説明

光スイッチング方法および光スイッチングシステム

【課題】 信号光の出射端の自由な制御を可能とし、かつ回折効果による光の空間的な広がりを防止する。
【解決手段】 空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質2に入力ポート3と複数の出力ポート4を定め、複数の出力ポート4の中から選択した出力ポート4に、制御光L2を入射して非線形光学媒質2中に屈折率が増加した領域を形成し、入力ポート3に入射された信号光L1を屈折率増加領域に引き寄せて選択した出力ポート4に誘導することで、信号光L1の出力先を切り替える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光スイッチング方法および光スイッチングシステムに関する。さらに詳述すると、本発明は、空間光ソリトン効果を利用した光スイッチング方法および光スイッチングシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
光スイッチとは、一般に、スイッチング素子に入射する信号光の様々な性質、例えば強度や伝搬方向などを、信号光とは別にスイッチング素子に入力する制御信号によって変化させるものであり、光通信分野などで使用される。
【0003】
光は屈折率の高い領域へ曲がろうとする性質があるため、この性質を利用して図8に示す簡単な光スイッチを構成することができる(非特許文献1参照)。図8(a)は、スイッチング素子として使用した光学結晶100に信号光101を入射した場合を表す。ここで、図8(b)に示すように、光学結晶100における信号光101の入射面に対して、信号光101とは別の方向から制御光102を入射することを考える。この制御光102の強度や波長を選び、光学結晶100中の屈折率を変化させることができれば、信号光101も当該屈折率変化の影響を受けて伝搬方向が変化することになり、光スイッチングが行える。ここで、光は、指向性の強いレーザ光であっても、回折効果により空間的に広がる性質を持つ(特にビーム径が小さいほど大きく広がろうとする)ため、図8においてもその性質が分かるように示してある。
【0004】
一方、スイッチング素子用の光学結晶を、特定の領域だけ屈折率の高い構造を備えるように作製することも行われている。換言すれば、スイッチング素子用の光学結晶中に、導波路と呼ばれる信号光の通り道を作製することも行われている。図9は、導波路を使用した光スイッチの例である(非特許文献2参照)。導波路103は、1つの入力ポート104から2つの出力ポート105A,105Bに分岐するように光学結晶106中に作製され、導波路103の分岐個所には、導波路103を通る信号光101の進行方向を制御する電極107A,107Bが設けられている。電極107Aおよび電極107Bにかかる電圧が等しい場合、入力ポート104から入力される信号光101は、導波路103途中の分岐個所で等強度に2方向に分岐され、出力ポート105Aと出力ポート105Bから等強度で出力される。ここで、電極107Aと電極107Bで異なる電圧が加わった場合、光学結晶106中の屈折率が各電極107A,107B付近で異なるものとなり、出力ポート105Aと出力ポート105Bから出力される信号光101は等強度ではなくなる。このようにして、電極107A,107Bに印加する電圧を制御することで、信号光101の出力先を切り替えることができる。なお、導波路103を通る信号光101の進行方向を制御する手段としては、上述した電極107A,107Bを用いるものの他に、光学結晶106に温度勾配を与えて、導波路103の分岐個所付近の屈折率を異ならせるものもある。
【0005】
【非特許文献1】D. Kip, et al., “All-optical beam deflection and switching in strontium-barium-niobate waveguides,” Appl. Phys. Lett., vol. 72, pp. 1960?1962 (1998).
【非特許文献2】行松健一, “光スイッチングと光インターコネクション,” 共立出版(1998).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、図8に示す従来の光スイッチは、制御光102の方向を変更することにより、光学結晶100における信号光101の伝搬経路を自由に制御できる利点を有するが、回折効果により光が空間的に広がってしまう問題を有している。このため、図8に示す光スイッチでは、ビーム径を絞る集光用レンズなどを必要とし、光スイッチングデバイスの小型化、集積化が困難である。
【0007】
一方、図9に示す従来の光スイッチは、光を導波路103に閉じ込めて伝搬させるので、回折効果による光の空間的な広がりを防止する利点を有するが、光学結晶106の作製時に導波路103および信号光の出射端(出力ポート105A,105B)が固定されてしまうため、信号光101の伝搬経路を自由に制御できず、出力ポートの変更の要請等に柔軟に対応できない。また、スイッチング素子の小型化や伝送する光の損失を小さくするため等の理由により、導波路103の断面の径の大きさは数μmから数10μmと極めて小さく、その作製には精密なプロセスが必要とされ、光スイッチのコストを上昇させる一因となっている。また、電極107A,107Bを内蔵した光スイッチは、強い電場や磁場が作用する場所では、電極107A,107Bに意図しない電圧差が生じ、誤作動を起こす虞がある。また、光学結晶106に温度勾配を与えてスイッチングを行う光スイッチでは、光学結晶106に温度変化を与えてから、例えばヒータ等をオンにしてから、実際に信号光の出力先が切り替わるまでに時間がかかる、即ち応答性が悪い問題を有している。
【0008】
そこで本発明は、信号光の出射端の自由な制御を可能とし、尚且つ回折効果による光の空間的な広がりを防止して集積度を向上できる光スイッチング方法および光スイッチングシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するため、請求項1記載の光スイッチング方法は、空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質に入力ポートと複数の出力ポートを定め、前記複数の出力ポートの中から選択した出力ポートに、制御光を入射して前記非線形光学媒質中に屈折率が増加した領域を形成し、前記入力ポートに入射された信号光を前記屈折率増加領域に引き寄せて前記選択した出力ポートに誘導することで、前記信号光の出力先を切り替えるようにしている。
【0010】
また、請求項4記載の光スイッチングシステムは、空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質と、前記非線形光学媒質に設定された入力ポートおよび複数の出力ポートと、前記入力ポートに信号光を入射する通信用光源と、前記出力ポートから出射される前記信号光を受光する複数の受光手段と、前記出力ポートに制御光を入射する制御用光源と、前記制御用光源から前記出力ポートへと前記制御光を伝えると共に、前記出力ポートから前記受光手段へと前記信号光を伝える光路設定手段とを備え、前記複数の出力ポートの中から選択した出力ポートに、前記制御光を入射して前記非線形光学媒質中に屈折率が増加した領域を形成し、前記入力ポートに入射された前記信号光を前記屈折率増加領域に引き寄せて前記選択した出力ポートに誘導することで、前記信号光の出力先を切り替えるようにしている。
【0011】
したがって、制御光を非線形光学媒質の出力ポートに入射すると、その制御光自身が非線形光学媒質中で屈折率変化を引き起こし、当該媒質中で制御光が広がらずに伝搬する空間光ソリトン効果が現れる。信号光は、制御光が作る屈折率増加領域(即ち導波路)に引き寄せられ、かつ当該導波路によりその空間的な広がりを抑制されながら、制御光の入射端へと誘導される。即ち、制御光を空間光ソリトン効果を示す非線形光学媒質に入射することにより、当該非線形光学媒質に入射する信号光の出力先を切り替えることができる。
【0012】
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載の光スイッチング方法において、前記非線形光学媒質の外において前記信号光または前記制御光を光ファイバにより伝送するようにしている。また、請求項5記載の発明は、請求項4記載の光スイッチングシステムにおいて、前記非線形光学媒質の外において前記信号光または前記制御光を光ファイバにより伝送するようにしている。
【0013】
この場合、非線形光学媒質の中においては空間光ソリトン効果により信号光および制御光の空間的な広がりを低減できるのに加えて、非線形光学媒質の外においては、信号光や制御光は光ファイバに閉じ込められて伝送されるので、これらの光の空間的な広がりを大きく低減でき、当該広がりを最小限に抑えることができる。
【0014】
また、請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の光スイッチング方法において、前記非線形光学媒質の屈折率変化の感度は、前記信号光に対するものよりも、前記制御光に対するものの方が大きいものとしている。また、請求項6記載の発明は、請求項4または5記載の光スイッチングシステムにおいて、前記非線形光学媒質の屈折率変化の感度は、前記信号光に対するものよりも、前記制御光に対するものの方が大きいものとしている。この場合、制御光によって信号光を確実かつ正確に効果的に制御できる。
【発明の効果】
【0015】
しかして請求項1記載の光スイッチング方法および請求項4記載の光スイッチングシステムによれば、空間光ソリトン効果により、信号光の空間的な広がりを低減しながら制御光の入射端に信号光を誘導し、その伝搬先を切り替えることができるので、ビーム径を絞る集光用レンズなどは不要であり、光スイッチの小型化、光スイッチングデバイスの集積化を実現できる。また、スイッチング素子である非線形光学媒質の中に、電極を設けたり、固定的な導波路を作製する特殊かつ精密なプロセスは必要はないので、光スイッチの低コスト化を実現できる。さらに、本発明に係る導波路は、固定的なものではなく制御光により生成される可変的なものであるため、信号光の伝搬経路の自由な制御が可能になり、出力ポートや入力ポートの設定変更にも容易に対応できる。また、制御用光源と受光手段とを1ユニットの受信装置として構成する場合、信号光の受信を希望する受信装置の側が自ら制御光を出力することで信号光の受信が可能になる、従来にない新しい光スイッチングシステムを実現できる。また、本発明の光スイッチは、制御光によりスイッチングを行うので、光学素子に電極を内蔵するタイプと異なり強い電場や磁場が作用する場所でも誤作動を起こす問題は無く、また温度勾配を与えてスイッチングを行う光スイッチよりも応答性を向上できる。
【0016】
さらに、請求項2記載の光スイッチング方法および請求項5記載の光スイッチングシステムによれば、非線形光学媒質の外において信号光または制御光を光ファイバにより伝送するので、これらの光の空間的な広がりを大きく低減でき、当該広がりを最小限に抑えることができる。
【0017】
さらに、請求項3記載の光スイッチング方法および請求項6記載の光スイッチングシステムによれば、非線形光学媒質の屈折率変化の感度は、信号光に対するものよりも、制御光に対するものの方が大きいものとしているので、制御光によって信号光を確実かつ正確に効果的に制御できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0019】
図1から図4に本発明の光スイッチング方法および光スイッチングシステム1の実施の一形態を示す。この光スイッチング方法は、空間光ソリトン効果を利用したものであり、空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質2に入力ポート3と複数の出力ポート4を定め、複数の出力ポート4の中から選択した出力ポート4に、制御光L2を入射して非線形光学媒質2中に屈折率が増加した領域を形成し、入力ポート3に入射された信号光L1を屈折率増加領域に引き寄せて選択した出力ポート4に誘導することで、信号光L1の出力先を切り替えるようにしている。
【0020】
空間光ソリトン効果とは、非線形光学媒質2中の光が引き起こす屈折率変化によって形成された屈折率増加領域(即ち導波路)に、光が閉じ込められて伝搬する現象をいう。また、非線形光学媒質2とは、光放射に対し、強く非線形の誘電的な応答機能を持っている光学媒質をいう。
【0021】
光は、指向性の強いレーザ光であっても、回折効果により空間的に広がる性質を持つ。このため図6に示すように、通常、光学媒質100中を伝わる光Lは、光学媒質100中を広がりながら伝搬する。これに対して、非線形光学媒質2に入射された光Lにより非線形光学媒質2において空間光ソリトン効果が生じると、図7に示すように、光Lは、自身が非線形光学媒質2中に形成した導波路に閉じ込められて伝搬するため、回折効果の影響を低減し、非線形光学媒質2中で空間的に広がらずに伝搬する。
【0022】
本願発明者は、空間光ソリトン効果を示す非線形光学媒質2に、第1の光を入射することにより、非線形光学媒質2中に屈折率増加領域(即ち導波路)が形成されることに着目し、当該屈折率増加領域が形成された状態の非線形光学媒質2に、第2の光を入射すると、当該第2の光は、当該導波路に引き寄せられ、かつ当該導波路に閉じ込められて伝搬するとの着想に至り、上記事項が実際に生じることを実験により確認した。そして本願発明者は、上記第1の光を制御光L2、上記第2の光を信号光L1として、制御光L2を空間光ソリトン効果を示す非線形光学媒質2に入射することにより、当該非線形光学媒質2に入射する信号光L1の出力先を切り替えることができる、即ち光スイッチングを実現できるとの着想に到った。
【0023】
ここで、非線形光学媒質2の屈折率変化の感度は、信号光L1に対するものよりも、制御光L2に対するものの方が大きいことが望ましい。より望ましくは、信号光L1を非線形光学媒質2に入射しても空間光ソリトン効果は生じないが、即ち信号光L1を入射しても非線形光学媒質2において屈折率増加は生じないが、制御光L2を非線形光学媒質2に入射すると空間光ソリトン効果が生じる、即ち制御光L2を入射すると非線形光学媒質2において屈折率増加が生じるようにする。これにより、制御光L2によって信号光L1を確実かつ正確に制御できる。
【0024】
非線形光学媒質2において生じる空間光ソリトン効果の程度、換言すれば、非線形光学媒質2の屈折率変化の感度は、非線形光学媒質2の組成、入射する光の強度や波長に依存する。したがって、非線形光学媒質2の組成の選択、制御光L2の光強度や波長の選択、信号光L1の強度や波長の選択によって、制御光L2に対する非線形光学媒質2の屈折率変化の感度を、信号光L1に対する非線形光学媒質2の屈折率変化の感度よりも、大きくすることができる。例えば、空間光ソリトン効果を生じるのに必要な光強度(閾値)よりも、信号光L1の光強度を弱くし、制御光L2の光強度を上記閾値以上とする。或いは、空間光ソリトン効果を生じる光波長範囲に対し、信号光L1を当該光波長範囲から外れた波長を有するものとし、制御光L2を当該光波長範囲内の波長を有するものとする。空間光ソリトン効果を生じるのに必要な光強度および空間光ソリトン効果を生じる光波長範囲は、非線形光学媒質2の組成によって異なり得る。
【0025】
空間光ソリトン効果を示す非線形光学媒質2としては、例えばガラス材料やフォトリフラクティブ結晶が挙げられ、特にフォトリフラクティブ結晶は空間光ソリトン効果の感度が高く、本発明の光スイッチング素子として好適である。好適なフォトリフラクティブ結晶の具体例としては、SBN(Strontium Barium Niobate)結晶、BSO(Bi12SiO20)結晶、Fe:InP結晶などが挙げられる。SBN結晶は、可視光における非線形光学効果の感度が高く、制御光L2として可視光を使用できる。BSO結晶は、SBN結晶より感度が若干劣るが、反応速度が速い利点を有する。Fe:InP結晶は、半導体であり、近赤外領域で感度が高く、制御光L2として近赤外光を使用できる。
【0026】
本発明の光スイッチング方法は、例えば図1に示す光スイッチングシステム1として装置化される。この光スイッチングシステム1は、空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質2と、非線形光学媒質2に設定された入力ポート3および複数の出力ポート4と、入力ポート3に信号光L1を入射する通信用光源5と、出力ポート4から出射される信号光L1を受光する複数の受光手段6と、出力ポート4に制御光L2を入射する制御用光源7と、制御用光源7から出力ポート4へと制御光L2を伝えると共に、出力ポート4から受光手段6へと信号光L1を伝える光路設定手段8とを備えている。
【0027】
本実施形態の非線形光学媒質2は、例えば1つの入力ポート3と、2つの出力ポート4を有する。非線形光学媒質2は例えば立方体または直方体の形状をなし、入力ポート3が設定される面と、出力ポート4が設定される面とは、非線形光学媒質2における対向する2面としている。即ち、入力ポート3が設定される面の反対側の面に出力ポート4が設定される。非線形光学媒質2に対し、信号光L1の反対側から制御光L2を入射することで、制御光L2が作る導波路に信号光L1を誘導し易く構成できる。ただし、非線形光学媒質2の形状および入力ポート3と出力ポート4の位置関係は本実施形態の例に必ずしも限定されず、制御光L2が作る導波路に信号光L1を誘導可能なものであれば良い。
【0028】
本実施形態の光スイッチングシステム1は、制御用光源7として、第1出力ポート4Aに第1制御光L2aを入射する第1制御用光源7Aと、第2出力ポート4Bに第2制御光L2bを入射する第2制御用光源7Bとを有する。尚、本実施形態では、出力ポート4ごとに制御用光源7を設置しているが、必ずしもこの構成例に限定されず、制御用光源7を機械的に移動可能であるものとし、1つの制御用光源7により複数の出力ポート4のいずれかに対し、選択的に制御光L2を入射できる構成としても良い。また、本実施形態の制御用光源7および通信用光源5はレーザ光源としている。レーザ光は指向性が強いため、信号光L1および制御光L2をレーザ光とすることで、信号光L1および制御光L2の空間的な広がりを抑制できる
【0029】
本実施形態の光スイッチングシステム1は、受光手段6として、第1出力ポート4Aから出射される信号光L1を受光する第1受光器6Aと、第2出力ポート4Bから出射される信号光L1を受光する第2受光器6Bとを有する。また、本実施形態の光スイッチングシステム1は、光路設定手段8として、第1出力ポート4Aと第1制御用光源7Aとの間に配置され、第1制御用光源7Aから第1出力ポート4Aに向けて出射される制御光L2を透過し、第1出力ポート4Aから出射される信号光L1を第1受光器6Aに向けて反射する第1ミラー9Aと、第2出力ポート4Bと第2制御用光源7Bとの間に配置され、第2制御用光源7Bから第2出力ポート4Bに向けて出射される制御光L2を透過し、第2出力ポート4Bから出射される信号光L1を第2受光器6Bに向けて反射する第2ミラー9Bとを有する。第1,第2ミラー9A,9Bは、特定の波長の光を反射し、その他の波長の光を透過する波長選択ミラー(誘電体多層膜ミラーとも呼ばれる)である。このため、本実施形態では、信号光L1と制御光L2には波長が異なるものが選択され、かつ信号光L1の波長は第1,第2ミラー9A,9Bで反射するものが選択され、制御光L2の波長は第1,第2ミラー9A,9Bを透過するものが選択される。
【0030】
また、本実施形態の非線形光学媒質2の組成、信号光L1の光強度および波長、制御光L2の光強度および波長は、信号光L1に対しては非線形光学媒質2において空間光ソリトン効果を生じず、制御光L2に対しては非線形光学媒質2において空間光ソリトン効果を生じるものに設定される。
【0031】
以上のように構成された光スイッチングシステム1は、次のように作動する。先ず、通信用光源5から信号光L1のみが非線形光学媒質2に入射する場合、本実施形態の非線形光学媒質2は信号光L1に対して空間光ソリトン効果を生じないので、図2に示すように、信号光L1は非線形光学媒質2中を伝搬するに従いその断面の大きさは回折効果により広がる。このとき第1,第2ミラー9A,9Bにおいては、信号光L1の端の方の強度が比較的弱い部分が反射され、第1受光器6Aおよび第2受光器6Bではほぼ等しい強度の弱い信号光L1を検出する。
【0032】
次に、通信用光源5から信号光L1を非線形光学媒質2に入射し、かつ第1制御用光源7Aから第1制御光L2aを非線形光学媒質2の第1出力ポート4Aに入射する場合、以下に説明する作用により信号光L1は第1受光器6A側に誘導される。第1ミラー9Aは第1制御光L2aを透過するため、第1制御光L2aは非線形光学媒質2に入射する。非線形光学媒質2は第1制御光L2aに対しては屈折率の変化、即ち屈折率の上昇を生じ、光は屈折率の高い領域へ引き寄せられる性質から、第1制御光L2aは非線形光学媒質2中で空間光ソリトン効果を発生し、図3で示すように第1制御光L2aは非線形光学媒質2中で空間的に広がらないビームを形成する。
【0033】
ここで通信用光源5から出力され、第1制御光L2aとは反対側の面から非線形光学媒質2に入射される信号光L1は、非線形光学媒質2中で第1制御光L2aがその光ビームに沿って形成する屈折率の高い領域(導波路)に誘導され、図4で示すように第1制御光L2aの伝搬経路に沿って進む、換言すれば第1制御光L2aの伝搬経路を逆トレースするように進む。即ち、非線形光学媒質2中では第1制御光L2aの伝搬経路に沿った形で屈折率が上昇した領域が生じているため、非線形光学媒質2に第1制御光L2aとは反対側から信号光L1を入射すると、信号光L1は第1制御光L2aが作る屈折率変化領域に誘導される形で伝搬する。しかも、信号光L1は屈折率増加領域(即ち導波路)に閉じ込められて伝搬するため、信号光L1の空間的な広がりが低減される。そして、第1ミラー9Aは、非線形光学媒質2の第1出力ポート4Aから出射された信号光L1を第1受光器6Aに向けて反射する。以上により、第1受光器6Aは第2受光器6Bと比較して、より強い強度で信号光L1を検出できることになる。
【0034】
逆に、第1制御用光源7Aの出力を止め、第2制御用光源7Bから第2制御光L2bを出力した場合は、信号光L1は第2制御光L2b側に誘導され、第2受光器6Bは第1受光器6Aと比較して、より強い強度で信号光L1を検出できることになる。
【0035】
したがって、第1制御光L2aおよび第2制御光L2bを適切に制御することにより、信号光L1を所望の受光手段6に効率よく入射させることができ、光スイッチを実現できる。即ち、第1制御用光源7Aおよび第2制御用光源7Bの双方の出力を止めている間は、第1受光器6Aおよび第2受光器6Bは等しい強度の信号光L1を受光し、第2制御用光源7Bの出力を止めかつ第1制御用光源7Aから第1制御光L2aを出力している間は、第1受光器6Aは第2受光器6Bよりも強い強度で信号光L1を受光し、第1制御用光源7Aの出力を止めかつ第2制御用光源7Bから第2制御光L2bを出力している間は、第2受光器6Bは第1受光器6Aよりも強い強度で信号光L1を受光する。
【0036】
なお、複数の制御光L2の間で波長や光強度を異ならせ、複数の制御光L2が同時に非線形光学媒質2に入射された場合に、非線形光学媒質2中において信号光L1が特定の制御光L2の側(即ち、屈折率のより高い領域)に誘導されるようにしても良い。この場合、複数の受光器に優先度を設定することができる。
【0037】
以上に説明した光スイッチング方法および光スイッチングシステム1によれば、空間光ソリトン効果により、信号光L1の空間的な広がりを低減しながら制御光L2の入射端に信号光L1を誘導し、その伝搬先を切り替えることができるので、ビーム径を絞る集光用レンズなどは不要であり、光スイッチの小型化、光スイッチングデバイスの集積化を実現できる。また、スイッチング素子である非線形光学媒質2の中に、電極を設けたり、固定的な導波路を作製する特殊かつ精密なプロセスは必要はないので、光スイッチの低コスト化を実現できる。さらに、本発明に係る導波路は、固定的なものではなく制御光L2により生成される可変的なものであるため、信号光L1の伝搬経路の自由な制御が可能になり、出力ポート4や入力ポート3の設定変更にも容易に対応できる。また、第1制御用光源7Aと第1受光器6Aとを1ユニットの受信装置として構成し、同様に、第2制御用光源7Bと第2受光器6Bとを1ユニットの受信装置として構成する場合、信号光L1の受信を希望する受信装置の側が自ら制御光L2を出力することで信号光L1の受信が可能になる、従来にない新しい光スイッチングシステム1を実現できる。また、本発明の光スイッチは、制御光L2によりスイッチングを行うので、光学素子に電極を内蔵するタイプと異なり強い電場や磁場が作用する場所でも誤作動を起こす問題は無く、また温度勾配を与えてスイッチングを行う光スイッチよりも応答性を向上できる。
【0038】
さらに、本発明の他の実施形態について以下に説明する。尚、以下に説明する他の実施形態において上述の実施形態と同様の構成については、同一符号を付してその詳細な説明を省略し、各実施形態特有の構造等について説明する。
【0039】
図5に、本発明の第2の実施形態に係る光スイッチングシステム1を示す。この光スイッチングシステム1では、非線形光学媒質2の外において信号光L1および制御光L2を光ファイバ10により伝送するようにしている。この構成によれば、非線形光学媒質2の中においては空間光ソリトン効果により信号光L1および制御光L2の空間的な広がりを低減できるのに加えて、非線形光学媒質2の外においては、信号光L1および制御光L2は光ファイバ10に閉じ込められて伝送されるので、これらの光の空間的な広がりを大きく低減でき、当該広がりを最小限に抑えることができる。なお、図5の例では、信号光L1および制御光L2の双方を光ファイバ10を介して非線形光学媒質2に伝えるようにしているが、信号光L1と制御光L2の一方のみを光ファイバ10を介して非線形光学媒質2に伝えるようにしても良い。
【0040】
この光スイッチングシステム1は、光路設定手段8として、光サーキュレータ11を有する。そして、この光スイッチングシステム1は、通信用光源5と非線形光学媒質2の入力ポート3との間で光を伝送する第1光ファイバ10Aと、非線形光学媒質2の第1出力ポート4Aと第1光サーキュレータ11Aの第1ポート12との間で光を伝送する第2光ファイバ10Bと、第1光サーキュレータ11Aの第2ポート13と第1受光器6Aとの間で光を伝送する第3光ファイバ10Cと、第1光サーキュレータ11Aの第3ポート14と第1制御用光源7Aとの間で光を伝送する第4光ファイバ10Dと、非線形光学媒質2の第2出力ポート4Bと第2光サーキュレータ11Bの第1ポート12との間で光を伝送する第5光ファイバ10Eと、第2光サーキュレータ11Bの第2ポート13と第2受光器6Bとの間で光を伝送する第6光ファイバ10Fと、第2光サーキュレータ11Bの第3ポート14と第2制御用光源7Bとの間で光を伝送する第7光ファイバ10Gとを有する。
【0041】
光サーキュレータ11は、一方行のみに光を伝送し、かつ第1〜第3ポート12,13,14に入力された光を、当該光が入力されたポートから上記一方行に向かってすぐとなりのポートより出力する周知の装置である。第1光サーキュレータ11Aは、第3ポート14から入力された光を第1ポート12からのみ出力し、第1ポート12から入力された光を第2ポート13からのみ出力する。従って、第1制御用光源7Aから出射された第1制御光L2aは、第4光ファイバ10D、第1光サーキュレータ11A、第2光ファイバ10Bを介して、非線形光学媒質2の第1出力ポート4Aに入射する。また、非線形光学媒質2の第1出力ポート4Aから出射された信号光L1は、第2光ファイバ10B、第1光サーキュレータ11A、第3光ファイバ10Cを介して、第1受光器6Aに伝えられる。同様に、第2光サーキュレータ11Bは、第3ポート14から入力された光を第1ポート12からのみ出力し、第1ポート12から入力された光を第2ポート13からのみ出力する。従って、第2制御用光源7Bから出射された第2制御光L2bは、第7光ファイバ10G、第2光サーキュレータ11B、第5光ファイバ10Eを介して、非線形光学媒質2の第2出力ポート4Bに入射する。また、非線形光学媒質2の第2出力ポート4Bから出射された信号光L1は、第5光ファイバ10E、第2光サーキュレータ11B、第6光ファイバ10Fを介して、第2受光器6Bに伝えられる。図5に示す光スイッチングシステム1の基本的な動作は、図1に示す光スイッチングシステム1と同じであるため省略する。
【0042】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば上述の実施形態では、非線形光学媒質2は出力ポート4(換言すれば制御光L2の入射端)を2つ有するものとしたが、出力ポート4は3つ以上であっても良い。この場合、各出力ポート4に入射する制御光L2の強度を一律とせずに、信号光L1の光軸からより離れた外側の制御光L2ほど光強度を強くすることが望ましい。このように構成することで、信号光L1の光軸から離れた外側の制御光L2であっても、確実に信号光L1を引き寄せて目的の出力ポート4へと誘導することができる。また、本発明の光スイッチを複数従属接続させても良い。即ち、非線形光学媒質2から出力された信号光L1を、他の非線形光学媒質2の入力ポート3に入力するようにしても良い。この場合、下流側の光スイッチングシステム1の光スイッチング素子(非線形光学媒質2)が、上流側の光スイッチングシステム1から見た受光手段6となる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の光スイッチング方法および光スイッチングシステムの実施の一形態を示す構成図である。
【図2】図1の光スイッチングシステムにおいて信号光のみを非線形光学媒質に入射した様子を示す。
【図3】図1の光スイッチングシステムの一部を示し、制御光を非線形光学媒質に入射した様子を示す。
【図4】図1の光スイッチングシステムにおいて信号光が制御光に引き寄せられる様子を示す。
【図5】本発明の光スイッチング方法および光スイッチングシステムの他の実施形態を示す構成図である。
【図6】光学媒質中を伝わる光が回折効果により空間的に広がる様子を示す概念図である。
【図7】非線形光学媒質中を伝わる光が空間光ソリトン効果により自身が形成した導波路に閉じ込められて伝搬する様子を示す概念図である。
【図8】従来の光スイッチの原理を示す概念図であり、(a)はスイッチング素子として使用した光学結晶に信号光を入射した様子を示し、(b)は信号光とは別の方向から上記光学結晶に制御光を入射することにより信号光の伝搬方向を変化させた様子を示す。
【図9】従来の導波路および電極を内蔵する光スイッチの原理を示す概念図である。
【符号の説明】
【0044】
1 光スイッチングシステム
2 非線形光学媒質
3 入力ポート
4 出力ポート
5 通信用光源
6 受光手段
7 制御用光源
8 光路設定手段
10 光ファイバ
L1 信号光
L2 制御光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質に入力ポートと複数の出力ポートを定め、前記複数の出力ポートの中から選択した出力ポートに、制御光を入射して前記非線形光学媒質中に屈折率が増加した領域を形成し、前記入力ポートに入射された信号光を前記屈折率増加領域に引き寄せて前記選択した出力ポートに誘導することで、前記信号光の出力先を切り替えることを特徴とする光スイッチング方法。
【請求項2】
前記非線形光学媒質の外において前記信号光または前記制御光を光ファイバにより伝送することを特徴とする請求項1記載の光スイッチング方法。
【請求項3】
前記非線形光学媒質の屈折率変化の感度は、前記信号光に対するものよりも、前記制御光に対するものの方が大きいことを特徴とする請求項1または2記載の光スイッチング方法。
【請求項4】
空間光ソリトン効果を示す物性を有する非線形光学媒質と、前記非線形光学媒質に設定された入力ポートおよび複数の出力ポートと、前記入力ポートに信号光を入射する通信用光源と、前記出力ポートから出射される前記信号光を受光する複数の受光手段と、前記出力ポートに制御光を入射する制御用光源と、前記制御用光源から前記出力ポートへと前記制御光を伝えると共に、前記出力ポートから前記受光手段へと前記信号光を伝える光路設定手段とを備え、前記複数の出力ポートの中から選択した出力ポートに、前記制御光を入射して前記非線形光学媒質中に屈折率が増加した領域を形成し、前記入力ポートに入射された前記信号光を前記屈折率増加領域に引き寄せて前記選択した出力ポートに誘導することで、前記信号光の出力先を切り替えることを特徴とする光スイッチングシステム。
【請求項5】
前記非線形光学媒質の外において前記信号光または前記制御光を光ファイバにより伝送することを特徴とする請求項4記載の光スイッチングシステム。
【請求項6】
前記非線形光学媒質の屈折率変化の感度は、前記信号光に対するものよりも、前記制御光に対するものの方が大きいことを特徴とする請求項4または5記載の光スイッチングシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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