説明

不随意運動抑制システム、運動認識装置及び運動認識装置用プログラム

【課題】振戦患者が随意運動を行う際に混在する不随意運動を抑制すること。
【解決手段】振戦抑制システム10は、使用者Hに装着される装具11と、装具11を動作制御する制御装置12とを有する。装具11は、体部位の運動方向に動作可能なアーム14と、アーム14を動作させるモータ15と、体部位の動作時の筋電位を取得する筋電位センサ17とを備えている。アーム14は、モータ15の駆動で随意運動方向のみに体部位を動作させる一方、モータ15が停止すると体部位の運動を規制可能に固定される。制御装置12は、随意運動の有無を判断するデータが記憶されたデータベース28と、データに基づき、筋電位の測定時における随意運動の有無を推定する運動推定手段29と、この推定に応じてモータ15に動作指令を行う指令手段30とを含む。指令手段30では、随意運動が推定されるとモータ15を駆動させ、そうでないとモータ15を停止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不随意運動抑制システム、運動認識装置及び運動認識装置用プログラムに係り、更に詳しくは、振戦患者が随意運動を行う際に混在する不随意運動を抑制し、振戦患者に随意運動のみを行わせる運動支援を可能にする不随意運動抑制システム、運動認識装置及び運動認識装置用プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
自分の意思に反して手足が振動する振戦と呼ばれる神経疾患がある。当該振戦の一種として、ある動作を行う際やある姿勢を保とうとした場合に周期的に手足などが震える本態性振戦がある。本態性振戦の患者は、生活に必要な様々な器具を持つ手が震えることで、例えば、筆記しにくい、容器に入った飲料を飲みにくい、食事しにくい等の問題を招来する。このような振戦を抑制するには、β遮断薬などの薬の服用や脳深部刺激法(DBS)があるが、副作用をもたらすなど、身体への影響が問題となる。
【0003】
ところで、特許文献1には、身体の手作業の動作を補助する上肢動作補助装置が開示されている。この上肢動作補助装置は、使用者の上肢に装着される装具が設けられた自由端部を有し、装具に加えられた使用者の力情報に基づいて自由端部の軌道制御を行って、上肢の動作を補助するものである。ここで、当該装置においては、使用者の手の震えなどによって発生する本人の意思と関係ない力ベクトルを検出しないように、力情報が数Hz程度の低周波数の周期で変化している場合、前記自由端部の軌道制御を行わないようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−253504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1の装置にあっては、本態性振戦患者の上肢の動作を補助することができない。すなわち、本態性振戦患者は、前述したように、自分が意図する動作すなわち随意運動を行おうとした際に、自分の意思とは関係のない体の震えすなわち不随意運動が生じる。このため、特許文献1の装置では、不随意運動による力の周期的な変化を検出した時点で、前記自由端部の動作制御が停止してしまい、随意運動の補助ができず、随意運動を行う際に不随意運動が混在する本態性振戦患者に対して、適切な運動支援を行うことができない。このため、従来では、振戦患者に対して、不随意運動の影響を抑制して随意運動を行わせるための装具や機械的システムは存在しない。
【0006】
ところで、本発明者らは、鋭意、実験研究を行った結果、振戦患者の筋電位に周期性があることに着目し、当該筋電位に基づき、不随意運動のみと、不随意運動が混在した随意運動とを自動的に識別する信号処理アルゴリズムを創出した。ここでは、振戦患者の筋電位の周期性を利用し、随意運動を自動的に認識するために、筋電位を短時間フーリエ変換で信号処理することで、周波数毎のスペクトルの解析を行った。すなわち、振戦患者に、所定時間、随意運動を行ってもらい、当該随意運動中となる動作時と、その前後となる随意運動を行っていない非動作時における筋電位を所定時間毎に取得し、各筋電位に対し、短時間フーリエ変換での信号処理を行った。この際、窓関数として矩形窓を用い、窓時間を5〜200(msec)、周波数を1〜300(Hz)の各範囲内で変化させ、各窓時間及び各周波数のときのスペクトルを求めた。その結果、窓時間が長いときは(例えば、200(msec))、前記動作時と非動作時のスペクトルに大きな変化があり、特に、当該変化は、ある周波数(例えば、90Hz)で顕著であることを知見した。ところが、当該窓時間では、どの周波数でも、随意運動の開始時においてのスペクトルは微量であり、大きな反応が見られるまで時間遅れが生じる。そこで、窓時間が短いときには(例えば、20(msec))、前記動作時と非動作時のスペクトルの変化が小さいものの、随意運動の開始時に注目すると、僅かな時間遅れでスペクトルが変化することを知見した。従って、振戦患者から得られた筋電位に対して、短時間フーリエ変換で信号処理する際に、患者固有となる異なる前述の2種類の窓時間を用いることで、振戦患者の随意運動を正確且つ遅れなく認識可能になることを知見した。本発明者らの実験によれば、当該アルゴリズムでは、振戦患者における随意動作の識別率が約90%となり、高い有用性をもたらす結果となった。
【0007】
本発明は、以上の課題及び知見に基づいて案出されたものであり、その目的は、振戦患者が随意運動を行っているか否かを正確且つ遅れなく自動判断することができ、振戦患者が随意運動を行う際に混在する不随意運動を抑制し、振戦患者に随意運動のみを行わせることに寄与できる不随意運動抑制システム、運動認識装置及び運動認識装置用プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)前記目的を達成するため、本発明は、使用者の関節付近に装着され、当該関節による体部位の運動を支援可能に動作する装具と、当該装具による動作を制御する制御装置とを備え、前記装具の動作により、前記使用者が意図しない不随意運動を抑制する不随意運動抑制システムであって、
前記装具は、前記体部位の運動方向のみに動作可能なアームと、当該アームを動作させるアクチュエータと、前記体部位の動作を行う筋肉部分の皮膚表面に装着され、前記筋肉部分の筋電位を所定時間単位で取得する筋電位センサとを備え、
前記アームは、前記アクチュエータが駆動すると、前記使用者が意図する随意運動の方向のみに前記体部位を動作させる一方、前記アクチュエータが停止すると、前記体部位の運動を規制可能に固定され、
前記制御装置は、前記随意運動の有無を判断するためのデータが記憶されたデータベースと、前記データに基づき、前記筋電位センサからの筋電位の検出時における随意運動の有無を推定する運動推定手段と、当該運動推定手段による推定に応じて前記アクチュエータに動作指令を行う指令手段とを備え、
前記指令手段では、前記運動推定手段により前記随意運動が行われていると推定されると、前記アクチュエータを駆動させる一方、前記運動推定手段により前記随意運動が行われていないと推定されると、前記アクチュエータを停止する、という構成を採っている。
【0009】
(2)また、前記運動推定手段では、前記筋電位センサにより筋電位が取得される毎に、当該筋電位に対し、予め設定された窓関数、窓時間及び周波数を用いた時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことによってスペクトルを算出し、当該スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定する、という構成を採ることが好ましい。
【0010】
(3)ここで、前記運動推定手段では、前記窓時間及び周波数の組み合わせとして、随意運動時とそうでない時の区別を行うための第1の組み合わせと、随意運動の開始時を認識するための第2の組み合わせとが設定され、これら第1及び第2の組み合わせそれぞれについて前記スペクトルを算出し、これら各スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定する、という構成を採用することが好ましい。
【0011】
(4)また、前記データは、前記第1及び第2の組み合わせでの前記信号処理による各スペクトルの値と、前記アームの動作時のトルクとの対応関係であり、
前記運動推定手段では、前記データに基づき、逐次得られた筋電位毎に、前記使用者の随意運動に基づく動作時のトルクの大きさが推定され、
前記指令手段では、前記運動推定手段で推定されたトルクで前記アームが動作するように前記アクチュエータに対して駆動指令する、という構成を採ることが好ましい。
【0012】
(5)更に、前記制御装置は、前記使用者が体部位を動作させることで前記データを作成するデータ作成手段を更に備え、
前記データ作成手段では、前記筋電位センサで所定時間毎に取得した筋電位に対し、窓時間及び周波数の複数の組み合わせについて、窓関数が予め設定された前記信号処理によってスペクトルを算出し、得られたスペクトルから、前記体部位の動作中のスペクトル変化が最も長時間現れる窓時間と周波数の第1の組み合わせと、前記体部位の動作中のスペクトル変化が最も早い時間に現れる窓時間と周波数の第2の組み合わせとを決定し、測定した筋電位に対し前記第1及び第2の組み合わせで前記信号処理を行った結果得られたスペクトルの値と、随意動作の有無との対応関係を前記データとし、
前記運動推定手段では、前記第1及び第2の組み合わせそれぞれについて前記スペクトルを算出し、これら各スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定する、という構成を採用することもできる。
【0013】
(6)また、本発明は、使用者の体部位の動作時に得られた筋電位から、前記動作が前記使用者の意図する随意運動か否かを推定する運動認識装置であって、
前記随意運動の有無を判断するためのデータが記憶されたデータベースと、前記データに基づき、前記筋電位の検出時における随意運動の有無を推定する運動推定手段とを備え、
前記運動推定手段では、前記筋電位に対し、予め設定された窓関数、窓時間及び周波数を用いた時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことによってスペクトルを算出し、当該スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定する、という構成を採っている。
【0014】
(7)更に、本発明は、使用者の体部位の動作時に得られた筋電位から、前記動作が前記使用者の意図する随意運動か否かを推定する運動認識装置に適用されるプログラムであって、
前記筋電位に対し、予め設定された窓関数、窓時間及び周波数を用いた時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことによってスペクトルを算出し、当該スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定する手順を前記運動認識装置に実行させる、という構成を採っている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、振戦患者や脳性麻痺患者が随意運動を行っているか否かを正確且つ遅れなく自動判断することができ、振戦患者等が随意運動を行う際に混在する不随意運動を抑制し、振戦患者等に対して随意運動のみを行わせる運動支援が可能になる。
【0016】
特に、前記(2)〜(5)の構成によれば、患者固有となる長短2種類の窓時間を用い、振戦患者等の筋電位に対して時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことで、振戦患者等の随意運動を正確且つ遅れなく認識することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施形態に係るや不随意運動抑制システムの概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0019】
図1には、本実施形態に係る不随意運動抑制システムとしての振戦抑制システムの概略構成図が示されている。この図において、前記振戦抑制システム10は、振戦患者である使用者Hが行う運動のうち、意図しない不随意運動を抑制するシステムである。この振戦抑制システム10は、使用者Hの関節付近に装着されて当該関節による体部位の運動を支援可能に動作する装具11と、装具11による動作を制御する制御装置12とを備えている。
【0020】
前記装具11は、使用者Hの腕部に装着されるようになっており、肘関節の屈曲動作を支援するようになっている。この装具11は、使用者Hの肘関節の屈曲動作方向のみに動作可能なアーム14と、アーム14を動作させるアクチュエータとしてのモータ15と、前記屈曲動作を行うための上腕筋の皮膚表面に装着され、上腕筋の筋電位を取得するための筋電位センサ17とを備えている。
【0021】
前記アーム14は、使用者Hの上腕部の外側に沿って配置される上腕側アーム19と、使用者Hの前腕部の外側に沿って配置される前腕側アーム20と、これら上腕側アーム19と前腕側アーム20を相対回転可能に連結する連結部22と、上腕側アーム19の先端(上端)側に取り付けられ、使用者Hの上腕部に固定可能な上腕側装着部24と、前腕側アーム20の先端側に取り付けられ、使用者Hの手首に固定可能な前腕側装着部25とを備えている。
【0022】
前記連結部22は、使用者Hがアーム14を装着したときに、使用者Hの肘関節の付近の外側に配置されるようになっている。また、連結部22には、上腕側アーム19に対する前腕側アーム20の回転動作範囲を規制するストッパ(図示省略)が設けられており、当該ストッパにより、使用者Hの前記屈曲動作の範囲内のみで前腕側アーム20が回転動作可能となる。
【0023】
前記上腕側装着部24は、上腕部の周囲を内側に挟み込み可能な平面視ほぼコ字状(図示省略)に形成されており、上腕部が挟み込まれる内側部分の幅は、装着する使用者Hの上腕部の太さに合わせて調整可能となっている。この上腕側装着部24は、図示しない面ファスナー等で上腕部の所定位置に脱落不能に固定される。
【0024】
前記前腕側装着部25は、上腕側装着部24と実質的に同様の構成となっており、図示しない面ファスナー等で手首の所定位置に固定される。
【0025】
前記モータ15は、連結部22に設けられており、モータ15の駆動時には、上腕側アーム19に対する前腕側アーム20の回転動作が行われる。その一方、モータ15の停止時には、上腕側アーム19に対する前腕側アーム20の回転動作がロックされ、アーム15が装着された状態の使用者Hは、前腕側アーム20のロックによって、前腕部を自由に動作できなくなる。なお、装具11による動作支援を行う前における後述のデータ取得時においては、モータ15が停止状態とされるが、使用者Hの前腕部の動作に合わせて、前腕側アーム19がフリーで回転動作可能になっている。
【0026】
ここでは、図示しない入力手段での入力により、装具11による運動支援を行うための支援モードと、当該支援前にデータを取得するためのデータ取得モードとの何れかが選択され、当該選択に基づいて、前腕側アーム20の回転動作の態様が決定される。すなわち、前記支援モードが選択されると、制御装置12によってモータ15の駆動が制御され、モータ15の駆動時には、上腕側アーム19に対して前腕側アーム20が回転動作する一方、モータ15の停止時には、前腕側アーム20の回転動作がロックされる。一方で、前記データ取得モードが選択されると、モータ15は停止するが、前腕側アーム20の回転動作を自由に行うことができる。なお、本実施形態では、モータ15により、上腕側アーム19に対する前腕側アーム20の回転動作を行うようになっているが、同様の作用を奏する限りにおいて、当該モータ15の代わりに、シリンダ等、他のアクチュエータを適用することもできる。
【0027】
前記筋電位センサ17は、使用者Hが肘関節を屈曲動作する際に用いる上腕筋のある皮膚表面の前後2箇所、すなわち、前記屈曲動作時の主働筋、拮抗筋の関係となる上腕二頭筋、上腕三頭筋がそれぞれある皮膚表面に1個ずつ取り付けられる。これら筋電位センサ17では、所定時間毎(本実施形態では、1msec毎)に筋電信号すなわち筋電位が取得され、当該筋電信号が逐次、制御装置12に伝送される。
【0028】
前記制御装置12は、CPU等の演算処理装置及びメモリやハードディスク等の記憶装置等からなるコンピュータによって構成され、当該コンピュータを以下の各手段として機能させるためのプログラムがインストールされている。
【0029】
この制御装置12は、筋電位の状態毎に、使用者Hが意図する随意運動の有無を判断するためのデータを作成するデータ作成手段27と、当該データを記憶するデータベース28と、データベース28に記憶されたデータに基づき、筋電位センサ17からの筋電位の検出時に随意運動を行っているか否かを推定する運動推定手段29と、運動推定手段29による推定に応じてモータ15に動作指令を行う指令手段30とを備えている。
【0030】
前記データ作成手段27では、前記データ取得モードが選択されたときに、随意運動の有無を判断するための使用者固有のデータが以下の手順で作成される。
【0031】
先ず、使用者Hが装具11を装着し、データ取得モードを選択し、使用者Hの前腕部の動作を自由に行えるように、前腕側アーム20がフリーで回転動作できる状態にする。そして、使用者Hが肘関節の屈曲動作を何回か行う。このとき、当該屈曲動作の前後で、使用者H若しくは付添者が、図示しないスイッチを押す等により、随意運動となる前記屈曲動作の開始時間、終了時間が特定される。そして、この間の所定時間毎に、筋電位センサ17により使用者Hの筋電位が測定される。
【0032】
そこで、データ作成手段27では、各時間における筋電位の測定値について、時系列信号に対する周波数領域の変換手法の一つである短時間フーリエ変換(以下、「STFT」と称する。)による信号処理が行われ、以下のようにデータが求められる。ここでのSTFTは、筋電位に窓関数を時間的にずらしながら掛け、フーリエ変換することで、複素数となるスペクトルを求めるものであり、STFTを用いる際には、適切な窓関数、窓時間、周波数を決定する必要がある。窓関数としては、動作中の筋電信号の周期的な減少量の少ない矩形窓が用いられる。一方、窓時間と周波数については、窓時間が、例えば5〜200(msec)、周波数が例えば1〜300(Hz)の範囲内にある窓時間と周波数の組み合わせを複数種類用意し、各組み合わせそれぞれについて、所定時間毎に測定された筋電位について、STFTによる演算処理が行われ、スペクトルが算出される。そして、得られたスペクトルから、屈曲動作中のスペクトル変化が最も長時間現れる窓時間と周波数の組み合わせ(以下、「第1の組み合わせ」と称する)が決定される。更に、得られたスペクトルから、屈曲動作中のスペクトル変化が最も早い時間に現れる窓時間と周波数の組み合わせ(以下、「第2の組み合わせ」と称する)が決定される。ここで、第1の組み合わせは、随意運動時とそうでない時の区別を行うために有用となり、第2の組み合わせは、随意運動の開始時を認識するために有用となる。
【0033】
そして、測定した筋電位に対し第1の組み合わせでSTFTを行った結果得られた各時間のスペクトルが随意動作中であることを対応させる。同様に、第2の組み合わせについても、随意動作中であることを対応させる。これらの情報から、ニューラルネットワークなどの学習機械を用いた学習により、第1及び第2の組み合わせでのSTFTによる各スペクトルの値と随意動作の有無との対応関係がデータとして求められ、データベース28に記憶される。
【0034】
前記運動推定手段29では、前記使用モードが選択されたときに、使用者Hの筋電位が測定される度に、以下の手順で、随意運動の有無が判断される。
【0035】
すなわち、取得された筋電位に対して、前記データ作成手段27と同様に、窓関数を矩形窓としたSTFTによる演算処理が行われる。この際、データ作成手段27で求めた第1及び第2の組み合わせについて、それぞれSTFTが行われ、第1及び第2の組み合わせ時におけるスペクトルが求められる。そして、データベース28に記憶されたデータに基づき、このときに、使用者Hが随意運動を行っているか否かが推定される。
【0036】
前記指令手段30では、運動推定手段29により、使用者Hが随意運動を行っていると推定された場合、モータ15に対して駆動指令をする一方、使用者Hが随意運動を行っていないと推定された場合、モータ15に対して停止指令をする。
【0037】
以上の構成により、使用者Hが随意運動を行おうとしたときは、モータ15が駆動し、上腕側アーム19に対して前腕側アーム20が回転動作し、この前腕側アーム20の回転動作によって、使用者Hの随意運動の意思に合致した形で、使用者Hの肘関節の屈曲動作がなされる。この際、随意運動に混在する不随意運動は、アーム14の動作に反映されずにアーム14によって規制されることになり、使用者Hは、アーム14による動作支援によって、結果的に随意運動のみを行えることになる。一方、使用者Hが随意運動を行わないときは、モータ15が停止し、前腕側アーム20の回転動作がロックされ、使用者Hは、肘関節の屈曲動作を自由にできなくなり、随意運動に伴わない不随意運動が規制される。
【0038】
従って、このような実施形態によれば、本態性振戦患者が随意運動を行おうとしたときに混在する不随意運動の影響を低減し、随意運動のみの運動支援を正確且つ遅れなく行うことができるという効果を得る。
【0039】
なお、本発明に係る振戦抑制システム10は、本態性振戦患者の運動支援に限らず、他の振戦患者への運動支援も可能であり、更には、脳性麻痺などの不随意運動が混在する随意運動を支援する不随意運動抑制システムとして利用することも可能である。
【0040】
また、前記実施形態では、装具11を腕部に取り付け、腕部の運動支援を行うことを目的としているが、本発明はこれに限らず、脚部等の他の体部位に取り付け、当該体部位の運動支援として、振戦抑制システム10を適用することもできる。要するに、振戦抑制システム10では、関節によって動作する種々の体部位の運動支援が可能となる。
【0041】
前記データ作成手段27及び運動推定手段29では、取得した筋電位に対して短時間フーリエ変換による信号処理を行っているが、本発明では、ウェーブレット変換等の他の時系列信号に対する周波数領域の変換手法を用いてもよく、この場合も、前記実施形態と同様の効果が得られる。
【0042】
更に、前記実施形態では、装具11による動作支援を行う使用前に、データ作成手段27で使用者Hのデータを作成したが、データ作成手段27を用いずに、第1及び第2の組み合わせでのスペクトルの値と随意動作の有無との対応関係のデータを予めデータベース28に記憶しておいてもよい。この場合は、前記第1及び第2の組み合わせが特定され、若しくは、当該組み合わせを複数種類用意して使用者Hの状態に応じて選択されることになる。
【0043】
また、一度、データ作成手段27でデータを作成した場合、同一の使用者Hが、次に振戦抑制システム10を使用するときには、前記データ取得モードによるデータの作成を省略することができる。
【0044】
更に、データ作成手段27においては、連結部22にトルクセンサを設け、或いは、データ取得モードの際に、予めトルクが設定された種々の異なる動作を使用者Hが模擬することで、トルクを考慮した前記データを求めることができる。すなわち、使用者Hから得られた筋電位により、第1及び第2の組み合わせでのSTFTによる各スペクトルの値と、使用者Hの運動によるアーム14の動作時のトルクとの対応関係を学習によりデータ化することも可能である。この場合、前記運動推定手段29では、逐次得られた筋電位毎に、使用者Hの随意運動に基づく動作時のトルクの大きさが推定され、前記指令手段では、運動推定手段29で推定されたトルクでアーム14が動作するように、モータ15に対して駆動指令される。
【0045】
また、前記データベース28及び運動推定手段29により、若しくは、これらに加えてデータ作成手段27により、使用者Hの体部位の動作時における筋電位から、当該動作が使用者Hの意図する随意運動か否かを推定する運動認識装置として構成することもでき、前述した運動支援の他、随意運動の有無の自動判別が必要な種々の用途に適用することができる。
【0046】
その他、本発明における装置各部の構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0047】
10 振戦抑制システム(不随意運動抑制システム)
11 装具
12 制御装置
14 アーム
15 モータ
17 筋電位センサ
27 データ作成手段
28 データベース
29 運動推定手段
30 指令手段
H 使用者

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用者の関節付近に装着され、当該関節による体部位の運動を支援可能に動作する装具と、当該装具による動作を制御する制御装置とを備え、前記装具の動作により、前記使用者が意図しない不随意運動を抑制する不随意運動抑制システムであって、
前記装具は、前記体部位の運動方向のみに動作可能なアームと、当該アームを動作させるアクチュエータと、前記体部位の動作を行う筋肉部分の皮膚表面に装着され、前記筋肉部分の筋電位を所定時間単位で取得する筋電位センサとを備え、
前記アームは、前記アクチュエータが駆動すると、前記使用者が意図する随意運動の方向のみに前記体部位を動作させる一方、前記アクチュエータが停止すると、前記体部位の運動を規制可能に固定され、
前記制御装置は、前記随意運動の有無を判断するためのデータが記憶されたデータベースと、前記データに基づき、前記筋電位センサからの筋電位の検出時における随意運動の有無を推定する運動推定手段と、当該運動推定手段による推定に応じて前記アクチュエータに動作指令を行う指令手段とを備え、
前記指令手段では、前記運動推定手段により前記随意運動が行われていると推定されると、前記アクチュエータを駆動させる一方、前記運動推定手段により前記随意運動が行われていないと推定されると、前記アクチュエータを停止することを特徴とする不随意運動抑制システム。
【請求項2】
前記運動推定手段では、前記筋電位センサにより筋電位が取得される毎に、当該筋電位に対し、予め設定された窓関数、窓時間及び周波数を用いた時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことによってスペクトルを算出し、当該スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定することを特徴とする請求項1記載の不随意運動抑制システム。
【請求項3】
前記運動推定手段では、前記窓時間及び周波数の組み合わせとして、随意運動時とそうでない時の区別を行うための第1の組み合わせと、随意運動の開始時を認識するための第2の組み合わせとが設定され、これら第1及び第2の組み合わせそれぞれについて前記スペクトルを算出し、これら各スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定することを特徴とする請求項2記載の不随意運動抑制システム。
【請求項4】
前記データは、前記第1及び第2の組み合わせでの前記信号処理による各スペクトルの値と、前記アームの動作時のトルクとの対応関係であり、
前記運動推定手段では、前記データに基づき、逐次得られた筋電位毎に、前記使用者の随意運動に基づく動作時のトルクの大きさが推定され、
前記指令手段では、前記運動推定手段で推定されたトルクで前記アームが動作するように前記アクチュエータに対して駆動指令することを特徴とする請求項3記載の不随意運動抑制システム。
【請求項5】
前記制御装置は、前記使用者が体部位を動作させることで前記データを作成するデータ作成手段を更に備え、
前記データ作成手段では、前記筋電位センサで所定時間毎に取得した筋電位に対し、窓時間及び周波数の複数の組み合わせについて、窓関数が予め設定された前記信号処理によってスペクトルを算出し、得られたスペクトルから、前記体部位の動作中のスペクトル変化が最も長時間現れる窓時間と周波数の第1の組み合わせと、前記体部位の動作中のスペクトル変化が最も早い時間に現れる窓時間と周波数の第2の組み合わせとを決定し、測定した筋電位に対し前記第1及び第2の組み合わせで前記信号処理を行った結果得られたスペクトルの値と、随意動作の有無との対応関係を前記データとし、
前記運動推定手段では、前記第1及び第2の組み合わせそれぞれについて前記スペクトルを算出し、これら各スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定することを特徴とする請求項2記載の不随意運動抑制システム。
【請求項6】
使用者の体部位の動作時に得られた筋電位から、前記動作が前記使用者の意図する随意運動か否かを推定する運動認識装置であって、
前記随意運動の有無を判断するためのデータが記憶されたデータベースと、前記データに基づき、前記筋電位の検出時における随意運動の有無を推定する運動推定手段とを備え、
前記運動推定手段では、前記筋電位に対し、予め設定された窓関数、窓時間及び周波数を用いた時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことでスペクトルを算出し、当該スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定することを特徴とする運動認識装置。
【請求項7】
使用者の体部位の動作時に得られた筋電位から、前記動作が前記使用者の意図する随意運動か否かを推定する運動認識装置に適用されるプログラムであって、
前記筋電位に対し、予め設定された窓関数、窓時間及び周波数を用いた時系列信号の周波数領域への変換による信号処理を行うことでスペクトルを算出し、当該スペクトルの値により前記随意運動の有無を推定する手順を前記運動認識装置に実行させるための運動認識装置用プログラム。

【図1】
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【公開番号】特開2011−193941(P2011−193941A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−61823(P2010−61823)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月24日 ライフサポート学会、日本生活支援工学会主催の「第7回生活支援工学系学会連合大会に文書をもって発表 平成21年11月13日 日刊工業新聞社発行の日刊工業新聞朝刊第1面に発表 平成22年1月12日 早稲田大学 藤江研究室のホームページ(アドレス:http://fujie.mech.waseda.ac.jp)を通じて発表
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)