説明

乾式紡糸方法

【課題】 本発明の目的は、乾式紡糸において糸物性を損なう事なく、かつ糸揺れや合糸などの不安定性が発生することなく、生産性を高めることにある。
【解決手段】 高速紡糸多エンドのノズルを採用した設備において、紡糸筒内に持ち込まれる単位時間あたりの乾燥気体の量を、紡糸筒内に単位時間あたりに吐出される高分子溶液の量に応じて特定値以上とし、かつ紡糸筒壁面温度と紡糸筒内乾燥気体温度が特定の関係式を満たすことを特徴とする乾式紡糸方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、溶媒、ポリマー及び各種添加剤より構成された紡糸原液をノズルから紡糸筒内に押し出し、加熱気体により溶媒を乾燥し、糸条を形成する乾式紡糸方法に関する。更に詳しくは糸物性が低下すること無く高生産性を実現し、かつ紡糸筒内の加熱気体を整流することにより糸斑の小さい弾性糸を得ることを特徴とした乾式紡糸方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来より、乾式紡糸方法によって製造される代表的な繊維素材としてポリウレタン弾性糸がある。該ポリウレタン弾性糸の製造法に関し、生産性を向上させる手段としては一般的に、紡糸速度を大きくする手段がある。
【0003】しかしながら、単に紡糸速度を大きくすると紡糸筒内での乾燥が不十分になったり、糸物性の低下が顕著に現れたり、さらには糸揺れ等の不安定な現象が発生し、良好な品質のものが得られないのが現状であった。さらにこうして得られたポリウレタン弾性糸は破断伸度が低く、モジュラスの高い糸となるものであった。
【0004】これらの課題に対し、紡糸原液からの改善策として紡糸原液にスルホン酸塩を添加することが提案されている(特許2968049号)。しかしながら、紡糸原液中に塩を添加すると、紡糸工程での塩の析出による筒内の汚れの発生や、回収溶媒の蒸留工程の変更、後加工工程での悪影響の問題が懸念され好ましくない。
【0005】また紡糸工程での改善として、80℃以上で紡糸原液を吐出する方法(特開平10-77323号)や紡糸筒温度加熱及び紡糸筒最下部から高温ガス投入する方法(特開平5-51808号)が提案されている。
【0006】しかしながら、紡糸原液を80℃以上にすると紡糸原液のポリマー成分がゲル化し易くなるため、紡糸フィルターへの目詰まりが著しく、結果として圧力損失が大きくなるため、フィルター交換周期が短くなり、糸切れが多発するなどの不具合が発生する。
【0007】また紡糸筒温度を加熱したり紡糸筒最下部から高温ガスを投入する手段を採用すると、紡糸筒内で上昇流が発生することから筒内の気流が乱れ、糸斑が大きくなったり、また同一筒内に配置された他のノズルからの糸と接触し易くなるため、糸切れの原因や複数ノズル間での合糸など不安定な現象が頻繁に起こり好ましくない。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、糸物性を損なわずかつ紡糸筒内気流が乱れることがなく、高い生産性を実現する乾式紡糸方法を提供するものである。
【0009】
【課題を解決するための手段】すなわち本発明はポリウレタン弾性糸の製造法に代表される乾式紡糸方法において以下の式(1)および式(2)を満たすことを特徴とするものである。
[(q×α/Ms)×Ls] / (Cp×Q) ≦ 40 式(1) 式中の各記号は以下の内容を示す。
q:単位時間当たりに紡糸筒内に吐出される紡糸原液量 [g/s] α:紡糸原液中の溶媒重量分率 [-] Ms:溶媒分子量 [g/mol] Ls:加熱気体吹出温度における溶媒蒸発潜熱 [cal/mol] Cp:吹出温度における加熱気体比熱 [cal/mol/℃] Q :単位時間当たりに紡糸筒内に送り込まれる加熱気体量 [mol/s]Tgas ≧ 0.04×Vw + 210 式(2) 式中の各記号は以下の内容を示す。
Tgas: 加熱気体吹出温度 [℃] Vw : 紡糸速度 [m/min]また本発明は、紡糸筒加熱を以下の式(3)の条件を満足する様に調整する上記に記載の乾式紡糸方法である。
Tw ≦ Tgas−△T 式(3)式中の各記号は以下の内容を示す。
△T =[(q×α/Ms)×Ls]/(Cp×Q) [℃]Tw :紡糸筒壁面温度 [℃]Tgas :加熱気体吹出温度 [℃]
【0010】本発明者らは、ポリウレタン弾性糸の製造法に代表される乾式紡糸方法において、高速で紡糸するに際して糸物性低下を抑制する方策を鋭意検討した結果、紡速を高くするほど高い紡糸筒温度、特に紡糸筒下部の温度を高くする必要があることを発見し、本発明に至った。
【0011】以下、ポリウレタン弾性糸を例に挙げて、本発明の詳細を述べるが、乾式紡糸法を採用される他の素材であっても、同様に適用できるものである。
【0012】ポリウレタン弾性糸の乾式紡糸において紡糸速度を高くすると、同一繊度の弾性糸を得るためには紡糸筒内に吐出される紡糸原液の量が大きくなり、従って溶媒の単位時間当たりの量も大きくなる。さらに、該紡糸原液に含まれる溶媒を蒸発させるために必要な蒸発潜熱量が大きくなるため、紡糸筒内の温度は低下する。
【0013】上記の課題を改善する目的で紡糸筒温度を高くする手段として、紡糸筒を過剰に加熱すると筒内に上昇流が発生し紡糸筒内の気流が大きく乱れ、糸斑が大きくなり、同一筒内に配置された他のノズルからの糸と接触し易くなり、糸切れや複数ノズル間での合糸など不安定な現象が頻繁に起こる。
【0014】本発明は紡糸筒内での上昇流が発生すること無く、高い紡糸筒下部温度を得る乾式紡糸方法に関する。即ち高速紡糸又は同一筒内に配置するノズル数を多くする(多エンド化)に伴い、式(1)および式(2)の条件を満たす範囲で紡糸筒内に吹き出される乾燥気体の量および温度により達成されるものである。式(1)に示す範囲内にすることにより、溶媒蒸発潜熱による紡糸筒内温度低下を防ぎ、かつ加熱気体吹出温度を式(2)で示された範囲で設定することが重要である。
【0015】式(1)および式(2)の範囲を満たさない場合は、溶媒の乾燥が不十分であったり、得られる弾性糸の伸度が小さくなり好ましくない。
【0016】さらに、式(3)で示された範囲で紡糸筒内の温度を維持することにより、上昇流が発生することなく紡糸筒上部から下部に至る全域で、紡糸原液の乾燥から構造発現に至る必要な熱量を確保できるものである。
【0017】上昇流が発生すると紡糸筒内の気流が大きく乱れ、糸斑が大きくなり、同一筒内に配置された他のノズルからの糸と接触し易くなり、糸切れや複数ノズル間での合糸など不安定な現象が頻繁に起こるが、この上昇流の発生を防ぐ点から、式(3)を満たすことが好ましい。
【0018】
【実施例】以上のごとく、本発明は乾式紡糸法において、高速紡糸や多エンド化による高生産性を実現できる画期的なものであり、以下に本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0019】(弾性糸の伸度、モジュラスの測定方法)テンシロン引っ張り試験機(オリエンテック株式会社製)を用い、50mmのチャック間隔で試料を把持し、毎分500mmの速度で試料を伸長し、破断時の応力(乾強度)、伸び(乾伸度、表1では破断伸度と記載)、300%伸長時の応力(表1ではSS300と記載)を測定した。測定雰囲気は、温度20℃、湿度65%に調節されている。
【0020】(糸揺れの観察方法)紡糸筒のノズル面から200cm、300cmの位置に観察窓を設置し、乾燥風により発生する弾性糸の揺れを観察し、その振幅が5cm以上あるものを×、3〜5cmの範囲の物を△、3cm未満の物を○として評価した。
【0021】(実施例1)分子量1800のポリオキシテトラメチレングリコール200部とメチレン-ビス(4-フェニルイソシアネート)45部を80℃で3時間反応させて、両末端イソシアネート基の中間重合体を得た。中間重合体を40℃まで冷却した後、N,N-ジメチルアセトアミド375部を加えて中間重合体を溶解し、10℃まで冷却した。エチレンジアミン4.0部、ジエチルアミン0.4部をN,N-ジメチルアセトアミド147.6部に溶解した溶液を用意し、中間重合体の溶液を高速攪拌している所へこのアミン溶液を一気に添加し、ポリウレタン溶液を得た。更に種々の安定剤を添加し、粘度2500ポイズ、ポリマー濃度30.0重量%のポリウレタン溶液を得た。こうして得られたポリウレタン重合体のジメチルアセトアミド溶液を、2ホールの紡糸孔を備えたノズルを16個配置した紡糸筒内に吐出し、紡糸速度1000m/min22dtexの糸条を得た。この時加熱気体として260℃のN2ガスを3.0Nm3/minの速度で紡糸筒に吹き出し、紡糸筒壁面温度が220℃となるように保温ヒーターを設定した。紡糸結果を表1に示す。なお、紡糸条件等を表2,3に示す。
【0022】(実施例2)紡糸ノズルの数を24個とし、また加熱気体の流量を4.0Nm3/min とした以外は実施例1と同様の方法で紡糸をおこなった。紡糸結果は表1に示す。なお、紡糸条件等を表2,3に示す。
【0023】(比較例1)紡糸筒内へ吹き出される加熱気体の流量を0.7Nm3/minとする以外は実施例1と同様の方法で紡糸をおこなった。紡糸結果は表1に示す。なお、紡糸条件等を表2,3に示す。
【0024】(比較例2)加熱気体吹出温度を210℃とし、かつ紡糸筒壁面温度を150℃とする以外は実施例1と同様の方法で紡糸をおこなった。紡糸結果を表1に示す。なお、紡糸条件等を表2,3に示す。
【0025】(比較例3)紡糸ノズルの数を24個とし、加熱気体温度を210℃、紡糸筒壁面温度を260℃とする以外は実施例1と同様の方法で紡糸を行った。紡糸結果を表1に示す。紡糸結果を表1に示す。なお、紡糸条件等を表2,3に示す。
【0026】
【表1】


【0027】
【表2】


【0028】
【表3】


【0029】
【発明の効果】本発明による乾式紡糸方法により、高速紡糸多エンドのノズルを採用した設備において糸物性を損なう事なく、かつ糸揺れや合糸などの不安定性が発生することなく、生産性を高めることが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】紡糸原液をノズルから紡糸筒内へ押し出し、加熱気体により溶媒を蒸発させ、糸条を形成する乾式紡糸方法において、以下の式(1)および式(2)の条件を満足することを特徴とする乾式紡糸方法。
[(q×α/Ms)×Ls] / (Cp×Q) ≦ 40 式(1) 式中の各記号は以下の内容を示す。
q :単位時間当たりに紡糸筒内に吐出される紡糸原液量 [g/s] α :紡糸原液中の重量分率 [-] Ms:溶媒分子量 [g/mol] Ls:加熱気体吹出温度における溶媒蒸発潜熱 [cal/mol] Cp:吹出温度における加熱気体比熱 [cal/mol/℃] Q :単位時間当たりに紡糸筒内に送り込まれる加熱気体量 [mol/s] Tgas ≧ 0.04×Vw + 210 式(2) 式中の各記号は以下の内容を示す。
Tgas: 加熱気体吹出温度 [℃] Vw : 紡糸速度 [m/min]
【請求項2】紡糸筒加熱を以下の(3)の条件を満足する様に調整する請求項1記載の乾式紡糸方法。
Tw ≦ Tgas −△T 式(3)式中の各記号は以下の内容を示す。
ΔT = [(q×α/Ms)×Ls] / (Cp×Q) [℃]Tw :紡糸筒壁面温度 [℃]Tgas :加熱気体吹出温度 [℃]

【公開番号】特開2002−155421(P2002−155421A)
【公開日】平成14年5月31日(2002.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−350048(P2000−350048)
【出願日】平成12年11月16日(2000.11.16)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】