説明

低分子量化合物を内包する有機ナノチューブ

【課題】 安価且つ簡便に合成可能な有機ナノチューブのチューブ内に、有機溶媒を用いることなく、有機及び無機材料を内包化する方法、及びその内包された材料を放出する方法を提供する。
【解決手段】 低分子量化合物とシクロデキストリンとが共存する水溶液に、両親媒性化合物の分子が集合して形成された有機ナノチューブを添加、撹拌することにより、有機ナノチューブの内孔に低分子量化合物を内包させる。また、この低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブを、水に混合し、該有機ナノチューブの内孔に内包された低分子化合物を放出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内部に低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブ、及びその製造方法、並びに該有機ナノチューブから低分子量化合物を放出させる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療、健康、食品、衛生、農業分野においては薬剤、香料、風味成分など有効成分の安定保存、放出濃度制御がきわめて重要な課題である。その解決法として種々の基質を無機材料又は有機材料へ内包化し、該基質を徐放させる研究がされ、今日までに数多く実用化されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、多孔性アパタイト誘導体にヒト成長ホルモンおよび水溶性2価金属化合物を含有させることにより、生体内分解性および徐放性能を併せ持つヒト成長ホルモンの徐放性微粒子製剤が得られることが報告されている。
このように、アパタイトやシリカなどの無機材料からなるナノ多孔質粒子は、その生物不活性性と孔径の大きさから、タンパク質製剤などの応用が期待されているが高価である。
【0004】
一方、有機系材料では、シクロデキストリンは、1nm未満の分子を内孔に取り込んで徐放効果を示すことが知られており、例えば、特許文献2には、即効性を示す種々の血管収縮薬成分とシクロデキストリンを配合した点鼻剤液を調製した結果、水溶性の塩酸オキシメタゾリンの場合において持効性を示したこと、さらにこの検体を透析膜に封入し、疑似鼻汁液に浸して透過したオキシメタゾリン量を測定したところ、シクロデキストリンの濃度依存的にオキシメタゾリンの放出が遅延したことが報告されている。
【0005】
シクロデキストリンは、難水溶性の分子を取り込んで水溶化させることもできるが、その場合は徐放能を発現しない場合も多く、リボゾームに取り込ませて徐放させる等の工夫がなされている。
たとえば、特許文献3は、難水溶性の抗腫瘍などの医薬化合物を内包したシクロデキストリンをさらに球状分子集合体の内水相に被包したリポソームと、その医薬化合物の徐放性が報告されている。
しかしながら、放製剤として利用されているがリポソームの製造が煩雑なうえ、リポソームを形成している分子膜が比較的不安定な液晶相のため適用範囲が限定的である。
【0006】
有機系材料では、両親媒性分子が集合してできる有機ナノチューブが、その毛細管現象を利用して基質をその一次元内部空孔へ内包できることから、安定化剤、徐放剤としての応用が期待される。
例えば、本発明者らは、糖脂質を有機溶媒中で再沈殿させることにより、カーボンナノチューブに代表される無機ナノチューブにはない特性を持ち、且つシクロデキストリンより約10倍以上大きい内径と高い軸費を持つ中空繊維状有機ナノチューブを簡便且つ大量に合成し、その中空シリンダー内に毛細管現象を利用して金属ナノ粒子やタンパク質を導入できることを見いだしている(特許文献4)。また、ペプチド脂質を用いて同様の性質をもつ中空繊維状有機ナノチューブを簡便且つ大量に合成できることを見いだしている(特許文献5)。
しかしながら、上記有機ナノチューブは中空構造を有し、その内孔サイズは、10〜500nmであるため、その内孔サイズより小さい3〜500nmのタンパク質、ウイルス、金属微粒子やその他の無機微粒子等をその内部に導入できるが、1nm程度の小さい有機化合物等の基質を安定に内包すること、及び内包された基質を放出させることは困難であった。
【特許文献1】特開2005−8545号公報
【特許文献2】特開2006−213700号公報
【特許文献3】特表平8−509230号公報
【特許文献4】特願2006−164269号
【特許文献5】特願2006−174713号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
汎用であって、且つ生体組織や環境への負荷の少ない徐放基材を得るためには、用いる基材に生体への安全性、環境分解性が求められる。また、基材が、安価に合成され、比較的安定性が高いことが望まれる。さらに、基材と徐放材との複合化においても、有機溶媒の使用を極力避けるべきである。
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、安価且つ簡便に合成可能な有機ナノチューブのチューブ内に、有機溶媒を用いることなく、有機及び無機材料を内包化する方法、及びその内包された材料を放出する方法を提供することを目的とするものである。
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、低分子量化合物とシクロデキストリンを水中で混合することにより、低分子量化合物を有機ナノチューブへ複合化させることを検討した結果、有機ナノチューブと低分子量化合物が複合体を形成し、シクロデキストリンを共存させることによってその含有量が増加することを見いだした。また、水中でこの複合体から低分子量化合物が放出されることを見いだした。
【0009】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1)両親媒性化合物の分子が集合して形成された有機ナノチューブの内孔に低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブ。
(2)前記両親媒性化合物が、
下記一般式(1)
G−NHCO−R (1)
(式中、Gは糖のアノマー炭素原子に結合するヘミアセタール水酸基を除いた糖残基を表し、Rは炭素数が10〜39の不飽和炭化水素基を表す。)で表わされるN−グリコシド型糖脂質である(1)に記載の有機ナノチューブ。
(3)低分子量化合物とシクロデキストリンとが共存する水溶液に、両親媒性化合物の分子が集合して形成された有機ナノチューブを添加、撹拌することにより、有機ナノチューブの内孔に低分子量化合物を内包させる方法。
(4)前記シクロデキストリンが、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン又はγ−シクロデキストリンのいずれかである(3)に記載の方法。
(5)前記シクロデキストリンの量が、前記低分子量化合物に対して、1/10当量以下である(3)又は(4)に記載の方法。
(6)(1)又は(2)に記載された、低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブを、水に混合し、該有機ナノチューブの内孔に内包された低分子化合物を放出する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、安価且つ簡便に合成可能な有機ナノチューブを用いて、そのチューブ内に、有機溶媒を用いることなく、基質を内包させることができるとともに、該内包された基質を放出させることでき、特に、1nm程度の小さい有機化合物であっても、安定に内包させることができ、且つ放出させることができるものである。また、基材に用いる有機ナノチューブは、生体への安全性、及び環境分解性を有しているために、生体、環境に対して負荷が低い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、低分子量化合物とシクロデキストリンが共存する溶液に、両親媒性分子からなる有機ナノチューブを添加し、撹拌することにより、有機ナノチューブ内に低分子量化合物を内包させるものである。また、該方法により得られた、低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブを、水に混合し、撹拌することにより、該有機ナノチューブに内包された低分子化合物を放出するものである。
【0012】
本発明において用いる有機ナノチューブは、疎水基および親水基を有する両親媒性化合物からなるものであって、一般式X−NH−CO−Yで表され、X、Yのいずれかが、疎水基又は親水基からなる両親媒性化合物の分子が自己集合してチューブを形成したものである。
両親媒性化合物における疎水基としては、直鎖又は分岐型の飽和もしくは不飽和アルキル基が挙げられる。また、親水基としては、単糖、オリゴ糖及びその類縁体、アミノ酸、及びオリゴペプチドやその類縁体などが挙げられるが、特に、両親媒性化合物として、
下記一般式(1)
G−NHCO−R (1)
(式中、Gは糖のアノマー炭素原子に結合するヘミアセタール水酸基を除いた糖残基を表し、Rは炭素数が10〜39の不飽和炭化水素基を表す。)で表わされるN−グリコシド型糖脂質、又は
下記一般式(2)
CO(NH−CHR−CO)OH (2)
(式中、Rは炭素数6〜24の炭化水素基、Rはアミノ酸側鎖、mは1〜10の整数を表す。)で表わされるペプチド脂質、又は
下記一般式(3)
H(NH−CHR−CO)NHR (3)
(式中、Rは炭素数6〜24の炭化水素基、Rはアミノ酸側鎖、mは1〜10の整数を表す。)で表わされるペプチド脂質が、好ましく用いられる。
【0013】
本発明において用いるシクロデキストリン類は、数分子のD−グルコースが、α−1,4グルコシド結合によって結合して環状構造をとった環状オリゴ糖の一種であって、グルコースが5個以上結合したものが知られている。一般的なものは、グルコースが6個から8個結合したものであり、それぞれ6個結合しているものがα−シクロデキストリン、7個結合しているものがβ−シクロデキストリン、8個結合しているものがγ−シクロデキストリンと呼ばれているが、本発明では、α、β、γのいずれでも良く、また1つ以上の水酸基が他の官能基で修飾されていても良い。
また、本発明の方法において、用いられるシクロデキストリンの量は、低分子量化合物に対して、1/10当量以下で充分である。
【0014】
本発明において、内包される基質は、シクロデキストリンと何らかの相互作用により、有機ナノチューブの内孔に内包されるものであって、その大きさは、有機チューブの内径より小さく、有機系、無機系、或いはその複合体のいずれでも良い。またその物性は、親水性、疎水性および両親媒性のいずれでもよい。
【実施例】
【0015】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
(実施例1)
p−ニトロフェノール水溶液(64mg、0.46mmol/4mL)を4サンプル調製する。それぞれに(1)α−シクロデキストリン(40mg、0.041mmol)、(2)β−シクロデキストリン(40mg、0.035mmol)、(3)γ−シクロデキストリン(40mg、0.031mmol)を添加し、比較として(4)シクロデキストリン無添加とした。(1)〜(4)の溶液に下記の化学式で示される糖脂質から調製された有機ナノチューブ(200mg、糖脂質0.45mmol)を加え、この混合物を室温で3時間撹拌した後、遠心処理(4000回転、30分)を行った。残渣に水4mLを加えて洗浄した後、凍結乾燥して粉末状のサンプルを得た。このサンプルについて電界放出型走査型電子顕微鏡観(FE−SEM)による形態観察をし、プロトン核磁気共鳴(H−NMR)測定をおこなった。
【0016】

【0017】
各サンプルの固体回収重量は、それぞれ(1)120mg、(2)125mg、(3)148mg、(4)122mgであった。H−NMRから算出した組成を下記の表1に示す。
また、各サンプルから得られた集合体の走査型電子顕微鏡写真を、図1ないし図4に示す。
回収固体中のp−ニトロフェノールの含有量は、シクロデキストリンの添加により、シクロデキストリン無添加の場合に比べて、約2倍増加した。また、α、β、γによる含有量の明確な違いはみられなかった。
この結果から、p−ニトロフェノールが有機ナノチューブに導入される際にシクロデキストリンが何らかの影響を及ぼしていることが分かる。p−ニトロフェノールは、シクロデキストリンに包接されることが知られているが、有機ナノチューブとの複合体中ではp−ニトロフェノールがシクロデキストリンに対して大過剰に存在している。すなわち1対1の包接錯体として有機ナノチューブ中に存在しているわけはないことが分かる。
【0018】
【表1】

【0019】
(実施例2)
実施例1で得たp−ニトロフェノール/α−シクロデキストリン/有機ナノチューブ複合体5mgに水(50mL)を加えた。この懸濁液をスターラーで撹拌しながら、15分、30分、1時間後に約1.5mLをシリンジで抜き取り、メンブレンフィルター(孔径0.2ミクロン)で懸濁物を濾過した後、紫外可視吸収スペクトル測定を行った。
その結果、いずれの測定についてもp−ニトロフェノールのスペクトルが観測され、318nmにおける吸光度は同じだった。すなわち15分以内に放出が完了していた。
【0020】
(実施例3)
実施例1で得たp−ニトロフェノール/β−シクロデキストリン/有機ナノチューブ複合体5mgに水(50mL)を加えた。この懸濁液をスターラーで撹拌しながら、5分、15分、30分、1時間後に約1.5mLをシリンジで抜き取り、メンブレンフィルター(孔径0.2ミクロン)で懸濁物を濾過した後、紫外可視吸収スペクトル測定を行った。
その結果、いずれの測定についてもp−ニトロフェノールのスペクトルが観測され、318nmにおける吸光度は同じだった。すなわち5分以内に放出が完了していた。また残った固体にp−ニトロフェノールが存在していないことをH−NMRにより確認した。
【0021】
(実施例4)
実施例1で得たp−ニトロフェノール/γ−シクロデキストリン/有機ナノチューブ複合体5mgに水(50mL)を加えた。この懸濁液をスターラーで撹拌しながら、5分、15分、30分、1時間後に約1.5mLをシリンジで抜き取り、メンブレンフィルター(孔径0.2ミクロン)で懸濁物を濾過した後、紫外可視吸収スペクトル測定を行った。
その結果、いずれの測定についてもp−ニトロフェノールのスペクトルが観測され、318nmにおける吸光度は同じだった。すなわち5分以内に放出が完了していた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明に用いる有機ナノチューブは、シクロデキストリンより大きい空孔を持つことから、サイズ的に広い用途が期待できる。さらに、膜構造が安定な結晶性のため取り扱いが容易である。したがって、これに種々の基質を入れ、徐放させることができれば、医療、食品、化粧品をはじめ農薬、建築材などさまざまな用途が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の(1)α−シクロデキストリン添加で得られた集合体の走査型電子顕微鏡写真
【図2】実施例1の(2)β−シクロデキストリン添加で得られた集合体の走査型電子顕微鏡写真
【図3】実施例1の(3)γ−シクロデキストリン添加で得られた集合体の走査型電子顕微鏡写真
【図4】実施例1の(4)シクロデキストリン無添加で得られた集合体の走査型電子顕微鏡写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両親媒性化合物の分子が集合して形成された有機ナノチューブの内孔に低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブ。
【請求項2】
前記両親媒性化合物が、
下記一般式(1)
G−NHCO−R (1)
(式中、Gは糖のアノマー炭素原子に結合するヘミアセタール水酸基を除いた糖残基を表し、Rは炭素数が10〜39の不飽和炭化水素基を表す。)で表わされるN−グリコシド型糖脂質である請求項1に記載の有機ナノチューブ。
【請求項3】
低分子量化合物とシクロデキストリンとが共存する水溶液に、両親媒性化合物集合して構成される有機ナノチューブを添加、撹拌することにより、有機ナノチューブの内孔に低分子量化合物を内包させる方法。
【請求項4】
前記シクロデキストリンが、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン又はγ−シクロデキストリンのいずれかである請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記シクロデキストリンの量が、前記低分子量化合物に対して、1/10当量以下である請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載された、低分子量化合物を内包してなる有機ナノチューブを、水に混合し、該有機ナノチューブの内孔に内包された低分子化合物を放出する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−136975(P2009−136975A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−317092(P2007−317092)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)【国等の委託研究の成果に係る記載事項】 平成19年度 独立行政法人科学技術振興機構 委託研究「超分子ナノチューブアーキテクトニクスとナノバイオ応用」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】