付着性動物細胞の無血清培養方法及び付着性動物細胞の無血清培養用培地
【課題】動物由来の血清を用いず、細胞の本来の機能を維持したまま増殖させる付着性動物細胞の培養方法及び無血清培地の提供。
【解決手段】培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する付着性動物細胞の無血清培地を用いて培養することを特徴とする付着性動物細胞の無血清培養方法。また、血清を含有しない、付着性動物細胞培養用培地に、コルチゾル及び/またはプロラクチンのいずれか1種以上のホルモンを有効成分として添加した無血清培地に関する。
【解決手段】培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する付着性動物細胞の無血清培地を用いて培養することを特徴とする付着性動物細胞の無血清培養方法。また、血清を含有しない、付着性動物細胞培養用培地に、コルチゾル及び/またはプロラクチンのいずれか1種以上のホルモンを有効成分として添加した無血清培地に関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は付着性動物細胞の無血清培養方法、その付着性動物細胞の培養に適した培地、その培養方法によって得られた間葉系幹細胞などに係る。
【0002】
詳しくは、基本培地にホルモン乃至成長因子を添加して培養する方法であって、細胞活性を損なうことなく、無血清付着性動物細胞を増殖させる培養方法及び培地に関するものである。
【背景技術】
【0003】
間葉系幹細胞は骨髄および/または骨膜由来であり、未分化であるが骨、軟骨、筋、靭帯、脂肪など間葉系に属する細胞に分化する能力を備えた細胞である。間葉系幹細胞はその分化多能性のみならず、骨髄等に存在し採取が容易な上、増殖能力が高く生体外の細胞培養環境でも容易に数を増やすことが出来る。そのため、骨、軟骨、腱、筋肉、脂肪、歯周組織など、多くの組織の再生医療のための移植材料として注目されている(遺伝子医学、Vol.4、No.2(2000)p58−60)。
【0004】
骨髄等に含まれる間葉系幹細胞の数は非常に少なく、骨髄液10ml中1,000細胞程度といわれている。それに対し、間葉系幹細胞を、組織の再生医療に利用するためには108細胞以上必要であるため、まず、この幹細胞を生体組織から採取し、それを大量に増殖させ、更に分化誘導を行う必要がある。増殖に必要な培養期間は約1ヶ月といわれている。
【0005】
間葉系幹細胞を増殖させる際、構成成分が既知の基本合成培地に動物から抽出された構成成分未知の血清を混ぜて培養を行っている。この血清成分には、細胞の生存維持、増殖に必要な成分が含まれていると考えられている。しかし、動物由来の血清を用いて培養された細胞には感染症(HIV、BSE、SARS等)のリスクがあり、血清の入った培地で培養された細胞を医療用に用いることは問題視されているため、血清を用いずに細胞を培養する技術が重要視されている。
【0006】
動物細胞用の無血清培地の特許文献はいくつか見られる。例えば特許文献1の工業的物質生産に使用可能な動物細胞培養用の無血清培地、特許文献2の血清添加を必要とせずに細胞が機能性を失わずに良好に培養され得る既知成分のみから構成される培地と、多くがタンパク等の生産用動物細胞培養のための無血清培地である。しかし、これらの無血清培地は主に生産された物質を精製する際に未知成分を多数含む血清が障害となるため、それを解決するための手段として開発されたものである。
【0007】
一方、医療用材料として間葉系幹細胞を利用するために開発された技術に関する特許文献も出ている。例えば、特許文献3には、無血清環境下でヒト間葉系幹細胞の生存を維持する組成物及び方法が開示されている。また、特許文献4には、間葉系幹細胞の分化を誘導するためにプロスタグランジン、アスコルビン酸、コラーゲン細胞外基質等からなる骨誘導因子、分化付随因子、軟骨誘導因子等の生物活性因子と接触させることよりなる方法が開示されている。特許文献5には、プロラクチン又はその同効物の共存下で多能性間葉系幹細胞を培養し、間葉系幹細胞を脂肪細胞へ分化させる方法について公開されている。しかし、間葉系幹細胞において無血清培地で分化能を維持したまま増殖させる培地及び培養方法については報告されていない。
【0008】
【特許文献1】特開平8−70859号公報
【特許文献2】特開平8−308561号公報
【特許文献3】特表平11−506610号公報
【特許文献4】特表平10−512756号公報
【特許文献5】特開2000−217576号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上述べたように、従来の付着性培養の培養方法では、動物から抽出された血清を用いて培養しなければならなかった。医療用として細胞を調製する場合、動物から抽出された血清を用いると HIV、BSE、SARS等の感染症の危険性が残る。血清の性能は個体差に大きく左右され、細胞の品質及び生産に関しても著しく差が生じていた。また、細胞を用いた研究を行う際、未知成分である血清を用いた実験では、再現性を確認することが難しく、薬剤の効果を調べる研究に関しても血清に含まれている他の成分の影響まで議論することが出来なかった。
【0010】
本発明は、無血清で十分な速度で培養ができる付着性動物細胞の無血清培養方法及び付着性動物細胞無血清培養用培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、コルチゾル又はプロラクチンを有効成分として含有する培地を用いた無血清培養方法に関し、これと成長因子を併用して培養することで、無血清で付着性動物細胞を増殖培養させることを可能とした。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、付着性の動物細胞を培養して細胞を増殖させる際に、動物から抽出された血清及び蛋白を用いる必要が無くなる。この為、HIV、BSE、SARS等の感染症の危険性を回避することが可能となり、かつ細胞を安定して供給することができ、再生医療などに適用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
上記のような従来技術に存在する問題点を解決するために、動物から抽出された血清成分を含まず、既知成分のみで構成される培地及び培養方法を提供する事を目的とする。
【0014】
血清及び動物由来成分を含まず細胞を培養するために、コルチゾルによる細胞の生存性を高め、更に増殖因子を添加することで、無血清で幹細胞を培養することを実現した。また、この無血清培地で培養した幹細胞は、分化能を維持しており、分化誘導をかけることで他の細胞への分化もできる培養を実現した。また、研究用として細胞を用いる際も、未知成分を含んだ血清と違い、細胞内のシグナル伝達等のメカニズムを明確にすることが可能となる。
【0015】
本発明の具体的実施態様を例示すると以下のとおりである。
上記付着性動物細胞培養用培地が、少なくとも栄養源、窒素減、ビタミン及び接着
因子を含有する培養無血清培地。
上記付着性動物細胞培養用培地は、コルチゾルを1〜100μg/mLの濃度で含
有する。
上記付着性動物細胞培養用培地は、プロラクチンを1〜10ng/mLの濃度で含
有する。
(4)上記付着性動物細胞培養用培地は、リポソームとホルモンとの混合物を含有する。
(5)上記付着性動物細胞培養用培地は、コルチゾルが血清アルブミンをコンジュゲイトしている。
(6)培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、上記培地を用いて培養する付着性動物細胞の無血清培養方法。この無血清培養を複数回繰り返すことができる。これにより、採取した動物細胞に含まれるHIV等の危険因子の濃度を低くすることができ、生産物の利用の安全性が高まる。
(7)血清アルブミンがヒト血清アルブミンもしくはウシ血清アルブミンである上記付着性動物細胞の培養方法。
(8)血清アルブミンが組み換えタンパク(リコンビナントタンパク)である上記付着性動物細胞の培養方法。
(9)塩基性繊維芽細胞増殖因子FGF−2、インターロイキン類、血小板由来増殖因子PDGFのいずれか1種以上を共存させた上記付着性動物細胞の培養方法。
(10)接着因子としてフィブロネクチン、コラーゲン及びラミニンのいずれか一つ以上で培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、上記の無血清培地を用いて培養する付着性動物細胞の無血清培養方法。
(11)血清を添加した培地で培養した後に細胞を回収し、接着因子としてフィブロネクチン、コラーゲン及びラミニンのいずれか一つ以上で培養表面を被覆した培養容器に該細胞を播種して、上記の無血清培地を用いて培養する付着性動物細胞の無血清培養方法。このように、最初に血清存在下で動物細胞の培養を行って、次いで培養壁から細胞を引き剥がして洗浄し、所定の濃度で無血清培養容器に播種して、無血清培養を行うことができる。この場合も、低濃度の細胞を播種することにより、危険因子の濃度を低くすることができる。
(12)動物由来成分を用いずに継代を行う動物細胞の無血清培養法。
(13)7世代以上の継代培養において多分化能を保持する動物細胞の無血清培養法。
(14)1ヶ月以上の培養が可能である動物細胞の無血清培養法。
(15)コンフルエントな細胞密度の1/103〜1/105となる低密度の播種で増殖させる動物細胞の無血清培養法。本発明はこのように非常な低濃度の播種でも効率よく培養できるという特徴を有する。
(16)低密度で播種することで増殖速度を向上させる動物細胞の無血清培養法。低密度で播種することにより、前述のように、HIVなどの危険因子の濃度を低めることができる。
(17)付着性動物細胞がヒト由来の間葉系幹細胞である付着性動物細胞の無血清培養方法。
(18)上記方法によって得られた多分化能を保持する間葉系幹細胞。
(19)骨芽細胞への分化能を有する間葉系幹細胞。
(20)脂肪細胞への分化能を有する間葉系幹細胞。
【0016】
以下、本発明を、実施例を挙げて、より具体的に説明するが、本発明の保護範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0017】
(コルチゾルによる生存期間の延長)
本実施例で用いた細胞はすべて米Cambrex社のヒト間葉系幹細胞(以下hMSC;タカラバイオ製品コードPT034)を購入して供試した。本細胞は,米国FDA認可の正常骨髄提供者プログラムに基づき,18〜45歳の健常な男性ならびに妊娠していない女性の骨髄より採取した骨髄液から分離されたものである。米Cambrex社において,微生物試験(HIV−1,マイコプラズマ,B型およびC型肝炎ウイルス,細菌,酵母,カビ:陰性)と分化能試験(脂肪細胞,軟骨細胞および骨細胞への分化能:陽性)などの品質管理が行われている。
【0018】
このhMSCを接着因子であるフィブロネクチンを培養面にコートした6穴プレート上に1,000個/cm2の密度で播種し、血清を含まない基本培地としてのIBL Media I培地(免疫生物研究所)乃至、コルチゾル含有IBL Media I培地で37℃、5%CO2環境下で培養した。各培養日数(1、4、7、11日)で、細胞をPBSで洗浄し、浮遊細胞を取り除いた後、トリプシンを用いて細胞を培養床から剥離し、コールターカウンタ(ベックマン社)により付着細胞数を計数した。ただし、無血清培地として使用する基本培地はIBL Media Iに限定されるものではない。上記無血清培地での細胞増殖曲線を図1に示す。基本培地のみの無血清培地では培養4日目まで増殖はするものの、その後増殖は停止し、7日目以降は減少していった。
【0019】
一方、コルチゾルを含んだ無血清培地では4日目までコルチゾルを含まない無血清培地より早い増殖速度で増え、その後、増殖は停止するが細胞数は減少しなかった。このことより、基本培地だけでは細胞は4日までは増殖が遅く、7日以降は徐々に細胞が付着性を失い死滅していくが、無血清培地にコルチゾルを添加することで、細胞の増殖速度が高まり、また細胞の付着性及び生存を維持させる効果があることがわかる。
【実施例2】
【0020】
IBL Media I培地及びIBL MediaI培地にコルチゾルを添加した無血清培地でhMSCを37℃、5%CO2環境下で1ヶ月間培養した。図2に1ヶ月培養後の細胞の写真を示す。コルチゾルを含んだ無血清培地では、1ヶ月の培養後でも細胞が培養床に付着し、生存していることがわかる。一方、コルチゾルを含まない無血清培地では、培養一ヶ月後には細胞が培養床から剥がれ、細胞の形状も丸くなり浮遊した。この結果より、無血清培地にコルチゾルを含むことで少なくとも1ヶ月以上細胞を培養床に生着させ、生育させることが可能であることがわかる。コルチゾルの添加は、無血清培地で一ヶ月以上の長期間細胞を培養することを可能にさせる。
【実施例3】
【0021】
(コルチゾルの最適濃度)
IBL Media I培地に0−100μg/mLの各濃度のコルチゾルを添加した無血清培地でフィブロネクチンをコートした96穴プレート上でhMSCを培養し、播種後4日後の付着細胞数を計数した。細胞の計数にはセルカウンティングキット(同仁化学)を用いた。図3に各濃度に対する付着細胞数の相対値を示す。この図より、コルチゾルの濃度が3μg/mL以上で効果のあることがわかる。
【0022】
ただし、コルチゾルの最適濃度は、培養条件により変わり得るものであり、上記の濃度に限定されるものではない。例えば、リポソームにコルチゾルを結合させることで細胞の食作用を利用し、細胞内へ容易にコルチゾルを入れることが出来るため低濃度でもコルチゾルの効果を得ることが可能である。
【実施例4】
【0023】
(コルチゾル+FGF−2による細胞増殖)
IBL Media I培地に増殖因子FGF−2を添加した培地とIBL Media I培地にコルチゾルとFGF−2を添加した培地でhMSCを培養し、培養16日目で継代を行った。継代では、リコンビナントトリプシン(遺伝子組み換えトリプシン)、大豆由来トリプシンインヒビターを用い、動物由来成分を用いずに行った。図4にこのときの細胞の増殖曲線を示す。コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地では培養30日で図5に示すようにコンフレントな状態まで到達した。一方、FGF−2のみ添加した無血清培地では、培養8日で増殖は止まり、コンフルエントな状態まで到達しなかった。
【0024】
また、コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地では継代を行うと細胞の増殖は可能であったが、FGF−2のみを添加した無血清培地では継代を行っても細胞は増殖しなかった。
【実施例5】
【0025】
(播種密度の影響)
hMSCをフィブロネクチンをコートした6ウェルプレートに0.5、5、50、500、5,000個/cm2の各播種密度で播種し、IBL Media I培地にコルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地で37℃、5%CO2環境下で培養を行った。図6に各播種密度での増殖曲線を示す。標準的な血清培地(DMEMに10%ウシ胎児血清を加えた培地)では、播種時の細胞数密度は5,000個/cm2と推奨されており、これはコンフレントな状態40,000個/cm2の8分の1である。それゆえ、細胞が8倍に増殖した時点で継代を行う必要がある。しかし、本無血清培地で培養すると、推奨よりもはるかに低い密度(2万分の1以上の密度)でも細胞を増殖させることが可能であり、継代なしに細胞を105倍以上に増殖させることができる。
【0026】
この増殖曲線より培養30日までの比増殖速度を求めると図7のようになる。本無血清培地で細胞を培養すると播種密度が小さくなるにつれ、細胞の増殖が早くなることがわかる。従って播種密度を小さくすることで、早い増殖速度で細胞を増殖させることが可能であることがわかる。
【実施例6】
【0027】
(インターロイキン−1αの効果)
培養面にフィブロネクチンのコートされた6ウェルプレート上にhMSCを播種し、コルチゾル、FGF−2、インターロイキン−1αを含んだ無血清培地で培養を行った。図8にその増殖曲線を示す。コルチゾル、FGF−2を含んだ(インターロイキン−1α不含)無血清培地では、標準血清培地に比して増殖は遅い。
【0028】
しかし、コルチゾル、FGF−2を含む無血清培地に更にインターロイキン−1αを添加することで、播種後3日までは増殖が遅いものの、その後は標準血清培地を上回る増殖性を示した。
【0029】
コルチゾル、FGF−2に加え、更にインターロイキン−1αを添加することで増殖能が向上することがわかる。
【実施例7】
【0030】
(骨芽細胞への分化能の確認)
コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地と更にインターロイキン−1αを添加した無血清培地それぞれでhMSCを2週間培養し、骨芽細胞への分化誘導を行った。
【0031】
骨芽細胞への分化には、骨芽細胞分化培地(Cambrex)を用いた。骨芽細胞分化培地には、ウシ血清の他、デキサメタゾン、アスコルビン酸、グリセロリン酸を含んでいる。hMSCを無血清培地で2週間培養した後に、上記骨芽細胞分化培地に交換し、さらに2週間培養を続けた。この間、3日に一度新しい培地との交換を行った。
【0032】
骨芽細胞への分化は、アルカリフォスファターゼ染色法で確認した。染色にはTRACP&ALP double−stain Kit(タカラバイオ)を用いた。手順は分化誘導を行った細胞を、PBSで1回洗浄し、細胞固定液を加え室温で5分間静置し、固定した。滅菌水を加え固定液を希釈してから、固定液を取り除き、再び滅菌水で細胞を洗浄した。
【0033】
アルカリ性フォスファターゼ基質液を固定した細胞に加えた。37℃、30分間インキュベートを行い発色させた。顕微鏡により、染色像を撮影した。結果を図9に示す。
【0034】
骨芽細胞に分化した細胞はアルカリフォスファターゼ活性染色によりいずれも黒褐色に染まった(図9(a)(c)(e))。特に、インターロイキン−1α+コルチゾル+FGF−2(図9(c))と標準血清培地(図9(e))が強く染まっていた。一方分化誘導を行わなかった細胞に関しては、いずれも誘導を行った細胞ほど染まらなかったが、標準血清培地に関しては若干細胞が染まっており(図9(f))、誘導をかけなくても骨芽細胞への分化が起こる傾向が見られた。
【0035】
以上より、インターロイキンを加えた本無血清培地で培養することにより、骨芽細胞への自然な分化を防ぐことができ、かつ分化誘導を行うことで高い骨芽細胞への分化を行うことができることがわかる。
【実施例8】
【0036】
(脂肪細胞への分化能の確認)
コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地と更にインターロイキン−1αを添加した無血清培地それぞれでhMSCを2週間培養し、脂肪細胞への分化誘導を行った。
【0037】
脂肪細胞への分化には、脂肪細胞分化維持培地と脂肪細胞分化誘導培地の2種類の培地を用いた。脂肪細胞分化維持培地には、ウシ血清の他、ヒトインシュリンが含まれている。脂肪細胞分化誘導培地には、ウシ血清、ヒトインシュリン(組み換え体)の他、L−グルタミン、デキサメタゾン、インドメタシン、IBMXが含まれている。無血清培地で培養した細胞を脂肪細胞分化誘導培地に交換し、3日間培養した。その後、脂肪細胞分化維持培地に交換し3日間培養した。更に脂肪細胞分化誘導培地に代え、3日間と3回繰り返すことにより脂肪細胞への分化誘導を行った。
【0038】
脂肪細胞はオイルレッドO染色により確認した。手順は、分化誘導した細胞をPBSで3回洗浄し、10%ホルムアルデヒドを加え4℃、1時間静置し、細胞を固定した。ホルムアルデヒドを吸い取り、オイルレッドO溶液を加え、室温で15分静置し、蒸留水で3回洗浄した。その後、顕微鏡により細胞を観察した。
【0039】
脂肪細胞に分化した細胞はオイルレッドO染色により赤色に染まる(図10)。分化誘導を行った図10(a)、10(c)、10(e)では顆粒状に染色された細胞が確認できるのに対し、分化誘導を行わなかった細胞図10(b)、10(d)、10(f)では全く染色されなかった。このことより、本無血清培地での培養では脂肪細胞への分化能を維持したまま増殖させることができることを示している。特に、コルチゾル+FGF−2を含有する無血清培地(図10(a))より、コルチゾル+FGF−2+インターロイキン−1αを含有する培地(図10(c))の方が脂肪細胞への分化能が高く保持されることがわかる。
【実施例9】
【0040】
(他のホルモン(プロラクチン)による増強)
フィブロネクチンのコートされた96ウェルプレートにhMSCを播種し、0.1−10ng/mLの濃度のプロラクチンを含んだ無血清培地で培養を行った。培養4日目にセルカウンティングキットを用いて細胞数の計数を行った。その結果を図11に示す。この図より1ng/mL以上の濃度で増殖の効果があることがわかる。
【実施例10】
【0041】
(コルチゾルに他の因子を添加した場合の効果向上)
上記、無血清培地内にコルチゾル+FGF−2+インターロイキン−1αを含有した無血清培地の他に、コルチゾルと他の因子の組合せで添加した無血清培地でhMSCの培養を行った。
【0042】
フィブロネクチンのコートされた96ウェルプレートにhMSCを播種し、4日間培養し、細胞数を計数した。細胞数の計数はセルカウンティングキットを用いた。図12に各組合せの増殖効果を示す。
【0043】
コルチゾルにプロラクチンを加えてもコルチゾル単独より効果が向上する。また、コルチゾルとFGF−2の組合せで大きな効果があるが、更にプロラクチン、もしくはPDGFを添加することにより増殖の向上を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】無血清培地にコルチゾルを加えたときの間葉系幹細胞の増殖曲線を示す図である。
【図2】コルチゾルを加えた無血清培地(a)とコルチゾルを加えない無血清培地(b)でそれぞれ1ヶ月間間葉系幹細胞を培養したときの細胞の写真である。
【図3】無血清培地で細胞を培養した際のコルチゾルの濃度依存性を示す図である。
【図4】コルチゾルとFGF−2を加えた無血清培地で継代培養を行ったときの細胞の増殖曲線を示す図である。破線部はFGF−2のみを添加した無血清培地で培養した増殖曲線である。
【図5】コルチゾルとFGF−2を加えた無血清培地で継代培養を行ったときの(イ)播種後1日、(ロ)播種後30日の細胞写真である。
【図6】無血清培地にて各播種密度(0.5、5、50、500、5,000個/cm2)で細胞を培養したときの増殖曲線である。
【図7】無血清培地で培養した際の、播種密度と比増殖速度との関係を示した図である。
【図8】コルチゾル、FGF−2に加えインターロイキン−1αを添加した無血清培地で細胞を培養したときのインターロイキン−1αの効果を示す図である。
【図9】コルチゾルとFGF−2もしくはコルチゾルとFGF−2とインターロイキン−1αを添加した無血清培地で幹細胞を培養した後に骨芽細胞へ分化誘導を行ったときのアルカリフォスファターゼ活性による染色像である。
【図10】コルチゾルとFGF−2もしくはコルチゾルとFGF−2とインターロイキン−1αを添加した無血清培地で幹細胞を培養した後に脂肪細胞へ分化誘導を行ったときの透過光像である。
【図11】無血清培地で間葉系幹細胞を培養した際のプロラクチンの濃度依存性を示す図である。
【図12】無血清培地にコルチゾルの他、プロラクチン、FGF−2、PDGFを様々な組合せで添加して間葉系幹細胞を培養した際の、培養4日後における付着細胞数を示した図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は付着性動物細胞の無血清培養方法、その付着性動物細胞の培養に適した培地、その培養方法によって得られた間葉系幹細胞などに係る。
【0002】
詳しくは、基本培地にホルモン乃至成長因子を添加して培養する方法であって、細胞活性を損なうことなく、無血清付着性動物細胞を増殖させる培養方法及び培地に関するものである。
【背景技術】
【0003】
間葉系幹細胞は骨髄および/または骨膜由来であり、未分化であるが骨、軟骨、筋、靭帯、脂肪など間葉系に属する細胞に分化する能力を備えた細胞である。間葉系幹細胞はその分化多能性のみならず、骨髄等に存在し採取が容易な上、増殖能力が高く生体外の細胞培養環境でも容易に数を増やすことが出来る。そのため、骨、軟骨、腱、筋肉、脂肪、歯周組織など、多くの組織の再生医療のための移植材料として注目されている(遺伝子医学、Vol.4、No.2(2000)p58−60)。
【0004】
骨髄等に含まれる間葉系幹細胞の数は非常に少なく、骨髄液10ml中1,000細胞程度といわれている。それに対し、間葉系幹細胞を、組織の再生医療に利用するためには108細胞以上必要であるため、まず、この幹細胞を生体組織から採取し、それを大量に増殖させ、更に分化誘導を行う必要がある。増殖に必要な培養期間は約1ヶ月といわれている。
【0005】
間葉系幹細胞を増殖させる際、構成成分が既知の基本合成培地に動物から抽出された構成成分未知の血清を混ぜて培養を行っている。この血清成分には、細胞の生存維持、増殖に必要な成分が含まれていると考えられている。しかし、動物由来の血清を用いて培養された細胞には感染症(HIV、BSE、SARS等)のリスクがあり、血清の入った培地で培養された細胞を医療用に用いることは問題視されているため、血清を用いずに細胞を培養する技術が重要視されている。
【0006】
動物細胞用の無血清培地の特許文献はいくつか見られる。例えば特許文献1の工業的物質生産に使用可能な動物細胞培養用の無血清培地、特許文献2の血清添加を必要とせずに細胞が機能性を失わずに良好に培養され得る既知成分のみから構成される培地と、多くがタンパク等の生産用動物細胞培養のための無血清培地である。しかし、これらの無血清培地は主に生産された物質を精製する際に未知成分を多数含む血清が障害となるため、それを解決するための手段として開発されたものである。
【0007】
一方、医療用材料として間葉系幹細胞を利用するために開発された技術に関する特許文献も出ている。例えば、特許文献3には、無血清環境下でヒト間葉系幹細胞の生存を維持する組成物及び方法が開示されている。また、特許文献4には、間葉系幹細胞の分化を誘導するためにプロスタグランジン、アスコルビン酸、コラーゲン細胞外基質等からなる骨誘導因子、分化付随因子、軟骨誘導因子等の生物活性因子と接触させることよりなる方法が開示されている。特許文献5には、プロラクチン又はその同効物の共存下で多能性間葉系幹細胞を培養し、間葉系幹細胞を脂肪細胞へ分化させる方法について公開されている。しかし、間葉系幹細胞において無血清培地で分化能を維持したまま増殖させる培地及び培養方法については報告されていない。
【0008】
【特許文献1】特開平8−70859号公報
【特許文献2】特開平8−308561号公報
【特許文献3】特表平11−506610号公報
【特許文献4】特表平10−512756号公報
【特許文献5】特開2000−217576号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上述べたように、従来の付着性培養の培養方法では、動物から抽出された血清を用いて培養しなければならなかった。医療用として細胞を調製する場合、動物から抽出された血清を用いると HIV、BSE、SARS等の感染症の危険性が残る。血清の性能は個体差に大きく左右され、細胞の品質及び生産に関しても著しく差が生じていた。また、細胞を用いた研究を行う際、未知成分である血清を用いた実験では、再現性を確認することが難しく、薬剤の効果を調べる研究に関しても血清に含まれている他の成分の影響まで議論することが出来なかった。
【0010】
本発明は、無血清で十分な速度で培養ができる付着性動物細胞の無血清培養方法及び付着性動物細胞無血清培養用培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、コルチゾル又はプロラクチンを有効成分として含有する培地を用いた無血清培養方法に関し、これと成長因子を併用して培養することで、無血清で付着性動物細胞を増殖培養させることを可能とした。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、付着性の動物細胞を培養して細胞を増殖させる際に、動物から抽出された血清及び蛋白を用いる必要が無くなる。この為、HIV、BSE、SARS等の感染症の危険性を回避することが可能となり、かつ細胞を安定して供給することができ、再生医療などに適用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
上記のような従来技術に存在する問題点を解決するために、動物から抽出された血清成分を含まず、既知成分のみで構成される培地及び培養方法を提供する事を目的とする。
【0014】
血清及び動物由来成分を含まず細胞を培養するために、コルチゾルによる細胞の生存性を高め、更に増殖因子を添加することで、無血清で幹細胞を培養することを実現した。また、この無血清培地で培養した幹細胞は、分化能を維持しており、分化誘導をかけることで他の細胞への分化もできる培養を実現した。また、研究用として細胞を用いる際も、未知成分を含んだ血清と違い、細胞内のシグナル伝達等のメカニズムを明確にすることが可能となる。
【0015】
本発明の具体的実施態様を例示すると以下のとおりである。
上記付着性動物細胞培養用培地が、少なくとも栄養源、窒素減、ビタミン及び接着
因子を含有する培養無血清培地。
上記付着性動物細胞培養用培地は、コルチゾルを1〜100μg/mLの濃度で含
有する。
上記付着性動物細胞培養用培地は、プロラクチンを1〜10ng/mLの濃度で含
有する。
(4)上記付着性動物細胞培養用培地は、リポソームとホルモンとの混合物を含有する。
(5)上記付着性動物細胞培養用培地は、コルチゾルが血清アルブミンをコンジュゲイトしている。
(6)培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、上記培地を用いて培養する付着性動物細胞の無血清培養方法。この無血清培養を複数回繰り返すことができる。これにより、採取した動物細胞に含まれるHIV等の危険因子の濃度を低くすることができ、生産物の利用の安全性が高まる。
(7)血清アルブミンがヒト血清アルブミンもしくはウシ血清アルブミンである上記付着性動物細胞の培養方法。
(8)血清アルブミンが組み換えタンパク(リコンビナントタンパク)である上記付着性動物細胞の培養方法。
(9)塩基性繊維芽細胞増殖因子FGF−2、インターロイキン類、血小板由来増殖因子PDGFのいずれか1種以上を共存させた上記付着性動物細胞の培養方法。
(10)接着因子としてフィブロネクチン、コラーゲン及びラミニンのいずれか一つ以上で培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、上記の無血清培地を用いて培養する付着性動物細胞の無血清培養方法。
(11)血清を添加した培地で培養した後に細胞を回収し、接着因子としてフィブロネクチン、コラーゲン及びラミニンのいずれか一つ以上で培養表面を被覆した培養容器に該細胞を播種して、上記の無血清培地を用いて培養する付着性動物細胞の無血清培養方法。このように、最初に血清存在下で動物細胞の培養を行って、次いで培養壁から細胞を引き剥がして洗浄し、所定の濃度で無血清培養容器に播種して、無血清培養を行うことができる。この場合も、低濃度の細胞を播種することにより、危険因子の濃度を低くすることができる。
(12)動物由来成分を用いずに継代を行う動物細胞の無血清培養法。
(13)7世代以上の継代培養において多分化能を保持する動物細胞の無血清培養法。
(14)1ヶ月以上の培養が可能である動物細胞の無血清培養法。
(15)コンフルエントな細胞密度の1/103〜1/105となる低密度の播種で増殖させる動物細胞の無血清培養法。本発明はこのように非常な低濃度の播種でも効率よく培養できるという特徴を有する。
(16)低密度で播種することで増殖速度を向上させる動物細胞の無血清培養法。低密度で播種することにより、前述のように、HIVなどの危険因子の濃度を低めることができる。
(17)付着性動物細胞がヒト由来の間葉系幹細胞である付着性動物細胞の無血清培養方法。
(18)上記方法によって得られた多分化能を保持する間葉系幹細胞。
(19)骨芽細胞への分化能を有する間葉系幹細胞。
(20)脂肪細胞への分化能を有する間葉系幹細胞。
【0016】
以下、本発明を、実施例を挙げて、より具体的に説明するが、本発明の保護範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0017】
(コルチゾルによる生存期間の延長)
本実施例で用いた細胞はすべて米Cambrex社のヒト間葉系幹細胞(以下hMSC;タカラバイオ製品コードPT034)を購入して供試した。本細胞は,米国FDA認可の正常骨髄提供者プログラムに基づき,18〜45歳の健常な男性ならびに妊娠していない女性の骨髄より採取した骨髄液から分離されたものである。米Cambrex社において,微生物試験(HIV−1,マイコプラズマ,B型およびC型肝炎ウイルス,細菌,酵母,カビ:陰性)と分化能試験(脂肪細胞,軟骨細胞および骨細胞への分化能:陽性)などの品質管理が行われている。
【0018】
このhMSCを接着因子であるフィブロネクチンを培養面にコートした6穴プレート上に1,000個/cm2の密度で播種し、血清を含まない基本培地としてのIBL Media I培地(免疫生物研究所)乃至、コルチゾル含有IBL Media I培地で37℃、5%CO2環境下で培養した。各培養日数(1、4、7、11日)で、細胞をPBSで洗浄し、浮遊細胞を取り除いた後、トリプシンを用いて細胞を培養床から剥離し、コールターカウンタ(ベックマン社)により付着細胞数を計数した。ただし、無血清培地として使用する基本培地はIBL Media Iに限定されるものではない。上記無血清培地での細胞増殖曲線を図1に示す。基本培地のみの無血清培地では培養4日目まで増殖はするものの、その後増殖は停止し、7日目以降は減少していった。
【0019】
一方、コルチゾルを含んだ無血清培地では4日目までコルチゾルを含まない無血清培地より早い増殖速度で増え、その後、増殖は停止するが細胞数は減少しなかった。このことより、基本培地だけでは細胞は4日までは増殖が遅く、7日以降は徐々に細胞が付着性を失い死滅していくが、無血清培地にコルチゾルを添加することで、細胞の増殖速度が高まり、また細胞の付着性及び生存を維持させる効果があることがわかる。
【実施例2】
【0020】
IBL Media I培地及びIBL MediaI培地にコルチゾルを添加した無血清培地でhMSCを37℃、5%CO2環境下で1ヶ月間培養した。図2に1ヶ月培養後の細胞の写真を示す。コルチゾルを含んだ無血清培地では、1ヶ月の培養後でも細胞が培養床に付着し、生存していることがわかる。一方、コルチゾルを含まない無血清培地では、培養一ヶ月後には細胞が培養床から剥がれ、細胞の形状も丸くなり浮遊した。この結果より、無血清培地にコルチゾルを含むことで少なくとも1ヶ月以上細胞を培養床に生着させ、生育させることが可能であることがわかる。コルチゾルの添加は、無血清培地で一ヶ月以上の長期間細胞を培養することを可能にさせる。
【実施例3】
【0021】
(コルチゾルの最適濃度)
IBL Media I培地に0−100μg/mLの各濃度のコルチゾルを添加した無血清培地でフィブロネクチンをコートした96穴プレート上でhMSCを培養し、播種後4日後の付着細胞数を計数した。細胞の計数にはセルカウンティングキット(同仁化学)を用いた。図3に各濃度に対する付着細胞数の相対値を示す。この図より、コルチゾルの濃度が3μg/mL以上で効果のあることがわかる。
【0022】
ただし、コルチゾルの最適濃度は、培養条件により変わり得るものであり、上記の濃度に限定されるものではない。例えば、リポソームにコルチゾルを結合させることで細胞の食作用を利用し、細胞内へ容易にコルチゾルを入れることが出来るため低濃度でもコルチゾルの効果を得ることが可能である。
【実施例4】
【0023】
(コルチゾル+FGF−2による細胞増殖)
IBL Media I培地に増殖因子FGF−2を添加した培地とIBL Media I培地にコルチゾルとFGF−2を添加した培地でhMSCを培養し、培養16日目で継代を行った。継代では、リコンビナントトリプシン(遺伝子組み換えトリプシン)、大豆由来トリプシンインヒビターを用い、動物由来成分を用いずに行った。図4にこのときの細胞の増殖曲線を示す。コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地では培養30日で図5に示すようにコンフレントな状態まで到達した。一方、FGF−2のみ添加した無血清培地では、培養8日で増殖は止まり、コンフルエントな状態まで到達しなかった。
【0024】
また、コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地では継代を行うと細胞の増殖は可能であったが、FGF−2のみを添加した無血清培地では継代を行っても細胞は増殖しなかった。
【実施例5】
【0025】
(播種密度の影響)
hMSCをフィブロネクチンをコートした6ウェルプレートに0.5、5、50、500、5,000個/cm2の各播種密度で播種し、IBL Media I培地にコルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地で37℃、5%CO2環境下で培養を行った。図6に各播種密度での増殖曲線を示す。標準的な血清培地(DMEMに10%ウシ胎児血清を加えた培地)では、播種時の細胞数密度は5,000個/cm2と推奨されており、これはコンフレントな状態40,000個/cm2の8分の1である。それゆえ、細胞が8倍に増殖した時点で継代を行う必要がある。しかし、本無血清培地で培養すると、推奨よりもはるかに低い密度(2万分の1以上の密度)でも細胞を増殖させることが可能であり、継代なしに細胞を105倍以上に増殖させることができる。
【0026】
この増殖曲線より培養30日までの比増殖速度を求めると図7のようになる。本無血清培地で細胞を培養すると播種密度が小さくなるにつれ、細胞の増殖が早くなることがわかる。従って播種密度を小さくすることで、早い増殖速度で細胞を増殖させることが可能であることがわかる。
【実施例6】
【0027】
(インターロイキン−1αの効果)
培養面にフィブロネクチンのコートされた6ウェルプレート上にhMSCを播種し、コルチゾル、FGF−2、インターロイキン−1αを含んだ無血清培地で培養を行った。図8にその増殖曲線を示す。コルチゾル、FGF−2を含んだ(インターロイキン−1α不含)無血清培地では、標準血清培地に比して増殖は遅い。
【0028】
しかし、コルチゾル、FGF−2を含む無血清培地に更にインターロイキン−1αを添加することで、播種後3日までは増殖が遅いものの、その後は標準血清培地を上回る増殖性を示した。
【0029】
コルチゾル、FGF−2に加え、更にインターロイキン−1αを添加することで増殖能が向上することがわかる。
【実施例7】
【0030】
(骨芽細胞への分化能の確認)
コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地と更にインターロイキン−1αを添加した無血清培地それぞれでhMSCを2週間培養し、骨芽細胞への分化誘導を行った。
【0031】
骨芽細胞への分化には、骨芽細胞分化培地(Cambrex)を用いた。骨芽細胞分化培地には、ウシ血清の他、デキサメタゾン、アスコルビン酸、グリセロリン酸を含んでいる。hMSCを無血清培地で2週間培養した後に、上記骨芽細胞分化培地に交換し、さらに2週間培養を続けた。この間、3日に一度新しい培地との交換を行った。
【0032】
骨芽細胞への分化は、アルカリフォスファターゼ染色法で確認した。染色にはTRACP&ALP double−stain Kit(タカラバイオ)を用いた。手順は分化誘導を行った細胞を、PBSで1回洗浄し、細胞固定液を加え室温で5分間静置し、固定した。滅菌水を加え固定液を希釈してから、固定液を取り除き、再び滅菌水で細胞を洗浄した。
【0033】
アルカリ性フォスファターゼ基質液を固定した細胞に加えた。37℃、30分間インキュベートを行い発色させた。顕微鏡により、染色像を撮影した。結果を図9に示す。
【0034】
骨芽細胞に分化した細胞はアルカリフォスファターゼ活性染色によりいずれも黒褐色に染まった(図9(a)(c)(e))。特に、インターロイキン−1α+コルチゾル+FGF−2(図9(c))と標準血清培地(図9(e))が強く染まっていた。一方分化誘導を行わなかった細胞に関しては、いずれも誘導を行った細胞ほど染まらなかったが、標準血清培地に関しては若干細胞が染まっており(図9(f))、誘導をかけなくても骨芽細胞への分化が起こる傾向が見られた。
【0035】
以上より、インターロイキンを加えた本無血清培地で培養することにより、骨芽細胞への自然な分化を防ぐことができ、かつ分化誘導を行うことで高い骨芽細胞への分化を行うことができることがわかる。
【実施例8】
【0036】
(脂肪細胞への分化能の確認)
コルチゾルとFGF−2を添加した無血清培地と更にインターロイキン−1αを添加した無血清培地それぞれでhMSCを2週間培養し、脂肪細胞への分化誘導を行った。
【0037】
脂肪細胞への分化には、脂肪細胞分化維持培地と脂肪細胞分化誘導培地の2種類の培地を用いた。脂肪細胞分化維持培地には、ウシ血清の他、ヒトインシュリンが含まれている。脂肪細胞分化誘導培地には、ウシ血清、ヒトインシュリン(組み換え体)の他、L−グルタミン、デキサメタゾン、インドメタシン、IBMXが含まれている。無血清培地で培養した細胞を脂肪細胞分化誘導培地に交換し、3日間培養した。その後、脂肪細胞分化維持培地に交換し3日間培養した。更に脂肪細胞分化誘導培地に代え、3日間と3回繰り返すことにより脂肪細胞への分化誘導を行った。
【0038】
脂肪細胞はオイルレッドO染色により確認した。手順は、分化誘導した細胞をPBSで3回洗浄し、10%ホルムアルデヒドを加え4℃、1時間静置し、細胞を固定した。ホルムアルデヒドを吸い取り、オイルレッドO溶液を加え、室温で15分静置し、蒸留水で3回洗浄した。その後、顕微鏡により細胞を観察した。
【0039】
脂肪細胞に分化した細胞はオイルレッドO染色により赤色に染まる(図10)。分化誘導を行った図10(a)、10(c)、10(e)では顆粒状に染色された細胞が確認できるのに対し、分化誘導を行わなかった細胞図10(b)、10(d)、10(f)では全く染色されなかった。このことより、本無血清培地での培養では脂肪細胞への分化能を維持したまま増殖させることができることを示している。特に、コルチゾル+FGF−2を含有する無血清培地(図10(a))より、コルチゾル+FGF−2+インターロイキン−1αを含有する培地(図10(c))の方が脂肪細胞への分化能が高く保持されることがわかる。
【実施例9】
【0040】
(他のホルモン(プロラクチン)による増強)
フィブロネクチンのコートされた96ウェルプレートにhMSCを播種し、0.1−10ng/mLの濃度のプロラクチンを含んだ無血清培地で培養を行った。培養4日目にセルカウンティングキットを用いて細胞数の計数を行った。その結果を図11に示す。この図より1ng/mL以上の濃度で増殖の効果があることがわかる。
【実施例10】
【0041】
(コルチゾルに他の因子を添加した場合の効果向上)
上記、無血清培地内にコルチゾル+FGF−2+インターロイキン−1αを含有した無血清培地の他に、コルチゾルと他の因子の組合せで添加した無血清培地でhMSCの培養を行った。
【0042】
フィブロネクチンのコートされた96ウェルプレートにhMSCを播種し、4日間培養し、細胞数を計数した。細胞数の計数はセルカウンティングキットを用いた。図12に各組合せの増殖効果を示す。
【0043】
コルチゾルにプロラクチンを加えてもコルチゾル単独より効果が向上する。また、コルチゾルとFGF−2の組合せで大きな効果があるが、更にプロラクチン、もしくはPDGFを添加することにより増殖の向上を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】無血清培地にコルチゾルを加えたときの間葉系幹細胞の増殖曲線を示す図である。
【図2】コルチゾルを加えた無血清培地(a)とコルチゾルを加えない無血清培地(b)でそれぞれ1ヶ月間間葉系幹細胞を培養したときの細胞の写真である。
【図3】無血清培地で細胞を培養した際のコルチゾルの濃度依存性を示す図である。
【図4】コルチゾルとFGF−2を加えた無血清培地で継代培養を行ったときの細胞の増殖曲線を示す図である。破線部はFGF−2のみを添加した無血清培地で培養した増殖曲線である。
【図5】コルチゾルとFGF−2を加えた無血清培地で継代培養を行ったときの(イ)播種後1日、(ロ)播種後30日の細胞写真である。
【図6】無血清培地にて各播種密度(0.5、5、50、500、5,000個/cm2)で細胞を培養したときの増殖曲線である。
【図7】無血清培地で培養した際の、播種密度と比増殖速度との関係を示した図である。
【図8】コルチゾル、FGF−2に加えインターロイキン−1αを添加した無血清培地で細胞を培養したときのインターロイキン−1αの効果を示す図である。
【図9】コルチゾルとFGF−2もしくはコルチゾルとFGF−2とインターロイキン−1αを添加した無血清培地で幹細胞を培養した後に骨芽細胞へ分化誘導を行ったときのアルカリフォスファターゼ活性による染色像である。
【図10】コルチゾルとFGF−2もしくはコルチゾルとFGF−2とインターロイキン−1αを添加した無血清培地で幹細胞を培養した後に脂肪細胞へ分化誘導を行ったときの透過光像である。
【図11】無血清培地で間葉系幹細胞を培養した際のプロラクチンの濃度依存性を示す図である。
【図12】無血清培地にコルチゾルの他、プロラクチン、FGF−2、PDGFを様々な組合せで添加して間葉系幹細胞を培養した際の、培養4日後における付着細胞数を示した図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する付着性動物細胞の無血清培地を用いて培養することを特徴とする付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項2】
無血清培養を行って得た細胞を培養容器から剥離し再度新たな培養容器に播種を複数回繰り返すことを特徴とする請求項1記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項3】
血清を添加した培地で培養した後に細胞を回収し、接着因子で培養表面を被覆した培養容器に該細胞を播種して、コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する無血清培地を用いて付着性動物細胞の培養を複数回繰り返すことを特徴とする付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項4】
動物由来成分を用いずに継代を行うことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項5】
7世代以上の継代培養において多分化能を保持することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の無血清培養方法。
【請求項6】
1ヶ月以上の培養が可能であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項7】
コンフルエントな細胞密度の1/103〜1/105となる低密度の播種で増殖させることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項8】
低密度で播種することにより増殖速度を向上させることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項9】
付着性動物細胞がヒト由来の間葉系幹細胞である請求項1から8のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項10】
コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項11】
前記培地が、栄養源、窒素源、ビタミン及び接着因子を含有する請求項10記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項12】
コルチゾルを1〜100μg/mLの濃度で培地中に含有する請求項10に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項13】
プロラクチンを1〜10 ng/mLの濃度で培地中に含有する請求項10に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項14】
リポソームと前記ホルモンとの混合物を培地に含有させることを特徴とする請求項10から13のいずれかに記載の付着性動物細胞の培養用無血清培地。
【請求項15】
コルチゾルが血清アルブミンをコンジュゲイトしている請求項10又は12に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項16】
血清アルブミンがヒト血清アルブミンもしくはウシ血清アルブミンである請求項15記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項17】
血清アルブミンが組み換えタンパク(リコンビナントタンパク)である請求項15又は16に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項18】
塩基性繊維芽細胞増殖因子FGF−2、インターロイキン類及び血小板由来増殖因子PDGFのいずれか1種以上を共存させた請求項10から17のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項19】
接着因子がフィブロネクチン、コラーゲン及びラミニンの一つ以上であることを特徴とする請求項11記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項20】
請求項1から9のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養法によって得られた多分化能を保持する間葉系幹細胞。
【請求項21】
骨芽細胞への分化能を有する請求項20に記載の間葉系幹細胞。
【請求項22】
脂肪細胞への分化能を有する請求項20に記載の間葉系幹細胞。
【請求項1】
培養表面を被覆した培養容器に細胞を播種し、コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する付着性動物細胞の無血清培地を用いて培養することを特徴とする付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項2】
無血清培養を行って得た細胞を培養容器から剥離し再度新たな培養容器に播種を複数回繰り返すことを特徴とする請求項1記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項3】
血清を添加した培地で培養した後に細胞を回収し、接着因子で培養表面を被覆した培養容器に該細胞を播種して、コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する無血清培地を用いて付着性動物細胞の培養を複数回繰り返すことを特徴とする付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項4】
動物由来成分を用いずに継代を行うことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項5】
7世代以上の継代培養において多分化能を保持することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の無血清培養方法。
【請求項6】
1ヶ月以上の培養が可能であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項7】
コンフルエントな細胞密度の1/103〜1/105となる低密度の播種で増殖させることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項8】
低密度で播種することにより増殖速度を向上させることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項9】
付着性動物細胞がヒト由来の間葉系幹細胞である請求項1から8のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養方法。
【請求項10】
コルチゾル及びプロラクチンの1種以上のホルモンを有効成分として含有する付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項11】
前記培地が、栄養源、窒素源、ビタミン及び接着因子を含有する請求項10記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項12】
コルチゾルを1〜100μg/mLの濃度で培地中に含有する請求項10に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項13】
プロラクチンを1〜10 ng/mLの濃度で培地中に含有する請求項10に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項14】
リポソームと前記ホルモンとの混合物を培地に含有させることを特徴とする請求項10から13のいずれかに記載の付着性動物細胞の培養用無血清培地。
【請求項15】
コルチゾルが血清アルブミンをコンジュゲイトしている請求項10又は12に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項16】
血清アルブミンがヒト血清アルブミンもしくはウシ血清アルブミンである請求項15記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項17】
血清アルブミンが組み換えタンパク(リコンビナントタンパク)である請求項15又は16に記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項18】
塩基性繊維芽細胞増殖因子FGF−2、インターロイキン類及び血小板由来増殖因子PDGFのいずれか1種以上を共存させた請求項10から17のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項19】
接着因子がフィブロネクチン、コラーゲン及びラミニンの一つ以上であることを特徴とする請求項11記載の付着性動物細胞の無血清培養用培地。
【請求項20】
請求項1から9のいずれかに記載の付着性動物細胞の無血清培養法によって得られた多分化能を保持する間葉系幹細胞。
【請求項21】
骨芽細胞への分化能を有する請求項20に記載の間葉系幹細胞。
【請求項22】
脂肪細胞への分化能を有する請求項20に記載の間葉系幹細胞。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2007−77(P2007−77A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−183590(P2005−183590)
【出願日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【出願人】(000153498)株式会社日立メディコ (1,613)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【出願人】(000153498)株式会社日立メディコ (1,613)
【Fターム(参考)】
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