説明

人工角膜とその製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、角膜疾患により、視覚機能が低下したり、喪失した角膜を置換し、視覚機能を回復させるため用いる人工角膜に関するものである。
【0002】
【従来の技術】人工角膜は一般に、生体為害性のない透光性材料よりなる光学部材および天然(人体)の角膜(以下、角膜と略称する)表面に固定されるか、または角膜の前層と後層の間に挿入されることによって上記光学部材を支持する支持部材から構成され、これらを同一の材料によって一体的に形成したものや、別材料よりなる光学部材と支持部材を組み合わせたものがあった。
【0003】このような人工角膜に用いられる最も一般的な材料は、PMMAやシリコンなどの合成樹脂材料で、これらの材料を用いて光学部材と支持部材を一体的に形成した人工角膜があった。
【0004】しかしながら、人工角膜に用いられるPMMAやシリコンなどの合成樹脂材料は生体為害性を有しないのであるが、その反面、生体との適合性も有しておらず、そのため周囲の角膜組織との馴染みが悪く人工角膜と角膜との間にわずかな空隙が生じ、そこを通って細菌が前房内に侵入し全眼球炎を引き起こすことがあり、さらに、ひどい時には人工角膜が炎症によって角膜より排出されてしまうという不具合があった。
【0005】また、光学部材を上記合成樹脂材料で形成するとともに、生体との適合性を良好なものとするため、患者の自家骨を採取し、これを加工して支持部材とした、所謂osteo−odonto−keratoprosthesis(Strampelli B.Osteo−odonto−keratoprosthesis, Ann.offal.,89:1039,1963)というものもあった。
【0006】しかしながら、このような人工角膜を角膜内に移植した後、しばらくは支持部材と角膜との馴染みが良く、良好な状態が続くが、その後しだいに支持部材自体が生体内に吸収され分解してしまうという不具合があった。
【0007】さらに、人工角膜の材質としてアルミナセラミックスを用い、単結晶アルミナよりなる光学部材と多結晶アルミナよりなる支持部材によって構成した人工角膜もあったが、このような人工角膜の支持部材は多結晶アルミナよりなるので、厚み0.5〜0.7mmの角膜に比して厚みが大きく、そのため眼球強膜もしくは眼瞼に光学部材を縫合固定しなければならず、手術侵襲が非常に大きくなり、加えて臨床試験において合併症が数多く発生したため、現在のところ実用化されていない。
【0008】そこで、上述のそれぞれの人工角膜の問題を解決するべく、アルアドナ・キュルコワ氏などが提案した人工角膜(Klin.oczna 84:379−380〔1982〕)の如く光学部材をPMMAやシリコンなどの合成樹脂材料で形成するとともに、支持部材を純チタン、チタン合金またはタンタルなどの生体適合性を有する金属材料で形成した人工角膜が用いられた。このような人工角膜には図8に示すような円筒状をした光学部材A、および該光学部材Aを嵌合するための中央孔C1 を備えるリングCと該リングCの左右に一体的に形成されたフラップD、Dよりなる支持部材Bより構成される人工角膜20や、図9に示すような楯状の支持部材Eの中央孔E1 に円筒状の光学部材Aを嵌合した人工角膜30のようなものがあった。これらの人工角膜20,30は支持部材B,Eが上記の金属材料よりなるため角膜組織との馴染みが良好で、さらに支持部材の厚みが極めて小さく、手術侵襲がほとんどないという効果があった。
【0009】
【従来技術の課題】しかしながら、上述の支持部材が生体適合性を有する金属材料よりなる人工角膜では、支持部材の形状がフラップ状であったり、楯状であったりして、球状をした角膜と形状の相違が大きく、そのため、角膜内へ移植した後しばらくすると支持部材の一部が角膜を破って外部に露出してしまい、その部分から細菌が前房内に侵入して全眼球炎を引き起こしてしまうという不具合があった
【0010】
【課題を解決するための手段】上述の課題を解決するため、本発明は角膜移植時に代用角膜として使用するもの、あるいは喪失した角膜を置換するため生体為害性のない透光性材料よりなる光学部材を、純チタン、チタン合金またはタンタルなどの生体適合性を有する金属材料よりなる厚み0.03〜0.3mmの支持部材に穿設した中央孔に嵌合してなる人工角膜であって、支持部材の形状が全体として曲率R=6〜9mmの截頭ドーム状であり、かつ該支持材の本体には20〜70%の開口率でもって複数の貫通孔が穿設してあることを特徴とする人工角膜、及び、金属材料よりなる薄板にフォトエッチングでもって中央孔と複数の貫通孔を穿設して厚み円盤状の支持部材を加工し、該支持部材を截頭ドーム状にプレス成形した後、該支持部材の中央孔に光学部材を嵌合する工程を含む前記人工角膜の製造方法を提供するものである。
【0011】
【実施例】以下、本発明の実施例を図を用いて詳述する。図1には本発明に係る人工角膜1の分解斜視図を示し、2は図2に示すごとく本体2cが角膜Kの前層Fと後層Nとの間に挿入され中央孔2aに嵌合した光学部材3を支持する支持部材で、純チタン、チタン合金或いはタンタル等の生体適合性に優れた金属より成り、図3に示す如く全体として截頭ドーム状をなすとともに、本体2cに複数の貫通孔2bを備えている。
【0012】また、上記光学部材3は、単結晶アルミナ又はPMMAやシリコンなどの合成樹脂材料などの生体為害性のない透光性材料よりなり、図3及び図4に示すように前面3aと後面3bが光学的に適当な曲率を有するドーム状をした円盤状をなし、図3に示す如く、上記支持部材2の中央孔2aに嵌合すべく、その側面3cには円周沿に後ろ開きのテーパーを有する段部3dを形成したり、あるいは図4に示す如く上記支持部材2の一部を挿入するべく溝3eを形成した。
【0013】本発明に係る人工角膜1は上記の支持部材2と光学部材3より構成され、支持部材2の前側あるいは後側より中央孔2aに上記光学部材3を圧入し、前記段部3dあるいは溝3eによって光学部材3を上記中央孔2aに嵌合固定する構造となっている。
【0014】このように構成される人工角膜1は、支持部材2が上記の生体適合性がある金属材料よりなるため角膜組織との馴染みがよく角膜Kとの間に空隙が生じることがなく、また截頭ドーム状をしているため角膜Kの形状と適合し、前記本体2cの一部が角膜Kを破って外部に露出することはなく、従って細菌が前房S内の房水W中(図2参照)に侵入して全眼球炎を引き起こすことがない。なお、図3に示す支持部材2の曲率Rは角膜Kの曲率7〜8mmに近似させ曲率R=6〜9mmであることが好ましい。
【0015】さらに上記金属材料を用いることによって支持部材2の厚みを角膜Kに比して十分小さくすることができるので、手術侵襲がほとんどなく、また全眼球炎などの合併症が発生せず、人工角膜1を角膜K内に安定的に移植することができる。なお、支持部材2の厚みは0.03〜0.3mmであることが好ましい。厚みが0.03mmより小さい時には瞼の動きなどで支持部材2が歪んでしまったり、変形したりするため角膜Kとの間に空隙が生じ、また0.3mmより大きい時は、支持部材2を介装する角膜Kが人工角膜1をしっかりと保持することができなくなり、そのため瞼の動きなどによって角膜Kとの間に空隙が生じ、そこから細菌が前房内に侵入し全眼球炎を引き起こす恐れがある。
【0016】また、上記貫通孔2bは、角膜Kを前層Fと後層Nに分かつために起こる前層Fでの脱水、それに伴う栄養不全を防ぎ、そして上記本体2cの開孔率としては20〜70%が適当である。この開孔率が20%より小さいと角膜Kの前層Fで脱水とそれに伴う栄養不全のため角膜Kが白濁してしまい、70%より大きいと支持部材2を截頭ドーム状に成形できなくなる。
【0017】なお、上記支持部材2の本体2cの表面にはハイドロキシアパタイト、コラーゲン等の生体親和性材料よるなるコーティング層(不図示)を設けてもよい。また、図2に示すように上記貫通孔2bに縫合糸Tを通すことによって人工角膜1を角膜Kにしっかりと固定することもできる。
【0018】次に、本発明の人工角膜1の製造方法について述べる。人工角膜1を製造するにあたって支持部材2については、まず上記の金属材料よりなる比較的広い面積のシート状の薄板に公知のフォトエッチング法により、図5に示す中央孔2aと貫通孔2bを穿設した円盤状の支持部材2を多数個、一度に形成し、この円盤状の支持部材2にさらにプレス成形することによって、角膜Kの曲率に近似した曲率Rを有する截頭ドーム状の支持部材2を作製する。
【0019】上記のプレス成形には、図6に示す下金型4と上金型5を組み合わせて用い、上記下金型4は基部4a上に、成形せんとする支持部材2の曲率よりやや小さい曲率をもち、最適の寸法、形状を有する截頭ドーム状の陽型部4bが設けられ、さらにこの陽型部4bからは水平断面形状が上記支持部材2の中央孔2aに挿通可能な円筒状の挿入棒4cが垂直方向に突出しており、一方の上金型5は、下端面5cに上記陽型部4bに対応する截頭ドーム状の陰型部5a及びこの陰型部5aの上端部5eより垂直方向には上記挿入棒4cに対応する円筒状の挿入穴5bが穿設されてなり、また上部がプレス機械Cに挿着されるようになっている。
【0020】まず、上記の挿入棒4cの周囲に上記支持部材2を装填し、つづいて上記挿入棒4cが上記挿入穴5b内に挿入されるよう上金型5を下方に降ろしていき、最終的に図7に示すごとく上記支持部材2が上記陽型部4b及び陰型部5aの内壁5dと圧接させ、支持部材2を角膜Kの曲率に近似した曲率Rを有する截頭ドーム状に成形する。
【0021】なお、支持部材2の貫通孔2bはプレス成形時の応力を分散すべく角部に円みを与え、また図5に示す支持部材2の如く円周方向に複数列の貫通孔2bを形成してあるものは隣合う列の貫通孔2bが半径方向に重ならず、互い違いに並ぶようにすることが好ましい。
【0022】上述の製造方法によれば、上記金属よりなる極薄の板に、光学部材3を嵌合するための中央孔2aと貫通孔2bをより大きな開孔率でもって穿設し、これを截頭ドーム状に形成した支持部材2を備える人工角膜を製造することができる。
【0023】実施例1図1に示す純チタンよりなる支持部材2の貫通孔2bの大きさを変え、上述の製造方法で厚み0.3mm、本体2cの開孔率が表1の如くである9種類の円盤状の支持部材2を作製し、さらに曲率R=8mmの截頭ドーム状に成形するよう試みた。その結果を表1に示す。
【0024】
【表1】


【0025】表1から明らかなように、支持部材2の本体2cの開孔率が70パーセントを越えると、本体2cの強度が小さすぎ、上記下金型4から支持部材2を取り外す際に僅かな応力を受けても本体2cが変形してしまい、截頭ドーム状に成形することができなかった。
【0026】また、図3に示すような上記の截頭ドーム状に成形した支持部材2とPMMAよりなる光学部材3から構成される人工角膜1を家兎の角膜K内に図2に示すように貫通孔2bに縫合糸を通して固定し、6ヶ月間、角膜の白濁の有無について観察した。その結果を表1に示す。
【0027】表1から明らかなように、支持部材2の本体2cの開孔率が20%より小さいときは角膜Kが白濁した。
【0028】以上から支持部材2の本体2cの開孔率は20〜70%であることが好ましいことがわかった。
【0029】実施例2図4に示すような、厚みが表2に示す如くであり、本体2cの開孔率60%、曲率R=7mmでタンタルよりなる支持部材2と単結晶アルミナよりなる光学部材3より構成される人工角膜1を前述の方法で製造し、これらを家兎の角膜K内に図2に示すように貫通孔2bに縫合糸Tを通して固定し、6ヶ月間、全眼内炎の発生の有無について観察した。その結果を表2に示す。
【0030】
【表2】


【0031】表2から明らかなように、支持部材2の厚みは0.03〜0.3mmが好ましいことがわかった。
【0032】実施例3図3に示すような、厚みが0.1mm、本体2cの開孔率55%、曲率Rが表3に示す如くでありチタン合金よりなる支持部材2とシリコン系合成樹脂よりなる光学部材3より構成される人工角膜1を前述の方法で製造し、これらを家兎の角膜K内に図2に示すように貫通孔2bに縫合糸Tを通して固定し、6ヶ月間、支持部材2の本体2cの一部が角膜Kの表面に露出してこないかどうかを観察した。その結果を表3に示す。
【0033】
【表3】


【0034】表3から明らかなように、支持部材2の曲率Rは6〜9mmが好ましいことがわかった。
【0035】
【発明の効果】本発明によれば、支持部材がチタン或いはタンタルなどの生体適合性がある金属材料より形成されるため角膜組織との馴染みがよく角膜との間に空隙が生じることがなく、また截頭ドーム状をしているため角膜と形状が適合し、支持部材の本体の一部が角膜を破って外部に露出することがなく、従って細菌が前房内に侵入して全眼球炎を引き起こすことがない人工角膜を提供することができ、人類に対して、まさに光明をもたらすものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明実施例に係る人工角膜を示す分解斜視図である。
【図2】本発明実施例に係る人工角膜を角膜内に移植した状態を示す断面図である。
【図3】本発明実施例に係る人工角膜の中央断面図である。
【図4】本発明の他の実施例に係る人工角膜を構成する光学部材の断面図である。
【図5】本発明に係る人工角膜を構成する支持部材の平面図である。
【図6】本発明実施例に係る人工角膜の製造方法に用いられる上金型と下金型を示す要部断面側面図である。
【図7】本発明実施例に係る人工角膜の製造方法に用いられる上金型と下金型を示す要部断面側面図である。
【図8】従来例に係る人工角膜を示す斜視図である。
【図9】従来例に係る人工角膜を示す斜視図である。
【符号の説明】
K 角膜
F 前層
N 後層
C プレス機械
S 前房
W 房水
1 人工角膜
2 支持部材
3 光学部材
4 下金型
5 上金型
2a 中央孔
2b 貫通孔
2c 本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】角膜移植時に代用角膜として使用するもの、あるいは喪失した角膜を置換するため生体為害性のない透光性材料よりなる光学部材を、純チタン、チタン合金またはタンタルなどの生体適合性を有する金属材料よりなる厚み0.03〜0.3mmの支持部材に穿設した中央孔に嵌合してなる人工角膜であって、支持部材の形状が全体として曲率R=6〜9mmの截頭ドーム状であり、かつ該支持材の本体には20〜70%の開口率でもって複数の貫通孔が穿設してあることを特徴とする人工角膜。
【請求項2】金属材料よりなる薄板にフォトエッチングでもって中央孔と複数の貫通孔を穿設して厚み円盤状の支持部材を加工し、該支持部材を截頭ドーム状にプレス成形した後、該支持部材の中央孔に光学部材を嵌合する工程を含む請求項1記載の人工角膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【特許番号】特許第3214894号(P3214894)
【登録日】平成13年7月27日(2001.7.27)
【発行日】平成13年10月2日(2001.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−136979
【出願日】平成4年5月28日(1992.5.28)
【公開番号】特開平5−329200
【公開日】平成5年12月14日(1993.12.14)
【審査請求日】平成11年1月29日(1999.1.29)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【参考文献】
【文献】特開 平4−158859(JP,A)
【文献】特表 平3−501214(JP,A)