説明

乳管形成促進剤及びラテックス増産方法

【課題】乳管を有する植物、主にゴムノキ等のラテックス産生植物の乳管形成を促進し、ラテックス増産の有効な化合物、及び該化合物を用いたラテックスの増産方法の提供。
【解決手段】下記一般式(I)で表される1種類又は2種類以上の化合物を有効成分とすることを特徴とする乳管形成促進剤、前記化合物がシスジャスモンであることを特徴とする前記記載の乳管形成促進剤、並びに、前記いずれかに記載の乳管形成促進剤を、ラテックス産生植物に付着させる工程を有することを特徴とするラテックス増産方法。なお、式(I)中、R及びRは、それぞれ独立して1価の炭化水素基である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳管形成を促進することができる乳管形成促進剤、及び該乳管形成促進剤を用いるラテックスの増産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然ゴムは、弾性を有する高分子であり、主にゴムノキの乳管(laticifer)と呼ばれる細胞内で造られているラテックスという乳液を収集し、これに所望の加工をすることにより製造される(例えば、特許文献1参照。)。乳管は、ゴムノキの樹皮内の形成層の外側に年に数層発達する。ラテックスの収集は、一般的に、ゴムノキの幹にナイフ等を用いて溝状に傷をつけて(タッピング)、切断された乳管から流出するラテックスを回収することにより行われている。
【0003】
天然ゴムは、ゴム製品の主原料として、様々な用途において幅広くかつ大量に用いられている。このため、より高収率でラテックスを得る方法の開発が求められている。より大量のラテックスを採取する方法としては、例えば、ゴムノキの幹に対してエチレンやEthephon(2−クロロエチルホスホン酸)による刺激を加える方法がある。エチレン等を樹皮に塗布することにより、乳管から流出してくるラテックスが傷口で凝固することが抑制されるため、より多くのラテックスを採取することができる。
【0004】
一方、ジャスモン酸やジャスモン酸前駆体のリノレン酸等を配合したラノリンを、パラゴムノキの幹に塗布することにより、乳管分化が促進され、乳管数(乳管密度)が増大することが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。ジャスモン酸は、リノレン酸を前駆体として生合成されるジャスミンの香気成分の一つであり、植物の成長阻害作用や老化促進作用を有する植物ホルモンの一種である。特に、傷害を受けた場合や病原菌に感染した場合等に合成が促進されることから、環境ストレスに対する抵抗性獲得に機能的に働く環境ストレス抵抗性誘導ホルモンとして知られている。なお、非特許文献1では、同じく環境ストレス抵抗性誘導ホルモンであるサリチル酸、アブシジン酸、Ethephon(エチレン)を同様に処理した場合には、ジャスモン酸とは異なり、二次乳管の形成は認められなかったことも報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−138102号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ハオ(Hao)、外1名、アナルズ・オブ・ボタニー(Annals of Botany)、2000年、第85巻、第37〜43ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
エチレン刺激によるラテックスを増産する方法は、幹に対し長期的に使用し続けると樹皮割れが生じ易くなるおそれがある。また、エチレン刺激は、乳管からのラテックスの流出をより円滑にする方法であり、樹木のラテックス生産能力そのものを改善するものではなく、当該方法によるラテックスの増産には限界があり、十分ではない。
【0008】
一方、ラテックス生合成の主要部位である乳管の形成を促進することにより、樹木のラテックス生産能力そのものを改善することが期待できる。しかしながら、これまでのところ、ゴムノキの乳管形成を促進し得る化合物として、ジャスモン酸以外のものは報告されておらず、また、ジャスモン酸刺激による乳管形成促進の作用機序も明らかではない。
【0009】
本発明は、ゴムノキの乳管形成を促進し、ラテックス増産の有効な化合物、及び該化合物を用いたラテックスの増産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、ジャスモン酸と同じジャスミンの香気成分であるシスジャスモンを用いてゴムノキを刺激することにより、当該ゴムノキの乳管形成が促進され、回収されるラテックス量を増大させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、
(1) 下記一般式(I)で表される1種類又は2種類以上の化合物を有効成分とすることを特徴とする乳管形成促進剤。
【化1】

[式中、R及びRは、それぞれ独立して1価の炭化水素基である。]
【0012】
(2) 前記R及びRの少なくともいずれか一方が不飽和結合を有することを特徴とする前記(1)記載の乳管形成促進方法、
(3) 前記Rが炭素数2〜8のアルケニレン基であり、前記Rが炭素数1〜6のアルキル基であることを特徴とする前記(1)記載の乳管形成促進方法、
(4) 前記化合物がシスジャスモンであることを特徴とする前記(1)記載の乳管形成促進剤、
(5) 前記化合物を、水溶性媒体に溶解又は分散させてなることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の乳管形成促進剤、
(6) 前記(1)〜(5)のいずれかに記載の乳管形成促進剤を含むことを特徴とするラテックス増産剤、
(7) 前記(1)〜(5)のいずれかに記載の乳管形成促進剤を、ラテックス産生植物に付着させる工程を有することを特徴とするラテックス増産方法、
(8) 前記ラテックス産生植物がパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)であることを特徴とする前記(7)記載のラテックス増産方法、
を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の乳管形成促進剤により、乳管を有するラテックス産生植物の乳管数(乳管密度)を増大させ、木本来のラテックス生産能力を向上させることができる。このため、この乳管形成促進剤を用いたラテックス増産方法により、ラテックス収量を効率よく増量させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1において、塗布部の組織切片のナイルレッド染色像を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<乳管形成促進剤>
本発明及び本願明細書において、乳管形成促進剤とは、塗布又は注入等により、植物体に直接接触させた場合に、当該植物の乳管形成を促進し、乳管数を増大させる作用を有する化合物及び当該化合物を含む組成物を意味する。なお、該化合物としては、乳管形成を直接促進させる化合物であってもよく、間接的に促進させる化合物であってもよい。
【0016】
乳管細胞からなる乳管は、ラテックス生合成部位であり、ラテックスの生産能力は、ラテックス生合成部位である乳管細胞の数に大きく依存する。一般的に、乳管細胞の形成は自然環境下での木の生理状態や性質に左右されるものであるが、本発明の乳管形成促進剤により、植物体中の乳管細胞数を増加させることができるため、植物体そのもののラテックス生産能力を向上させ、ラテックス収量を増大させることができる。つまり、本発明の乳管形成促進剤を含ませることにより、良好なラテックス増産剤を製造することができる。なお、言うまでもないが、本発明の乳管形成促進剤自身をラテックス増産剤として用いることもできる。
【0017】
本発明の乳管形成促進剤は、下記一般式(I)で表される1種類又は2種類以上の化合物を有効成分とすることを特徴とする。
【0018】
【化2】

[式中、R及びRは、それぞれ独立して1価の炭化水素基である。]
【0019】
一般式(I)中、R及びRは、それぞれ独立して1価の炭化水素基である。なお、本発明及び本願明細書において、炭化水素基とは、炭素原子と水素原子からなる官能基を意味する。
及びRは、1価の炭化水素基であれば、特に限定されるものではないが、直鎖状の炭化水素基又は分岐鎖状の炭化水素基であることが好ましい。また、R及びRの1価の炭化水素基の炭素数は、20以下であることが好ましい。
【0020】
すなわち、R及びRの炭化水素基としては、炭素数1〜20のアルキル基又は炭素数2〜20のアルケニル基であることが好ましい。具体的には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、s−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、2−メチルブチル基、ネオペンチル基、1−エチルプロピル基、n−ヘキシル基、イソヘキシル基、4−メチルペンチル基、3−メチルペンチル基、2−メチルペンチル基、1−メチルペンチル基、3,3−ジメチルブチル基、2,2−ジメチルブチル基、1,1−ジメチルブチル基、1,2−ジメチルブチル基、1,3−ジメチルブチル基、2,3−ジメチルブチル基、2−エチルブチル基等のアルキル基;ビニル基、アリル基、ブテニル基、ブタジエニル基、ペンテニル基、ペンタジエニル基、ヘキセニル基、ヘキサジエニル基、ヘプテニル基、ヘプタジエニル基、オクテニル基、オクタジエニル基、デセニル基等のアルケニル基等が挙げられる。
【0021】
本発明において、一般式(I)のR及びRの少なくともいずれか一方が不飽和結合を有していることが好ましい。中でも、Rが不飽和結合を有している1価の炭化水素基であることがより好ましい。
【0022】
本発明において、一般式(I)のRとしては、炭素数2〜8の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はアルケニル基であることが好ましく、炭素数2〜8の直鎖状又は分岐鎖状のアルケニル基であることがより好ましく、炭素数3〜6の直鎖状のアルケニル基であることがさらに好ましく、ペンテニル基であることが特に好ましい。
【0023】
本発明において、一般式(I)のRとしては、炭素数1〜6直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はアルケニル基であることが好ましく、炭素数1〜6の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることがより好ましく、メチル基、エチル基、n−プロピル基、又はイソプロピル基であることがさらに好ましく、メチル基であることが特に好ましい。
【0024】
上記一般式(I)で表される化合物は、少なくとも1つの不斉炭素原子を有するため、光学異性体が存在し得る。本発明の乳管形成促進剤の有効成分としては、乳管形成促進作用を有する限り、これらの立体異性体のいずれであってもよい。
【0025】
また、上記一般式(I)で表される化合物は、いずれも公知化合物又は公知化合物から公知の合成反応により簡便に合成し得る化合物である。したがって、常法により製造することができる。
【0026】
本発明の乳管形成促進剤としては、上記一般式(I)で表される化合物の中でも、シスジャスモン{下記式(I―1)で表される化合物}を有効成分とすることが好ましい。
【0027】
【化3】

【0028】
本発明の乳管形成促進剤は、1種類の一般式(I)で表される化合物を有効成分とするものであってもよく、2種類以上の一般式(I)で表される化合物を有効成分とするものであってもよい。
【0029】
本発明の乳管形成促進剤は、有効成分である1種類又は2種類以上の一般式(I)で表される化合物を、適当な媒体に溶解又は分散させて希釈させることにより得ることができる。該媒体は、一般式(I)で表される化合物を、その乳管形成促進作用を阻害することなく十分に溶解又は分散させ得る媒体であれば、特に限定されるものではなく、公知の溶媒の中から、有効成分である化合物の性質、使用方法等を考慮して、適宜選択して用いることができる。
【0030】
該媒体として、例えば、水;カルナバロウ、密ロウ等のワックス類;ラノリン等のグリース類;ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ナフタレン等の芳香族炭化水素類;ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素類;メチレンクロリド、クロロホルム、四塩化炭素、テトラクロロエタン、ジクロロエタン、ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類;ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエ-テル、ジオキサン、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン、エチレングリコールフェニルエーテル、ジエチレングリコールブチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、炭酸ジエチル、エチレングリコールアセテート、マレイン酸ジブチル、コハク酸ジエチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、ジイソブチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、アセトフェノン、イソホロン等のケトン類;メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ヘキサノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等のアルコール類;ホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド等のアミド類;ジメチルスルホキシド、スルホラン等のスルホキシド類;ニトロエタン、ニトロベンゼン等のニトロ化合物類;アセトニトリル等のニトリル類;及び、ピリジン類等を挙げることができる。
【0031】
本発明の乳管形成促進剤の媒体としては、5〜50℃において液状であるものが好ましい。この温度において液状であれば、十分に粘度が低いため、ラノリン等の粘度が高く半固形状の媒体よりも、より簡便に植物体に付着させることができるためである。具体的には、水、ハロゲン化炭化水素類、ケトン類、アルコール類等の水溶性媒体が好ましい。中でも、水やアルコール類等であることがより好ましい。なお、本発明において水溶性媒体とは、水と容易に混和し得る媒体を意味する。
【0032】
また、本発明の乳管形成促進剤の媒体としては、1種類を用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。例えば、水とアルコールとの混合溶液であってもよく、水とケトン類との混合溶液であってもよい。
【0033】
本発明の乳管形成促進剤中の一般式(I)で表される化合物の濃度は、植物体へ付着させた場合に、乳管形成促進効果を奏するために十分な濃度であればよく、一般式(I)で表される化合物の種類、用いる媒体の種類、植物体への付着方法等を考慮して、適宜決定することができる。
【0034】
本発明の乳管形成促進剤の剤型は、植物体に付着させることが可能な剤型であれば、特に限定されるものではなく、液剤、水和剤、エマルジョン、懸濁剤、ゾル剤、ペースト剤、シート剤等を挙げることができる。植物への付着が簡便であるため、液剤、水和剤、エマルジョン、懸濁剤、ゾル剤等であることが好ましく、液剤であることがより好ましい。
【0035】
本発明の乳管形成促進剤は、本発明の効果を阻害しない限り、一般式(I)で表される化合物と媒体のほかに、分散剤、溶解助剤、粘度調整剤、pH調整剤、保存剤、安定化剤、殺菌剤、殺虫剤、栄養剤等を含有していてもよい。
【0036】
分散剤としては、例えば、公知の界面活性剤の中から適宜選択して用いることができる。界面活性剤としては、陰イオン性界面活性剤、非イオン界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、高分子界面活性剤のいずれであってもよく、1種類を用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
好ましい分散剤としては、例えば、2種以上のアルキレンオキシドのブロック縮重合体、ポリオキシアルキレンエーテル系化合物、ポリオキシアルキレングリコール脂肪酸エステル系化合物、多価アルコール系脂肪酸エステル化合物、ポリオキシアルキレン多価アルコール系脂肪酸エステル化合物、ポリオキシアルキレンアルキルアミン化合物、アルキルアルカノールアミド化合物等が挙げられる。
【0038】
粘度調整剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース(carboxymethyl cellulose,CMC)、ヒドロキシエチルセルロース、メチルセルロース、ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン等の水溶性高分子の中から適宜選択して用いることができる。中でも、カルボキシメチルセルロースを用いることが好ましい。
【0039】
本発明の乳管形成促進剤は、本発明の効果を阻害しない限り、一般式(I)で表される化合物以外の他の植物ホルモンを含有していてもよい。このような植物ホルモンとして、例えば、オーキシン類、インドール酢酸、ジベレリン、サイトカイニン、アブシジン酸、エチレン、Ethephon、ブラシノステロイド類、フロリゲン、サリチル酸等が挙げられる。
【0040】
<ラテックス増産方法>
本発明のラテックス増産方法は、本発明の乳管形成促進剤を、ラテックス産生植物の幹又は茎に付着させる工程を有することを特徴とする。本発明の乳管形成促進剤を幹等に付着させることにより、この付着させた部位及びその近傍の乳管の分化形成が促進され、乳管数が増大することにより、乳管で生産されるラテックス量が増大し、タッピングによって、より大量のラテックスを回収することができる。
【0041】
本発明において、本発明の乳管形成促進剤を付着させるラテックス産生植物は、ラテックス(主にポリイソプレン)を産生する植物であれば、特に限定されるものではなく、乳管を有しており、乳管中にラテックスが含まれている植物であってもよく、乳管細胞内ではなく細胞間隙中にラテックスが含まれている植物であってもよい。このようなラテックス産生植物として、例えば、トウダイグサ科のパラゴムノキ(Havea brasiliensis)、セアラゴムノキ(Manihot glaziovii)、クワ科のインドゴムノキ(Ficus elastica)、パナゴムノキ(Castilloa
elastica)、ラゴスゴムノキ(Ficus lutea Vahl)、マメ科のアラビアゴムノキ(Accacia senegal)、トラガントゴムノキ(Astragalus gummifer)、キョウチクトウ科のクワガタノキ(Dyera costulata)、ザンジバルツルゴム(Landolphia kirkii)、フンツミアエラスチカ(Funtumia elastica)、ウルセオラ(Urceola elastica)、キク科のグアユールゴムノキ(Parthenium argentatum)、ゴムタンポポ(Taraxacum kok−saghyz)、アカテツ科のガタパーチャノキ(palaguium gatta)、バラタゴムノキ(Mimusops balata)、サポジラ(Achras zapota)、ガガイモ科のオオバナアサガオ(Cryptostegia grandiflora)、トチュウ科のトチュウ(Eucommia ulmoides)等が挙げられる。中でも、乳管細胞を有するパラゴムノキ、セアラゴムノキ、ゴムタンポポ等であることが好ましく、工業用天然ゴム原料として汎用されているパラゴムノキであることが特に好ましい。
【0042】
本発明のラテックス増産方法は、本発明の乳管形成促進剤を、植物の幹又は茎に付着させる。幹等に付着させることにより、乳管の多い場所へ効率的に働きかけることができる。付着方法は、乳管形成促進剤を幹に直接付着させることが出来る方法であれば、特に限定されるものではなく、例えば、有効成分を水溶性媒体に希釈させた乳管形成促進剤を、刷毛等を用いて直接幹等に塗布してもよく、スプレー等を用いて噴霧してもよい。さらに、注射器等を用いて、幹中に注入させてもよい。また、植物への乳管形成促進剤の付着量は、乳管形成促進効果が得られる量であれば、特に限定されるものではなく、乳管形成促進剤の有効成分の種類や濃度、付着方法、植物の樹齢や種類等を考慮して適宜決定することができる。
【0043】
また、塗布期間は、植物において乳管が形成される数ヶ月〜1年程度で十分である。従来法のエチレン刺激による方法の場合には、長期的なエチレン刺激により、幹への悪影響が懸念されるが、本発明のラテックス増産方法では、本発明の乳管形成促進剤による処理期間は乳管が形成されるまでの短期間であるため、植物への負担を顕著に軽減することができる。
【実施例】
【0044】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下「%」とは、特に記載が無い限り、「%(w/v)」を意味する。
【0045】
[実施例1]
<乳管形成促進剤の調製>
シスジャスモン(東京化成工業社製、カタログ番号J0003)を有効成分とする乳管形成促進剤を調製した。
具体的には、シスジャスモンを、最終濃度が0.1%となるように、ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いて希釈し、得られた0.1%希釈液を乳管形成促進剤として用いた。
【0046】
<乳管形成促進剤の付着>
スプレーによる噴霧又は刷毛による塗布により、樹齢1年目のパラゴムノキに、上記で調製した乳管形成促進剤を、幹表面に0.1mL/cmとなるように、2ヶ月間にわたり2週間ごとに1回(合計4回)塗布した。1種類の乳管形成促進剤に対して、それぞれ3本の木に対して行った。その後、タッピングにより塗布部分から回収されたゴム(ラテックス)量を測定した。タッピングは2日おきに3回実施し、各回の平均値を、回収されたゴム量とした。なお、コントロールとして、1%DMSO溶液を同様にしてパラゴムノキに付着させ、回収したゴム量を測定した。
【0047】
この結果、シスジャスモンを塗布したパラゴムノキから回収されたゴム量は、5.4mgであった。これに対して、コントロールのパラゴムノキからは1.5mgのゴムが回収された。すなわち、シスジャスモンを有効成分とした乳管形成促進剤を塗布することにより、コントロールに比べて明らかに回収されたゴム量が増大していた。
【0048】
また、同時に、各パラゴムノキの木の、塗布部の乳管数(乳管層の数)を調べた。具体的には、乳管形成促進剤塗布前と、塗布処理開始2ヶ月後のゴムを回収した時点において、それぞれ塗布部の組織切片を作成し、これに対してナイルレッドによる色素染色を行うことにより調べた。
【0049】
図1は、シスジャスモン塗布部の組織切片のナイルレッド染色像を示した図である。「CJ」はシスジャスモンを塗布したパラゴムノキの染色像であり、「Cont」はコントロールの染色像である。図中、矢頭(▲)は、塗布処理により増加した乳管を示す。
この結果、未処理の木ではいずれも乳管リング(乳管層)数は1本(1層)であった(図示せず)。これに対して、塗布処理開始2ヶ月後では、コントロールでは乳管数は1本であり、特に変化はなかったが、シスジャスモンを塗布した木では乳管リング数が2本となっており、乳管数が増大していた。
【0050】
以上の結果より、シスジャスモンをはじめとする一般式(I)で表される化合物を、有効成分とする本発明の乳管形成促進剤を幹等に付着させることにより、乳管形成が促進され、乳管数を増加させることができ、この結果、ラテックス(ゴム)を増産し得ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の乳管形成促進剤及び該乳管形成促進剤を用いるラテックスの増産方法は、ラテックス産生植物の乳管数(乳管密度)を増大させ、木本来のラテックス生産能力を向上させることができるため、天然ゴムの産生の分野で特に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される1種類又は2種類以上の化合物を有効成分とすることを特徴とする乳管形成促進剤。
【化1】

[式中、R及びRは、それぞれ独立して1価の炭化水素基である。]
【請求項2】
前記R及びRの少なくともいずれか一方が不飽和結合を有することを特徴とする請求項1記載の乳管形成促進方法。
【請求項3】
前記Rが炭素数2〜8のアルケニレン基であり、前記Rが炭素数1〜6のアルキル基であることを特徴とする請求項1記載の乳管形成促進方法。
【請求項4】
前記化合物がシスジャスモンであることを特徴とする請求項1記載の乳管形成促進剤。
【請求項5】
前記化合物を、水溶性媒体に溶解又は分散させてなることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の乳管形成促進剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の乳管形成促進剤を含むことを特徴とするラテックス増産剤。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の乳管形成促進剤を、ラテックス産生植物に付着させる工程を有することを特徴とするラテックス増産方法。
【請求項8】
前記ラテックス産生植物がパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)であることを特徴とする請求項7記載のラテックス増産方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−201808(P2011−201808A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70229(P2010−70229)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】