説明

債券発行体の信用力算出システム及び算出プログラム

【課題】債券の市場価格に基づき、発行体の信用力を算出可能な技術を提供する。
【解決手段】特定の発行体に属する1または複数銘柄の債券に係る残存期間と、この債券の利回りと国債の利回りとの相違を表すスプレッドを入力する入力装置12と、入力された情報をスプレッド/属性情報記憶部16に格納するスプレッド/属性情報登録部14と、当該発行体に属する債券の銘柄数及び各残存期間の分布に応じて、各種補間によりスプレッドカーブを生成する処理、このスプレッドカーブ上の特定の時点におけるスプレッドを抽出し、割引債ベースのスプレッドに変換する処理、これを所定の数式に代入することによって発行体の特定時点までの累積デフォルト確率を算出する処理を実行する演算処理部18とを備えた債券発行体の信用力算出システム10。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、債券発行体の信用力算出システム及び算出プログラムに係り、特に、特定の発行体に属する債券の市場価格(現在価格)に基づき、当該発行体の将来における特定時点での信用力(債務不履行)を算出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
銀行等の金融機関や保険会社等の機関投資家は、リスクを分散するため融資先企業あるいは投資先企業のデフォルト確率を事前に把握しておく必要があり、これまでは格付会社による信用情報に基づいて倒産確率を大まかに把握することが行われてきた。
しかしながら、格付会社による信用情報は次のような問題があった。
(1) 対象企業へのヒアリング等に時間を要するため更新が遅い。
(2) 評価基準や情報源が不明瞭であり、客観性に乏しい。この結果、各付会社間 で評価が大きく分かれる場合が少なくない。
(3) 格付会社一社による対象企業数が数百社程度と限られている。
【0003】
これに対し、特許文献1においては、企業の借金の借用書である債券の価格には発行企業の倒産確率に関する市場の評価が織り込まれているとの前提に立ち、社債の価格と属性をリスクが限りなくゼロに近い国債の価格及び属性と対比することによって企業の信用力を算出する技術が開示されている。
【0004】
【特許文献1】特開2001−125953
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この特許文献1において発明者が主張するように、債券価格にデフォルト時の回収率情報までが織り込まれているかについては疑問が残るが、少なくともトレーダは債券取引において発行体の信用リスクを基準として取引価格の設定を行っているため、債券価格に基づいて信用力を推定するという発想自体は支持することができる。
このように、債券の市場価格という公開情報を基準にして信用力を算出することにより、従来の格付会社による信用情報に比べて客観的な判定結果が得られると共に、より広範囲の発行体について信用力を算出することが可能となる。
【0006】
ただし、一つの発行体からは必ずしも多数の債券が発行されておらず、信用力の期間構造を個別企業単位で算出するための基礎データが不足する場合も少なくない。
このため、特許文献1においては多数企業の債券情報をインプットし、これらを業種単位で解析することにより、基本的には業種単位での信用力を導出する手法を採用している。そして、各企業の業種毎のウェイト情報(例えば水産業30%、製造業70%等)を業種単位の信用力に適用することによって個別企業の信用力を算出することとしている。
すなわち、特許文献1においては、個別企業単位では期間構造を解析するための基礎データが不足するため業種レベルに網を広げて多数の債券情報をサンプリングし、業種単位で信用力の期間構造をまず求めた後、対象企業の業種構造に基づいて個別企業単位の信用力を導く手法を採用している。
このため、「業種」といった大きな括りでは比較的信頼に足る値が導かれる可能性があるとしても、各企業の業種構造(業種のウェイト)自体が曖昧で主観的な概念であるため、金融機関や機関投資家が真に必要とする個別企業単位での信用力としては信頼性に欠けるという問題があった。
【0007】
この発明は、企業の信用力算出に纏わる上記の問題点に鑑みて案出されたものであり、個別企業レベルでの信用力を高精度で算出可能な技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、請求項1に記載した債券発行体の信用力算出システムは、特定の発行体に属する1または複数銘柄の債券に係る残存期間と、この債券の利回りと国債の利回りとの相違を表すスプレッドを入力する手段と、上記入力スプレッドを補間することにより、当該発行体における債券の残存期間とスプレッドとの期間構造を推定するスプレッドカーブを生成する手段と、上記スプレッドカーブ上の特定の残存期間におけるスプレッドを抽出し、これを割引債ベースのスプレッドに変換する手段と、上記割引債ベースのスプレッドを所定の数式に代入することにより、当該発行体の特定時点におけるデフォルト確率を算出する手段とを備えたことを特徴としている。
【0009】
請求項2に記載した債券発行体の信用力算出システムは、請求項1のシステムであって、さらに上記スプレッドカーブを生成する手段が、特定の発行体に属する債券の銘柄が所定数を超えており、それぞれの残存期間の分布が所定の期間を超えて分散している場合に、対数補間によって曲線状のスプレッドカーブを生成することを特徴としている。
【0010】
請求項3に記載した債券発行体の信用力算出システムは、請求項1のシステムであって、さらに上記スプレッドカーブを生成する手段が、特定の発行体に属する債券の銘柄が所定数であり、それぞれの残存期間の分布が所定の期間を超えて分散している場合に、線形補間によって傾きを有する直線状のスプレッドカーブを生成することを特徴としている。
【0011】
請求項4に記載した債券発行体の信用力算出システムは、請求項1のシステムであって、さらに上記スプレッドカーブを生成する手段が、特定の発行体に属する債券の銘柄数にかかわらず、それぞれの残存期間の分布が所定の期間内に集中している場合に、定数補間によって傾きを有さない直線状のスプレッドカーブを生成することを特徴としている。
【0012】
また、請求項5に記載した債券発行体の信用力算出プログラムは、コンピュータを、特定の発行体に属する1または複数銘柄の債券に係る残存期間と、この債券の利回りと国債の利回りとの相違を表すスプレッドを入力する手段、上記入力スプレッドを補間することにより、当該発行体における債券の残存期間とスプレッドとの期間構造を推定するスプレッドカーブを生成する手段、上記スプレッドカーブ上の特定の残存期間におけるスプレッドを抽出し、これを割引債ベースのスプレッドに変換する手段、上記割引債ベースのスプレッドを所定の数式に代入することにより、当該発行体の特定時点におけるデフォルト確率を算出する手段として機能させることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
この発明に係る債券発行体の信用力算出システム及び算出プログラムにあっては、債券の利回りと国債の利回りとの相違を表すスプレッドに基づいて発行体の信用力を算出するものであるため、特定企業の信用リスクに関してより客観的な情報を即座に提示することが可能となる。
しかも、各銘柄のスプレッドを数学的に補間することによってスプレッドカーブを推定する方式であるため、目的企業に属する債券の銘柄数が少ない場合であっても、他の企業の情報を参照することなく任意の残存年数におけるデフォルト確率を直接算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
図1は、債券発行体の信用力算出システム10の機能構成を示すブロック図であり、キーボードやマウス等の入力装置12と、スプレッド/属性情報登録部14と、スプレッド/属性情報記憶部16と、演算処理部18と、算出結果記憶部20と、算出結果出力部22と、ディスプレイ24と、プリンタ26とを備えている。
上記スプレッド/属性情報登録部14、演算処理部18、算出結果出力部22は、コンピュータ(PC等)28のCPUが、OS及び専用のアプリケーションプログラム等に従い、必要な処理を実行することによって実現される。
また、上記スプレッド/属性情報記憶部16及び算出結果記憶部20は、コンピュータ28のハードディスクやメモリ内に設けられている。
【0015】
つぎに、図2のフローチャートに従い、このシステム10における処理手順について説明する。
まずオペレータは、入力装置12を介して信用力算出の基礎データとして、債券の発行体毎に発行済み債券の銘柄スプレッドと銘柄毎の満期日等の属性情報を入力する(S10)。
ここでスプレッドとは、当該債券の利回りと国債の利回りとの相違を表したものである。国債は信用リスクゼロの債券であるため、このスプレッドが大きいほど利回りが良い反面、信用リスクの高い債券ということになる。
入力されたスプレッド情報と属性情報は、スプレッド/属性情報登録部14によって必要なフォーマットに変換された後、スプレッド/属性情報記憶部16に格納される(S12)。
【0016】
つぎに演算処理部18が起動し、入力された債券のスプレッドに基づいて当該発行体の信用力を算出する。
この際、演算処理部18は入力された債券の銘柄数と、それぞれの満期日から算出された残存年数の分布具合を判定し(S14)、この判定結果に応じて異なる処理を実行する。
すなわち、図3に示すように、ある発行体kに属する各銘柄の残存年数の分布幅が2年以上であり、かつ銘柄数が3以上の場合には、各銘柄のスプレッドを対数補間することにより、発行体kのスプレッドカーブを生成する(S16)。
具体的には、以下の数1におけるak, bkを推定する。
【数1】

この問題は、log(t+1)を一つの変数Tとみると、単なる最小二乗法に帰着できることがわかる。このため、ak, bkは以下の数2のように計算できる。
【数2】

この際、最小二乗法の精度を表す指標として、Rk2の値も以下の数3のように算出する。
【数3】

以上の結果、図4に示すように、演算処理部18によって各銘柄のスプレッドに基づくスプレッドカーブが生成される。
【0017】
ところで、社債にはクーポン(利息)が付きものであり、上記で求めたスプレッドカーブには定期的(半年毎のものが多い)に発生するクーポンに対する信用情報が混入しているものと考えられる。
このため、演算処理部18は特定の時点におけるスプレッドを上記スプレッドカーブより抽出し(S18)、これをクーポンの発生しない割引債(ゼロクーポン債)ベースのスプレッドに変換する処理を実行する。
【0018】
例えば、図5に示すように、スプレッドを抽出する特定の時点として残存年数が0.25年、0.5年、1.0年、1.5年、2.0年、2.5年、3.0年、3.5年、4.0年、4.5年、5.0年、5.5年、6.0年、6.5年、7.0年、7.5年、8.0年、8.5年、9.0年、9.5年、10.0年の各時点を設定し、
i:時点グリッド番号(i=1,・・・,21)
ti:時点グリッド
・t1=0.25
・i≧2のとき、t1=0.5*(i−1)
と定義すると、残存年数tN年の割引債ベーススプレッドの推定方法は以下の通りとなる。
まず、N=1(すなわち残存年数0.25年)の場合には、図4のスプレッドカーブにおける残存年数0.25年のスプレッドをそのまま割引債ベースのスプレッドとする。
これに対し、N≧2の場合には以下の各処理を実行することにより、演算処理部18はそれぞれの残存年数毎に割引債ベースのスプレッドを算出する。
【0019】
[パーイールド(半年複利ベース)の算出]
まず、発行体kの残存年数tiのスプレッドsk,iから、パーイールド(半年複利ベース)xk,Nを求める(S20)。
すなわち、パーイールドの定義より、以下の数4が導かれる。
【数4】

この数式を解くことにより、以下の数5に示すように、パーイールドxk,Nが求まる。
【数5】

【0020】
[ディスカウントファクターの算出]
つぎに演算処理部18は、発行体kのパーイールドxk,Nから、発行体kのディスカウントファクターEk,Nを求める(S22)。
まず、i=2(残存年数0.5年)とした場合、パーイールドの定義により、以下の数6に示す通りEk,2が求められる。
【数6】

つぎに、i=3(残存年数1.0年)とした場合も、パーイールドの定義により、以下の数7に示す通りEk,3が求められる。
【数7】

i≧4以降も同様にパーイールドの定義に従い、以下の数8に示す通りEk,4〜Ek,2Nが求められる。
【数8】

【0021】
[割引債ベーススプレッドの算出]
つぎに演算処理部18は、発行体kの残存年数tiのディスカウントファクターENから、発行体kの残存年数tiの割引債ベーススプレッドS'k,iを算出する(S24)。
すなわち、スプレッドの定義より以下の数9が成立し、これを展開することにより、数10に示すように割引債ベーススプレッドが求まる。
【数9】

【数10】

【0022】
[累積デフォルト確率の算出]
最後に、演算処理部18は上記で求めた発行体kの残存年数ti年の割引債ベーススプレッドS'k,iを以下の数11に代入することにより、発行体kのti年後までの累積デフォルト確率(リスク中立ベース)を求め(S26)、算出結果記憶部20に格納する(S28)。
【数11】

【0023】
演算処理部18によって算出結果記憶部20に格納されたデフォルト確率は、算出結果出力部22によって所定のフォーマットに加工された後、ディスプレイ24やプリンタ26を通じて外部に出力される(S30)。
図6において、各グリッドにおける割引債ベーススプレッドと、これに基づいて算出した累積デフォルト確率の表示例を示す。
【0024】
図7に示すように、発行体kに属する各債券銘柄の残存年数の分布幅が2年以上あり、かつ銘柄数が2つの場合、演算処理部18は各銘柄のスプレッド間を線形補間することにより、発行体kのスプレッドカーブを生成する(S32)。
具体的には、以下の数12におけるak, bkを推定する。
【数12】

この場合、ak, bkは以下の数13のように計算できる。
【数13】

この場合も、最小二乗法の精度を表す指標として、上記の数3を用いてRk2の値が算出される。
以上の結果、図7に示した通り、演算処理部18によって傾きを有する直線状のスプレッドカーブが生成される。
【0025】
この後、演算処理部18は上記したS18〜S26の各処理を実行することにより、所定の時点におけるスプレッドを抽出し、これを割引債ベースに変換した後、数11に代入して特定時点までの発行体kの累積デフォルト確率を算出する。
【0026】
図8に示すように、発行体kに属する債券銘柄の残存年数の分布幅が2年未満の場合には、各銘柄の利回りに大きな差がなくスプレッドカーブの傾きを推定することが困難であるため、銘柄数の如何にかかわらず、演算処理部18は各スプレッドの平均値の定数関数として発行体kのスプレッドカーブを生成する(S34)。
具体的には、上記の数12を基礎にしつつ、ak, bkは以下の数14のように計算される。
【数14】

以上の結果、図8に示した通り、演算処理部18によって直線上のスプレッドカーブが生成される。
【0027】
この場合には各時点におけるスプレッドが等しいが、演算処理部18は当該スプレッドを上記の手法を用いて割引債ベースのスプレッドに変換後、数11に代入して発行体kのデフォルト確率を算出する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】債券発行体の信用力算出システムの機能構成を示すブロック図である。
【図2】このシステムにおける処理手順を示すフローチャートである。
【図3】特定の発行体に属する債券の残存年数の分布幅が2年以上であり、かつ銘柄数が3以上の場合を示すグラフである。
【図4】特定の発行体に属する債券の残存年数の分布幅が2年以上、銘柄数が3以上の場合におけるスプレッドカーブを示すグラフである。
【図5】スプレッドカーブ上の特定時点におけるスプレッドを抽出する様子を示すグラフである。
【図6】割引債ベースのスプレッドと累積デフォルト確率とを対比するグラフである。
【図7】特定の発行体に属する債券の残存年数の分布幅が2年以上であり、かつ銘柄数が2の場合におけるスプレッドカーブを示すグラフである。
【図8】特定の発行体に属する債券の残存年数の分布幅が2年未満の場合におけるスプレッドカーブを示すグラフである。
【符号の説明】
【0029】
10 債券発行体の信用力算出システム
12 入力装置
14 スプレッド/属性情報登録部
16 スプレッド/属性情報記憶部
18 演算処理部
20 算出結果記憶部
22 算出結果出力部
24 ディスプレイ
26 プリンタ
28 コンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の発行体に属する1または複数銘柄の債券に係る残存期間と、この債券の利回りと国債の利回りとの相違を表すスプレッドを入力する手段と、
上記入力スプレッドを補間することにより、当該発行体における債券の残存期間とスプレッドとの期間構造を推定するスプレッドカーブを生成する手段と、
上記スプレッドカーブ上の特定の残存期間におけるスプレッドを抽出し、これを割引債ベースのスプレッドに変換する手段と、
上記割引債ベースのスプレッドを所定の数式に代入することにより、当該発行体の特定時点におけるデフォルト確率を算出する手段と、
を備えたことを特徴とする債券発行体の信用力算出システム。
【請求項2】
上記スプレッドカーブを生成する手段は、特定の発行体に属する債券の銘柄が所定数を超えており、それぞれの残存期間の分布が所定の期間を超えて分散している場合に、対数補間によって曲線状のスプレッドカーブを生成することを特徴とする請求項1に記載の債券発行体の信用力算出システム。
【請求項3】
上記スプレッドカーブを生成する手段は、特定の発行体に属する債券の銘柄が所定数であり、それぞれの残存期間の分布が所定の期間を超えて分散している場合に、線形補間によって傾きを有する直線状のスプレッドカーブを生成することを特徴とする請求項1に記載の債券発行体の信用力算出システム。
【請求項4】
上記スプレッドカーブを生成する手段は、特定の発行体に属する債券の銘柄数にかかわらず、それぞれの残存期間の分布が所定の期間内に集中している場合に、定数補間によって傾きを有さない直線状のスプレッドカーブを生成することを特徴とする請求項1に記載の債券発行体の信用力算出システム。
【請求項5】
コンピュータを、
特定の発行体に属する1または複数銘柄の債券に係る残存期間と、この債券の利回りと国債の利回りとの相違を表すスプレッドを入力する手段、
上記入力スプレッドを補間することにより、当該発行体における債券の残存期間とスプレッドとの期間構造を推定するスプレッドカーブを生成する手段、
上記スプレッドカーブ上の特定の残存期間におけるスプレッドを抽出し、これを割引債ベースのスプレッドに変換する手段、
上記割引債ベースのスプレッドを所定の数式に代入することにより、当該発行体の特定時点におけるデフォルト確率を算出する手段、
として機能させることを特徴とする債券発行体の信用力算出プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−195762(P2006−195762A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−7049(P2005−7049)
【出願日】平成17年1月14日(2005.1.14)
【出願人】(000155469)株式会社野村総合研究所 (1,067)