説明

保温装置

【課題】極低温における水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量を正確に評価する。
【解決手段】保温装置50は、水素貯蔵材を収容する試料用セル56と、液状冷媒を収容する冷媒用容器60とを有し、試料用セル56を囲繞して該試料用セル56から熱を除去する熱除去部材58から冷媒用容器60に至るまでには、伝熱部材62が橋架されている。これらは、収容用容器64に収容されている。この中、試料用セル56が橋架管40を介してPCT装置の流通経路14に接続される。試料用セル56の外表面は熱除去部材58の内表面に当接し、一方、収容用容器64の室76の内表面と冷媒用容器60の外表面との間にはクリアランスが形成される。このクリアランスに存在する気体は、真空ポンプによって排気される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料を低温に保持するための保温装置に関する。
【背景技術】
【0002】
水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量を評価するに際しては、特許文献1に記載されるように、圧力−組成等温線(PCT線)測定装置が用いられる。図7は、この種のPCT線測定装置10の模式図である。このPCT線測定装置10は、水素ガス供給源としての水素ボンベ12に連結された流通経路14と、該流通経路14に対して分岐するように連結された分岐経路16と、流通経路14における分岐経路16よりも下流側に設けられたバイパス経路18とを有する。
【0003】
流通経路14には、第1ニードル弁20、第1電磁弁22、第2電磁弁24及び真空ポンプ26が介装されており、一方、バイパス経路18には、第3電磁弁28及び第2ニードル弁30が介装されている。また、流通経路14と分岐経路16との連結箇所には、圧力計32が配置されている。さらに、分岐経路16は、その末端に配設された試料用セル34に至るまで、前記流通経路14に連結するセル用分岐管36と、第4電磁弁38と、該第4電磁弁38から前記試料用セル34にわたって橋架された橋架管40とを有する。そして、前記試料用セル34には、水素貯蔵材が収容される。以下、流通経路14中の第1電磁弁22から第2電磁弁24に至るまでの間を主管42、該主管42から圧力計32に至るまでの間を圧力計連結用管44、主管42から第3電磁弁28に至るまでの間をバイパス分岐管46と呼称するとともに、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及びセル用分岐管36の容積の総和をVa、前記橋架管40の容積をVbとする。
【0004】
以上のように構成されたPCT線測定装置10において、任意の平衡水素圧力Paでの水素貯蔵材の水素貯蔵量は、次のようにして測定される。
【0005】
はじめに、第1電磁弁22〜第4電磁弁38を閉止した状態で、水素貯蔵材の温度T1と、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及び橋架管40の温度T2を測定する。その後、第1電磁弁22のみを開放し、第1ニードル弁20を調整しながら水素を導入して所定の水素圧力P1に到達した時点で第1電磁弁22を閉止する。これにより、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及びセル用分岐管36に体積Vaの水素が導入される。
【0006】
ここで、水素貯蔵材が水素を貯蔵しないと仮定し、第4電磁弁38を開放して水素が橋架管40及び試料用セル34に拡散した場合の圧力P2を算出する。この算出には、下記の式(1)で定義される気体の状態方程式が用いられる。
pV=nRT …(1)
【0007】
式(1)中のVには、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46、セル用分岐管36、橋架管40及び試料用セル34の総容積から、水素貯蔵材の体積を差し引いた値が代入される。すなわち、試料用セル34の容積をVc、水素貯蔵材の体積をVdとするとき、下記の式(2)が成り立つ。
V=Va+Vb+Vc−Vd …(2)
【0008】
次に、第4電磁弁38を実際に開放し、圧力が平衡水素圧力Paとなるまで待機する。この平衡水素圧力Paと、算出した前記圧力P2との差から、該平衡水素圧力Paにおける水素貯蔵量を算出する。
【0009】
一方、平衡水素圧力Paとは別の平衡水素圧力Pbにおける水素貯蔵材の水素放出量は、次のようにして測定される。
【0010】
先ず、第1電磁弁22〜第4電磁弁38を閉止した状態で、水素貯蔵材の温度T1と、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及び橋架管40の温度T2を測定する。その後、第4電磁弁38を開放し、さらに、第1電磁弁22を開放する。この状態で、第1ニードル弁20を調整しながら水素を導入して所定の水素圧力P3に到達した時点で第1電磁弁22及び第4電磁弁38を閉止する。これにより、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46、セル用分岐管36、橋架管40及び試料用セル34に水素が導入される。
【0011】
次に、第3電磁弁28を開放するとともに第2ニードル弁30を調整しながら水素を排気し、所定の圧力P4に到達した時点で第3電磁弁28を閉止する。
【0012】
ここで、水素貯蔵材が水素を貯蔵していないと仮定し、第4電磁弁38を開放して水素がセル用分岐管36、主管42、圧力計連結用管44及びバイパス分岐管46に拡散した場合の圧力P5を算出する。この際にも、上記した気体の状態方程式が用いられる。
【0013】
次に、第4電磁弁38を実際に開放し、圧力が平衡水素圧力Pbとなるまで待機する。この平衡水素圧力Pbと、算出した前記圧力P5との差から、該平衡水素圧力Pbにおける水素放出量を計算する。
【0014】
水素貯蔵材の水素貯蔵量・水素放出量を正確に求めるためには、試料用セル34に水素貯蔵材を収容しない状態で上記の測定(対照測定)を行った場合、水素貯蔵量及び水素放出量が双方とも0となることが必須である。
【0015】
【特許文献1】特開平9−178732号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
近年、極低温域での水素貯蔵材の水素貯蔵挙動に関する知見を得るための試みがなされつつある。このような場合、前記試料用セル34を、液状冷媒が充填された恒温槽中に浸漬することが一般的である。なお、試料用セル34は、該試料用セル34に収容された水素貯蔵材の上端面が液状冷媒の液面よりも下方になるように浸漬される。
【0017】
ところが、この場合、該試料用セル34における液状冷媒に浸漬されていない部位、及び橋架管40等の温度は、試料用セル34よりも高温となる。換言すれば、主管42、セル用分岐管36及び橋架管40等から試料用セル34における浸漬された部位に至るまでには、温度勾配が生じた状態となる。このため、上記の対照測定を行い、橋架管40の容積Vb及び試料用セル34の容積Vcの実測値に基づいて式(1)から計算を行うと、図8に示すように、実際には水素の貯蔵・放出がないにも関わらず、計算上は、水素の貯蔵・放出が行われたことになるという結果が出てしまう。
【0018】
従って、水素貯蔵材の正確な水素貯蔵量・水素放出量を求めるためには、対照測定での水素の貯蔵量・放出量をゼロとするような補正を行う必要がある。この補正は、先ず、水素貯蔵材を収容していない試料用セル34を液状冷媒に浸漬した上でPCT線測定装置10に水素を充填し、又は放出したときの水素圧力の実測値と、室温での橋架管40の容積Vb及び試料用セル34の容積Vcから各水素圧力下での水素貯蔵量・放出量を求める第1作業を行い、次に、図9に示されるように、橋架管40の容積Vb及び試料用セル34の容積Vcを変化させつつ、変化後の橋架管40の容積Vb’及び試料用セル34の容積Vc’の和Vb’+Vc’がVb+Vcに等しく、且つ該Vb’+Vc’から算出される水素の貯蔵量・放出量がゼロとなるような組を見出す第2作業を行うことによって実施される。
【0019】
しかしながら、前記第1作業を行うためには、5時間程度を必要とする。しかも、第1作業及び第2作業を行う間は、前記温度勾配が変化しないように恒温槽の温度、ひいては液状冷媒の液面を不変に保つ必要がある。温度勾配が変化した場合、正確な補正ができないからである。
【0020】
ここで、前記液状冷媒としては、安価で且つ取り扱いが容易な液体窒素を使用するのが通例である。そして、この場合、恒温槽を構成する容器としてデュアー瓶48(図7参照)が選定される。
【0021】
しかしながら、液体窒素は極めて気化し易く、例えば、内径100mmのデュアー瓶48に収容された液体窒素の液面は、室温で60分後に30mmも下降する。このため、前記温度勾配を不変に保つことは困難であり、結局、正確な補正を行うことも困難である。
【0022】
以上のように、極低温における水素貯蔵材の正確な水素貯蔵量・放出量を測定するための補正作業は、長時間を要し、しかも、適切な補正を行うことも容易ではないという不具合が顕在化している。
【0023】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、試料用セル34と、試料用セル以外の箇所との温度勾配を一定に保つことが可能であり、このために適切な補正を行うことが容易な保温装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
前記の目的を達成するために、本発明は、試料用セルに収容された試料を保温するための保温装置であって、
前記試料用セルの一部又は全部を囲繞し、前記試料用セルから熱を除去する熱除去部材と、
液状冷媒を収容するための冷媒用容器と、
前記熱除去部材から前記冷媒用容器に熱を伝達するための伝熱部材と、
前記試料用セル、前記熱除去部材、前記冷媒用容器及び前記伝熱部材を収容した収容用容器と、
を備え、
前記冷媒用容器及び前記収容用容器の各々が、前記液状冷媒を導入するための導入口が形成された管部を有することを特徴とする。
【0025】
このような構成においては、液状冷媒が冷媒用容器、熱除去部材、伝熱部材を介して試料用セルから熱を奪取する。すなわち、試料用セルに収容された水素貯蔵材等の試料は、液状冷媒に浸漬されることなく、熱伝達を介して冷却される。この熱伝達は、液状冷媒が存在する限り継続されるので、試料用セルを長時間にわたって一定温度に保持することが可能となる。
【0026】
その結果、該保温装置を連結する連結管も低温に保持され、従って、試料用セルから連結管に至る温度勾配を長時間にわたって一定に保持することができる。この間に上記の対照測定を行えば、正確な補正が可能となる。結局、試料の正確なPCT線図を得ることが可能となる。すなわち、試料が水素貯蔵材である場合、その水素貯蔵量・放出量を正確に評価することができる。
【0027】
なお、試料用セルの外表面と熱除去部材の内表面とを当接させることが好ましい。これにより、試料用セルから効率的に熱を奪取することができるようになるからである。
【0028】
この場合、試料用セルの外表面と熱除去部材の内表面との間にグリスを介在させるようにしてもよい。グリスが固化することにより、前記の熱奪取が一層効率的に営まれるようになる。
【0029】
また、冷媒用容器の外表面と収容用容器の内壁との間にクリアランスを形成するとともに、このクリアランスから排気を行うことが好ましい。これにより収容用容器から冷媒用容器に対して熱が伝達されることが回避されるので、冷媒用容器、ひいては試料用セルを長期間にわたって一定温度に保持することが容易となる。
【0030】
さらに、冷媒用容器は、その管部が収容用容器の管部に連結されることのみで収容用容器に収容されていること、換言すれば、管部以外は収容用容器に接触していない状態で収容用容器に収容されていることが好ましい。これにより、収容用容器から冷媒用容器に対して熱が伝達されることが一層困難となる。従って、試料用セルを長期間にわたって一定温度に保持することがさらに容易となる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、試料用セルを液状冷媒に浸漬せず、冷媒用容器に収容した液状冷媒で熱除去部材及び伝熱部材を介して試料用セルから熱を奪取するようにしている。このため、液状冷媒が存在している間、前記熱奪取が継続されるので、試料用セルを長時間にわたって一定温度に保持することが可能となる。従って、試料用セルからPCT線測定装置を構成する連結管に至る温度勾配を長時間にわたって一定に保持することができる。
【0032】
この間に対照測定を行うことにより正確な補正が可能となり、その結果、試料の正確なPCT線図を得ることが可能となる。このことは、試料が水素貯蔵材である場合、その水素貯蔵量・放出量を正確に評価することができることを意味する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明に係る保温装置につき、それを含んで構成されたPCT線測定装置との関係で好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、図7に示される構成要素と同一の構成要素には同一の参照符号を付し、場合によってはその詳細な説明を省略する。
【0034】
図1は、本実施の形態に係る保温装置50を含むPCT線測定装置52を模式的に示した概略全体構成図である。このPCT線測定装置52は、水素ボンベ12に連結された流通経路14と、該流通経路14に対して分岐するように連結された分岐経路16と、流通経路14における分岐経路16よりも下流側に設けられたバイパス経路18とを有する。
【0035】
流通経路14には、第1ニードル弁20、第1電磁弁22、第2電磁弁24及び真空ポンプ26が上流側からこの順序で介装されており、一方、バイパス経路18には、第3電磁弁28及び第2ニードル弁30が上流側からこの順序で介装されている。
【0036】
流通経路14を構成する主管42と、分岐経路16を構成する保温装置用分岐管54との連結箇所には、圧力計32が配置されている。さらに、分岐経路16の末端には前記保温装置50が配置され、該保温装置50と前記主管42の間には、前記保温装置用分岐管54と、第4電磁弁38と、該第4電磁弁38から前記保温装置50にわたって橋架された橋架管40とが配置される。
【0037】
保温装置50の全体概略縦断面図である図2に示されるように、該保温装置50は、試料用セル56と、該試料用セル56から熱を除去する熱除去部材58と、液状冷媒を収容する冷媒用容器60と、熱除去部材58から冷媒用容器60に熱を伝達する伝熱部材62と、これら試料用セル56、熱除去部材58、冷媒用容器60及び伝熱部材62を収容した収容用容器64と、該収容用容器64の内部を排気するための図示しない真空ポンプとを備える。なお、以下においては、液状冷媒として液体窒素を用いた場合を例示して説明する。
【0038】
この場合、試料用セル56には、水素貯蔵材が収容される。そして、少なくとも、該試料用セル56における水素貯蔵材を収容した部位は、前記熱除去部材58によって囲繞されている。すなわち、熱除去部材58は、試料用セル56を囲繞するのに適した形状で構成されている。
【0039】
熱除去部材58は、熱伝導度が高い、換言すれば、熱伝導が良好な材質からなる。このような材質の好適な例としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等が挙げられる。とりわけ、無酸素銅は大きな熱伝導度を示すことから特に好適である。
【0040】
後述するように、熱除去部材58は、試料用セル56から熱を奪取するためのものである。従って、熱除去部材58の内表面は、試料用セル56の外表面に当接していることが好ましい。この場合、熱除去部材58の内表面と試料用セル56の外表面の間にクリアランスが存在する場合に比して、試料用セル56の熱が効率的に奪取されるようになるからである。
【0041】
熱除去部材58の内表面と試料用セル56の外表面とを、グリスを介して当接させるようにしてもよい。この場合、低温時にグリスの粘度が上昇して固化する。その結果、熱除去部材58の内表面と試料用セル56の外表面との密着度が増すので、試料用セル56からの熱の奪取が一層効率的に行われるようになる。
【0042】
この熱除去部材58の側壁中、底部近傍、略中腹部、上端部近傍の3箇所には、熱電対(図示せず)を挿入・支持するための支持ポケット66a〜66cがそれぞれ設けられる。熱除去部材58の各部位における温度は、これら熱電対によって測定される。
【0043】
伝熱部材62は、熱除去部材58が試料用セル56から奪取した熱を冷媒用容器60に伝達するためのものである。このため、伝熱部材62の一端部は、ボルトを介して熱除去部材58に連結されており、残余の他端部は、冷媒用容器60の底部近傍に至るまで延在している。
【0044】
伝熱部材62は、熱除去部材58と同様に、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等の熱伝導が良好な材質から構成される。勿論、この場合も、無酸素銅が特に好適な材質の1つとして挙げられる。
【0045】
この場合、冷媒用容器60は、いずれもステンレス鋼で構成された中空な円筒状本体68と、該円筒状本体68の底部端面に設けられた連結用円柱部70と、前記円筒状本体68の蓋部端面に設けられた中空な冷媒導入用管部72とを有する。この中、連結用円柱部70が伝熱部材62を介して前記熱除去部材58に連結されている。
【0046】
円筒状本体68の蓋部の略中心には、貫通孔が形成されている。冷媒導入用管部72は、この貫通孔の開口近傍の肉に対して溶接されることで蓋部74に接合されている。
【0047】
円筒状本体68の内部と冷媒導入用管部72とは、互いに連通している。後述するように、冷媒導入用管部72は、液体窒素を導入するための導入口として機能する。
【0048】
収容用容器64の内部には、冷媒用容器60を構成する円筒状本体68を収容するための室76が形成されている。この室76の内壁は、冷媒用容器60の外表面から若干離間している。すなわち、室76の内壁と冷媒用容器60の外表面には、クリアランスが形成されている。
【0049】
収容用容器64の一側面には、中空の排気用管部78が形成されている。この排気用管部78は前記室76に連通する一方、該排気用管部78に前記真空ポンプが接続される。
【0050】
収容用容器64の上端面には、連結用管部80が突出形成されている。この連結用管部80の内径は、冷媒用容器60の冷媒導入用管部72の外径と略等しい。また、連結用管部80に挿入された冷媒導入用管部72の上端面は、連結用管部80の上端面と略面一となる。
【0051】
冷媒用容器60の冷媒導入用管部72は、その上端面が、蓋部材82から延在する前記連結用管部80の上端面に対して溶接されている。冷媒用容器60は、この溶接でのみ、収容用容器64に接合されている。すなわち、冷媒用容器60を構成する円筒状本体68は、室76内で懸吊された状態にある。このことから諒解されるように、冷媒用容器60の円筒状本体68は、収容用容器64に接触していない。
【0052】
本実施の形態に係る保温装置50は、基本的には以上のように構成されるものであり、次にその作用効果について説明する。
【0053】
この保温装置50が組み込まれたPCT線測定装置52を用いて水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量を測定するに際しては、試料用セル56に水素貯蔵材が収容される一方、冷媒用容器60の冷媒導入用管部72を介して液体窒素が円筒状本体68に収容される。なお、前記真空ポンプは予め付勢されており、前記室76からの排気を行う。
【0054】
この排気により、室76の内壁と円筒状本体68の外表面との間が真空状態となる。しかも、本実施の形態においては、上記したように、室76の内壁と円筒状本体68の外表面との間にはクリアランスが形成され、液体窒素を収容した円筒状本体68は収容用容器64の内壁に接触していない。このため、収容用容器64から冷媒用容器60に対して熱が伝達されることが有効に回避される。従って、円筒状本体68(冷媒用容器60)、ひいては試料用セル56が長時間にわたって一定温度に保たれる。
【0055】
円筒状本体68が低温になるに伴い、熱除去部材58及び伝熱部材62、場合によっては前記グリスを介して試料用セル56から熱が奪取・伝達される。その結果、試料用セル56も低温となり、これに追従して該試料用セル56に収容された水素貯蔵材も低温となる。
【0056】
そして、冷媒用容器60、ひいては試料用セル56が長時間にわたって一定温度に保たれるため、橋架管40の温度も長時間にわたって一定温度に保たれる。その結果、試料用セル56から橋架管40等に至る温度勾配を略一定に保持することが可能となる。
【0057】
この保持は、冷媒用容器60に液体窒素が存在する限り継続される。すなわち、前記温度勾配が略不変となるので、上記の補正を行うことが極めて容易である。
【0058】
なお、上記した実施の形態においては、液状冷媒として液体窒素を用いるようにしているが、液体酸素や液体ヘリウム等、別種の液状冷媒であってもよいことは勿論である。
【0059】
また、試料用セル56に収容される試料は、水素貯蔵材に特に限定されるものではなく、別の気体を物理的ないし化学的に吸着(貯蔵)し得る物質であれば如何なるものであってもよい。
【実施例1】
【0060】
図1に示すPCT線測定装置52を用い、前記支持ポケット66a〜66cの各々に熱電対を挿入して支持した。なお、室温において、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及び保温装置用分岐管54の総容積Vaは25cm3、橋架管40の容積Vbは13cm3、保温装置50中の試料用セル56の容積Vcは3cm3であり、試料用セル56における熱除去部材58に囲繞された部位は、底面から120mmの高さまでであった。
【0061】
また、熱除去部材58及び伝熱部材62は無酸素銅で構成し、冷媒用容器60及び収容用容器64は、ステンレス鋼の1種であるSUS316で構成した。冷媒用容器60には2リットルの液体窒素を導入し、その後、冷媒導入用管部72に取り付けられた図示しないリリーフバルブを閉止した。
【0062】
図3は、各熱電対による温度の経時変化を示す。この図3から諒解されるように、熱除去部材58の底部近傍、中腹部、上端部近傍における温度は全て約−194℃(79K)であり互いに略等しく、且つその状態が25時間にわたって維持された。これに伴い、試料用セル56から橋架管40等に至る温度勾配を略一定に保持されることが確認された。
【0063】
その後、試料用セル56に水素貯蔵材を収容しないまま、液体窒素を冷媒用容器60に再導入して1時間放置し、熱電対が−194℃を示すことを確認した。次に、試料用セル56内に水素圧力を0.1MPaから8MPaまで段階的に変更しながら水素を導入し、各段階での水素圧力と、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及び保温装置用分岐管54の総容積Va(25cm3)、橋架管40の容積Vb(13cm3)、試料用セル56の容積Vc(3cm3)から、見かけ上の水素貯蔵量を算出した。
【0064】
次に、試料用セル56内から水素圧力を8MPaから0.004MPaまで段階的に変更しながら水素を放出し、上記と同様に、各段階での水素圧力と、Va(25cm3)、Vb(13cm3)、Vc(3cm3)から、見かけ上の水素放出量を算出した。以上の水素貯蔵量・放出量の算出作業には、5時間を要した。結果を、図4に併せて示す。
【0065】
次に、橋架管40の容積及び試料用セル56の容積を変化させつつ、変化後の橋架管40の容積Vb’及び試料用セル56の容積Vc’の和Vb’+Vc’がVb+Vc(16cm3)に等しく、且つ該Vb’+Vc’から算出される水素の貯蔵量・放出量がゼロとなるような組を求めたところ、Vb’=9cm3、Vc’=7cm3となった。すなわち、これらVb’、Vc’が、−194℃(79K)における補正値である。
【0066】
この補正値を考慮して、水素貯蔵量・放出量を再計算した。結果を図5に示す。この図5から諒解されるように、補正を行った結果、水素貯蔵量・放出量がともにゼロとなる。従って、試料用セル56に水素貯蔵材を収容して上記と同様の測定を行えば、該水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量を正確に測定することが可能となる。
【0067】
このように、上記した構成の保温装置50を用いることにより、試料用セル56から橋架管40等に至る温度勾配を長時間にわたって一定に保持することができ、その結果、正確な補正を行うことができる。このため、水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量の正確な評価が可能となる。
【0068】
比較のため、図7に示す一般的なPCT線測定装置10を用いて上記と同様の測定を試みた。すなわち、はじめに、デュアー瓶48に収容された液体窒素に試料用セル56を浸漬して1時間放置し、該試料用セル56の底部に設置された熱電対が−194℃を示すことを確認した。なお、試料用セル56は、当初、底面から120mmの高さまでが液体窒素に浸漬された。
【0069】
次に、試料用セル34内に水素圧力を0.015MPaから8MPaまで段階的に変更しながら水素を導入し、各段階での水素圧力と、主管42、圧力計連結用管44、バイパス分岐管46及びセル用分岐管36の総容積Va(25cm3)、橋架管40の容積Vb(13cm3)、試料用セル56の容積Vc(3cm3)から、見かけ上の水素貯蔵量を算出した。この水素導入・算出過程の間に液体窒素が気化し続け、水素圧力が8MPaに達した時点で、試料用セル56における液体窒素に浸漬された部位は、底面から63mmの高さまでとなった。すなわち、液体窒素の液面は、当初から57mm下降した。
【0070】
次に、試料用セル34内から水素圧力を8MPaから0.002MPaまで段階的に変更しながら水素を放出した。その途中、水素圧力が0.02MPaに達した時点で、試料用セル34の底部が液体窒素から露呈した。すなわち、液体窒素に浸漬された部位が存在しなくなった。すなわち、この時点で試料用セル34の温度を−194℃に保持することが不可能となり、以降は測定を中断した。なお、試料用セル34が液体窒素から露呈したときには、当初から4.2時間が経過していた。
【0071】
測定を中断するまでの水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量の計算結果を図6に示す。この図6に示される線図に基づいて補正を行うことは不可能であった。
【0072】
すなわち、デュアー瓶48に収容した液体窒素に試料用セル34を浸漬する方法では、液体窒素が気化してその液面が下降するため、試料用セル34における浸漬された部位の領域が変動してしまう。このため、試料用セル34から橋架管40にわたる温度勾配を一定とすることができないので、正確な補正を行うこともできない。結局、水素貯蔵材の水素貯蔵量・放出量を正確に評価することも困難である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本実施の形態に係る保温装置を含むPCT線測定装置を模式的に示した概略全体構成図である。
【図2】図1のPCT線測定装置を構成する保温装置の全体概略縦断面図である。
【図3】前記保温装置を構成する熱除去部材の温度の経時変化を示すグラフである。
【図4】図1のPCT線測定装置を用いて算出された計算上の水素貯蔵量・放出量である。
【図5】図1のPCT線測定装置における補正後の水素貯蔵量・放出量である。
【図6】比較例のPCT線測定装置を用いて算出された計算上の水素貯蔵量・放出量である。
【図7】従来技術に係るPCT線測定装置を模式的に示した概略全体構成図である。
【図8】図7のPCT線測定装置を用いて算出された計算上の水素貯蔵量・放出量である。
【図9】図7のPCT線測定装置における補正後の水素貯蔵量・放出量である。
【符号の説明】
【0074】
10、52…PCT線測定装置 14…流通経路
16…分岐経路 22、24、28、38…電磁弁
34…試料用セル 36…セル用分岐管
40…橋架管 42…主管
44…圧力計連結用管 46…バイパス分岐管
50…保温装置 54…保温装置用分岐管
56…試料用セル 58…熱除去部材
60…冷媒用容器 62…伝熱部材
64…収容用容器 72…冷媒導入用管部
76…室 78…排気用管部
80…連結用管部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料用セルに収容された試料を保温するための保温装置であって、
前記試料用セルの一部又は全部を囲繞し、前記試料用セルから熱を除去する熱除去部材と、
液状冷媒を収容するための冷媒用容器と、
前記熱除去部材から前記冷媒用容器に熱を伝達するための伝熱部材と、
前記試料用セル、前記熱除去部材、前記冷媒用容器及び前記伝熱部材を収容した収容用容器と、
を備え、
前記冷媒用容器及び前記収容用容器の各々が、前記液状冷媒を導入するための導入口が形成された管部を有することを特徴とする保温装置。
【請求項2】
請求項1記載の保温装置において、前記試料用セルの外表面と前記熱除去部材の内表面とが当接することを特徴とする保温装置。
【請求項3】
請求項2記載の保温装置において、前記試料用セルの外表面と前記熱除去部材の内表面とがグリスを介して当接することを特徴とする保温装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の保温装置において、前記冷媒用容器の外表面と前記収容用容器の内壁との間にクリアランスが形成されるとともに、前記クリアランスから排気を行うための排気手段をさらに有することを特徴とする保温装置。
【請求項5】
請求項4記載の保温装置において、前記冷媒用容器は、前記管部が前記収容用容器の前記管部に連結されることのみで前記収容用容器に収容されていることを特徴とする保温装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−276067(P2009−276067A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−124573(P2008−124573)
【出願日】平成20年5月12日(2008.5.12)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】