説明

光偏向器および光偏向器の制御方法

【課題】KTNに印加する制御電圧としてトラップ充填動作および偏向動作を設けて制御する場合、偏向動作の長さによってまたは実際に制御電圧が印加された偏向動作の繰り返し数によって、偏向角に変動が生じ、偏向角の再現性が悪いという問題があった。結晶内にトラップされた電子の量に、時間的なまたは結晶内の空間的なばらつきや変動が生じるため、偏向角にばらつきが生じる問題があった。
【解決手段】本発明は、KTNなどの電気光学結晶を用いた光偏向器において、偏向動作を行なう偏向期間の後であって、トラップへの電子充填を行うトラップ充填期間の前に、残存しているトラップ電子を解放する電圧履歴消去を行う期間を設ける。この電圧履歴消去期間中に電気光学結晶の温度を上昇させることによって結晶内の電子をトラップより解放する。それまでのトラップ充填電圧の履歴を消去し、制御サイクル毎に、結晶内のトラップ電子の状態を初期状態に戻す。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
本発明は、光偏向器の制御方法に関する。より詳細には、KTNを使用した光偏向器およびその制御方法に関する。
【0002】
現在、プロジェクタをはじめとする映像機器、レーザプリンタ、高分解能な共焦点顕微鏡、バーコードリーダ等において、レーザ光を偏向するための光制御素子に対する要求が高まっている。従来より、ポリゴンミラーを回転させる技術、ガルバノミラーにより光の偏向方向を制御する技術、音響光学効果を利用した光回折技術、MEMSと呼ばれるマイクロマシンー技術が提案されている。
【0003】
さらに近年では、電気光学結晶への電荷注入により空間電荷制御状態を実現して電界の傾斜を発生させ、電気光学効果により屈折率の傾斜を生じさせた結果、光偏向させる光偏向器が提案されている(特許文献1)。この電気光学結晶を用いた光偏向器は、ガルバノミラーやポリゴンミラー、MEMSミラー等と異なり可動部を持たないため、高速の光偏向が可能となる。上述の電気光学結晶としては、タンタル酸ニオブ酸リチウム(KTa1-xNbx3(0<x<1):以下KTN)結晶、またはKTNと同様な効果を持つ材料として、他にさらにリチウムを添加したK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)などが知られている。以下では、上述のような電気光学結晶として、KTNを用いた光偏向器を例に説明する。
【0004】
図1は、KTNを用いた光偏向器の構成を示す図である。KTN結晶101の上下面には、電極102、103が形成されている。2つの電極間には、制御電圧源104から制御電圧が印加される。入射光105は、KTN結晶の図面左側端面からz方向に進み、KTN結晶101内において偏向を受けて、x軸方向に進行方向を変えた出射光106が得られる。詳細は後述するが、印加電圧に応じた偏向角が得られる。
【0005】
制御電圧源104からは、光偏向器の用途に応じた制御信号が与えられる。例えば、正弦波、鋸波状の制御信号が、光偏向器の用途に応じて印加される。適切な最大偏向角を得るために、KTNへは、概ね数百V程度の駆動電圧を印加する。しかしながら、偏向を生じさせるための駆動電圧のみで光偏向器を制御する場合、駆動速度の高速化に伴う問題が生じてきた。すなわち、駆動電圧によって電極から注入された電子の移動距離が電極間の距離より短いために理想的な空間電荷制御状態が実現されず、偏向角が減少するという問題があった。
【0006】
この問題点に対しては、偏向を生じさせるための駆動電圧を印加する前に、KTNにバースト状電圧を印加することによって、バースト状電圧印加中に結晶中へ電子を注入し、トラップに電子を捕獲させる制御法が提案されている。すなわち、結晶中のトラップに電子を充填することによって、結晶中に電界の分布または 傾斜を生じさせることが可能となり光偏向を実現できる。
【0007】
図2は、KTN結晶にトラップ充填時間を設けた制御電圧の印加方法を説明する図である。横軸に時間を示し、縦軸に制御電圧を示している。制御電圧を印加する時間は、トラップ充填電圧を印加する時間202と、偏向を生じさせるための偏向電圧を印加する時間204に分けられる。本例では、トラップ充填のためのバースト状電圧として、正の一定電圧201を印加する駆動方法の例を示している。偏向電圧203は、正弦波信号としているが、鋸波状信号でも他の任意の波形の信号でも良い。なお、図2では、正の一定電圧201を印加する例を示したが、負の一定電圧を印加するものとしても良い。また、バースト状電圧として、三角波や鋸波を印加することもできる。
【0008】
図2に示したように、トラップ充填時間202を設けたことで、偏向電圧印加動作204中に電子の注入が無くても、トラップ充填動作202中にトラップに捕獲された電子により電界の傾斜が発生する。その結果、電気光学効果による屈折率の傾斜が生じるため、高速で広角な光偏向を実現することが可能となる。トラップ充填が十分に行われ、また必要な偏向角が維持できる限り、上述のトラップ充填時間および偏向時間の長さに何ら制限は無い。また、図2に示したように、必ずしもトラップ充填時間および偏向時間が繰り返される必要性はない。繰り返しを行わずに単一の偏向時間に対して、その前にトラップ充填時間を設ければ良い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2006/137408号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Koichiro Nakamura 他、”Space-charge-controlled electro-optic effect: Optical beam deflection by electro-optic effect and space-charge-controlled electrical conduction”, JOURNAL OF APPLIED PHYSICS 104, 013105, 2008年
【非特許文献2】Jun Miyazu 他、「400 kHz Beam Scanning Using KTa1-xNbxO3 Crystals」、Conference on Laser and Electro-Optics, Quantum Electronics and Laser Science conference 予稿集 (CLEO/QELS 2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、図2に示したように、KTNに印加する制御電圧としてトラップ充填時間および偏向時間を設けて制御する場合、偏向時間の長さによってまたは実際に制御電圧が印加される偏向動作の繰り返し数によって、偏向角に変動が生じ、偏向角の再現性が悪いという問題があった。これは、偏向動作の終了後、偏向電圧の印加を停止しても、トラップ中に電子が残っているためと考えられている。結晶内にトラップされた電子の量に、時間的なまたは結晶内の空間的なばらつきや変動が生じるため、偏向角にばらつきが生じる問題があった。以下、さらに具体的にこの問題を説明する。
【0012】
KTN結晶のトラップに充填された電子密度をNtrapとすると、このKTN結晶を光信号が通過するときに得られる偏向角は、次式で表される。
【0013】
【数1】

【0014】
上式において、偏向角θp-pは、図1を参照すると、偏向電圧として正弦波を印加したときのx軸方向についての最大偏向角振れ幅である。nはKTNの屈折率であり、Lは図1におけるz軸方向のKTN結晶の長さである。g11は電気光学定数であり、eは電気素量、εは誘電率である。また、Vは偏向電圧の最大振幅電圧であり、dは図1におけるz方向のKTN結晶の厚さである。
【0015】
式(1)からわかるように、偏向角θp-pは、トラップに充填された電子密度Ntarpに比例する。
【0016】
図3は、トラップ電子密度の時間変動を表す図である。図3の横軸は時間であって、縦軸はKTN結晶内のトラップに充填された電子密度Ntrapである。図3では、トラップ充填動作(Ttrap)と、偏向動作(Tscan)とが交互に3回(i=1、2、3)繰り返される状況を示している。このとき、トラップ電子密度Ntrapは、各曲線304、301、305、302、306、303で示したように変化する。
【0017】
最初のトラップ充填動作中(Ttrap)では、トラップ電子密度は、トラップ充填電圧が印加されることによって0からN1まで増加する。その後、最初の偏向動作中(Tscan)において、例えば正弦波の制御電圧を印加して偏向すると、トラップ電子密度は次第に減少する。次に、2回目のトラップ充填動作中(Ttrap)では、トラップ電子密度は、トラップ充填電圧が印加されることによって、曲線301の最後の値からN2まで増加する。その後、2回目の偏向動作中(Tscan)において、制御電圧を印加して偏向すると、トラップ電子密度は次第に減少する。3回目のトラップ充填動作中(Ttrap)では、トラップ電子密度は、トラップ充填電圧が印加されることによって、曲線302の最後の値からN3まで増加する。
【0018】
図3からわかるように、最初にKTN内のトラップ電子密度が0である場合は、トラップ電子密度Ntrapは、トラップ充填動作および偏向動作の1つの制御サイクルを経る毎に、N1、N2,N3と次第に増加する。これは、1回の偏向動作(Tscan)が終了してもトラップに電子が残っているためである。したがって、1つ前の制御サイクルでトラップ電子が残存している状態に対して、引き続いてトラップ充填させた場合、その新たな充填動作中に充填されて結果的に得られるトラップ電子密度は、1つ前の制御サイクルのときのトラップ電子密度とは異なることになる。
【0019】
図4は、制御サイクルを繰り返したときのトラップ電子密度の変化を概念的に示した図である。横軸は制御サイクルの繰り返し数iを示しており、縦軸は各制御サイクルのトラップ充填動作の最後の時点におけるトラップ電子密度Niを示す。図4では、最初のサイクル開始時点で、一定量のトラップ電子密度が既に存在していた場合を示しており、Niはある回数のサイクルを繰り返すと、平衡値に達している。図4の場合では、所定の回数の制御サイクルを経ない限り、トラップ電子密度が安定しない。したがって、式(1)で示したように得られる偏向角も変動することになる。
【0020】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、偏向角の安定性に優れた電気光学結晶を用いた光偏向器および光偏向器の制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1の発明は、電気光学結晶の対向する面に形成した少なくとも2つの電極に制御電圧を印加して、電気光学効果により前記結晶内の屈折率分布の傾斜を生成することによって、前記制御電圧により形成される電界に概ね垂直に入射する入射光を偏向させる光偏向器の制御方法において、前記電気光学結晶に、直流電圧または正極性および負極性の直流電圧を含む交番電圧からなるトラップ充填電圧を印加する第1の駆動ステップと、前記第1のステップに引き続き、前記制御電圧として、入射光を偏向させる偏向電圧を印加する第2の駆動ステップと、前記第2のステップに引き続き、前記電気光学結晶の温度を上昇させるステップであって、前記結晶内のトラップに捕獲された電子を除去するステップとを備えることを特徴とする光偏向器の制御方法である。
【0022】
請求項2の発明は、請求項1の方法であって、前記第2の駆動ステップにおいて、前記電気光学結晶内の電子密度の時間変動を相殺するように、前記偏向電圧の振幅を変化させて、前記光偏向器によって得られる出射光の最大偏向角を一定に保つことを特徴とする。
【0023】
請求項3の発明は、請求項1の方法において、前記第1の駆動ステップ、前記第2の駆動ステップおよび前記温度を上昇させるステップを繰り返すことを特徴とする。
【0024】
請求項4の発明は、請求項1の方法において、前記電気光学結晶は、タンタル酸ニオブ酸リチウム(KTa1-xNbx3(0<x<1):以下KTN)結晶、またはリチウムを添加したK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)のいずれかであることを特徴とする。
【0025】
請求項5の発明は、対向する面に少なくとも2つの電極を形成した電気光学結晶であって、前記電極に制御電圧を印加して、電気光学効果により内部の屈折率分布の傾斜を生成することによって、前記制御電圧により形成される電界に概ね垂直に入射する入射光を偏向させる電気光学結晶と、前記電極に印加する前記制御電圧を生成する制御電圧電源であって、前記電気光学結晶に、直流電圧または正極性および負極性の直流電圧を含む交番電圧からなるトラップ充填電圧と、前記トラップ充填電圧を印加した後に印加する前記制御電圧として、入射光を偏向させる偏向電圧とを生成するよう構成された制御電圧電源と、前記偏向電圧の印加に引き続き、前記電気光学結晶の温度を上昇させて、前記電気光学結晶内のトラップに捕獲された電子を除去する温度可変手段とを備えたことを特徴とする光偏向器である。
【0026】
請求項6の発明は、請求項5の光偏向器において、前記制御電圧電源は、前記電気光学結晶内の電子密度の時間変動を相殺するように、前記偏向電圧の振幅を変化させて、出射光に与えられる最大偏向角を一定に保つことを特徴とする。
【0027】
請求項7の発明は、請求項5の光偏向器において、前記電気光学結晶は、タンタル酸ニオブ酸リチウム(KTa1-xNbx3(0<x<1))結晶、またはリチウムを添加したK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)のいずれかであることを特徴とする
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように、本発明により、偏向角の再現性に優れた光偏向器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1は、KTNを用いた光偏向器の構成を示す図である。
【図2】図2は、KTN結晶にトラップ充填時間を設けた制御電圧の印加方法を説明する図である。
【図3】図3は、トラップ電子密度の時間変動を表す図である。
【図4】図4は、制御サイクルを繰り返したときのトラップ電子密度の変化を概念的に示した図である。
【図5】図5は、本発明の光偏向器の構成を示す概念図である。
【図6】図6は、トラップ電子密度の時間変動を結晶温度をパラメータとして表したグラフを示した図である。
【図7】図7は、屈折率分布からトラップ電子密度を求める方法を説明する概念図である。
【図8】図8は、本発明における、履歴消去動作を含む制御電圧を使用した場合のトラップ電子密度の時間変動を表す概念図である。
【図9】図9は、本発明における、制御サイクルを繰り返したときのトラップ電子密度の変化を概念的に示した図である。
【図10】図10は、偏向動作中(Tscan)に印加する偏向電圧振幅を補正した制御電圧の制御方法を示す概念図である。
【図11】図11は、本発明の電気光学結晶を温度上昇させる電圧履歴消去動作を含めた、光偏向器の実際的な制御タイミングを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明は、KTNなどの電気光学結晶を用いた光偏向器において、ある一定時間の偏向動作の後であって、トラップへの電子充填を行う前に、電気光学結晶を加熱し残留しているトラップ電子を熱的に励起してトラップからの束縛状態から解放することによって残留電子を極力無くすことを特徴とする。その結果、偏向動作の電圧履歴が消去される。本発明が適用できる電気光学結晶には、タンタル酸ニオブ酸リチウム(KTa1-xNbx3(0<x<1):以下KTN)結晶、またはKTNと同様な効果を持つ材料として、リチウムを添加したK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)などが含まれる。
【0031】
上述の電圧履歴消去動作中では、偏向動作後に残っているトラップに充填された電子をトラップから解放することによって、それまでの残留電子の履歴を消去し、制御サイクル毎に、結晶内のトラップ電子の状態を初期状態に戻す。この履歴消去動作を設けることで、光偏向器における偏向角の再現性を向上させる。以下、詳細に本発明の構成および動作について説明する。
【0032】
図5は、本発明の光偏向器の構成を示す概念図である。本発明の光偏向器600は、電気光学結晶601と、結晶601の上下面に形成された電極602a、602bからなる。図5では、下面の電極602bは表示されていない。具体的には、本発明の光偏向器600は矩形状のKTN結晶チップを用いた光偏向器である。2つの電極間には、KTNに印加する制御電圧を供給する制御電圧電源604が接続される。この制御電圧電源604は、図2とともに説明したような様々な制御電圧信号を出力できるものである。また、KTNに対して実用的な偏向角を生じ得るような数百V程度の電圧を印加できる駆動能力を持つ。入射光605は、電気光学結晶601の1つの面から入射され、偏向を受けて、対向する端面から出射する。
【0033】
本発明の光偏向器600は、さらに、温度制御ステージ603を有している。温度制御ステージは、電気光学結晶601の温度を任意の温度に設定することが可能なものであって、所定の温度変化速度で、電気光学結晶601の温度を制御できる。図5では、電気光学結晶601を物理的に保持するものとして記載されているが、電気光学結晶601の温度を制御できるものである限り、どのような構成であっても良い。したがって、電気光学結晶601と接触をしていなくても良い。また、図5では、温度制御ステージ603は電気光学結晶601を保持する機構物として示しているが、電気光学結晶の温度を制御するための付随する制御回路なども当然に存在する。次に、本発明の光偏向器における制御電圧の制御方法について詳細に説明する。
【0034】
図6は、結晶温度をパラメータとしたトラップ電子密度の時間変動のグラフである。最初に所定の時間(図6のAの期間)でトラップ充填を行った後に、電気光学結晶を所定の時間で所定の温度に設定し(図6のBの期間)、その後トラップ電子密度の時間変化を測定した(図6のCの期間)。横軸は、経過時間を秒で示し、縦軸はトラップ量(トラップ電子密度)を示している。
【0035】
測定条件をより詳細に説明すれば、以下の通りである。最初に、図6のAの期間において、300Vのトラップ充填直流電圧を60秒間印加して、KTN結晶を初期トラップ充填状態に設定した。図6のグラフの横軸0秒の時点でトラップ充填電圧を停止し、その6秒後に最初のトラップ電子密度を測定した。その後、図6のBの期間において、60秒までの間にKTNを所定の温度に設定した。KTN結晶を所定の温度に設定後、図6のCの期間において、60秒毎にトラップ電子密度を繰り返し測定した。
【0036】
図6の測定に用いたKTNは、チップサイズが 幅W3.20×長さL(光の進行方向)4.00×厚さT(電圧の印加方向)1.00 mm3で、電極サイズは、W3.15×L3.4mm2、通常のKTNの動作温度は51.2℃(εr=17500)である。
【0037】
図6において、四角のプロットは、KTNを通常動作温度51.2℃に維持したままでトラップ電子密度を測定したものである。丸のプロットおよび三角のプロットは、KTNをそれぞれ60℃および70℃に温度を設定してトラップ電子密度を測定したものである。図6から明らかなように、KTNの温度をより高く上昇させることによって、トラップ電子密度はより早く減少し、飽和下限値に達している。また、トラップ電子密度が、1×1020(m-3)程度の下限値で飽和しているが、これは、トラップ電子密度の測定系の限界によるものである。
【0038】
図7は、屈折率分布からトラップ電子密度を求める方法を説明する概念図である。トラップ電子密度は、リタデーション分布を測定することによって求めることができる。(リタデーション分布の測定方法については、非特許文献1を参照)。リタデーション分布と屈折率変化量(Δn)の分布との間には、以下の式で表される関係がある。
【0039】
【数2】

【0040】
上式で、Δnは屈折率変化量であり、nは屈折率(リタデーション測定波長(633nm)で2.265)、Lは電極長であり図6で示した測定における使用サンプルでは電極長は3.4mmである。上式(2)の関係を用いて、リタデーション測定値から屈折率分布を求めることができる。図7に示した残留屈折率分布の図において、温度上昇前では、概ね2次関数の屈折率分布曲線が得られる。この2次関数曲線から、結晶中に一様にトラップに電子が充填されていると仮定して、トラップ電子密度を求めることができる。詳細は、以下の通りである。
【0041】
結晶内に一様に、トラップされた電子が存在していると仮定する。このトラップ量をNtrapとすると、結晶内の電界分布は、ガウスの法則より次式で表される。
【0042】
【数3】

【0043】
上式(3)において、2つの電極の陰極を原点0として、0からxまで積分すると次式が得られる。ここで、eは電子素量であり、εは電気光学結晶の誘電率である。
【0044】
【数4】

【0045】
電界を位置で積分すると電圧が得られるので、駆動電圧をVとして2つの電極間の距離をdとすると、駆動電圧が0のときの状態について、さらに次式が得られる。
【0046】
【数5】

【0047】
上式(5)より、E(0)は、次式で表される。
【0048】
【数6】

【0049】
上式(6)を式(5)に代入して、さらに次式を得る。
【0050】
【数7】

【0051】
電気光学結晶が2次の電気光学効果(カー効果)を持つ場合、屈折率の変化量Δn(x)は、次式で表される。
【0052】
【数8】

【0053】
結晶中に一様に密度Nのトラップされた電子がある場合の屈折率分布は、以下のように、結晶の厚さ方向の中心(x=d/2)を中心とした2次関数となる。
【0054】
【数9】

【0055】
図7で示したような残留屈折率分布のグラフを求められれば、式(9)を用いて、グラフからトラップされた電子密度Ntrapを見積もることができる。
【0056】
上述のように、KTN結晶の温度を上昇させることによって、偏向動作後に残っていたトラップ充填された電子をトラップから解放することができる。KTN結晶の温度を上昇させる動作を設けて、それまでのトラップ充填の履歴を消去することで、制御サイクル毎に、結晶内のトラップ電子の状態を初期状態に戻すことができる。次に、この履歴消去時間を加えた、光偏向器の制御方法について説明する。
【0057】
図8は、本発明における履歴消去動作を含む制御電圧を使用した場合の、トラップ電子密度の時間変動を表す概念図である。図3に示した従来のトラップ充填動作のみを設けた制御電圧の場合のトラップ電子密度の時間変動と対比しながら、図8を説明する。図8では、横軸に時間を、縦軸にトラップ電子密度を示している。トラップ充填動作(Ttrap)と、偏向動作(Tscan)とが交互に3回(i=1、2、3)繰り返される状況を示している。このとき、トラップ電子密度Ntrapは、各曲線404、401、405、402、406、403で示したように変化する。最初のトラップ充填動作中(Ttrap)では、トラップ電子密度は、トラップ充填電圧が印加されることによって0からN1まで増加する。その後、最初の偏向動作中(Tscan)において、例えば正弦波の制御電圧を印加して偏向すると、トラップ電子密度は次第に減少する。本発明の光偏向器の制御方法では、最初の偏向動作(Tscan)の終了とともに、電圧履歴消去動作中に、光偏向器の電気光学結晶の温度を上昇させて、トラップに残っていた電子を一旦トラップから解放する。したがって、偏向動作(Tscan)の終了後、速やかにトラップ電子密度は0に戻る。
【0058】
最初の制御サイクルに引き続き、2回目の制御サイクルは、2回目のトラップ充填動作(Ttrap)で始まるが、トラップ電子密度は、トラップ充填電圧が印加されることによって再び0からN1まで増加する。したがって、2回目の偏向動作(Tscan)の開始時点でのトラップ電子密度は、最初の制御サイクルと同じN1となる。同様に、3回目の制御サイクルでも、3回目の偏向動作(Tscan)の開始時点でのトラップ電子密度は、最初のサイクルと同じN1となる。したがって、制御サイクルを繰り返しても、トラップ電子密度は概ね一定に保たれる。
【0059】
図9は、本発明における、制御サイクルを繰り返したときのトラップ電子密度の変化を概念的に示した図である。横軸は制御サイクルの繰り返し数iを示しており、縦軸は各サイクルの充填動作の最後の時点におけるトラップ電子密度Niを示す。図9では、プロット410によって、最初のサイクル開始時点で、一定量のトラップ電子密度が既に存在していた従来技術の場合を示してある。本発明の電圧履歴消去動作を含む制御電圧の制御方法によれば、トラップ電子密度Niは以前の制御サイクルの有無や繰り返し数に関係なく、最初のトラップ電子密度を維持したまま一定値に保たれる。
【0060】
図9における偏向動作中(Tscan)の時刻tの偏向角θ(t)は、式(1)を参照すれば、次式で表される。
【0061】
【数10】

【0062】
ここで、nはKTNの屈折率であり、Lは図1におけるz軸方向のKTN結晶長さである。g11は電気光学定数であり、eは電気素量、εは誘電率である。また、V(t)は偏向電圧であり、dは、図1におけるz方向のKTN結晶厚さである。
【0063】
ここで、偏向電圧を正弦波信号とすると、得られる偏向角も正弦波状となる。
【0064】
【数11】

【0065】
【数12】

【0066】
式(11)、式(12)より、偏向角は次式で表される。
【0067】
【数13】

【0068】
式(13)において、Ntrap(t)は、トラップ充填が終了して偏向動作(Tscan)を開始した時からのトラップ電子密度は、次式で表される。
【0069】
【数14】

【0070】
式(14)に着目すれば、従来のトラップ充填動作のみを設けた制御電圧の制御方法の場合、Niは制御サイクル毎に変動する。一方、図8に示した電圧履歴消去動作を含む制御電圧の制御方法によれば、Niが一定値に保たれることになる。また、偏向動作(Tscan)内では、ある時定数τiを持った自然対数カーブで、電子密度は次第に僅かずつ減少する。
【0071】
しかしながら、偏向動作(Tscan)に印加する偏向電圧の振幅を補正することによって、偏向角を一定に維持することができる。次に、図9で示した、本発明の履歴消去動作を含む制御電圧を使用した光偏向器の制御方法で、偏向角の安定性をさらに改善する方法を説明する。
【0072】
図10は、偏向動作中(Tscan)に印加する偏向電圧振幅を補正した制御電圧の制御方法を示す概念図である。図10では、偏向動作中(Tscan)において、トラップ電子密度Ni(t)501に加えて、偏向電圧信号の包絡線V0(t)503および偏向角θ0(t)504も示している。図10に示した改善した方法では、式(14)で示したトラップ電子密度の漸減を相殺するように、偏向電圧の包絡線を漸増させている。例えば、偏向電圧信号の包絡線V0を次式のように変化させる。
【0073】
【数15】

【0074】
この偏向電圧の補正によって、偏向動作中(Tscan)における偏向角も一定値に保つことができる。
【0075】
上述の説明では、偏向動作中(Tscan)のトラップ電子密度変化が、概ね自然対数の漸減カーブとしたが、何らかの原因で他の変化パターンに従う場合がある。このような場合には、この変化パターンに応じて、トラップ電子密度変化を相殺するように、偏向電圧の包絡線を補正すれば良い。このような補正した制御電圧は、任意波形発生器で包絡線信号を生成し、正弦波を変調することなどによって簡単に得られる。
【0076】
図11は、本発明の電気光学結晶を温度上昇させる電圧履歴消去動作を含めた、光偏向器の実際的な制御タイミングを説明する図である。図5に示した本発明の光偏向器では、温度制御ステージ603を有している。温度制御ステージ603は、電気光学結晶601の温度を任意の温度に設定することができるが、一般に温度設定にはある程度の時間が必要となる。温度設定は、温度制御ステージ603における温度可変手段の構成に依る。
【0077】
図11において、横軸の時間軸は、温度可変手段の温度設定時間も考慮したリニアな実時間で表現している。本発明では、KTNに印加される制御電圧の制御サイクルは、その制御内容によって次の3つの期間に分けられる。
【0078】
第1の期間はトラップ充填動作を行なう時間(Ttrap)507であり、この期間では、図2で示したように、バースト状電圧として、例えば正の一定電圧201を印加する。次に述べる偏向電圧印加動作中に電子の注入が無くても、トラップ充填期間中にトラップに捕獲された電子により電界の傾斜が発生する。その結果、電気光学効果による屈折率の傾斜が生じるため、高速で広角な光偏向を実現する。トラップ充填電圧としては、単極性の直流電圧だけに限らない。例えば、正極性および負極性の2つの電圧値を一定時間ずつ含む交番電圧を与えても良い。交番電圧を与えることによって、2つの電極近傍の双方に均等に電子がトラップ可能となり、空間的なトラップ電子の不均一を避けることができる。また、偏向動作に用いられる高速信号よりも低周波数の交流信号を与えても良い。
【0079】
第2の期間は、偏向電圧を印加する偏向動作を行なう時間(Tscan)505であり、電気光学結晶に高周波の偏向電圧が印加されて、偏向動作が行なわれる。この偏向期間においては、図11のV0(t)に示すようにトラップ電子密度変化Ni(t)に対応して、トラップ電子密度の変化を相殺するように偏向電圧の振幅値(包絡線)を変調して補正するのが好ましい。これによって、偏向角θ0(t)を一定値に保つことができる。
【0080】
第3の期間は、電圧履歴消去動作を行なう時間(Tclear)506であり、電気光学結晶を温度上昇させて、トラップに残存している電子を解放して、電気光学結晶内にトラップ電子がない初期状態に戻す。制御サイクルを繰り返す場合には、電圧履歴消去動作には電気光学結晶を元の通常動作の温度に戻す動作も含める。上述の3つの期間をこの順に配置して、偏向電圧および電気光学結晶温度を制御することで、偏向角の再現性に優れた光偏向器を実現することができる。
【0081】
本発明のような制御方法は、次のような分野に適用するのが好ましい。すなわち、電圧履歴消去期間に10秒程度のある程度の長い時間が必要であり、充填トラップをゼロにするのに時間がかかる(温度を上昇させない場合よりは短縮されるが)ので、1日数回、数分程度の偏向器を動作させない期間がある場合に有効である。すなわち、1つの制御サイクルが比較的長い時間に応用できる。また、短期間での繰り返しを必要としない応用に適当である。各制御サイクルiの時間が長く、トラップ電子密度Ni(t)の減少が比較的大きいため、偏向電圧の上昇幅が大きくなる。偏向角の絶対値は大きく保てないが、偏向角の安定度は高い。
【0082】
より具体的には、電気光学結晶の電気光学特性の評価方法に使用できる。
【0083】
以上詳細に説明したように、本発明により、偏向角の再現性に優れた光偏向器を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、光学機器に利用することができる。
【符号の説明】
【0085】
100、600 光偏向器
101、601 電気光学結晶
102、103、602a 電極
104、604 制御電圧電源
105、605 入射光
603 温度制御ステージ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気光学結晶の対向する面に形成した少なくとも2つの電極に制御電圧を印加して、電気光学効果により前記結晶内の屈折率分布の傾斜を生成することによって、前記制御電圧により形成される電界に概ね垂直に入射する入射光を偏向させる光偏向器の制御方法において、
前記電気光学結晶に、直流電圧または正極性および負極性の直流電圧を含む交番電圧からなるトラップ充填電圧を印加する第1の駆動ステップと、
前記第1のステップに引き続き、前記制御電圧として、入射光を偏向させる偏向電圧を印加する第2の駆動ステップと、
前記第2のステップに引き続き、前記電気光学結晶の温度を上昇させるステップであって、前記結晶内のトラップに捕獲された電子を除去するステップと
を備えることを特徴とする光偏向器の制御方法。
【請求項2】
前記第2の駆動ステップにおいて、前記電気光学結晶内の電子密度の時間変動を相殺するように、前記偏向電圧の振幅を変化させて、前記光偏向器によって得られる出射光の最大偏向角を一定に保つことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第1の駆動ステップ、前記第2の駆動ステップおよび前記温度を上昇させるステップを繰り返すことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記電気光学結晶は、タンタル酸ニオブ酸リチウム(KTa1-xNbx3(0<x<1))結晶、またはリチウムを添加したK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
対向する面に少なくとも2つの電極を形成した電気光学結晶であって、前記電極に制御電圧を印加して、電気光学効果により内部の屈折率分布の傾斜を生成することによって、前記制御電圧により形成される電界に概ね垂直に入射する入射光を偏向させる電気光学結晶と、
前記電極に印加する前記制御電圧を生成する制御電圧電源であって、
前記電気光学結晶に、直流電圧または正極性および負極性の直流電圧を含む交番電圧からなるトラップ充填電圧と、
前記トラップ充填電圧を印加した後に印加する前記制御電圧として、入射光を偏向させる偏向電圧と
を生成するよう構成された制御電圧電源と、
前記偏向電圧の印加に引き続き、前記電気光学結晶の温度を上昇させて、前記電気光学結晶内のトラップに捕獲された電子を除去する温度可変手段と
を備えたことを特徴とする光偏向器。
【請求項6】
前記制御電圧電源は、前記電気光学結晶内の電子密度の時間変動を相殺するように、前記偏向電圧の振幅を変化させて、出射光に与えられる最大偏向角を一定に保つことを特徴とする請求項5に記載の光偏向器。
【請求項7】
前記電気光学結晶は、タンタル酸ニオブ酸リチウム(KTa1-xNbx3(0<x<1))結晶、またはリチウムを添加したK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)のいずれかであることを特徴とする請求項5に記載の光偏向器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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