説明

光偏向器の駆動方法

【課題】本発明の目的は、駆動速度の高速化に伴う偏向角の減少を低減させるような光偏向器の駆動方法を提供することにある。
【解決手段】本発明の光偏向器の駆動方法は、電気光学効果を有する電気光学結晶と、上記電気光学結晶の内部に電界を発生させる、正極と負極からなる対向する電極対とを備え、上記電界の方向と直交するように入射光の光軸が設定され、上記電極対の間に電圧を印加すると、上記電界の傾斜が生じ、上記電気光学効果により屈折率の傾斜が生じ、上記入射光を偏向させる光偏向器において、上記光偏向器を駆動するための駆動電圧を印加する前に、バースト電圧を印加することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光偏向器の駆動方法に関し、より詳細には、駆動速度の高速化に伴う偏向角の減少を低減させる光偏向器の駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気光学結晶への電荷注入により空間電荷制御状態を実現して電界の傾斜を発生させ、電気光学効果により屈折率の傾斜を生じさせた結果、光偏向させる光偏向器(特許文献1)は、ガルバノミラーやポリゴンミラー、MEMSミラー等と異なり可動部を持たないため、高速の光偏向が可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第06/137408号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、駆動電圧のみで光偏向器を駆動する場合は、駆動速度の高速化に伴い、駆動電圧により注入された電子の移動距離が電極間の距離より短いことにより理想的な空間電荷制御状態が実現されず、偏向角が減少するという問題が明らかになった。
【0005】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、駆動速度の高速化に伴う偏向角の減少を低減させるような光偏向器の駆動方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的を達成するために、本発明の請求項1に記載の発明は、電気光学効果を有する電気光学結晶と、上記電気光学結晶の内部に電界を発生させる、正極と負極からなる対向する電極対とを備え、上記電界の方向と直交するように入射光の光軸が設定され、上記電極対の間に電圧を印加すると、上記電界の傾斜が生じ、上記電気光学効果により屈折率の傾斜が生じ、上記入射光を偏向させる光偏向器において、上記光偏向器を駆動するための駆動電圧を印加する前に、バースト電圧を印加することを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載の発明は、上記バースト電圧が、正または負の一定電圧であることを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載の発明は、上記バースト電圧が、正の一定電圧と負の一定電圧の組み合わせであることを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の発明は、上記バースト電圧が、正弦波であることを特徴とする。
【0010】
請求項5に記載の発明は、上記バースト電圧が、三角波であることを特徴とする。
【0011】
請求項6に記載の発明は、上記バースト電圧が、のこぎり波であることを特徴とする。
【0012】
請求項7に記載の発明は、上記駆動電圧と上記バースト電圧を、繰り返し印加することを特徴とする。
【0013】
請求項8に記載の発明は、上記電気光学結晶がK1-yyTa1-xNbx3(0≦x≦1、0≦y<1)であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明によれば、駆動するための電圧を印加する前に、バースト電圧を印加することにより、バースト電圧印加中に結晶中への電子の注入、及びトラップへの電子の捕獲が行われ、駆動電圧印加中には電子の注入無しでも、トラップに捕獲された電子により電界の傾斜が発生し、その結果電気光学効果による屈折率の傾斜が生じるため、高速で広角な光偏向を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の基本的な電圧駆動方法を説明するための説明図100である。
【図2】本発明の一実施形態に係る電圧の駆動方法を説明するための説明図200である。
【図3】本発明の一実施形態に係る実験系300を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る偏向角の周波数依存性400を示すグラフである。
【図5】本発明の別の実施形態に係る電圧の駆動方法を説明するための説明図500である。
【図6】本発明の更に別の実施形態に係る電圧の駆動方法を説明するための説明図600である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1に、本発明の基本的な電圧駆動方法を説明する図100を示す。
図1において、駆動電圧の前のバースト電圧はここでは正の定電圧と負の定電圧を一定時間ずつ印加することとし、その電圧の振幅101は、正負ともにV’、正と負の電圧印加時間の合計102は、t’とする。駆動電圧のみを印加する場合は、その駆動速度が高速化されると、駆動電圧印加に伴い注入された電子が、トラップに捕獲されるまでの時間(トラップ時間)や捕獲された電子が伝導帯へ放出されるまでの時間(デトラップ時間)が駆動信号の電圧変化時間より長い、あるいは注入された電子の、電圧変化時間における移動距離が電極間の距離より短い、という2つの原因により、理想的な空間電荷制御状態が実現されず、その結果偏向角が減少してしまう。
【0017】
本発明のように、駆動電圧の前にバースト電圧を印加する場合、バースト電圧を印加中に結晶中への電子の注入、及びトラップへの電子の捕獲が行われ、駆動電圧印加中には電子の注入無しでも、トラップに捕獲された電子により電界の傾斜が発生し、その結果電気光学効果による屈折率の傾斜が生じるため、駆動電圧を高速化しても広角な光偏向を実現することが可能となる。
【0018】
次に本発明の電圧駆動方法を使用した場合に得られる偏向角について説明する。駆動電圧の前にバースト電圧を印加すると、結晶中に電子が注入され、結晶中のトラップに電子が捕獲される。その捕獲量をNは、V’、t’、結晶の誘電率εに依存するが、結晶の位置には依存しないとする(N=N(V’,t’,ε))。バースト電圧を印加後に駆動電圧を印加すると、バースト電圧印加中にトラップに捕獲された電子は真電荷として働き、特に駆動電圧の駆動速度が十分に大きい場合は、駆動電圧印加中の結晶中への電子の注入の効果は、無視できる。この時の結晶中での電界分布E(x)は、ガウスの法則より
【0019】
【数1】

【0020】
という微分方程式で表される。ここでx軸を陰極から陽極に向かってとり、陰極を原点とする。eは電子素量、εは電気光学結晶の誘電率である。これを積分すると、
【0021】
【数2】

【0022】
となる。E(0)は、陰極での電界である。電界を位置で積分すると電圧になるので、駆動電圧をV、陰極から陽極までの距離をdとすると、
【0023】
【数3】

【0024】
と表せ、E(0)は、次の式で表される。
【0025】
【数4】

【0026】
式(4)を式(2)へ代入すると電界分布は、
【0027】
【数5】

【0028】
と表される。
電気光学結晶が2次の電気光学効果(カー効果)を有する場合、屈折率の変化量Δn(x)は、
【0029】
【数6】

【0030】
となる。nは結晶の屈折率、gijは電気光学係数である。式(6)に式(5)を代入すると、
【0031】
【数7】

【0032】
したがって、偏向角θ(x)は、Lを電極の長さとすると、次式となる。
【0033】
【数8】

【0034】
特に、電極間の中心に光を通す場合、x=d/2となり、偏向角θは、
【0035】
【数9】

【0036】
となる。
【0037】
バースト電圧を印加せず、電子の注入の効果が無視できるほど駆動電圧が高速の場合には、本願発明のようなバースト電圧によるトラップへの捕獲が行なわれないため、(9)においてN(V’,t’,ε)が0の場合と等価となり、偏向角も0となる。
【0038】
(実施例)
図2に、本発明を実施するための駆動方法を説明する図200を示す。
図2において、バースト電圧は正の定電圧と負の定電圧を一定時間ずつ印加し、その電圧の振幅201は、正負ともに同じV’=400Vとし、正と負の電圧印加時間202の合計t’は5msecとした。駆動電圧の振幅203は、V=400Vのサイン波で、その継続時間204は、30msecとし、バースト電圧と駆動電圧を繰り返し印加した。
【0039】
図3に、本発明を実施するための実験系300を示す。
図3において、光偏向器301は、KTN結晶を1mm×1mm×1mmに切り出し、対向する面に電極302を取り付けたものを使用する。本実施例のKTN結晶の比誘電率は測定温度47.7℃において20000であり、常誘電相にある。この時、KTN結晶は、2次の電界光学効果(カー効果)を有する。電極材料は、Ti/Pt/Auである。図2に記載の駆動方法で、サイン波の駆動電圧の周波数を1kHzから100kHzまで変化させて、駆動電圧が±400Vの時の偏向角を測定した。また、バースト信号を印加せずに、サイン波のみを電圧振幅400Vで、周波数を1kHzから100kHzまで変化させて、電圧が±400Vの時の偏向角を測定した。+400Vの時の偏向角と−400Vの時の偏向角の差(全角)400を図4に示す。
【0040】
いずれの周波数においても、バースト電圧を駆動電圧の前に印加した方が、広角な光偏向が実現されていることがわかる。
【0041】
なお、本実施形態では、バースト電圧として、正の定電圧と負の定電圧を一定時間ずつ印加し、バースト電圧と駆動電圧を繰り返し印加するものとしたが、別の形状のバースト電圧を印加するものとしてもよい。
【0042】
図5に、バースト電圧として、正の一定電圧を印加する駆動方法を示す。なお、図5では、正の一定電圧を印加するものとしたが、負の一定電圧を印加するものとしてもよい。また、図6に、バースト電圧として、正弦波を印加する駆動方法を示す。また、図には示さないが、バースト電圧として、三角波やのこぎり波を印加するものとしてもよい。
【0043】
このように、別の形状のバースト電圧を印加した場合でも、上述の図2に示した駆動方法と同様の効果が得られる。
【符号の説明】
【0044】
101,201,501,601 バースト電圧振幅
102、202,502,602 バースト電圧印加時間
203,503,603 駆動電圧振幅
204,504,604 駆動電圧印加時間
301 KTN光偏向器
302 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気光学効果を有する電気光学結晶と、
前記電気光学結晶の内部に電界を発生させる、正極と負極からなる対向する電極対とを備え、
前記電界の方向と直交するように入射光の光軸が設定され、
前記電極対の間に電圧を印加すると、前記電界の傾斜が生じ、前記電気光学効果により屈折率の傾斜が生じ、前記入射光を偏向させる光偏向器において、
前記光偏向器を駆動するための駆動電圧を印加する前に、バースト電圧を印加することを特徴とする光偏向器の駆動方法。
【請求項2】
前記バースト電圧が、正または負の一定電圧であることを特徴とする請求項1に記載の光偏向器の駆動方法。
【請求項3】
前記バースト電圧が、正の一定電圧と負の一定電圧の組み合わせであることを特徴とする請求項1に記載の光偏向器の駆動方法。
【請求項4】
前記バースト電圧が、正弦波であることを特徴とする請求項1に記載の光偏向器の駆動方法。
【請求項5】
前記バースト電圧が、三角波であることを特徴とする請求項1に記載の光偏向器の駆動方法。
【請求項6】
前記バースト電圧が、のこぎり波であることを特徴とする請求項1に記載の光偏向器の駆動方法。
【請求項7】
前記駆動電圧と前記バースト電圧を、繰り返し印加することを特徴とする請求項1乃至6に記載の光偏向器の駆動方法。
【請求項8】
前記電気光学結晶がK1-yyTa1-xNbx3(0≦x≦1、0≦y<1)であることを特徴とする請求項1乃至7に記載の光偏向器の駆動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−186218(P2011−186218A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51876(P2010−51876)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(000102739)エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社 (265)
【上記1名の代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
【Fターム(参考)】