説明

光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体の製法

【課題】光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体(II)を低コストで合成でき、その経済的な工業的製造を可能ならしめる方法を提供する。
【解決手段】一般式


(式中、R1は水素、塩素原子、フッ素原子、またはC1-6アルキル基を意味し、R2は水素または置換されていても良いC1-6アルキル基を意味する。)で表される、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体を、有機溶媒中、光学活性ホスフィン配位子と銅塩または錫塩とアルカリ金属アルコキシドとから形成される不斉金属錯体の存在下に、シロキサン誘導体及び低級アルコールを用いて還元反応することにより、一般式


(式中、R1、R2は前記と同じ意味を有し、*は不斉炭素を意味する。)で表される光学活性4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体の製法、即ち、不斉還元により光学活性体を合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明方法の目的化合物である光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体は、式
【化1】

(式中、R1は水素、塩素原子、フッ素原子、またはC1-6アルキル基を意味し、R2は水素または置換されていても良いC1-6アルキル基を意味し、*は不斉炭素を意味する。)で表される化合物である。
【0003】
この式(II)にて表される化合物自体は公知であり、特に下記の式(III)に表される、光学活性を有する6−フルオロ−2’,5’−ジオキソスピロ[クロマン−4,4’−イミダゾリジン]−2−カルボキサミド(特開平1−93588)の合成の重要な中間体である。式(III)に表される化合物は、強いアルドースリダクターゼ阻害活性を有し、難治性疾患である糖尿病合併症の治療剤における有効成分である。
【化2】

【0004】
前記式(II)にて示される化合物は、特開昭63−250373に開示されており、以下の反応式(化3)にて製造される。この方法は、その反応過程において生成するラセミ体の4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を活性化させた後に、(S)-(-)-1-メチルベンジルアミンと反応させて(S)-(-)-1-メチルベンジルアミドのジアステレオマー混合物に誘導し、分別再結晶して目的物とする(+)-体アミドを得るものであり、工程数が多く、また目的物ではない(-)-体が等モル製造されるため、経済的ではない。
【化3】

(上記諸式中においてR3およびR4はそれぞれ水素、ハロゲンまたはアルキル基を意味する。)
【0005】
本出願人はさらに、特開平4−198178において、ラセミカルボン酸誘導体を光学活性2級アミンと塩を形成させた後に分別再結晶し、カルボン酸誘導体を単離して光学活性な化合物を得るという方法を開示しているが、この方法も、高価な光学活性2級アミンを用いるために経済的ではない。
【化4】

(式中、R3およびR4は前記と同じ意味を有し、R5はフェニル基、置換フェニル基またはナフチル基を意味し、R6は水素、アルキル基またはフェニル基を意味し、R7はアルキル基、フェニル基またはアラルキル基を意味し、R5及びR6が同時に同じ基を意味しない。)
【0006】
前記式(II)にて示される化合物はまた、本出願人が特開平1−221374に開示している下記反応式においても製造される。即ち、酸性条件下でフェノキシフタル酸誘導体を閉環し4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体とし、光学活性ホスフィンなどの不斉配位子とロジウムなどの金属とで錯体を形成させた触媒を用いた不斉水素添加で目的とする化合物を得る。また、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体と光学活性なアミン或いはアルコールとを反応させ、光学活性なアミド或いはエステル誘導体とした後に、パラジウム、白金、またはそれらを活性炭上に吸着させたもの、或いはラネーニッケルなどの触媒を用いて、不斉水素添加、酸性加水分解を行い、目的とする化合物を得る方法である。しかし、加圧条件下での水素ガスの使用は特殊な装置が必要であること、光学活性なアミドやエステルが高価であること、反応生成物の光学純度が低いこと、及び、反応工程数が多いこと等から、これらの方法も経済的ではない。
【化5】

(上記諸式中において、R3およびR4は前記と同じ意味を有し、AはNHまたは酸素原子を意味し、R8は水素またはアルキル基を意味し、R9はフェニル基、置換フェニル基またはナフチル基を意味し、R10はアルキル基またはフェニル基を意味する。ただしR9とR10とが同時に同じ基を意味しない)
【0007】
一方、BINAPに代表される光学ホスフィンなどの不斉配位子と銅などの金属とで錯体を形成した後に、ポリメチルヒドロシロキサンに代表されるシロキサン類などの水素供与体及び低級アルコールを用いて常圧で不斉還元反応を行い、光学活性体を合成する方法は知られている(J.Am.Chem.Soc. 2003, 125, 11253-11258等論文多数)。しかしながら、この方法を光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体の製造に応用した例は知られていない。
【0008】
【特許文献1】特開昭63−250373
【特許文献2】特開平1−221374
【特許文献3】特開平4−198178
【非特許文献1】J.Am.Chem.Soc. 2003, 125, 11253-11258
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を低コストで合成でき、その経済的な工業的製造を可能ならしめる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、光学活性ホスフィン配位子と銅塩または錫塩とアルカリ金属アルコキシドとで錯体を形成した後に、シロキサン誘導体及び低級アルコールを用いて常圧で不斉水素添加反応を行い、光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を高い光学純度で製造する方法を開発し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、一般式
【化6】

(式中、R1は水素、塩素原子、フッ素原子、またはC1-6アルキル基を意味し、R2は水素または置換されていても良いC1-6アルキル基を意味する。)
で表される、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体を、有機溶媒中、光学活性ホスフィン配位子と銅塩または錫塩とアルカリ金属アルコキシドとから形成される不斉金属錯体の存在下に、シロキサン誘導体及び低級アルコールを用いて還元反応をすることにより、一般式
【化7】

(式中、R1、R2は前記と同じ意味を有し、*は不斉炭素を意味する。)で表される光学活性4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を製造する方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を常圧で、かつ高い不斉収率で合成でき、その工業的製造を可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明による、光学活性を有する4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体の製造法を以下に詳細に説明する。本発明は、一般式
【化8】

(式中、R1は水素、塩素原子、フッ素原子、またはC1-6アルキル基を意味し、R2は水素または置換されていても良いC1-6アルキル基を意味する。)
で表される、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体を、有機溶媒中、光学活性ホスフィン配位子と銅塩または錫塩とアルカリ金属アルコキシドとから形成される不斉金属錯体の存在下に、シロキサン誘導体及び低級アルコールを用いて還元反応をすることにより、一般式
【化9】

(式中、R1、R2は前記と同じ意味を有し、*は不斉炭素を意味する。)で表される光学活性4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体が得られる。
【0014】
反応条件としては、反応時間は1時間から72時間、好ましくは1時間から12時間である。反応温度は−70℃から溶媒の沸点温度、好ましくは0℃から70℃、さらに好ましいのは0℃から30℃である。反応圧力は0.5気圧〜2気圧、好ましくは1気圧である。また、反応に使用する有機溶媒としては、トルエン、キシレン、ベンゼン、エチルベンゼン等を例示でき、好ましくは、トルエン、ベンゼンである。尚、それらのいくつかの混合物を使用することもできる。
【0015】
光学活性ホスフィン配位子としては、p-Tol-BINAP, BINAP, DIOP等を例示できる。好ましくはBINAP, p-Tol-BINAPである。金属塩としては銅、錫等の金属のハロゲン化物を例示でき、好ましくは塩化銅(I)、塩化銅(II)、塩化銅(II)・2水和物である。アルカリ金属アルコキシドとしては、ナトリウムメトキシド、リチウムメトキシド、ナトリウムt−ブトキシド等を例示できる。好ましくはナトリウムt−ブトキシドである。光学活性ホスフィン配位子と金属塩とアルカリ金属アルコキシドとからなる錯体の使用量は、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体に対し、0.00001モル倍から1モル倍、好ましくは0.0001モル倍から1モル倍、さらに好ましいのは0.001モル倍から0.1モル倍である。
【0016】
シロキサン誘導体としては、ポリメチルヒドロシロキサン、ジフェニルシラン等を例示できる。シロキサン誘導体は4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体に対し、1モル倍から1000モル倍、好ましくは、1モル倍から100モル倍、さらに好ましいのは1モル倍から10モル倍である。
【0017】
低級アルコールとしては、エタノール、プロピルアルコール、ブチルアルコール、t−ブチルアルコール、t−アミルアルコール等を例示できる。好ましくは、t−アミルアルコールである。低級アルコール量は、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体に対し、1モル倍から1000モル倍、好ましくは、1モル倍から100モル倍、さらに好ましいのは1モル倍から10モル倍である。
【0018】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
(2S)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸の(S)-BINAPを用いた不斉還元による合成
(S)-BINAP(185.6mg, 0.298mmol)と塩化銅(II)(40.2mg, 0.300mmol)とナトリウムt−ブトキシド(57.7mg, 0.601mmol)とを、アルゴン雰囲気下、脱気したトルエン(無水, 10ml)に溶解した。室温で30分間撹拌した後に、ポリメチルヒドロシロキサン(0.72ml, 12.0mmol)を加え、さらに30分間撹拌した。この溶液を、6−フルオロ−4−オキソクロメン−2−カルボン酸エチルエステル(702mg, 2.98mmol)のトルエン(無水, 25ml)懸濁液中に加えた後、t−アミルアルコール(1.3ml, 11.9mmol)を加えた。室温で5時間撹拌後、塩化メチレンで抽出して有機層を集め、無水硫酸ナトリウムで乾燥し減圧濃縮した。この濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出溶媒:塩化メチレン)で精製し、(2S)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸エチルエステル(343.6mg, 収率 48.5%)を得た。つづいて、この(2S)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸エチルエステル(343.6mg)を酢酸(1.5ml)に溶解した後に6N塩酸(1.5ml)を加え、100℃で2時間加熱した後に減圧濃縮し、(2S)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸(300.3mg)を得た。尚、(2S)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸の光学純度を以下の条件で測定したところ、S体優先で光学純度93.5%eeであった。
【0020】
分析条件
カラム : ダイセル化学工業 CHIRALPAK AD-H
0.46cmφX 25cmL
移動相 : n-ヘキサン / エタノール / トリフルオロ酢酸
= 80 / 20 / 0.1
流速 (ml/min.) : 1.0
検出 UV(nm) : 240
カラム温度 (℃) : 40
【0021】
分析結果
MS(ESI)m/z;209(M-1)+
1H-NMR (DMSO-d6) δ ppm ; 2.99(1H, dd, J=17.1, 7.3Hz), 3.13(1H, dd, J=17.1, 5.3Hz), 5.35(1H, dd, J=7.3, 5.3Hz), 7.17 (1H, m), 7.42 (1H, m), 7.48 (1H, m).
【実施例2】
【0022】
(2R)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸の(4S,5S)−(+)−O−イソプロピリデン−2,3−ジヒドロ−1,4−ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタンを用いた不斉還元による合成
(4S,5S)−(+)−O−イソプロピリデン−2,3−ジヒドロ−1,4−ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタン(148.5mg, 0.298mmol)と塩化銅(II)(39.8mg, 0.297mmol)とナトリウムt−ブトキシド(56.7mg, 0.591mmol)とを、アルゴン雰囲気下、脱気したトルエン(無水, 10ml)に溶解した。室温で30分間撹拌した後に、ポリメチルヒドロシロキサン(0.72ml, 12.0mmol)を加え、さらに30分間撹拌した。この溶液を、6−フルオロ−4−オキソクロメン−2−カルボン酸エチルエステル(703mg, 2.98mmol)のトルエン(無水, 25ml)懸濁液中に加えた後、t−アミルアルコール(1.3ml, 11.9mmol)を加えた。室温で5時間撹拌後、塩化メチレンで抽出して有機層を集め、無水硫酸ナトリウムで乾燥し減圧濃縮した。この濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出溶媒:塩化メチレン)で精製し、(2R)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸エチルエステル(256.6mg, 収率 36.2%)を得た。つづいて、この(2R)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸エチルエステル(256.6mg)を酢酸(1.5ml)に溶解した後に6N塩酸(1.5ml)を加え、100℃で2時間加熱した後に減圧濃縮し、(2R)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸(222.4mg)を得た。尚、(2R)−6−フルオロ−4−オキソクロマン−2−カルボン酸の光学純度を測定したところ、R体優先で光学純度18.7%eeであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

(式中、R1は水素、塩素原子、フッ素原子、またはC1-6アルキル基を意味し、R2は水素または置換されていても良いC1-6アルキル基を意味する。)
で表される、4−オキソクロメン−2−カルボン酸誘導体を、有機溶媒中、光学活性ホスフィン配位子と銅塩または錫塩とアルカリ金属アルコキシドとから形成される不斉金属錯体の存在下に、シロキサン誘導体及び低級アルコールを用いて還元反応することにより、一般式
【化2】

(式中、R1、R2は前記と同じ意味を有し、*は不斉炭素を意味する。)で表される光学活性4−オキソクロマン−2−カルボン酸誘導体を製造する方法。
【請求項2】
有機溶媒が、トルエン、キシレン、ベンゼン、エチルベンゼンまたはそれらのいくつかの混合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
光学活性ホスフィン配位子が2,2’―ビス(ジアリールホスフィノ)―1,1’―ナフチル誘導体である、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
アルカリ金属アルコキシドがナトリウムt−ブトキシドである、請求項1―3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
低級アルコールがt−アミルアルコールである、請求項1―4のいずれかに記載の方法。