説明

体脂肪推定方法および体脂肪測定装置

【課題】測定対象の生体インピーダンスを高精度で測定するインピーダンスCT法を実現し、簡便、安全かつ高精度な内臓脂肪測定装置を提供する。
【解決手段】測定対象の外周上に環状に配置された電極群から4電極法を用いて算出された断面のインピーダンス分布を確率密度分布に変換し、脂肪部分に関する確率密度分布と非脂肪部分に関する確率密度分布の混合分布により算出されたインピーダンス分布を近似する。最適化された混合分布から脂肪率を推定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インピーダンスCT法によって測定部位断面の体脂肪分布を画像化し体脂肪を測定するための体脂肪推定方法および体脂肪測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人体腹部に蓄積される脂肪は、その蓄積部位から、皮下脂肪と内臓脂肪に大別される。このうち特に内臓脂肪の蓄積は、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの病態、およびこれらが重複して発症した病態であるメタボリックシンドロームの誘発因子となることが言われており、健康の維持、増進のために内臓脂肪量の管理の重要性が認識されている。
【0003】
測定部位断面の脂肪分布を画像化し、皮下脂肪量と内臓脂肪量のそれぞれを区別して測定可能な装置としては、X線CT、MRI等が知られている。しかしながら、これらの装置はきわめて高価で、装置の維持管理には費用と手間がかかり、さらに隔離された部屋と広い設置床面積を必要とするため規模の大きな装置となる。また、X線CTの場合には、放射線の被曝が健康被害を及ぼす可能性があり、一般人が健康管理のために日常的に使用するには適さない。
【0004】
測定部位断面での導電率分布を比較的簡易な装置で画像化する方法としてインピーダンスCT法が知られており、本発明者らはこのインピーダンスCT法を体脂肪測定に応用することに着目した。インピーダンスCT法は、特許文献1に開示されるように、測定部位に電流を流し、その外周表面上に誘起された電位分布から測定部位断面での導電率分布を推定する技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−339658号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで特許文献1において、得られた画像から脂肪面積を推定する方法は単純に閾値を上回るか下回るかで二値化しているだけである。主な測定対象とする腹部は、人体の中でも断面サイズが比較的大きくかつ脂肪分布が複雑であるため、閾値を設定して脂肪と筋肉等を区別することは困難である。
【0007】
そのため、日常の健診、診療で使用できる簡便且つ高精度な内臓脂肪計の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、このような従来の技術の課題に着目してなされたものであり、本発明によれば、生体インピーダンス測定に基づいてインピーダンス分布を取得し、より高い精度で内臓脂肪量を推定することができる。
【0009】
本発明の技術的側面によれば、体脂肪測定装置は、測定対象の外周上に環状に複数の電極が配置される電極群と、前記電極群のうち順次選択される2つの電極位置にある電極間に電流を印加し、前記電極群の電極間の電位差を順次測定するインピーダンス測定手段と、測定結果に基づいて前記測定対象の断面上のインピーダンス分布を算出する導電率分布算出手段と、前記算出されたインピーダンス分布を非脂肪量に対応するインピーダンスの第1の確率密度関数と脂肪量に対応するインピーダンスの第2の確率密度関数との混合分布で近似することにより脂肪量を算出する脂肪量算出手段と、算出された脂肪量を表示する表示手段とを具備することを特徴とする。
【0010】
本発明の他の技術的側面によれば、体脂肪推定方法は、測定対象の断面上のインピーダンス分布を入力して確率密度分布に変換することと、前記算出された確率密度分布を非脂肪量に対応するインピーダンスの第1の確率密度関数と脂肪量に対応するインピーダンスの第2の確率密度関数との混合分布で近似することにより脂肪量を推定することとを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生体インピーダンス測定によって取得されたインピーダンス分布から脂肪領域と非脂肪領域を空間的に識別することなく、脂肪量や脂肪率を算出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態の体脂肪測定装置の構成図。
【図2】インピーダンスの確率分布および正規分布の混合分布
【図3】インピーダンスの確率分布およびスキュー正規分布の混合分布
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施の形態について図1〜図3を参照して説明する。
【0014】
図1は本発明の実施形態の体脂肪測定装置を示す構成図である。体脂肪測定装置は、被測定体(測定対象)の外周表面上に配置する複数の電極を有する第1の電極群1と、複数の電極のうち順次選択される二つの電極間に電流を流し、残りの電極の電位もしくは電極間の電位差を測定するインピーダンス測定手段2と、電極の位置から被測定体の輪郭情報を計測する輪郭情報測定手段3と、測定された電位または電位差および輪郭情報とから被測定体の測定部位断面上の導電率分布を求める導電率分布算出手段4と、得られた導電率分布に基づいて被測定体の脂肪量を算出する脂肪量算出手段5と、その結果を表示する表示手段6とからなる。
【0015】
被測定体の所定の高さ(例えば臍高位)におけるインピーダンス測定結果と輪郭形状に基づいて測定部位断面上の導電率分布(インピーダンス分布)が算出される。導電率分布算出手段4はコンピュータおよびそのコンピュータに組み込まれたソフトウエアを含み、取得されたデータに基づいて導電率分布またはインピーダンス分布を算出する。なお、インピーダンス[Ωm]は導電率[Ω−1−1]の逆数でこれらは等価である。
【0016】
輪郭情報測定手段3によって求められた測定部位断面の輪郭形状ならびに測定部位外周上に配置された電極群1の位置情報に基づいて被測定体と同一の輪郭形状を有する仮想モデル面が構成される。次に、仮想モデル面上に初期値として適当な導電率分布を与え、インピーダンス測定手段2による測定と同様の電極間に同様の電流を流したとき、仮想モデル面外周上に発生する電位分布を有限要素法などによって計算する。
【0017】
算出した電位分布を、インピーダンス測定手段2で実際の被測定体に対して測定された電位差と比較し、両者の差(残差)の2乗値が小さくなるように、仮想モデル面上の導電率分布を修正する。導電率分布を修正した仮想モデル面に対して、同様にして外周の電位分布を計算し、実測値と再度比較する。残差が所定の設定値以下になるまであるいは残差が一定値に収束するまでこれらの操作を反復し、仮想モデル面上に測定部位断面と同一の導電率分布を再現する。二次元的な仮想モデル面の代わりに、長手方向に同一の断面形状を有する三次元的な仮想モデル体を用いてもよい。このようにして取得されたインピーダンスの空間分布に基づいて脂肪量を算出する。
【0018】
<脂肪量の算出>
脂肪量算出手段5はコンピュータに含まれ、導電率分布算出手段4によりえられた導電率分布画像またはインピーダンス分布画像に基づいて脂肪量を算出する。従来は、所定のしきい値以下の導電率を有する領域を脂肪領域と判定し、それ以外の領域を非脂肪域と判定していたが、現実にかかる方法で複雑に分布する脂肪と筋肉を個々に判別することは困難である。すなわち、腹部において脂肪のうち特に内臓脂肪は複雑に入り組んだ小腸の周辺に分布し、これを識別するにはX線CTやMRIによらなければならないほどに高精度な断面画像が必要である。
【0019】
発明者は鋭意検討した結果、脂肪領域と筋肉を含む非脂肪領域を個々に判別して脂肪量を積算するのではなく、インピーダンスの空間分布をインピーダンスの頻度分布(確率密度分布)に変換して評価し直すことにより脂肪量、脂肪率のより精度の高い推定ができることを見いだした。
【0020】
図2は、算出された生体インピーダンスの空間分布を確率密度分布に変換してヒストグラム表示したものである。横軸はインピーダンスに相当する量、縦軸は各インピーダンスの頻度(画素数)を規格化した確率密度を表したものである。
【0021】
実測に基づく生体インピーダンスの確率密度分布はピーク値をもつものの正規分布で近似できる単純な分布ではないため、単なる平均値のまわりのばらつきを表すものではないと考えられる。すなわち、脂肪と筋肉がそれぞれ固有のインピーダンスの確率密度分布で特徴付けられる場合には、実測に基づく生体インピーダンスの確率密度分布は2つの確率密度分布の混合分布として解釈しうる。
【0022】
そこで、実測に基づく生体インピーダンスの確率密度分布のヒストグラムが各要素に関連づけられる固有の確率密度分布の混合分布で近似できるとすると、
【数1】

【0023】
と表現することができる。ここで、φ(z)はzを確率変数とする確率密度関数であって、zがz’≦z≦z’+dzとなる確率がφ(z)dzである。また、関数Φは確率密度関数φの累積分布関数である。一般にφ(z)はzが区間[−∞,+∞]の値をとりうるのに対して、実データでは下限、上限が存在するため、g(z)は打ち切られた(トランケートされた)確率密度関数となる。そこで、これを補正するための係数として、1/{(Φ(b)−Φ(b)}を導入した。なお、bは実データにおけるzの最大値、bはzの最小値である。
【0024】
このとき、λは正の実数でその総和は1であり、各確率密度関数の線形結合であるg(z)も確率密度関数となる。本実施形態では、筋肉(非脂肪領域)に関連するインピーダンス分布に対応する確率密度関数φ(z)と脂肪領域に関連するインピーダンス分布に対応する確率密度関数φ(z)を採用して混合数n=2として説明する。このとき重み係数λが脂肪率となる。また脂肪率と輪郭形状等から得られる断面積とから脂肪量が算出される。なお、本発明にいう確率密度関数とは、表現(1)に示すように、確率密度関数φ(z)に実測データの範囲[b,b]が有限であることを考慮して補正係数を含むφ(z)/{(Φ(b)−Φ(b)}で表現されるものとする。
【0025】
確率密度関数φ(z)の関数形を正規分布N(μ,σ)とすると、
【数2】

【0026】
と表現することができる。ここで、φ(z,μ,σ)は平均をμ,標準偏差をσとする正規分布の確率密度関数であって、Φはその累積分布関数である。正規分布の確率密度関数は、
【数3】

【0027】
である。
【0028】
この場合、推定すべきパラメータはμ,σ,μ,σ,λである。したがって、実測値に一致するように混合分布(2)のパラメータを最適化したときのパラメータλが推定された脂肪率となる。
【0029】
図2にはこのようにして推定した混合分布を示す。測定に基づいて算出されたインピーダンス分布はヒストグラムで表される。曲線Iは表現(2)の右辺第1項を、曲線IIは式(2)の右辺第2項を表す。また、曲線IとIIを加算した点線I+IIは混合分布g(z)を表す。各分布関数φ(z)が対称な正規分布であっても混合分布は非対称となって実測データを説明しうる。このようにして正規分布を用いた混合分布により脂肪率および脂肪量を推定することができる。
【0030】
図2では混合分布(2)を構成する関数形として対称性のある正規分布を使用したが、インピーダンス分布の実測データは脂肪領域に関連する分布において低インピーダンス側にやや裾を引いているようにみえる。そこで低インピーダンス側に裾を引く非対称な分布関数系φ(z)としてスキュー正規分布SN(μ,σ,α)を採用する。ここで、スキュー正規分布の確率密度関数φSN(z,μ,σ,α)は、
【数4】

【0031】
で表される。ここで、αは非対称の程度を象徴するパラメータであり、α=0のときに正規分布の確率密度関数φ(z,μ,σ)に帰着する。
【0032】
このとき混合分布g(z)は、
【数5】

【0033】
と表現することができる。
【0034】
この場合、推定すべきパラメータはμ,σ,α,μ,σ,λ,αである。したがって、実測値に一致するように混合分布(5)のパラメータを最適化したときのパラメータλが推定された脂肪率となる。
【0035】
図3にはこのようにして推定した混合分布を示す。測定に基づいて算出されたインピーダンス分布のヒストグラムは図2と同一である。曲線IIIは表現(5)の右辺第1項を、曲線IVは表現(5)の右辺第2項を表す。また、曲線IIIとIVを加算した点線III+IVは混合分布g(z)を表す。このようにしてスキュー正規分布を用いた混合分布により脂肪率を推定することができる。
【0036】
本実施例では分布関数φ(z)として、正規分布またはスキュー正規分布を採用したが、各分布関数φ(z)は独立に正規分布、スキュー正規分布、対数正規分布、レイリー分布、ライス分布などから適宜選択すればよい。
【0037】
ただし、対数正規分布、レイリー分布、ライス分布などは、zがゼロ以下では、確率がゼロとなる分布なので、このゼロの位置をデータが取る最小値にシフトさせる必要がある。また、これらの分布は、高インピーダンス側に裾を引く分布だが、脂肪領域に関連する分布では、低インピーダンス側に裾を引くと考えられ、これらの分布の鏡面対称な分布を考える必要がある。
【0038】
たとえば、混合数2のレイリー分布を、インピーダンスのデータに当てはめる場合を考える。レイリー分布の確率密度関数をφRayleigh(z,σ)とし、その累積分布関数をΦRayleigh(z,σ)とすると、その混合分布は、
【数6】

【0039】
となる。この場合にも、実測値に一致するように混合分布(6)のパラメータを最適化したときのパラメータλが推定された脂肪率となる。
【0040】
体脂肪は内臓脂肪と皮下脂肪からなるがそれぞれの脂肪量を区別する場合には、インピーダンス画像において内臓脂肪を取り囲む筋肉領域に境界を設定し、内脂肪領域と皮下脂肪領域のそれぞれにおいて上記方法により脂肪量を推定することができる。
【0041】
脂肪量等を表示する表示手段6は、液晶表示装置や有機EL表示装置等の映像表示装置あるいは印刷機器を用いることができる。映像表示装置の画面あるいは印刷機器の印刷媒体上には、算出した導電率分布画像や脂肪分布画像を表示したり、被験者のプロフィールなどの入力データや算出した脂肪量、脂肪率などの出力データの数値および文字情報を表示することができる。
【0042】
本発明によれば、インピーダンス分布を脂肪に関連した分布関数と非脂肪部分に関連した分布関数の混合分布と仮定してその混合率を推定することで、脂肪率、脂肪量を高い精度で求めることができる。
【符号の説明】
【0043】
I,II 正規分布によるインピーダンス分布の近似曲線
III,IV スキュー正規分布によるインピーダンス分布の近似曲線
I+II,III+IV 混合分布曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の外周上に環状に複数の電極が配置される電極群と、
前記電極群のうち順次選択される2つの電極間に電流を印加し、前記電極群の電極間の電位差を順次測定するインピーダンス測定手段と、
測定結果に基づいて前記測定対象の断面上のインピーダンス分布を算出する導電率分布算出手段と、
前記算出されたインピーダンス分布を非脂肪量に対応するインピーダンスの第1の確率密度関数と脂肪量に対応するインピーダンスの第2の確率密度関数との混合分布で近似することにより脂肪量を算出する脂肪量算出手段と、
算出された脂肪量を表示する表示手段と
を具備することを特徴とする体脂肪測定装置。
【請求項2】
前記第1の確率密度関数および前記第2の確率密度関数は正規分布関数、スキュー正規分布関数、対数正規分布関数、レイリー分布関数、ライス分布関数のいずれかであることを特徴とする請求項1記載の体脂肪測定装置。
【請求項3】
測定対象の断面上のインピーダンスの空間分布を入力して確率密度分布に変換することと、
前記算出された確率密度分布を非脂肪量に対応するインピーダンスの第1の確率密度関数と脂肪量に対応するインピーダンスの第2の確率密度関数との混合分布で近似することにより脂肪率を推定することと
を含むことを特徴とする体脂肪推定方法。
【請求項4】
前記第1の確率密度関数および前記第2の確率密度関数は正規分布関数、スキュー正規分布関数、対数正規分布関数、レイリー分布関数、ライス分布関数のいずれかであることを特徴とする請求項3記載の体脂肪推定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−55363(P2012−55363A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198706(P2010−198706)
【出願日】平成22年9月6日(2010.9.6)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】