説明

交流磁場中で発熱する粉末材料およびその製造方法

【課題】MgFe24よりもさらに大きな発熱量を得ることができる粉末材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】一般式:Mg1-xxFe24(ただし、式中のAは、Ca、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、式中のxの範囲は、0.05≦x≦0.95である。)で表される粉末材料である。
前記一般式中のxの範囲が、0.2≦x≦0.8であることが好ましい。
また、前記粉末材料中の(440)面の結晶子の大きさが80〜200Åであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、交流磁場中で発熱する粉末材料およびその製造方法に関し、特に、癌治療などの加温療法で用いることができ、交流磁場中での発熱特性に優れた粉末材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌治療の方法の1つに加温療法、いわゆるハイパーサーミアとよばれる方法がある。これは、癌患者の体の外部から8MHz程度の交流磁場を与えることにより、患部を加温する方法である。正常細胞も加温されるが、正常細胞は40℃程度までしか加温されないのに対し、腫瘍部は血流が悪いため、42℃程度まで加温される。これにより、患部の癌細胞にダメージを与えることができる。
【0003】
しかし、加温時の温度が42℃程度と低いため、該療法による効果が表れにくいのが現状であり、より効果を上げるためには、さらに高い温度まで患部を加温する必要がある。
【0004】
このため、交流磁場を用いる癌の治療法として、腫瘍部に交流磁場中で発熱する粉末材料を投与し、高周波磁界を印加して腫瘍を凝固焼灼する試みが従来から行われてきた。この場合に用いる粉末材料としては、マグネタイト(FeFe24)が一般的である。ただし、FeFe24組成中の2価の鉄が3価に酸化されやすいなど化学的な安定性等に問題がある。
【0005】
この点を改善した材料として、本発明者が報告したマグネシウムフェライト(MgFe24)があげられる(特許文献1、非特許文献1)。マグネシウムが2価以上に酸化されないため、MgFe24は化学的に安定であり、また、400kHz程度で100℃以上に加温しうる大きな発熱量を得ることができる。
【0006】
ここで、加温療法に用いる材料の特性としては、単位質量当たりの発熱特性に優れていることが望ましい。細胞内への投与を考えた場合に、投与量をできるだけ少なくすることが好ましいからである。したがって、MgFe24よりもさらに大きな発熱量を得ることができる材料の開発が望まれている。
【0007】
なお、上述したような磁性体の発熱特性には、粒子径が密接な関係をしている。
【0008】
しかし、一般的に用いられる酸化物などを原料とする固相反応などでは、高温で焼成する必要があるため、必要以上に粒子成長が起こってしまう。このため、最も発熱特性の優れた粒子径に制御して材料を製造することは困難である。
【0009】
【特許文献1】特開2004−89704号公報
【0010】
【非特許文献1】Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 41(3), 1620-1621 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであって、MgFe24よりもさらに大きな発熱量を得ることができる粉末材料およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る粉末材料は、一般式:Mg1-xxFe24(ただし、式中のAは、Ca、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、式中のxの範囲は、0.05≦x≦0.95である。)で表されることを特徴とする。
【0013】
前記一般式中のxの範囲は、0.2≦x≦0.8であることが好ましい。
【0014】
前記粉末材料の(440)面の結晶子の大きさは、80〜200Åであることが好ましい。ここで、(440)面の結晶子の大きさは、前記粉末試料をX線回折の測定を行い、シェラー法により計算して求めたものである。
【0015】
本発明に係る粉末材料の製造方法は、一般式:Mg1-xxFe24(ただし、式中のAは、Ca、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、式中のxの範囲は、0.05≦x≦0.95である。)で表される粉末材料の製造方法であって、Mg、元素AおよびFeを溶解した水溶液から、Mg、元素AおよびFeの水酸化物を共沈させる工程と、前記共沈させた水酸化物を700〜900℃の温度で焼成する工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る粉末材料は、従来のものと比較して、交流磁場中における発熱特性に優れているため、本発明に係る粉末材料を加温療法に用いれば、十分な発熱効果を得るとともに、当該材料の細胞内への投与量を減らすことができ、患者への負担も少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
フェライトは主にフェリ磁性をもつ材料であり、交流磁場中でのヒステレシス損などの損失が熱に変わり発熱する材料である。そして、本発明者は、すでに、交流磁場中での発熱特性に優れた粉末材料としてMgFe24を提案している(非特許文献1)。
【0018】
本発明者はこの研究成果をさらに発展させるため、発熱特性をより向上させるための研究開発を進めた。
【0019】
その結果、MgFe24中の所定量のMgをMgよりもイオン半径の大きいCaと置換することにより、発熱特性を向上させることができることを見出した。また、所定量のMgがCaと置換されたMg1-xCaxFe24を、MgFe24型の立方晶からCaFe24型の斜方晶へ転移する温度付近、すなわち800℃近傍で焼成することにより、発熱特性をさらに向上させることができることを見出した。
【0020】
本発明は、これらの知見に基づき完成されたものである。
【0021】
以下、本発明に係る粉末材料およびその製造方法の各構成要件における数値限定理由等について説明する。
【0022】
「一般式:Mg1-xxFe24(ただし、式中のAは、Ca、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、式中のxの範囲は、0.05≦x≦0.95である。)」
式中のxの値は、Mgを置換する元素Aの組成比を示す。ここで、元素AはCa、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素である。xが0.05よりも小さいか、またはxが0.95を上回ると、Mgを元素Aにより置換する効果が得られない。
【0023】
なお、式中のxの値の範囲が0.2≦x≦0.8であると、発熱特性はより良好になる。
【0024】
Mgを元素Aにより置換することにより発熱特性が向上する理由は、元素AはMgよりもイオン半径が大きいため、Mgを元素Aで置換することにより結晶中に歪みが導入され、ヒステリシス損が増大し、発熱量が増大するためと考えられる。
【0025】
元素AはCa、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であるが、生体に導入することを考慮すると、Caの方が望ましい。
【0026】
さらに、一般式:Mg1-xxFe24で表される粉末材料の結晶子の大きさは80〜200Åであることが好ましい。結晶子の大きさが80〜200Åとなる場合の焼成温度は、該粉末材料の結晶構造がMgFe24型の立方晶からCaFe24型の斜方晶へ転移する温度付近、すなわち800℃近傍であるため、焼成による歪みがさらに結晶中に導入され、さらにヒステリシス損が増大し、発熱量が増大するからである。また、結晶子の大きさが80〜200Åであることは、結晶が微細化していると言え、これによっても、交流磁場中でのヒステリシス損がより増大し、発熱量もより増大する。
【0027】
なお、元素AはCa、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、Ca、Sr、BaはMgと同様に2価の正イオンの状態が安定であるので、一般式:Mg1-xxFe24で表される結晶は化学的に安定している。
【0028】
「本発明に係る粉末材料の製造方法」
本発明に係る粉末材料を製造するためには、まず、例えば、MgCl2・6H2Oなどのマグネシウム塩、CaCl2などのカルシウム塩、FeCl3・6H2OなどのFe(III)塩を水などに溶解し、アルカリにより水酸化物などとして共沈させ、前駆体を得る。そして、これを濾過し、該前駆体を所定の温度で焼成することにより本発明に係る粉末材料を製造することができる。
【0029】
ここで、焼成する温度を、粉末材料の結晶構造が立方晶から斜方晶へ転移する温度付近、すなわち700〜900℃の温度とすることにより、結晶に歪みを導入することができ、かつ、結晶の微細化をもたらすこともでき、粉末材料の発熱特性をより良好にすることができる。なお、焼成温度が1000℃以下と比較的低温であり、このような温度で焼成しても結晶粒の成長および凝集はあまり生じない。このため、粉砕処理により容易に粒径0.05〜0.2μm程度の微粒子を得ることができる。なお、焼成による凝集をなくすため、あるいは粉砕のためには、ボールミルやビーズミルなどの粉砕装置を用いることも可能である。
【0030】
「本発明に係る粉末材料の実施の形態」
加温療法に本発明に係る粉末材料Mg1-xxFe24を使用する際には、Mg1-xxFe24の組成を有する純粋なフェライトのみからなることが、加温療法に用いる当該材料の使用量を減らす点で望ましいが、未反応物質や副反応物を多く含む混合物であってもよい。また、有機物などの接合剤を混合し、針状などの所定の形状に成型したり、生体との親和性を高めるために有機物などで被覆したりして用いることもできる。
【実施例】
【0031】
Mg1-xCaxFe24の作製は次のように行った。得られる材料の前記xが0〜1の範囲内の所定の値を取るように、MgCl2・6H2O(関東化学製)、CaCl2(関東化学製)、FeCl3・6H2O(関東化学製)を、化学量論比に溶解して水溶液を作製した。この水溶液を100℃に加熱した6規定のNaOH水溶液中に滴下し、前駆体を水酸化物として沈殿させた。これを濾過して得た水酸化物である前駆体を800℃で1時間焼成して、Caの組成比を示すxの値を0から1までの範囲内の所定の値に変化させたMg1-xCaxFe24の組成からなる各粉末材料を作製した。
【0032】
この各試料粉末1gを、交流磁場(周波数:370kHz、磁場強度:4kA/m)中で20分間保持した。この場合における、該試料の上昇温度ΔTを図1に示す。なお、この上昇温度ΔTは、交流磁場(周波数:370kHz、磁場強度:4kA/m)中で20分間保持した後の試料の温度から、実験開始をしたときの試料の温度を差し引いたものである。
【0033】
図1からわかるように、x=0の組成であるMgFe24と比べ、Caの組成比を示すxの値をある程度の範囲に増大させた材料の方が温度上昇が大きいことがわかる。
【0034】
前述のようにして水酸化物である前駆体(Mg1-xCaxFe24においてx=0.5の試料とx=0.7の試料)を得た後、これらの前駆体を500℃、600℃、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度でそれぞれ1時間焼成して熱処理温度の影響を調べるための各試料を得た。得られた各試料1gを、交流磁場(周波数:370kHz、磁場強度:4kA/m)中で20分間保持した。この場合における、該試料の上昇温度ΔTを図2に示す。なお、この上昇温度ΔTは、交流磁場(周波数:370kHz、磁場強度:4kA/m)中で20分間保持した後の試料の温度から、実験開始をしたときの試料の温度を差し引いたものである。
【0035】
図2からわかるように、800℃で焼成したときに最も高い発熱が得られている。
【0036】
次に、熱処理温度の影響を調べるための前記した各試料(Caの組成比が0.7であるMg0.3Ca0.7Fe24)について、粉末X線回折の測定をした。
【0037】
図3は、その結果を示したものである。800℃を境にピークが変化しており、結晶構造が変化していることがわかる。800℃以下ではMgFe24型の立方晶となっており、900℃以上ではCaFe24型の斜方晶となっている。
【0038】
800℃で焼成したMg0.3Ca0.7Fe24の粉末X線回折の結果では、ピークがかなり乱れ、相転移が起こりつつあることがわかる。これにより結晶には歪みが生じていると考えられる。また、800℃以下で焼成したMg0.3Ca0.7Fe24の粉末X線回折の結果のピークはかなりブロードであることから、800℃以下で焼成したMg0.3Ca0.7Fe24の粉末材料は、結晶子の小さい微粒子材料であると考えられる。
【0039】
このように、800℃で焼成したMg0.3Ca0.7Fe24は、焼成により結晶に歪みが導入されているとともに、結晶子が微細である。このため、図2に示すように、800℃で焼成したときに最も高い発熱が得られたものと考えられる。
【0040】
さらに、Mg1-xCaxFe24においてx=0.3、0.5、0.7である前駆体を500℃、700℃、800℃の各温度で1時間焼成して得られた各試料について、前記と同様にして上昇温度ΔT測定するとともに、粉末X線回折の測定を行い、その測定結果からシェラー法により(440)面の結晶子の大きさを解析した。その結果を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1からわかるように、(440)面の結晶子の大きさが80Å以上であると上昇温度ΔTが40℃を超えており、発熱特性が良好であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】Mg1-xCaxFe24の組成からなる粉末材料において、Caの組成比を示すxの値を0から1までの範囲内で所定の値に変化させた各試料粉末1gを、交流磁場(周波数:370kHz、磁場強度:4kA/m)中で20分間保持したときの上昇温度ΔTを示したものである。
【図2】前駆体(Mg1-xCaxFe24においてx=0.5の試料とx=0.7の試料)を500℃、600℃、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度でそれぞれ1時間焼成して得られた各粉末材料Mg1-xCaxFe241gを、交流磁場(周波数:370kHz、磁場強度:4kA/m)中で20分間保持したときの上昇温度ΔTを示したものである。
【図3】500℃、600℃、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度でそれぞれ1時間焼成した、Caの組成比が0.7であるMg0.3Ca0.7Fe24の粉末X線回折の結果を示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:Mg1-xxFe24(ただし、式中のAは、Ca、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、式中のxの範囲は、0.05≦x≦0.95である。)で表されることを特徴とする粉末材料。
【請求項2】
前記一般式中のxの範囲が、0.2≦x≦0.8であることを特徴とする請求項1に記載の粉末材料。
【請求項3】
(440)面の結晶子の大きさが80〜200Åであることを特徴とする請求項1または2に記載の粉末材料。
【請求項4】
一般式:Mg1-xxFe24(ただし、式中のAは、Ca、Sr、Baからなる群から選択された少なくとも一種の元素であり、式中のxの範囲は、0.05≦x≦0.95である。)で表される粉末材料の製造方法であって、Mg、元素AおよびFeを溶解した水溶液から、Mg、元素AおよびFeの水酸化物を共沈させる工程と、前記共沈させた水酸化物を700〜900℃の温度で焼成する工程と、を有することを特徴とする粉末材料の製造方法。
【請求項5】
前記一般式中のxの範囲が、0.2≦x≦0.8となるようにすることを特徴とする請求項4に記載の粉末材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−83020(P2006−83020A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−270013(P2004−270013)
【出願日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【出願人】(504352755)
【出願人】(502297999)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】