分間通じた。槽電圧が電解開始時と比べて5V上昇するまでの時間を陽極寿命として測定した。
【0049】
比較のために、前記チタン板の表面に対して、アルミナグリッドを用いて圧力4kg/cm2 の条件でグリッドブラスト処理を施し、粗面化を行った。このチタン板の表面にしゅう酸エッチング処理を行った後、上記と同様の方法により電極活物質層を形成し、電解寿命加速試験(正通電試験及び正逆通電試験)を行った。試験結果を表2に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
酸化イリジウムと酸化タンタルよりなる電極活物質の被覆量は、通常レベル(電極全面にイリジウム金属として50g/m2 )と、陰極化現象が生じる陽極の側端部対策を想定した厚塗り(電極全面にイリジウム金属として100g/m2 )の二種類とした。下地処理としてブラスト処理を行った従来例の場合、電極活物質の被覆量が通常レベル(イリジウム金属として50g/m2 )のときは、正通電試験での陽極寿命は73日と短く、正逆通電試験での陽極寿命はこれより極端に短い25日である。このような不溶性陽極は、陰極化現象が生じる部分には使用し難い。電極活物質の被覆量を100g/m2 (イリジウム金属換算)と多くすることにより、正逆通電試験での陽極寿命は長くなるが、それでも87日に過ぎない。正通電試験での陽極寿命は電極活物質の被覆量が50g/m2 (イリジウム金属換算)のときと大差ない113日にとどまる。
【0052】
これに対し、球状チタン粉末の多孔質焼結体からなる下地層を形成した本発明例の場合は、電極活物質の被覆量が通常レベル(イリジウム金属として50g/m2 )のときでも、正通電試験での陽極寿命は241日に達し、正逆通電試験での陽極寿命に至っては180日に及ぶ。電極活物質の被覆量を100g/m2 (イリジウム金属換算)と多くすると、正通電試験での陽極寿命は電極活物質量の増量に見合って長くなり450日に達する。正逆通電試験での陽極寿命も電極活物質量の増量に見合って長くなり325日になる。
【0053】
このように、球状チタン粉末の多孔質焼結体からなる下地層の形成は、陽極寿命の延長、とりわけ陰極化現象による消耗対策に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の一実施形態を示す不溶性陽極の模式断面図である。
【図2】同不溶性陽極の拡大模式断面図である。
【図3】本発明の他の実施形態を示す不溶性陽極の模式断面図である。
【図4】同不溶性陽極の拡大模式断面図である。
【符号の説明】
【0055】
10 陽極基体
20 多孔質層
21 球状チタン粉末
22 不定形状チタン粉末
23 気孔
30 電極活物質層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルブ金属からなる陽極基体の表面にバルブ金属の焼結体からなる多孔質層が形成されており、且つその多孔質層の表面から内部にかけて電極活物質層が形成されていることを特徴とする不溶性陽極。
【請求項2】
前記多孔質層はバルブ金属の粉末焼結体からなる請求項1に記載の不溶性陽極。
【請求項3】
前記粉末焼結体は球状金属粉末の焼結体である請求項2に記載の不溶性陽極。
【請求項4】
前記バルブ金属はチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ又はタングステン、若しくはこれらの合金である請求項1に記載の不溶性陽極。
【請求項5】
前記電極活物質は白金または白金族金属の酸化物からなる請求項1に記載の不溶性陽極。
【請求項6】
前記電極活物質は白金または白金族金属の酸化物およびバルブ金属の酸化物からなる請求項1に記載の不溶性陽極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−188742(P2006−188742A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−3219(P2005−3219)
【出願日】平成17年1月7日(2005.1.7)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【出願人】(397064944)住友チタニウム株式会社 (133)